ハリボテエレジーの前脚 作:前脚
6歳、遂に小学校である。同時に両親からタブレット端末をもらった。もはや私は、私の異常性を隠しきれなかった。シンバシルドルフを異常なまでに速く、そして頑丈に育て上げてしまったからだ。あとは育つに連れ、どんどん速くなるだろう。
一方の私は、走ることに情熱を見いだせなくなっていた。現実を思い知らされてしまった。どうあがいても、この世界でハリボテエレジーとして走れない。好太郎や後脚を探し当てたとしても、私一人だとしても。ウマ娘でないものは、レースに出られないからだ。どうにも気合が入らず、半年もせずしてシンバシルドルフに追い抜かれてしまった。一気に老け込んだ気分となり、幼子を取り繕うこともしなくなった。
ならばとシンバシルドルフを育ててみようと思った矢先のことだった。シンバシルドルフは私とは別の学校へ通うこととなる。なんてことはない、私は育てすぎてしまったのだ。トレセン学園への最短ルートともいえる、エリート校である。受験ではない、スカウトだ。
シンバシルドルフも、私と一緒にいることが多かったせいか、歳不相応に賢かった。そして、目標は中央で私と競うことだった。私が「ただ最近不調なだけ」と思っているシンバシルドルフは、かつて私がそうしたように、私を走らないように……レースを挑まなくなった。もう、週に1回は全力疾走しても良いくらいには頑丈になった。それをふいにしてまで私を案じる彼女に、私は心苦しくなる。スカウトが来たときも、1ヶ月は悩んで、私や彼女の両親と相談して、そして答えを出した。私がトゥインクルシリーズで走れる前提での進路を。
私は何も言えるはずもなかった。私は走ることは知っていても、人を走らせる事は知っていても、ウマ娘を走らせることはほとんどといっていいほど知らない。この世界の積み重ねた技術や経験は、たった6年未満の私の知識や経験とは比べ物にならない。最初からメッキを脱ぎ捨ててでも貪欲に学んでおくべきだったのだ。いや、シンバシルドルフと走るようになってからでもよかった。
私はこの6年を無為に過ごしたのだ。
シンバシルドルフ一家の引越しの日も、私は彼女に何も言わなかった。両親が引越しを決意するほどの希望。ともにターフを走ることができないなど、そんなことを言えば、彼女の輝かしい将来を私が捻じ曲げてしまう。何もなければ、彼女はトレセン学園へまっすぐと進学し、ゆくゆくはGIさえも夢ではない優秀なウマ娘になるだろう。馬として、まっとうな手段で曲がることさえできない私は、きっと彼女の害になる。
私の最大の罪は、シンバシルドルフに曲がることを教えることができなかったことだ。どうやって曲がればいいのか、どうしても説明することができなかった。「私が隣を走って支えるから、安心して曲がれ」などという無責任なことは言えなかった。それは私の役割ではない。
一人で走っていたときは、普通に曲がれていたはずなのだ。ばらばらになっても、好太郎を背負って第3コーナーの途中から第4コーナーを駆けていた。ドラム缶に乗っても、器用に曲がっていたのだ。なのに、何故かどうやっても教えられなかった。
頭の中でスプリントが弾け飛ぶ光景が今でも思い出せる。芝の緑と血の色が混ざって不気味なマダラ色をしていた。手足がおかしな方向に曲がっていて、それがスーツ姿のシンバシルドルフになる。たまに見る悪夢が、真っ昼間に思い出されるとか、私の頭はよほどマゾなようだった。
私に与えられた部屋、そこには、シンバシルドルフと作ったハリボテが……ハリボテエレジーの首がある。いつか、シンバシルドルフとレースするときに使おうと用意していたものだった。好太郎のように、継ぎ目のないきれいなものを作ることはできなかった。ガムテイプマツリというには、オリジナルはあまりにも美しい表面処理がされていた。シンバシルドルフが不思議そうな顔で手伝ってくれたこれは、あれとは到底比べ物にならない。シンバシルドルフが不器用なわけではない、好太郎が神がかっていたのだとよくわかる。
「くそう!」
私はそれを床に叩きつけて壊した。好太郎のつくった首は時速70kmで転倒しても壊れなかったが、これはあっさりと壊れた。情けない、お前はそれでもハリボテエレジーか。違う、ハリボテエレジーは手作好太郎が作る手作りサラブレッドだけが名乗ることを許された馬だ。こいつはまがい物だ。それが無性に腹立たしくなり、そのダンボールでできたゴミを踏み潰した。2度、3度と踏みつけ、原型がなくなる。
私は約束を破った。シンバシルドルフには、約束を破るなと言ったのにだ。
私は庭の倉庫に走る。いつぞやか、キャンプの際に使った薪割り斧があったはずだ。なければノコギリでいい。刃が鈍ければ鈍いほどいい。
「うああああああああああああああ!」
見つけたそれを脛に叩きつけた。何度も何度も叩きつける。私は約束を破ったのだ、右脚を切り落とすのが罰だ。
どうなったかよく覚えていない。父にぶん殴られたような気がするし、母はずっと泣いていた。医者は脛の傷と複数の骨折と診断して、バールで叩きつけたと聞いて怪しい顔をした。大塚芳忠に声が似ているので、非常に胡散臭い。
こんなことがあり、当然ながら精神科医に連れて行かれたりして、私の入学は遅れに遅れた。今度は3ヶ月。明確に負傷があるため、例の外科医が全力で入院期間を伸ばしたフシがあった。
あのときは、私もまともな精神状態でなかった。正気なら、電車に轢いてもらうなりなんなり、確実な方法で脚を落とそうとするだろう。違う、そもそも脚を切り落とすなんて考えるべきではない。両親の顔を見るたびに血迷った脳を糺す。精神科のカウンセリングは、実際ありがたいものだった。
走れないことが、ここまで私を追い詰めていたとは、想像もできなかった。医者の不養生とは言うが、自分のことは全くわからないものだ。3ヶ月の養生で、ゆっくりと頭を冷やすこともできた。数年はカウンセリングを受けることになるだろうが、私はそのほうが良いと思っている。精神科医は秘密を守ってくれる。前世などのことは言わなかったが、私が普通の子供ではないことも理解してもらい、両親にも秘密にすることを約束してくれた。
そして、最後に一つ、確証が得られた。
私は、頑丈過ぎる。
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シンバシルドルフの作文
私には友だちがいます。今は遠くにいますが、大事な友だちです。たまに酔っ払ったようにボーッとふらふらする私を、交通事故から助けてくれた命の恩人でもあります。お酒は飲んだことはありませんが、みんな二日酔いみたいだと言います。
そして勝ちたい人です。どんなに頑張っても追いつける気がしません。あんなにおかしな走り方をしているのに、一度も勝てたことがありません。追い抜くことはできましたが、あれは絶対全力じゃありません。真似をすれば勝てると思いましたが、いつもより遅かったです。
あの子は私が乗っても遅くなりません。競争した後は絶対に家までおんぶか肩車です。それで走っても遅くなりません。むしろ速くなっている気がします。リフジンです。
それでも、走るのを許してくれるたびに、だんだんと追いつけています。あの子は変な走り方ですけど、私には正しい走り方を教えてくれます。たまに「もえもえジャンケン走法」とか、へんなことをしますが、なぜだか間違っているように思えません。
いつか、東京レース場で一緒に走りたいです。そして勝ちます。
モブ顔の男にウィニングライブさせるわけにはいかないので。
甥っ子だったらワンチャンありました。
暗いのはここだけにしたいですね。
なお、この小説はハッピーエンドを保証するものです。