私立、
失敗を恐れない人、
漢字は勘で読む人、
難読漢字が嫌いな人、
……この話は、以上の三人がどうでもいい話題について語り合う様を、ただひたすらに垂れ流すだけのナンセンスコメディです。
ある昼休みにて。
「読みが紛らわしい苗字ってあるよね」
「んー? ……例えば?」
「小学校の同級生にカミムラって人がいたんだけど、「上に村」って書いてカミムラって読むんだよ。でもウエムラさんも「上に村」って書くでしょ?」
「あー、上村って名前を見た時に、それがウエムラなのかカミムラなのか分かんないってこと?」
「あ〜それわかる〜! わたしもササヨシって読まれたことあるよ〜」
「ササヨシはなんか面白い」
「和風の勢いがあるね。ササヨシ!」
「それすしざんまいのポーズでしょ」
「笹ざんまい〜」
「口調の方がポーズに似合わなさすぎる」
「一瞬で話脱線してるけど……。それでそういう名前の人がいるから何って話だったの?」
「いや、どうにかその手の苗字を一発で読む方法はないのかなって」
「そういう発明品を作るのは〜? フリガナ付きで相手の名前が見えるメガネとか〜」
「あ、それいいね。やってみよう」
「解決しちゃった」
「いや、まだ上手く作れると決まったわけじゃないけど。……もし作れなかったらどうしよう? 仮に雨宮さんに会ったらアメミヤさんなのかアマミヤさんなのか分かんないよ」
「それはアメミヤじゃない……?」
「え〜、アマミヤだよ〜」
「なんでさ。だって普通に「雨」ってだけ見たらアメって読むでしょ? だったら最初のアプローチとしてはアメミヤが正解でしょ」
「アマミヤの方がかっこいいもん〜」
「いや絶対アメミヤだって」
「ううん〜、アマミヤだよ〜」
「アーメーミーヤー」
「ア〜マ〜ミ〜ヤ〜」
「……はっ! 分かったぞ二人とも!」
「え、なにが」
「いつか私たちが雨宮さんに会った時、まず最初になんて呼べば安全なのかが」
「アメミヤでしょ?」
「アマミヤだよね〜?」
「ううん違う、最善なのは…………あみゃみやだ!」
「……えっ? なんて?」
「あみゃみやさんって言えばいい」
「かわいい〜!」
「ふざけてんのかって怒られるでしょ」
「怒られないよ。だってあずさも今「え?」って聞き返したくなったでしょ? なんて言ったのか分からなくて」
「うん」
「雨宮さんだって「あみゃみやさん」と呼ばれたら「え?」ってなると思う。でも正しい名前の読み方も分からないような間柄の相手に「なんて?」とは聞き返せないはず。するとその結果、滑舌は悪いけど正解の方で発音しているつもりだったんだろう……と向こうが勝手に納得してくれるってわけさ」
「本当か……?」
「名案かも〜」
「そうかな……。一回きりならまだしも、二回三回になるとやばくない? さほど親しくない間柄でも、一度の会話で何回も名前を呼ぶことくらいあるでしょ」
「大丈夫だよ〜。わたしも中学の頃、土屋さんっていう同級生がいたんだけどね〜」
「読みが分かりやすい名前だね」
「うん〜。でもみんな「つちゃーさん」って呼んでたよ〜」
「……なんで?」
「会話のボルテージが上がって早口になってくると〜、自然とそういう発音になっちゃうんだよ〜」
「あー、分かるかも。私そよのことはそよって呼ぶけど、もしササラって呼んでたら、そのうちサーラに近い発音になりそう」
「そうか……? まぁでも、そういうケースが実在するなら確かに、あみゃみやさんの時もその範疇だと思われる……のかなぁ? 本当かな……?」
「もはやそれが通ると信じるしかないでしょ。それか二分の一の確率に賭けるか。……まぁ上村さんの場合は二分の一に賭けるしかないんだけど」
「うーん……。あたしそもそも思うんだけどさ、そういう名前の人ってたぶん読みづらいことを自覚してるはずっていうか、むしろ自覚してるべきじゃない?」
「自覚〜? 間違われても怒らないってこと〜?」
「うん。間違える側に非はないってことを認識しておいてもらわないとさ、どうしようもないじゃん呼ぶ側としても」
「それはまぁそうなんだけど。全国のそういう名前の人が揃ってそこまで悟り開いてるとは思えないよ」
「悟りって言うほどのことじゃないでしょ……。だって例えば山崎って名前があったとするでしょ? それがヤマザキなのかヤマサキなのかなんて、分かるわけがないじゃんこっちに。そんなので不快になられても困るでしょ……」
「あずさちゃん、過去に何かあったの〜……?」
「山崎さんとの因縁が……?」
「山崎さんとの因縁はないけれども……。でもそうだなぁ……、芸能人の名前を読み間違えたりしたらにわか扱いされるみたいな、そういうのってあるでしょ? あたしああいうノリが嫌いでさ」
「あー、「米」から始まる人とか?」
「そうそう」
「わたしその人のこと、未だにどっちか分かんない〜」
「ゲンシは幻視、つまり間違いって覚えたらいいよ。ケンシが正解」
「そんな覚え方が!?」
「専門家には口出すな(専「問」家ではない)みたいなやつだ〜」
「すごいよこみみ、今までで一番の発明だよ今の!」
「いやそれは心外なんだけど」
「あ、ねぇねぇ〜、わたし今気付いたんだけど〜」
「うん?」
「あずさちゃんの雛里もさ〜、ヒナサトなのかヒナザトなのか分かりづらくない〜? わたしたちはヒナサトって知ってるけどさ〜」
「……………………ほんとだ」
「いやそんな絶望的な顔する……?」
「あ、あずさちゃん〜……、名前の読みにいったいどんな悪い思い出が〜……」
「あずさはあれだね、将来は名札がある職場に行きたいね」
人の名前を読み上げる仕事にだけは就きたくないヒナサトだった。