ありふれてないオーバーロードで世界征服   作:sahala

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 ツバメは町の人達の為に、来る日も来る日も王子様の像から宝石や金箔を剥がして与えていました。

 すっかり見窄らしくなった王子様の像と、力尽きたツバメを町の人達はゴミとして捨てました。




第九十七話 「クラスメイトSIDE:幸福な愛子 from Oscar Wilde 上編」

 四日後———愛子達はようやく王都に辿り着いた。一同の馬車は王都への大通りに繋がる通行門を通ろうとしていた。

 

「なあ、愛子……生徒達の様子は俺が見てくるから、君は宿舎で休まないか?」

「そうです。ただでさえ遠征地で働き詰めだったのですから、愛子さんはそろそろ休息を取るべきです」

「いいえ、出来ません! あの子達の顔を見るまでは、休んでなんかいられません!」

 

 デビッド達が馬に跨がりながら、愛子に休息を薦めるものの、彼女が聞き入れる様子は無い。ただでさえ当初の予定より遅れてしまったのだ。愛子の頭には一刻も早く生徒達の様子を見に行きたいという思いで一杯だった。

 しかし、デビッドは愛子を心配させない様に精一杯の笑顔を作った。

 

「その、だな……彼等は、教会や貴族達から手厚く扱われているから、愛子があまり心配する様な事にはなってないというか……」

「いいえ、この目で確認するまでは安心出来ません! 私はあの子達の先生なんです!」

「し、しかし………」

「隊長サン……何か隠し事してないっすか?」

 

 なおも食い下がろうとするデビッドに、ルプスレギナが能天気そうな声で聞いた。

 

「ここに来るまで、やれ馬の調子がどうだとか、馬具が壊れてるから代わりを探さないといけないだとか、時間を取らせていたっすよね? ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「そ、それは………」

「あの子達に何かあったんですか!?」

 

 弱った獲物を甚振る肉食獣の気配がルプスレギナの目の奥に浮かんでいたが、しどろもどろになったデビッドに皆が気を取られていた。そんなデビッドを見て、愛子はただでさえ良くない顔色から血の気を引かせる。

 

「また、あの子達は望まない人殺しをさせられているんじゃ……ごめんなさい、私は先に行きます!」

「お、おい! 愛子!」

 

 愛子は馬車から飛び降りると、デビッドの制止を聞かずに走り出して通用門を潜ろうとした。しかし、そこに門番の衛兵が愛子の前に出る。

 

「おっと、待った! 悪いけど、通行証が無い人は通せないよ!」

「どいて下さい、急いでいるんです!」

「おいおい、お嬢ちゃん。王都に来てはしゃぐ気持ちは分かるけど、こっちもお仕事なんでね。大人の人は一緒じゃないのかい?」

 

 衛兵は愛子を見た目から観光に来た子供だと勘違いした様だ。通せんぼする様に立ちはだかり、愛子に優しく話しかけようとした。それが年齢の割に小柄で周囲から子供扱いをされてきた愛子のコンプレックスを刺激してしまい、ここ最近の寝不足も相まって愛子は苛立ちを込めて衛兵に食って掛かる。

 

「私は天之河君……勇者達の教師です! 子供扱いしないで下さい!」

「え……い、いやいや、冗談を言っちゃいけないよ。勇者様方や御仲間の方々は、お嬢ちゃんよりも歳上———」

「愛子!」

「愛ちゃん先生!」

 

 一瞬、引き攣った顔になった衛兵は愛子の言葉を子供の戯言だと思った様だ。だが、愛子に駆け寄るデビッドと優花の姿を見て目を見開いた。

 

「勝手に飛び出さないでくれ! 仮にも愛子の護衛を大司教より任された身だ! 何かあったら、私の首一つで済まされない!」

「愛ちゃん先生、無茶は駄目だって!」

「ですけど———-!」

「し、神殿騎士!? ま、まさか、本当に……!?」

「そうです! だから早く」

 

 愛子が言い終わるより先に、衛兵は崩れ落ち———愛子達に土下座した。

 

「も、申し訳ありません!! 神の使徒様だとは知らず、とんだ御無礼を!」

「え? え?」

「こ、こ、この度は、ひ、“光の戦士団”の方々のご通行を妨げてしまい、大変申し訳ありません!! この通り、反省しておりますので、どうか寛大な御慈悲を!!」

「ちょっ、ちょっと止めて下さい! そんなに謝らなくてもいいですって!」

 

 服が汚れるのも構わず、地面に額を擦り付ける衛兵を愛子は慌てて止めようとする。しかし、衛兵はブルブルと震えながら愛子に謝り続けた。

 

「わ、私は、“光の戦士団”の皆様に対して反抗する気などありません! ですから、どうか、どうか御慈悲を———!」

 

 ひたすら土下座し続ける衛兵に、愛子と優花は何が起きたかさっぱり分からず、顔を見合わせる。

 その背後で———デビッドは苦渋の表情を浮かべていた。

 

 ***

 

「な、なあ……ここ、王都だよな?」

 

 馬車から見える景色に、玉井は皆に恐る恐る聞いた。彼の記憶では、王都の大通りは中世ファンタジー情緒溢れる賑やかさだったはずだ。

 だが、いまは大通りにいた出店は少なく、行き交う人々も買い物の為に必要最低限に出ているという感じだ。

 そして何より目立つのは———。

 

「あれ……天之河、だよな? 何であちこちに顔写真があるんだ?」

 

 玉井が指差した先では、通りの至る所に光輝の顔が刺繍された垂れ幕が下がり、その下には聖教教会のシンボルと共に別のシンボルが描かれていた。

 通りには同じシンボルを鎧に刻んだ騎士達が肩をそびやかして堂々と歩き、通行人は騎士達と目を合わせない様に俯きながら通りの端を足早に通り過ぎていく。

 

「何だよあれ……? あんな騎士団、王都にいたか?」

「……あれは国王陛下と大司教様の承認を得て作られた、“光の戦士団”だ」

 

 ポツリと言ったデビッドの言葉に、愛子達の視線が向けられる。

 

「デビッドさん……どういう事ですか? 光の戦士団って……天之河君達は、いま何をしているんですか?」

「……すまん、愛子にこれ以上の心労はかけられない、と今まで黙っていた」

 

 愛子も王都の異常さに気付いたのだろう。どこか恐々とした様子でデビッドに尋ねた。彼は懺悔する様に苦悩に満ちた表情で語り出した。

 

「……光の戦士団は、勇者様方こと神の使徒を最上位にした独立騎士団だ。だが、その権限は他の騎士団……それこそ神殿騎士団よりも上で、国王陛下と大司教猊下の名の下にあらゆる特権が与えられている」

「あらゆる特権……?」

「ああ……罪人の逮捕権や国民へ寄付を募るという名目での徴収権……その他にも様々な特権が、今の神の使徒達には許されている。社会的地位も、下手な爵位持ちの貴族より上だ」

「な、何それ……そんなの知らない!」

 

 妙子は顔を真っ青にさせる。寝耳に水な話だが、自分の様な十代の学生には身に余る権限を与えられている事に気付いた。地球組が顔を青くさせる中、デビッドは続きを話した。

 

「聖戦を宣言された以上、国民は一丸になって勇者様を支えるべきというのが大司教猊下のお考えらしい……国の為に戦う勇者様には、それに見合った地位と権限があるべきだと国王陛下に主張され、陛下もそれを承諾された。その……愛子、落ち着いて聞いて欲しい。勇者様方は……王都に残った君の生徒達は、その特権を濫用しているらしい」

「嘘です!!」

 

 デビッドの告白に、愛子は反射的に叫んだ。

 

「あの子達は……あの子達はそんな子達じゃありません! デタラメ言わないで下さい!」

「愛子……残念だが、事実なんだ。教会本部に勤めている私の友人が手紙で知らせてくれた事だ。最初は特権を使って何かするという事は無かったが、ヘルシャー帝国の皇帝を誅殺した事で恩賞を賜った事に味を占めたらしい。街で犯罪者達を積極的に取り締まるぐらいだったのが徐々にエスカレートしていって、最近では聖戦に非協力的な不穏分子を次々と逮捕しては財産の没収などを行なっているそうなんだ」

「嘘です、嘘です! あの子達は本当は心優しい子達なんです! きっと異世界に来て、望まない戦いを強いられているから気が立っているだけなんです! そんなひどい事をする様な子達じゃありません!」

「愛ちゃん先生……でも……」

 

 デビッドの言葉を聞き入れたくない様に首を振り続ける愛子。しかし、優花達はむしろそんな愛子を哀れそうに見つめた。

 馬車の外の景色には光輝の顔が描かれた垂れ幕がいくつもあり、その垂れ幕に描かれたシンボルを身に付けた騎士達は平民達に威張り散らしていた。まるで独裁者の国家の様な光景に、優花達はデビッドの話をデタラメだと否定する気になれなかった。

 

「リリアーナ王女様がまだ王都にいらした時は、王女殿下が目を光らせていた事もあってここまで酷くはなかったらしいが……神の使徒達の横暴ぶりが余りに目に余るから、手紙を書いてくれた友人は大司教に抗議しに行くと言っていたよ……それ以来、あいつから手紙が送られなくなったけどな」

「嘘……嘘……そんなはず……」

 

 暗い表情で締め括ったデビッドに、愛子は尚も否定の言葉を吐き続ける。自分の教え子であった生徒達が、そんな真似をする筈なんてない。きっと何かの間違いだ。そんな思いばかりが頭の中でグルグルと回っていた。

 

「あれ、なんすかね? 何か騒がしいっすけど」

 

 それまで我関せずという様に黙っていたルプスレギナが通りの一角を指差した。

 

「何だあれ……人集りが出来てるけど、騒がしいよな。喧嘩か?」

「あれ? 待って、この声って確か———」

 

 仁村と妙子が顔を見合わせる中、馬車よりパッと飛び出す人影があった。

 

「愛ちゃん先生!」

「愛子!」

 

「———さぁて、どうなるんすかねぇ?」

 

 ***

 

「だからよぉ、ツケで払うって言ってるだろぉ? 俺は光の戦士団の一番隊の隊長だぜ? 王様が俺達の身分を保証してるだろ?」

 

 檜山は店先で酒場の店主に絡んでいた。彼の顔は真っ赤であり、酒臭い吐息からかなり酔っている様子が一目瞭然だった。そんな檜山にちょび髭の目立つ店主は非常に緊張した様子ながらも食い下がる。

 

「で、ですが! 前回も、そのまた前回も! 代金をお支払いして貰って無いんです! 先日に戦士団本部のお屋敷に納入したワイン二十樽分の代金もです! こうも何度もツケにされては、店の経営どころか生活が立ち行かなくなります!」

「あぁ? だからよぉ、何度も言わせんじゃねえよ。王様が俺達の身分を保証してるって、言ってんだろ! 文句あるなら王様に直接言って来いよ!」

「檜山ー、無茶言うなって! こんな貧乏人共が王様に会えるわけねぇだろ!」

「俺達は違うけどな! なんてったって、“光の戦士”様だからなぁ!」

「ギャハハハハハッ!!」

 

 近藤、中野、斎藤といった檜山の取り巻き達もまた、酒に酔った真っ赤な顔でゲラゲラと笑い声をあげる。

 彼等は皆揃って光の戦士団のシンボルマークが付いた鎧を着ており、見た目だけならば聖騎士の様な服装だ。だが、こうして酒に酔って店主に絡んでいる様が鎧の神聖さを台無しにしており、足を止めた野次馬達も思わず眉を顰めていた。

 

「ちょっとー、檜山さぁ……いつまで時間かけるつもり?」

 

 一向に終わらない押し問答に飽きてきた様に、瑠璃溝はイライラとした声を出した。

 

「私達さー、これからネイルの予約入れてるんだよね」

「あんた達がご飯奢ってくれると言うから付き合ってやったのにさぁ、時間を取らせないで欲しいんですけどぉ?」

「ってか、もうその親父、不敬罪で逮捕しちゃえばいいしぃ? 神の使徒である私達を泥棒呼ばわりするとか、マジ有り得ないしぃ?」

 

 小田牧、薊野もさっさと済ませたいという思惑を隠す事すらせずに言い放つ。不敬罪と聞き、店主はおろか周りの野次馬達もサッと顔を青褪めさせる。

 

「ちょっと待ってろよ、すぐに話つけっから……おい、聞いたか? この国の為に魔人族と戦う俺達を泥棒みたいにいちゃもんつけるなんて、いい度胸じゃねえか? てめぇ、勇者様一行の俺に歯向かう意思アリって事かぁ?」

「い、いえ! 私は、決してその様な!」

「だったらよぉ、今日もツケにしろって言ってんだろぉ? そもそも俺達はテメェらの戦争の為に異世界から召喚された勇者だぜ? 弱ぇテメェらの為に戦ってやっているんだから、ささやかな協力をするのが筋ってもんじゃねぇのかぁ? あぁん!?」

「ひっ……!」

 

 店主は一層ガタガタと震え出す。野次馬達は恫喝する檜山に対して眉を顰めるが、それ以上は何もしない。彼等は王都において光の戦士団に対して不敬を働いた者がどうなったか、()()()()()()()()()()。気の毒そうな顔を店主に向けながらも一定の距離を取ってただ傍観していた。

 

「———やめなさい!!」

 

 突如、野次馬の中から大声が響いた。愛子は人垣を掻き分けながら、檜山達へ近寄る。

 

「あ? 畑山の先公が何でここにいやがるんだ?」

「チッ……ウザいのが来たわね」

 

 檜山は意外な物を見る目で、瑠璃溝は舌打ちしながら愛子に目を向けた。だが、愛子は前線組の生徒達の視線の冷たさに気付いていなかった。

 

「何を……何をしているんですか!! さっきから聞いていれば、貴方達のやっている事は他人様に迷惑をかける事です! ちゃんとお金を払って、店長さんに謝りなさい!!」

「はぁ? 俺はツケで払うって言ってんのに、ゴネてるのはこの親父の方だぜ? 俺達、なんか悪い事してますぅ?」

「そうだよな、タダにしろなんて言ってないもんな!」

「俺達、王国の救世主様だもんな! こんな端金の支払いくらい支援してくれる王様や教会の奴等が払うしな!」

「何をふざけた事を言っているんですか!! それに貴方達は未成年でしょう! お酒なんか飲んじゃ駄目です!!」

「トータスじゃ合法ですー、俺達違法な事なんてしてませーん!」

 

 ゲラゲラと檜山達は笑い合う。酒に酔って気が大きくなった彼等は、地球にいた時は教師だった愛子の前でもふざけた空気を取り繕う事もしなかった。

 野次馬を掻き分けて、優花や相川、玉井がどうにか愛子に追い付いた。他の面々はまだ人垣の中で悪戦苦闘している様だった。

 

「貴方達が異世界に来てから辛い思いをしているのは先生も知っています! でも、だからってこんな余所の人に迷惑をかける様な真似はしないで下さい!!」

「愛ちゃん先生の言う通りよ! 遠征先であんた達が考えなしに戦ったせいで、どれだけ先生が謝ったと思ってんの!?」

「いい加減にしろよ、お前ら!」

 

 愛子の心からの訴えに、優花や玉井達も加わる。しかし———。

 

「はぁ? なんで無能なあんた等が私達に説教してんの?」

 

 温かみの無い目で、瑠璃溝は愛子達を睨んだ。

 

「私達さあ、異世界に来させられて全く顔も知らない奴等の為に頑張ってるんだよね。それなのにさぁ、何であたし等がケチつけられなきゃいけないの?」

「大体さー、後始末はあんた等の仕事でしょー? 戦えない奴等の代わりに私達が戦ってやってんのに、自分の仕事が大変だからって文句つけるとかあり得ないんですけどー?」

「遠征先で文句言われるのはあんた等が無能なだけだしぃ? アタシ達は文句なんて言われてないしぃ?」

「て、てめぇ……!」

 

 愛子達に対して口々に文句を言い始めた瑠璃溝達に、相川は拳を握り締めた。愛子は面と向かって無能と呼ばれた事に痛みを耐える様な表情になったが、すぐに深呼吸して優しく話しかけ様とした。

 

「確かに貴方達は先生が出来ない戦闘面で活躍しているのかもしれません。でも、だからって何をしても良いというわけではありませんよ。帝国の皇帝を、その……望まざるを得ずに殺めてしまった事で、気が立っているのは分かりますが————」

 

 

「……はぁ? あんなクズ、殺したから何だって言うのよ?」

 

 

「え………?」

 

 愛子は一瞬、何を言われたか分からずに固まってしまう。だが、瑠璃溝達はそんな愛子を馬鹿にした様な目で見ながら、口々に言い合った。

 

「酒に酔って強姦しようとした奴を殺して、何が悪いのよ? むしろ私達は犯されそうになったシスターを助けてあげたんですけどぉ?」

「そうそう、王様が殺せって命令したからやっただけだしねー? そういう意味じゃ、私達何も悪い事してなくない?」

「王様に言われた通りにやっただけだしぃ? そもそも戦争をする為にアタシ達が召喚されたんだから、予行練習になったと思えば良いしぃ?」

「だよなぁ。ていうかさ、悪党ブッ殺してこんな風に褒美を貰えてるんだからよぉ、もっと早くからやっておけば良かったよな!」

「な、何を……何を言ってるの……?」

 

 愛子は信じられないような目で()()()()()()()()を見た。地球において殺人は忌むべき事だ。だからこそ、愛子は生徒達が異世界で戦争に参加するなどという非常事態に心を痛めた。生徒達が望まない戦いをしなくても良い様に、王国での発言力を高めて抗議が出来る様にする為に今まで農地再生を頑張って来たのだ。

 だが、今の前線組達にそんな愛子の想いは届かない。ゾンビ化した元クラスメイト達を相手に最初の殺人を犯した事で彼等の中で今までの常識は壊れてしまい、()()()()()ガハルドを殺した事で国王から直々に褒められた上に今の様な特権を使いたい放題の生活になったのだ。彼等の中で人殺しを正当化させるには十分過ぎた。

 

「それなのにさぁ、日本の常識で上から物を言ってくるとかマジウザいんですけど?」

「ち……違っ、そんなつもりじゃ……」

「ていうかさ……いつまで先生面してるわけ? 役立たずの無能のくせにさぁ!」

「先生が、先生が、っていつも言ってるけどさぁ、役に立ってくれた事ないよねー!」

「おいおい、言い過ぎだろ……本当の事だけどな!」

「ってか、俺達の後始末もロクに出来ねえ先公なんか無能だよな!」

「保護者面してくれなくても、今の俺達は王様や大司教様が認める“光の戦士”様だもんなあ!! もう無能な畑山なんかいらねえよ!」

「あ、あ……う、うう……!」

 

 ギャハハ! ゲラゲラ! と容赦なく浴びせられる嘲笑に愛子は膝を突いた。涙がボロボロと溢れ出してくる。

 

「てめぇら……ふざけんじゃねええええぇぇぇ!!」

 

 とうとう相川の堪忍袋の尾が切れてしまった。恩師を傷つけて笑い合う()クラスメイト達へ拳を握って走り出す。

 振り上げた拳は———近藤にガシッと掴まれた。

 

「おいおい、蚊が止まる様なパンチだな……パンチの打ち方、知ってるか?」

「この、離しやが、ぶっ!?」

「オラァッ!」

 

 近藤の拳が相川の顔面に突き刺さる。相川は地面をゴロゴロと転がった。

 

「相川! 近藤、お前、ぐぁっ!?」

「オラッ! 雑魚が意見してんじゃねえよ! 上下関係をきっちり教えてやるぜ!」

 

 抗議しようとした玉井に先んじて、中野が“炎球”を当てた。玉井は相川と同じ位置に吹き飛ばされ、そこへ近藤達は更に暴行を加えた。

 

「ガッ、ぐっ、かはっ!?」

「ギャハハ! おい、楽ちんな農作業ばっかしてたモヤシ共が俺に勝てると思ったのか!! なあ!?」

「やめて! やめて下さい! 相川君達にひどい事しないで!!」

 

 地面に転がった相川達に殴る蹴るの暴行を加える近藤に、愛子が悲鳴を上げた。

 

「やめて! 瑠璃溝さん、近藤君達を止めて下さい!」

「止めろって……先に手を出したの、相川達でしょ。何で私達が悪いみたいな事を言われないといけないわけ?」

「へー、先生って生徒によって扱いを変えるんだ。すんごい幻滅なんですけどぉ?」

「ていうか、人に頼むなら頼み方があるしぃ?」

 

 瑠璃溝達は愛子を見ながら、地面に指差した。

 

「ホラ。本当に生徒を大事にしているって言うならさ、土下座の一つくらいでもしてみなさいよ。ついでに謝ってよ、無能のくせに私達に意見してすいませんって」

「な……貴方達っ!」

 

 優花が怒りを顕にする。しかし、愛子は黙って手を地面に付けた。

 

「愛ちゃん……? 駄目だよ!」

「この度は……っ」

 

 優花が愛子を立たせようとしたが、愛子は今もなお暴行を加えられている相川達をチラッと見てから地面に頭を下げた。

 

「この度は、無能な先生が意見をして、すいませんでしたっ……! だから、お願いしますっ……近藤君達をやめさせて下さいっ……!」

 

 愛子は情けなくて泣きたい気持ちを堪えながら、瑠璃溝達に土下座した。

 しかし———。

 

「なんかさぁ……ここ、臭くない?」

 

 瑠璃溝が鼻を摘む仕草をしながらわざとらしく言った。

 

「分かる分かる、家畜臭いって言うの? 農地を駆けずり回った様な臭いがするよねえ」

 

 ニヤニヤと愛子を見ながら小田牧は笑った。

 

「王都の治安を守る私達としては? 街の美観も守ってあげないといけないしぃ?」

 

 薊野がそう言うと、三人揃って土下座する愛子へ手を翳し———。

 

「「「せえの———“波濤”!!」」」

「え……ガポッ!?」

 

 瑠璃溝達の手から放たれた水が愛子にかけられた。消防車のホースの様な勢いで放たれた水に愛子はむせ込んだ。

 

「や、め……ガボッ、ゴボッ!?」

「なんか聞こえたー?」

「知らなーい、でもちゃあんと洗い流さないとねー!」

「お客様ー、痒い所はごさいませんかぁ?」

 

 キャハハハハハハハハハッ!!

 

 水流の勢いで小柄な愛子は地面に転がる。それを瑠璃溝達は笑いながら更に放水した。

 

「やめて! 愛ちゃんに酷い事しないで!!」

 

 優花が愛子を庇おうと動こうとするが、それより先に檜山が優花の手を掴んで地面に押し倒した。

 

「離しなさいよ、檜山! こんな事して良いと思ってんの!?」

「うるせえなあ、これは教育的指導ってヤツだよ! 無能なテメェ等が俺達に意見するなんて、百年早いって分からせる為のなぁ!」

「檜山ー。そいつさあ、生意気だからひん剥いて広場に晒してやろうぜ!」

「お、いいな、それ!」

「え……じょ、冗談だよね? 嘘だよね?」

 

 斎藤の提案に檜山はニヤリと笑った。その表情に薄ら寒い物を感じて、優花は縋る様な目を向ける。だが、檜山は欲望に目をギラつかせながら優花の服に手をかけた。

 

「い、イヤイヤイヤァッ!? 止めて、止めてよ!? 檜山ぁっ!!」

「大人しくしろって……言ってるだろうがぁっ!!」

 

 パァンッ! と優花の横面が張り倒される。痛みに意識が飛びそうになる中、優花は助けを求める様に野次馬達を見た。

 だが、彼等は相手が“光の戦士団”である事から手を出す事が出来ず、気不味そうにサッと目を逸らした。

 

「嫌ぁ……助けて、助けてよぉ……!」

「ヒヒヒッ、ほうら、まずは下着をご開ちょ、ぶげらっ!?」

 

 突然。優花のスカートを脱がせようとした檜山が吹き飛んだ。檜山は顔を不自然に歪ませ、鼻や口から血を吹き出しながらゴロゴロと地面を転がり、壁に頭から打ちつけられた。

 

「あー……ちょ〜っと、いいっすかねえ?」

 

 ブンッとクロス・スタッフを振って、檜山を殴り飛ばした人物———ルプスレギナはにこやかに声をかけた。

 

「私、この人間達の護衛を任されている者なんすけど?」




Q.ここまでの惨状に、光輝は何も言わないのか?
A.光輝は見たい様にしか物事を見ない。ならば、見せる物を制限すればコントロールは可能である。

 普段は愉悦部を気取っているけどね……今回はさすがに書いてる私も胸糞悪さに吐きそうですよ……。
 そして、こんな胸糞描写をあと三、四話は書かないといけないのが辛いですわ……。
 自分は丸山くがね先生みたいに善男善女が理不尽に死んでいく展開が、どうしても書けませんわ……。ここまで酷い奴等なら、煮ても焼いても文句言えないよね? という予防線を張らないと無理ですわ……。

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