ありふれてないオーバーロードで世界征服   作:sahala

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 もう、本気で書いてる自分にもダメージががががが。
 きっと、次回には改善するから……次回には……きっと……ごふっ。


第九十八話 「クラスメイトSIDE:幸福な愛子 from Oscar Wilde 中編」

「ルプスレギナさん……!」

「や〜っと、追いついたっす。先走ったら駄目って隊長サンに言われたじゃないっすか」

 

 いつもの飄々とした笑みを浮かべながら、優花に覆い被さっていた檜山を殴り飛ばした彼女は小さい子供に注意する様に愛子達に話し掛けた。突然の乱入に愛子達を甚振っていた前線組達も手を止めてルプスレギナに注目していた。

 

「檜山! おい、しっかりしろ! テメェ、よくも檜山を!」

「待てよ、近藤。こいつさぁ、結構良い身体してねぇ?」

 

 ぐったりと伸びた檜山を介抱しながら睨む近藤に対して、中野は好色そうな目をルプスレギナに向ける。衣服に隠された豊満な胸の膨らみ、そしてスカートのスリットから見える褐色肌の太腿。最近、“光の戦士団”に入る金を使って()()()()を覚えた近藤達だったが、ルプスレギナは娼館の女達よりも何段も上等な美人だった。

 

「おい、姉ちゃん。俺達が誰だが分かってやってるのか? 王様と大司教様がお墨付きを出した俺達に手を上げたんだから、こりゃ異端者扱いされても文句言えねえな!」

 

 「異端者」という言葉を聞き、野次馬達は一斉にルプスレギナから距離を取った。状況から見ればルプスレギナに非が無い事は分かっているが、今の“光の戦士”が黒と言えば白い物も黒となるのだ。

 

「牢屋で臭い飯を食いたくなきゃ、詫びを入れて貰おうじゃねえか。今晩、俺達と付き合うならそこに転がってる()()()も許してやってもいいぜ?」

「そうよ! 謝んなさいよ!」

 

 キーキーと甲高い声で瑠璃溝達がルプスレギナを非難する。彼女達の中で目の前の美女が近藤達の欲望の捌け口にされる事は大した問題では無い様だ。

 自分達の意にそぐわなかった。自分達の楽しみに水を差した。それこそが許されざる罪であり、暴力や権力を振るうに値する正当な理由になるのだとここ最近の生活で学んでいた。

 

「……うわぁ、こんなのが勇者一行なんすかぁ。凄いっす、チンピラと大差ねえっす」

 

 あっけらかんとした態度を崩さず、ルプスレギナは言い放つ。

 

「なんでこんな人間達を好き放題やらせているのか、()()()()のお考えがよく分からないっす。う〜ん、私が馬鹿だからかなぁ……?」

「何をゴチャゴチャ言ってやがる! いいから詫び入れろよな!」

 

 考え込み仕草をしているルプスレギナに中野は手を伸ばし———その手がガシッと掴まれた。

 

 ゴキャッ!

 

「へ?」

 

 思わず間抜けな声を出して中野は自分の手を見つめる。そこにはルプスレギナに掴まれ———ぶらん、と不自然な方向に揺れる自分の手があった。

 

「ひっ、あぎゃああああああっ!?」

「あ、ごめんっす。汚い手で触られたくないから、つい折っちゃったっす」

 

 折れた手を見ながら奇声を上げる中野に、ルプスレギナは些細な間違いをした様に軽く頭を下げた。

 

「中野! このアマァッ!」

 

 近藤はルプスレギナに対して、警邏用に帯びている剣を抜いて斬り掛かる。野次馬達は悲鳴を上げたが、ルプスレギナはクロス・スタッフであっさりと受け止めた。

 

「ん〜……今は任務中なんすけど、危なくなったら自分の身の安全を最優先にしろと言われているっすから……とりあえず、殺さないならいいっすかね?」

 

 はぁ? と近藤が声を上げる前に、ルプスレギナの手———否、足は動いていた。近藤の股ぐらを思い切り蹴り上げる。

 

「あひゅぅぅぅぅ!?」

 

 痛さのあまり、思わず両手で押さえて前屈みになる近藤の顔へ再びクロス・スタッフを振るう。折れた歯を舞い散らせながら、まるでゴルフボールの様に近藤はゴロゴロと転がっていった。

 ダンッとルプスレギナは次の獲物を目掛けて走り出す。

 

「ちょっ、ちょっと止まりなさいよ!?」

 

 標的にされた瑠璃溝達が慌てて声を掛ける。咄嗟に地面に倒れている愛子を人質に取る為に手を伸ばすが、ルプスレギナの方が早かった。ルプスレギナの振るったクロス・スタッフは、瑠璃溝達を次々と打ち据える。

 

「がふっ!? ふざけんじゃ———」

 

 瑠璃溝は起き上がろとし———その手に容赦なく(加減して)ルプスレギナはクロス・スタッフを振り下ろした。

 

「ひっ、ああああああああっ!?」

「へー、指ってこんな風に曲がる物なんすねぇ。それにしても見事に真っ赤なネイルっす。予約してた店に行かなくていいんじゃないっすか?」

 

 指が()()()()に折れ曲がり、叩き割られた爪から血を流す瑠璃溝を見てルプスレギナは茶化した。その表情はニヤニヤと楽しげだった。

 

「一人だけ、ってのは不公平だからお友達にもやってあげるっすよ!」

「ひっ!? やだやだやだいたぁぁあああっ!?」

「や、やめろし! 私達にこんな真似したら、ぎぃいいいぃぃいいっ!?」

 

 小田牧、薊野の手もまた真っ赤に染められた。

 

「ひ、ひぃ!?」

 

 あっという間に仲間達を叩き潰されたのを見た斎藤は、背中を向けて逃げ出そうとする。

 

「あ、ちょっと待つっす」

 

 ビクッ! と斎藤の背中が震える。ルプスレギナはにこやかな表情のまま、地面に倒れ伏す檜山達を指差した。

 

「邪魔だから、これ片しといて」

 

 斎藤は顔を真っ青にしながら、急いで未だ気絶している檜山と近藤を抱えた。残る斎藤と瑠璃溝達は怪我した手を庇いながら、ルプスレギナへ凶悪な表情を向けた。

 

「このアマッ! 覚えていやがれ!」

「アンタなんかイシュタルに頼んで死刑にして貰うんだから!」

 

 各々が捨て台詞を吐きながら、ルプスレギナから背を向けて逃げ出していた。その背中を見て、野次馬達は歓声を———あげなかった。

 

「あ、あの女……“光の戦士団”に手を上げやがった……!」

「マズイわよ、一緒にいる所を見られたら面倒事になるわ……!」

「お、俺、用事を思い出した!」

 

 ある者は慌てて家の中に入り、ある者は足早にその場を立ち去って行く。そうして人集りが徐々に消えていき、人集りに邪魔されていたデビッド達が遅れて現場に到着できた。

 

「愛子! すまない、大丈夫か!?」

「優花っち!」

「優花ちゃん!」

「相川、玉井! くそ、アイツら……!」

 

 愛子達の介抱に向かう中、ルプスレギナは自分達には関係ないと足早に去っていく人間達へ侮蔑の目線を送る。

 

「やれやれ、あんなガキ(羽虫)達がそんなに恐いんすかねぇ? ……もしも真に恐るべき御方が来たら、人間達はショック死するんじゃないかしら?」

「ルプスレギナさん! 早く来てくれ! 相川達が!」

「はいはい、今行くっすよ!」

 

 ルプスレギナは即座に人当たりの良い笑顔を浮かべて、地面に倒れたままの相川達に近寄った。

 

「ぐっ、ガホッ、ゲホッ!」

「ありゃりゃ……これ、肋骨が折れて肺に刺さってるのかもしれないっすねぇ。応急処置はこの場でやるっすけど、どこかちゃんと横になれる所が欲しいっす」

「そ、そんな……」

「大丈夫っすよ、すぐに死ぬわけじゃないんすから。それにしても手加減の仕方も知らないガキ共は怖いっすねぇ」

 

 顔を青くする仁村にルプスレギナはケラケラと笑いながら相川達へとりあえずの治癒魔法を発動させる。

 

「優花っち、大丈夫?」

「だ、大丈夫……ルプスレギナさんが止めてくれたお陰で、その、手遅れにはならなかったから……」

 

 奈々に助け起こして貰いながら、優花は立ち上がる。だが、その身体は小さく震えていた。

 

「うっ……!」

 

 今し方、クラスメイトの男子に強姦されかけたという事実を思い出してしまい、吐き気を耐える様に口元を押さえた。

 

「優花っち……!」

「檜山のやつ……最低っ! 他の奴等もそうよ! あんな奴等、もう顔も見たくないっ!」

 

 優花を落ち着かせる様に奈々が背中を撫でる中、妙子は嫌悪感に顔を歪めて『元』クラスメイト達を罵った。

 

「あ、愛子……? なあ、大丈夫か……?」

 

 残るデビッド達は愛子に声を掛けた。

 愛子はずぶ濡れのまま、座り込んだままだった。

 デビッド達が差し出したタオルを受け取る事もせず、ただ優花や相川達を———『自分が守ろうとした生徒達』によって、傷付けられた彼等を見ていた。その瞳は光を一切感じないくらいに暗く沈んでいた。

 

「愛子……行こう、ここにいては面倒な事に———」

 

 ヒュンッと飛来した石が愛子の顔に当たった。

 

「出てけ、“光の戦士団”の仲間! エヒト様の名前を使って悪い事する奴!」

 

 石を投げたのは十歳にも満たないだろう小さな少年だった。少年は目に涙を浮かべながら、愛子達に石を投げる。デビッド達は慌てて愛子を庇う様に前に出る。

 

「くっ、こら、止めないか!」

「俺の姉ちゃんは目の前を横切っただけなのに、“光の戦士団”にフケーザイとかいうので捕まった! 姉ちゃんはボロボロの服で帰って来た後、一言も喋らずに三日後に自殺した! 姉ちゃんを……姉ちゃんを返せ、返せよぉっ!」

「ティム!!」

 

 子供の母親らしき女性が出てきて、子供の頬を平手で張り倒した。そして子供の頭を押さえつけ、自分も地面に額を擦り付ける。

 

「申し訳ありませんっ! この子はまだ何も分かってないんです! ど、どうかお許し下さい! 罰なら代わりに私がいくらでも受けますから!」

 

 もがく子供の頭を必死に押さえつけながら、母親は必死で嘆願する。デビッド達が子供が石を投げた理由と母親の必死さに色を失う中、額から血を滲ませた愛子は彼等に語りかけた。

 

「……許します。だから、もう帰って下さい」

「っ! ありがとうございます、ありがとうございます!」

「なんで! 母さん、なんで姉ちゃんを殺した奴等の仲間に許されなきゃいけないの! さっき会ったおじさんが、悪い奴等の仲間だから石を投げるべきだと言っていたよ!」

「やめなさいっ! 申し訳ありません、失礼します!」

 

 尚も憎しみの目を向ける子供を引き摺る様にして、母親は立ち去る。その顔には最後まで怯えた色と———実の娘を殺されたやるせなさが浮かんでいた。

 

「…………」

 

 愛子は額から流れる血を拭う事もせず、ぼんやりと親子の後ろ姿を見ていた。周りの野次馬達は足早に立ち去りながらも、愛子をしっかりと睨み付ける。

 それは愛子が遠征先で何度も見てきた目———すなわち、「こんな事をしでかす生徒達にお前はどんな教育をしていたんだ?」と責める目だ。

 

「ひっ……ぐっ……ううっ、ああっ……!」

 

 愛子の目から涙がポロポロと溢れ出す。顔をくしゃくしゃに歪ませ、見た目相応の幼子の様に泣き出した。

 

「うっ、うっ……! ああああああああっ……!!」

 

 ***

 

「相川達の……容体は?」

 

 とある宿屋の一室で、デビッドは疲れ切った様な声で聞いた。

 

「……ルプスレギナ女史の治癒魔法が迅速だった為、大事には至りませんでした。今はポーションも併用して治療に専念させています」

 

 同じ様に憔悴し切った声で答えるチェイスに、デビッドはとりあえず安堵の溜息を吐いた。

 本来、デビッド達は“神の使徒”の愛子の護衛として王城での滞在が許されていた。しかし、ルプスレギナが愛子達を救う為とはいえ“光の戦士団”に暴力を振るった事を考慮して、デビッドは場末の宿屋に身を隠す様に滞在していた。

 

「その……団長。宿屋の主人に、怪我人がいると伝えたのですが……明朝には出て行ってくれ、と」

「………そうか」

 

 おそらく噂が既に出回っているのだろう。“光の戦士団”に楯突いたルプスレギナを匿ったら、どんなお咎めを受けるか分からないと言った所か。部下のクリスからの報告にデビッドは短く応えるだけにした。

 

「……団長。ルプスレギナ女史は正しい事をしました。あのまま放っておけば、“光の戦士団”は愛子達を嬲り物にしていました」

「……そうだな」

 

 チェイスの進言に、デビッドは力なく返す。愛子の護衛という任務を教会から下された立場でありながら、自分達は何も出来なかったのだ。そんな自分達にルプスレギナを責める権利など、ある筈がない。

 力無く項垂れるデビッドだが、チェイスはそんなデビッドにさらに言葉を重ねる。

 

「団長。これが……こんな事が、エヒト神の意志だというのですか? エヒト神から与えられた力を好き勝手に振るい、弱き者達を踏みにじる様な輩を放置しておく事が?」

「チェイス」

「あの子供の悲痛な訴えだって聞いたでしょう? 権力を笠にきて、何の罪もない人々に非道な仕打ちを強いる。こんな奴等が、本当にエヒト神の使徒だと言うのですか?」

「チェイス!」

「あまつさえ愛子を……奴等にとって恩師の想いすら嘲笑(わら)いながら踏み躙る輩を擁護する事が! 愛子に……たった一人の女性に、こんな苦難を与え続ける事が! こんな物がエヒト神の意志だと言うのですか!!」

「黙れ! 黙れ、チェイス!!」

 

 今まで我慢していた物が堰を切ったように溢れ出すチェイス。彼等とて最初は愛子を籠絡する為に聖教教会から派遣されていた。

 

 貴重な作農師を王国や教会に繋ぎ止め、また“神の使徒”達の教師が戦争に向けて積極的になる様に仕向ける事で、“神の使徒”達に戦争参加を促させる。

 

 それが正しいのだ、とデビッド達も疑っていなかった。

 しかし、異世界の地でありながら持ち前の一生懸命さと誠実さで頑張る愛子を見ていて、デビッド達は徐々に考え方が変わってきていた。時には空回りしながらも、それでも生徒達の為に小さな身体で懸命に働く愛子に、有り体に言うなら惚れてしまったのだ。それこそ任務など二の次にしてしまい、こんな素晴らしい女性と一緒にいられる機会をくれた教会やエヒト神に感謝するくらい当初は舞い上がっていた。

 

 だが、いまデビッド達の所属である聖教教会が愛子を苦しめている。勇者達の後始末とクレーム処理に追われ、日に日に窶れていく彼女を見てデビッド達は教会のやっている事に疑問を持つ様になったのだ。それでも神殿騎士として、忠誠を誓った教会の命令は絶対だ。愛子が少しでも苦労せずに済む様に、デビッド達も慣れない農作業や土地再生に従事してきたのだ。

 そうして———そこまでやってきた愛子達の努力は今日、愛子が守ろうとしていた子供達によって無意味と嘲られ、踏み躙られた。

 

「愛子にあんな想いをさせ続けるくらいなら、もはや神殿騎士である意味もありません! こんなものがエヒト神の意志だと言うなら、エヒト神への信仰など———!」

「それ以上を口にするな! エヒト神を疑うなどもっての……っ!」

 

 想いのままに吐露するチェイスに、デビッドは神殿騎士として警告しようとした。

 だが、出来ない。以前ならば剣を振るってでも守ろうとしていた信仰が、もはやどうしようもないくらい揺らいでしまっていた。

 それでも自分が半生を懸けてまで行ってきた仕事を否定する事も出来ない。それを否定してしまったら、自分が今までやってきた事が無意味になる気がしてデビッドは目の前の不信心者(チェイス)をただ睨み付ける事しか出来なかった。

 不意に、ドンドンと部屋のドアが叩かれた。

 

「何だ!?」

「た、隊長! 大変です! 愛子が……愛子が目を離した隙に!」

 

 入って来たジェイドに苛立ち紛れに当たるデビッドだが、彼が握る手紙をひったくる様にして見て————顔色が無くなった。

 

 安っぽい一枚の藁半紙には、愛子の字で簡素な文が綴られていた。

 

『ごめんなさい。もう全部、疲れてしまいました。先立つ不幸をお許し下さい』

 

 




今更ながら、久々のナザリックNPC紹介〜。ドンドン、パフパフ〜!(無理やりテンション上げてる)

>ルプスレギナ・ベータ

 笑顔仮面のサディスト。人狼(ワーウルフ)の異形種であり、戦闘メイド(プレアデス)の次女。人懐っこく明るい美女に見えるが、その本性は残忍で狡猾。誰かが積み上げた積木を横からバーンと壊すのが好きなタイプ。

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