ありふれてないオーバーロードで世界征服   作:sahala

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 しばらく妄想クロスネタで現実逃避していたけどね……まあ、やっぱり本編は書かなきゃならんよね。そんなわけで我らがルプー姐さんのご活躍をとくとご覧あれ。


第九十九話「クラスメイトSIDE:幸福な愛子 from Oscar Wilde 後編」

 ざあざあ、と雨が降り注ぐ。突然の大雨に通行人達は慌てて屋内に避難する中、愛子はただ一人で傘も差さずに歩く。

 愛子の有様は酷いものだった。ストレスで食事も満足に取れなくなってから痩せた身体は木の枝の様で、青白い顔は幽鬼の様だ。そんな愛子を通行人達は野良犬の様に煩わしそうに見ながら避けて歩く。しかし、愛子にはそれすらもどうでもよかった。

 

(私が……私がキチンと……あの子達の側にいてあげなかったから……)

 

 数ヶ月前、突然トータスに連れて来られて愛子もかなり混乱していた。しかも未だに事情も飲み込めない内に戦争の参加を促され、帰る方法も確立されていないという。こんな理不尽極まりない事態に愛子も「出来の悪い夢だ」と現実逃避したかったが、パニックに陥る生徒達を見て「自分は教師なのだから、この子達の為にしっかりしないと駄目だ!」と自分を奮い立たせてイシュタルに抗議したのだ。

 

 ところが光輝の一言によって生徒達は戦争への参加を決めてしまい、愛子の意見など誰も耳を貸さなかった。

 生徒達が少しでも王国で良い立場になる様にと『作農師』として王国の依頼を受けて遠方へ農地改革に行けば、愛子の知らない間に何名かの生徒達は亡くなっていた。

 戦いが恐くなって前線組と仲違いしてしまった生徒達を連れて、現地で光輝達の被害を受けた住民の苦情を受けながら土地再生を行っていたら、王都にいる生徒達は他人の事など気にも掛けない人間になってしまっていた。

 一体、自分は何の役に立っていたのだろうか?

 

(………ああ、そうか。檜山君達の言う通り、先生は……私は、役立たずな無能だったんですね………)

 

 自分が教師として有能ならば、光輝達に冷静な判断をする様に毅然と呼びかけられただろう。そうすれば戦争参加を軽々しく考えず、死んだ生徒だってもっと少なかった筈だ。

 自分が教師として有能ならば、仲違いしてしまった生徒達も和解させる事も出来た筈だ。前線組に虐められない様にと優花達を連れ出す必要もなく、前線組の生徒達にも平等に目を向けられていたら、彼等は自分の為なら他人を傷付けて当然なんて歪んだ考えにはならなかった筈だ。

 

(全部………全部、私が先生として……無能だったから………)

 

 冷静な第三者がいれば、全部が全部、愛子に責任があるとは言わないだろう。しかし、遠征先で前線組がやらかした事で常に周囲から責められ、頭を下げ続けてきた為に愛子には自己批判の精神が根付いてしまっていた。

 

(こんな……こんな、無能な教師なんて……もう生徒達からすれば、いらないよね……私なんて、もういらない人なんですね……)

 

 気が付けば、愛子は鐘塔の上に立っていた。どこをどう登ったのか分からない。誰にも見咎められず、さらに建物に入る扉に鍵がかかっていなかったのは奇跡的だろう。愛子にはまるで———神が罪を悔いる為に身を投げなさい、と言っている様に思えた。

 

「…………っ」

 

 ヒュウ、と吹いた雨風に愛子は身を震わせる。地球の建築物からすれば、鐘塔の高さは然程高くもない。だが、下は舗装された石畳だ。身投げすれば、確実に無事には済まない。地面にぶつかって潰れた自分の姿を想像して、愛子は一瞬足がすくんだ。だが———。

 

「もしも……私が死んだら……檜山君達も、考えを改めてくれるでしょうか……?」

 

 教師を虐めた日に自殺したと知ったら、さすがに気不味くなって傍若無人な振る舞いを改めてくれるんじゃないか? ひょっとしたら、目が覚めてくれるんじゃないか? あまりにも都合が良すぎる考えだが、万が一にもそんな可能性があるならばやる価値がある様に思えた。

 それが———無能な教師(自分)に出来る唯一の事だから。

 

「ごめんなさい……お父さん……お母さん……親不孝な娘で、ごめんなさい……」

 

 手摺に手をかけながら、愛子は今となっては遠過ぎる場所にいる両親に謝罪する。上京してからロクに帰省しておらず、親孝行も満足に出来なかった。

 

「先生……ごめんなさい……私は、貴方の様な立派な教師になれませんでした……」

 

 自分が教師を志すキッカケとなった恩師に謝罪する。彼の様に最後まで生徒の味方でいる教師を目指したが、自分は無能過ぎて無理だったのだ。

 愛子は泣きながら、手摺を乗り越えようと足をかけて————。

 

「————あ、見つけた。こんな所にいたんすね、愛ちゃん!」

 

 バッと、愛子が振り向く。そこには教会から派遣された明朗快活な冒険者が、いつもと変わらない笑顔で立っていた。

 

 

「ルプス……レギナさん……」

「もう、勝手にいなくなったら駄目じゃないっすか。あんな置き手紙までして、さすがにお姉さんも一瞬冷や汗が出たっすよ」

 

 今まさに飛び降り自殺しようとしている愛子を見ても、ルプスレギナは気軽に挨拶する様に声を掛けてきた。

 

「こ、来ないで下さい! 私は……私は、もう……!」

 

 自殺しようとした所を見られた気不味さもあって、愛子は思わずルプスレギナを拒絶してしまう。しかし、ルプスレギナにあっさりと距離を詰められ、捕まってしまった。

 

「おおっと、ストップっすよ! 愛ちゃんが死んだら、私がとある方から怒られちゃうっすからねー」

「離して! 離して下さい! 私みたいな無能な教師は、生徒達の為にも生きてちゃいけないんです!」

「ちょっ、大人しくしてってば。ああ、もう……気絶させちゃ駄目っすかねこれ?」

 

 ジタバタと暴れる愛子を子猫の様に首根っこをもちながら、ルプスレギナは鐘塔の中に愛子と共に入っていく。バタン、とドアを閉めると雨風の音が少しだけ収まった。

 

「落ち着いたっすか? まだ暴れる様なら、気絶させてでも引きずって帰るっすからね」

 

 近くにあったランプに火を灯しながら、ルプスレギナは愛子を床に下ろした。愛子はもはや逃げ出そうとする気力も無くなったのか、自分の膝を抱え込む様にして暗い瞳でルプスレギナを見ていた。

 

「どうして……死なせてくれなかったんですか?」

 

 どこか恨みがましい雰囲気で愛子は言った。

 

「私は……私は、もう生きていたらいけなかったのに……」

「ん? そりゃ止めるっすよ、死なれたら困るっすから。愛ちゃんの護衛が私の仕事なんすから」

「……教会からのお仕事だからですか? だったら、いいです。ルプスレギナさんに迷惑がかからない様に遺書に書きますから、もう私の事なんか放って置いて下さい」

「いやいや、そういうわけにいかないんだってば。う〜ん、ここまで投げやりになられちゃってもなぁ……」

 

 ガリガリと頭を掻きながら、ルプスレギナは愛子の側に座った。

 

「そもそも、何で急に自殺したいなんて思ったんすかね? 今まで遠征先で怒号が飛んで来ようが、水をかけられようが前向きにやってたじゃないっすか」

「それは……それが、少しでもあの子達の役に立ってあげられると思ったから……」

 

 戦えない自分が生徒達を地球に無事に帰す手助けになると思って、愛子は周りから罵倒されながらも農地の復興に精を出したのだ。だが、その結果が数人の生徒達の死を見過ごし、放置していた前線組の生徒が堕落した事も見過ごしていたのだ。

 

「あんな風になってしまったあの子達を止められない私なんて、もう教師を名乗る資格なんてありません。あの子達の親御さんや、犠牲になったトータスの人々に何てお詫びすれば良いんですか? もう……もう、死んでお詫びするしかないんです!」

「えぇ……? あのクソガ……コホン。子供達がどうしようもない悪党になったのって、あいつら自身の選択っすよね? 愛ちゃんは何も関係ないと思うんすけど?」

「そんなわけないです! 私は教師として、あの子達を導かなければいけなかったんです! なのに……なのに、私が力不足だったせいで……!」

「……ふぅ。拗らせているとは思っていたけど、ここまでとはね」

 

 ふと、ルプスレギナから普段の天真爛漫さが消えた。丸っこい瞳を細く尖らせ、薄い笑みを浮かべた妖艶な美少女がそこにいた。

 

「あのね、はっきり言うと私は貴女が教師として優秀だとは思っていないわ。威厳が無くて、子供達の意見に簡単に流される。よくて小動物的なマスコットよ、貴女」

 

 愛子は俯いて唇を噛み締める。それはトータスに転移する前から分かっていた事だ。なにせ生徒達からは「愛ちゃん」とまるで同年代の友達に接する様に呼ばれ、目上の人間として敬われてはいない。

 

「まぁ、貴女なりに頑張っている事は認めましょう。聞けば、本来はあの生徒達の担任というわけでもないのでしょう? 共に過ごした時間の短さでも、信頼関係は特に構築されてない相手の言う事を聞けなんて無理な話よ」

「それは……でも………」

「そもそも自分ならもっと上手くやれたなんて、傲慢な考えよ。貴女は人間なのだから、ミスをするのは当然だわ。完璧に全てをやり仰るなんて、私が知る限り四十一人ぐらいしかいないもの。そのちっぽけな手で、全部に手を伸ばそうとするのは愚か者がする事ね」

「それは……私が無能だから、出来なくて当然という意味ですか?」

「貴女が自分を無能だと言うなら、無能なのでしょう。でも、そんな()()がいなければ、農地を直せずに勇者達はとっくの昔に王国中の鼻つまみ者になっていたでしょうね。貴女がいたから、今まで問題にならなかったのよ。そこは素直に誇りなさい。少なくとも、()()()()()()()()()()()()()()はこの世にいるのだから」

 

 どこか誇らしげにルプスレギナは言い放つ。その方から認められたならば、それ以外に価値などあるか? と言う様に。

 

「それと……貴女について回っている子供達。その子達は無能な貴女についているから同じ様に無能だと言うのかしら? あの子達にも価値なんて無かった。そう言いたいのかしら?」

「そんな事はありません!!」

 

 愛子はバッと顔を上げて、ルプスレギナに食ってかかった。

 

「園部さんは優しい子です! 将来は御両親の洋食屋さんの跡継ぎになる為に、今もお料理の勉強を頑張っているんです! 玉井君は自分の無力さにコンプレックスを感じていても、私と一緒に遠征に行くと言ってくれた優しい子です! それから———!」

「ほら、貴女はあの子達の価値をキチンと認めてあげてるじゃない」

 

 矢継ぎ早に優花達の長所を挙げる愛子に、ルプスレギナは笑った。

 

「あの子達の良い所は色々と認めているのに、あの子達が信頼している貴女を他ならぬ貴女自身が自分を無価値だと貶めるなんて裏切りに等しいわ。まだ貴女の価値を認めている人達がいるのだから、少なくとも彼等からも見放されない限りは貴女が死ぬのは早くないかしら?」

 

 そう言われると、愛子は何も言えなくなった。そんな愛子に、ルプスレギナの表情は、元の明るい性格に変わっていた。

 

「……なーんて、つまんない事を言っちゃったっす。まあ、愛ちゃんが死ぬにはまだ早いという話っすよ。今死んじゃったら、つまんないじゃないっすか」

 

 ヨイショ、と立ち上がるとルプスレギナは手を差し伸べた。

 

「ほら、帰るっすよ。優花っちとか今頃心配してると思うっす」

 

 ルプスレギナの笑顔に、愛子は———小さく頷いた。

 外の雨は、上がっていた。

 

 ***

 

 愛子達が宿屋に戻ると、玄関先には優花達がいた。狼狽して疲れ切った様子の彼女達だったが、愛子の姿を見つけるとすぐに駆け寄った。

 

「愛ちゃん先生! どこに行っていたんですか!?」

「ちょっとお散歩して迷子になっていただけっすよ。怪我とかはないから安心して良いっすよ」

 

 ルプスレギナが何事も無かったかのように言う中、愛子は暗い表情で俯いていた。今は優花達に合わせる顔が無かった。

 そう思っていた愛子だが———ギュッと優花が抱き締めてきた。

 

「え……?」

「先生のバカ! 何で黙って居なくなっちゃうんですか!?」

「私達、先生がいなくなって心配したんですよ!」

「愛ちゃん先生……怪我してなくて、本当に良かった……! いてて……」

「おい、相川。あんまり無理すんなよ、回復魔法だって即座に治るわけじゃないんだからな」

 

 優花だけでなく、怪我をして寝込んでいた相川達までもが愛子を出迎えた。彼等の顔には皆一様に安堵した表情が浮かんでいる。

 

「どうして……? 私の為に、そこまで……」

「先生が心配だからに決まってるじゃないですか! 先生がいなくなったら、私達はどうしたらいいか……」

「愛ちゃん先生がいなかったら、今頃は檜山や天之河みたいなクソヤロー共に俺達は酷い目にあわせられたに違いねぇんです。あんなクソヤロー達の元にいなくて済むのは、愛ちゃん先生のお陰だよ!」

「私達には愛ちゃんが必要なんです! だから……居なくならないで下さい、愛ちゃん先生!」

 

 優花達は口々に先生、先生と愛子の事を呼んだ。

 オルクス迷宮で戦いの恐怖を知り、武器を手に取る事が出来なくなった彼等を前線組の生徒達は差別の対象にした。愛子の親衛隊という名目で前線組と顔を合わせなくて済む様になり、遠征先でも苦情を言う住民達の矢面に立ち、生徒達の前では辛そうな顔を見せない様にした愛子を優花達は心から信頼していたのだ。

 

「皆、さん……私は……う、ううっ、私は……!」

 

 自分をまだ慕ってくれる優花達に、愛子は涙が止まらなかった。子供の様に泣き出す愛子につられて、優花達もわんわんと泣き出した。愛子は愛すべき生徒達を両手で纏めて抱き締める。

 

(私は……私は、この子達の先生です。有能な教師じゃないし、檜山君達の事をどうしようも出来ないダメ教師だけど……それでも、まだ私なんかを頼ってくれる子供達がいる……!)

 

 檜山達から無能な存在として捨てられた以上、もはや彼等は自分を教師として頼りはしないだろう。それでもこの手にはまだ自分の手で掴み上げられる子供達がいるのだ。

 無能で、ちっぽけな手しか持たない教師。それが自分。かつて夢見た理想の教師の姿からは程遠い情けない姿だ。

 それでも、せめてこの両手で抱え切れる生徒達だけは、無事に地球に帰れるようにしよう。見窄らしい姿だから無価値と周りから言われようと、そんな姿でも離れないでいてくれる若い燕達だけは必ず守り抜こう。愛子は泣きながら、心の中で決意した。

 

「ぐすっ……さあ、皆さん。いつまでもこんな所で泣いていたら、お店の人に迷惑ですよ?」

「ぐすん……愛ちゃん先生たら、先生が一番泣いてたクセに」

 

 彼等はまだ涙の残る目で笑いながら、宿屋に入ろうとし———ふと気付いた。

 

「……あれ? ルプスレギナさんは?」

 

 周りを見渡す愛子達だが、いつも笑顔を絶やさない褐色の冒険者シスターの姿は見当たらなかった。

 

 ***

 

 ルプスレギナは王都の裏路地を歩く。道は舗装されておらず、薄汚い通りは夜中に女性が一人歩きするには危険過ぎる場所に見えるが、彼女は鼻唄でも歌い出しそうな気軽な足取りで奥へ奥へと進んだ。

 やがて、裏路地の中で吹き溜まりとなっている場所に辿り着いた。ルプスレギナがそこに入ると———空間ごと遮断される様な感覚が周りを包み込んだ。

 

「これで良かったんですよね? デミウルゴス様」

 

 ルプスレギナが誰もいない空間に問い掛けた。すると建物の影がスルスルと伸び、やがて実体を形作る。

 

「———上々さ、ルプスレギナ。まさにアインズ様のお望み通りの結果だよ」




>愛子

 本気で書いててしんどかったわ……。なんか「全部自分が悪いんだ」と思い込んじゃってますが、実はこれ、私が鬱状態になっていた時に考えていた事なんですよね。周りからアレコレ言われて認知が歪んでしまい、「自分が居なくなれば周りは幸せだったんだ」と一時期は本気で考えていました。

 そんな愛子でしたが、まだ先生として慕ってくれる優花達だけでも守り抜こうと原作よりも守る範囲がスケールダウンしました。というか、これをする為にここまでアレな状況を書いたんです。
 原作だとウルの街でハジメに「大切な人以外を切り捨てるのは寂しい生き方」と訴える愛子ですが、自分はその時の状況も相まって愛子の言葉に未だに共感できていません。そして仮にナグモやアインズに同じ事を言ったとしても、片や「絶対の忠誠を捧げる存在と愛する彼女がいれば人間など石ころ以下にしか見てない奴」。片や「大切なNPC達の幸せの為なら、関係ない者達は不幸になるべきだと言い切る奴」。そんな二人に原作通りの説教をしたところで、何も響かないだろうと判断しました。

 この先、愛子がナグモに再会するかはまだ明かせませんが、仮に会ったとしても原作の様な「寂しい生き方」という説教はさせないつもりです。その為にも、愛子には守る範囲を制限させる様な展開を書きました。

>ルプスレギナ

 いやあ、原作と違って優秀だねー。愛ちゃんの事を気にかけていたんだねー、偉い偉い。

>デミウルゴス

 ———そんなわけないじゃん。要するにこいつのシナリオ通りだったんですよ。例えば、前回に愛子に石を投げた子供。「愛子に石を投げる様に誰かに言われた」……オバロ原作を読んだ事がある人は、なんか似た様なシーンがある気がしませんか? つまり、そういう事ですよ?(笑)

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