ありふれてないオーバーロードで世界征服   作:sahala

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 とあるありふれ二次を見て、急にこっちを書きたくなりました。
 ついでに久しぶりな×××版も……(笑)。

 それでは皆々様、久しぶりのありふれオバロをお楽しみ下さい。


第百二話「アンカジ公国」

 アンカジ公国。

 

 砂漠の真ん中に建国されたその国は、エリセンより運送される海産物の鮮度を極力落とさないまま運ぶための要所で、その海産物の産出量は北大陸の八割を占めている。

 つまり、北大陸における一分野の食料供給において、ほぼ独占的な権限を持っているに等しいという事であり、領主であるランズィ・フォウワード・ゼンゲン公もハイリヒ王国の中で信頼の厚い屈指の大貴族として、領地に『公国』を名乗る事を許されていた。

 

 アンカジ全体を覆う巨大なバリアのお陰で時折来る砂嵐も街に被害は及ぼさず、また街中にあるオアシスから流れる小川のお陰で『砂漠の国』でありながら『水の国』と表現できる程に美しい国だった。オアシスから湧き上がる豊かな水で果物を育て、エリセンの海産物やアンカジの果物を求めて商人達が盛んに交易する活気に満ち溢れた国だった———ついこの間までは。

 

 ***

 

「ビィズ……今日は、どのくらいの民が死んだのだ?」

 

 領主のランズィはベッドに横たわりながら、息子に聞いた。彼の顔色は悪く、重病に侵されている事は明らかだった。

 

「……本日は四百人が死亡しました。これで病気で死んだ患者は二万人を超えました」

「……そう、か」

 

 息子の報告にランズィの顔が沈痛に染まる。それは亡くなった民の事を偲んでおり、このままでは遠からずに国が滅ぶ事を予感しての事だった。

 

「父上……アンカジはこれ程困窮しているというのに、王国はどうして何もしてくれないのですか?」

「よすのだ、ビィズ……国王陛下には、きっとお考えがあっての事なのだ」

「ですが! アンカジに原因不明の病が蔓延していると知っていながら! 何故、王国や教会は“聖戦遠征軍”の為に治癒師達まで徴兵を行ったのですか!?」

 

 父親が嗜めるが、ビィズは堪らない様に内心に秘めていた不満を吐露していた。

 

 ———切っ掛けは数ヶ月前の事だ。

 アンカジ公国において、国民が次々と奇病を発症して倒れる様になった。当初は原因が分からなかったが、時間をかけて精査した事でそれはオアシスから流れる水が原因だと判明した。飲料水の中から毒物が検出され、それを飲んだ者が魔力を暴走させて死に至るのだ。

 とはいえ、それが断定できたのはつい最近の事だ。それまで原因不明の奇病で国民が次々と病に伏せる事態に、ランズィ達は手探りながらも対応していくしか無かった。アンカジの治癒師達の尽力によって、完治させる事は出来ないが症状を遅らせる事は出来ると知り、患者達がまだ生きている間に王国や教会に助けを求めようとしたのだ。

 

 ところが———王国や教会からの返答は冷たいものだった。

 

 王国で勇者が発起したという“聖戦遠征軍”。その人員の為にまだ無事な成人男性や治癒師達にも徴兵令が出たのだ。伝染病が蔓延してそんな余裕など無い! と病に伏せてしまったランズィに代わってビィズが領主代理として抗議したが、聞く耳は持たれなかった。挙げ句の果てには、「人間族が一致団結して平和を取り戻そうする中で、足並みを崩そうとするのは魔人族に通じているからか?」と聖教教会から半ば脅しの様に疑念をかけられ、徴兵された国民達は荒れていく祖国に後ろ髪を引かれながらも従うしか無かったのだ。

 アンカジ公国にいた聖教教会の者達も、「今こそ“聖戦”で魔人族を滅ぼし、我らの信仰心を示すべきだ!」などと尤もらしい事を言って、感染を恐れて逃げる様に去ってしまった。

 

「お陰で治癒師の治療も満足に受けられず、病に侵された民はただ死を待つばかりです。しかも“聖戦遠征軍”の為にアンカジにあった物資もタダ同然で徴収され、もはやこの国は風前の灯火です。こんなものが……こんなものが、エヒト神の神意の下で行われる仕打ちだというのですか!!」

 

 ビィズは拳を震わせながら、大声で怒鳴ってしまう。

 アンカジ存亡の危機にありながら、何もしてくれないどころか死人に鞭打つ行いをするハイリヒ王国と聖教教会。

 そして、“聖戦”などというものを軽々しく宣言した異世界の勇者達に怒りを覚えずにはいられなかった。

 

「落ち着くのだ、ビィズ……神は決して我々をお見捨てにはならぬ……」

 

 呼吸をするのも苦しそうなランズィに、ビィズは無念の表情で顔を伏せてしまう。このままでは自分の父親も遠くない日に息を引き取るだろう。それなのにロクな治療も出来ない事に歯噛みするしかなかった。

 

「現に金ランクの冒険者達が先日に訪れてくれたではないか……彼等のお陰でオアシスを汚染していた魔物も打ち倒された……あとは静因石を持ち帰ってくれれば、いまこの瞬間にも苦しむ民達も救われるのだ」

 

 魔力の暴走を抑える静因石。それはここよりはるか北の採掘場か、グリューエン大火山でしか採掘できない。北の採掘場は往復には時間がかかり過ぎて、待っている間に感染者の大半は死ぬだろう。残るグリューエン大火山は近場ではあるが、年中火山を覆っている砂嵐や火山で出没する魔物のレベルを考えると高ランクの冒険者でもなければ採掘は難しい。採掘に行けそうなアンカジの冒険者達は病に伏せてしまっていて、もはや打つ手は無いとランズィ達が諦めかけていた時———奇跡が舞い降りた。

 

「父上……」

 

 ビィズもまた、同じ様に祈る様な気持ちでその冒険者達を待ち続けていた。もはやこの国を救ってくれるならば、たとえエヒト神に背く魔人族達であっても構わなかった。

 そんな時———部屋のドアが叩かれた。

 

「どうした?」

「病臥のところ、失礼致します! 至急、ランズィ様にご報告したい事があって参りました!」

「構わん、入りなさい」

 

 ランズィが入室許可を出すと、アンカジの兵士が挨拶もそこそこに部屋に入る。彼の顔には興奮と喜悦が入り混じっていた。

 

「報告します! 冒険者・モモン様御一行が帰還されました!」

 

 その報告にランズィとビィズは驚愕した。今し方、彼等の事を話していたが、想定よりも早過ぎる。まさか採掘できなかったという報告に来たのか? と疑念が過ぎったが、兵士の顔を見る限り凶報とは思えなかった。

 

「わ、分かった。私が応対する———父上、失礼致します!」

 

 父への挨拶もそこそこに、ビィズは部屋を出た。公人としてみっともない真似だと頭では理解していたが、逸る気持ちが自然と駆け足にさせていた。

 やがて、ビィズは兵士に案内された場所に辿り着く。

 そこに———漆黒の騎士がいた。

 この国では王国より暑過ぎる気温から、滅多に着る者がいない全身甲冑(フルプレートアーマー)。赤いマントを風に靡かせ、二本のグレートソードを背負った姿は在野の冒険者とは思えない高貴さを醸し出していた。

 彼の周りには従者の様に黄金と白銀の少女二人と、フードで顔を覆い隠した少年が直立していた。そして———彼等の両手には、袋から滾れ落ちそうなくらいの大量の静因石があった。

 

「待たせたな」

 

 漆黒の騎士———モモンはちょっとした用事を済ませてきたかの様に言った。

 

「静因石は……このぐらいあれば足りるだろうか?」

「おお………!!」

 

 ビィズは思わず、モモンに祈る様に両手を組んで膝を地面に付けた。

 

 ***

 

「ありがとうございます! ありがとうございます! モモン殿のお陰で、この国は救われます!!」

 

 その夜。ビィズは屋敷でモモン達に感謝の宴席を設けていた。以前よりも財力は豊かでは無いのでささやかな物ではあるが、それでもアンカジ名産の果物を使った料理の数々がテーブルに並ぶ。立席式の宴席であり、ビィズの他にもアンカジの重鎮達がこぞって国を救ってくれた英雄を一目見ようと出席していた。宴席の主役であるモモンは、頭をずっと下げ続けるビィズに遠慮する様に言った。

 

「ああ、いや……そんなに畏まらなくて構わない。私達もグリューエン大火山に用があったから、ついでに行ったに過ぎないのです」

「だとしても、あなた方は我々にとって救世主そのものです! お陰で父上の容態も回復するでしょう。こんなに早く静因石を持ち帰って来れるとは、さすがは金ランクの冒険者殿だ! さあさあ、こちらの果実酒をどうぞ! 我がアンカジ自慢の一品です!」

「あー……うむ。私は、その……」

 

 興奮気味に酒盃を勧めてくるビィズに、モモンは気乗りしない様子を見せていた。

 それもそのはず、漆黒の騎士・モモン———アインズの鎧の中身は骨しか無い身体(アンデッド)である為、飲食など出来るわけが無かった。

 

(や、やばい……断り切れずに宴会に出る羽目になったけど、マジでどうする? さすがに一口も食わないとか、不自然過ぎるか? そもそも空間魔法を習得しに行ったついでだったのに、ここまで大喜びされるとは思わなかったぞ?)

 

 グリューエン大火山の大迷宮自体は、さほど苦労する事なくアインズ達は突破していた。そもそも熱気対策を万全にしているアインズからすれば、道中の魔物達も想定しているより弱かったので散歩道ぐらいにしかならなかったのだ。そこでモモンとしての名声を上げる為にアンカジ公国の領主の依頼もついでにこなしたのだが、領主達はアインズが引くくらいの感謝感激で出迎え、オタオタしている内に宴席を設けられてしまったのだ。

 サラリーマン時代も無理やり連れて行かされた飲み会でウーロン茶ばかり飲んでいたら、上司に「最近の若い子はノリが悪いねぇ」とイヤミを言われた事があった。その時の経験から『宴会で酒を一杯も飲まないのは失礼』と脳内にインプットされたが、今のアインズは飲みたくても飲めない身体なのだ。どうビィズに返すべきか悩んでいると———スッと横から入る少女の手があった。

 

「失礼します、ビィズ・フォウワード・ゼンゲン公。私も一杯戴いてよろしいでしょうか?」

「あ……ああ、どうぞ! ユエ嬢も是非!」

 

 ユエはごく自然とビィズとアインズの間に入る。まだ幼い風貌ながらも、ビスクドールの様に整ったユエの美貌に見惚れたビィズは思わず持っていた盃を渡してしまっていた。

 ユエは盃を受け取ると、上品に口をつける。その所作は付け焼き刃では絶対に出せない気品に満ちて溢れており、ただ酒を飲んでいるだけなのにまるで一枚の絵画の様に芸術的な光景となった。

 

「……美味しいです。味がまろやかで、それでいて甘味はしつこくはない……これはナツメヤシ酒ですね?」

「ええ! 我が国ではナツメヤシは民の食卓にも並ぶ程に代表的なフルーツで———」

 

 ビィズが自分の国を誇る様に話し出し、ユエはそれに応対した。かつて吸血鬼の女王として社交界で磨いたのであろう会話術は見事と言う他なく、飲食が出来ない事を咎められずに済んだアインズはそっと溜息を吐いた。

 

(助かった……ナイスだ、ユエ! さすがは吸血鬼の女王様!)

 

 ビィズとの会話の途中、ユエが「分かっていますよ」と言いたげにアインズにウインクをした。その姿に無い筈の心臓がドキッと跳ね上がった気がして、何故か気恥ずかしくなったアインズは誤魔化す様に周りを見渡した。

 

(さ、さて、ナグモ達はどうしているかな、と……)

 

 ナグモ達の姿はアインズから然程離れていないテーブルで見つける事が出来た。そこには———。

 

「これ、スイカかな? 瑞々しくて、すっごく美味しい!」

「はは、そうでしょう、そうでしょう! なんといっても我が国の隠れた名産ですからな!」

「ヴェルヌくんも食べてみて。はい、ア〜ン♪」

「……あむっ」

「どう? 美味しいでしょう?」

「……まあ、悪くない品質だ」

「ははは、お褒めに預かり光栄です。しかし、お二人は大変仲が宜しいご様子で」

「そうなんです! ヴェルヌくんと私は相思相愛ですから♪」

「いやはや、ヴェルヌ殿に調合して頂いた薬とブラン殿の治癒術のお陰で、妻も一命を取り留めて感謝しております。つきましては、いかがでしょう? お二人のご結婚の際には、是非とも私の果樹園から祝いの品を贈らせて頂けませんかな?」

「おっと、ズルいですぞラメール殿! ブラン様、ご結婚が決まりましたら、是非とも私の服装店にお声掛け下さい! 最上級のサテン生地をご用意し、一流の針子達に花嫁衣装を縫わせますとも!」

「なんのなんの! ならば我が商会も是非とも御贔屓に! 新婚のお二人にピッタリの家具、そしてお子様が生まれた時のベビー用品も特別価格でご用意させて頂きます!」

「もう、まだ早過ぎますってば! でも……ヴェルヌくんが良ければ、私はすぐにでも……」

「……まあ、なんだ。今は少し忙しいが、落ち着いたらじっくり考える」

 

 顔を赤らめながらモジモジとする香織に、照れ隠しの様にナグモはぶっきらぼうに答える。ナグモが変装として焼け爛れさせた顔も、国の恩人であるという事実の前には些事となった様だ。周りの人間達は若い冒険者カップルを祝福しながら売り込みをかけていた。

 

(こっちはこっちでいつも通りだな。今日は大目に見てやるから、その調子で俺の為にも周りの注目を引いてくれよ。それにしても………)

 

 二人の相思相愛(バカップル)ぶりにいつも通り胸焼けしてきたアインズだが、アンデッドでありながら料理を普通に食べている香織を暇潰しにマジマジと見つめる。

 

(俺と同じアンデッドなのに、香織は普通に飲食できるんだよなぁ。前にナグモに仕組みを説明して貰っても、一割も理解できなかったけど)

 

 専門用語ばかりでほぼ聞き流していたが、確か食べた物を原子レベルまで分解して魔力エネルギーに変換とか、そんな事を言っていた気がする。

 

(そういえば首無し騎士(デュラハン)のユリも食べないだけで、飲食自体は出来たんだっけ? アンデッドだから、全く飲食出来ないというわけじゃ無い筈なんだよなぁ……)

 

 ユグドラシルの時は料理によるバフ効果が受けられないくらいのデメリットしか無かったが、異世界(トータス)でせっかく元の世界では口にする事が出来ない新鮮な食材があっても、アインズには食べられないというのは少しばかりストレスだった。目の前で美味しそうな料理が並ぶ宴席の場では、余計にそう感じてしまう。

 

「俺も香織みたいに飲食できたらなぁ……」

 

 ほんの少し、ポツリと小さな声でアインズは愚痴ってしまう。そのストレスも、やっと働いた精神沈静化である程度は収まり、まあ仕方ないかと自分を納得させる様に言い聞かせて香織から視線を切った。

 ———だからこそ。アインズは気付かなかった。アインズの呟きを偶然耳にしたナグモが、怪訝な表情で振り向いた事に。

 

「———しかし、ユエ嬢やモモン殿方のお陰で本当に助かりました」

 

 ユエと話している内に落ち着いてきたのか、ビィズは先程より冷静に話していた。しかし、その表情にはどこか不安を感じさせていた。

 

「これでこの国も少しは風向きが良くなるでしょう……王国と教会に“聖戦”の為に人員や物資を徴収されて、もはや風前の灯火であった我が国も首の皮一枚が繋がった様なものです」

「……それほどこの国は良くなかったのですか?」

 

 思わず、アインズは口を挟んでしまう。初めてアンカジに来た時、寂れた感じがする国だなと思っていたが、実情は更に酷い様だ。

 

「ええ……日用品に使う魔石の価格は流通量の不足から高騰を続け、さらには“聖戦”が発令された事で他の物資まで遠征軍に買い占められて高騰する始末。唯一、要求する物資の量を揃えられるのが“フリートホーフ”なる新規の商会なのですが、教会がスポンサーになったのが強気にさせているのか輸入する品に法外な値段を要求してくるのです」

 

 本来なら一介の冒険者にする様な話では無いのだろう。だが、ビィズは余程王国や教会に腹を据えているのか、アインズ達が国の恩人だという事もあって国の悩みを話してしまっていた。

 

「そこに来て、オアシスの汚染による伝染病……モモン殿方が来られなければ、公国は遠からずに滅びていたでしょう。まだまだ頭痛の種はありますが……それでも伝染病が無くなっただけでも大きな一歩ですとも」

 

 未だに見通しの悪い公国の先行きへの不安を隠す様に、ビィズは精一杯の笑顔を作った。そして———アインズは不自然にならない様に気を付けながら、それを口にした。

 

「……知っていますか? ハルツィナ樹海にある亜人族の国に、新しい国が出来たそうですよ」

「亜人族の国……ですか? 確か、フェアベルゲンという名前だったと思いますが……」

「新しい君主が現れて、国名が変わったそうですよ。アインズ・ウール・ゴウン魔導国と言うそうです」

「はあ……アインズ・ウール・ゴウン魔導国……」

 

 ビィズが狐につままれた様にオウム返しにする。横でユエが事の成り行きを見守る中。ここからが正念場だぞ、とアインズは自分に言い聞かせた。

 

「亜人族達の国ですが、ヘルシャー帝国と友好条約を結んで正式な国として帝国に認められたそうです。そして魔導国には魔石が余る程に採掘され、帝国は比較的安価で輸入しているそうなのですよ」

「そ、それは本当ですか!?」

 

 思わずビィズは声を上げてしまう。オルクス大迷宮が閉鎖して以来、良質な魔石が市場に出回らなくなったというのに、亜人族の国とはいえ安価で魔石を流通させている国があるとは思ってもみなかったのだろう。

 

(だってなぁ……魔石って、簡単に量産できるし)

 

 オルクス大迷宮を独占している張本人(アインズ)は、ビィズに気付かれない様にそんな事を考えていた。

 オルクス大迷宮の魔物は地上とは比べ物にならないくらいレベルが高く(といってもアインズからすれば弱いが)、さらには大迷宮の仕組みや核となるコア・システムを技術研究所(ナグモ達)が解析したお陰で魔物の出現率も自由に調整できる為にアインズからすれば魔石は売るほどに余る代物となっていた。最近では技術研究所で品種改良を行い、魔石を体内で作る事に特化させた気性の大人しい魔物も畜産できる様になったとも聞く。

 その魔物の飼育を亜人族達に任せ、更には帝国へ余剰分を売る事で亜人族達は以前よりも豊かな生活を送れる様になっていた。

 

「その他の資源も、魔導国では豊富に採れると聞きます。王国や教会を頼りにするのが辛い様であるなら、魔導国に頼ってみては?」

「し、しかし……その、亜人族の国なのですよね? それに帝国が友好条約を結んでいるといっても……」

 

 ビィズは迷う様な表情を見せる。最近の王国や教会に不満はあるとはいえ、生まれた時から聖教教会の教義が根付いているビィズにとっては亜人族は穢れた種族だと教えられてきた。そして帝国は先代皇帝(ガハルド)が王国でふしだらな行いをして、教会から見捨てられた国だ。そんな国に頼って良いものか、ビィズの中で形成された常識が魅力的な提案に頷く事を邪魔していた。

 

(やはり聖教教会の教義が邪魔をするか……これは今後の魔導国の課題だな)

 

 対エヒトルジュエ連合ことアインズ・ウール・ゴウン魔導国に人を集めたいアインズにとって、人間族以外を差別する聖教教会の教義は目の上のたんこぶでしか無かった。しかし、アンカジ公国を魔導国の味方とするチャンスを逃してなるものか、とアインズは更に言葉を重ねようとした所で———それまで黙っていたユエが口を開いた。

 

「……ビィズ・フォウワード・ゼンゲン公。よろしいでしょうか?」

「ユエ嬢……?」

「アインズ・ウール・ゴウン魔導国は、貴方が忌避する様な国ではありません」

 

 ユエはビィズをまっすぐに見ながら意見する。かつて吸血鬼達を率いた女王としての顔を見せながら、ビィズを説得した。

 

「魔導国の王———アインズ・ウール・ゴウン魔導王は見た目こそ恐ろしいですが、本当は優しい心の持ち主。聖教教会の様に種族に囚われず、多くの種族の多様性を認められる方です」

 

 いや、ちょっと待って、と言いたくなる口をアインズ(モモン)は必死に閉じた。どこの誰だよソイツ? と言いたいが、NPC達と違ってユエの言っている事は満更嘘というわけでも無いのが困りものだった。

 

「魔導王陛下にアンカジ公国の困窮している現状を伝えれば、陛下も無下にはなさらない筈……なにせ被差別種族だった亜人族にも救いの手を差し伸ばしたくらいですから」

「ユエ嬢は、その魔導王陛下なる方に会った事があられるのですか? 一体、どんな方なのですか?」

「……会えば、お分かりになると思います。口で説明するには、少し難しいので。でも魔導国に行けば、統治が悪いものだとは思わない筈です」

 

 あえてユエは魔導王の実態について話さなかった。さすがに不死者の魔物(アンデッド)が統治者といきなり言っては、好感は得られないと判断しての事だ。

 

「ま、まあ、ユエが言う様に魔導王はそこまで悪人ではない……ですな」

 

 自分で言うのはイタいが、そういうキャラ付けでアインズは押し通す事にした。

 

「聖教教会の教義から外れた種族や国がいる事に忌避感を感じている様だが……そもそもあなた方がここまで苦しむ羽目になったのは、その聖教教会に拠るものではないですかな?」

「……それは」

 

 ビィズが力なく唇を噛み締めた。アインズは言葉を選びながら、出来る限り優しく言った。

 

「私は一介の冒険者に過ぎませんが、指導者たる方は時には既存のやり方を変えてでも、民の事を第一に考えるべきではないでしょうか? 何故なら、民があってこその国なのですから」

「民あっての国……」

「ええ。今の王国や教会は、はっきり言わせて頂くとアンカジ公国にとって害にしかなっていない。国益の為、そしてこの国に住む民の為にも、魔導国と国交を結ぶのは悪い話では無いのではないでしょうか?」

 

 アインズはまっすぐにビィズを見た。

 

「このまま王国や聖教教会と波風を立てない様に振る舞う。なるほど、そんな選択もあるかもしれません。しかし………どうでしょう? 未来の為に、勇気ある一歩を踏み出してはみませんか?」

 

 どうだ? とアインズは反応を伺う。口から出まかせに言ってみた事だが、急拵えの割にはまあまあ良い事は言えたんじゃないか? と思いながら。

 ビィズは――まるで憑き物が取れた様に明るい表情となっていた。

 

「……ありがとうございます、モモン殿。お陰で私も目が覚めました」

 

 お? これは良さそうだぞ? とアインズは期待に逸る気持ちを抑えながら、ビィズの言葉を待った。

 

「モモン殿の程の方が言われる事です。ひょっとしたら、魔導国は我が国の救いとなるかもしれません。父とも話して、魔導国に使者を送りたいと思います」

 

 やったー、とアインズは心の中でガッツポーズをした。営業が上手くいって、喫茶店で会社に成果を連絡する時の様な気持ちだった。

 

「……それでしたら、ちょうどエリセンで魔導国の商会の店舗が新規開店するので、そこに連絡を取ってみると良いと思います」

 

 へ? そうだっけ? と思いながらも、アインズはユエに任せた。ユエの方がアインズより地理情報などに明るかったからだ。ユエはビィズに、その商会の名前を告げた。

 

「チャン・クラルス商会。そこに行けば、今のアンカジに必要な物資もすぐに購入できると思います」

 

 ***

 

「感謝するぞ、ユエ」

 

 宴が終わり、アインズは用意された部屋で礼を言った。いつもの如く、ナグモと香織は別室だ。

 

「お前のお陰でアンカジ公国は魔導国の味方となりそうだ」

「……お礼なんて言う必要ないです。むしろアインズ様の言葉添えがあって、彼は決心がついた様なものですから」

「う、む……? そうか?」

 

 そんな事無いと思うんだけどなぁ、とアインズは心の中でそう思っていた。自分が言ったのは、「王国や教会より魔導国と組む方がお得ですよー」という事を咄嗟の思い付きで出した言葉でプレゼンしたに過ぎない。

 

「まあ、しかしなんだ……魔導王の人物像とか、誇大広告な気もしたが」

 

 アインズにとって、結局一番大事なのはナザリックだ。亜人族を保護したのも、帝国に助けを差し伸べたのも、ひいてはナザリックの利益となるからと判断したからに過ぎない。

 しかし……何故かユエはフルフルと首を振った。

 

「……私は自分が思った事を口にしたに過ぎないです。アインズ様はご自身が思っているより、統治者に向いていると私は思います」

「む、う……?」

 

 そんな事は無い、NPC達みたいに勘違いしているだけだ。そう否定するのは簡単だったが———何故かユエの前では、それを言う気になれなかった。

 

(何でだろうなぁ……? 俺が統治者とか、絶対に有り得ないのに……)

 

 そう思いながらも———ユエが認めてくる自分自身(アインズ)を、否定はしたくない。

 そんな不思議な感覚に、アインズは戸惑っていた。

 

 ***

 

 同時刻———ナグモは部屋で香織の身体を調べていた。

 

「もう……ナグモくんってば、どうしたの? 部屋に来るなり、私の身体を調べさせてくれなんて。私に触りたいなら、いくらでも触っても良いのに」

「少し自重しろ。……ナザリックに戻ったら、我慢させた分は発散していいから」

 

 香織がくすぐったそうに身動ぎするのを、努めて技術者としての視点で見ながらナグモは簡易的な検査をする。

 香織の身体は元となった人間の肉体がアンデッド化して、さらに多数の魔物を捕食して肉体を補って異形化したキメラアンデッドだ。神結晶で作製した人工心臓で暴走していた肉体を制御している為、同じ様な肉体を作るのは難しいと判断して亜人族のキメラ化は簡易的な物にしていた。コスト的にも、その方が量産化には適していたからだ。

 

(ただ………あくまで量産化が難しいというだけで、時間をかけて良いなら作れない事は無い)

 

 ナグモは先程のアインズの呟きを思い出す。一体、どういう意図であの様な発言を口にしたのかは分からなかったが、ナザリックのシモベとして至高の御方が望む物を用意するのは責務だと感じていた。

 

(考えてみれば、人間達に混じって冒険者として潜伏するならば幻術による変装だけでは不十分か………ならば、御方に相応しい肉体を作製しなくてはならないな)

 

 仮初とはいえ至高の御方の玉体となるのだから、ある意味では雑に作られた香織と同じ様にとはいかない。最上級の魔物や生物を使い、これ以上の出来はないと言える肉体を作製しなくてはならないだろう。

 すぐに技術研究所に指示を出そう。そう考えていると、ナグモに触診されている香織は声を上げた。

 

「ねえ、ナグモくん。一回で良いからさ………シない?」

「………………君、本当に自重し給え」




>グリューエン大火山

 そりゃあね……アインズからすれば、イベント消化ぐらいにしかなりませんって。というか他の大迷宮も、「アインズが規格外過ぎるからトラップとか幻術にかからないです」と強弁しちゃえば簡単に済んじゃうんですよ。

>アインズの統治者としての素質

 原作だと素質ゼロと言われていますけど、魔導国としての冒険者組合の設立とかドワーフ達の引き抜きの時にやった演説を見るに、本当に才能ゼロとは思わないんですよ。多分、経験を積んだら化ける気はする。

>チャン・クラルス商会

 一体、どこの竜人達が営んでいるのでしょうね?(棒読み)
 まあ、奥さんはアフターでは女社長をやっていたし……あといい加減、二人について詳しく書くべきかな? と思ってきたり。

>ナグモ

 はっきり言う。コイツ、余計な事をしようとしている。

 デミ程に残虐な精神じゃないけど、頭が無駄に回る方だから「なるほど、そういう事ですか」と先回りしようとしちゃうんですよ。アレ? デミとあまり変わらないな……。
 そんなわけで「作った後に深刻さに気付く」というプロトタイプなマッドサイエンティストの末路、どうぞお楽しみあれ!

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