ありふれてないオーバーロードで世界征服   作:sahala

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第百八話「全面戦争の幕開け」

「“真の神の使徒”だと?」

「そう。それがエヒトのクソヤローの手駒だよ」

 

 魔導国建国宣言より以前。配下に引き入れたばかりのミレディに、アインズは聞いていた。

 

「見た目は鎧を着て羽を生やした銀髪少女だけど、力とか魔力が普通の人間とは段違いなんだよねぇ。以前、オーくんと一緒に戦った時はミレディちゃんもちょっと危なかったかな?」

「加えて、奴等には『魅了』で人を操る能力がありまする」

 

 ミレディの言葉に、同じくナザリックの保護を約束した竜人族の族長アドゥルが情報を付け加える。いつもの様に戯けた態度を崩さないミレディに対して、アドゥルは臣下の姿勢を崩さずに証言していた。

 

「ある程度の魔力がある者ならば抵抗は可能ですが、並の人間ではまず抗えますまい。それによって奴等は常に人間の権力者達を操っておりました」

「天使やヴァルキリー型のモンスターと同系統か? 加えて洗脳能力持ち………なるほど、確かに厄介だな。アンデッドである私には精神操作は効かないが………」

 

 かつて“真の神の使徒”達と戦った事がある二人の証言から、アインズは頭の中で対策を練り始めた。

 

「いや、油断は禁物だな。精神操作対策のアイテムの増産を第四階層(技術研究所)に命じるとしよう。他にその“真の神の使徒”について、分かる事は無いか?」

「以前、儂は奴等と戦いましたが………どうにか数人は倒せたものの、千どころか万を超えようかという使徒達の大軍を前に敗れ――」

 

 ふと、そこでアドゥルが何かを思い出した様な表情になる。

 

「そういえば、使徒達の中でも指揮官と思しき者………確かノイントと呼ばれておりましたが。奴は使徒達に命令する際に、何やら特殊な音を発しておりました」

「音、だと?」

「はっ。といっても、竜人族である我らでもなければ聞き取れぬ様な高い音でしたが………おそらく、あの音を通して他の使徒達に命令を下していると思われまする」

「ふむ………高周波、というやつか? まるでラジコン………ああ、いや。命令通りに動く人形みたいな物というわけか?」

「その認識は間違っては無い様に思われます。どうにも、儂らと同じ生き物を相手にしている感触が無かった故に」

 

 思った事をそのまま口にしたアインズに、アドゥルは頷く。話を聞く限り、“真の神の使徒”達はユグドラシルで例えるなら傭兵モンスターみたいにある程度のコマンドで動くNPCみたいなものじゃないか? と推測した。そこで、それまで聞き手に徹していたミレディが声を上げた。

 

「ねえ、竜人のおじいちゃん。さっきの話って、本当の事?」

「お、おじいちゃん………さっきとは?」

「だからさ、あのデク人形達が特別な音で動いてるという話」

「うむ、間違いあるまい。かつての時も高齢ではあったが、儂の耳はまだ遠くなっておらんのでな」

 

 頷くアドゥルを見て、ミレディは何かを考え込み———そして、顔を上げた。

 

「あのさ、アインズくん」

 

 元はニコちゃんマークだったであろう、ペイントが擦れてしまったゴーレムの顔をアインズに向けた。

 

「実は………こんな事もあるかと思って、取って置いた物があるのだけど」

「………ほう?」

 

 ***

 

 そして、現在。

 

「そうか。とうとう魔王、それに“真の神の使徒”達が軍を発したか」

 

 ナザリックの玉座の間で、アウラとマーレの報告にアインズは頷いた。

 

「はい! 魔王は自分こそが魔人族の神アルヴヘイトだった、と首都の演説の場で宣言。その後、天使の軍勢が空から現れて『魔人族こそがこの世界に選ばれた種族である』と宣言した事で、魔人族達は士気高くアンカジ公国への進軍を開始しました!」

「ま、魔人族達は少数の兵士と戦えない女の人や子供を残して、ほとんどが今回の遠征に参加しました。軍の編成は、シャルティアさんのペットが調べ上げました。えっと、念の為にシモベ達に探らせましたから、間違いないと思いますっ」

「ふふん。妾のペットが役立ったでありんしょう?」

 

 ドヤ顔するシャルティアにアウラが微妙な表情になる。咳払いしながら、今度はデミウルゴスが発言した。

 

「魔人族達、並びに神の木偶人形達は国境を越えた後、通り掛かりの人間達の町や村を破壊しながら、アンカジ公国に侵攻中です。どうやら人間達から目立つ様に意識している為か、転移系魔法は使用していない様です。今はまだハイリヒ王国内に被害は及んでおりませんが、時間が経てば王国にも神の木偶人形が魔人族に味方した事は知れ渡りましょう」

 

 そこでデミウルゴスは悪魔らしい笑みを深めた。

 

「さすがはアインズ様です。魔人族がアンカジ公国に侵攻するタイミングに合わせ、アンカジ公国の使節団に謁見させたのですね? アインズ様の目論見通り、あの人間達はアインズ様の慈悲に縋りたいと土下座して参りました。これで益々、人間達はエヒトルジュエよりもアインズ様を信仰する様になりましょう」

 

 いや、そんな意図は全く無いんだってば。

 思わずそう言いかけ、アインズは何とか呑み込んだ。そもそもアンカジ公国に魔導国を宣伝したのは自分だが、まさかこんなに早く来るとは予想していなかったのだ。

 

(結局、ユエに色々聞いて謁見時のマナーとか付け焼き刃で身に付ける時間が欲しくて、あの日に指定しただけだしなあ………でも、まさかアンカジ公国と友好条約を結んだその日に侵攻されるなんて)

 

 同盟を結んだその日に、同盟国を潰す軍勢が派遣される。

 エヒトルジュエはガハルドの時の様に、先回りして自分達の勢力を削る気なのだとアインズは確信していた。もはや、お前達の行動などお見通しだ、という挑発的なメッセージすらアインズは感じていた。

 

(未だ七つある神代魔法の全てを修得したわけじゃない。でも、だからといって相手は待ってくれるわけじゃない)

 

 現実はゲームとは違うのだ。どこの世界にプレイヤーが順調にレベルアップしているのをみすみす見逃し、ダンジョンで待ち構えるだけの()()なボスがいるというのか?

 

(はっきり言って、アンカジ公国そのものはどうでもいい。でも同盟国を簡単に見捨てるなんて噂が立ったら、対エヒト同盟(魔導国)の前提が崩れてしまう)

 

 そうなれば魔導国に味方する者は減り、かつての解放者達の様に数の暴力でナザリックも押し潰されるだろう。それは絶対に看過できない。

 

「アインズ様」

 

 玉座の横に控えているアルベドが声を掛けてきた。

 

「至高なる御身を差し置いて、魔の王を僭称する愚神の眷属。そしてそれらに付き従う虫ケラ(魔人族)蚊トンボ(天使達)に対して、我々はどの様に致すべきでしょうか?」

 

 彼女にとって、アインズ以外の者が“魔王”を自称するなど、あってはならない事らしい。嫌悪感をありありと滲ませながら聞いてくるアルベドに、アインズは答えようとして———。

 

「決まっている———殲滅だ」

 

 玉座の間に無機質な声が響く。他の守護者達に目を向けられながら、ナグモは静かに、しかし低い声で淡々と話した。

 

「殲滅だ。魔王も、魔人族も、木偶人形も。アインズ様の敵は悉く殺し尽くすべきだ」

「ナグモ、お前には聞いていないわ」

「守護者統括。これはアインズ様、そして魔導国の沽券に関わる問題だ」

 

 冷たい目で睨むアルベドに対して、ナグモはいつもよりも低い声を出した。それはどこか感情を押し殺した様な声だった。

 

「奴等が破壊した街や村には()()()()()()()()()()()()も含まれる。謂わば、アインズ様の功績を踏み躙ったも同然。そんな奴等は、死すらもまだ生温い」

「珍しくお前と意見が合うでありんすねえ。私もナグモに賛成でありんす」

「シャルティア!」

「アルベド、お前とてアインズ様を差し置いて魔王などと名乗る輩は殺すべきと思っているでありんしょう? 其奴を放置していては、『魔導王』の名前そのもののイメージが悪くなるでありんす」

「ウム。亜人族ハ元ヨリ、帝国モ魔導王ノ名ノ下ニ纏マッテキテイル。ソコニ名前ガ似テイル魔人族ノ王ガノサバッテイテハ、アインズ様ノ尊キ称号ニ泥ヲ塗ラレルモ同ジ」

「シャルティアと同じ意見というのが気に入らないけど………私も賛成かな。アインズ様以外で魔王を名乗る様な恥知らずな奴は、殺すべきだと思います」

「ボ、ボクもお姉ちゃんと同じです! つ、ついでに偽物の魔王なんかに従っている人達も、皆殺しちゃえば良いと、あの、思います!」

 

 次々と『魔王とその一派、死すべし』という意見が上がる。守護者達の苛烈な考え方は予想はしていたが、アインズは少しだけ違和感を抱いた。

 

(な、なんだ? シャルティアとかはまだ分かるけど、ナグモってここまで過激派だったか? らしくない、というか………)

 

 以前、亜人族を保護する時は心底どうでもいいと言い放っていたのに、今は強い言葉で魔人族達の殲滅を進言している。それがどうにも気になってしまった。

 

「君達、落ち着き給え。魔王軍にどう対応するかはアインズ様がお決めになる事だ」

 

 デミウルゴスの一言に、アインズは思考を戻した。ナグモの事は気になるが、今はそれよりもとうとう現れた魔王と真の神の使徒達の事だ。

 

(俺が優先するのは、ナザリックと仲間達が遺してくれたNPC(子供)達の幸せだ)

 

 それを踏み躙ろうとする者。そしてこれから踏み躙りに来るであろう者。

 ナザリックの敵にかける情けなど———微塵も無い。

 

「アルベド、ヴィクティムに出陣の用意をする様に伝えろ」

 

 ヴィクティムは第八階層守護者であり、ある特殊な力を持ったNPCだ。アインズの命令に僅かに驚きながらも、アルベドは微笑んで頭を下げた。

 

「かしこまりました。その他、第八階層の()()()は如何しましょう?」

「いや、彼等には代わりにナザリックを守護して貰う役目がある。その代わり———各守護者達は持てる最高戦力のシモベ達を用意せよ」

 

 アインズの言葉の意味を悟り、全ての階層守護者が平伏する。

 アインズは虚ろな眼窩に宿る赤い光をギラリと輝かせ、それを命じた。

 

「まずはエヒトの眷族である魔王から潰すぞ。パンドラズ・アクターにも宝物庫の武器やアイテムを惜しみなく放出する様に伝えろ。ナザリックの総力をもって———全面戦争を始めようじゃないか」

 

 ***

 

「ふんふんふ〜ん、ふんふんふ〜ん、ふんふふふ〜ん♪」

 

 ナザリック地下大墳墓・第四階層。

 何処かで聞いた事のある様なマーチ曲のメロディをミキュルニラは鼻歌で口ずさんでいた。目の前には旧フェアベルゲンこと魔導国の全体図の模型があり、アインズから命じられた都市開発プランを新たに考えていた。

 

「ここに花壇を作って、お年寄りの人も移動しやすい様に魔導国を一周する様なモノレールも作って、あとは————」

 

 町作りというより遊園地の設計みたいになっているが、ミキュルニラは楽しかった。それはミキュルニラがとあるマスコットキャラクターを模して作られたからか、あるいは創造主(じゅーる)がテーマパークの建設に携わる職業だったからか。ミキュルニラは何かを作り、それで誰もが楽しく笑顔になれる様な空間にするのが好きだった。

 

「魔導国の都市開発を任せて頂いたアインズ様には感謝が尽きないです〜。私にとっては天職です〜」

 

 資金や資材はオルクス大迷宮から取れる為に惜しまずに使える為、訪れるゲストも住民も、全ての人が楽しく過ごせる創作活動に伸び伸びと打ち込めていた。

 奇しくも、それはかつて創造主(じゅーる)がやりたかった事であった。一部の上流階級だけでなく、様々な人が一緒に楽しく過ごせるパークを作る。その為に建築や設計に情熱を捧げたものの、上流階級である雇用主の意向という現実の前に果たせなかった夢。それをミキュルニラは魔導国の都市開発という形で実現させていた。

 

「こんなに楽しい街なら、所長や香織ちゃんもきっと笑顔に………」

 

 誰よりも笑顔でいて欲しい人達の事を思い、ミキュルニラが新たな設計案を考えていた時の事だった。

 ナグモが部屋に入って来たのを見て、ミキュルニラはいつもの戯けた態度になる。

 

「あ、しょちょ〜。お帰りなさいです〜、いま新しくエレクトリカル・アインズ様の設計を考えていたのですけど、しょちょ〜にも意見を………所長?」

 

 ミキュルニラは思わず、いつもの呼び方を忘れてしまう。

 ナグモの表情は、いつもの様に無表情だった。だが、いつもに増して近寄り難い———それこそ寄らば斬る、という様な張り詰めた空気を纏っていた。

 

「アインズ様と共に魔人族の軍勢を討伐する事になった。すぐに準備しろ」

「……そう、ですか。魔人族達を………」

 

 ナグモの言葉に、ミキュルニラはほんの少しだけ目を伏せる。かつての実験では、ナザリックの為とはいえ随分と酷い仕打ちをした。正直な所、カルマ値が極善となった彼女には非常に心苦しい行いだった。今回も、以前と同じ様にしなくてはならないのだろうか。

 

「すぐにキラーマシーン達を出動できる様にしろ。MG-REX、MG-RAY、それにヴェノムキマイラもだ」

「え、キラーマシーンをですか!?」

 

 キャラ付けの喋り方すら忘れて、ミキュルニラは思わず聞き返してしまう。

 ナグモが言ったモンスター達は、第四階層でも高レベル帯に位置するマシン・モンスターやキメラ・モンスター達だ。それこそ、ただひたすら相手を殺す事に特化して研究員達に作られたモンスターと言っても良い。

 

「その、さすがにやり過ぎなんじゃ………まさか魔人族達を一人残らず殺すつもりで」

「あいつ等を………あんなゴミ屑共を、生かしておけというのか?」

「所長………?」

 

 様子のおかしいナグモに、ミキュルニラは心配そうに声をかける。だが、ナグモは無表情――まるで爆発寸前の激情を無理やり押し込めた様な表情で、低い声を出す。

 

「あのゴミ屑共は、あの街を………アインズ様が冒険者として救った街を滅ぼした。僕がわざわざ救ってやった人間達を、踏み躙った。あんなゴミ屑共など、生かす価値すらない………! すぐにだ! すぐに準備しろ!!」

 

 最後はもはや怒鳴り散らし、ナグモはミキュルニラに背を向けた。それはまるで、大切にしていた玩具を壊されて癇癪を起こした子供の様にも見えた。

 そんなナグモを、ミキュルニラは悲しそうに見つめる。

 

「所長………せっかく、人間を嫌う以外の感情が芽生えたのに。こんな事になるなんて………」

 

 創造主(じゅーる)が遺した亡き息子を模した忘れ形見。それが負の感情に囚われているのが悲しくて、ミキュルニラは笑顔になって貰おうと作っていた都市(パーク)の模型の前で立ち尽くしていた。

 

 だが、憎悪に囚われたナグモはそんな自分の副所長の事に全く気付いていなかった。

 

(———殺す)

 

 アインズ(モモン)の働きを無為にした魔人族を、魔人族に味方した“真の神の使徒”を、それを命じた魔王アルヴヘイトを。

 折り重なる親子の焼死体を思い出し、いま胸の内に宿る憎悪はアインズに逆らう愚か者達への怒りだとナグモは自分に言い聞かせていた。

 

(殺すコロス殺すコロス殺すコロス殺すコロス殺すコロス殺すコロス殺すコロス殺すコロス殺すコロス殺すコロス殺すコロス殺すコロス———!!)

 

 人間となり、生まれて初めての感情を抑える術を彼は知らなかった。




 先に言っちゃいますが、ナグモが感情で先走ってアインズの足を引っ張るとかそういう展開は今回はありません。なので———。

 Hey,SIRI。Alexa、あるいはOK,Google。
 魔人族達が生き残る方法を教えて?

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