本当に申し訳ありませんが、原作のナザリック勢がありふれキャラに関わるのはもう少し先になりそうです。
白崎香織は上機嫌で王宮の渡り廊下を歩いていた。
突然、異世界に転移させられ、わけの分からないままに戦争に参加する事になって凄まじい心労がのし掛かっていたが、最近は少しだけ心が軽くなった気がしていた。
(それもこれも、南雲くんのおかげかな?)
あの日から香織は南雲と図書館の小部屋で話すのが日課となっていた。普通ならば図書館の職員が二人を見咎めて注意をしに来ると思うのだが、何故か南雲と話している時には誰の邪魔も入らず、まるで秘密基地みたいな場所で香織は南雲と毎日ゆっくりとお喋りに興じていた。
(本当に人に話すだけで気分が軽くなるなんて………南雲くんって、実は聞き上手だったのかも)
教室ではほとんど何も喋らなかった南雲との会話は、意外な事に香織にとって大変楽しかった。南雲は基本的に香織の会話に相槌を打ち、時折会話の内容を掘り下げる為に質問をしたりと口数は少なかったが、香織自身の気持ちが纏まらなくて長くなってしまった言葉にも最後まで聞き、内容を簡潔に纏めて香織が本当に思っている感情に気付かせてくれていた。それが香織の気持ちに寄り添ってくれている様で、とても嬉しかったのだ。
(それに、クラスの皆の話になると興味津々だったなあ。ひょっとして………南雲くん、クラスの皆と仲良くなりたいのかな?)
地球にいた頃は誰に対しても興味が無い様な対応を取っていた南雲だったが、香織が雫や光輝、その他に付き合いのあるクラスメイト達の事を話すと、まるで彼等を深く理解しようとしているかの様に詳しく聞いてくるのだ。
(だとしたら、嬉しいな。皆で協力すれば、魔人族だって怖くないよね)
今度、雫ちゃんも交えてお喋りしてみるのも良いかも、と考えていた時だった。
「香織!」
通路の向こうから、訓練服に身を包んだ光輝が駆け寄って来る。
「光輝くん……」
「ここにいたのか。香織も今から訓練だろ? 一緒に行かないか?」
「え〜と……うん、別にいいよ」
本当は今は光輝とあまり顔を合わせたくなかったのだが、わざわざ遠回りして訓練場に行くのも不自然だ。仕方なく香織は頷くが、光輝は香織のそんな態度に気付かず、満面の笑みでそうする事が当然の様に香織の隣に並んだ。
「それにしても、香織は最近自由時間に何処に行ってるんだ? 探しても見つからないし……」
「それは……光輝くんには関係ないよ」
「……ひょっとして、南雲の所か?」
咄嗟に上手い言い訳が思い付かず、口籠もる香織を見て光輝は眉根を寄せた。
「香織。もう南雲の所へは行ってはいけないよ。真面目な香織まで怠け者扱いされてしまうからね」
「何でそんな事を言うの? 南雲くんは自由時間も寝る時間も削って勉強を頑張っているんだよ?」
「でも戦闘訓練は最低限しか出てないじゃないか。南雲はステータスが低いから人一倍努力しないといけないのに、楽な読書に逃げているだけだ。俺なら両方頑張るのに」
「南雲くんは錬成師だよ? 私達みたいに戦う天職じゃないんだよ?」
香織の反論に光輝はやれやれと首を振る。まるで聞き分けの無い小さな子を相手にする様な態度に香織の中で不快感が募った。
「香織は優しいな………。でも俺達はこの世界の人達を救う勇者として召喚されたんだ。この世界を救わなくちゃいけないのに、南雲みたいに怠けて本ばかり読んでいて良い筈がないだろう?」
これだ、と香織は溜息をつきたくなった。ステータスプレートで自分に勇者の天職があると分かってから、光輝は前にも増して相手の話を聞かなくなっていた。今までも自分が考える正義が絶対に正しく、それに沿わない相手は悪だと決め付ける癖はあったが、勇者という立場を得て、さらに王宮の人々からその事で持て囃される様になってからは尚更悪化していた。
何かとつけてこの世界の人達の為に、と言っているが、香織には子供が何も考えずに将来の夢を宣言しているみたいに薄っぺらく聞こえていた。
(こうして見ると、光輝くんって子供っぽいなあ………ちゃんと考えて言っているのかな?)
香織とてそろそろ大人の仲間入りをする年齢だ。おまけに南雲という同世代とは思えない落ち着きを持った人間と話す機会を経て、彼女の精神は成熟し始めていた。その上で長年連れ添った幼馴染を見ていると小学生の頃から何も変わっておらず、彼女の中で光輝の評価は下方修正されていた。
「とにかく、香織はもう南雲なんかと話しちゃ駄目だ。俺達と一緒にいるべきなんだ」
「どうして私が誰かと話すのに光輝くんの許可がいるの?」
「そんな事は言ってないだろう。香織は俺の幼馴染なんだから、俺達といるのは当然だろ?」
まるで自分を所有物の様に扱う光輝に香織の我慢も限界だった。抗議する為に口を開きかけたが、その途中で訓練場が騒がしい事に気付いた。何だろう? と目を向けた先に、噂の人物である南雲が数人の男子生徒に取り囲まれていた。
***
香織達が訓練場に来る少し前。
香織達よりも先に訓練場に来ていたナグモは壁に立て掛けられた武器を手にしながら考えていた。
訓練場には既に何人かの生徒も来ており、ナグモの姿を見るとひそひそと話したり、あからさまな侮蔑の目を向けていた。しかしナグモはそんな視線を無視して思考の海に入り込んでいた。
(確か以前、モモンガ様とじゅーる様が話しているのを聞いた内容では、
試しに訓練用のロングソードを手にしてみる。Lv.100のナグモにとっては小枝ほどの重さも感じないが、どうにも手にしっくりと来ない。剣に関するスキルを持たない自分では装備するだけ無駄だろうと悟り、ロングソードを戻して隣にあった鉄の棒の先端に洋梨の様な鉄塊が付いた武器———
先程よりは違和感がない気はする。試しに軽く振ってみると、ビュンっと風切り音と共にメイスはナグモの手からすっぽ抜ける事なく収まっていた。
(これなら大丈夫か。まあ、ウィザードのクラスはあるから
しかし、やはり違和感がある。こうしてメイスを使えるといっても、ただ力任せに振り回しているだけ。十全に扱えてるとはまったく言えない。
(ドンナーとシュラークが使えれば………あるいはせめてトータスに原始的なマスケットでも良いから銃があれば良かったものを)
魔導銃ドンナー&シュラーク。
ナグモの主武装であり、至高の御方であるじゅーる・うぇるずから与えられた兵器だ。そもそもナグモの戦闘スタイルはガルガンチュアを前衛に出し、バフやデバフのサポートをしながら銃撃を加える中〜遠距離のガンナースタイル。剣や弓矢の様な原始的な武器しかないトータスではナグモの実力を半分も出せそうになかった。
(モモンガ様に潜入調査を命じられている以上、銃を自作するわけにはいかないし、新たに覚えた錬成という魔法も使えなくはないが、っと)
自分に向かって来る足音と敵意を察知してナグモは振り向いた。視線の先では気付かれるとは思っていなかったのか、檜山大介とその取り巻き達が間の抜けた顔と目があった。
「っ、カンが良いヤローだな」
檜山は不意打ちをかけるより先に振り向いたナグモに舌打ちしたが、すぐにニヤニヤと馬鹿にした笑顔を浮かべる。
「よう、南雲。お前武器を手にして何しにてんの? 無能なお前が訓練に来ても仕方ないだろ」
「ちょっ、檜山言い過ぎだって。本当の事だけどよ!」
「つうか、よく顔を出せるよな。俺なら恥ずかしくて無理だわー」
ゲラゲラと下衆な笑い声が訓練場に響く。訓練場には檜山達以外にも生徒はいるのだが、彼等は見ているだけでナグモ達との間に入ろうとはしなかった。
(こんな靴を履いた猿の様な低脳共が神の使徒、か。エヒト神とやらの目は節穴だな)
そもそも至高の御方を差し置いて神を自称する様な能無しでは無理もないか、とナグモは溜息を吐く。ナグモの心底呆れた顔に何を感じたのか、檜山は一転して不機嫌な顔になった。
「あ? なに舐めた態度取ってんの? ステータス雑魚の癖に。学校みたいに勉強が出来ればいい世界じゃないって分かってんの?」
「檜山ー、こいつ雑魚過ぎて可哀想だからさあ、俺達で稽古つけてやろうぜー」
「近藤ってば、優しいよな! 俺達で鍛えればちょっとはマシになるよな!」
檜山の取り巻きである近藤、中野、斎藤がナグモに詰め寄った。トータスに来て光輝程では無いにせよ、丸太を軽くへし折れる様な力を持った彼等はその暴力性を学校にいた頃から気に入らなかったナグモにぶつけようとしていた。
バチン、とナグモの服の襟を掴もうとした近藤の手が振り払われた。
「不要だ。汚い手で触るな、低脳が」
「んだとコラ。状況分かってんのか!? ああ!?」
いつもの様に虫を見る様な無関心な目で見てくるナグモに近藤は恫喝する。この頃になるとさすがにマズイと思ったのか、見ている生徒達はソワソワしだしたが、やはり割って入ろうとする者はいない。関わり合いになる事を恐れて、明後日の方向を見る者までいる始末だった。
そんな四面楚歌の状況だというのに、ナグモはいつも教室で見せている様な無関心な態度を崩さない。それが檜山達を更に苛立たせ、その中で檜山はある事を思い出して、それを口にした。
「知ってるぜ。お前、施設で暮らしてるんだってな」
「………それが何か?」
「はっ、所詮は親がいない出来損ないだよな! 勉強ができればどうにかなると勘違いしているみてえだな! パパとママは何も教えてくれなかったのか?」
「何だと………!」
檜山からすれば偶然知ったナグモの生活環境を揶揄したに過ぎない。しかし効果は覿面だった様だ。それまで無表情だったナグモの顔にはっきりとした怒りが浮かんだ。それを見て、檜山達は良い攻撃材料が出来たと判断した。
「檜山、それってマジ?」
「マジもマジ! コイツ、親に捨てられた奴等が集まる様な施設で暮らしてるんだぜ!」
「うわ、マジかよ! 本当にそんな奴いるんだな!」
「何? 勉強頑張ってるのは親がいなくても頑張ってるよアピール? 可哀想〜!」
「ってか、こんな奴、捨てられて当然だろ! 天職も雑魚だしな!」
「つうかさ、
ギャハハ! あり得るー! と檜山の言葉に近藤達が馬鹿笑いした直後だった。
「………それ、どういう事?」
馬鹿笑いしていた檜山達に冷水を浴びせる様に怒りを押し殺した声が響いた。檜山達が振り向くと、香織が目を爛々と輝かせながら仁王立ちしていた。
「し、白崎さん! これは、その………」
「言い訳はいいよ。それより、あなた達は何をやってるの?」
密かに好意を寄せていた女子の登場に檜山がしどろもどろになるが、香織は険しい顔を崩さずに檜山に問い詰めた。そこにクラスのアイドルだった少女の姿は微塵もない。
「南雲くんが施設で暮らしている事を知ってて、あなた達は南雲くんの事を笑ったの?」
「こ、これはその……ちょっとした冗談だよ……なあ?」
「あ、ああ」、「本気じゃないもんな」と檜山達は誤魔化す様に卑屈な笑みを浮かべる。
「へえ………そう」
すうっと、香織は大きく息を吸った。
「最っ低!」
ビクッと檜山達の身体が震える。
「生まれとか人のどうしようもない事を冗談でも笑い者にするなんて何を考えているの!? その上、人のお父さんやお母さんを馬鹿にするなんて! あなた達は最低だよっ!!」
「か、香織………?」
嫌悪感を浮かべて大声で怒鳴る香織に、光輝は戸惑いの声をあげる。
「そ、そうだぞ、檜山! 人の親を笑うなんて、人として間違っ、て………!?」
説教の為の言葉を言おうとした光輝だったが、突然身体が震え出して舌が動かなくなった。
「ひぃっ!?」「な、何だ!?」と檜山達も悲鳴を上げる。彼等だけではない。香織も、この場を傍観していた生徒達も皆一様に吐き気がする様な悪寒に襲われて、腰が抜けた様に地面にへたり込んだ。
「———————」
ただ一人、ナグモだけがその場に立っていた。先程まで怒りを浮かべていたナグモの表情は、今は無表情になっていた。だが、いつもとは違った。
全身からゾッとする様な冷たい怒りのオーラを滲ませ、額には青筋が浮き出ていた。
ミシッ、ミシッ、べキィッ!!
ナグモが手にしていたメイスの柄が音を立てて握り潰されていた。それでもまだ怒りが収まらないのか、メイスを持ってないもう片方の手からは爪が掌を突き破って血が滴り落ちる。
「………いいだろう」
ようやくナグモが口を開いた。いつもの様な興味ない相手をぞんざいに扱う様な無関心さは無く、ただひたすらに怒りを濃縮した様な冷たい声を出していた。
同時にフッとその場にいた全員が感じていた圧力が無くなる。
「ハァ、ハァ……き、消えた?」
「何だったんだよ、今の………」
生徒達が息も絶え絶えに立ち上がっていく中、ナグモが歩き出す。
訓練場の中心に来ると、柄が短くなったメイスをブンッと振り回して檜山達を指差した。
「来い、ド低脳。稽古とやらを付けて貰おうか」
>香織さん、ナグモにお悩み相談
ぶっちゃけるとナグモはドクターのクラススキルでカウンセリングをしているだけです。精神カウンセリングの基本である傾聴、質問、要約といった手法で香織から情報を引き出しているだけに過ぎません。
>香織さん、光輝への好感度マイナス修正
ぶっちゃけると自分はアフターはともかく、天乃河光輝というキャラクターが好きではありません。というか何で彼が転移前でもクラスのリーダーをやれていたか不思議でならないです。彼の独善的な姿勢は学生ならともかく、社会に出たらあっという間に見放されると思っています。
>檜山、ナグモの親を馬鹿にする。
超A級の自殺フラグ(ナザリック限定)。それはともかく、書いていて心苦しかった。小説とはいえ人の出生を馬鹿にするとか、一番やってはならない事なので。いっそわざとらしいかと思いましたが、奴ならやりかねない、と思ってます。