「アルベド、シャルティア。念の為に下がっていろ」
『はっ』
アインズの命令を受けて、二人の従者は下がった。それを巨大な光剣を形成したアルヴヘイトは鼻で笑う。
「何だ? 今更
「そうか」
自信をもって宣言するアルヴヘイトに対して、アインズは短く呟くだけだった。まるで神の威光そのものが地上に現れて、光すらも熱線となる様な断罪の光剣を前にしてアインズは冷静さを失わなかった。
「先程、時計が指定した時間の経過を教えてくれた。なあ、それは何の時間だと思う?」
「何を……?」
質問の意図が分からず、アルヴヘイトは光剣に魔力を込めながら困惑した表情になる。
「質問を変えよう。この戦争の最初に私が使った〈
「お前が……使った……?」
アルヴヘイトは鸚鵡返しに呟きながら、ふと考えてしまう。
確かに魔人族や“使徒”達の数万人を一度に殺せた魔法を何度も使われていれば、肉の壁となっている残りの魔人族や“使徒”達すら死に絶えており、仔山羊達はアルヴヘイトへ一直線に来ていただろう。それをせず、魔人族達の相手は魔導国軍が行っている為にアルヴヘイトはあれ程の魔法は連発できないと思ったのだ。
「ああ、お前の予想通りだ。私はあの魔法を連発する事は出来ない——一定時間が経たなければな」
「…………は?」
一瞬、言っている事が理解できずにアルヴヘイトは間の抜けた声を上げた。魔法は強力であればある程、魔力を多大に消費するものだ。それは神である自分やエヒトルジュエであろうと例外は無い摂理だ。あれ程の規模の魔法を発動させる魔力が短時間で回復するなど、それこそ自分の様に他者から奪わない限り無理な筈だ。
「超位魔法は強力だが、発動後に大きなクールタイムが必要になる。だから先に使った方が不利になると言われるが——スキルの様に扱えるから、
サァッとアルヴヘイトは血の気を引くのを感じた。巨大な熱量を持った光剣が近くにあるというのに、背筋に冷たい汗が流れてくる。
「お前がユグドラシルの知識を持ってない事は戦っている内に確信が持てた。
「何を言って……ユグ、ドラシル? オーバーロード? 何だそれは? 知らん、そんな物は知らんぞ……!」
トータスの唯一神であるエヒトルジュエの眷族神であるが故に、自分の主を除けば全知全能に限りなく近いと思っていたアルヴヘイトはアインズが次々と喋る未知の単語に狼狽えた。まるで、その無知が自分に破滅を齎すと理解したかの様に。
「後は再生能力のあるお前の魔力を如何に削り、再生が不可能なくらいのダメージ……それも一撃で喰らわせるか。それが肝心だった。唯一、誤算だったのはお前が味方を犠牲にしてまで発動する切り札があった事くらいだが……その魔法は味方すらも犠牲にしなければ発動出来ないなら、文字通りの意味で
「……あ、ああ、ああああっ!!」
「……
全てアインズの計算ずくだった。最初、重力魔法で魔力を節約した弱い防御で耐え忍んだのも、その後の攻防で時間をかけていたのも。それにようやく気付いたアルヴヘイトの口から絶望の喘ぎ声が漏れた。
(ま、魔力を……! 何でも良い、こいつが出すという一撃を耐えられるぐらいの防御魔法を張らなくては! ああ、だが、もう残り魔力が……!? クソ、クソ、クソクソクソクソォォォォッ!!)
神である自分をここまで追い詰めた相手が、無意味なハッタリを言う筈が無い。これから出す超位魔法とやらは、確実に自分に致命的な一撃となるだろう。
しかし、それを理解した所でアルヴヘイトにはどうしようもなかった。持てる魔力は手加減していたアインズを甚振ろうとして魔法を無闇に乱発したり、先の攻防で身体を何度も再生させられたり、あるいは“光の使徒”を作る際に大幅に使ってしまっていた。
そして今、アインズを消し飛ばす為に光剣を作り出してしまったから防御にまで回す余裕など無かった。最終手段として他者から奪うという方法があるが……たった今、その最終手段である魔人族達を自分の手で殺したのだ。
アルヴヘイトに残された手は——もはや全魔力を載せてしまった光剣をアインズへ振り抜く事だけだ。
「ああああああああああああっ!!」
アルヴヘイトが吠える。それは神の威厳など無く、死の間際を予感した生物が最後の悪足掻きをする様に必死な叫びだった。
「消エロオオオオオオォォォォォォォォッ!!」
アルヴヘイトの光剣が振り下ろされる。
巨大な光の柱を形成していた光剣は、まさに地上に降りた太陽の様だ。
神の裁きを具現化した一撃は、神を殺そうとする邪悪なアンデッドを消滅させんと迫り——。
「超位魔法——」
自らの弱点である聖なる裁きの光が迫る中、アインズは手元に出した砂時計をパキンッと割った。砂時計の効果により、膨大な詠唱時間が必要だった魔法は即座に発動した。
「〈
その声と同時に、アインズのスタッフの先に黒い球体が生じた。
それは先程の〈
球体は徐々に大きくなり、やがて巨大な空間の虚となって全てを呑み込みだす。
「ああ、あああっ! 私の裁きの光剣がああああっ!?」
アルヴヘイトが絶叫する中、神の裁きを宿した光剣が空間の虚に呑み込まれていく。
それは光すらも逃れる事の出来ないブラックホールの様だ。空間の虚は巨大な光剣を歪曲させ、スパゲティの様に引き伸ばしながら闇へと引き摺り込んでいく。アルヴヘイトは自分の最大の攻撃がアインズに届く事なく呑み込まれていくのを見ながらも、自分が空間の虚に引き摺り込まれない様に精一杯に背中の光翼を羽ばたかせるので精一杯だった。
「うおおおおおおおっ!?」
空間を歪ませ、全てを吸引する虚に吸い込まれまいとアルヴヘイトは必死に踏ん張る。今すぐ光剣を手放して逃走に全エネルギーを使いたかったが、空間の虚は戦場全てを焼き払う光剣のエネルギーを吸い込んでいるからこそ、
アルヴヘイトの全魔力を込めた光剣が根こそぎ吸い尽かされていく中、無限に思えた時間にも終わりが来た。光剣のエネルギーを呑み込みながら、空間の虚は徐々に小さくなって拳大程の球体へと戻っていった。
「ああ……? 助かった、のか……?」
光剣のエネルギーが全て吸い尽くされたが、空間の虚からの吸引が収まった事にアルヴヘイトは九死に一生を得た思いで安堵しかけた。
「——いや。私の魔法はまだ終わっていない」
アインズの一言に、アルヴヘイトは顔を上げる。これ以上、何が起こるというのか?
そして——気付いてしまった。黒い球体は小さくなってはいるが、まだ変わらずに存在していた。
ピシッと、黒い球体に罅が入る。そこから僅かに白い光が見えていた。
「エネルギーを極限にまで収束させた星は、やがて大きな爆発的なエネルギーとなって広がっていく」
ピシッ、ピシッ! アインズが静かに説明する最中にも、黒い球体の罅は大きくなっていった。それは卵が孵化する様子に似ている、とアルヴヘイトは直感的に考えていた。
「
黒い球体の罅から大きな光が漏れ出す。生まれ出るエネルギーは、きっと自らに破滅を齎すのだと理解しながらも、魔力の尽きたアルヴヘイトはもはや地に膝を突いて見ている事しか出来なかった。
「さて……私の魔法はトータスの神を滅ぼすに足るか。そうである事を
アインズが痛烈な皮肉を呟いた、その時——宇宙卵は一際大きな音と共に完全に割れた。
そして——宇宙卵から強い光が割れて出た。光と闇が入り混じったエネルギーが膨張して、辺りを白い閃光で染め上げる。それは遥かな昔、宇宙に混沌しか無かった時代を終わらせたビッグバンを彷彿させた。
普通の人間なら直視するだけで目が焼かれる閃光という意味なら、アルヴヘイトの光剣と似た様な物だろう。だが、アルヴヘイトの光剣が神の威光を具現化した様な神聖な光だったのに対して、宇宙卵から孵化した光はどこまでも白く、全てを呑み込む様な光だった。周りの全てを白く染め上げる強い光は、ともすれば白い闇と表現するべきだろう。
アルヴヘイトが視界が全て白く染まると同時に——巨大な熱量が全てを呑み込んだ。
***
絶死の光景は実際は十秒にも満たなかったのだろう。しかし、実際にはその何十倍にも感じられた。
天地開闢のエネルギーはアルヴヘイトを中心とした魔法の効果範囲内で荒れ狂い、白い闇が天へと一直線に伸びる。爆発で起きた突風も、余波だけで肌が爛れそうな熱風も全て効果範囲内に収められた。範囲外となる円の外側には何も変化がない。今までと変わらない砂漠が広がっているだけだ。
だが、効果範囲内の景色は一変していた。まるで巨人がスプーンで抉ったかの様に巨大なクレーターが作られ、あまりの熱量に砂漠の砂は炭化を通り越して結晶化されていた。
「ぁ……ぁ、がっ……」
そんな生者の存在が許されない筈の爆心地の中心で、アルヴヘイトは生きていた。とはいえ、その身体は酷い有様だ。下半身は胴体から下が焼失し、それでいながら傷口は火傷の様に爛れた為に血止めとなってしまっていた。残る上半身も背中の光翼が原形すら留めずに焼失し、皮膚は高温の為にケロイド状になっていた。
あれだけの爆発を間近で受け、通常の人間なら既に死んでいる様な重傷でありながら生きているのは理由があった。彼がエヒトルジュエの眷族神として通常の生物よりも高い生命力を宿している事——そして“今の”肉体が魔力が完全に尽きない限りは自動再生する吸血鬼であった事で、虫の息ながらも辛うじて死ぬ事はなかったのだ。
「やれやれ……相手の魔法のカウンターとしては使えるが、光属性と闇属性の魔法攻撃しか返せないのがこの魔法の難点だな」
ザッ、ザッ——。
結晶化した砂を踏みしめる音と共に聞こえた声に、辛うじて意識を保っていたアルヴヘイトの脳が恐怖一色に染まる。もしも下半身がまだあれば、みっともなく失禁してしまったかもしれない。
もはや絶対の恐怖の対象であるアンデッド——アインズは、アルヴヘイトの側まで歩み寄っていた。アンカジの砂漠に差し込む太陽が、アインズの顔に影を作る。その姿が黄泉から来た死神を思わせて、アルヴヘイトは上半身だけ残った背筋をガタガタと震わせた。
「な……なぜ、これ程の魔法がありながら……最初に、使わなかった?」
アルヴヘイトは震える声で、辛うじて呟く。それに対してアインズは軽く肩をすくめた。
「エヒトルジュエやお前は、私にとって未知の種族だ。神と名の付く相手はユグドラシルで色々と相手をしてきたが、お前達がそれらと同じとは限らない。トータスの神はどんな攻撃手段があり、逆にどんな攻撃手段なら有効打になるか。それを知っているか否かで勝敗が分けられると思わないか? エヒトルジュエの眷族であるお前は、練習相手として打ってつけだろうと考えた。だからこそ、出来る限りお前の攻撃を正面から受けていたわけだが……お前は全てを見せてくれたんだな?」
ビクッ! とアルヴヘイトが震える。自分の創造主であり、唯一神であるエヒトルジュエと戦うなど、本来なら下等生物の叶わぬ妄想だと一笑に付しただろう。だが、この相手ならば本気でやれると身を以て証明された今は笑う事など出来なかった。そして――そんな絶大な力を持つ相手が、自分への興味を失くした事で待ち受けるだろう運命に強い恐怖感が湧き上がった。
「であれば——これ以上はお互いに無駄な時間だろう」
スッと、スタッフを構えるアインズに、アルヴヘイトは上半身だけの身体を捩らせた。
「ま……待て。本当に待ってくれ、頼む」
残った上半身を使い、どうにかアインズに平伏する様なポーズを取った。腹這いになって顔ごと地面の砂に埋める様な格好だが、もはや体面など気にしてはいられなかった。
「こ、降参だ。降参、する」
「ふむ」
「おま……貴方はエヒトルジュエ様、じゃなくてエヒトルジュエを倒そうとしているのだろう? 私はエヒトルジュエの情報を持っている。絶対に役に立つ」
「なるほど」
「……そ、それにだ。私は強いぞ。無論、貴方には劣るが……それに、そうだ! 私は魔人族の王だ! 私を配下にすれば、魔人族達も味方につける事が出来る! エヒトルジュエとの戦いで私は必ず魔人族達と先陣を切る事を約束するぞ。これでどうだ?」
「ほう」
「………ま、待って下さい! それだけじゃない! ほ、欲しい物があれば、魔人族の城の宝物庫から幾らでも持っていて構わな——いえ、是非持っていて下さい! 一つ残らず貴方様の物です!」
「そんなところか。売り込みは終わったか?」
「え、あ、いや………」
アルヴヘイトの目が落ち着きなく泳ぐ。
「そ、そう。いや、違う。そ、それ以外にもいろ、色々ある、あるんだ。ほ、欲しい物があれば、絶対に手に入れてくる! 嘘ではない!」
「ふん。私が本当に欲しい物は、お前などに手に入れられる物なんかじゃない」
それまで無関心だったアインズの口調に苛立ちが混じる。それを感じ取ったアルヴヘイトの顔は更に血の気を失くした。
「ま、待って……待って、ね? へ、へへ、へへへ」
もはや神の威厳すら捨て、アルヴヘイトは卑屈な笑いで媚びようとした。何より大事なのは自分の命だ。自分が助かるなら、アインズの靴を舐める事だって喜んでやりたい気分だ。
「わ、私が愚かでした。自分を神などと驕り高ぶって、貴方様や反逆、いや解放者様に敵対しようとしたのはとんだ間違いでした! そ、それで、どうでしょう? わ、私を配下、いえ奴隷でも構いません! 生きて過ちを正す機会を頂きたく……へへ。お願いします!」
アルヴヘイトは両手を組み合わせて懇願する。神がアンデッドに祈り縋るなど、この場を魔人族が見ていれば卒倒する様な光景だ。そんな哀れな元・魔人族の神を見つめたアインズは——。
「ふむ……自分のミスを認め、正そうとする姿勢は非常に好ましい。社会人としてそうあるべきだな」
「な、ならば!」
シャカイジン、という言葉の意味こそ分からなかったが、アルヴヘイトは希望を見出した様に喜悦満面となる。
「ただ……これ以上、イエスマンが増えてもな。それに一つ聞くが……お前は今まで同じ様な懇願をされて、聞き届けた事はあったか?」
「え? ……あ、あります! ありますとも!」
咄嗟にそう答えたアルヴヘイトだが、忙しなく泳ぐ両目が真実を雄弁に語っていた。
「……安心しろ。私はお前やエヒトルジュエの様に、玩弄して使い捨てる様な勿体無い真似はしない。出来る限り有意義に全てを使ってやろう」
スタッフを真っ直ぐに突き付けられる。それは死神が鎌を振り上げた様にも見えた。
「ひ、ひぃっ!? 嫌だ、私は死にたくない! お願い、助けて! 殺すのは止めて! 止めて下さい! じ、慈悲を! 貴方が真の強者なら、弱者である私にも慈悲を下さい!」
「呆れたな……それをお前が言うか? 大体な、強ければ何をしても構わない。それが世の理だ。お前だって強かったから、今まで弱者から様々な物を奪い取ったのだろう?」
「止めて! その目で私を見ないでっ! 殺さないでっ!!」
屠殺される家畜を見るかの様な眼窩の紅い眼光に耐え切れず、アルヴヘイトは上半身だけの身体で這いずりながら逃げようとした。
「さて、ここまで弱ったとはいえ神に効くかどうか……〈
まるで試しにやってみよう、という気軽な様子で即死呪文が放たれた。それだけでアルヴヘイトは……魔人族の王にして、エヒトルジュエに次ぐ神の生命は絶たれた。
あまりにも呆気なく、そして何の余韻も無く、トータスの神の一柱は死の支配者によって崩されてしまった。
「力が無ければ、ただ奪われるだけでしかない」
白目を剥いてピクリとも動かなくなった神の亡骸を見ながら、アインズは独り言を呟いた。
「それは私であっても例外ではない。だからこそ、常に力を求め続けなくてはならないのだ。大事なナザリックを……友人の子供達を奪われない為にもな」
>超位魔法・
原作にはないオリジナルの超位魔法です。
ついにやっちゃったよ……個人的に二次創作で原作キャラにオリジナルの必殺技を考えるとか、あまりやりたくないのですけど。どうしても原作の超位魔法で丁度良いのが無かったから作らざる得なかったと申しますか……。
まあ、それはともかく……この魔法の設定を語ります。
魔法発動後、通常の
相手の超位魔法のカウンター魔法としてユグドラシルでは認知度が高く、これがあるから「超位魔法は先に撃ったら負けるから後出しジャンケンになる」と言われる様になった。
ただし、どんな属性の魔法を吸い込んでも相手に放たれる攻撃は光属性と闇属性であり、属性に合わせた耐性装備で防ぐ事で対処は容易となってしまう。例えばアインズはアンデッドだから闇耐性はあるが光耐性が無い為、一見有効そうに見えても光耐性の装備を身に付けてしまえば期待程のダメージは与えられなくなる。
熟練者からすれば防ぐ手段が分かり切ったカウンターになってしまう為、一日に三回しか使えない貴重な超位魔法の枠をそれで使ってしまうのは勿体ない(セオリー通りに詠唱者に対してピンポイント狙撃や空間転移からの絨毯爆撃の方がコストが良い)、そもそも課金アイテムで詠唱を短縮しなければタイミングの合ったカウンターにはならないなどの理由から好んで使う者は少なかったとか。