後半:誰だコイツ?
ハイリヒ王国・王都の城下町———そこの一等地にある屋敷で檜山達は寛いでいた。この屋敷は元々は地方領主が王都に宿泊する際に使われる別荘だったが、屋敷の持ち主は『神の使徒への不敬罪』で投獄された為、家主のいなくなった屋敷を檜山達は譲り受けたのだ。
こんな事が出来るのも、檜山達が“光の戦士団”として権力を好き勝手に行使できるからだ。檜山達を含めて現在王都に残っているクラスメイト達の大半は、王城から出てこの様な別荘に住み出していた。
「ったく、いい加減ウゼェよな。反乱を起こしている奴等」
屋敷の居間で檜山はいつも連んでいる悪友達とくだを巻いていた。部屋にあるテーブルは以前の家主が使っていた品の良い物だが、それを台無しとするかの様に檜山はドカリと足を乗せていた。
「俺達がテメェ等の為に魔物を倒してやったのによぉ、なに俺達に逆らってんの? って話だよな!」
「本当だよなぁ、俺等はクソ雑魚な村人共に代わって戦ってやってるのにな!」
檜山の言った事に近藤は同意する。彼等の手には酒の入ったジョッキと煙草が握られており、テーブルが汚れるのも構わずに空き瓶や吸殻を散らかしていた。
これが檜山達が城下町の屋敷に住み出した理由だ。異世界に来て酒や煙草を自由に嗜める様になった彼等だが、王宮のサロンでそれをやるとたまに光輝に見咎められて注意されるのだ。
確かに現代日本で自分達の年齢で喫煙や飲酒をするのは違法だが、ここは異世界だ。この世界では自分達は一端の大人として扱われるし、“神の使徒”なんて面倒な事をやって働いているのに何故地球のルールで口煩く言われなければならないのか?
そうして未だに地球の常識を持ち出して説教する光輝を煩わしく思い、檜山達は王宮から出て豪華な屋敷に拠点を移したのだ。無論、光輝には『街の警備をするのに近くに住んでる方が住民達も安心する』といった理由で伝えている。他人の悪意を気付こうともしない光輝は、そんなでっち上げの理由をあっさりと信じていた。檜山達以外のクラスメイトも、似たり寄ったりの理由で自由に羽を伸ばせる空間として王宮から出て家主のいない屋敷などに住み出していた。
「なんか俺達が贅沢してるのが気に入らないとか言ってやがるけどさぁ、この世界の奴等より強い俺達が高い金を貰うのは当然だもんな!」
「そんな雑魚共が集まった所で俺達に敵うわけねえのに身の程知らずだよな!」
中野と斎藤は最近駆り出される様になった反乱の鎮圧について思い思いの感想を言い合う。魔人族の遠征がアンカジ公国で撃退されたと聞いてしばらくして、王国内で現王政府に対する反乱が各地で勃発していた。その為に檜山達を含めた“光の戦士団”は、国内の治安維持を名目に反乱鎮圧に行かされる様になっていた。反乱は各地で起きた為、クラスメイト達も何人かのグループ分けされて鎮圧部隊に派遣される様になったのだ。
その反乱自体は今のところ、“光の戦士団”の手で簡単に鎮圧されていた。そもそもクラスメイト達はエヒトルジュエからチートパワーを貰って異世界から召喚された人間だ。この世界の人間の数十倍のステータスを持つ彼等にはトータスの人間が百人や二百人集まった所で歯が立たず、地方の反乱くらいすぐに武力鎮圧が行えていた。
「そういえばさ、聞いたか? 別グループにいた天之河の奴、反乱してる農民共に『何か誤解があっただけだ、話し合えば分かり合える筈だ!』とか言って止めようとしたらしいぜ?」
「マジかよ! 天之河も分かってねえな、俺達に武器を向けたんだから遠慮なくブッ殺しちまえば良いのによぉ!!」
ゲラゲラ、と四人は自分達の仲間である勇者の行動を嘲笑した。オルクス大迷宮でゾンビ化したクラスメイト達、そして王城で自分達に襲い掛かったガハルドと部下達と経験を積んだ彼等は、既に地球にいた時の様に殺人に対して忌避感は無くなっていた。それどころか“光の戦士団”の設立を経て、自分達に敵対する者や意にそぐわない者を自由に裁ける快楽まで知った。だからこそ、たとえ反乱を起こした農民達が重税に耐えかねたという理由があったとしても、自分達に歯向かう方が悪なのだから、と殺すのに躊躇など無かった。
「それにしてもよー、タバコはこの世界に来て初めて吸ってみたけど、案外美味いものなんだな」
「だろ? 地球にいた時は先公や親がうるさくて隠れて吸ってたけど、異世界じゃ大っぴらに吸えるから気持ち良いぜ」
「あ? 檜山、地球でも吸ってたのかよ? ワルだな、お前」
言葉とは裏腹に咎める気は無いのか、檜山の話に近藤はケラケラと笑う。彼等は思春期の少年として、喫煙を『大人の仲間入りしたステータス』という様に捉えていた。トータスでは地球の様に大人と子供の境界を一定の年齢では定めておらず、檜山達でも煙草は気軽に購入できていた。
そんな中で今日で初めての喫煙となる中野や斎藤は少しだけ躊躇いを見せたが、友人二人が吸っている姿に好奇心から煙草を吸ってみていた。
「っ、ゲホッ、ゲホッ!?」
「ギャハハ、だせえな! 吸い方くらい高校生なら普通に知っとけよ!」
「ゲホッ、うるせえ! それにしてもよぉ、こんなタバコどこで買ったんだよ?」
「
ふぅん、と気のない返事をしながら中野は再び煙草を口につける。今度は煙を肺の中に入れる様にゆっくりと吸った。すると、頭の中で甘く痺れる様な感覚が生じた。
「あー……なんか気持ち良いわ」
「だろう? これでお前も一人前の大人だな」
初めての喫煙の快楽に中野はリラックスした表情になり、檜山はそれを満足そうに見ていた。
———彼等は知らない。フリートホーフが売った煙草は麻薬成分がある葉、地球でいう所の大麻が混ぜられているという事を。
下手な貴族達よりも金銭を持ち、聖教教会の資金も自由に扱える“光の戦士団”にフリートホーフは目を付けていた。彼等から更なる金銭を引き出す為、麻薬成分のある煙草を最初は格安で提供して、彼等が依存症になった頃合いを見て値を吊り上げて売るつもりなのだ。
だが、汚い大人達に食い物にされているという事実を知らず、檜山達は地球では出来ない
「あ、あの………お酒のお代わりをお持ちしました」
不意にドアがノックされ、部屋に新たなボトルを運んできたメイドの少女が入ってくる。
このメイドはこの屋敷に元から勤めていた者だ。檜山達が屋敷を接収すると同時に、そこで働いていた使用人達も自動的に檜山達に仕える事になった。
「遅えぞ! 気が利かねえメイドだな!」
「す、すいません!」
檜山の怒鳴り声にメイドはビクビクしながら酒を注ぐ。王都に住む人間ならば、“光の戦士団”の機嫌を損ねたらどうなるかは学習させられていた。しかし、緊張のあまりか手元が狂い、檜山の手をワインで濡らしてしまった。
「おい、何やってんだテメェ!」
「ひっ!? も、申し訳ありません!」
「まあ、待てよ。おい、アンタ。エヒト神の使徒で、“光の戦士団”の俺達の仲間にとんでもない事をしちまったなあ?」
その場で土下座したメイドに対して、斎藤はニヤニヤとしながら気安く肩に触れた。
「だからよぉ、ちゃんとした詫びの仕方という物があるよなぁ?」
斎藤の手が肩からスルスルと降りて、メイドの胸の膨らみを掴む。メイドはビクッと身体を震わせたが、振り解く事はしなかった。
「おい、斎藤。昨日も俺達に
「へへへ、別に良いだろ。なんかこの煙草を吸ってるとよぉ、頭がフワフワして、ついでにアソコもビンビンになってきたんだよ」
「あー……言われてみりゃ、俺もそんな気がしてきたわ」
アルコール、そして麻薬を吸引した事による多幸感と酩酊感が手伝い、檜山達は目をギラつかせながらメイドを取り囲む。少女はこれから起こる事に背筋に怖気が走ったが、ここで拒否すれば自分はおろか、家族にまで危害が加えられる未来を想像してしまった。彼女が出来るのは、泣きそうになるのを堪えて、精一杯媚びる様な笑みを浮かべて起こる運命を受け入れる事だけだった。
「ど、どうぞ……“光の戦士団”の皆様に、不詳ながら私の身体でお詫びをさせて下さい……!」
その夜———4匹の獣物によって、一輪の花が散らされた。
***
「お帰りなさいませ、旦那さ———」
セバスが商人として滞在している貸屋敷。商店の従業員兼使用人という名目でいる竜人族の女性達と共に出迎えをしたティオは、セバスが手に抱いている海人族を見て目を丸くする。
「………セバス様、その
「拾いました」
短く返答するセバスだが、ティオと共にいた竜人族達は抱えられている海人族の女性にざわざわと騒ぎ出す。一見からして酷い有様の女性にただならぬ様子を感じた様だ。
そんな中、ティオがパン、パン! と手を叩く。
「これ、何を呆けておる! 見たところ、その者は酷い怪我を負っておる! すぐに湯を沸かし、治療の準備をするのじゃ!」
「は……はい!」
ティオの一言に竜人族の女性達はバタバタと動き出す。それを尻目にティオはセバスへ歩み寄った。
「普段は使ってない客間がありまする。そこで治療を行いましょうぞ」
「……治せますか?」
「それは傷の具合を見てみないと何とも……しかし、それ程の重傷ならばどうして治療院に預けなさらぬのじゃ?」
「それは………」
セバスは思わず言葉に詰まってしまう。女性を拾った時の状況は簡単に説明できる事ではなく、何よりセバス自身も何故彼女を治療院に置いてくるだけで良しとしなかったか……それが分からなかった。
「ふむ………何やら複雑な事情がありそうじゃな」
セバスの態度を見て、ティオは何か察した様に頷いた。自分の服が汚れるのも構わず、セバスから海人族の女性を受け取った。
「とにかく、まずはこの者の治療が最優先じゃな」
***
「どうでしたか?」
「その……はっきり申し上げますと、かなり酷い状態です」
医療に心得があった為に診察を任された竜人族の女性は、一通りの診察を終えてセバスとティオに海人族の女性の状態を報告した。
「全身にある殴打や火傷痕がまだマシな方で、その他にも肋骨や指に骨折が見られました。それも杜撰な応急処置をしたのか、骨が変形してしまっています。右足の腱は切られていて、前歯の上下も抜かれていました。太腿の付け根の状態から性病も確認されました。顔の斑点などから何らかの薬物中毒も疑われます。それと………その、膣口にも酷い火傷の痕が。恐らくですが、避妊を目的に焼鏝を挿れて———」
「もう良い」
あまりにも酷い仕打ちを受けた有様に、同じ女性として気分が悪くなったティオは不機嫌な顔で遮った。セバスもまた、捜査撹乱の為とはいえ男に金貨をくれてやった事に後悔し始めていた。
「それで、あの者の身体を健康な状態まで治せるのかの?」
「申し訳ありません、ティオお嬢様。私の治癒の腕では死から遠ざける様にするので精一杯です」
竜人族の女性が苦渋に満ちた表情になる。トータスの治癒術では、今の海人族の女性を身体を完全に治すのは無理なのだろう。
(ですが、アインズ様からお預かりした
もしもの為に、セバスはアインズから治癒魔法が込められたスクロールをいくつか持たされていた。トータスの治癒術では無理でも、ユグドラシルの治癒術ならば女性の身体を完治させる事は容易い筈だ。
しかし、あれは仮にも
「確か……倉庫にゴウン様より授けられた治癒術のスクロールがあったであろう」
唐突にティオが呟く。セバスが瞠目する中、ティオは竜人族の女性に命じた。
「ゴウン様はかつて死の運命にあった
「よろしいのでしょうか? あれはゴウン様より頂いた物で、勝手な事に使ってしまっては———」
「構わん。妾が許可する」
ティオは毅然とした口調で言い、セバスへ振り向いた。
「セバス様もそれで宜しいな?」
「……お願い致します」
セバスが頭を下げたのを見て、竜人族の女性はティオの言う通りにスクロールを取りに行く。その姿が見えなくなった後、セバスは頭を上げる。
「ティオ、先程の事は———」
「もしもゴウン様にスクロールの無断使用を咎められた時は、妾が独断で行った。その様に証言なされよ」
「……ティオ、さすがにそれは違います。全ては私の勝手な行動で招いた事です。あの女性にスクロールを使って欲しい、と私も思っていました」
「妾はセバス様の意を汲んで気を利かせたまでじゃよ。夫の意を汲んでこそ、妻たる者の務めじゃからな」
ティオは事もなげに言うが、セバスは表情を少し曇らせる。自分の主人は慈悲深い所はあるが、それでもティオに対してどう判断するのか分からない。まだセバスとは正式に婚姻を結んだわけではないからナザリックの身内とは言えないし、下手をしたら竜人族そのものにまで処罰が下る可能性もあるのだ。
「前から疑問だったのですが……何故、貴方は私の妻になりたいと思ったのですか?」
セバスは何となしにそれを聞いた。今でこそお互いの性格などを知り合っているが、そもそもティオが自分に惚れた経緯がよく分からないのだ。ただ何度か手合わせしただけだというのに、何処に自分を好きになる要素があったのだろう?
「ふむ? 妾にとって、セバス様は今までになかった衝撃を与えてくれたからじゃが? 身体を何度も突き抜けた、あの時のセバス様の手の感触……今でもはっきりと思い出せまする。有り体に言えば、一目惚れなのじゃ〜♡」
「………ティオ、私は真面目に聞いて———」
「———妾は至って真面目に申しておるよ」
ゾクゾクと身体を震わせながら蕩ける様な表情から一転、ティオは静かにセバスを真っ直ぐに見る。
「竜人族の生涯は長い……だからこそ、一生の伴侶には末永く共にいたいと思える運命の相手を選ぶのじゃ」
商店の女主人としてでもなく、痛みに快楽を感じるヘンタ……もとい、特殊な性癖の持ち主としでもなく、ティオは竜人族の姫としての顔を見せながらセバスと向き合った。
「一目で見て、運命を感じる者……その者こそが一生を添い遂げる相手となるであろう、と亡くなった母上は申されていたよ。妾にとって、それがセバス様だったというだけの話じゃ」
パチン、と扇子を開きながらティオは優雅に微笑む。
それは度量とたおやかさを兼ね備えた———武家の妻を思わせる様な笑みだった。
「セバス様。そなたとの婚姻を望んでいる事に、竜人族としての思惑が全く無いとは申しませぬ。じゃが、妾はたとえ一族の為であろうと好きでもない男に自分を安売りする気もありませぬ。妾が夫にしたいと思った者には一生をかけて妻として尽くし、共に在りたい……そう思っておるのじゃ」
「ティオ………貴方は………」
セバスはティオをまじまじと見つめる。この異世界の竜人族は、それ程の覚悟をもってセバスに嫁ぎに来たのだ。今までは向けられる好意にただ戸惑っていただけのセバスにとって、今のティオの姿は気高く見えていた。
「故にセバス様があの者を助けたいと思われるなら、妾は妻たる女性として最大限に応えるまで……それだけの事じゃ」
パチン、と扇子を閉じてティオは歩き出す。
「さて、あの者の治療が終わるまでしばらくは掛かりましょう。それまでの間、あの者を助けた経緯をゆっくりと聞かせて頂こうかのう? 茶でも淹れて参ります故、先に部屋でお待ち下され」
それだけ言ってティオは台所へと繋がる通路へ歩いて行った。その背中を見ながら、セバスは考え込む。
(ティオは……あれ程の覚悟をもって、私の判断に従ってくれました。ならば、私は………)
一生を捧げても自分に添い遂げる、といった相手に何が出来るだろう?
セバスはそれをしばらく考えていた————。
>前半
フリートホーフが原作よりも大きな影響力を持っている事を示す目的で書きましたがね……もうここまで来ると、クラスメイト達に対してのアンチ・ヘイトと言われても何も言えないわ。一応、ここでの設定がエンディングに影響するので必要な工程だと自分は割り切っています。自分が通っていた高校でも、駅のホームの片隅でこっそりと喫煙しているクラスメイトが何人かいたし……。
彼等は権力や力に溺れるに溺れていると思って下さい。
>ティオ
我らがドMドラゴンですが、彼女なりに真剣な理由でセバスに惚れています。精神イメージ的には武家の妻。
仮にセバスが複数の女性を囲った場合、大奥を作って御台所として取り仕切るくらいの肝っ玉を見せます。