ありふれてないオーバーロードで世界征服   作:sahala

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第百三十三話「思わぬ再会」

 香織が保安署の異変に気付いた頃———そこではミュウの手を無理矢理引っ張ろうとする肥満の男がいた。身なりの良い服装だったが、内側から贅肉で押し上げてピチピチとなった服はまるでサーカスのピエロの衣装のようだった。

 

「だ、だから、これは私の家の使用人だと言っているだろ?」

「しかし、その海人族の子供は送還の手続きが決まっておりまして!」

「ひ、必要ないと言っているんだ。こいつは、ミン子爵家のプーム・ミンが責任持って身柄をあず、預かるからな!」

「で、ですが……!」

「おいおい、ミン子爵の坊っちゃんがこう言っているんだぜ? あんた、貴族様に楯突くのかよ?」

 

 プームと名乗った男に保安署の職員は食い下がろうとするが、ボディガードの様に控えていた大剣を背負ったガタイの良い男が凄んだ。

 

「貴族様が慈悲深くも海人族のガキに親切してやろうと言っているんだぜ? あんた、坊っちゃんを疑うのか?」

「しかし……」

「……何だ? わ、私の言う事が聞けないと言うのか?」

 

 吃音混じりの声を低くして、太い指をプームは突き付けた。

 

「誰のお陰でこの庁舎が建ったと思っている! お、お前の給料は? 全部私の家のお陰であろうが! 貴様、顔を覚えたぞ! こ、これ以上文句を言うなら父上に言って、ク、クビにしてやるからな!」

 

 プームの言葉に職員は顔面蒼白になった。街や都市の公共施設の運営資金はそこを治める領主や貴族達の出資に頼っている所が大きく、その中の一職員でしかない彼にとってスポンサーである貴族は最も怒らせてはいけない相手だった。

 尻込みして黙ってしまった職員に鼻を鳴らし、プームは片手で掴んでいるミュウを見る。ミュウは保安署の職員が自分を庇ってくれないと話の流れで分かり、ビクビクと震えていた。

 

「このガキっ!!」

 

 バシンッ!

 

「ぃうっ!?」

「お、お前が逃げ出したせいで、父上に怒られたんだぞ! 亜人族の分際で! わ、私のペットの分際で!」

「ひっ、ご、ごめんなさいっ……!」

 

 バシンッ、バシンッとプームはミュウの顔を平手で打つ。

 

「お、おい、いくらなんでもやり過ぎじゃ……」

「馬鹿、相手は貴族だぞ!」

 

 保安署の職員達は目の前で行われている折檻に声を上げようとしたものの、貴族相手に口を挟む勇気などなく、目を逸らしたり見ない振りをしていた。

 

(痛い……痛いの……ママ……お兄ちゃん……)

 

 プームに打たれながら、ミュウは床に伏せてひたすら痛みに耐えていた。大きな泣き声を上げたり、痛がったりすると、相手が喜んでさらに痛い事をされるとミュウは誘拐されてからの生活で()()()()()。過酷な生活が辛くて逃げ出した筈なのに、その場所へまた連れ戻される事にミュウは声を押し殺して泣く。

 

(ミュウが……ミュウがワガママを言ったから、お兄ちゃんは怒ったの……?)

 

 地下水路から抜けて必死に泳いで辿り着いた夜の街でナグモと出会った。最初は自分を冷たく見つめて背を向けたが、何故か戻って来て自分の足枷を壊してくれた。そして連れて行かれた先で怪我を治して貰い、襤褸しか着せて貰えなかった自分の服も魔法で綺麗にしてくれた。母親と別れて以来、初めて自分に優しくしてくれた人間にミュウはすっかり警戒心を解いていたのだ。

 だからこそ、保安署という場所に預けると言われた時にミュウは抵抗したのだ。母親と引き離され、奴隷生活を強いられたミュウにとって優しくしてくれたお兄ちゃんと離れるのは耐え難い事だったのだ。だが、それを口にしたらナグモは怒った。そして一緒にいた金髪のお姉ちゃんと喧嘩を始めたのが悲しくなって、ミュウは自分の我儘のせいでナグモが怒ったのだと思っていた。

 

(ごめんなさいっ……ワガママを言ってごめんなさいっ! ちゃんとごめんなさいするから、だから———!)

 

「ひっ、ひひ、今度は逃げようと思わないくらいに躾けてやるからな! とりあえず家に戻ったら鞭打ち百回からだ、ばぁっ!?」

 

 突然、プームの身体が吹っ飛ぶ。ミュウは自分に振り下ろされていた平手が止んだのを感じて、恐る恐る顔を上げた。

 

「あ………」

 

 そこに———1人の少年が立っていた。自分の怪我を治してくれて、自分より大人なのにニンジンが嫌いなフードを被った年上の男の子。彼は黒い傘をヒュン、と振り回しながら、その場に立っていた。

 

「あ、あんた、さっきの……!」

「………これはどういう事だ」

 

 ミュウが保安署に預けられた時に手続きをした職員が驚く中、ナグモは低い声を出した。

 

「この海人族をエリセンまで無事送り届ける……それがお前達の仕事だった筈だ」

 

 冷たく、怒りを濃縮した様な声に職員達は一斉に気まずそうに目を逸らした。そんな頼りにならない保安署の職員達にナグモは舌打ちする。

 

「よ……よくも、私を殴ったなあああぁぁああっ!!」

 

 黒傘で殴られたプームが起き上がる。殴られた顔を酷く腫れ上がっていた。

 

「ち、父上にも打たれた事なんて無いのにぃっ! き、貴族である私に手を上げたらどうなるか分かっているんだろうなぁっ!!」

 

 豚の鳴き声の様な甲高い声に、ナグモは顔を顰めた。街中では人間を殺さない様に、と以前にアインズから言い含められていた為に手加減して“黒傘シュラーク”で殴ったが、耳障りな声に殺せば良かったと思っていた。プームは殴られた顔を押さえながら、自分の護衛に振り向いた。

 

「レガニドォォォォッ! こいつを殺せ! こいつは私に暴行を働いたっ! 嬲り殺しにしろおおおっ!!」

「はいよ、坊っちゃん」

 

 護衛の男———レガニドは大剣を抜きながら、前に出る。ナグモはミュウを庇う様に前に出た。

 

「たかが海人族の為に馬鹿な事をしたな、ガキ。貴族を殴るなんざ、普通の奴には出来ねえ」

 

 馬鹿にした様にナグモを見るレガニドだが、その立ち振る舞いには隙がない。職員達はレガニドを見て思い出した様に囁き出した。

 

「お、おい。あの黒剣……もしかして“暴虐のレガニド”じゃないか?」

「確か最近金ランクに昇格したという話を聞いたが、金次第であんな貴族の護衛までするのかよ?」

 

 ひそひそと聞こえてくる話を総括すると、レガニドは冒険者として最高ランクの実力者の様だ。だが、それを聞いてもナグモに狼狽えた様子は無い。若いくせに肝が据わっている、と思いながらレガニドは話し掛ける。

 

「だがな、勇者というのは早死にするって相場が決まってるんだぜ? 海人族のガキを差し出して坊っちゃんに土下座しな、今なら半殺しで済ませてやる様に話をつけてやるよ」

 

 差し出せ、という言葉にミュウの肩がビクッと震える。ナグモの背に隠れようとして、しかし先程ナグモを怒らせてしまった出来事を思い出した。ミュウは泣きそうな顔になりながら、涙を堪えて俯き———。

 

「助けて欲しいか?」

 

 え? とミュウは声を上げる。ナグモはミュウを振り向かず、背中を見せたまま語り掛けた。

 

「まだ僕に……助けて欲しいか?」

 

 ナグモは静かに聞いた。先程とは違って、拒絶の意思を感じさせない。

 その背中に———ミュウの抑え込んでいた想いが溢れ出す。

 

「……助けて」

 

 ミュウの目から涙がこぼれる。そして、大きな声で想いを口にした。

 

「助けて、お兄ちゃん!!」

 

「———よく言葉にしてくれた。もう大丈夫だ」

 

 ふいにミュウ達の間に第三者の声が入った。ミュウが振り向くと、そこに“鎧のおじちゃん”達の姿があった。

 

「ヴェルヌ、ブランと一緒にミュウの怪我を見てやれ」

「はっ」

「はい!」

 

 ナグモがミュウを抱えて、香織の所へ行く。そしてナグモと入れ替わる様にアインズはレガニドと対峙した。

 

「さて、私の仲間が失礼した様だな。代わりに私が話を聞くとしよう」

「あん? 何だテメェ、あのガキの保護者か……いや、ちょっと待て。漆黒の鎧に、二本のグレートソード……まさか、“漆黒のモモン"か!」

 

 それは冒険者達の中で噂になっている存在だ。彗星の如く現れ、瞬く間に金ランクまで上り詰めた冒険者をレガニドも同業者として知っていた。

 

「レ、レガニド! 何をしている!? さっさと、あのフードのガキを殺せっ!!」

「坊っちゃん、やれと言われればやりますがね……思わぬ大物が出て来やがった。報酬は上乗せさせて貰いますぜ?」

「か、構わん! 私に歯向かうクズは全員殺せええっ!!」

 

 貴族としてのプライドを踏み躙られた事に腹を立て、プームは周りが見えなくなっていた。仮にも保安署の中だというのに殺人の命令をする雇い主にやれやれと肩をすくめながら、レガニドは改めて剣を構える。

 

「というわけだ。アンタには悪いが、雇い主の意向を優先させてもらうぜ」

「……お前は冒険者だろう? あんなクズの言いなりになって働くのか?」

「はっ、冒険者の心得でも説いてくれるのか? あんな一銭にならない物より、俺は落ちてる金貨をキッチリと拾い上げる主義なんでね」

 

 何より、とレガニドは片足を後ろに下げながら地面を踏み締める。

 

「“漆黒のモモン”を仕留めたとなれば、俺の名前は鰻登りだ。そうなったらどれだけの大金が懐に転がり込んでくるか……楽しみで堪んねえなあああああっ!!」

 

 レガニドは大剣を大上段に構え、距離を詰めた。その速さは冒険者最高峰の金ランクなだけあって、トータスの人間からすればレガニドの姿が一瞬消えた様に見えただろう。

 “漆黒のモモン”が数々の武勇伝を持つ事は知っている。だが、今は自分も彼と同じ金ランクだ。実力的にはそう差がある筈は無い。そう思いながら、レガニドは慢心する事なく自分が出せる最高の一撃をモモンに振るった。

 

「“剛砕剣”!!」

 

 気力と魔力を瞬間的に解放し、レガニドの剣の威力が三倍以上に高まる。その一撃を受けて今まで無事に済んだ者はおらず、受け止めようとした者は盾や鎧ごと粉砕されてきた。

 鋭敏化された感覚の中、レガニドは“漆黒のモモン”が自分の剣を避ける素振りがない事を見て口元を吊り上がらせる。自分の剣がモモンの兜を唐竹割りにし、それによって自分が“モモンを倒した者”として有名になる未来に胸を躍らせ———。

 

 ———パシッ。

 

 その瞬間は———永遠に引き延ばされた。

 

「なっ……!?」

「どうした? 随分とゆっくり剣を振っていたな」

 

 レガニドが瞠目する中、アインズは自分に迫っていた剣を片手で掴みながら挑発的な声を出した。アインズのレベルからすれば、レガニドの剣を白刃取りするなど造作もない事だった。

 

「まさかと思うが、今のが全力か? お前は本当に金ランク冒険者か?」

「くっ、この! 離しやがれ!」

 

 レガニドはアインズに掴まれた手を振り解こうと剣に力を込める。だが、剣はまるでアインズの手に接着剤でつけられた様にビクともせず、苦し紛れに足蹴りを喰らわせたものの、アインズの身体は山の様に身動ぎもしなかった。

 

「一つ言っておこう」

 

 空いている手をグッとアインズは握り締める。

 

「―――お前ごときが冒険者を名乗るな」

 

 握り締めた拳がレガニドの腹を直撃した。

 

「ブッ————!?」

 

 レガニドの手が剣から離れ、殴られた衝撃で吹き飛ぶ。もちろんアインズは手加減している。だが、一撃の下に意識を刈り取られたレガニドは、壁まで吹き飛んだ後に地面にベシャッと潰れた。

 

「ひ、ひぃいいいいっ!?」

 

 自分の護衛が呆気なくノックアウトされた事にプームはガタガタと震える。だが、それには目をくれずにアインズはナグモ達へ振り向いた。

 

「大丈夫? ミュウちゃん、もう痛い所ない?」

「う、うん……ありがとうなの、お姉ちゃん」

「……よく頑張った。良い子、良い子」

 

 香織が治癒魔法をかけて傷を癒やしており、ミュウは香織を恐々と見ながらもお礼を言う。そんなミュウを抱き締め、ユエは頭を撫でていた。

 

「こ………これは重罪だぞ!!」

 

 暖かな空気に水を差す様に、プームが顔を真っ赤にして立ち上がりながら言い放つ。

 

「き、貴族である私に歯向かったんだ! お、お前達は父上に言いつけて全員縛り首にしてやる!!」

「……もういっそ絵にしたいくらいの悪役貴族だな」

「ア……モモンさ——ん、このブタを屠殺しても宜しいでしょうか?」

「か、覚悟しろ! お前達が、金ランク冒険者だろうが関係ないっ! 貴族である私が一言言えば、冒険者ギルドから討伐隊が出るからなっ!!」

 

「———へぇ、知らなかったねえ。いつから冒険者ギルドは貴族達の私兵になったんだい?」

 

 アインズが呆れ果てた様子で溜息を吐き、ナグモが冷え切った目で睨んでいたその時だった。喚き散らすプームに冷ややかな声が浴びせられた。アインズ達が振り向くと、保安署の入り口の扉に二人の人影が立っていた。

 一人は恰幅の良い中年の女性だ。しかし、年齢による身体の弛みを感じさせず、立っている姿も正中線に揺らぎが見えない綺麗な姿勢だった。

 そしてもう一人が………。

 

「あれ……ひょっとしてクリスタベルさん?」

「あら〜ん、ブランちゃんじゃない❤︎ 久しぶりね〜ん!」

 

 化け物がいた。いや、この表現は失礼だろう。

 しかし、身長二メートル強、動く度に全身の筋肉が脈打っている様な錯覚をするマッチョ、禿頭の天辺からちょこんとした三つ編みの髪が垂れた男……? の姿に、アインズは思わず精神の沈静化が働いた。

 

(え……何コイツ。香織の知り合いなのか……?)

 

 喋り方といい、雰囲気といい、頭の中でアインズはニューロニストを思い出していた。それこそナザリックでニューロニストを見慣れていなければ、アインズはこのオネエ系マッチョにいらぬ事を言っただろう。しかし、アインズの様に見慣れていない者がそれを口走った。

 

「な………なんだっ、この気色悪い化け物は!?」

 

「だぁ〜れが、ドラゴンも裸足で逃げ出す様な不気味で正気が失われる化け物だゴルァァァァァァッ!!」

 

 瞬間———クリスタベルと呼ばれたマッチョの姿が消えた。豪腕のラリアットが唸り、プームは「プギャ!?」という声を上げて吹き飛ばされる。倒れたレガニドの上に落ち、二人仲良く地面にのびていた。

 

(は……はぁ!? 何だ今の! アイツ、メッチャ強くね!? まさかこの世界のまだ見ぬ強者だったのか!)

 

 漢女(おとめ)の怒りのパワーを目の当たりにしたアインズが瞠目していると、クリスタベルは意識を失ったプーム達に近寄る。

 

「キャサリ〜ン。この子達、アタシが預かって良いかしらん?」

「色々と事情聴取しなきゃいけないんだけどね……まあ、良いよ。この保安署の職員じゃ、ソイツらに対処し切れないだろうからね」

「あら〜ん、酷い事なんてしないわよん。ちゃ〜んと女の子に優しく出来る様に教育するだけよん❤︎」

 

 バチンッとウインクをして、クリスタベルはプームとレガニドを片手ずつヒョイッと抱える。そして呆気に取られる保安署の職員達を余所に、保安署から出てしまった。

 

「さて……何やら騒がしかったから来たけど、こんな所で思わぬ再会を果たすとはねえ」

「む? すまないが、何処かで………いや、確かブルックで会ったか?」

 

 一瞬、首を傾げたアインズだが、目の前の女性に見覚えがある事に気付いた。

 

「そ。ブルックの冒険者ギルドにいたキャサリンだよ。久しぶりだねえ、あんた達」

 

 それはかつて“冒険者モモン”達の冒険者登録を行った、ギルドの職員———キャサリンだった。

 

 




 珍しく平和に終わったなぁ……自分もびっくりだよ(笑)

>プーム

 地味に原作より爵位が上がってますが、これはデミウルゴスの裏工作で王国の腐敗が進んだ結果、有能な貴族は投獄される等でポストが空いた為だと思って下さい。因みにレガニドも原作より冒険者ランクが上がりましたが、次回あたりに詳しく説明します。

>クリスタベル

 本来は再登場の予定が無かったのだけど、書いている内にあれよあれよと再登場させる展開になりました。
 原作なら彼女(?)の弟子となる筈だった“閃刃のアベル”が序盤でデスナイトにされちゃったし、代わりの弟子を用意してあげようと私なりに心遣い致しました。
 そんなわけで皆様も祝ってあげて下さい———新たな漢女となるプームベルとレガニドベルの門出を。
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