ナザリック地下大墳墓 第六階層 円形闘技場。
そこに集まったモモンガと階層守護者達は皆一様に沈黙して、ナグモの話に耳を傾けていた。最初の内は至高の御方の許可無く外出していたナグモに対して敵意を向けていた守護者達も、ナグモの話を聞く内に顔に困惑が浮かんでいた。モモンガも同じ様に困惑していたが、幸いにも骸骨顔だったので表情の変化は悟られずに済んでいた。
「———以上が、僕のここに来るまでの経緯です。ご静聴頂き感謝します」
ナグモがそう締め括るのを聞きながら、あまりの出来事にフリーズしていたモモンガの脳がゆっくりと動き出す。
(ナグモはさっきの……時刻が深夜0時になった瞬間に突然知らない場所に飛ばされていて、そこは俺の時代から百年以上前の日本だった。で、何故か子供の姿に若返っていたナグモは現地の人間の振りをして十年くらい生活していたけど、今から12時間前にエヒト神とかいう存在によって、トータスと呼ばれるこの世界に一緒にいた学校のクラスメイト達と召喚された、と………)
モモンガは静かに天を仰ぐ。
(うん、ワケが分からん)
「ねえ、ナグモ。貴方、もしかして意味不明な話で私達やモモンガ様を煙に巻こうとしてるのかしら?」
混乱するモモンガに代わって、アルベドが跪拝を崩さずに詰問した。若干の殺意をも滲ませた口調でナグモを睨む。
「モモンガ様を謀ろうという魂胆なら、私にも考えがあるわよ」
「………守護者統括殿の懸念はもっともだ。僕も逆の立場なら相手の正気を疑っていただろう」
ナグモはモモンガをまっすぐと見据えながら宣言する。
「しかし誓って僕は嘘や偽りを述べていません。僕の身に起きた事は、モモンガ様にお伝えした通りです」
「ううむ、しかし………」
「お疑いならば、〈
うっ、とモモンガは黙り込んだ。ニューロニストはナザリックの五大最悪の一人で、特別情報収集官を務めるNPCだ。そんな相手に尋問されてもいいと言うナグモの真剣な目にモモンガは反論の言葉が出なかった。
「こちらをご覧下さい」
あまりに突拍子の無い話にどうしたものかと悩むモモンガにナグモは懐から一冊の本を取り出した。その本のタイトルを見た瞬間、モモンガはある筈の無い心臓が飛び上がるのを感じた。
「そ、それは………!」
「これは地球と呼ばれる僕が最初にいた世界で、町の図書館にあった本です」
モモンガは無い筈の目を剥いて瞠目した。ナグモが差し出した本———ハードカバーで安っぽい印字がされた、『北欧神話』を。
(な、何でよりによってその本を持ってんのおおおおっ!? いや確かに図書館に置いてあるだろうけどさ!?)
支配者らしいムーブを崩さずに心の中で大声でツッコむ。ユグドラシルは北欧神話をベースにしたゲームだ。仕様で所々変えてはいるものの、ある意味で最高最悪のネタバレシナリオ集とも言える本をなんでこの場に持って来たのか?
「……この本は預かっておこう」
動揺が何度も沈静化されるのを感じながら、(支配者らしく、支配者らしく!)と自分に言い聞かせてナグモから本を受け取る。中身を確認する振りをしながら、巻末に書かれた出版社の名前や発刊年数を見る。
(うわー………マジで百年前の日付けだ。というかそんな前からあったんだな、角山書店………)
自分の時代でユグドラシルの攻略本を発刊していた老舗の出版社の歴史に軽く感心しながら、モモンガは裏表紙にラベルされた図書館の地名を確認した。
(この地名って、確かS県だよな? 前に営業で行ったよなあ。という事は………ナグモの話は本当だったという事か? え、マジで?)
ある意味決定的な証拠を提出されたにも関わらず、まだ理解が追いついてないモモンガ。そこへナグモが再び話し始めていた。
「その本には不完全ながら、ユグドラシルの世界の事が記されていました。地球において北欧と呼ばれる地方で伝えられていた神話だそうです。その本の内容から推測して、僕がいた世界は———」
(……え? ちょっ、待っ——!)
考える時間を稼ぐ為に本をパラ読みしていたモモンガだが、ナグモの話を聞いてヤバイ! と脳内で警鐘が鳴る。
本の内容から、ユグドラシルが北欧神話を模倣した架空の物語だという結論に辿り着くのは不可能ではない。それをバラされたら、今まで絶対の支配者を演じていたモモンガの立つ瀬が無くなる。今更NPC達の忠誠を疑いはしないが、大仰な身振りや口調でただのサラリーマンが演技していた事を知られるとか穴があったら入りたくなるほど恥ずかしい。
モモンガは慌てて制止しようと口を開き———。
「恐らく、元々僕がいた時代から遥か遠い未来だったのではないか、と考えています」
(…………………は?)
モモンガの無くなった目が点になる。しかしナグモはまるで僅かな痕跡を辿りながら推理していく探偵の様な真剣さで自論を展開していた。
「この北欧神話は口伝を後世になってから当時の学者達が編纂したものであり、その編纂も僕がいた時代から700年前に行われている事から情報収集が不十分であったと考えられます。故にこそ、ユグドラシルの歴史を間違った解釈で記しているのでしょう。それを事実だと勘違いされる程の時が経っていたと推測できます」
無表情ながらナグモの目に軽蔑する様な光が灯る。まるで人間達の無知に呆れ返った様な目だった。
「また、地球の人間達の歴史には魔法があったとされながら、彼等の不出来な科学によって迷信であったと結論付けられていました。そもそもエーテルすら観測できない様な原始的な科学で何を理解した気でいるのか、甚だしく疑問ですが………。それはともかく、かつてあった魔法を、引いては技術の数々を神話の出来事だと思い込むくらいに文明が衰退し、亜人種や異形種を妄想の産物だと勘違いする程に時間が経った世界。それが、僕が最初に飛ばされた場所だったと思われます」
(え、ええええええええええっ!? 何でそんな解釈になんの!? ってか、逆だから! 北欧神話を元にユグドラシルが作られてるだけだから!)
もっともらしく話されるトンデモ理論に、モモンガは心の中で大声で反論した。先程から何度も精神の沈静化がされて身体がピカピカと光っているが、誰も気付かない様だ。
(そ、そういやじゅーるさん、タブラさんと協力してナグモをヴァルキュリアの失墜の古代文明の生き残りとかいう設定にしたと言ってたよな………)
頭痛を感じながらもかつてギルドメンバーが作った設定を思い返す。
魔法と科学が融合し、およそ不可能な事象が無くなったという超古代文明。その時代の生き残りであるナグモからすれば、ユグドラシルの時代も自分の時代から退化した状態であり、現代の(モモンガからすれば百年前だが)の地球に至っては文明を完全に喪失して原始的な生活に逆戻りした世界に見えていたのだろう。
「モモンガ様。ナグモの言っている事は本当でしょうか? やはり、ニューロニストに命じてナグモを調べさせた方が、」
「待て、アルベド。それには及ばん」
疑わしげな視線を崩さないアルベドをモモンガは慌てて制止する。
「この本を見て確信した。どうやらナグモの言っている事に嘘は無い様だ」
「では………」
「うむ。ナグモは不慮の事故で遠い未来に飛ばされ、今ようやくナザリックに帰って来たというわけだ」
とりあえずそういう事にしておこう………。モモンガは『北欧神話』の本をアイテムボックスに仕舞いながら、こっそりと心に決めた。そしてナグモへと向き直る。
「ナグモよ」
「はっ」
「遠く、言葉に表せない程の時の彼方に飛ばされながらも、再び戻って来てくれた事を私は嬉しく思う。お前を創造したじゅーるさんも、お前の事を誇りに思う事だろう。重ねて言うが………よく戻って来てくれた。感謝する」
支配者らしい言動に気を付けながら、モモンガはナグモへ労いの言葉をかける。とはいえ、労う気持ちは本心だ。
(ギルメンの中にはもう何年もログインしてくれなかった人もいるけど………こいつは十年間、ナザリックの事を忘れずにいてくれたんだなぁ)
そう思うと無性にしんみりとしてしまう。そして———。
(貴方にも見せてあげたかったですよ、じゅーるさん)
今はもういない、六本腕の機械の偽神を思い出す。自分が苦労して作った通りに動き、そしてそれ以上にナザリックを大切に思ってくれた
そんな事を考えていると、ナグモは顔を伏せて肩を震わせていた。先程みたいに恐怖で震えているわけではない。
「十年間………十年間、片時もナザリックを、至高の御方を忘れた日はありませんでした。あの日、僕の仕事を労ってくれたモモンガ様が、僕を廃棄するわけがない………そう、信じて、諦めないでいて、本当に……本当に良かったっ……!」
ポタッ、ポタッと地面に雫が垂れる。その姿に守護者達も警戒を解いていた。「お前もそんな顔するんでありんすねぇ」、「実ニ……実ニ見上ゲタ忠誠心ダ」と口々にナグモを褒め称える。
「ナグモ、顔を上げなさい」
未だに肩を震わせるナグモにアルベドが声を掛ける。その口調からは、すっかりと険が取れていた。
「まずは至高の御方に対して、忠誠の儀を捧げなさい。そうする事で再び、貴方はナザリックの一員となるの」
「………ああ、その通りだ。守護者統括殿」
スン、と鼻を鳴らしてナグモは顔を上げる。まだ目は赤いが、モモンガへまっすぐ顔を向ける。
「第四階層守護者代理、ナグモ———御身の前に。御命令を、至高の御方。今再び、我が身、我が智全てを御身に捧げます」
というわけで、凄まじい勘違いをしてるナグモでありましたとさ。一応言っておくと、ナグモは人智を超えた研究者設定なのでナザリックでもトップクラスの頭脳の持ち主です。ただしナザリックの一員の例に漏れず、至高の御方絶対主義なので、至高の御方を中心に世界が回っていると考えているのでありましたとさ。