ありふれてないオーバーロードで世界征服   作:sahala

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 最速で書けた第七話。後書きや感想返しはまた後日にいたします。


第七話「モモンガの苛立ち」

「ええと、これがトータスという単語だな。トータス……トータス……」

 

 ナザリック地下大墳墓の第九階層。

 モモンガは自室で机に座って必死に文字の勉強をしていた。製本されたばかりの辞書を片手に一生懸命、ノートに単語を繰り返し書いていく。二十回くらい繰り返し、ウボァーとモモンガは天を仰いだ。

 

「やべーよ、何でこんなに難しいんだよ。日本語が通じるなら文字も平仮名とかで良いだろ……」

 

 異世界モノにあるまじき発言をする地下大墳墓の支配者がそこにいた。いまこの部屋にいるのはモモンガだけだ。よって無理に支配者ムーブをしなくて良いのだが、やはり勉強は疲れる。

 モモンガが自分達に言語理解のスキルが無いと気付いたのはナグモからステータスプレートを送られた時だった。

 ナグモからトータスの文字で書かれた文章を送られたが全く読めなかった。ナグモが現地の人間達が話している言葉を録音した内容を聞いた時はモモンガの耳には日本語に聞こえたが、文字の方はまるで見た事の無い文章に戸惑った。

 会話にだけ翻訳魔法でもかかるのか、はたまた奇跡的に日本語と同じ発音なのか。いずれにせよこの世界の文字が読めないのは大問題だと判断したモモンガは、情報分析担当のデミウルゴスに辞書の作成を命じていた。(ちなみにナザリックで使われている文字はユグドラシルが日本のゲームという事もあって普通に平仮名や漢字だ)

 

(この辞書を渡された時も、「至高の御身であるモモンガ様には不要な代物かもしれませんが」とか言われたけどさ………俺、中身小卒のサラリーマンなんだけど)

 

 アルベドやデミウルゴス達の様な頭脳派達は既に言語を理解したのか、最近ではナグモがトータスの文章で書いた報告書も翻訳を介さずに読んでいる気がする。そうなると彼等の主としてモモンガが読めないというのは格好悪い気がして、彼等の目を盗んでは自室でコッソリと勉強に励んでいた。

 

「それにしてもこれ、どんな文字なんだよ。小学校でチョロっとやった英語とは文法も異なるみたいだし。そもそも何でナグモにだけ言語理解のスキルがあるんだ? ナグモと俺達の違いと言えば、エヒト神という存在に召喚されたかどうかって事か? だとすると、ナザリックがトータスに転移したのはエヒト神とは全く関係ないという事になるのか?」

 

 う〜ん、としばらく考え込んでいたモモンガだが、ハッと気付いて首をブンブンと振った。

 

「いかんいかん、今は文字の勉強時間だ! 集中しろ、俺! 頑張れ俺! ユグドラシルの魔法を700個も覚えた事に比べれば何でもない筈だ!」

 

 よしっ! と心の中で鉢巻を締め直して気合いをいれるナザリックの支配者。しかし、ドアを叩く音が響いて即座に勉強道具をアイテムボックスへと閉まった。(その間2秒)

 

「誰だ?」

「セバスです、モモンガ様」

 

 先程まで単語の書き取りに手間取っていた姿を微塵にも出さず、支配者ムーブでモモンガは外にいるだろう執事長へと声を掛ける。

 

「お休みのところ申し訳ありません。デミウルゴス様から緊急の報告があると伺いました」

 

 セバスの用件に、モモンガは無い目を瞬かせた。

 

 ***

 

 執務室に入ったモモンガは机の横で控えているアルベドと先に来ていたデミウルゴスが恭しく頭を下げる姿につまらなそうに手を振った。元・サラリーマンとしてこの態度はどうかと思うが、どういうわけかこういう絶対支配者的な仕草がNPC達にはウケが良いのだ。

 バサっとローブを翻しながら椅子へと座る。

 

(ぃよしっ! 支配者らしい座り方成功!)

 

 密かに練習していた支配者ムーブが上手くいき、モモンガは心の中でガッツポーズを取る。

 

「面を上げよ!」

『はっ!』

 

 もはや言い慣れてしまった命令に、二人が一分の乱れもなく顔を上げた。最初はNPC達を疑う気持ちもあったが、もはや彼等の忠誠心に偽りは無いとモモンガは判断していた。こうして見てる今も、モモンガの言葉を今か今かと真剣な顔で待ち望んでいる。

 

(あとは彼等に見限られない様に支配者然とした姿を維持しないとなあ………)

 

 今まで誰かに傅かれた事の無いモモンガには何とも胃の痛い話だが、それを頭から追いやって本題に入る。

 

「さて、デミウルゴス。緊急の用件があるという話だったが、どうした?」

「はっ、モモンガ様におかれましてはお休み中のところをお呼び出しして大変申し訳ありません。ですが、ハイリヒ王国で潜入任務にあたっているナグモの事で少し問題が発生致しまして———」

 

 デミウルゴスの言葉に疑問符を浮かべていたモモンガだが、その後の報告を聞く内にどんどんと不機嫌になっていく。デミウルゴスの話が終わる頃には、3度も精神の沈静化が起きていた。

 

「———という次第でありまして、位階魔法は使ってはいないものの、今後はナグモは人間の勇者達の中で最も強者として注目を集める事になりそうです」

 

 そう締め括るデミウルゴスに対して、モモンガはたっぷり十秒くらい沈黙した。そのくらい今聞いた内容は不愉快極まる物だった。

 

「いかが致しましょう、モモンガ様。お望みとあらば、御身の御命令を無視して目立ったナグモに失態の罰を与えますが?」

 

 黙りこくったモモンガの機嫌を察して、アルベドがナグモの処罰を提案するがモモンガは手で遮る。

 

「………なあ、デミウルゴス。そのクズ、ンンッ! その人間達に対して、あくまでこの世界の魔法で叩きのめしたんだな?」

「はっ、その様に報告を聞いております。現場にいたエイトエッジ・アサシン達も同様の証言をしている事から、位階魔法やユグドラシルのスキルの類いは使ってないものと思われます」

 

 そうか、とモモンガは頷いた。少なくともナザリックに繋がる情報を露呈していないのは確かな様だ。

 

「………此度のことをナグモの失態だと責めるのは酷だろう。ナグモからすれば、自分の親であるじゅーるさんを目の前で罵倒された様な物だ。私もその場にいたら冷静でいられた自信が無い」

「御身のご配慮、感謝致します。ナグモも安心するでしょう」

「モモンガ様の御決定であれば異論ありません」

 

 最初からこの結末を予想していたのか、デミウルゴスとアルベドは一礼をもって頷く。それで、とデミウルゴスは眼鏡をクイっと上げる。

 

「不遜にも至高の御方を侮辱した下等生物共の処分はいかが致しましょう?」

 

 眼鏡の奥にある宝石の眼球がギラリと剣呑な輝きを放つ。

 

「ナグモも理解に苦しむわね。至高の御方を侮辱した愚か者共を生かしておくなんて」

「むしろ、そこはよく耐えたと褒めるべきだと思うよ、アルベド。モモンガ様の御命令を最優先して、この世界の魔法を使うに留めたのだろうし。私もウルベルト様を侮辱されれば、その場にいる人間共を恐怖公の眷属達の餌にでもしなければ気が済まなかっただろうからね」

 

 ウッとアルベドは肌を摩る。平たく言えば直立した蜚蠊の姿をした恐怖公は、女性であるアルベドからすれば鳥肌モノだった。

 そんな守護者達のやり取りに少しだけ気持ちを持ち直したモモンガは、ようやく口を開いた。

 

「お前達の怒りもナグモの怒りも、至極尤もだ。だが、あえて今は放置しておけ」

 

 二人が驚いた顔でモモンガを見る。しかし、モモンガにはある懸念があった。

 

(ナグモの報告でこの世界の住人や勇者達の戦力は大体分かった。でも、ステータスが低いからってワールドアイテムの類いまで無いとは限らない)

 

 ユグドラシルにおいて、ゲームバランスを崩壊するレベルの超レアアイテム。アインズ・ウール・ゴウンにも複数所持されてはいるものの、同じ様な物がこの世界には無いとはまだ断言できなかった。

 

(むしろステータスが低い分、そういったアイテムで補っている可能性だってある。いや、そうしてないとおかしい)

 

 モモンガとて、じゅーるを馬鹿にした高校生達には腑が煮えくりかえっている。思い出しただけで怒りが込み上げ、即座に沈静化される程だ。

 しかし、彼等はハイリヒ王国においては賓客扱いの勇者達だ。そんな人間を殺してしまえば、ナザリックと王国の全面戦争は避けられないだろう。少なくともハイリヒ王国にワールドアイテム級の手段が存在しないと断言できない以上は、業腹だが勇者達に害なす行動は取れなかった。

 

(それにしても何なんだよ、百年前の高校生は。高校生というのは、そんなチンピラみたいな連中の集まりなのか?)

 

 鈴木悟がいた現実の時代では巨大企業が政府を牛耳り、国民の愚民化政策が進めらていた。悟も母親が無理をしてようやく小学校を卒業出来たくらいで、高校なんて物は教師を務めているやまいこや警察官を務めているたっち・みーのような上層階級出身にでもならなければ入学なんて夢のまた夢だ。そんな庶民には手が届かない学業をしていた人間が、まるで下品なチンピラの様な行いをしている事にモモンガの中でフツフツと怒りが湧いてくる。

 

(今更、学歴どうこうとか言わないけどさ。他人の親を馬鹿にする様な奴等が高校に通っているのか? ウルベルトさんや朱雀さんが、学問は本来なら平等であるべきだって言ってた理由が身に染みて分かったよ。なんだってそんな奴等が通えて、俺はともかくヘロヘロさん達みたいな良い人達が進学を諦めないといけないんだ?)

 

 イライラと怒りが収まらないモモンガを見て、デミウルゴスはクイっと眼鏡を直しながら呟いた。

 

「———なる程。そういう事でございますか」

 

 いつもなら心の中で「え? 何が?」と聞き返すところだが、じゅーるを侮辱した高校生達に苛立っているモモンガにそんな余裕は無い。条件反射でウム、と尤もらしい支配者ムーブで頷いていた。アルベドもまた、そんなモモンガを見て顔を引き締めてデミウルゴスと目配せする。

 

(前はナグモのクラスメイトだから、って大目に見る気でいたけど……そんな奴等をナグモとパーティに組ませるなんて、罰ゲーム以外の何物でも無いな)

 

 見る人間をゾッとさせる様な笑みを浮かべているデミウルゴスに気付かず、モモンガは今も王国で潜入活動をしているじゅーるのNPCについて考えていた。

 ただ一人のアインズ・ウール・ゴウンのメンバーとなったモモンガは、他のメンバー達が残したNPC(子供)達の父親になったも同然だ。その責任が重くのし掛かる時もあるが、抱え込んだ以上は子供達の幸せを優先してやりたかった。ユグドラシルでも性格の悪い人間がいてパーティを崩壊させて、メンバーが被害を被るなんて話は珍しくもない。

 

(そういえば前にデミウルゴスもナグモが抜けて第四階層が大変だと言ってたしな………)

 

 しばらく頭の中でリスクとリターンの天秤が揺れていたが、やがて結論が出た。モモンガが優先すべきはナザリックの防衛であり、NPC達の幸せだ。

 

「デミウルゴス、シモベ達を使って今後も王国と勇者一味の情報収集が十全に機能する様に編成を行え」

「はっ。という事は、つまり———」

「ああ。お前も同じ考えだろう」

 

 ギシッと背もたれに寄りかかりながらモモンガは宣言した。

 

「近日中にナグモをナザリック地下大墳墓へと帰還させる。今後のハイリヒ王国の諜報活動は、デミウルゴスとそのシモベに一任するものとする」

 


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