ナグモ達が護衛している隊商は街道沿いでキャンプ地を設営していた。
本来、商人達は長距離の行商では出来る限り宿場町に泊まる様にするのが基本だ。しかし、この隊商は大陸の端にあるエリセンまでの行商という事で荷物や商品を多く積んでいる為、馬車の移動速度も普段より落ちてしまっていた。その為、予定している宿場町まで今日中に着かないと判断して街道沿いで野営する事になったのだ。
内乱が起きてから治安が悪化した王国で、この様な場所で野宿をするなど普通なら野盗達に餌食にして下さいと言っているのと変わらないだろう。しかし、隊商の商人達に不安は無かった。何故なら———今の彼等には最強の冒険者が護衛についているからだ。
「いやはや、昼間はお見事でした。さすがはモモン殿、噂通りの腕前ですな!」
隊商のリーダーは野盗達に襲われながらも、人命はおろか積荷が無事だった事に鎧の人物を褒めちぎっていた。
「お陰で従業員達も商品も無事でした! 野盗達に一歩も引かず、襲い掛かる者達をばったばったと斬り伏せる姿……まさに伝説の英雄ですな!」
「ははは、大した事などありませんとも! 私……“漆黒のモモン”の手に掛かれば、これくらいは当然の事!」
グッとサムズアップしながら鎧の人物は答える。フルフェイスの兜で顔は見えないが、もしも見えたならキラーンと輝く歯でも見せそうな様子だ。
「この私がいる限り! 君達は大船に乗った気分でいてくれたまえ! そして、“漆黒のモモン”の活躍を是非ともォ! その目に焼き付けて頂きたい!」
「おお! モモン殿の勇姿を間近で見れるとは……私、感激ですぞ!」
感極まった様に隊商のリーダーが頭を下げる。それを少し離れた場所で見ていたナグモは、野営の為に魔物避けの香を焚きながら苦々しく呟いた。
「あの過剰役者が……だからあいつは嫌なんだ」
鎧の人物———パンドラズ・アクターのオーバーな演技に何度目か分からない溜息を吐きたくなる。アインズが新たな冒険者像の売り込みをしている間、モモンの影武者としてパンドラズ・アクターが派遣されていた。ドッペルゲンガーであるパンドラズ・アクターは冒険者モモンの姿に完璧に化けてはいるのだが……いかんせん、演技が所々オーバー過ぎてナグモはかなり辟易していた。
「な、なんと………チャン・クラルス商会では魔石がそんなに安く手に入るのですか!?」
「その通ォり! さ~ら~に! 今なら年間契約を結んだ方には仕入れ値から更に二割引き! 二割引きのサービスをしているそうです! 先着十組まで! お試し頂いては?」
「モ、モモン殿の程の方が言われるなら………これはエリセンの帰りに魔導国へ寄らなくては!」
地球の通販番組を思わせるセールストークでパンドラズ・アクターは商人に宣伝する。ちゃっかりと魔導国の利になる宣伝をしているあたり彼は非常に良くやっており、その点においてはナグモは文句を言えるはずも無かった。
(本当にこのオーバーアクションさえ無ければ………)
奈落の底を思わせるような深々とした溜息をナグモは吐く。
「お兄ちゃん、溜息は幸せが逃げちゃうからメッ! なの!」
「うるさい……溜息ぐらい好きにさせろ………」
ミュウのお小言にも、ナグモは力なく返すだけだった。
***
「ンお疲れ様です、ユエ殿!」
深夜。隊商の商人達が寝静まり、見張りの為に寝ずの番をしているユエにパンドラズ・アクターは声を掛けた。当然、周りに盗み聞きしている者がいない事は確認済みだ。
「……そちらもお疲れ様です、パンドラズ・アクター様」
「ノンノン、謙る必要はナッシング! 何故なら私達はアインズ様にお仕えする同士なのですから! ところでナグモ殿と香織殿はどちらに?」
「……二人ともミュウを見ている。というより、ミュウが寝る時にナグモの側を離れたがらないから仕方なく、という感じだけど」
パンドラズ・アクターの許しを貰い、ユエは敬語を止める。基本的にナザリックのNPC達には新参者なので目上の相手に接する様にしているが、パンドラズ・アクターはそういった事を気にするタイプではなかった。
「そうでしたか! お二人は相変わらず仲がよろしい様で!」
「……用があるなら呼びますけど」
「いえいえ、大した用事ではなく………アインズ様が明日お戻りになられるので、私も宝物庫に戻りますからご挨拶でも、と」
「そう………ところで冒険者ギルドの説得はどうなったか、アインズ様は何か仰ってた?」
「はい! どうやら好感触だった様で、近いうちに冒険者ギルドも魔導国へ与するでしょう」
「そう……良かった」
ユエは安堵する様に溜息を吐く。それを見てパンドラズ・アクターは頷いた。
「……ひょっとしてユエ殿だったのですかな? 今回の冒険者ギルドの取り込みをご提案されたのは?」
「え………いや、それはアインズ様がお考えになった事で———」
「隠さなくとも良いでしょう。私はアインズ様から概要を聞いただけですが、この世界の冒険者のニーズに精通した立案でしたので、アインズ様にどなたからか助言されたのかと思いまして」
パンドラズ・アクターの指摘に、ウッとユエは黙り込む。
実際のところ、アインズから相談を受けたのは事実だ。冒険者ギルドを魔導国へ取り込むにあたって、かつて国を治めていた経験から自分の国で冒険者ギルドからよく来ていた嘆願の内容を教えたのだ。当時と状況が全く同じというわけではないが、冒険者ギルドが常に抱えている問題と対処法となる支援について詳しく話していき、アインズが思い描いていた案を具体的な草案にして行ったのだ。
「確かに私はご相談を受けたけど……でも、説得が上手くいったのはアインズ様御自身の御力。多分、冒険者に対して熱い想いを語れるアインズ様でなければ、冒険者ギルドもこんな簡単に靡かなかったと思う」
「ええ、まさしく! 至高にして、我が創造主たるアインズ様だからこそ! 冒険者ギルドの説得は相成りました! だからこそ、その一助を担われた貴方に万来の感謝をお送りします!」
「パンドラズ・アクター様、もう少し静かに……」
一言ごとに起こるオーバーアクションに、ユエは少し引き気味になる。しかし、そこでふとパンドラズ・アクターはオーバーな動きを止めた。
「………感謝申し上げます、ユエ殿。アインズ様……いえ、モモンガ様にお力添えして頂いて」
「パンドラズ・アクター様?」
「恐らく、今回の冒険者についての取り組みはモモンガ様が
「いえ、そんな………え? 一緒にいる、って何故知って……」
「おや? オルクス大迷宮でよく御密会されているではないですか? 中で何をしていらっしゃるかまでは知りませんけど」
「な、な、ななな………っ!?」
壊れたレコードの様にユエは譫言を呟く。考えてみれば、パンドラズ・アクターも採掘物の鑑定でオルクス大迷宮に出入りしていた。アインズの希望もあって周りにバレない様に細心の注意を払っていたが、パンドラズ・アクターにはお見通しだった様だ。
(ア、アインズ様との御密会がバレてたの………? え、待って。サトル様とお二人でいる所を見られたって………)
今更になってユエは重大な事に気付いた。種族に違いがあるとはいえ、男女が二人で人知れずに逢瀬を重ねている。それが第三者から見るとどう見えるか………。
(い、いやサトル様にはあくまで文字の勉強を教えていただけで、変な意味は………でもサトル様は別に悪い方じゃないし………って、そうじゃなくて!)
何故か顔が赤くなる気がして、「あうぅ……」とユエは小さく呻く。普段、表情をあまり崩さないユエの珍しい表情にパンドラズ・アクターは変身した全身鎧の姿でジッと見つめていたが、さも気にしていないかの様に話を続けた。
「御安心を! モモンガ様が秘密にされている事ですから、私も誰にも喋りませんとも! それに………最近のモモンガ様は、何処か張り詰めていた空気が和らぎました。まるでかつて至高の御方達がお隠れになる前のようでした」
「私が至高の御方達の代わりになんて………そういう意味ならナグモや階層守護者の皆様の方が適任だと思うけど」
アインズが如何に
しかし———何故かパンドラズ・アクターはフッと……寂しそうに笑った。
「残念ながら至高の御方々と、創られた我々とでは天地の差があるのですよ………きっと、我々では真の意味でモモンガ様の御心に添えないのでしょう」
ユエが不思議そうな顔をする中、パンドラズ・アクターの脳裏には一つの光景が思い出されていた。
***
それはトータスへ転移する前。
『………パンドラズ・アクター。変身しろ』
宝物庫に来たモモンガの命令に、彼によって創られた軍服姿のドッペルゲンガーは従う。数秒後、ドッペルゲンガーの姿は金色の仮面をしたバードマンに切り替わった。
『………ペロロンチーノさん、今日はアルヴヘイムのクエストを受けて来ましたよ。あの領域にはペロロンチーノさんが好きそうな女の子モンスターが一杯いて————』
かつての仲間の姿になったNPCへ、骸骨の魔導師は語り掛ける。しかしながら、ドッペルゲンガーは自分の主人に対して返答はしない。そんな
『………もういい、変身を解け』
やがて、骸骨の魔導師は唐突に変身を解除させた。
『何をやってるんだろうな………NPCに話しかけたって、何も返って来る筈ないのに』
骸骨顔の表情は変わらないながら、虚しさを感じる声を出した。
『仕方ないんだ………みんな、
まるで自分に言い聞かせる様に呟きながら、骸骨の魔導師は宝物庫にソロクエストで稼いだユグドラシル金貨を放り込んでいく。その手付きは作業の様に淡々としていて、楽しさを全く感じられなかった。
『傭兵NPCの戦闘AI、もうちょっとどうにかなんないかな………いないよりマシだけどさぁ。ナザリックの維持費を稼ぐのに、もっと効率の良い狩場を探した方が良いか……? とにかく、俺だけでも頑張ってナザリックを維持するんだ。いつ皆が帰って来ても良い様に』
やがて金貨を放り込み終わった骸骨の魔導師はドッペルゲンガーに背を向けて宝物庫から立ち去っていく。その背中をドッペルゲンガーは最後まで言葉を発する事なく見送った。
***
「パンドラズ・アクター様?」
「———ああ、失礼。少し感傷に浸っておりました」
ユエの呼び掛けにパンドラズ・アクターは回想の海から帰った。
「何はともあれ、モモンガ様の事を今後とも宜しくお願い致します。恐らく、これはナザリックの外から来たユエ殿だからこそ出来る事なのでしょう。香織殿は………何というか、ナグモ殿に一途過ぎている気がしますので」
「………ん。私に出来る事は精一杯やって、アインズ様をお支えします」
いつもの喧しさを潜めたパンドラズ・アクターに、ユエも神妙に頷いた。
「まあ、ひょっとすると末永くというお話になるかもしれませんがねえ?」
「パ、パンドラズ・アクター様!」
顔を赤くなるユエを見ながら、パンドラズ・アクターはバッとポーズを決めた。
「そして———その暁には私をこう呼んで頂きたい!
「それは絶っ対に嫌です」
ドイツ語は分からないが、ユエは即座にそう答えた。
***
「お帰りなさいませ、モモンさ———ん」
「相変わらず慣れないんだな、それ………」
翌朝、商人達が起き出す前のタイミングで、アインズはパンドラズ・アクターと入れ替わった。未だに「モモンさん」と呼ぶ事に抵抗があるナグモに溜息を吐きながら、アインズは留守中の事を聞いた。
「何か変わった事はあったか?」
「いえ、特には。強いて申し上げるなら………パンドラズ・アクターが商人達に魔導国の宣伝をしていた事でしょうか」
「ふむ………まあ、今回の事で“冒険者モモン”が魔導国と深い繋がりがある事は周知された様な物だし、今後は私も冒険者活動をしている時は積極的に魔導国の宣伝をしてみるか」
「あ、おじちゃん! お兄ちゃん!」
アインズが頷いていると、早起きしたのかミュウがアインズとナグモに向かってトテトテと近寄る。
おじちゃん呼ばわりされている事は最早諦観の域に達していたアインズだったが———。
「えっと………
「ぐぼあっ!?」
ミュウの放った辿々しいドイツ語に精神が沈静化された。
「おい………何だ、その聞くに耐えないドイツ語は?」
「みゅ? 昨日、おじちゃんが教えてくれたの! この挨拶をすれば、マドー国の一員と思われるから覚えておきなさいって。おじちゃんが教えてくれたから、頑張って覚えたの!」
ナグモが嫌そうな顔をする中、ミュウは純真な表情で小首を傾げた。なるほど、海人族であるミュウが亜人族を国民にしている魔導国と関係あると思われれば、魔導国の威名に尻込みして下手に手を出そうと思わなくなる者もいるだろう。そしてミュウはナグモと同じく恩人である“おじちゃん”の言う事をちゃんと聞いただけだ。
しかし、それとこれとは別の話だった。
(パンドラズ・アクタアアアアアアァァァッ!!)
自らが創り出した生ける黒歴史に、アインズは心の中で怨嗟の声を上げた。
>パンドラズ・アクター
原作では他のNPC達と同じくアインズ様信者ですが、このSSではアインズがユグドラシル時代に寂しい思いをしている姿を直に見てきたからアインズを無闇に神聖化して見てないです。そんなわけでアインズとユエの仲を応援する立場になりました。
あとアインズがパンドラをギルメンに変身させて語りかけるとか病みすぎだろ、と思いましたが、そもそも宝物庫に去ったギルメンの彫像を作る様な人が病んでないわけわけないよね……と考えてこんな描写をやりましたとさ。
>ユエ
とうとう自覚しちゃった娘。というかユエの恋模様を書くのが難しくて、いつも頭から湯気を出してます。恋愛描写をアプデさせる為にも少女漫画を読み込んだ方が良いかなぁ……。