「先ほど、私の従業員を救ってくれたのは貴方でしょうか?」
突然、背後に現れた
浩介は仮にも“暗殺者”だ。天職のスキルによって人間の気配というのが分かるようになり、さらにはトータスの一般人より数十倍以上優れているステータスによって今まで人間を相手に不意をつかれるという事は無かった。ところが目の前の老紳士は声を掛けられるまで全く気配を感じず、さらに立ち振る舞いにも全く隙が無い様に浩介の目には見えていた。
「な、何の事だよ? 俺はさっきからずっとここにいただけの通行人だぜ?」
「どうして嘘をつかれるのですか? 先ほどの貴方の行動は見ていました」
「彼女を守る為に男を倒し、ここに入った姿も見ています。あれは間違いなく貴方でしたよ」
「いや、だから俺は……え? ちょっと待て。ここに俺が入った姿も見ていた……?」
なおも否定しようとした浩介だが、セバスの言葉に血の気が引いていくのを感じた。それは自分の嘘がばれたという下らない物ではなく―――。
「ええ。『フッ……闇に抱かれて眠るがいい、不埒なりしケダモノよ』と呟かれていた姿も私はこの目で目撃しています」
「ぎゃああああああああああっ!!??」
至極真面目な表情で証言するセバスに対して、浩介はその場で身悶えした。今更になって深淵卿モードに入っていた自分を思い出し、浩介の心に羞恥心が芽生えていた。
(何だよ、闇に抱かれて眠るがいい……って!! 今時の厨二でももっとマシな台詞を吐くわ!!)
高校に入ってとっくに卒業したと思っていた思春期病を発症していた自分に、母親に隠していたエロ本を見つけられたかの様に浩介は頭を抱えてゴロゴロと転げ回る。突然始まった浩介の奇行にセバスは純粋に不思議そうな顔をした。
「はて、どうして恥ずかしがられているのですか? 『フッ……闇に抱かれて眠るがいい、不埒なりしケダモノよ』と言われていただけでしょう?」
「やめろおおおおっ! 真顔でリピートするんじゃねえええ!!」
「そこまで恥ずかしがる言動でしょうか? 私の仲間に似たような言葉遣いをされる方がいるので、てっきりそういう方言なのかと………」
「無えよ、そんな方言! その仲間、普通に言動がアレだからな!?」
その瞬間、はるか遠くの宝物殿でくしゃみをしたドッペルゲンガーがいたのだが、そんな事には気付かずに浩介は顔を覆いながら地面に伏せた。
「忘れて……お願い、さっきの事は忘れて………」
「そう仰られましても、従業員を助けてくれた貴方の活躍を知らぬフリをする方が不義理でしょう」
一切の邪気はなく、セバスは浩介に手を差し伸ばした。
「どうかお礼をさせて下さい。私の屋敷までご同行を願えませんか?」
***
「この度の事は妾からもお礼を申し上げる」
セバスに連れられ、浩介は屋敷に来ていた。さすがに“神の使徒”をやっていた頃に寝泊まりしていた王宮には劣るものの、それでも庶民の目から見て立派な応接室で美しい黒髪の女性に頭を下げられていた。
「妾はチャン・クラルス商会の副支配人であり、セバス様の妻のティオ・クラルスじゃ。そなたは何と申す?」
「え、えっと……浩介と言います」
庶民から見ても気品のある高貴な女性に見えるティオにドギマギしながら、浩介は自分の名前を名乗った。
「コースケさん、ですか………」
セバスが紅茶を淹れながら呟いた。「茶くらい妾が淹れますのに……」と少し不満顔のティオをまあまあと宥めながらも給仕する姿が、何故か商会の支配人と紹介された時よりも似合っている様に浩介は感じていた。
「ああ、失礼。こちらではあまり馴染みがない名だと思いまして」
「………まあ、ちょっと遠い地方の出身なんで」
遠藤浩介という和名は西洋風の名前が多い王国では当然目立ち、一時期はステータスプレートを確認されて召喚された異世界人だとバレた途端に門前払いされた経験があった。その為に最近は浩介も本名を正直に名乗らず、ステータスプレートもわざと持ち歩かない様にして自分の素性を隠すようになっていた。本当は適当な偽名でも名乗りたい所だが、セバスの紳士的な態度に流石にそれは気が引けていた。幸いなことに、セバスはそれ以上の追及はしない様だった。
「コースケさん、改めてお礼を申し上げます。当店の従業員を危機から救っていただき、ありがとうございました」
「妾からも感謝申し上げる。最近ではフリートホーフの名を聞いただけで恐れて手を出さぬ者も多いというのに見上げた若人じゃ」
「いや、まあ………」
立派な商会の支配人夫妻に深々と頭を下げられ、浩介は気まずそうに頬をポリポリと掻く。こんな風に人から感謝されるのは久々の体験だった。
「何かお礼をさせて頂きたいのですが、いかがでしょうか?」
「いや、お礼なんて………」
奥ゆかしい日本人としての癖で遠慮しそうになる浩介だが、ついつい今いる応接室の高価な調度品の数々に目がいってしまう。
(これ一つでベレアさんやチビ達を一ヶ月は食わせられるよな………)
違法クエストで稼いだ金はまだ懐にあるものの、バラダックに仲介料として半分以上は取られているので然程の金額では無かった。それも二十人近い人数の食費となると一週間も保たないだろう。そんなわけで浩介は金が欲しいと思っていたわけだが、それを素直に言うのはさすがに憚られていた。
「………おぬし、ひょっとして金に困っておるのかの?」
「え? いや、その………」
「ふむ………」
浩介の視線からティオが察し、それを見たセバスが何やら思案顔になった後に頷いた。
「それならば、どうでしょう? 私の下で働いてみる気はありませんか?」
「い、いいんですか!?」
「ええ。実は先程の様に悪質な嫌がらせを受ける事が増えてきまして、コースケさんの様に腕の立つ方を必要としているのです。当然、仕事に見合った給料はお支払いします。ティオもよろしいですか?」
「支配人である旦那様がそう決められたのなら、妾に異論はありませぬ」
セバスの提案に浩介の心に喜びが満ち溢れる。本当はやりたくもない裏稼業をしていた浩介からすれば、セバスの提案は非常に魅力的だ。提示された給料も良く、何よりも罪悪感を抱きながら仕事をしなくて済むのだ。
「よろしくお願いします!」
渡りに船の商会の主人達に、浩介は深々と頭を下げた。
***
「なんというか旦那様はよくよく拾われるのが好きじゃのう」
浩介が去った後の応接室でティオは空になったティーカップを片付けながら半ば呆れ気味に呟いた。
「レミア殿といい、先程の少年といい、変わった相手に変わった出会い方をする星の下にでも生まれたのかの?」
「いえ、さすがにこの様な奇特な事はそうそう無いと思いますが……」
「どうかの? 二度あることは三度あるとも言うじゃろう」
そう言われるとセバスも気まずそうに目線を逸らすしかなかった。さすがに自重しようと思うものの、再び同じ様な状況が起きても二度とやらないとは約束できそうに無い。
「それで? どうしてあの少年を雇おうと思ったのじゃ?」
ティオの声音に真面目な物が混ざる。竜人族の次期族長として、そして商会の副支配人としてセバスに真意を尋ねた。
「妾の侍女を暴漢の手から助けたのは事実。それに関しては礼を言うべきではありまする。しかしながら、今の時勢に素性の分からぬ者を雇う危険性を知らぬわけではありますまい?」
至る所にフリートホーフの魔の手が伸びている今、彼等が無関係の人間を装って取り入ろうとするのは珍しくなくなっていた。その為にティオは商会を運営するにあたって出入りする業者や雇用する従業員に対して厳正な調査を行っているのだ。
因みに素性を確かめる手段としてステータスプレートを使うという手もあるのだが、ステータスプレートには当然フリートホーフと関係あるか等までは記されず、また持ち主が強く念じれば生来の名前とは別の名前が記される様になるのであまり当てにはならなかった。
「勝手に決めてしまった事は謝罪します。ただ………それでも彼を間近で観察する必要があると判断致しました」
「観察? どういう事かの?」
「アインズ様は我々に商会を運営を命じられたと同時に、現地の人間達の珍しい魔法やスキルの調査も命じられました」
アインズ達が元から使っているユグドラシルの魔法やスキルは、トータスの物より基本的に優れている。しかし、ティオの『痛覚変換』の様に一部はユグドラシルにも無い魔法やスキルが存在している。未知の手段を警戒するアインズにとって、現地の魔法やスキルの情報を集める事はナザリックを守る為に必要な事だった。
「先程、あの少年が貴方の侍女を助ける際に動いた時に彼のステータスが数倍以上に跳ね上がった様に見えました」
「なんと……それ程の強者がまだ人間族にいたとはのう」
「ええ。ですから彼を観察する事はアインズ様の御役に立つと考えております」
なにより、とセバスは言葉を区切る。
「周囲の方達が見て見ぬフリをする中、彼だけは真っ先に動いてくれました。彼の善性を私は信じたいと思います」
まっすぐな、それこそ老齢な見た目に似合わない純粋な少年の様な目でセバスは語った。要するに先程に語った内容は方便で、むしろこちらの方が主体なのだろう。
(甘いのう、旦那様は………)
しかし、ティオはそれに対して少しだけ危機感を抱いた。何も自分の侍女を助けた浩介の行動に感謝してないわけではない。だが、それだけで全面的に信用するのは早計ではないかと考えていた。それこそフリートホーフの者と打ち合わせをして、自分達の懐に潜り込んだという可能性もゼロではないのだ。
(レミア殿の件といい、旦那様は物事の判断に感情を優先させてしまうきらいがあるようじゃ。なんというか……あまり人生経験が豊富でないのかもしれんのう)
あるいは、それは少し前まで自律思考をする事のない
(とはいえ、旦那様がそうすると決めたならば問題ない様にするのが妻の務めじゃ)
少なくとも浩介の人間性は悪いものでは無いだろう。意味合いは違うが、セバスはあの少年から目を離さない様にするから自分もそれとなく見張れば良い。そう思ってティオはティーカップを片付け始めた。
***
その円卓には九人の人物が座っていた。
彼等こそが王国の裏社会を牛耳っているフリートホーフの中心人物達だ。彼等は同じ卓を囲んでいながら、一触即発とまではいかないまでもお互いを探り合う様な空気が流れていた。
フリートホーフは元々はフューレンの裏組織だ。フューレンにはそれまで三つの裏組織があり、聖教教会から引き出した資金で組織を拡大させたフリートホーフが組織の吸収や買収を経て、今の形に収まっていた。ここにいる人物も内三人はフリートホーフから元々いた幹部ではあるもの、残りの六人はそれぞれ別組織から来た者であるため、今は同じ組織にいても仲間意識など最初から皆無だった。ともすれば、元・同僚であっても隙あらば蹴り落とそうという空気が流れている中、円卓の一角から一人の男が発言した。
「では定例会を始めよう。最初の議題だが………我々にとって目障りな“チャン・クラルス商会”の事だ」
円卓の人物達の表情に程度の差はあれ、不快の色が浮かぶ。王国の内乱に乗じて勢力を増しているフリートホーフにとって、他の商会と違って自分達の要求に応じようとしない“チャン・クラルス商会”は目の上のたん瘤だった。
「それについてだが、突破口が出来たかもしれねえ」
「突破口だと?」
「ああ。処分する予定だった奴隷について、ちょっと気になることがあったから調べたんだが、面白い事になってるみたいでな」
円卓に座る一人の男―――組織における風俗部門を取り仕切る部門長がニヤリと笑みを浮かべる。
「ついては腕の立つ用心棒を雇いたいんだが……デイモス、お前の所の部下を貸してくれるか?」
「ほう?」
声を掛けられた幹部―――デイモスが興味深そうな声を出す。
デイモスは筋骨隆々とした男であり、かつては金ランクにまで上り詰めたと噂される元・冒険者だ。それがどうして裏組織に身を窶す事になったか知る者は少ないが、彼は飢えた獣の様な鋭い目で風俗部門の幹部を睨む。
「俺の手勢を使う程か? 最近になって入ってきた
「念には念を入れておきたいんだよ。あのジジイは確実に消しておきたいからな。何なら、あの商会を手に入れた後に女店長はお前が好きにしてもいいぜ?」
「フン、興味ないな。それより金だ。きちんと用意できるんだろうな?」
チッ、と風俗部門の幹部は舌打ちしながらも頷く。どうやら彼の中で新しく奴隷にする予定の女をチラつかせて安く済ませようという算段があった様だった。
「………いいだろう。その代わりに精鋭中の精鋭を寄越せ」
「ならば、“六獣”の一人を寄越してやる」
デイモスの言葉に風俗部門だけでなく他の部門の幹部達までざわついた。
“六獣”はフリートホーフの中でデイモスを含めた最強の戦闘メンバーだ。神話においてエヒト神に退治されるまで多くの人間達を喰らった六匹の魔物に由来して名付けられた彼等は、ともすれば王国最強の騎士だったメルド・ロギンスに匹敵する力を持つと噂されていた。
「その代わりに事が済んだら、さらに報酬を上乗せして貰おう」
「チッ………分かった」
「話は済んだか? では“チャン・クラルス商会”の事はデイモス達に一任するとして、次に他国に売りさばく麻薬についてだが―――」
司会役の幹部が次の議題に移る。ハイリヒ王国を蝕み、他国すらも毒牙にかけようとする犯罪組織の会合はその後も滞りなく進行した。
>ステータスプレート
今回の話を考えるにあたり、浩介の身元確認はステータスプレートを見れば一発じゃんと思いましたが……ただ、ステータスプレートがそこまで便利なら原作でユエの名前が『アレーティア』と表示されなかった事におかしな点が出てくるんですよね。そして勝手に名前を変更できるなら、身分証として機能しているとは言い辛いかなと思いました。そういった事を考えて、浩介自身がステータスプレートを持ち歩かなくなったという展開にしました。
>フリートホーフの"六獣”
まあ、素直にオーバーロード原作から“六碗”を登場させても良かったのですけどね………。神話でよくありがちな神に退治される怪物達から由来した用心棒集団だと思って下さい。まさしく裏社会で最強の戦闘集団です。きっと商会の老紳士主人くらい一捻りにするに違いない(棒)