ありふれてないオーバーロードで世界征服   作:sahala

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 活動報告に書きましたが、先週にコロナにかかって寝込んでいました。まだ喉の痛みとか取れずに本調子が出ないけど、また執筆を頑張りたいと思います。
 今回もちょっと自分的には微妙な気がするけど、開き直って投稿することにしました。


第百四十四話「天使は人となりて」

 浩介が街へ仕事に出掛けている間もノイントは屋根裏部屋のベッドに横になっていた。彼女は日がな一日をベッドの上で無気力な目をして天井を眺めているだけで過ごしていた。

 何度か修道院の孤児達が食事を運びに来てくれたものの、ノイントは目を瞑って寝たふりをしてやり過ごしていた。背中の翼や高周波発生器を失った今でもノイントの身体は普通の人間とは異なり、何日も絶食していても問題無かったのだ。

 

(放っておいて下さい………もうエヒトルジュエ様の使徒でも何でもない私に価値なんてないんですから)

 

 こうして何もしないでいる内に自分という存在が消えてくれればいいのに。

 そんな自虐的な思いで食事を持ってくる度に声を掛けてくる人間達を無視し続けていた。その日も不貞寝していたノイントだったが、ふと明かり取りの窓から差し込む光が鬱陶しくなり、ベッドから起き上がっていた。窓の鎧戸を閉めようと近寄ると―――ふと外の景色が見えた。

 

「あれは………」

 

 窓の外、眼下ではベレアが子供達と洗濯物を干していた。二十人近い子供達の洗濯物は数が多く、ベレアは額から汗を流しながら働き、十歳近い年齢の年長組の子供達も手伝っているものの人数は数人程度だった。その他の子供達は五歳未満の年少組の子供達の面倒を見ているなど、余裕の無い生活ぶりが見て取れる光景だった。

 

「ァツッ」

「マザー!」

「大丈夫、ちょっと腰を痛めただけよ」

 

 大きなシーツを干そうと曲がっている腰を無理に伸ばした為か、ベレアは腰を押さえて座り込んでしまう。駆け寄った子供達になんとか笑顔を見せたものの、立ち上がれずにいた。こうなると遊んでいた年少組も、彼等の相手をしていた年中組も心配そうな顔でベレアの周りに集まって来ていた。

 

「………うるさいですね」

 

 ちょっとした騒ぎになっている外にノイントはそう呟く。窓をピシャッと閉めてベッドに戻ろうとも思ったが、集まって来た子供達の声は窓を閉めてもうるさく響きそうだった。ノイントは無表情な―――それでいて不機嫌な顔で部屋から出て階段を下りた。修道院はさほど広くない為、あっという間に外に出られた。

 

「ノイントさん………?」

「じっとしてなさい」

 

 ベレアや子供達はこれまで寝たきりだったノイントが外に出てきた事に驚いたが、ノイントは彼等の視線を無視してベレアの腰に手を当てる。そして―――ノイントの手から温かな光が漏れ出した。

 

「……天の息吹、満ち満ちて、聖浄と癒しをもたらさん」

 

 少し遅れてノイントの口から詠唱の呪文が紡がれる。本来、“真の神の使徒”であるノイントは簡単な魔法ならば詠唱は必要としない。しかし途中で今の自分はただの人間としてこの修道院に入り込んだ事を思い出し、形だけの詠唱を唱える。そして光が収まった後、ベレアは自分の腰に驚きながら触れた。

 

「痛みが引いた……?」

 

 べレアは立ち上がって自分の腰を伸ばしたりする。今まで腰痛で悩まされていた身体が、まるで嘘の様に軽くなっていた。

 

「……もういいですね? 失礼します」

 

 これでうるさかった子供達も静かになる筈だ。そう思ってノイントは自分の部屋に戻ろうとして———。

 

「すごーい!」

「それ魔法なの? ねえねえ、どうやるの?」

「お姉ちゃん、天使様みたい!」

 

 あっという間に子供達に取り囲まれて、ノイントは表情が薄いながら困惑を浮かべていた。

 

 ***

 

「ノイントお姉ちゃん、こっちこっち!」

 

 数日後、ノイントは修道院から一キロくらい離れた川へ子供達と水汲みに来ていた。ノイントの内心では鬱陶しく思っているものの、子供達は「ノイントお姉ちゃん」と一緒にいる事が嬉しくて気付かれてない様だった。

 ノイントが魔法を見せて以来、子供達は何かとノイントに纏わり付く様になっていた。お陰で今までの様に部屋に籠もる事は出来なくなり、仕方なく日中は子供達と共に過ごす羽目になったのだ。

 

(でも………ここで人間の修道女のフリをしていれば、あの化け物達にも見つからないはずです)

 

 ベレアから貰った着古した修道服に身を包んだノイントはそんな打算を思い浮かべる。もはやエヒトルジュエの遣いではない自分自身に価値など無いと思っているが、それでもあの化け物(アインズ)達に見つかって死ぬのはとても恐ろしかった。

 

 何より―――ノイントはアンカジの戦場で見てしまった。

 

 同士討ちや黒い仔山羊によって死んでいく姉妹達。その骸から青白い光―――魂を抜き取りながら空を征く魔導王。

 いま思い出しても寒気がする光景であり、死後の魂すらも陵辱されるなら化け物(魔導王)達に見つからない様に人間のフリをして隠れていた方がマシだとノイントは思っていた。

 

「ノイントお姉ちゃん、早く行こうよ!」

「………いま行きますよ」

 

 子供達の声に思考を中断して、ノイントは水桶を運びながら応える。何も知らずに自分に纏わり付く子供達は鬱陶しいものの、まさかあの化け物達も自分がこんな鄙びた修道院にいるなどとは思わないだろう。隠れ蓑を維持する為にも、ノイントは『孤児達に優しいお姉さん』を演じていた。

 

「なあなあ、ノイントお姉ちゃん! 魔法でさあ、水とかパッと出さねえの?」

「駄目だよ! 魔法はエヒト様が与えてくれた奇跡の力だ、ってマザーに習ったでしょ! そんな事に使ったらエヒト様のバチが当たるんだからね!」

「ちぇ~っ」

 

 ベレアの受け売りであろう聖教教会の教義を語る女の子に、男の子は残念そうな顔になる。

 

「エヒト様にお祈りして、ちゃんと勉強を頑張れば、いつかノイントお姉ちゃんみたいな魔法が使えるようになるよね!」

 

 女の子が無邪気な瞳をノイントに向ける。穢れのない―――悪く言うなら、世間を知らない人間の目だ。かつてのノイントならば、そんな人間達を内心で嘲笑っていただろう。

 魔法の才能は生まれた時の才能でほとんどが決まる。本当に才能があるならば、こんな辺境の修道院で孤児になどなっておらず、生まれた時に教会によって親元から離されて専用の教育機関に入れられている筈だ。

 そもそもこの世界の全ては主たるエヒトルジュエの玩具に過ぎず、人間がどう過ごしていようが神は一切顧みる事などない。人間達がどれだけ祈ろうが、努力しようが主に決して届く事などないのだ。

 だが―――それは今となってはノイント自身にも当てはまる事だった。エヒトルジュエから授かった鎧や銀翼を失い、人間のフリをして魔導王の目から逃れようとしている自分を神は決して気に掛けてはくれない。そもそも“真の神の使徒”の存在そのものが所詮はエヒトルジュエが人間達の神を演出する為に作り出した駒だ。子供達を嘲笑う事は自分の事も嘲笑う事になる気がした。

 

「………そうですね。善き行いを務めれば、きっと神は見て下さるでしょう」

「うん!」

 

 その場凌ぎで言ったノイントの適当な言葉に、女の子は笑顔で頷く。

 

 その笑顔に―――ズキン、と何故か胸の奥底が痛んだ気がした。

 

 ***

 

「ふう、今日も働いたなあ」

 

 夜中に浩介は一日の疲れを解すように肩をコキコキと鳴らした。

 セバス達の好意で“チャン・クラルス”商会で働き始め、浩介の生活は劇的に改善していた。仕事自体は店員を兼ねたガードマンといった所で、店に陳列されている商品をお客から聞かれても答えられる様に覚える事は多いものの、充実感を持って働けていた。何より、違法な仕事をやっていた時の様に後ろめたさを感じなくて良いのだ。しかも給料自体もかなり良く、修道院の生活も上向きに修正されつつあった。

 

(それにしてもノイントさんも元気になってくれて良かったよ………)

 

 ずっと寝たきりだったノイントが最近は日中に子供達の面倒を見るようになったそうだ。ずっと失意のままにベッドに籠もっていた彼女の事を浩介は気に掛けていた。

 

 初めて会った時は、綺麗な女性(ひと)だと浩介は思った。

 

 傷だらけで、着ていた服も泥塗れになりながらも美しさを損なわない銀髪。顔もまるで上等な職人が手掛けたフランス人形の様で、まさに地上から落ちてきた天使を思わず連想してしまった。

 気が付いたら浩介は少ない稼ぎで非常用に持っていったポーションを使ってノイントを懸命に生かそうとしていた。そうまでした助けた女性が回復した事は浩介にとってとても喜ばしい事だったのだ。

 

(まあ、異世界にいきなり飛ばされて良い事なんてあんまり無かったけどよ、ノイントさんみたいな美人と知り合えたのだから悪い事ばかりじゃないよな)

 

 自分のいま置かれた状況に楽観的にそう考えながらも浩介は脱衣所で服を脱ぐ。

 今日は久々のお風呂の日だ。薪を焚くのにも一苦労になるトータスでは現代日本と違って入浴も毎日できる物ではない。子供達を先に入れる為に遅い時間になってしまったが、久々の入浴で一日の疲れを癒そうと裸になった浩介はタオルを腰に巻いて浴室のドアを開け―――。

 

「あ………………」

 

 瞬間―――時が静止する。

 浴室には先客がいた。美しい銀髪から水を滴らせ、そちらも予想外だったかの様に目を見開いて浩介を見ていた。 

 ぴちょん、とノイントの白い肌から水滴が落ちる。

 

「え、あ、いや、その………い、いるとは思わなくて………」

「私も………気配を全く感じませんでした」

「そ、そうなんすよ! 俺ってば本当に影が薄くて、クラスの班分けでも忘れられたくらいで!」

 

 気まずさを誤魔化そうと浩介はどうでもいい事を口走る。対するノイントはそんな浩介を無表情にじっと見つめる。湯気であまり見えないが、裸体を隠す素振りもないノイントに見つめられている事に段々と気恥ずかしい気持ちになってきた。

 

「そ、そのう………俺は後で入るんで………どうぞごゆっくり!」

 

 浩介は慌てて浴室から出ようとして―――濡れたタイルで足を滑らせた。

 

「え、ちょっ………!?」

「なっ………」

 

 あっという間にバランスを崩し、すってーん! と擬音が似合いそうな程に浩介は転んだ。しかも運悪く、ノイントを巻き込んで二人は浴室の床に尻餅をついた。

 

「痛てて………ん? 何だこれ?」

 

 起き上がろうとした浩介は手を床に付こうとして、むにゅんとした感触を感じた。それはつき立ての餅の様に柔らかく、浩介の手の中に収まって動かす度に自在に形を変え―――。

 

「……………()()()()()反応として、ここは悲鳴の一つでも上げるべきでしょうか?」

「すんませんっした!!」

 

 絶対零度のノイントの視線に、浩介は素早く土下座した。

 

 ***

 

「入浴を終えました」

「あ、ハイ………」

 

 着替えて脱衣所から出てきたノイントに浩介は、沙汰を申しつけられる罪人の様にきっちりとした正座で出迎えた。

 

「あ、あの………さっきは本当にすいませんでした」

「……………別に。貴方の様な下等な人間に私の裸体を見られようが、触られようが、何とも思っておりませんので」

 

 相手を見下した様な発言だが、浩介は不埒な真似(ラッキースケベ)の代償として甘んじて受け入れる。穴があったら入りたい気持ちで地面に目線を向けていた為に―――ノイントの顔が何故か赤くなっている事に気付かなかった。

 

「………頭を上げなさい。こんな所を修道院の人間に見られたらいらぬ誤解を受けます」

「うう………はい」

 

 溜息を吐きながらノイントが呟き、ようやく浩介は顔を上げた。

 

「今度からは先に入浴している者がいないか、ノックしてから入る様に。ただでさえ貴方は“暗殺者”の天職があるから、気配が分からなくて困ります」

「分かりました………って、あれ? 俺の天職、ノイントさんに言った事ありましたっけ?」

 

 会話の中で不自然な点に気付いた浩介が疑問の声を上げる。少なくとも自分のステータスプレートを見せた事など無かった筈だ。

 

「…………以前、王宮で貴方と勇者達を遠目で見る機会がありました」

「王宮って………ノイントさんは一体………」

「私の過去はどうでも良いです。どうせもう戻る事も出来ませんから」

 

 浩介の疑問を遮る様にノイントは頑とした口調で言った。言った内容に嘘は無い。“真の神の使徒”として勇者達の事をしばらく観察していたし、今となっては戻った所でエヒトルジュエは自分を受け入れたりはしないからだ。しかし、ノイントの事情を知らない浩介は別の意味で捉えたのか、沈痛そうな顔で頷いた。

 

「そうですか……。あの、出来れば俺が“神の使徒”だった事は他の人達には言わないで下さい」

「……いいでしょう。貴方も、私の過去について詮索しない様に」

 

 二人の間に取引が成立した事に浩介は少しだけ胸を撫で下ろした。

 

「助かります……今となっては“元・勇者”の仲間というだけで周りから色々と言われるし、俺のゴタゴタでべレアさんやチビ達に面倒は掛けたくねえから」

 

 以前ならば、エヒト神が異世界より召喚した勇者達という事で周りから手厚く扱われていた。だが、光輝達が各地で様々な迷惑をかけた今は“神の使徒”の評判は地に落ちている。ベレア達の人間性からして浩介への見る目は変わらないと思うものの、“神の使徒”に対して恨みを持つ者の怒りがベレア達に向けられる事だけは避けたかった。

 そんな浩介を見て―――ノイントは心に浮かんだ疑問を口にした。

 

「貴方は何故……他の人間の心配をするのですか?」

「ノイントさん……?」

「理解できないです。貴方の置かれた環境は客観的に見ても、他人の心配をする余裕などない筈です。それなのに……何故、貴方は他の人間達の事を考えられるのですか?」

 

 “真の神の使徒”として生まれたノイントによって、エヒトルジュエの命令を遂行する事は何よりも優先される。自分と同じく作られた姉妹達も同様であり、お互いにエヒトルジュエからの命令を果たす道具と認識し合っているから助け合うなどという感情は無かった。そんなノイントにとって、極貧な状況に陥っても他者に気を配る浩介の行動は理解できないものだったのだ。

 浩介は一瞬、ノイントがいきなり言い出した事に面食らったものの、じっと見つめてくるノイントを見て考えながら言葉を紡ぎ出した。

 

「……そうっすね。まあ、俺自身の状況は余裕なんて無いですけどね」

 

 でも、と浩介は言葉を区切る。

 

「自分自身の事しか考えられなくなったら、本当に一人ぼっちになると思うんです」

「……それは何故?」

「俺が地球………故郷にいた時の話なんすけど。俺には兄貴と妹がいて、小さい頃に大喧嘩したんですよ。まあ、喧嘩の原因自体は本気で下らない事だったんすけど」

 

 ははは、と照れくさそうに浩介は笑う。それは兄妹間によくある思い出の一コマなのだろう。それを浩介を思い返していた。

 

「それで、もう絶対にあいつらと口を利くもんかと拗ねていたら、親父に言われたんですよ。『人間ってのは、たった一人で生きていくものじゃない。必ず誰かの世話になり、他人を傷つけながら生きていくものだ。だから自分の事しか考えられないのは、寂しい生き方だぞ』って」

 

 浩介は昔の記憶を掘り返す様に遠い目になる。それは今や遠い場所となった故郷を、そして家族を思い出している様な目だった。

 

「だから………俺は金が無いからって、寂しい生き方をしたくはねえと思うんです。俺自身の事しか考えていなかったら、ベレアさんやチビ達、それにノイントさんとも会えなかったと思うんです。異世界に来て嫌な事ばかりだったけど、それでもノイントさん達に会えた事は良かった事だったと思うから」

 

 それだけは胸を張って言える。クラスメイト達から裏切り者の汚名を着せられ、さらには彼等のせいで貧困に喘ぐ事になってもその後に出来た良い事まで否定したくない。浩介はそう思っていた。

 

「それに、最近はセバスさんっていう親切な商人が俺を雇ってくれたし、まあ異世界に来て悪い事ばかりでも無いと思える様になったというか……」

 

 真面目な話をした事がなんとなく照れくさくなり、浩介は笑いながら誤魔化すようにあれこれと喋ろうとした。

 しかし、ノイントはそんな浩介を無表情のまま見つめる。ノイント程の美人に見つめられていると浩介も顔が赤くなってくるが……ノイントはふと背を向けた。

 

「えっと、ノイントさん………?」

「………早く入浴して下さい。お湯が冷めてしまいます」

「あ、はい………」

 

 唐突な話題の切り方に疑問を感じたものの、言っている事は尤もなので浩介は頷いた。ノイントはそのまま立ち去ろうとして―――背を向けたまま、呟く様に言った。

 

「貴方の考えは理解できませんが、分かりました。それと………遅くなりましたが、あの時に助けて貰った事を感謝します」

「え? ノイントさん、いま……」

 

 浩介は驚いた声を上げたものの、ノイントはすぐにその場を立ち去る。その最中、ノイントは先程の話を思い返していた。

 

(やはり人間の考えなど理解できません……他者を助けるなど、何の得にもならない筈なのに)

 

 だが、その行動によってノイントの命は救われたのだ。その事実だけは動かし様がない。

 

(人間達など、“真の神の使徒”だった私に理解できる筈が………)

 

 ノイントにとって、人間達などエヒトルジュエの遊戯の為にいくらでも使い潰して良い駒だと思っていた。種族を超えて和平を結ぼうとした人間の王を“魅了”で操り、平和になりかけたトータスを再び泥沼の戦争へと引きずり込んだ事だってある。

 

(私が……今更、人間達に理解なんて………)

 

 自分達を慕っている孤児達。そして貧しさにありながらも自分を救ってくれた浩介。

 その顔を思い出す度に――――――ノイントの胸は、ズキンと痛む気がした。 

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