ありふれてないオーバーロードで世界征服   作:sahala

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 自分はユエより白崎さん派です。これをハジカオとは絶対に呼ばないけど。


第八話「カウンセリング」

 王宮の廊下を歩いていたナグモは、自分に突き刺さる視線を感じて心の中で舌打ちする。

 相手の気配の消し方、薄っすらと感じる敵意。それらは白崎香織の様な素人の監視ではない。

 

(ナグモ様……今日も聖教教会の人間が監視しております)

(分かっている。だが、モモンガ様よりこれ以上の目立つ行動は控えろと言われている。手出しはするな)

 

 はっ、とエイトエッジ・アサシン達が念話を打ち切る。未だに自分へ突き刺さる監視の目にナグモは溜息をつく。

 あの訓練場での騒動の後。ナグモが錬成師という平凡な天職なれど現在の勇者の三倍、この国一番の実力者であるメルドの倍のステータスを持つと判明してから周りのナグモを見る目は一変していた。

 生徒達のほとんどは今まで見下していた事が気不味くてナグモをあからさまに避け、影で神の使徒達の出来損ないと噂話をしていた王宮の貴族や使用人達は掌を返してナグモに媚を売る様になった。

 それらはともかく、ナグモが一人になると決まって教会の人間がナグモを探る様に監視する様になったのだ。

 

(やはり目立ち過ぎたか。こうもあからさまに監視してくるとはな)

 

 召喚されてからまだ二週間程度しか経ってないが、ナグモは超人的な頭脳をもって図書館のほとんどの蔵書を読破していた。その上で断言ができる事がある。

 この世界は聖教教会に都合の良い様に作られている。

 歴史も技術も、その全てがエヒト神のおかげで成り立っている様に話が作られており、ほんの少しでも啓蒙思想の兆しが出れば異端裁判にかけられ、エヒト神以外の信仰は徹底的に邪教として排除している。そしていくつかの本と照らし合わせると、歴史にはリセットをしているかの様な空白があからさまに見えてくるのだ。

 

(この世界に僕や他の人間達が召喚された事から、エヒト神なるものは実在はすると仮定はできる。ただし、その実態は巷で信仰されている様な人間に慈悲深い存在ではなく、自身の権威の為に家畜以下ぐらいにしか考えていない俗物だ)

 

 別に人間を玩弄している事に義憤などは感じない。そもそもナザリックの大半が人間を蔑視しているし、ナグモも人間は好きではない。しかし、至高の御方の敵となり得る存在がいる事が分かった以上、ナグモは下手に動けなくなっていた。

 

(エヒト神なる存在が本当に魔人族から人間達を救う気があるのか今となっては疑わしいが、奴が本当に召喚したかったのは勇者の天職を与えられた天乃河光輝だけだ。教室でも奴を中心に転移魔法が展開されていた。その他は巻き込まれたオマケに過ぎない。そして奴にとってその他大勢でありながら、現状で勇者を超えた力を持つ僕はイレギュラーな存在なのだろう。だから監視を始めたのだな。僕だってエヒト神と同じ立場にいれば、そうしている)

 

 もはや聖教教会という組織そのものがエヒト神の息がかかっていると見て良いだろう。魔力探知で探っている限り、監視を行っているのはただの人間だ。恐らく何も知らされてない様な末端なのだろう。しかし、エヒト神にどういうプロセスを経て伝わるのか掴めない以上、ナグモは下手に動けなかった。

 

(デミウルゴスは先日の僕の愚行をモモンガ様はお許しになったと言っていた。だが、これ以上、僕が目立ってナザリックが露見する様な事態は許されない)

 

 聞けばモモンガはナグモがナザリックに帰還できる様に準備を始めたという。しかし、今の様に注目されている現状では即座に実行というわけにはいかない。周りに無能と侮られていた時ならば訓練から逃げ出した様に見せかける事も出来ただろうが、この国で最強の存在として認識されている今は下手に失踪すれば執拗に捜索される可能性が大きい。これ以上、自分の失態で至高の御方に迷惑をかけるぐらいなら自害した方がマシだとナグモは考えていた。

 

(こうなったら捜索など最初からされない状況……僕が死んだと見せかけてからナザリックに帰るしかない)

 

 いっそ城下町から適当な浮浪者でも見繕って、自分の遺体に()()するかと画策し始めた時だった。十字路で見覚えのある背中が曲がり角から出て来て、そのままナグモに気付く事なく図書館の方へ走っていく。

 

(あれは……白崎香織か?)

 

 勇者達の情報源として今まで接して来た少女が、チラッと見えただけだが涙を浮かべて走っていく姿が見えた。

 

(………………)

 

 正直、好き好んで人と関わり合いたくないのだが、彼女は貴重な情報源の一つ。予期せぬ事態があったら自分の、ひいてはナザリックにいらっしゃる至高の御方の不利益になると自分に言い聞かせて、白崎香織の後を追う事にした。

 

 ***

 

 勝手知ったる足取りで図書館の中を歩いていき、いつも白崎香織から情報を聞き出している資料室の書庫に入る。予想通りというべきか、そこには備え付けの粗末な椅子に腰掛け、机に突っ伏して泣いていた彼女の姿があった。

 

「南雲くん!?」

 

 突然入って来たナグモに驚きながらも、香織は慌てて顔を拭って笑顔を作る。

 

「久しぶりだね。あの後、メルドさんから謹慎を言い渡されたって聞いたけど、大丈夫だった?」

「特段、何も。そもそも謹慎と言っても自室から出なかっただけだからな」

 

 あの訓練場での事件の後。檜山達は神の使徒として相応しくない言動で騒ぎを起こしたこと、ナグモは檜山達に非があるとはいえ過剰な怪我をさせたとして双方に罰が下されていた。とはいえ反省文の提出と騎士達の監視下で奉仕活動を命じられた檜山達とは違って、ナグモは三日間の自室謹慎を言い渡されただけだ。その三日間も図書館の蔵書をエイトエッジ・アサシンやシャドーデーモンに命じて無断で拝借してたナグモからすれば、ナザリックへいつもよりゆっくりと報告書を書けたぐらいの認識でしかない。(ちなみにナグモは預かり知らないが、いつもより分厚く、内容が緻密に書かれた報告書の束を見た元サラリーマンのアンデットの精神がオーバーロードされていた事は割愛する)

 

「それで………そちらは何かあったのか?」

「何でもないよ! この部屋にも、いつもみたいに南雲くんいるかな、と思って寄っただけだし……」

「………誤魔化すなら、その充血した目をどうにかすべきだと思うが?」

 

 ナグモの指摘に香織は顔を俯かせる。その暗い顔を見て何もないと言える人間は目が節穴な者だけだろう。

 

「………光輝くんとね、喧嘩したんだ」

 

 ナグモがしばらく観察していると、香織がポツリと話し出した。

 

「南雲みたいな暴力を平気で奮う野蛮な奴なんかに香織は会っちゃいけない、香織は幼馴染の俺と一緒にいるべきだ、って。ここ数日、会う度にずっとそんな事言ってくるの。私、頭にきちゃって、光輝くんにいい加減にして、って怒鳴ったら口論になっちゃって……」

「ほう、僕が野蛮ねえ? まあ、あのド低脳共を痛めつけたのだから、天乃河光輝からそう見えるのは一理はあるだろう」

「そんな事ない!」

 

 至高の御方にナザリック技術研究所の長として作られた自分を野蛮呼ばわりか、という皮肉を込めて呟いたナグモだが、予想外にも香織は全力で否定してきた。

 

「あれは誰が見たって、檜山くん達が悪いよ! 南雲くんの生活環境とか知った上で笑い物にするなんて! その上、南雲くんの生みの親まで馬鹿にするなんて、人として最低だよっ!!」

 

 言った後にすぐに自分が大声を出してしまった事に気付いたのだろう、「ご、ごめんね」と香織は南雲に頭を下げた。だがナグモは、そんな香織をまるで意外な物でも見るかの様な目で見ていた。

 

「南雲くんの親の……ジュールさん、だっけ?」

「じゅーる様、だ。その名を軽々しく口にしないで貰いたい」

 

 少しだけ怒気を込めながら返すナグモに少し気後れしながらも、香織は再び頭を下げた。

 

「う、うん、ごめんね。えっと、とにかく、南雲くんにとってジュールさ———まはお父さんかお母さんか分からないけど、特別な人なんだよね? そんな人を馬鹿にされて怒らないでいる方がおかしいよ」

「ふん、だとしても今となっては自分でもやり過ぎたとは思っている。こんな短気を起こすなど、それこそ僕を生み出してくれたあの方に申し訳ない、というものだ」

 

 お陰でこんな厄介な事態に陥ったのだから。そう心の中でナグモは付け加えたが、香織は別の意味に捉えたのだろう。静かに首を振り、ナグモへと微笑んだ。

 

「そんな事ないよ。南雲くんにそこまで怒って貰えるなんて、その人もきっとすごく嬉しい筈だよ。それこそ、南雲くんを生んで良かったと言うと思うの。それに、南雲くんみたいなすごい人を生んだ人だもん。その人は皆が尊敬するくらいすごい人だったんだね、きっと」

 

 不意に。ナグモの鉄面皮が崩れた。まるで虚をつかれたかの様に、ナグモは香織を見つめる。

 

「………当然だ。この頭脳も、身体も。僕の全ては、あの御方がいたからこそ成り立っている」

 

 しばらくして、ナグモは口を開いた。そこにはいつもの様な他人を寄せ付けない冷たさは無かった。

 

「僕が心底から敬意を抱く方は四十一人いるが、こと創作においては、あの御方こそが一歩抜き出ていると思っている。あの御方………じゅーる様にはもう会う事は適わないが、それでも僕に全てを与えてくれた感謝を忘れた事などない」

 

 ナグモの独白に、香織は「そっか……」とだけ答えた。ナグモの家庭環境を考えるなら、これ以上は踏み入って良い話ではないと考えていた。

 しばらく、二人の間で沈黙が降りる。図書館の静けさだけが二人を包む。ややあってから、ナグモは沈黙を破った。

 

「……話」

「え?」

「話を聞く、と言ったのだ。内容は何でもいい、君の悩み相談ぐらいは受け付ける」

「ええと、嬉しいけど、どうしたの?」

 

 今までも香織はナグモと色々と話していたが、今日はいつもと様子が違う気がして思わず聞き返した。

 

「………別に。ただの礼だ」

 

 それに対してナグモは平坦な声で返した。

 もしも、彼の僅かな変化を見抜ける者がいれば気付いただろう。まるで努めてそうしているかの様な、僅かな声の違いに。

 

「訓練場の一件で、あのド低脳が虚偽の証言をした時に君はロギンス騎士団長に真実を告げてくれた。ならば、その礼として君が抱えているストレスの軽減くらいはするとも。………受けた恩と借りはキチンと返す。それが、あの御方の口癖であったのだから」

 

 ***

 

「———なるほど。では君は、天乃河光輝への窓口として扱われている事に不満を感じているという事か?」

「別に不満だなんて………ただ、私や雫ちゃんが周りに謝ったりしてるのに、どうして光輝くんは話を聞かないんだろうと思うの」

「ふむ……そして、優等生だからと同級生ばかりか教師までもか頼ってくるのに息苦しさを感じてるのだな」

「うん……皆が頼りにしてくれるのは嬉しいけど、ちょっと疲れちゃう時があるんだ」

 

 外の警戒をシモベ達に命じて、ナグモは香織と二人きりで会話していた。ナグモのやっている事は、今までと変わらない。彼は至高の御方から設定されたドクターとしての職業(クラス)スキルを使い、精神科医の真似事をして香織の話を聞いてるに過ぎない。ただし、今回は情報収集というより香織の精神分析に焦点を当てていた。

 

(地球にいた頃、ナザリックに戻った時に至高の御方々の御役に何かしら立つだろうと思って、あらゆる知識を貪った経験がここで役立つとはな……しかし、なんともまあ)

 

 香織の話を聞きながら、ナグモは香織の精神がストレスで限界に近かったと判断した。

 

(学校内ではスポーツ万能、学業優秀で性格に非の打ち所がないと言わられていた天乃河光輝。しかしその実態は、自分の価値観を絶対だと思って他人の意見には耳を貸さない独善的な性格に加えて、何事も自分が中心にいると思っている幼稚な精神の持ち主。その性格で問題が生じた事も少なくはないが、その度に白崎やもう一人の幼馴染である八重樫雫が事態の火消しに奔走しているわけか)

 

 そして当の本人はそんな二人の苦労を知らず、香織達の忠告も笑って受け流すときた。それでも幼馴染だから、と我慢して見捨てずにいるらしい。

 

(さっさと切り捨てれば良かったろうに………。そのお陰で天乃河光輝関連で問題が起きれば、まずは白崎に話がいく様になったわけか)

 

 そんな経験を何度もして問題の処理能力が高くなった為か、同級生達のちょっとした悩みなどを解決した香織は、今ではクラス中がアテにしてきて何かと面倒事の相談をしてくる様になったらしい。それを断りきる事も出来ず、香織は今まで何とか笑顔で対応してきたそうだ。

 そんな物は本来なら教師の仕事の筈だが、その教師自体がクラスの事は香織に任せれば大丈夫と職務放棄しているのであった。教師からの期待を裏切る事も出来ず、そして自分を頼りにしてくる同級生達も無碍には出来ず。結果として、香織は周りから望まれる様な優等生として振る舞うしかなかった。

 

(そしてそれはトータスに召喚された今でも変わらない、か。唯一の教師である畑中愛子は作農師として王都を離れているから、頼ることも出来ない、と)

 

 そもそも担任ですらない新米教師にどこまで頼っていいか、香織も見当がつかないのだろう。結果として、香織は今でも天乃河光輝の窓口兼、光輝に連られて戦争参加を表明したものの不安を感じてる生徒達の相談役になっているというわけだ。

 

(ここまで来ると、白崎もよく保っている方だな。とっくにキャパシティオーバーを起こしているだろうに。その事を八重樫雫以外の人間は気付こうとしないわけか? まったく、これだから低脳な人間は)

 

 同世代の中ではスーパーヒーローであるかの様に扱われている天乃河光輝。そんな彼の幼馴染として、白崎香織にも自分達とは違う特別な存在なんだと認識されているのだろう。それが更に香織を追い詰めているとは知らず、クラスメイト達は無邪気に香織に頼っていたのだ。心配してくる親友の雫に大丈夫だから、と言っているものの香織の精神は既に限界に近かったわけだ。

 

(まあ、だからこそ、こんな初歩的なカウンセリングにありがたみを覚えるのだろうが……)

 

 そう考えるとなんとも微妙な気持ちになる。結局のところ、香織は自分の悩みや愚痴を思いきり言える相手が欲しかったのだろう。その役としてうってつけだったのが、単にナグモだったというだけだ。

 

「ふう………ありがとう、色々と聞いてくれて。こんなに一杯話せたのって、久しぶりだよ」

 

 胸に溜まっていた不満を全て吐き出せたのか、香織は先程よりは明るい顔になっていた。

 

「少しはストレスが軽減された様なら何よりだ。それと、今度から寝る前にミルクココアでも飲むと良い。ココアには、カルシウムやビタミンB1、たんぱく質やカカオポリフェノールなど、ストレス解消に効果がある栄養素が豊富に含まれる上、自律神経を整えるテオブロミンという成分も入っている。カルシウムやトリプトファンが含まれる牛乳と組み合わせることによって、ストレスへの高い効果が期待できる」

「ふふ……なんだかナグモくん、本物のお医者さんみたい。そろそろ行くね、雫ちゃんも心配しているだろうし」

 

 確かココアらしき飲み物をメイドが出していたな、と思い起こすナグモに香織は柔らかく微笑み、出口へと向かう。と、何かを思い出したかの様に振り返った。

 

「あのさ……南雲くんの事、ハジメくん、って呼んで良いかな?」

 

 どこか緊張して上目遣いで聞いてくる香織に、ナグモはいつもの無表情で返した。

 

「……その名は好きじゃない。そもそもハジメという名前自体、施設に登録されたのが一日だったから適当に付けた名だ。僕が御方より賜った名は、ナグモただ一つだ」

「……うん、分かった。ありがとうね、南雲くん」

 

 それで、その……とモジモジする香織を見て、何が言いたいのかさすがのナグモも察した。

 

「ああ。また明日、良ければ来るといい。()()

「っ! うん、また明日! きっとだよ!」

 

 じゃあね、と言って満面の笑みで香織は立ち去った。その後ろ姿が閉まったドアの向こうへ消えたのを確認し、ナグモは一人呟いた。

 

「……まあ、図書館の蔵書はほとんど読み終わった事だし。引き続き、召喚された人間達の情報も必要だしな」

 

 どうせ今の状況ではナザリックに戻るまで、やれる事は限られている。それならば白崎香織と話をするのは、情報収集の面からも悪い話ではない筈だ。そう自分に言い聞かせ、ナグモは資料室を後にした。




>ナグモ、監視のために下手に動けず。

 監視をつけたのはもちろん某戦乙女さん。王宮で判明しているナグモのステータスを見る限りは自分よりも弱くて取るに足りないと判断しているものの、勇者より強いイレギュラーとしてそれとなく教会の人間を作って監視中。その為、ナグモは下手に動けなくなりました。とはいえ極悪ギルドのNPCなので、こっそり誰かの死体を使って自分の死体に見せかけようと考えてるけど。

>香織、実はいっぱいいっぱい。

 これははっきり言ってこのssの独自設定です。強いて言えば「光輝の為に香織や雫が頭を下げて回った」という設定と、加筆されたありふれの書籍版で戦闘放棄した生徒達が「白崎や八重樫は自分達とは違うんだ」とサロンで言い合っていた所を膨らませた感じです。(そのあと、雫の担当メイドに雫も普通の女の子だ、と指摘かれてますが)
 そんな余裕のない精神状態だからこそ、ナグモのカウンセリングはとても効果的に働きました。具体的には顔無しの伝道師の説法ぐらい。


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