久々に動いて喋るアインズ様を見れて大満足です。
今回、ちょっと展開に無理があるなと思いつつも開き直って書く事にしました。
気が付けば、室内はすっかりと暗くなっていた。明かり取りの窓から見える空に星が瞬いているのが見えて、ノイントは昼から今まで泣き続けていたのだとようやく理解した。
だが、どれ程の涙を流してもノイントの心は晴れなかった。シスター・べレアや孤児の子供達、そして浩介から優しくされる事によって芽生えた“人間の心”は、“エヒトルジュエの使徒”として今まで行ってきた所業に深い後悔と自責の念を感じさせていた。
(私は……なんて愚かな事を………)
打ち返される波の様に自責の念がノイントを苛む。“エヒトルジュエの使徒”として生まれてから数千年、エヒトルジュエの命令に従うこそが自分の使命であり、それに疑いなど持っていなかった。人間達などエヒトルジュエが愉しむ為の駒であり、エヒトルジュエに命じられるままに人間達を“魅了"で操って殺し合わせ、あるいは自分の手でも殺してきた。
だが、今となっては―――黒い仔山羊によって恐怖を知って感情に目覚め、人間の温かさに触れて心が目覚めてしまった今となっては―――エヒトルジュエや自分がやってきた事が邪悪であり、取り返しのつかない事だとノイントは思っていた。
エヒトルジュエにこの身を創造されてから数千年。今まで何も疑問に思わず、エヒトルジュエの命令にただ従って生きていた。
それだけの時間があったらば———気が付けた筈だ。人間達はエヒトルジュエが弄ぶ為の駒ではなく、自分よりも優れた“心"を持っていた生き物だという事に。決してエヒトルジュエの娯楽なんかの為に使い潰して良い物ではなかった事に。それなのに自分は気付かなかった。何も知らずに自分達を崇める人間達を見て、愚かだと見下して人間達を見ようともしなかった。
(私にはもう………生きてる価値なんてない………)
以前、浩介に向かって同じ事を言ったが、今は意味合いが違う。エヒトルジュエの使徒として積み上げてきた屍の数は数え切れず、そんな自分が生きたいと思うのは間違いだと思えてきた。懺悔しようにもノイントは神が邪悪である事を知っている。犯した罪に対して償う方法など思い付かなかった。
ここから出て行こう。ノイントはそう思った。
この修道院の人間は優しい人間達ばかりで、自分の様な大罪人がいて良い場所じゃない。だから出て行こう。何処か誰も来ない様な場所に行こう。
そして———自らの命を絶つのだ。
それが神に命じられるままに多くの命を踏み躙ってきた自分が出来る精一杯の謝罪だ。
「………お世話になりました」
べレアから貰ったシスター服をベッドの上で綺麗に畳み、修道院に来た当初の簡素な貫頭衣姿となったノイントは自分の部屋となっていた屋根裏部屋に一度だけ頭を下げる。涙を流しながらパタンとドアが閉じられる。住人を失って部屋は急に寒々しい雰囲気になった様に感じた。
***
修道院の皆は寝静まっている様で、ノイントは足音を立てない様に注意すれば外まで出られた。外に出る前にノイントは一度だけ修道院を振り返る。べレアや子供達、そして浩介の顔が思い浮かんだが、泣きそうな顔で振り払う様に前を向いた。
(最期に………沢山の事を学べました)
修道院を取り囲む石を積み上げただけの低い塀から敷地の外へ出ながらノイントはそう思った。
(エヒトルジュエ様に従っているだけでいい、と空っぽだった私に………ここの人間達から色々な物を貰いました)
それは他者を思い遣る心であり、平穏な生活であり………ノイントにとって言葉にしきれない程の物だ。いずれにせよ、エヒトルジュエの
(こんなに素晴らしい物を受け取ったのに……でも………)
べレア達や浩介に対して恩知らずな真似をしているとは分かっている。しかし、ノイントの脳裏にアンカジで見た恐ろしい化け物達の姿が過ぎった。
あの化け物達はもしかしたら自分を探しに来るかもしれない。アンカジの戦場を逃げ出した時から既にノイントが生存していた事は知れ渡っている筈だ。追手が差し向けられた時、自分なんかの為に修道院の人間達が犠牲になるのは偲びない。だからこそ、修道院から出来るだけ離れた所へ行く必要があった。自害したノイントを見れば、さすがにあの化け物達もそれ以上の追及はしない筈で、修道院はいつも通りの平和な日常を送れるだろう。もしかしたら自害しても死後の魂すらも陵辱されるかもしれないが———そうなっても自業自得だとノイントは思っていた。
(あんな化け物達など見た事がありません………もしかしたら、魔導王は人間達を弄んでいた私達に裁きを下すべく降臨した“真の神”だったのかもしれないです)
かつてなら自らの創造主以外に神は無し、と一蹴しただろう。しかし、あの圧倒的な———それこそ神秘性を感じるまでに圧倒的な力を見せられた後では、魔導王が黄泉より来た地獄の神だとでも言われた方が納得できるとノイントは思った。だからこそ、自分が彼等によってどんな末路を辿る事になったとしても天命だと思って諦められる。しかし、自分の巻き添えでべレア達や浩介が死ぬ羽目になるのだけは許容できなかったのだ。
(ここの人間達には沢山の物を貰いました。だからこそ、魔導王の裁きを受けるのは私だけで……)
修道院がどんどんと小さくなる山道を歩いていき、ふとノイントは浩介の事を思い出した。
思えば、あの人間が自分を拾ってくれなければ、自分はエヒトルジュエの人形のまま朽ちて終わっていただろう。最期の短い間だったが、人間らしい生活を送れたのは彼のお陰だと思う。
(私には過ぎた物をたくさん貰えたから、もう何の未練も無いです……でも………)
昼間に浩介が渡そうとしてくれた櫛。あれは本当に綺麗な物だった。エヒトルジュエからすれば人形の一つに過ぎないノイントには贈り物など貰った事があるわけがなく、おしゃれなど必要性すら感じていなかった。だからこそ、初めて他人から贈れたプレゼントというのは心がときめいた。何より———。
(私の髪を綺麗だと………そう言ってくれました)
自分の容姿を褒められるのもまた、ノイントにとって生まれて初めての経験だった。エヒトルジュエによって与えられた姿に過ぎないが、そんな自分を美しいと言ってくれた事に、あの瞬間にノイントは胸が高鳴り、熱くなる感覚———嬉しさを確かに感じたのだ。
だが、同時に「罪深い自分などがこんな贈り物を受け取って良いわけが無い」と思ってしまい、結局受け取れなかった。
それが何故か、とても心残りになっていた。
「コースケ……」
ノイントはポツリと自分に初めての贈り物をしてくれた人間の名前を呼ぶ。それだけで何故か胸が締め付けられる様に感じた。
「コースケっ……コースケっ……!」
自分はこれから死ぬ。のうのうと生きているなど許されない。
それなのに―――どうしてあの人間にもう一度会いたいと思うのだろうか?
「―――へえ。あんた、あのガキのオンナか? あんな寂れた修道院にこんな上玉がいるなんてなぁ」
ハッとノイントは顔を上げる。普段ならばもっと早く気付いただろうが、悲しみに暮れる今のノイントの精神が反応を遅らせていた。
いつの間にか、ノイントの周りをガラの悪い男達が取り囲んでおり、獲物を狙うハイエナの様な笑みを浮かべていた。
***
「ノイントさん……どこ行ったんだよ」
翌日、浩介はフューレンの街をあちこち駆け回っていた。今朝になってノイントがいなくなっていた事が分かり、何か手掛かりはないかと朝から探し回っていたのだ。べレアの修道院から近い街はここしか無く、何処かへ行くにしても必ずフューレンに立ち寄るだろうと考えての事だった。セバスの店を無断欠勤してしまった事を後で謝らないと、と頭で思いつつも浩介の足はノイントを探す事を選んでいた。
「ノイントさん………」
ギュッと思わず懐にあるプレゼントの櫛を握り締めた。浩介にとっては一世一代の告白と共に渡そうとしたプレゼントを受け取って貰えなかったのはショックだったが、それでも最後に見せたノイントの涙がどうしても気になっていた。あの涙の理由を聞かない限り、納得が出来そうにない。
(何してるんだろうな……これじゃまるでストーカーじゃねえか……)
ほぼフラれた様なものなのに、女の子の後をつけ回している自分に思わず苦笑したくなる。だが、それでも浩介にとってはノイントの存在はそのくらい大きくなっていた。
異世界に自分の意思とは無関係に召喚され、光輝達によって追放されてから放浪生活を強いられた。生きるために違法なクエストにも手を染めざるを得ず、日を追うごとに心が荒みそうになる中でのノイントとの出会いは浩介にとって衝撃的だったのだ。
服も肌も泥だらけになりながら、決して美しさを損なわないビスク・ドールの様な外見。
月明かりが溶け込んだ様な銀色の髪。
初めて会った時、まるで天使が地上へ落下してしまったのかと浩介は錯覚してしまった程だった。
気が付けば、倒れていたノイントを抱えて浩介は避難場所を探していた。行き着いた先のべレアの修道院で悲嘆に暮れる彼女に生きて欲しいからと懸命に声を掛け続けていた。
全ては一目惚れした銀髪の天使に振り向いて貰いたい為に。
(とにかく、今はノイントさんを探さないと―――)
「よう。久しぶりじゃねえか、コースケ」
突然、声を掛けられて浩介は思わず振り向く。建前と建物の間、薄暗い影となって他の人間から目立たない様な場所。まさに裏稼業を生業とする人間に相応しいそこに浩介が知っている人物がいた。
「バラダックさん……」
「本当に久しぶりじゃねえか。てめえが顔を見せなくなってから随分と経つよなぁ。仕事が出来る奴がいなくなって、俺は寂しかったぜ?」
かつて浩介に違法クエストを斡旋していた仲介人のバラダックは、明らかに嘘と分かる笑みを浮かべながら浩介に話しかけてきた。それに対して浩介は嫌そうな顔を隠さなかった。
「……悪いんですけど、今は忙しいので」
「おい、待てよ。是非ともお前に引き受けて欲しい仕事があるんだよ」
「もう俺は違法な仕事とは手を切ったんだ。あんたとはもう関わりたくないんで」
「冷てえな。金が無い時に仕事を斡旋してやったのによぉ?」
馴れ馴れしく話してくるバラダックを無視する様に浩介は背を向ける。こんな相手に関わる時間すら惜しいのだ。再びノイントを探すために歩き出そうとした。
「そんなに急いで何を探しているんだよ? 例えば………お前の彼女とかか?」
挑発する様に言われた言葉に浩介はバッと振り向いた。
「ノイントさんがどこにいるのか知ってるのか!?」
「そんな大声を出すなって。ここじゃカタギの迷惑になるだろ? 奥に行こうぜ」
バラダックは浩介の必死な表情を愉しんでいる様に笑いながら、路地裏へと歩き出す。警戒心が赤信号で鳴り出したものの、今まで探して見つからなかったノイントの情報は無視できなかった。唾を飲み込むながら、浩介も路地裏へと入った。
「それでノイントさんは何処にいるんだ!」
「おいおい、そう慌てんなよ。お前、早漏だったのか? それじゃあお前の女もベッドの上で満足できなかったんじゃねえか?」
「あんたの下らない話に付き合う為に来たんじゃねえよ! 答えろよっ!」
周りに誰もおらず、ドブネズミが住み着きそうな路地の吹き溜まりに辿り着き、浩介は辛抱堪らなくなった様に詰め寄った。それに対してバラダックは余裕そうな笑みを崩さない。それは圧倒的に有利な立場に立った捕食者が、獲物をどうやって甚振るか思案している様な顔だった。
「教えてやってもいいけどよぉ。その代わり、俺の頼み事を聞いてくれねえか?」
「くっ……だから、違法な仕事はもうしねえ、って言ってるだろ!」
浩介は反射的に声を上げていた。セバス達に雇って貰い、やっとべレア達に胸を張れる様な仕事が出来る様になったのだ。違法クエストで働いていた時は世間に顔向け出来ない事をしているという罪悪感が本当に辛くて、いまさらバラダックが紹介する仕事などやりたいとは思わなかった。
「あぁん? 良いのか、そんな口を利いて? 彼女が心配じゃねえのか? それに……てめえが寝泊まりしている修道院にも良くない事が起きるかもなぁ?」
「………どういう事だよ」
瞬間。浩介の顔から血の気が引いた。その顔にバラダックはニヤリと笑いながら、まるで面白い話を聞かせるかの様に話し出した。
「最初はよ、貧乏修道院のババアかガキの一人でも攫って来ようと思ったんだけどな。そしたら思いがけない上玉がいるじゃねえか。いや、最初はその女も嫌がっていたぜ? でもなぁ………“断ったら、俺の仲間が修道院に火をつけるかもしれねえぜ?”と言ったら、是非とも俺達の所に来たいって言いだしたんだよ!」
「てめえええええええええええっ!!」
怒りを爆発させた浩介はバラダックの胸ぐらを掴み上げる。生まれて初めて、人間相手に殺意を抱いた浩介の腕力は体格差を物ともせず、バラダックを捻り上げて壁に押し付けた。
「ぐっ……いいのかよ? ここで俺を殺したら、てめえの彼女の居場所が分からなくなるぜ? 女だけじゃねえぞ! 俺のバックにフリートホーフがいるのは知ってるよなぁ? 教会本部から見捨てられた貧乏修道院ぐらい、俺のバックにかかれば潰す事くらいわけねえぞっ!!」
浩介に締め上げられながらもバラダックは不遜な態度を崩さなかった。今やハイリヒ王国を裏社会から侵す癌そのものとなったフリートホーフの権力に余程の自信がある様だ。
「それになあ、俺が死んだところで別の奴がやるだけなんだよ。お前の女、修道院のババアやガキ共。それら全部をフリートホーフの手から守れると思うか? 王国の裏社会を牛耳っている巨大裏組織に、てめえ一人で何が出来るんだ?」
ギリィッ、と浩介は奥歯を砕かんばかりに食い縛った。同時に気付いてしまったのだ。きっとノイントもこうして脅され、言う事を聞かざるを得なくなったのだと。浩介はバラダックを絞め殺したい衝動に襲われながらも―――バラダックから手を離した。
「へへ……話が分かるじゃねえか。なあに、長い物には巻かれるのは当然なんだからよ。ヘルシャー帝国の金言にもあるだろ? “強きに従え”ってな」
解放されたバラダックは馴れ馴れしく浩介に話し掛ける。それを吐き気がする程に不快に思いながらも、浩介は手を握りしめる事しか出来なかった。
「安心しろよ。お前が俺の依頼を受けてくれりゃ、女も貧乏修道院も無事に済むんだからよ」
だからな、とバラダックは言葉を切った。
「お前、最近“チャン・クラルス”商会に出入りしてるだろ? そこのオーナーのジジイ………セバスって奴を殺せ。お前なら簡単だよなぁ? “暗殺者”なんだからよ」
>フリートホーフに拉致されたノイント
ちょっと説明が足りないと思うので、補足説明を。
当然ながら本来の彼女なら人間のチンピラ達なんか鎧袖一触できますし、なんなら“魅了”を使って洗脳も出来ます。しかしながら、アンカジから逃げた時に“魅了”等の発生源である超音波器官を自分で破壊して使えなくしてしまった事。そしてここで自分を襲うチンピラを倒しても別の人間が次々とべレアの修道院や浩介を襲うと言われて、彼等に特別な感情を抱いてしまったノイントはここで抵抗しても無駄と悟って言う事を聞かざるを得なくなりました。付け加えるなら、もはや自害も考えるくらいに自暴自棄となったノイントは、『自分“なんか”が犠牲になれば救えるなら』と自己犠牲精神も発動させています。これは後の展開でもう少し詳しく書いていこうと思います。
まあ、とりあえず………深淵卿モードが間近で見れるよ! やったね、セバス!!