それと今週のワンピースを読んで改めて思いました。
やっぱり登場人物は曇らせてなんぼだな、と。
フリートホーフの息が掛かったエリセン領主から訴訟をされた翌日。セバスは街を歩いていた。とはいえ、何か目的があったわけではない。身体を動かせば、今の状況を打破できる名案が浮かぶのではないかという、謂わば現実逃避だった。
(あの人間達などその気になれば、殺す事くらい容易いです。しかし……)
しかし、である。それを実行に移せば、このフューレンで築き上げた“チャン・クラルス"商会の立場が即座に崩壊するだろう。そしてそれは、アインズより命じられた諜報活動や魔導国の資金調達が不可能になる事を意味していた。
もはや事態はセバスの裁量でどうにか出来る範囲を超えており、一刻も早くアインズに指示を仰がなければならないのだが、セバスは未だにアインズや魔導国へ連絡を入れていなかった。
至高の御方より託された任務を果たせず、無能な自分が叱責されるのは良い。仮に自害を命じられたとしても仕方なしと納得はできる。だが、自分が罰せられるとなると同じく任務を受けていたティオはどうなるのか? 彼女は竜人族を代表して来ており、ここでセバスと共に罰せられれば竜人族そのものがアインズの庇護を受けられなくなるかもしれない。それこそティオはずっとアインズへの報告を進言していたのに、それを独断で行わなかったのは自分だ。罰を受けるならば、自分だけになる様に立ち回らなくてはならない。
そして保護しているレミアについても考えなくてはならない。エリセンの領主がフリートホーフと繋がっていると分かった以上、レミアをエリセンに帰す線は消えた。すぐにでも安全な場所―――セバスが思いつく場所など限られているが―――へ連れて行かなければならないが、それもエリセンの領主達が去り際にレミアの子供の居場所を知っていると仄めかした事で難しくしていた。出来るならば親子共々助けてやりたい。そんな場合ではないと頭の片隅で理解しつつも、レミアにどうやって言い訳をして先に避難して貰うかとセバスは悩んでいたのだ。
(もう時間はありません。どうにか上手い手立てを考えなくては………。ただ、その前に―――)
雁字搦めの思考に陥っていたセバスだが、背後から感じる気配に意識を向けた。館を出た辺りからずっとセバスの後をつけているのだ。足音や気配の消し方は一般人のそれではなく、手練れの“暗殺者”の様に先程からこちらへ殺気を向けていた。
人外のセバスならば尾行者を振り切るのは容易いものの、相手もそれなりの準備をして狙いに来たのだろう。ここで撒いてもティオやレミア達がいる館に強襲を掛けられると面倒だと判断してセバスは敢えてゆっくりと歩を進めた。
大通りから外れ、薄暗い路地へ。一般人が巻き添えにならない様にセバスは人気の無い路地裏へと入っていった。やがて辺りに通行人が全く無くなった事を確認して足を止めて、背後を振り返った。
「………ここならば構わないでしょう。そろそろ出て来てはいかがですか?」
辺りに誰もいないのに急にこんな事を言い出す者がいれば奇異に映るだろう。しかし、セバスは確信している様な口調で堂々と言い放った。その立ち姿は姿無き暗殺者の影に怯える様子は微塵も無く、通りの角から人影が観念したかの様に姿を現した。
「コースケくん?」
「そ……その、どうも………」
姿を現した浩介をセバスは意外そうな表情で見た。浩介は何処かぎこちない笑顔を浮かべながら、セバスへ歩み寄った。
「こんな所でどうされたのですか? 昨日、出勤して来なかったと聞いてティオも心配していましたよ」
「ええと……昨日はすいませんでした。その……ちょっと行けなくなった事情があって………」
こちらを案じる様なセバスの誠実な態度に対して、浩介はどうにか動揺を悟られまいとぎこちない愛想笑いをする。彼の懐には冒険者活動をしていた時に使っていた短剣が入っていた。
「そうですか。コースケくんは街の郊外に住んでいるんでしたね。急な用事があっても、こちらに連絡するのは難しかったでしょう。ふむ、今度からその様な場合の対策を考えなくては」
浩介の無断欠勤を咎めるのではなく、職場のシステムに問題があったかと考えるセバスに浩介の良心が痛む。これ程に優しくしてくれる上司など、地球でも中々お目にかかれないだろう。
(でも……それでもやらないと、ノイントさんが……!)
人質にとられてしまったノイントの事を思い浮かべ、浩介は悲壮な覚悟でセバスへの恩義を忘れようとした。こうして近くまで寄ったというのに、セバスはこちらを警戒している様子はまるで無い。泣き出したい気持ちを表情に出さない様にしながら、セバスの隙を伺いながら懐の短剣に手を伸ばし―――。
「あ、そうそう。思い出しましたが、贈り物は上手くいきましたか?」
「え!? あ、その………」
唐突に掛けられた言葉に浩介は飛び上がりそうになった。そんな浩介の内心を知ってか知らずか、セバスはいつもと変わらない様子で話し掛けてきた。
「結局、ティオに選んで貰った様なものですが……あの件は申し訳ありませんでした。恥ずかしながら、私はそういった知識に疎いものでして」
「そ、そうだったんですか。意外ですね」
浩介は上の空で答えながら、懐の短剣に触れようとする。だが、慌てる余りに別の物を握りしめていた。
「あ………」
それは昨日から懐に入れたままにしていたノイントへのプレゼントだった。呆れた顔のティオに指導して貰いながら、セバスと共に散々に悩みながら選んだ櫛。まるでセバスを殺そうとする事を咎めるかの様に、浩介の指に櫛の感触が伝わってきた。
「私とティオの出会いは謂わばお見合いでした。そこに不満などありませんが……やはり、君の様な若者の恋は実って欲しいと願っておりますよ」
暖かくそう言われて、浩介は胸を撃ち抜かれた様な衝撃が奔った。同時に浩介の中で“チャン・クラルス商会”で働いた日々―――異世界に来てから、浩介の中で一番平穏だった日々の記憶が思い起こされる。
「どうして………」
気が付けば、浩介は声を震わせながら絞り出していた。
「どうして………セバスさんは、見ず知らずだった俺にそこまで優しいんですか?」
そう問われてセバスは少しだけ考え込む素振りをする。
浩介が未知のスキルを持っているから? 確かにそれもある。
だが、それ以上に。セバスの中にある思い―――創造主より与えられた誇りある在り方。彼自身の行動を方向付ける物を口にするならば。
「困っている方がいれば、助けるのは当たり前。そう在りたいと私は思っています」
純粋に―――本当に純粋な少年の様にセバスはそれを口にしていた。その純粋さは、あるいは自我を持って間もないNPCだからこそかもしれない。しかし、それは浩介の胸を打つには十分だった。
浩介の中でセバス達と過ごした“チャン・クラルス商会”の日々が巡る。同時にノイント達と過ごした修道院の日々も巡る。温かった事、嬉しかった事、ありがたかった事、そして生まれて初めて異性を好きになった事———。
浩介は懐から短剣を取り出した。それに対してセバスは驚く事もなく浩介を見つめていた。
震える手で浩介は短剣を構えようとして———ガラン、と地面に落とした。
「出来ねえ……出来ねえよ……!」
地面に膝を突きながら、浩介は泣きながら吐露した。
「こんな事、出来るわけねえだろ! セバスさんは恩人なのにっ………殺せとかやれるわけないだろ!!」
「……理由を聞かせて頂けますか?」
「フリートホーフの奴等が脅してきたんだっ! セバスさんを殺せって! 言う事を聞かないならノイントさんが……でもっ………!」
まるで血を吐く様に浩介は吐き出した。
「セバスさんを殺すなんて出来ねえよ! 冒険者組合からも干された俺に仕事をくれた恩人なんだぞ! “暗殺者”の天職だから出来るだろうって!? ふざけんなよ!! こっちはついこの間までただの学生だったんだよ!! なのにっ……何で俺ばかりこんな目に遭うんだよっ!!」
堰が切れた様に浩介は今まで自分が受けた仕打ちに対して不満をぶち撒けていた。泣き喚き、拳を地面に叩きつける姿は側から見れば子供の様に見えるだろう。しかし、セバスの事とノイントの事で板挟みになっていた浩介はもはやそれしか出来なかった。そうして地面に伏せて泣く浩介にセバスは声を掛けた。
「君は脅されていただけなのですね。それで私の後をつけていたのですか」
「うぅっ……はい。街でセバスさんを偶然見つけて、それでどうしたら良いか分からなくて、それで………」
なるほど、と泣きじゃくる浩介を前にしてセバスは頷いた。
「つまり———先程から殺気を向けているのは貴方のお友達ではないというわけですね」
え? と浩介が顔を上げ———次の瞬間、ヒュンと風切り音がした。咄嗟に浩介が振り向くと、顔に目掛けて何かが飛来して迫って来ていた。
「え……うわぁ!?」
一瞬だけ虚を取られていた浩介だが、彼が天職を得てから上がった直感がすぐに働いた。首を最小限の動きだけで動かし、飛来した物を躱した。標的を失い、建物の壁に黒塗りの矢が突き刺さる。
ほんの数センチの誤差で助かった浩介が目を白黒させていると、彼等がいる路地裏に新たな人影が現れた。
それは三人の男達だった。フードを被った上に布を口元に巻いて顔を隠し、厚手の手袋をした手には黒塗りのダガーを握っており、彼等の中の一人はボウガンを持っていた。先程の矢はそのボウガンで撃たれた物だったのだろう。
「な、なんだよこいつら!?」
「
そう言われて浩介は咄嗟に首を横に振った。セバスの暗殺はバラダックから直接依頼された事で、他の人間も関わるなど浩介には知らされてなどいなかった。
「どうやら目的は私の命の様ですが……解せませんね、それならば何故コースケくんも狙ったのでしょうか?」
明らかに堅気には見えない男達を前にしても、セバスは商店で客を相手にしている時と変わらない様な物腰を崩さずに聞いた。しかし、彼等から返って来たのは明らかな殺気だった。その姿は標的は確実に殺す、と雄弁に物語っていた。しかも先の三人に加えて、セバス達を挟み撃ちする様に路地の奥から新たに二人の男が出て来た。
「ふむ、袋の鼠といった所ですかな……コースケくん」
絶体絶命の状況を他人事の様に分析したセバスは、地面にへたり込んだままの浩介に声を掛けた。
「立てますか?」
「え? は、はい!」
「何の目的で君まで襲ったのか、彼等に聞かなくてはなりません。とはいえ、相手は五人。一人でも逃げられると面倒な事になるので、後ろの二人をお願い出来ますか?」
そう言って、セバスは最初に現れた三人と対峙する。必然的に路地の奥から来た二人に背を向ける形となり―――同時に浩介へ無防備な背中を晒していた。それを浩介は信じられない様な面持ちで見つめた。
「どうして……俺、さっきまでセバスさんを殺そうとして……」
「街中で私をつけていた時も、君からは全く殺意を感じられませんでしたから。それに店での勤務態度から君が信用に足る人物だと私は知っています」
サラリと一般人が真似できない様な事を言った気がしたが、セバスの言葉に胸を打たれた浩介はそれどころではなかった。未だに地面にへたり込んだままの自分を見て、セバスは少しだけ微笑んだ。
「お願いしますよ、コースケくん」
それはいつも通りの、まるで店で品出しを頼む時の様にいつも通りの態度だった。やる気が無かったとはいえ、命を狙いに来た浩介に対してセバスはこれまでと変わらずに接していたのだ。
セバスが背を向けている男達二人が動く。彼等はセバスの背中を目掛けて、二人は投げナイフを投擲した。それに対してセバスは特に警戒していないかの様に振り向かず———。
キィン、キィン!
硬質な音が立て続けざまに二回響いた。
「我が恩人に下賎な刃を向けるな……!」
地面に落としていた短剣を拾い上げ、男達の投げナイフを防いだ浩介がセバスの背を守る様に立ち塞がる。男達は思わず目を見張った。先程まで泣き喚いていた少年の雰囲気がガラリと変わり、今や歴戦の暗殺者である男達でも油断ならないと判断する程に身のこなしまで変わっていたのだ。
「もはや我に迷い無し……貴様等が薄汚い手段で害なすなら、我はセバス殿の為に断罪の刃を振るおう!」
意識の変革———深淵卿モードを発動させ、浩介は男達に斬り掛かった。動きや気配が劇的に変わった浩介を見て、残りの三人も予想外の事態にフードの下の表情が焦り出した。彼等は“商店の老店主"を手早く殺して仲間の援護に向かおうとダガーを握り直し———。
「———さて」
次の瞬間、男達の背筋に寒気が走った。標的であるセバスは男達に向かって一歩歩み寄っただけだ。
「安心して下さい。殺しはしません———ですが、私はいま非常に不愉快な気持ちになっています」
それなのに———何故かそれが、彼等には巨大なドラゴンが自分達を睨んだ様に感じていた。
かちかちかち……。
今まで何人もの人間を殺してきた彼等だが、“商店の老店主"を相手に全員が震えが止まらないかの様に歯を鳴らしていた。
「力加減を誤るかもしれませんが……その時は諦めて下さい」
……この作品の主人公って、誰でしたっけ?(自虐ネタ)