ありふれてないオーバーロードで世界征服   作:sahala

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 風邪引きました……。本当に今年はあれこれと病気にかかるなあ。


第百五十一話「突入開始」

「こっちです、セバスさん」

 

 浩介はセバスと共に闇ギルドの前に来ていた。以前は浩介も何度も足を運んだ場所であり、あの時のままに一般人なら避けて通る店構えが二人を出迎えた。浩介の話や暗殺者の尋問で事前に建物や地理の事などはセバスも聞けたが、やはり現場を直接見ないと決められない事はいくつかあった。闇ギルドの建物を見ながらセバスは髭を撫でて頷く。

 

「男達の話では警備の為に護衛が数人おり、更に店内には裏口と秘密の地下通路があるそうですね。そうなると一人が正面で注意を引き付け、もう一人が女性の探索をした方が良いでしょう」

「二手に別れるんですか?」

「ええ。安全を考えれば、二人一緒に探索すべきかもしれません。しかし、優先すべきは君の人質の身柄です。早く救出する為にも一人が囮を、もう一人が探索を行った方が効率が良い」

 

 セバスと別々になる事に少しだけ心細さを感じるが、それを押し殺して浩介は頷く。ノイントの救出の為には今は不安など我慢すべき時だ。

 

「先程の戦いぶりを見るに、君は盗賊系の“天職”の持ち主だと思っています。探索はむしろ君の方が適任でしょう。私が囮役を引き受けます」

 

 敵陣に正面から攻撃を仕掛けるという一番危険な役目をセバスが引き受けると言われても、もう浩介は驚かなかった。自分よりも人数の多い暗殺者達を瞬時に倒したのだ。疑い様なく、セバスの方が“神の使徒”だった自分よりも強い。

 

「すいません、俺の事で迷惑を掛けてしまって……」

「迷惑などとんでもない事です。それに君には以前、従業員を助けてくれた恩があります。私の友人がいれば、“恩には恩を”と言うでしょう」

 

 自分の面倒事に巻き込んでしまった事に浩介はすまなそうな顔になるが、セバスは気にしていない様ににっこりと微笑む。

 

「それと出来る限りこちらへ引き付ける為にも、そして君の所へ逃がさない為にも容赦なく殺していきます。君も敵に遭遇したら躊躇わないで下さい」

 

 浩介はほんの少しだけ背筋が寒くなる。それが現時点において最善の方法だとは分かる。しかし、それを昨日まで人柄の良い老店主だと思っていた相手から言われ、セバスが二重人格者の様に思えたのだ。

 寛容で紳士的な老人と、冷徹で容赦のない戦士。相反する筈の性格が極端なレベルで同居している。このままセバスを送り出せば、建物内にいる敵を全て血の海に沈める光景まで浮かび上がりそうだった。

 

(いや、迷うんじゃない……さっき、それでセバスさんに助けられたばかりじゃないか)

 

 ここは法と秩序に守られた現代日本では無いのだ。手を血に染める覚悟をしなければ、誰も守る事が出来ない。地球ではセバスのやり方は非難されるかもしれないが、この世界においては浩介の考え方こそが異端なのだ。その事を自覚して、浩介は固く―――しかし確かに頷いた。

 

「……分かりました。でもバラダックがいたら生かしておいて下さい。ノイントさんの居場所を聞き出すまで、死なれると困りますから」

「ええ、そうですね。彼の人相を教えて頂けますでしょうか?」

 

 バラダックの特徴を伝え、セバスが何度か呟いて覚えた。そして救出作戦が開始された。

 

 ***

 

 バラダックの闇ギルド店内。酒場も兼ねているラウンジで男達が屯していた。彼等は浩介の様に仕方なく闇ギルドに在籍しているのではなく、犯罪行為を重ねて冒険者ギルドから追い出された元・冒険者達だ。根からのゴロツキである彼等は、店から通じる秘密通路の警備の為に呼ばれていた。

 

「遅えな、バラダックさん」

 

 人相の悪い一人の男がなんとなしに呟く。

 

「さっき連絡役が慌ててとんで行ったけどよ、何かあったのか?」

「知らねえよ。気になるなら後を追えばいいだろ」

「冗談だろ? “殺人卿”のハルモニア様と居合わせるなんて御免だ」

「ギルマスもついてねえな。よりによって“六獣”の一人と一緒にいなきゃいけねえなんてよぉ」

 

 軽口を叩きあう彼等だが、言葉とは裏腹に誰もバラダックの様子を見に行こうとはしなかった。彼等からすればフリートホーフ最強の殺し屋集団の一人であるハルモニアの方が恐ろしく、気の毒だとは思うがバラダックが相手をしている為に自分達が彼の近くで待機する羽目にならなくて良かったという思いの方が強かった。

 

「というかよ、相手は商会のジジイとガキ一匹だろ? わざわざ“六獣”の一人が動くほどか?」

「俺に聞くなよ。上の連中の考えてる事なんざ分かるわけねえだろ」

「なあ、ちょっといいか? ハルモニア様は何で法廷弁護士なんて立派な仕事に就いてるのに殺し屋なんてやってるんだ?」

 

 仲間の一人が暇つぶしに聞いてきた事に男達は顔を見合わせる。その中で一人が朧気な記憶を思い出す様に口を開いた。

 

「詳しい話は知らねえが……なんでもハルモニア様は貴族の生まれらしいぜ?  ただよ、“暗殺者”の天職を持って生まれた事で実家と一悶着あったとかなんとか……」

「あん? なんで戦闘系の天職に生まれた事で揉めるんだよ? 色々と優遇されて引く手数多じゃねえか」

「馬鹿、そりゃ冒険者や兵士とかの場合だ。やんごとなき貴族様の家に生まれたのが、よりによって“暗殺者”とか家にとっては恥だろうが」

「ふ〜ん、そういうもんかねえ……」

 

 そう言われても彼にはピンと来ない様だ。トータスでは天職によって仕事が左右されやすく、大した天職ではなかったから希望した職業就けなかった彼からすれば、戦闘系の天職に生まれた事で起こる不都合など思い浮かばない様だ。

 

「まあ、ともかく。家を出て法廷弁護士なんざ立派な職業にハルモニア様はなったが……これはあくまで噂だけどよ。ハルモニア様は平民相手に慈善事業もやってるんだよ。チャリティだとか、そういうやつ。ただな、その中で気に入った少年を見つけると自分の助手にするとか言って家に連れ帰るそうなんだよ」

「連れ帰って……どうするんだよ?」

「その先は知らねえ。ただ、その助手とやらは割と頻繁に変わるし、元・助手だった少年達は誰も帰って来てねえんだよ」

「おいおい……そんなのそいつらの親とか不審に思わないのか?」

「といってもハルモニア様は今でも一応貴族だからな……平民がどんなに声を上げようが、貴族が一言言えば保安署もそれ以上は調べねえよ。それに平民からすりゃ、貴族様から仕事を貰えると聞いて成り上がるチャンスと思うからな。こんな噂があっても気のせいだと自分に言い聞かせて、話を断る奴はほとんどいないんだよ」

「……やべえんじゃねえか、それ」

「だろ? 上からのお達しだか何だか知らねえが、そんなイカれた奴の相手をさせられるバラダックさんも気の毒にな」

 

 話を聞いた男は背筋に冷たい物が奔る。彼等はハルモニアと共にいるだろうバラダックに同情した。もっとも、ある意味で彼等の予感は既に的中していたのだが。

 そして―――すぐに彼等もバラダックと同じ運命を辿る羽目になる。

 

「な……なんだ!?」

 

 突然、大きな音が響いて全員が寝ている所に冷水をかけられた様に弛緩していた空気が霧散した。

 音の出所は店の入口だった。この店の様な非合法な商売をしている建物の当然の備えとして、扉は簡単に叩き壊されない様に中に鉄板が仕込まれた頑丈な造りだ。

 その扉に今、有り得ない事が起きていた。扉と戸枠の間―――そこから白い手袋をつけた手が差し込まれ、扉を変形させていた。貫き手の様に差し込まれた手はそのまま扉を掴み、男達の目の前でメキッ、メキッと音を立てながら扉を引き剝がしていく。あまりの出来事に男達は唖然としながら見守る事しか出来なかった。

 やがて蝶番が壊れ、扉がむしり取られる様に開けられた。そして戸枠しか残っていない戸口には身なりの良いスーツを着た老人―――セバスが立っていた。

 

「失礼。鍵がかかっている様なので強引に開けさせて頂きました」

 

 まるで落とし物を拾って指摘するかの様な紳士的な態度でセバスは言った。薄汚い安酒場という表現がしっくり来る場所に、爵位持ちの貴族でも無ければ着られない様な高級そうなスーツを纏った老人。あまりのミスマッチさに、男達は未だに現実感を取り戻せていなかった。そんな男達をしばらく見渡し、セバスは確認が終わった様に頷いた。

 

「ふむ………貴方達の中にバラダックなる方はいない様ですね」

 

 あ? と男の一人が声を上げようとした瞬間―――男の頭が弾け飛んだ。

 

「………は?」

 

 突然首無し死体となって、断面から鮮血を噴出させる仲間を男達は間の抜けた声を上げながら見つめる。男達はおろか、首無し死体となった彼も最期まで認識できなかっただろう。セバスが男に向かって、高速で拳を振るった事に。文字通りの神速の拳はセバスの服はもちろん、男の頭を打ち抜いた手袋すらも一切汚していなかった。もっとも、至高の御方(自分の創造主)より与えられた衣装をこんな薄汚い男達の血で汚したくないと思ったセバスが細心の注意を払った結果なのだが。

 

「一人いれば十分でしょう。後の方は申し訳ありませんが、死んで頂きます」

「ふ………ふざけ―――」

 

 再び神速の拳。それはボクシングで言うところのジャブに近かった。腰に力を入れず、小刻みに打って相手への牽制とする為の拳。しかし、ナザリックで三本の指に入る白兵戦最強のセバスがやれば必殺の拳となった。

 音にすれば、パパパンッ! という軽快なリズムが正しいか。一人だけ残して残った男達も首から上が吹き飛んでいた。

 

「―――るなっ! ………え?」

 

 抗議の声を上げた男は、周りにいた仲間達の頭が消し飛んでいる事にようやく気付いた。一拍遅れて、司令塔である脳を失った身体がぐらりと揺れて倒れていく。肉が床にぶつかる音が折り重なり、辺りを血の池で染め上げた。

 

「ひ……ひぃぃぃいいっ!?」

 

 あっという間に仲間達を首無し死体に変えた老人に、生き残った男はもはや戦意を挫かれていた。彼がまだ真っ当な冒険者達だった時に味わった感覚―――自分のレベルでは敵わない凶暴なモンスターと遭遇した時の様に、明確な死を間近に感じていた。

 

「貴方にお聞きしたい事があります」

 

 仲間を血溜まりに変えながらも、自分には一切の返り血を浴びてないままに執事服を着た死神が聞いてきた。

 

「バラダックという男はどちらにいらっしゃるのでしょうか?」

「あ………あっちだ! 向こうの部屋に隠し地下室への階段がある! バ、バラダックはそこに行った!」

「そうですか。では―――行きなさい」

 

 ガタガタと震えながら居場所を吐いた男を見て、セバスが男にではなく背後にいる人物に頷く。男は自分の差し迫った死の気配に怯えてそれどころではなかったが、何やら影の薄い人影が隠し地下室へ走っていく様に感じた。

 

「もう一つ。地下にいる貴方の仲間達をこちらまで御呼びする方法はありますか?」

「あ、あるっ! 呼びますっ! すぐに呼びますからっ!」

 

 男は足をもつれさせながら、カウンターの後ろにある秘密の伝声管に慌てて駆け寄った。この伝声管は地下の秘密通路に繋がっており、保安署の手入れなどがあった場合はここから地下の仲間達に連絡して危険を知らせる手筈になっていた。

 

「し、侵入者だ! ジジイ……いや、爺さんが一人、カチコミに来やがった! 上の仲間はみんな殺された! た、頼む! 誰か……誰か来てくれっ!!」

 

 相手との対話など全く考えてない支離滅裂な早口に、伝声管の向こうで確認を求める怒鳴り声が鳴り響く。異変を察知して地下で待機している仲間が直にこちらへ来るだろう。だが、その事実は男には何の救いにもならなかった。男の救いはただ一つ、目の前の執事服の死神が気まぐれで自分を見逃してくれる可能性だけだった。

 

「い、言われた通りにしたぞ! だ、だから……なあ、もういいよな?」

「ええ、ありがとうございます―――では、あなたの役目も終わりましたね」

 

 セバスが微笑みを浮かべる。だが、その目に好意的な感情は全くない。そして、不幸な事にそれを読み取れない程に男は愚かではなかった。

 

「………じょ、冗談ですよね?」

「そう思われるのは勝手ですが、私が取るべき行動は変わりませんよ?」

「だって、言われた通りにやったじゃないか! なあ、頼むよ! 何でもするから助けてくれ!」

「駄目です。それにこの様な結末も、あなたがこんな仕事に加担した時から覚悟して然るべきだったのでは?」

「……あ、ああっ………!」

 

 セバスに言われ、男は走馬灯の様に自分の人生を振り返った。

 幼い頃の夢だった騎士を目指し、故郷の村を飛び出した日の事。

 天職もステータスも目を引く物がなく、騎士団への入隊を拒まれた日の事。

 上京したのにタダでは帰れないと意地になって、冒険者になった日の事。

 冒険者になってもやはり大成せず、大金に目がくらんでに悪事に手を染めだした日の事―――。

 

「かみ……さま……」

 

 もはや死を逃れられぬと悟った男は、最後の縁である様に人間族の唯一神に救いを求めた。

 生まれた時から運に恵まれず、ただひたすらに転落していくだけの自分の人生に最後の救いを求める様に。

 

「エヒトさま……たすけてください……」

 

 だが、それを見たセバスの目が僅かに細まる。

 浩介の様な純朴な少年に無理やり悪事をやらせた上に、彼の恋人を人質にした事に加担していた者が神に縋る。そんな権利があるわけがない。

 何より―――セバスにとっての神とは至高の四十一人だけが名乗る事を許される存在だ。男の行為は、自分の主達を軽んじている様に感じてしまうのだ。

 

「自業自得です。赦しはあなたの神とやらに請いなさい」

 

 斯くて―――断罪の刃の様に、セバスの回し蹴りは男の首を刈り取った。

 

 ***

 

「上の建物に侵入者がいるらしいぞ!」

「相手はジジイ一人だと!? 情報が錯綜しているぞ!」

「くそ、とにかく確認に急げ!」

 

 男達がバタバタと地上に繋がる通路を走っていく。やがて足音が消えた後、それまで気配を消していた浩介が男達が出て来た地下通路へと入っていった。

 

(セバスさんが上手くやってくれたんだ。だから俺もノイントさんを絶対に救うんだ)

 

 決意を新たにして、浩介はフリートホーフの秘密経路である下水道網に進んだ。

 この下水道網は元々はフューレンが発展していく中で作られた物だ。商業の中心地として街の人口が増えるに連れて、必要に応じて増設されたのだが、その中で今では使われなかった古い下水道をフリートホーフは自分達の秘密通路として使っていた。その為にかなり入り組んだ形となっている上に、杜撰な都市開発計画の名残で増築した為か下水道内もかなり広いのだ。まさにフューレンの地下に張り巡らされた迷路というべき場所なのだが―――。

 

(分かる……何だろう。ノイントさんの気配というか、残滓というか……とにかくノイントさんはここを通って行ったんだ)

 

 それは僅かに残された痕跡か、あるいは魔力の残り香とでも言うべきものか。浩介が目を凝らすと、そういった物が目に浮かび上がる様な感覚がしてくるのだ。それを頼りにして、浩介は迷路の様に複雑な下水道網を迷いなく進めていた。

 それは一種の共感覚と表現すべき現象だった。浩介が“暗殺者”の天職によって別人格を作り上げるまでに刺激を受けた脳神経。それは鋭敏化され、浩介の脳に変化を齎していた。

 微細な温度の変化に色を感じたり、人間には探知不可能な筈の電磁波を視覚イメージとして捉える。そういった事を浩介の脳は行っていたのだ。

 先ほどの戦いで深淵卿(別人格)を受け入れ、文字通りの意味で一皮むけた浩介の脳は活性化され、今や新たな能力(スキル)を獲得するまでに至っていた。

 

(ふっ、さすがは深淵卿()………惚れた女の気配ならば、たとえ僅かな残滓だろうと感知してみせる! ……それはそれで変態じみてねえか?)

 

 もっとも、浩介は自分の新たなスキルについてはっきりと自覚していない。ノイントが通った後の気配を何となく感じ取って追っている自分が、傍から見たらストーカーみたいじゃないか? という考えで気落ちしそうになるが、セバスが稼いでくれた時間を無駄にしない為に先を急ごうとした。

 

 そして―――鋭敏化した今の感覚だからこそ、気が付けた。

 自分の頭上。人間にとって死角となる場所から、突然降って湧いた様に自分に殺気が向かっている事に。

 

「っ!?」

 

 キィンッ! と金属的な音が鳴り響く。首筋に寒気を感じた浩介が反射的に短剣を振るい、自分の頸動脈を狙っていたジャマダハル(握り短剣)を防いだ。

 

「おや、残念。一息で仕留めて差し上げようと思いましたのに」

 

 言葉とは裏腹に然程落胆した様子もなく、ハルモニアは防がれたジャマダハルを引いてバックステップで浩介から少し距離を取った。まさに軽業師の様な身のこなしは、法廷弁護士という肩書きが不似合いな物だった。

 

「バラダックの飼い犬達が失敗したからこちらに来るだろうとは思っていましたが、望んでいた少年の方に当たるとは私も運が良い」

「………そこをどけ! 俺が用があるのはノイントさんだけだ!」

 

 ちょうどノイントへの道筋を遮る形で立ち塞がったハルモニアを見ながら、浩介は低い声を出す。咄嗟に気付けたものの、後少しでも遅れていれば自分の命が絶たれていた。その事実に恐怖する気持ちはあるものの、ノイントを救出したい気持ちの方が勝った。彼は短剣を油断なく構えながら、ハルモニアと対峙する。

 

「俺はあんたには用がない。だから、そこをどけっ!」

「人質にされた女性の為に、ですか。美しいですねえ、若者の恋心は時に無謀な事にも身を投じられる。でもね、それは叶わないのですよ。バラダックの後始末の為にも君には死んで貰わなくてはなりませんから」

「………ならば。我が深淵の刃に斃れるがいいっ!」

 

 浩介の脳が再び“暗殺者”としての自分(深淵卿モード)に切り替わる。活性化した脳細胞は意識のリミッターを解除させ、最短最速の動きでハルモニアとの距離を詰めた。

 狙うは鳩尾。

 人体の急所であり、打たれれば悶絶する箇所へ拳を突き立てるつもりだ。

 浩介を迎え撃つ為にハルモニアも右手に持ったジャマダハルを振るう。しかし、深淵卿モードで活性化した浩介の脳にはジャマダハルの刃の軌道も見えていた。短剣でジャマダハルを防ぎ、ガラ空きとなった鳩尾へ浩介は短剣を持っていないもう片方の手を伸ばした。

 

 瞬間―――伸ばした手に、ゾワッと怖気が走った。

 

「っ!?」

「おや、残念。手首を斬り落とせると思いましたのに」

 

 浩介が咄嗟に腕を引っ込めると同時に手首に痛みが走った。ハルモニアの()()。それまでスーツの袖の内側に隠し持っていたもう一本のジャマダハルが浩介の手の甲を斬り裂いたのだ。

 

「確かバラダックの情報によると、君は“暗殺者”の天職でしたか。だとしたら同じ天職も持つ者同士で分かるでしょう? 私もね、人を殺す時になると脳が熱くなって()()()()()()()()()()()()()()()

 

 刃に付いた浩介の血をハルモニアはベロリと舐め上げた。糸の様に細かった目は見開かれ、猟奇的な光を宿した瞳に法廷弁護士の姿などなかった。

 ニィッ、とハルモニアは口を三日月の様に歪めて笑う。

 

「―――我は“殺人卿”。その血を我が刃に濡らし、朽ち果てるがいい」

 

 まるでそれは、深淵卿モードを発動させた浩介の様に人格が切り替わっていた。

 




>殺人卿

 最初は考えがあって名付けたわけでは無いんですがね。浩介VS“六獣”の構図を考え、ハルモニアに殺人卿の異名を付けた時に「あ、これは深淵卿VS
殺人卿という形に出来るじゃん」と思い付いて採用しました。因みにですがハルモニアがやっていた悪事は、殺人ピエロの元ネタとなったとある連続殺人犯の手口を真似ました。
 そんなわけで浩介の相手は同じ“暗殺者”、しかも自分の様に人格変化でステータスが上がるタイプです。“殺人”の経験が豊富な分、ある意味で上位互換な相手との戦闘です。

 厨二病異種格闘技大会とは言わない様に。
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