ありふれてないオーバーロードで世界征服   作:sahala

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第百五十二話「深淵郷VS殺人卿①」

 キィン、キィン! と断続的な金属音が鳴り響く。 

 下水道内で二つの人影が何度も交差し、手にした刃物から刃がぶつかり合う音を合唱させていた。

 

「くっ……我が深淵の刃についてくるとは!」

「くくく……」

 

 浩介は額に汗を浮かべながら短剣を必死で振るう。それに対してハルモニアは余裕すら感じる笑みで、二刀流のジャマダハルを振るう。

 

「君は“暗殺者”にしては太刀筋が真っ当過ぎますねえ………そらっ!」

 

 ハルモニアがジャマダハルを突いてくる。刃から漲る殺気。深淵卿モードになって活性化した浩介の超感覚は、狙いが自分の心臓だと看破した。まっすぐに突き伸ばされるジャマダハルの軌道に合わせて、短剣を振るった。浩介の心臓を狙っていたジャマダハルは―――予想以上に軽い衝撃であっさりと狙いが逸れ、逆に弾こうとして振るった浩介の短剣の力が流されてしまった。

 

「なっ!? く、ぅっ!」

 

 浩介は身を捻る。ハルモニアはもう片方のジャマダハル、すなわち本命の斬撃を無防備な脇腹へ繰り出していた。致命傷は避けられたものの、掠った脇腹から鮮血がにじむ。

 

「ああ、残念。臓腑(はらわた)を斬れると思ったのに」

 

 言葉とは裏腹に、愉しそうにハルモニアは笑った。浩介は傷の痛みに耐えながら再び距離を取る。

 突発的に始まった戦闘は浩介が劣勢となっていた。単純なステータスならば、元・“神の使徒”である浩介の方が勝ってはいる。しかし、王宮から追放されてからはほぼ日雇い仕事で生活をしていた浩介のステータスは遠征で魔物退治をしていた光輝達の様に急激な上昇はしていない。身体能力だけでハルモニアを圧倒できる程では無かった。

 加えて持っている武器の差も大きい。浩介が短剣一つに対して、ハルモニアは二刀流のジャマダハル。先程の様に片方の刃で浩介の短剣を引きつけ、もう片方の刃で斬り裂きに来るといった二刀流の利を生かしていた。

 

(くっ………ここでこいつと戦う必要なんてないんだ! 今は―――愛する者の為に駆け抜けるのみ!)

 

 戦闘の不利を悟った浩介は深淵卿モードを発動させ、戦闘離脱を試みる。活性化した脳は身体のリミッターを外し、静止状態から一気にトップギアまで加速させた。一般人から見れば、瞬時に浩介が消えた様に見えただろう。だが、浩介はその速度でハルモニアには向かわず、下水道の壁へと向かっていた。

 “暗殺者"のスキル:〝影舞〟。

 その場に止まる事こそ出来ないが、壁を地面の様に走れるスキルだ。浩介は下水道の壁を忍者の様に走り、ハルモニアの後方へと走り去ろうとした。加速した視界の中で、周囲の景色が後ろへ流れていく。

 

「壁走りですか………結構楽しいですよね、これ」

 

 加速した景色の中。後ろから唐突に声がかけられる。同時に悪寒を感じて、浩介は咄嗟に声がした方向へ短剣を振り抜いた。

 

「ぐ、ぅ!?」

 

 金属音。そして肩に鋭い痛み。

 ハルモニアが同じ様に壁を走って浩介に追いつき、再び二刀の刃を振るったのだ。一刀は防いだものの、もう一刀が浩介の肩口に切り傷をつくる。

 

「ああ、楽しい………“暗殺者”に生まれて良かった、と思いませんか?」

 

 失速して地面に落ちた浩介へ、ハルモニアが親しげに語りかける。それは実力差を確信して余裕の態度を見せている様でもあり、熟練の選手が初心者へアドバイスを行おうとしている様にも見えた。

 

「くそ!」

 

 相手は自分よりも強い。それを確信しながらも、浩介は再び短剣を構える。それを見たハルモニアは、余裕の笑みを浮かべながら二刀の刃を振るった。

 

「私はこれでも貴族の家に生まれましてねえ」

 

 短剣と二刀の刃が連続的にぶつかり合う。その剣戟の中でハルモニアは笑顔を浮かべながら話し出した。

 

「しかし、私が“暗殺者”の天職を持って生まれた事を父は喜んでくれませんでした。貴族の家、況してや代々が法廷に携わる仕事をしている一族の跡取りに生まれたのが“暗殺者"というのは外聞が悪くなりますからねえ。外見だけでも立派な貴族になる様に、幼い頃は厳しい教育を受けましたよ」

 

 刃がぶつかり合う度、相手の二刀流を捌き切れない浩介は擦り傷程度だが傷を負っていく。ハルモニアは話を優先させたいのか、相手を甚振る様に刃を振るっていた。

 

「きっと貴族としての心構えを叩き込めば、“暗殺者”の技能(スキル)は芽が出ないとでも思っていたんでしょうね。毎日の様に鞭を振るわれた時もありましったけ………そんなある日、鞭を振るう父を見てふと思ったのです。私なら―――()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ハルモニアが口角を上げる。それは人間、況してや貴族なんて人種が到底しない様な喜悦と狂気を孕んだ笑みだった。

 

「最初に試したのは奉公に来ていた使用人の少年です。毎日の様に父に折檻されていた私に同情的でしてねえ、一人っ子の私にとって兄みたいなものでしたよ。だからこそ………誰も来ない地下室に誘き寄せるのは簡単でした。そこで父の様に鞭を振るい、()()()()()()()()()()、と試したのです。結論を言うと私は父より上手に彼を痛めつける事が出来ました。まあ、上手くやり過ぎて彼は死んでしまいましたがねえ」

 

 ただね、とハルモニアは刃を振るいながら言葉を切る。

 

「その時に、私の中でもう一人の私が現れたのですよ。彼は私にこう言ってくれました。“お前は暗殺者として生まれた。だからこそ、持てる技能を存分に使う権利がある”、と」

「う、くっ!」

 

 二刀の刃を浩介は必死で捌く。その中でハルモニアは段々と興奮しながら自らの回想を語っていた。

 

「そうして私は()と共に多くの技能を目覚めさせていきました。使用人に、領民に、母親に、そして父親に! 誰もが皆、良い実験台になってくれましたよ! 殴殺、刺殺、絞殺、毒殺、焼殺………色々な殺し方を試す内に私は()と真理に辿り着いたのです!」

 

 ギィンッ! と一際強く火花が飛ぶ。浩介は傷だらけの身体の痛みに耐えながら、ハルモニアを見た。

 見開いた目を爛々と輝かせ、三日月の様に吊り上がった口元。

 まるでピエロの様だ。浩介は咄嗟にそう思ってしまった。そしてハルモニア―――殺人卿は、満面の笑みで宣言した。

 

「“我、殺す故に我在り”! それが“暗殺者”に生まれた()の生きる意味! この世に生まれ落ちた理由! 殺人卿たる()存在証明(レゾンデートル)!」

 

 だから、とハルモニア(殺人卿)は狂気の笑みを浩介に向けた。

 

「もっと楽しませて下さいよ。同じ“暗殺者”を殺すのは、()も初めてなのですから」

「我とお前を……一緒にするなぁっ!!」

 

 浩介は深淵郷モードを再び発動させ、ハルモニアへと斬り込んだ。

 違う。自分はこんな奴なんかと違う。

 “暗殺者”の天職を持ち、別人格が宿っていても殺人を愉しむ嗜好など持ち合わせていない。

 そんな思いを込めて、浩介はハルモニアへ短剣を振るっていた。しかし―――。

 

「ほらっ! だから太刀筋が単純過ぎますって!」

「くっ、この………!」

 

 ハルモニアが再び浩介の急所に目掛けて振るった刃を短刀で防ぎ、その隙にもう片方の刃が襲いかかって浩介の身体を斬り裂きにくる。先程と同じ手段でありながら、浩介は容易く引っ掛かってしまった。

 これは何も浩介の学習能力が低いわけではない。

 “暗殺者”のスキル:幻踏。

 気配を残したり、自分に残像を重ねて姿をぶれさせるというスキルであり、ハルモニアはこれを使いこなしていた。

 強く殺気を込めた片方の刃を急所に目掛けて振るう事で相手は否が応でも反応せざるを得ず、その隙に気配を消した本命のもう片方の刃で斬り裂く。それこそがハルモニアの“暗殺者”としての戦法だったのだ。

 

(落ち着け! いちいち殺気に反応していたら、相手の思う壺だ!)

 

 ハルモニアの戦法に翻弄されながらも、浩介は状況を立て直す為に必死で思考する。

 

(相手は殺気で俺に過剰反応させているんだ! 気配に惑わされるな!)

 

 浩介もまた“暗殺者”の天職を持った者。それ故に徐々にハルモニアの戦法を見抜く事が出来た。

 

(ああ、そうだ。こんなイカレ野郎なんかには負けない。俺は………我はこの男を倒してノイントさんを救う!)

 

 逃走の選択肢を捨て、戦闘へ全意識を傾ける。そうして意識を集中させた途端、浩介に変化が生じた。

 

「む?」

 

 二刀の刃を振るっていたハルモニアが怪訝そうな声を上げる。それまで殺気を操ったフェイントに浩介は翻弄されていた。しかし、そのフェイントに浩介は引っ掛からなくなってきた。

 

「ふむ……これは……」

 

 試しに再び殺気を交えたフェイントを放ってみる。狙うは頭。人体の急所の一つであり、脳という大事な器官がある以上、普通の人間なら頭への攻撃はどうしても庇いたくなる。そうして頭への防御に集中させ、その隙にもう片方の刃で無防備な胴体を狙い打つつもりだった。

 

 ギィンッ! ギィインッ!

 

 二連撃の金属音が鳴る。浩介はフェイントの刃を最小限の力で弾き、本命である胴体への斬撃を返す刃で弾いたのだ。

 

「おや、見抜かれましたか。それに先程までの怯えのオーラが消えましたね」

「ふぅ、ふっ!」

 

 短い吐息と共に浩介は短剣を振るう。フェイントの刃は最小限の力で、本命の刃は力を込めて。一本しかない武器の数の差をスピードで補っていた。

 

(見える……あいつの殺気の質が、武器に込められている意図が!)

 

 浩介がノイントの痕跡を辿れる程に発達した超感覚。それが今、戦闘においても発揮されていた。

 意識を集中させた浩介の目は、一般人では捉えられない電磁波(殺気)を映し出していたのだ。その電磁波にも色が付いている様に浩介は感じており、その色の違いでフェイントの攻撃なのか、本命の攻撃なのか見抜いていた。

 

「はは、楽しい! 良いです! やはりいつもの獲物とは違う! 貴方と戦っていると()も研ぎ澄まされていくのを感じますよ!」

「ハアアアァッ!」

 

 最高のゲームに興じている様なハルモニアに対して、浩介は脳を沸騰させながら気炎を上げていた。

 交じり合う三本の刃。一本の短剣と二対の刃による合唱が鳴り響き、下水道内に火花を散らす。

 初めは互角に見えた二人の剣戟だが、形勢は徐々に浩介に傾いてきた。

 先程までフェイントで不意を打てたからこそ有利に進められたハルモニアだったが、そのフェイントが通じなくなった今、単純な力やスピードの勝負―――すなわちステータスの差が出始めたのだ。単純なステータス差ならば、“神の使徒”だった浩介の方に分があった。

 そして―――とうとう拮抗が崩れる時がきた。

 

「むぅ!?」

「ここだ―――!」

 

 浩介の短剣がハルモニアの二対の刃の速度を上回る。浩介は短剣を振り、ハルモニアの胴を袈裟斬りに斬り裂いた。

 

「カハッ!!」

 

 仕立ての良いスーツから鮮血が吹き上げ、ハルモニアが呻き声を上げる。

 ドウッ、と床に倒れて動かなくなった男を見て浩介は荒い息を弾ませた。

 

「ハァ、ハァ………やった、のか?」

 

 思わず言った独り言に、死亡フラグだろそれと内心でツッコミながらハルモニアを見る。

 彼は両手や両足をダランと投げ出したまま、地面からピクリとも動かなかった

 だが、浩介の目には彼がまだ弱々しいながらも電磁波を放っている事を捉えていた。すなわち死んではいないのだ。

 

「………っ」

 

 血溜まりを作りながら下水道の床に倒れているハルモニアから思わず目を逸らしてしまう。下水道の独特の臭気が強くて血の臭いまでして来ないのが幸いだった。

 こういう事がこの世界(トータス)では当たり前だという事は理解している。セバスからももしもの時は躊躇うなと言われたし、そのセバスも自分に道を切り開く為に悪漢達を殺していた所も見ていた。

 だが、平和な日本で生まれ育った浩介にとって無我夢中とはいえ、初めて人を殺す気で刃を振るったという事実は気分を悪くさせるには十分だった。

 

「………行こう。今はノイントさんの救出を優先させないと」

 

 浩介は倒れたまま動かないハルモニアから視線を切り、先へ歩こうとした。

 自分はこの男の様に殺人鬼では無いのだ。トドメを刺して息の根を止めたいとは思わなかった。

 

 

 

「――――――やはり、君は“暗殺者”として真っ当過ぎますねえ」

 

 

 

 唐突に、浩介の腹を熱い感触が貫いた。

 糸が切れた様に身体の力が抜け、気が付いたら床に倒れていた。

 何が起きたか理解できない。腹部は焼き鏝でも入れられた様に熱く、息が荒く吐き出される。

 痛みのあまりに明滅する視界の中。必死に見上げると、そこに無傷のハルモニアがいた。

 

「“暗殺者”のスキルにはね、分身を作れる物もあるんですよ。勉強になりましたか?」

 

 彼はとうとう仕留められた獲物に、殺人の悦びを噛み締めた顔で語りかけていた。




>殺人卿

 幼少期の半ば虐待だった教育を経て生み出されたハルモニアの“暗殺者”の人格。
 因みに彼が起こした殺人は世間的には事故ないし行方不明事件となっており、今まで彼の犯行だとバレた事は一度も無い。親を殺した後、法廷弁護士となったのは社会的ステータスがあった方が自分が殺人をしているとは周りから思われないという打算のため。やがてフリートホーフと接触し、彼等に協力する代わりに好きなだけ人を殺せる地位も手に入れた。
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