マイペースにぽちぽちやっていきます。
フューレンのとある屋敷の一室。
名目上はとある富豪の別荘となっているが、実際はフリートホーフのアジトとなっている場所に怪しげな一団の姿があった。
それぞれが武装しているが、兵士らしい雰囲気など皆無だ。敢えて近い物をあげるなら冒険者だろうか。しかし、闇に溶け込む様な佇まいは彼等が真っ当な職業でない事を思わせるには十分だった。その内の一人が筋骨隆々とした男へ声を掛けた。
「ボス、保安署に潜り込ませたネズミからのタレコミだ。どうやら冒険者ギルドと手を組んで、ウチの組織を襲撃する予定みたいだぜ?」
ほう? とボスと呼ばれた男———デイモスは興味深そうに片眉を吊り上げた。
「あそこの
「どうやら一部の保安官達が
「フン………」
デイモスは面白くなさそうに鼻を鳴らした。保安署や司法の役人達にはたっぷりと鼻薬を嗅がせて骨抜きにした筈だが、それでもまだ自分達を捕まえようという気骨のある者がいたらしい。
「加えて“チャン・クラルス商会”の
「あら? やられちゃったのかしら、“殺人卿”ともあろう方が。だらしないわね」
「そう責めるものでは無いよ、エリス。所詮、奴は趣味で人殺しをやっていただけの“暗殺者"。きっと弁護士の仕事にかまけて腕を鈍らせていたのさ」
「ええ、その通りですわね。エイロス兄様」
双子の様にそっくりな男女がクスクスとした笑い声を上げた。
「それでボス、どうするのかのう?」
嗄れた老婆の声が更に加わった。ヒッヒッヒッと嗤う姿は童話に出てくる魔女の様だ。
「我らの中で最弱とはいえハルモニアを倒したとなると、どうやら向こうもただの商会じゃないようだがね? 加えてこちらに楯突こうという冒険者共……アタシゃ歳でね、面倒な事になりそうならお暇させて貰いたいんだけど?」
「おい、婆さん。ボケるにはまだ早いだろ。決まってるじゃねえか……殲滅だ」
デイモスは乱杭歯を見せながらニヤリと笑う。それは血に飢えた獣が牙を剥いた様にも見えた。
「冒険者や保安署の連中は俺達に気取られないくらいというなら少人数だろ? こっちには金で転がってきた元・冒険者達もいるんだ。頭数ならこっちの方が多い。連中を叩き潰して、俺達に逆らう事が愚かだという見せしめになって貰おうじゃねえか」
「ふむ……首領が何と言うかのう?」
「首領には俺から言っておくさ。ついでに邪魔な商会のジジイ諸共ブッ殺せば、俺達に刃向かう奴はいなくなる。未だにフリートホーフに協力しねえ商人連中の脅しにも使えるだろ」
その言葉に彼等は一様に嗜虐的な笑みを浮かべた。彼等は通常の冒険者活動では満足できず、血を求めて裏稼業へと堕ちた者達ばかりだ。だからこそ大義名分を得て暴れられるデイモスの命令は彼等にとっては朗報だった。
「だがよ、ボス。ちょいと問題があるぜ。向こうには助っ人として、金ランクの冒険者パーティーが加わったそうだぜ。で、その冒険者パーティーというのが……“漆黒のモモン”だそうだ」
「モモン? はっ、随分な大物が出て来たじゃねえか!」
「噂の“漆黒のモモン”を倒せば、どれ程の賞金を出して貰えるかしら?」
「フフフ……私達兄妹の剣の錆にしてやろうではないか」
「こりゃあ久しぶりに活きの良い死体が手に入りそうだねえ、イッヒッヒッ……」
彗星の如く突然現れ、冒険者達の間で話題となっている金ランク冒険者の名を聞いても彼等の闘志は萎えない。むしろ誰がモモンの首級を上げるか、と楽しみにしている節まであった。彼等は冒険者だった時には金ランクまで昇り詰めた者達ばかりであり、そしてフリートホーフの豊富な資金と裏の流通網によって一般では出回らない装備やマジックアイテムで身を固めているのだ。何より対人戦ならば仕事柄で魔物達の相手ばかりしている冒険者よりも、自分達の方が分がある。金ランクの冒険者であるモモンは噂通りなら油断ならない相手だが、それでも負ける気はしなかった。
「“千剣”フーガ」
「へい」
重鎧を着てベルトに何本もの剣を帯刀している男が応えた。
「“死屍魔女”モイラ」
「ヒヒッ」
闇の様に黒いローブを毒々しい色合いの宝飾で着飾った老婆が気味悪い声を上げる。
「“双子剣”エイロス、エリス」
「ふふん」
「何かしら?」
チェインシャツを身に纏い、左右対称にサーベルを帯刀した美男美女の双子が恋人の様に腕を組みながら応える。
彼等を見渡しながら、常人よりも二回りどころか三回りくらい筋肉をパンプアップさせた禿頭の男がギラリと犬歯を見せた。
「そしてこの俺、“闘鬼”デイモス……ここでコケにされたまま尻尾を巻いたとなれば、俺達の評価にも関わる。残った“六獣”全員で勝利を収めるぞ」
***
フリートホーフ掃討部隊は冒険者ギルド本部に集められていた。賄賂を貰ってフューレンの惨状を見て見ぬ振りをする事を良しとしないスタンフォードを含む保安署の職員達、そして冒険者ギルド本部長のイルワがフリートホーフの息が掛かってないと判断して集めた信頼のおける冒険者達。その数は決して多くは無いものの、自分達の街を犯罪組織の手から取り返すという決意で来た彼等の士気は高かった。
「皆、よく集まってくれた。フリートホーフの脅しにも屈せず、フューレンの苦境を救うためにこれ程の人間が集まってくれた事を嬉しく思う」
今回の掃討作戦の指揮を任せられたイルワが一同を見回しながら発言した。
「我々の目標は一つ。フリートホーフの撲滅だ。その為にもフリートホーフの複数のアジトにほぼ同時に攻撃を仕掛けていかなければならない。敵はフリートホーフの構成員の他にも金で雇われたならず者、彼等のアジトに出入りしている貴族の用心棒などを考えれば我々の十倍はいると見ていいだろう。だが、心配しないでくれ。我々には心強い味方がいる」
「モモンさん!」とイルワが呼ぶと、漆黒の鎧を着た人物が前へ進み出た。「モモンって、あの?」、「本当に本物なのか?」と周りがざわつく中、イルワは再び声を張り上げた。
「皆も噂に聞いた事はあるだろう。彼がギルド史上最速で金ランクに昇り詰めた冒険者、“漆黒のモモン”だ。今回の作戦では彼と、彼のパーティーメンバー達が我々に手を貸してくれる事となった」
「おお!」と事情を知らなかった冒険者達は歓声を上げる。最近では冒険者ギルドが人材流出を防ぐ為に昇格条件は緩くなったが、それでも彼等にとって金ランク冒険者とは凡人では手の届かない高みに至った憧れだった。モモンは彼等の歓声に応える様に手を軽く挙げ、そして鎧の中から渋い男の声を出した。
「初めまして、私がモモンだ。急な参加にも関わらずに温かく受け入れて貰えた事に感謝すると同時に、私を知ってくれている人が意外と多いことを嬉しく思う」
モモンなりのジョークと判断して集まった者達は笑った。今や王国一と名高い冒険者の名前を知らない人間がいるとするなら、その者の無知を指摘するくらいに彼は有名なのだ。
「今回、私は個人的な事情で参加する事となったが私からもこの作戦に加えて欲しい人物を紹介したい。君達が良ければ、彼の参加も許可して貰いたい」
突然のモモンの申し出に集まった者達は再びざわつく。イルワも寝耳に水だった様で頭に疑問符を浮かべていた。
「それは………失礼ですが、その方は信用できる人物なのですか? フリートホーフに不意打ちをかける為にも、出来る限り奴等との関係がシロだと断言できる者達で行いたいのですが」
「それは大丈夫だ。何より、彼の事なら皆知っているだろうから」
モモンの言葉に頭を傾げる一同だったが、ノックの後に部屋に入ってきた人物に一斉に驚愕の表情となった。
「セバスさん……!?」
「こんばんは。スタンフォードさん」
現れた老紳士に顔なじみのスタンフォードはおろか、保安署の職員達はざわついた。今やフューレンで一番の名士と言うべきセバスの顔を知らない者はフューレンにはいない。
「一体、どうしてこちらに」
「モモンさ———いえ、モモン殿は以前に私もお世話になった事がありまして。それと実は本日、フリートホーフから私へ刺客が差し向けられました」
突然の情報に一同は息を呑む。フリートホーフが“チャン・クラルス商会"に数々の嫌がらせを行っているのは周知の事実だったが、こんな直接的な手段に出るとは思わなかったのだろう。
「刺客達は私の方で対処しましたが、彼等の娼館から保護していた海人族の女性が手に落ちてしまいました。これ以上、フリートホーフをのさばらせておくわけにいきません。彼女を救う為にもどうか私も掃討作戦にお力添えさせてくれませんか?」
「それは願ってもない事です! セバスさん程の方も加わって頂けるなら、恐い物などありません!」
スタンフォードは嬉しそうな表情で頷いた。彼はセバスがフューレンでの数々の揉め事を解決する姿を見ており、ここに来てモモンと共に頼もしい味方が加わった事を喜んでいる様だ。
「……というわけだ。どうかセバス———殿と彼の従業員達も作戦に加えて貰いたい。皆、武に心得がある者達ばかりだから問題無いだろう」
「いや、驚いたよ……モモン殿は本当に色々な伝手をお持ちみたいですね」
魔導国に続き、予想外の相手を連れてきたモモンにイルワは感心した様に呟いた。だが、少人数で動くしかないと思っていた所にセバスの申し出はありがたかった。
「では、セバス殿達を含めて班編成を行う。各班のリーダーは拠点を制圧次第、残りの一箇所へ応援に向かってくれ。班員達は制圧した拠点の維持を。拠点にいる構成員達は出来る限り無力化して欲しいが、やむを得ない場合は殺害も許可する。その代わり貴族や役人などかいれば、彼等は必ず捕縛してくれ。彼等には司法取引などを通して、この騒動のツケを支払わせる」
イルワの指示でフリートホーフの拠点襲撃班が次々と決まっていき、集まった一同は気を引き締め直した。彼等を見渡しながら、モモンは宣言する様に言った。
「
『応ッ!!』
***
「先程はありがとうございました」
「……何の話だ?」
アジトの襲撃班が編成され、奇しくも同じ班となったナグモへアジトへの道すがらセバスは唐突に礼を言ってきた。他の班員にはティオが今回の為に呼び寄せた竜人族しかおらず、事情を知っている彼等の前で二人は偽装身分を気にせずに話せていた。
「デミウルゴスにレミアの救出を再三に訴えてくれた事です。ユエからも聞きましたが、私の独断行動に対してアインズ様に庇い立て頂いたのもナグモ様のお陰と聞いています」
「別に……。あんな物、君の性格を知っていれば簡単に推察できる程度の事だ」
ぶっきらぼうにナグモは言い放つが、セバスにはそれがどこか素直になれない子供の様に見えていた。
「それに君が保護していた女性はミュウの……アインズ様が保護した海人族の母親だ。あれにあそこまで言った以上、無事に救出しなくてはアインズ様の沽券に関わる」
「……貴方は本当に変わられましたね」
ナグモとセバス達が襲撃するアジトはフリートホーフが貴族の接待の為に作った違法なサロンであり、エリセンの領主もそこにいる可能性が高いそうだ。必然的にレミアもそこに行った可能性は高いだろう。アジトへの道を急ぎながらも、ナザリックの中で『人間嫌い』で知られていた人間に対してセバスはそう呟かずにいられなかった。
「ええ、本当に変わられましたよ、ナグモ様。かつての貴方なら、他人が何をしていようが、そして他人からどう思われていようが無頓着だった様に思えます。どうやら私の知らぬ間に、何か変化があった様ですね。……あくまで私個人の感想ですが。ナグモ様の変化は大変喜ばしいものと思います」
そう言われ、ナグモは一瞬だけ虚をつかれた様な顔になる。ナザリックの仲間であるセバスに言われ、自分の変化という物をはっきりと自覚した様だった。
以前、氷雪洞窟で出会った自分の虚像から変化した事で脆弱になったと告げられた。あの虚像はナグモの負の側面だ。ナグモもまた自分が変わった事で弱くなったと思い込んでいた。だが、その変化は喜ばしいものだとセバスは言った。じゅーるによって創造された時から変わった自分を良かったと言ってくれる相手がいた事が、ナグモの心に衝撃を与えていた。
「何より私が驚いたのはレミアさんの娘を気に掛けていた事ですよ。きっと彼女が貴方にといって良い変化を齎してくれたのでしょうね」
「………ふん、誰があんな喧しい子供なんかに。っ、おい。出て来たぞ」
ぶっきらぼうに応えていたナグモだが、前方にアジトへの道を封鎖するように現れた一団を見つけた。そこにはフリートホーフに与した元・冒険者達と、彼等の中心に黒いローブを着た魔女―――“死屍魔女”モイラがいた。
「ヒヒヒッ……なんだい。老体に鞭打って出て来てみりゃ、商会のジジイに、取り巻き共かい? こりゃアタシははずれくじだったかねえ?」
モイラは嘲笑する様にナグモ達を見る。
「まあ、ともかくここから先は通行止めだよ。帰んなよ。ただし……命は置いてからねえ?」
モイラが水晶の髑髏がついた杖を一振りした。するとセバス達の背後、彼等を挟み撃ちする様に地面から骸骨の剣士の一団が現れた。
「降霊術士か」
現れた大量のスケルトン達を見て、ナグモはつまらなさそうに呟いた。
「それにこの数……
「舐めた口を利いてんじゃないよ、若いの」
ナグモの評価にモイラは皺だらけの顔を歪めた。まだ十代半ばの無礼な若造に対して、居丈高に説教する老人の様に。
「こちとらアンタが生きた倍にすら及ばない年月を死霊魔法の研究に費やしているんだよ? 分かるかい? 魔法師としてのキャリアが違うんだ。それをじっくりと噛み締めながら死にな」
「……一つ聞きたい。これから行く先にエリセンの領主はいるか?」
「あん? あのブタ貴族がどうしたって? まあ、いるけどここで死ぬアンタには関係ないだろ」
「……だそうだ、セバス」
「分かりました。私はレミアさんを救出して参ります。ナグモ様には御面倒をお掛けしますが……」
「気にするな———すぐに終わる」
ドンッ! と地面を蹴る音が響く。あっという間に距離を詰め、ナグモはモイラの胸に黒傘"シュラーク"を突き立てた。
「………………あ?」
「非常に興味深い意見だ。それで? もう一度言って貰えるか?」
ナグモは黒傘を引き抜く。ベシャッ、とモイラの死体が地面に転がった。同時に魔力の供給源が切れたスケルトン達はカラカラと音を響かせながら崩れ落ちた。
最大の戦力だった筈の“六獣"の一人があっさりと死んでフリートホーフ側の護衛が狼狽える中、ナグモの冷たい声が響いた。
「キャリアが………何だったか?」
>冒険者達の命を保証してくれるアインズ様
無関係な人死には(極力)出さないってさ。原作より優しくなったね!(笑)
>“死屍魔女"モイラ
元々はハイリヒ王国の魔法研究所の筆頭魔法師だった。しかし、派閥闘争に敗れた末に居場所を失い、周囲を見返す為に自分の天職である死霊魔法の研究にのめり込んだ結果、死者を冒涜する非道な実験を繰り返す魔女と化した。そもそも彼女が研究所で居場所を失ったのは、派閥争いで負けた以上に若手や実力が低いと見下した相手にパワハラを行う態度が原因だったのだが……。
彼女が操っているスケルトン達はフリートホーフの伝手も借りて集めた有名な冒険者達が素体であり、謂わばモイラは歴戦の強者達を不死の兵士として操れる優れた死霊術師ではあった。