ありふれてないオーバーロードで世界征服   作:sahala

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 書いちった♡(てへぺろ)
 やっぱりさ、ハッピーエンドの為には一生モノのトラウマと絶望を味わうべきだと思うんすよ。


第百五十九話「ナザリックの暗躍」

 冒険者ギルドと保安署の連携によるフリートホーフのアジト襲撃は優勢に行えていた。

 当初は寝返った冒険者達などで数の利があるフリートホーフに苦戦すると思われたが、冒険者モモン一行やセバスと共に参加した竜人族達が獅子奮迅の働きをしてくれていた。並の冒険者よりも遥かに強い彼等はフリートホーフの用心棒達を鎧袖一触すると次のアジト襲撃へ応援に行ってくれる為、劣勢になりそうだった襲撃班もすぐに持ち直せるのだ。

 そうして地上にあるアジトを次々と占拠されていってるのだが、フリートホーフ達もさる者。表には捨て駒の用心棒達で時間を稼がせ、フューレンの下水道網を利用した秘密の地下通路で重要な証拠や上客の貴族達を逃がそうとしていた。

 

「急げ! 上の連中にここが悟られる前にズラかるぞ!」

 

 野太い男のダミ声が地下通路に響く。上の店で違法カジノの店長を任されていた彼は、信用のおける部下達と共に顧客リストや裏帳簿などを持って逃げていた。

 

「おい、本当にこの道は安全なんだろうな!?」

 

 部下達に護衛されながら進む身なりの良い男達が上擦った声を上げる。彼等はカジノの上客であり、フリートホーフにとって大事なスポンサーであった。

 

「我々が逮捕されたらお前達も困る事になるんだぞ!!」

「御安心下さい。ここは俺達だけが知ってる通路だ。万が一追って来ようが、この入り組んだ通路で迷うだろうから時間は稼げますよ」

「本当だろうな!? フリートホーフ(お前達)には今まで大金を払ってきたんだぞ!! 絶対に我々を安全な場所まで逃がせ!!」

 

 じゃあ無駄口を叩かずさっさと歩けよ。

 男はどうにかその言葉を呑み込んだ。庶民達から巻き上げていた金を違法な賭博に注ぎ込んでいたと知られれば、彼等も破滅は免れないだろう。フリートホーフにとってはスポンサー達を失う事を意味しており、貴族達を最優先で逃がさなくてはならないのは理解している。しかし、文句ばかり言って足の遅い彼等に苛立ちを感じずにはいられなかった。

 

「チッ……大丈夫ですから、我々について来て―――ん?」

 

 聞かれない様に舌打ちしながら誘導していた男だが、ふと耳にカサカサと這いずる音が聞こえた。ここは下水道網を利用した地下通路だ。衛生的とは言えないこの場所にネズミや虫がいるのは珍しくないが、貴族達のヒステリックな喚き声で気が立っていた男は苛立ち混じりに音がした方向に目を向けた。

 そこには見た事が無い虫が―――まるで目玉に翅や触覚が生えた様な虫が、壁に張り付いてこちらを見ていた。

 

「何だ? あれは……!?」

 

 次の瞬間。地下通路の壁がうねる様に動き、彼等は前後の道を閉ざされて完全に閉じ込められてしまった。

 

「な、何だ!?」

「ちくしょう、罠か!?」

「おい、どういう事だね! 安全だと言ったじゃないか!!」

 

 貴族達が騒ぐ中、フリートホーフの構成員は粘土の様に形を変える地下通路の壁を睨む。彼等の中には元・冒険者もいるが、これ程の規模で壁の形を急速に変えさせる土魔法など見たことが無かった。

 

「ぎゃっ!?」

「どうした!?」

 

 部下の一人が悲鳴を上げた為に振り返る。すると地下通路の壁の一部が棘の様に鋭く突き出し、部下を串刺しにしていた。

 

「ガハッ!?」

「ごぶっ!?」

「ひ、ヒィィィィッ!?」

 

 次々と壁から棘が生え、フリートホーフの構成員が串刺しにされていく。自分の周りにいた護衛が次々と刺し貫かれていく姿に貴族達は腰を抜かして地面にペタンと座り込んだ。だが、それだけでは終わらなかった。

 

「え………ぬわあぁぁあああっ!?」

 

 突然、貴族達が座り込んだ床に穴が開き、まるで落とし穴に落ちる様に貴族達の叫び声が暗い穴の中へ消えていく。

 

「クソ! 嵌められたか!? おい、まだ生きてる奴は―――!?」

 

 生き残りの部下達を確認しようとした男だが、すぐに異変に気が付いた。

 自分達を取り囲む四方の壁。それが小刻みに揺れながら音を立てていた。

 

「ま、まさか………おまえら、すぐにその穴にっ!」

 

 次の瞬間。四方の壁が急速に迫り、グチャッと肉が潰れる音と共に彼等の意識は永遠に閉ざされた。

 

 ***

 

「よいしょ、っと。これでここの拠点はお終いですよね?」

「お見事ですぅ、マーレ様ぁ」

 

 地面に突き刺していた杖を引き抜いて一息ついたマーレの隣で、エントマがパチパチと手を叩いた。

 

「ごめんなさい。エントマさんの蟲も一緒に潰しちゃって……」

「気にしないで下さいぃ、この子達は使い捨て用に召喚した子だからぁ。でも()()()()()、食べたかったなぁ」

 

 潰された人間達にエントマは想いを馳せながら残念そうに呟いた。

 マーレとエントマは地下通路に逃げ込んだフリートホーフの構成員や貴族達の排除や誘拐を行っていた。フリートホーフの人間達は隠し地下通路で逃げ込めるとセバスから示唆され、エントマが監視用の蟲達を放ち、索敵して齎された情報を元に大地を操る魔法を使ってマーレが地下通路の壁や地面を動かしていたのだ。

 

「えっと……捕まえた人間達は後で使()()()()()()()()()()()にデミウルゴスさんが振り分けるって言ってましたから、いらなかった人達はエントマさんにも分けてくれると思いますよ?」

「本当ですかぁ? やったぁ!」

 

 エントマが嬉しそうな声を上げた。仮面である為に表情に変化は無いが、仲間の嬉しそうな声にマーレも嬉しくなってきた。

 

(よ、よおし……頑張るぞぉ!)

 

 ふんすっ! と可愛らしくマーレは自らを鼓舞した。

 本来、マーレのクラススキルは広域殲滅に特化している。魔法で地下通路を全て崩壊させるくらい難しくはないのだが、今回の様に指定された人間のみを捕らえたりするのは大変手間が掛かる作業だった。マーレ一人だったなら、恐らく任務の遂行は困難だっただろう。

 しかし、その欠点をエントマが補ってくれていた。エントマの召喚蟲達による広域索敵によって居場所を特定して、地面を操る魔法を使えば良いのだ。これによって地下通路に逃げ込んだフリートホーフの人間達を次々と捕まえ、あるいは壁や地面で押し潰して殺した。アインズから殺さない様に、と言われた冒険者達も後から追って来るだろうが、まさか追っていた人間が壁や地面の中に埋まったとは気が付きもしないだろう。

 

(本当は邪魔だから、入って来て欲しくないんだけど……でも、アインズ様がその人間達は殺しちゃ駄目、って言ってたから気をつけないと)

 

 まとめて潰せないなんて面倒だな、と思いつつもマーレはやり甲斐を感じていた。ぶくぶく茶釜(創造主)に広域殲滅用のNPCとして作られたマーレにとって、今回の任務は今までにやった事が無かった魔法の精密操作だ。新しい技能が出来る様になるのは、至高の御方の為に出来る事が増えたみたいで嬉しかった。これからもっともっとやれる事を増やしていけば、更に至高の御方に役立つ事が出来るのだ。

 

(そうしたら、ぶくぶく茶釜様も褒めてくれるかなぁ……?)

 

 今は遠くへ行ってしまった自らの創造主。自分がこんな事も出来る様になったと知ったら、喜んでくれるだろうか。こんな事もやれる様になれて偉いね、と言ってくれるだろうか。その時を想像してマーレはギュッと杖を握る力が強くなった。

 

「マーレ様ぁ、次はこっちの人間ですぅ」

「よぉし! 頑張って人間を殺すぞー! えいえい、おー!」

「お~♪」

 

 普段のマーレから信じれないくらい力の籠もった気勢に、エントマも可愛らしく手を上げて応えていた。

 

 ***

 

「こっちだ!」

「あいつら、こんな逃走通路をいつの間に……」

 

 フューレンの保安官達が地下通路へと入っていく。地上の建物でフリートホーフの構成員達を無力化したものの、下っ端の人間しかいない事を不審に思って家捜しをして、ついに地下通路への入り口を発見できたのだ。フューレンの旧い下水道網を使った地下通路は存在自体を知らなかった保安官も多く、目の前に広がる入り組んだ地下通路に保安官達は途方に暮れた様に立ち尽くしていた。

 

「どうしますか? 手分けして追うべきでは?」

「うむ、だが……」

 

 班長の保安官は眉間に皺を寄せながら唇を噛んだ。下っ端の構成員達をいくら捕まえても意味が無い。フリートホーフを壊滅に追い込むには、直属の幹部達や彼等に資金提供をしている貴族達を確保しなくてはならない。しかし、ここにいる保安官達の人数も多くはない。ここで更に捜索の為に小分けすると、迷路の様な地下通路の中で各個撃破されていく可能性があった。何より地の利はフリートホーフ側にあるのだ。待ち伏せを行うのも簡単だろう。

 

「―――フン、鼠が入り込んで来たか」

「本当ですわね。上の連中は時間稼ぎもロクに出来ないのかしら?」

 

 判断に迷っていた保安官達に唐突に闇の中から声がかけられる。カツン、カツンと靴音を高く鳴らしながら彼等に近付く者達がいた。

 現れたのは金髪碧眼の一組の男女だ。双子の様によく似た顔立ちをしており、輝く銀鎧は聖騎士の様に立派な物で冒険者には見えなかった。

 

「所詮は寄せ集めたクズ達だよ。彼等に期待する方が間違っているさ、我が最愛なる妹エリスよ」

「そうでしたわね。エイロス兄様の仰る通りでしたわ」

 

 言葉振りからして二人は兄妹なのだろう。しかし、兄妹にしては二人の距離感は近過ぎだ。レイピアを持つ手以外は絡み付く様にお互いの手を組み、寄り添い合う姿はむしろ恋人の様だ。

 

「何だお前達は! いや、待て……エイロスとエリスだと?」

「ま、まさか……“双子剣”のエイロスとエリス兄妹なのか?」

 

 二人の正体にすぐに思い当たり、保安官達はたじろいだ。かつては神殿騎士であり、フリートホーフ最強の傭兵集団である“六獣”に名を連ねる兄妹を知らぬ者はいなかった。

 

「だ、だが……数は我々の方が上だ! 行くぞっ!!」

 

 班長の号令の下、魔法の心得のある保安官達が一斉に詠唱を始める。

 

「「「風撃!」」」

 

 威力よりも速射性を重視した魔法で弾幕を張る。風の弾丸が迫り来るが、“双子剣”の二人は余裕の表情を全く崩さなかった。

 

「ふっ!」

「はっ!」

 

 息の合った二人のレイピアが同時に振るわれる。それは双子同士による絶妙のコンビネーションであり、風の弾幕は二刀のレイピアで作り出した斬撃によって阻まれた。

 

「ば、馬鹿な!?」

「くっ……怯むな! もう一度……なぁ!?」

 

 魔法を剣で叩き切られるという常識外れな光景に保安官達がどよめく。班長が叱責しようとするが、それより早く“双子剣”達は踏み込んできた。

 

「エリス!」

「ええ!」

 

 兄の呼びかけにエリスが応える。二人で手を繋いだまま舞う様に剣を振るう。その姿はクラシックバレエの様に美しく、保安官達は場違いと理解しながらも見蕩れてしまう程だった。そしてその隙を見逃さないかの様に―――前に出ていた保安官の腕が切り落とされた。

 

「ぐああああっ!?」

「ビンス!」

「負傷した者は下がれ! 他の者は応戦するんだ!」

 

 腕を切られた保安官を引っ張って後ろに下げる中、他の保安官達が官製の剣を抜いて“双子剣”達に斬りかかる。

 

「兄様」

「ああ!」

 

 だが、兄妹は腕を組んだまま背中でお互いをローリングさせるアクロバットな動きで保安官達の剣を防ぐ。それどころかお互いの隙を補完し合う様に繰り出される剣戟に、数に優るはずの保安官達が圧され始めていた。

 

「ぐっ、こんな馬鹿な!」

「怯むな! フューレンの平和の為、市民の安全の為! 我々は命に代えても立ち向かうんだ!」

「ふっ……勝てぬと知りながら戦う雑魚の戦い振りも見応えがあるじゃあないか」

「そうですわね。では……望み通り死になさいっ!」

 

『剣技! “紅薔薇”!』

 

 兄妹の掛け声と共にレイピアの剣閃が加速する。二人を中心に斬撃を身体に纏う様に展開させ、返り血がついたレイピアで描かれる剣のドームはまさに大輪の花が咲いた薔薇を思わせた。

 

「ぎゃあああっ!?」

「ば、化け物……こんなの剣術ではない!」

 

 “双子剣”の剣技の前にある者は先の者と同じ様に腕を切り落とされ、ある者は肩から激しく出血した。あっという間に班の大多数が重傷を負い、残りの保安官達も顔を青ざめさせてたじろいだ。

 

「まずは、一人目!」

「さようならですわ!」

 

 動けなくなった保安官の一人に目を付け、“双子剣”兄妹の剣が首へと振るわれた。

 

「あ………」

 

 まるで鋏の様に左右から迫る剣筋が、死を目前にした保安官の目にはゆっくりと見える気がしていた。その刹那、彼の中で走馬灯の様に様々な思い出が脳裏に駆け巡る。だが、無常にもギロチンの刃の様に二刀のレイピアが迫り―――パァンッ!! という閃光と音で白く塗りつぶされた。

 

「なんだっ!」

「くっ!」

 

 突然、閃光弾の様に発生した光と音に“双子剣”兄妹は目を押さえながら素早く後退する。そのお陰で死の淵にいた保安官の首は刎ねられずに済んだ。

 

「大丈夫ですか!」

 

 保安官達へ新たな声が掛けられる。それは涼やかな少女の声で、美しい銀髪をなびかせて颯爽と現れた姿に、九死に一生を得た保安官達には女神が舞い降りた様に見えていた。

 

「おお、君はモモンさんのパーティーの……!」

「ここは危険です! 怪我をした人を連れて地上まで撤退して下さい! この人達の相手は私がします!」

「し、しかし……!」

 

 香織の進言に保安官達は迷った表情になる。フューレンの治安を守る人間として、冒険者に任せきりにするのは気が引けるという葛藤が出たが、重傷を負った多くの仲間達を見て唇を噛み締めた。出血がひどい負傷者も多く、すぐに手当てをしなくては命に関わりそうな者もいるのにプライドを優先させる程に愚かではなかった。

 

「大丈夫です! すぐに私の応援も来ますから!」

「くっ……すまない! すぐに我々も救援を呼ぶから持ち堪えていてくれ!」

 

 保安官達は悔しそうな顔をしながら負傷した者の肩を貸したり、傷口を押さえながら地下通路の出口を目指して行った。その背を見送っている“双子剣"兄妹に香織は不思議そうな顔になる。

 

「追わないんですね?」

「別段、彼等の抹殺命令が出ているわけではないからね」

「ボスから出された指令は“フリートホーフの力を見せつけろ”との事ですもの。あんな雑魚達がさらに束になろうといつでも殺せますわ」

 

 何より、と二人は香織に対して剣を向けた。その表情は先程の保安官達を相手にしていた時より引き締まっており、彼等は保安官達より今し方現れた少女一人を警戒しているのが明白だった。

 

「どうやらお嬢さんが見逃してくれそうにないからね」

「あ、バレちゃいました?」

「久々に強者の気配を感じますわね。それ程の強者でありながら、雑魚達のお守りなんて理解出来ませんけど」

「ううん、別にお守りをしてあげてる気は無いんだけど……だって、()()()()()()()()()()()()()()

 

 なに? と“双子剣”達は怪訝な顔になる。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。そういう風に思って貰わないと、この街が至高の御方へ差し出される時に余計な手間がかかるでしょう?」

「至高の御方……? 一体、何を……」

「ああ、貴方達は別に理解しないでいいよ。だって、ここで死ぬ人達には関係ないよね?」

 

 まるで天気の話をするかの様に香織は語っていた。

 今回の襲撃に冒険者モモンのパーティーも参加している事は“双子剣”達も知っている。目の前の少女は保安官達より強そうな身のこなしや口ぶりからして、モモンに縁ある冒険者―――それこそモモンのパーティーの一人だろうと当たりをつけていた。

 だが、至高の御方とは何か? モモンの雇い主か何か? いや、それよりも保安官達の命やこちらを然程気にかけてない様子に違和感を感じるのだ。金や名誉の為に冒険者をやっている者は珍しくはないし、その為に人命救助を二の次にする者もいる。しかし、長年に渡って冒険者達の相手をしてきた“双子剣"達には、目の前の少女はそういった俗物と違う気がした。

 まるで―――人間でない者が人間の振りをしているかの様な……。

 

「あら? 香織じゃない」

「あ、ソリュシャンさん」

 

 ハッ、と“双子剣”達は振り向いた。そこにはいつの間にか、メイド服を着た金髪の女性がいた。旧い下水道を改築した地下通路にメイド服の女というミスマッチな組み合わせもさながら、自分達に気配を悟らせる事なく近付いてきたメイド服の女に彼等の警戒心が一気に高まる。

 

「気配がすると思って来てみれば、人間達と遊んでいたのかしら? ちょうど二人いるのだし、私にも分けなさいよ」

「いいですよ。この人達は()()()()()の人ですし」

 

 メイド服の女と親しげに冒険者の少女が話している。それを見て、彼等が仲間なのだとエイロスは判断した。

 

「これは驚いた……まさか今回の敵にこんな美女が二人もいるとはな」

「兄様……っ」

「おっと。ごめんよ、エリス」

 

 エイロスからすれば何気ない軽口のつもりだろう。だが、エリスは最愛の兄が自分以外の女性を褒めた事が気に入らなかった。確かに目の前の女達はタイプは違うが、両方とも男達が声を掛けたくなる程に整った顔立ちはしている。だが、兄の愛を独占するのは自分だけの筈だ。胸の内から生じた嫉妬心から、エリスは女達の粗探しをする険しい目付きになる。

 そして香織やソリュシャンが来ている冒険者服やメイド服に目を付けた。どちらも豊満な胸の谷間が見えていたり、太腿が大胆に見える様なデザインであり、かつては淑女の教育を受けていたエリスからすれば破廉恥な格好だった。

 

「ふんっ! あんな下品な女達の何処が良いのですかっ。あんな者達を好むのは下劣で愚かな者だけ―――っ!?」

 

 嫉妬のあまりに貶める言葉を口にしていたエリスだが、次の瞬間に額から冷や汗を流して黙ってしまった。エイロスもまた、周囲の温度が一気に下がった様な感覚に襲われた。

 

「……いま、この人間はヘロヘロ様の事を侮辱したのかしら?」

「……ナグモくんの事も馬鹿にしてましたね」

「そう。とりあえず、やるべき事は一つね」

「ええ。最初からそう命じられてますから」

「そうだったわね。それじゃあ―――」

 

「「殺しましょう」」

 

 瞬間、香織とソリュシャンから殺気が膨れ上がる。空間が歪んでいる様な感覚までしてくる程の感情の昂りに兄妹の背中に冷たい汗が奔る。二人はギュッとお互いの手を握る。先程の曲芸の様な剣技の準備ではなく、それが最後の触れ合いになると無意識の内に理解してしまった様に。

 

「私がやりますね。また保安署の人達が来るから、()()()()()手早く済ませないと」

「確かにそれは残念ね。じゃあ、()()()()()()()……女の方を私にくれるかしら?」

「ええ、どうぞ」

 

 品定めする様にソリュシャンが“双子剣”達を見た後、香織が彼等の前に進み出る。見かけは年端もいかない冒険者の少女の筈なのに、兄妹の目には巨大なモンスターが現れた様に見えていた。

 

「に、兄様………」

「………大丈夫だ。私達は、“双子剣”なんだ。二人一緒にいれば、どんな障害だって乗り越えられる」

 

 真っ青な顔になる妹を励ます様に、あるいは自分に言い聞かせる様にエイロスは言葉を口にする。

 そうだ。自分達はいつだって二人で乗り越えてきた。愛し合ったのが()()()()という禁忌を咎め、罰しようとする実家や同僚の騎士達を切り払って前に進んできた。

 愛し合った二人ならば乗り越えられる。なんだって出来る。

 その想いを胸に今日まで生きてきたのだ。

 

「……後ろの女も未知数だ。あの女に一太刀を浴びせて、隙を見て一気に離脱するぞ」

「ええ……分かりましたわ」

 

 小声で短く伝え、二人は香織へ斬り掛かる。その連携は双子だからこそ、そして愛している者同士だからこその完璧な剣技だった。

 

『剣技! 金閃華!!』

 

 手を繋いだまま、二刀のレイピアが香織に迫る。それを避ける素振りもない香織に、二人は必殺の確信をした。

 ヒュッ、と視界の端で何かが動いた。

 次の瞬間―――繋いでいた手が離れ、二人はバランスを崩して地面へと転がった。

 

「な……!?」

 

 突然、地面に投げ出されて二人は痛みと共に驚愕に包まれた。

 まるで繋いだ手がすっぽ抜けた様なバランスの崩し方だ。だが、自分達が極めた連携剣技はそんな基本的なミスを起こす筈がない。そう思ってエリスは手を見て―――手首から先が無くなっている事に気付いた。

 

「あ、あああああぁぁぁっ!?」

「エリス!?」

「どう? さっき保安官の人達が手を斬り落とされてたから、今度は貴方達が手を斬られる番だよね」

 

 無くなった手首から血を流して二人は絶叫する。香織は伸びた髪の毛を触手のように動かしながら、切り取った手首をベシャッと投げ捨てた。

 

「こ、この化け物ォォォォッ!!」

 

 妹の手首が切り落とされた事に激昂し、エイロスは香織へ斬り掛かる。

 ヒュン、ヒュン、と香織の髪の毛が再び鞭のようにしなる。

 そしてエイロスの四肢が斬り落とされた。

 

「がああああああああっ!?」

「ああ、あの人達は何人も腕を斬られたんだっけ? じゃあ、本数としてはこれでおあいこかな」

「ちょっと香織。あまり血を撒き散らさないでちょうだい。マーレ様だって、地面の中に埋めてキチンと死体を隠しているんだから」

「あ! ごめんなさい!」

 

 四肢を失って転げ回るエイロスを余所に、まるで掃除の仕方を指導している先輩メイドの様にソリュシャンが叱る。

 

「兄様っ!」

 

 斬り落とされた手首の痛みに耐えながら、エリスが残った手でエイロスに手を伸ばそうとする。

 今になって分かった。目の前にいる相手は人間じゃない。いや、魔物の方がまだ可愛げがある。自分達はこいつらの姿を見た時点で一目散に逃げるべきだった。だから早く、早く兄を連れて逃げなくては!

 既に失した判断だったが、それでもエリスは愛しい兄の為に手を伸ばした。そして最愛の兄を救う為の手は―――ドロリとした粘体に包まれた。

 

「あぎっ!? んむうううぅぅぅううっ!!」

「とりあえず貴女は私が抱き締めてあげましょう。大丈夫、窒息する心配はありませんわ」

 

 強酸に手を焼かれる感覚にエリスは悲鳴を上げようとしたが、ソリュシャンが自分の粘体(スライム)の身体を変化させて口を塞いだ。ソリュシャンはあっという間にエリスの下半身を身体へ引き摺り込み、猿轡を噛ませる様に口の周りを粘体で覆った。

 

「このまま私の中に取り込んでも良いけど、貴女はヘロヘロ様の事を侮辱したんですもの………せっかくだからお兄様が死んでいく所でもご覧なさいな」

「っ!? んむぅ、むぅっ、んむぅぅぅうううっ!!」

 

 エリスは自分の死刑宣告を読み上げられたかの様に暴れた。だが、ソリュシャンの中に引き摺り込まれた身体はびくともしない。身体が酸で焼ける痛みを感じながらも、涙を流してせめて兄には逃げてくれと伝えようとしていた。

 そんな哀れな獲物へニッコリと微笑み、ソリュシャンは香織へ話し掛けた。

 

「さ、香織。その男を片付けなさい。至高の御方を侮辱した大罪を理解できる様に、でも後から来る人間達に痕跡が辿られない様にね」

「痕跡が辿られない様にって………」

 

 手足を失くして芋虫の様に蠢くエイロスを前に、少しだけ迷う様な表情になる。至高の御方を、そして何よりもナグモの事を侮辱したのだ。身体を少しずつバラバラに刻んで見せしめにしてやりたい所だが、それをやると出血の量が増えて死体の痕跡が残ってしまう。さっきソリュシャンに怒られたばかりで同じ間違いをする気はなかった。

 こうして悩んでいる間にも、さっきの保安官達が呼んだ応援が来てしまうかもしれない。そうなると面倒だと香織は考えて、考え抜いて――――――。

 

「あ、そうだ」

 

 パチン、と香織の中で電球がついた気がした。

 普通の人間なら決して頭に浮かべたりしない、異形種となった身体だからこそ至ってしまった思い付きに。

 

「跡形もなく食べちゃえばいいんだ」

 

「………は?」

 

 その一言に今まで呻いていたエイロスは、失くした四肢の痛みすら忘れて思考を凍りつかせた。

 今、この少女はなんと言った? 食べる? まさか………自分を? いや、聞き違いの筈だ。

 

「ま、待て………冗談だろう?」

 

 芋虫の様に這いずりながら、エイロスは縋る様に見上げた。

 そこには女神と称される様な銀髪の少女が微笑んでいて―――美しい銀髪が無数の蛇に変わった。

 

「ヒッ―――!!」

 

 絶叫を上げるより先に咽喉に蛇が噛み付いていた。そうして断末魔の叫びすらあげられなくなったエイロスに、無数の蛇が殺到した――――――。

 

 ***

 

「けぷっ………ご馳走様でした」

「あらあら、女の子なのにはしたないわよ」

 

 全ての肉を食い尽くすのに五分も掛からなかった。可愛らしく空気を吐き出した香織に下の妹(エントマ)を思い出しながらソリュシャンは苦笑する。

 

「それにしても貴女、意外と良い趣味をしてたじゃない。じっくりと溶かすのが私の趣味だけど、踊り食いとか一度挑戦してみようかしら?」

「いや、死体を早く片付ける為にやっただけで趣味というわけじゃ………」

 

 香織が恥ずかしそうに笑う。冷静になってみれば、女の子としてちょっとはしたなかった事に今になって気付いてしまった。

 

「でも………」

「どうかしたかしら?」

「あ、ううん。何でもありません。それより残ってる手も片付けておきますね」

「ええ。それじゃあ、この子は帰った後でじっくりと遊ぶ事にしましょう」

 

 ソリュシャンは満足した様に微笑むと、今まで上半身だけ出ていたエリスを身体に取り込み始めた。

 強酸による激痛も、底なし沼に浸かっていく様な感覚もエリスには未だに伝わっている。だが、もはやエリスにとってそれらはどうでも良い事だった。

 最愛の兄が目の前で貪り食われて()くなった。その光景をまざまざと見せつけられてエリスの頭は思考を止めていた。涙すらも枯れ果てた光の無い目でソリュシャンの身体へ呑み込まれていく。

 そんなエリスを全く気に留めず、香織は今し方に感じた不思議な感覚に首を捻っていた。

 

(でも………どうしてかな? この人達、ナグモくんに比べたら全然低い魔力だった筈なのに)

 

 最近、ナグモから血を吸わせて貰って魔力を補充している。その血が美味しいと思うのは、ナグモが高い魔力を持っているからだと香織は考えていた。

 その筈なのに。この人間達は香織からすれば、屑同然の魔力量だった筈なのに。然程も期待していなかった人間が、何故―――。

 香織はこの場に残ったエリスの斬り落とされた手を拾い上げる。もうじき来るだろう保安官達の応援に、こんな物が残っていたら説明がややこしくなる。飛び切った血はこの際仕方ないので、『手傷を負わせたが逃げられてしまった』という風にすれば良いだろう。ちょうど保安官達が負った傷により血痕もあるから誤魔化しは容易だろう。そう考えながら拾い上げた手を―――香織は口に含み、チョコレートの様にパキッと指を食い千切った。

 

(あ………そっか)

 

 再び広がる口の中の風味に香織の中で電流が走った。先程の男が最期に浮かべていた表情。女が手を斬り落とされた時、自分達は捕食者ではなく贄に過ぎなかったと悟った時の表情。それによって齎される肉の変化。すなわち………。

 

「ん、美味しい♪」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()

 それを理解して、まるでクレープを頬張る女子高生の様に香織はエリスの手を食べ尽くした。




>“双子剣”のエイロスとエリス兄妹

 フリートホーフ最強の戦闘集団“六獣”の一員。“双子剣”とはそっくりな容姿と共に多彩な連携剣技を披露する二人を指しての異名である。
 二人とも実の兄妹であり、元々は代々が神殿騎士を輩出している家柄の生まれだった。兄妹共に“天職”にも才能にも恵まれ、順調な出世コースを歩んでいた――――――お互いが家族を超えた愛情を感じている事に気付くまでは。

 苦悩の末に二人は禁断の愛に手を染めた。トータスにおいても実の兄妹で交わり合うなど禁忌とされている。二人の愛はついに実家や同僚達に知られ、仲を引き裂かれそうになった為に二人は追っ手を振り切って暗黒の世界へと身を投じた。愛した相手がいるなら、どんな地の果てでも天国になる。そう信じて。

 彼等の願いは二人だけの王国を作り、誰にも邪魔されずにいつまでも愛し合う事。
 その為の資金稼ぎとして裏稼業に精を出していた。

 二人の願いは、あと少しで叶う筈だった。
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