どうせアインズ様無双にしかならなそうだから、省略で良いかなって。
本命の戦いは、別にあるので。
フューレンの空を巨大な黒竜に乗ったモモンが征く。月と満天の星を背景に天を翔ける竜騎士の姿はティオ達だけでなく、闘技場に避難したヴェンリ達や未だに避難が済んでいないフューレンの住民達も目撃していた。
対するは黒い翼を生やし、淫らな格好で宙を飛ぶ邪悪な堕天使達。街を壊し、人間に危害を加えた彼女達をもはや“エヒト神の遣い"として見る者はおらず、自分達の為に戦ってくれたティオ達が倒れた今、正義の竜騎士が悪の堕天使達を退治する事を望んで皆が声援を送っていた。
(なんちゅう茶番だよ………)
かなりの高度に昇ったというのに地面から聞こえる声援に、モモンことアインズは微妙な気持ちになっていた。
(いやまぁ、フリートホーフを潰すのに守護者達を暗躍させといて、今さら何言ってんの? とは思うけどさ………でも、ここまでやるつもりは無かったんだってば)
勝手に何かを納得したデミウルゴスが出て行った後。
再び<
これがデミウルゴスが嫌がらせで言っているならアインズも文句を言っていたが、純粋な尊敬と忠誠心の結果だから始末が悪かった。「アインズ様であれば最上の結果をお出しになるので、自分ごときの言葉で行動を縛るのはまずい」という考えが透けて見えるとどうしようもなくなってしまう。
『アインズ様、改めましてありがとうございます』
黒竜に姿を変えているセバスが、背に乗せているアインズへ話しかけた。
『失礼ながらティオ達を見捨てられるのかと私は思い違いをしておりました。やはり至高の御方には深い考えがあっての事だったのですね』
「いや………」
感謝を述べてくるセバスに、アインズは歯切れの悪い返事をした。
(考えてもみれば、ティオ達にも悪い事をしたな。こっちの悪巧みに巻き込まれたも同然だしなぁ………)
ナザリック外の存在はどうでも良いと思っているアインズでさえ、相手がセバスの身内というだけあってさすがに罪悪感が出ていた。その上にセバスからティオを救った事に対する謝辞を述べられるというのは、もはや穴があったら入りたいくらいには恥ずかしいくらいだ。外から見れば立派な黒竜に跨る勇壮な騎士なのだが、中身は「この始末はどうしよう………」と小市民さながらに頭を痛ませていた。
と、そんな風に悩んでいたアインズに小さな手が重ねられた。
『大丈夫。サトル様』
アインズの後ろにちょこんと座っているユエが声を掛けてきた。セバスが目の前にいる事を慮ってか、アインズの不安を和らげる様に念話を通していた。
『事態はまだ、サトル様が心配する程に悪い状況では無いです。まずは目の前の事から片付けていきましょう』
『ユエ………』
『今、おそらくは竜人族の事で悩まれていませんでしたか?』
『まあな………しかし、よく分かったな』
『セバス様ではないですけど、サトル様は優しい方ですから。きっと今回の謀略に巻き込まれた竜人族の事について色々と考えられていると思いました』
優しい、と言われてもアインズはそうだろうか? と頭を傾げてしまう。自分の持つ優しさというのはナザリックの者達だけに向けられるもので、彼等以外に向けられる事などない。かつての仲間達が残した
(いや………それはきっと、違うんだろうな)
極端に振り切れそうだった思考をアインズは思い直した。
ナザリックの中だけで世界は完結しない。ナグモがミュウを拾った様に、セバスがティオという花嫁を得た様に。きっと外の人間であっても、これからナザリックの者達が交流を持つ様になるかもしれない。
今は難しい話でも未来は分からないのだ。ならば、ナザリック外の者だからと平気で切り捨てるのは、そういった未来の可能性まで摘み取ってしまう様に感じていた。以前のアインズならもっとドライに考えていただろうが、今はナザリック外の者だからと平気で殺すのはどうにも勿体無い気がしていた。
『……それで良いんです』
アインズの心中を見透かした様にユエは念話で語りかけていた。
『誰もが幸福を得られる世界なんて存在しない。だから自国の民を優先させるのは当然のこと』
でも、とユエは続ける。
『自国だけが世界の全てじゃない。ほんの少しの譲歩、僅かな共感と利益の共有。そうして他者と手を取り合おうとする者だけが、明日を作れるんです』
かつて吸血鬼族の女王として心掛けていた事。今は亡き、ディンリードからの教え。裏切られたと思い、胸の奥底へと仕舞い込んでいた王の心得をユエはアインズに話していた。
『ナザリックの者達の幸福が前提とはいえ、その他の者にも最低限の幸福を追求できる。だから、サトル様は優しい王様です』
『いや、さすがに褒めすぎだろう。デミウルゴスの企みも分かっていなかったのだ』
『そこはさすがに擁護できないです。そもそもサトル様、ちゃんと上げられた報告書は読んでいましたか?』
うぐぅ、とアインズは黙り込む。そもそもの話、アルベド達から上げられている書類に適当に判子を押しているだけなのだ。アルベド達には迅速な判断で決済していると思われているが、字の勉強を教えているからアインズの習熟度を知っているユエには真相がお見通しだった様だ。
『………今度は字だけでなく、そういった書類の読み方も教えた方が良さそうですね』
『ホントにすんません………』
さすがに支配者ロールを維持できず、念話越しに平謝りした。
とにかく、とユエは念話を続ける。
『幸い竜人族には死者は出ていなかったみたいです。だから良かった、とは言えないですけど、後始末をきちんと保障してあげれば、セバス様との関係もこじれずに済むはずです』
『ううむ、そうか?』
『事が事だけに真相を明かすわけにいきませんが……でも、これでエヒトルジュエの信仰に決定的な罅を入れられるのは確かです。今まで迫害されていた竜人族を含めた亜人族が、それにエヒトルジュエに騙されていた人間族や魔人族が平和に暮らせる世界が来る。それなら、結果的にはプラスだと思うしかないです』
『………改めて聞くと、なんかズルいな』
『清濁併せ呑まなければ王なんてやっていられませんから』
しれっとユエは答える。あるいはそう割り切れるのが人の上に立つ者の素質なのだろうか。最初から分かっていたが、アインズは王としての才覚の差を感じ取っていた。
『とにかく後の事は私も一緒に考えます。こうなったら乗りかかった船というものですから、せめて派手に立ち振る舞いましょう。モモンが天使達から街を守った、という評判作りの為に』
『はあ、それしかないか………なら、行くぞ!』
アインズは思考を切り替える。以前ならば、この後にデミウルゴス達にどう指示するかと気が重くなっていただろう。だが、ユエも一緒に考えてくれるというだけでその重さは幾分か軽減される気がしていた。同時に今回の騒動に対して、“魔導王”として出来る事はないか? と前向きに考え始めていた。
(きっと、これがユエが前まで見ていた視点なんだろうなぁ)
少しだけ
***
「そっちに飛んで―――ああ、読まれておりんした! さすがはアインズ様でありんす!」
「今度は“使徒”達の魔法詠唱が……あ、ユエが防いだ。その隙にアインズ様が斬り伏せましたよ!」
ステルス型のマシンゴーレムから送られてきた映像にシャルティアと香織が歓声をあげる。まるでお気に入りのサッカーチームの応援でもしている様な二人を横目で眺めながら、ナグモはシャルティアから取り上げた“指揮棒”を使って“ナザリックの使徒”達を操作していた。
映像の中では伝説の竜騎士の様に
「ナグモ! この戦いはちゃんと録画されてるんでありんすか!?」
「大丈夫です、シャルティア様! この映像の他にも別の角度から数体が撮っていて画角はバッチリです!」
「でかしたでありんす、香織! 後で録画データを寄越すでありんすよ!」
興奮している二人にナグモは溜め息を吐きたくなる。とはいえ、その気持ちも分からないでもなかった。
彩とりどりの魔法が花火の様に飛び交い、剣戟と共に繰り広げられる
(まあ、そういう演出にしろというのがデミウルゴスの注文だからな………)
デミウルゴスから来た追加の指示を受け、シャルティアでは“ナザリック外の使徒”達の細かい指示が出来ない為にナグモが指揮を代わったのだ。ナザリックで研究し尽くされ、同時に実験的にキメラ化させられた“使徒”達を操作するなどナグモには造作も無い事だった。その結果として“ナザリックの使徒”を使ってアインズやユエ達と派手な戦いを演出し、『邪悪な天使達から街を守る漆黒の竜騎士』という図式を見事に完成させつつあった。
だというのに―――何故かナグモの心は冷めていく一方だった。
「ところでナグモ。ちゃんと“人形”達を操作できてるんでありんしょうね? 万が一にでもアインズ様が傷付いたら……分かってるだろうな?」
「もう。大丈夫ですってば、シャルティア様。私のこの身体を
ドスのきいた声で脅してくるシャルティアを宥める様に香織が言う。それは愛するナグモに全幅の信頼を置いた言葉であり―――同時に
「……言っておくが、あの木偶人形のステータスや能力も僕は把握済みだからな。あんな木偶人形が何体束になろうが、アインズ様を倒すなど出来るわけがない」
「ほら、ナグモくんもこう言ってるんですから。それに、いざとなったら私があの人形達から取得した“音波”のスキルで自殺命令を出します」
「ああ。そういえば、あの人形共も食ってスキルを得たでありんしたっけ?」
「ええ、お陰で更に強くなれちゃいました」
香織が鮮血の様な真紅の翼を広げながら笑う。それはナグモやアインズへ更に役立てる事を物語っている笑顔であり、それは
(それなのに………何故。何故、僕は嬉しいと感じてないんだ?)
かつてのナグモならば、香織がアインズへ一層役立てる事に誇らしさをも感じていただろう。しかし、ナグモは変化していた。ミュウという純粋無垢な少女と触れ合う事で、ナグモの中にあった人間としての心は成長しており、“ナザリックこそが至高で、それ以外は塵芥”という常識が揺らぎつつあったのだ。
この茶番劇の様な戦いを楽しんでいる事といい、ナグモは今まで
「………そろそろ終わりだな」
一度も高揚する事なく眺めていたアインズ達の戦い。見れば、最後の“ナザリックの使徒”がアインズによって斬り伏せられていた。
「行くぞ、香織。僕達は空中戦に参加出来なかった分、街の人間達を治療して“漆黒のモモン”パーティーの名声を上げる事になっている」
「やれやれ、人間共の面倒も見なきゃいけないなんて二人も大変でありんすねえ」
「まあまあ……これもナグモくんとアインズ様の為の
………かつての香織ならば。きっとこんな風に面倒な仕事を片付ける様な物言いはしなかっただろう。それをなんとなく考えていたナグモだったが、唐突にシャルティアが声を掛けてきた。
「それにしても、あの人形………やっぱり使い切っちゃったのは惜しかったでありんすねえ。一体ぐらいは手元に置いておけば良うありんした」
「今更か………奴等の遺伝子情報なら取得済みだから、クローンならすぐに用意できるぞ」
それに、とナグモはマシンゴーレム達に映させていた映像を消しながら呟く。
二人がアインズの戦いに注視していた為、最後まで気付かずにいたとある監視映像。
「………新しく採取できるかもしれないしな」
一組の男女の映像を、消え際にチラッと目を向けながら。
この展開で書いて良いのか、と思う時もある。だけど、もはや作者である自分にも事態は止められない気がしている。
坂を転がり、奈落へ落ちるまで加速していく大岩の様に。