ありふれてないオーバーロードで世界征服   作:sahala

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 そろそろありふれもオバロも関係無いじゃん、と言われそうな気がします。でも、もう暫くは甘い幻想(ユメ)を二人に見させてあげて下さい。

 その方が絶望に叩き落とした時のカタルシスが最っ高になるので(某きのこ御代達を見習いながら)

 あと今まで投稿した作品でもそうですが、自分が書いたキャラは変に理屈っぽかったり、イヤに悲嘆的だったりします。ある意味、自分の性格が出ているのかな………。


第十話「論理的じゃない思考回路」

 カツン、カツンと硬質な足音が講義室に響く。ナグモはいつもの虫ケラを見る様な目付きで香織を責めていた女子達を一瞥する。女子達はその目で見られた途端、心臓を氷の手で鷲掴みにされた様な感覚が襲い、歩いてくるナグモからザザッと距離を取った。

 

「南雲、くん………?」

「前にも言った筈だが———」

 

 蒼白な顔で視点の定まらない香織を見て、ナグモは呆れながら溜息を吐いた。そろそろ限界だろうとは思っていたが、どうやら今のやり取りがトドメとなった様だ。

 

「余計なタスクは負うな。こんな狗にも劣るド低脳な輩に費やす時間こそ無意義だ」

「なっ———!?」

 

 まるで息をするくらいの当然さで毒を吐かれ、女子達は言葉を失う。だが、ナグモは視界に入れる価値すらないと言う様に彼女達を無視していた。

 

「私……私……!」

「もういい、行くぞ」

 

 俯いたまま小さく震える香織の手を取ると、さっさと立ち去ろうとした。

 

「ま、待ちなさいよ!」

 

 しかし、その背中に鋭い声がかけられた。ナグモはまるで壊れたラジオを見る様な目で煩わしそうに女子達に目を向けた。

 

「私達は白崎さんに用があるの! 横からしゃしゃり出てくるんじゃないわよ!」

「そうよ! ってか、なんで南雲が出てくるの? マジウザいんですけど!」

「関係無い奴は引っ込んでろし!」

 

 ギャーギャーと女子達が騒ぐ。こちらの方が人数は上回っている事もあって、いまこの瞬間だけ女子達はナグモが訓練場で圧倒的な強さを見せていた事を忘れていた。それに彼女達の経験上、こうやって大人数で責め立てれば、大抵の男子はすごすごと尻込みして黙るからだ。

 しかし、それは相手が普通の人間であったらの話だった。

 

「—————」

 

 「ひぃっ!?」と女子達の身体が震え出す。かつて訓練場で味わった身の凍る様な殺気を再び感じ、足がガクガクと面白い程に震え出していた。

 

「———才も無ければ、努力もせず、そのくせ自分より優れた者には難癖つけて足を引っ張る事だけは一人前の低脳共が」

 

 ぺたん、と三人仲良く尻餅をつく。怯える子供の様にお互いを抱き合ったが、身体の震えは一向に止まってくれない。そんな女子達をナグモは嫌悪感を込めて吐き捨てる。

 

「自分で考える事すら放棄して、流されるままでいながら状況が悪くなれば自分以外を責める事には必死になる。ここまで見ていて不快になる生き物は初めてだ。ああ、下等生物と見下したくなる気持ちがよく理解できたとも」

 

 ナザリックで人間を見下す異形種達の姿が脳裏に浮かぶ。こんな人間ばかりならば、彼等の態度にも頷かざる得ないというものだ。むしろ至高の御方にそうあれかしと作られたからとはいえ、人間であるナグモを差別せず対等に接してくれる彼等の方が何倍も優れた知性を持ってる様に感じる。それに———。

 

(こんな屑共にも白崎は労力を割いていたのか? まるで理解できない……)

 

 どうりで最近、目元の隈や肌荒れが酷くなる一方だと納得すると同時に、酷くイライラしてきた。仮にもドクターとして自分が診ている相手を苦しめられるのは、自分の仕事を台無しにされてるみたいで頭にくる。

 

「ただひたすらに目障りだ。今すぐ消えろ」

 

 もはや息をする事すら苦しそうな女子達にナグモは絶対零度の殺気を混じえながら吐き捨てる。涙でアイメイクやチーク等が崩れ、グチャグチャとなった顔には吐き気すら覚えた。そんな見せかけの厚化粧をやる余裕がある癖に、暇じゃないとはよく言ったものだ。香織を八方美人だと言い張るなら、ただひたすら相手に媚びる様な擬態をしている()()()は何だと言うのか?

 

「聞こえなかったか? 三つ数える内に失せろ。一つ、二つ———」

 

 ナグモのカウントダウンに女子達は弾かれた様に動き出した。手足をもつれさせながら、まるで蛸の出来の悪い物真似みたいに講義室から出て行く。その後姿が見えなくなって、ナグモはようやく殺気を消した。

 

「まったく………本当にこのクラスは低脳な人間が多くて頭痛がしてくる。白崎、今後はあんな輩の話など———」

 

 振り向いたナグモの胸に、トンっと軽い衝撃が走った。

 

「………っ、う、ううっ……!」

 

 ナグモが目を向けた先には、香織がナグモの胸に飛び込んでいた。香織はまるで迷子になった子供の様にナグモの胸に縋り付き、ポロポロと涙を零していた。

 

「うっ……ひっく、あ、ああっ……!」

 

 感情というダムが決壊したかの様に声を上げて泣き出す香織。教室でどんな相手にも笑顔を絶やさなかった優等生の姿はそこには無く、小さく震えながら感情のままにナグモに縋り付きながら涙を流す少女がそこにいた。そんな無防備な姿にナグモは———。

 

「は………?」

 

 子供の様に泣きじゃくる香織にどうしていいか分からず、ナグモの脳が思わずフリーズする。ナザリックでトップクラスの頭脳の持ち主として生み出されたナグモだったが、こうして泣き付いて来る相手にどう対応すべきか全く分からなかった。

 かつてナザリックを襲撃してきた1500人の人間達みたいに敵意を持っている相手ならば冷酷に対処できたが、自分を縋って泣く少女の対処法など蓄積されたデータには無い。今までに無い体験に、ナグモは実に一分近く手を中途半端な位置で迷わせ、香織に抱きつかれながら棒立ちになっていた。

 

 ***

 

「………落ち着いたか?」

「うん………」

 

 あの後、泣いてる香織を振り解く事も出来ず、ナグモは仕方なく香織の私室まで連れて行った。いつもの資料室は距離があり過ぎるし、それ以外の場所は誰かしら(特に天乃河)が来て騒ぎ出したら煩わしいと判断しての事だ。もちろん、ナグモの自室は論外だ。見える証拠は残してないが、ナザリックとの連絡に使っている部屋に通すわけにいかない。

 

「ごめんね。洋服、私の涙で汚しちゃって………」

「気にしなくていい。服など洗えば済む話だ」

 

 至高の御方から賜った衣装だったら少し文句を言っていたかもしれないが、幸いな事に今着ているのは王宮から与えられた私服だ。どれだけ汚されようが、ナグモにとってはどうでも良かった。

 

「………………」

 

 部屋に沈黙が落ちる。ここに来るまでの間、香織はずっとナグモの服の端を掴んだまま俯いていた。まるで幼児退行を起こしたみたいに自分に縋ってくる香織にどう対応すべきか分からず、ナグモはとりあえず香織をベッドに腰掛けさせていた。

 

「………私、間違っていたのかな」

 

 しばらくして、香織がポツリと言った。その顔にはいつもの笑顔は無く、今にも消えてしまいそうな程に儚げだった。

 

「この世界に来た時、光輝くんや雫ちゃんが戦うと言ったから、私もやるなんて言っちゃったんだ。戦争をするというのがどういう事かなんて、これっぽっちも分かってなかったのにね」

 

 教会の神官や座学の講師は、生徒達に執拗に魔人族がいかに邪悪で穢れた存在かを説いていた。魔物達を操り、邪神アルヴを信仰してエヒト神を愚弄し続ける不倶戴天の人類の敵。それを打ち倒してトータスに平和を齎すのが神の使徒の使命なのだと。

 だが、彼等の話を聞いていく内に香織は分かってしまった。魔人族とは結局のところ人間とは異なる民族というだけなのだろう、と。信仰が異なるというだけで、本質的には人間と同じ筈だ。王国の人々は耳触りの良い言葉で飾り立てでいるが、自分達がやろうとしているのはヒト同士で殺し合う戦争なのだ、と。

 

「だから、軽はずみな気持ちで言っちゃった以上は責任を取らなくちゃ、って………。みんなの不安を少しでも取り除けたら、って思って………」

 

 生徒達の大多数は、剣と魔法の異世界で人類を救う勇者として召喚されたという事実に浮かれていた。ゲームの様に数値化され、訓練をすればするほど面白い様に上がっていくステータスに一喜一憂し、まるで体験型のファンタジーRPGをやっているかの様に今の状況を楽しんでいる者までいる始末だ。

 だが、少数の聡い者達は分かっていた。自分達が学んでいるのは、元の世界で言うところの銃や爆弾を剣や魔法に変えただけの人殺しの技術という事を。それでも今の生徒達にとって神の使徒として戦いの訓練を受ける事が、衣食住どころか身分すら保証されてない異世界で生きる唯一の術なのだ。

 神の使徒でいれば王宮で暖かいベッドと食事は約束される。しかしいつかは戦争で魔人族を殺さなくてはならない。そんな不安を抱えているクラスメイト達に、香織は光輝と一緒に戦争参加を煽ってしまった責任を感じていたのだ。だからこそ、自分の不安を押し殺しながらも今まで通りにクラスメイト達の良き相談相手で居続けた。しかし———。

 

「でも、私、そんなに強くなかった。みんなの不安を癒やしてあげたいなんて思ったくせに……自分の事でいっぱいいっぱいだったの」

 

 日が経つにつれ、香織も徐々に精神が追い詰められていった。いつ帰れるか分からない異世界での生活は、心優しい彼女の心に暗い影を落としていたのだ。加えて光輝が色々とやらかしているお陰で、もう香織の精神に余裕なんてない。今では責任感からクラスメイト達に笑顔で接しているだけだ。本当は香織も悲鳴を上げたい気持ちでいっぱいだったのだ。

 

「やっぱり、私………」

 

 ギュッと香織の手が膝の上で握り締められる。それでも、と香織は今まで謝罪の意味も込めて光輝の事や不安を訴えてくるクラスメイト達に接していた。明らかに悪感情を持ってると分かっていた女子達の話を聞こうとしたのも、その一環だった。その結果———香織は、自分から話を聞くと言っておきながら吐き気がする程に彼女達を嫌悪してしまった。

 

「あの子達が言ったみたいに、自分勝手で、周りの人に良い子ぶってるだけで———」

「それは違う」

 

 それまで黙って聞いていたナグモが香織の言葉を遮った。香織が顔を上げると、ナグモが真っ直ぐと香織を見つめていた。その目にはいつもの様な冷たさは無い。

 

「全くもってそれは正しくない結論だ。非合理だ、論理的じゃない、理屈に合っていない」

 

 いつもよりどことなく早口でナグモは香織の自虐的な意見に異を唱える。常に事実だけを述べる淡々とした口調も少し崩れていた。

 

「天乃河光輝はトータスに来た直後で情報が出揃ってない中で、全てを救うなどと戯言を吐いた。それに対して吟味もせずに戦争の参加を決めたのは周りの人間達だ。異論があった者は何も言わなかった」

 

 もう少し冷静になって、参加を志願制にするなどすれば良かったのだろう。あるいは即答せずに考える時間を設けるべきだったかもしれない。だが、それらはもう過ぎた話だ。あの場では皆、異様な興奮状態でなし崩しに戦争参加を決めてしまったのだ。それを後になって「実はやりたくなかった」と他者を責めるのは幼稚に過ぎる行動だ。

 

「それにあの低脳な女子達はそんな事より、単に前から君が気に入らないというだけだろう。容姿も頭脳も環境も自分より上だと感じているから、攻撃できる材料が見つかってこれ幸いと数で取り囲んで責める。実に低脳な人間らしい、唾棄すべき行動だ」

「南雲くん………でも………」

「———戦争に参加を促した事に対する責を負え、と言うなら僕にも責任が無くはない」

「え?」

 

 香織の顔に驚きが広がる。あの場で唯一、誰にも流されずに口を閉ざしていたのが目の前の少年の筈だ。そんな彼に、いったい何の責任があると言うのか?

 

「はっきり言って、僕は他人というものが好きじゃない。興味ない物に対してはどこまでも冷淡で、普通の人間に対してとことん冷酷になる。それが僕だ」

 

 その様に創造主であるじゅーる・うぇるずに設定された。人類に貢献すれば、何世代も進歩させる頭脳と技術力を持ちながらも厭世的でナザリック以外の者には指一本も動かす気が無い科学者にて錬金術師。それがナグモというNPCだ。

 

「だから、クラスメイトがどうなろうと知った話ではないし、必要な情報が揃えばさっさと国を出て行く気だった。だからこそ、あの場では何も言わなかっただけだ」

 

 奇跡的にもナザリックがトータスに転移していたからナグモに確固とした目的ができたものの、そうでなければ図書館の蔵書を読み終えた時点で低脳な人間達の尖兵として働くなど真平ごめんと王国を去っていただろう。

 

「君一人に責任を取れ? 酷い勘違いだ。考えがあったにせよ、無かったにせよ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()。それが、あの場にいた全員が出した結論だ。責任を問うならば、全員が等しく負うべきものだ」

 

 まあ、そもそも勝手に喚び出して半ば脅迫じみた内容で参加を促したのだから、そこまで考える必要は無いだろうが。そうナグモは締め括った。香織はいつになく饒舌なナグモをしばらくポカンと見つめていたが、やがてクスクスと笑い出した。

 

「アハハ……何それ? なんか無茶苦茶な理論だね」

「これ以上なく、論理的な結論だと思うが?」

「そう、かな? うん、頭の良い南雲くんの言う事だもん。きっとそうなんだよね」

 

 しばらく香織はおかしそうに笑う。先程までの悲嘆にくれた雰囲気は完全に消えていた。

 

「ねえ、南雲くん」

 

 ふと、何かを思い付いた様に香織はナグモに甘える様な目で見る。

 

「前に、私のストレス軽減に付き合ってくれるって言ったよね?」

「………確かに言ったな」

 

 じゃあ……と、香織は頬を赤らめながら、両手を広げる。

 

「………ギュッって、して下さい」

「何………?」

「ほ、ほら、さっき酷い事言われちゃったから、いつもみたいにお話しするだけじゃストレス解消にならないと思うのっ。ハグされると、副交感神経が優位になって落ち着くとか、なんか読んだ事があるしっ」

 

 それはキチンとした医学的根拠と言えるのか? とナグモは思ったが、香織の目を見るに、断ってもあれやこれやと理由を付けて実行する様に言ってくるだろう。そこに費やされる時間と労力を考えて、今はそうした方が得策か、と判断した。とりあえず、ナグモは軽く香織を抱き寄せた。

 

「んっ………」

 

 香織は気持ち良さそうに目を閉じながら、ナグモの胸板に頬擦りした。光輝の決闘ごっこに付き合わされているとはいえ、最近は戦闘訓練も頻繁に出る様になったからなのか、ナグモの身体は優男風の見た目とは裏腹に逞しくなったと香織は感じていた。

 なんとなく、ナグモは手持ち無沙汰になった手を香織の髪を撫でる様に梳く。サラサラとした絹の様な肌触りが手に感じられた。

 

「暖かい………」

 

 ナグモの胸に顔を埋めながら、夢見心地になった香織は———つい、思った事を口にしてしまった。

 

「南雲くん、自分の事を冷たい人間だなんて言ってるけど、そんな事無いよ。だって———()()()()()()()()()()()

 

 ピタッ、と香織の髪を撫でていたナグモの手が止まった。

 

「僕が………優しい? この僕が……優しい、だと………?」

「南雲くん?」

 

 カタカタ、とナグモの手が小刻みに震え出す。様子のおかしいナグモに、香織は顔を上げようとして———。

 

「え………?」

 

 瞬間、香織の意識は瞬く間に闇へと落ちていった。

 

 ***

 

 トサリ、と香織の身体がベッドの上に崩れ落ちる。まるで疲れ果ててそのまま眠ったかの様な格好となった。

 位階魔法・〈催眠(ヒプノティズム)〉。

 低位だが、相手を強制的に眠らせる魔法は香織の意識を瞬く間に夢の中へと連れ去っていた。それはナグモのステータスが香織を優に上回るからか、はたまたトータスの魔法よりユグドラシルの位階魔法が強力だからか。

 だが———ナグモにはそれを考える余裕など無かった。

 

「………………」

 

 数秒間、()()()()()()使()()()自分の手を見つめる。まるで予期しない誤作動を起こした機械を見る様な目で自分の手を見て、ようやく意識が再起動したナグモは足早に香織の部屋から立ち去った。

 召喚された女子達に割り当てられた区画を抜け、そのまま真っ直ぐに自分の部屋へと入った。バタン、と扉が乱暴に閉められ、鍵を閉めた後にようやくナグモは言葉を発した。

 

「僕が……僕が、優しいだって? 人間嫌いの僕が? じゅーる様にナザリックの技術研究所所長として創られた僕が? ありえない……」

 

 いつもの冷静さを欠き、酷く混乱した表情でナグモは呆然と呟く。エイトエッジ・アサシンやシャドーデーモンを王宮の諜報活動に割り当てていて良かった。こんなナザリックの第四階層守護者代理にあるまじき姿を、誰にも見られたくなかった。

 

(ありえない………至高の御方に………じゅーる様に、人間嫌いと定められた僕が優しいだなんて……それも、ナザリック外の人間相手に? そんなの……あっていい筈がない………!)

 

 では先程の行動は何だったのか? 混乱するナグモの思考に、冷静な声が響く。狼狽えながらも、ナグモのマルチタスクは正常に機能していた。

 香織が女子達に連れて行かれるのを見た時、何故こっそりと後をつけたのか? そして、何でわざわざ助けに入った? 

 

(それは………白崎は、重要な情報源で、一応は僕がカウンセリングを務めているから、勝手に壊されるのは、腹が立ったから………)

 

 ならばその後、泣いている香織を鬱陶しいと振り解かなかったのは? わざわざ部屋にまで送って、いつもの自分なら絶対にしない様な熱弁をしたのは? 香織から抱きしめて欲しいと言われて、それに応じたのは?

 

(それは………あの場を誰かに見られるのは面倒で、白崎の責任感は全く論理的ではなくて、断ると白崎を説得する時間が無駄だと感じた、から………?)

 

 そもそもの話。香織から情報収集をしていると言うが、最近はナザリックに役立つ様な情報を仕入れてないではないか。いかにそれなりの恩があるとはいえ、それは貴重な時間を使ってまでやる事だったか?

 

(それは……それ、は………)

 

 おかしい、噛み合わない、矛盾している、思考がチグハグだ。

 マルチタスクはもはや機能しておらず、ナグモの中で混線とした思考が飛び交う。胸の中で正体不明な騒めきが煩いぐらいに響く。

 それは以前のナグモならば、絶対に抱かなかった筈の感情。まだナグモがナザリックでガルガンチュアを操って侵入者の迎撃をした時も、そして突然の転生で地球の人間として他人を疎みながら生活していた時も、こんな脈絡の無い思考など絶対にしなかった。

 至高の御方から人間嫌いと設定され、人間を虫の様に踏み潰す事を是とするナザリックのNPCならば、抱く事の無い致命的な誤り(Fatal error)をナグモは自分の中に感じていた。

 

『ナグモ様。よろしいでしょうか?』

 

 カシャカシャと硬質な声が頭に響く。それが王宮を探らせていたエイトエッジ・アサシンの声だと気付くのに、数秒かかった。

 

『ナグモ様………?』

『………何でもない。何の用だ?』

 

 いつもならば間を置かずに反応してくるナグモの返事が遅れた事にエイトエッジ・アサシンは訝しむも、ナグモは即座に思考を切り替えていた。今は自分の事を考えている場合ではない。ナザリックの為、ひいては至高の御方であるモモンガの為に働かなくてはならない。

 

『はっ、人間達の情報を入手しました。それによると、ナグモ様を含めた人間の勇者一行は三日後にオルクス迷宮なる場所で実地訓練を行うそうです』

『………そうか』

 

 ふう、と今までの動揺を静める様に溜息を一つ吐く。その情報を基に、即座にナグモの中で作戦の指針が決まった。

 

『ならば、そこで僕の死亡偽装を行う。それに伴い、ハイリヒ王国並びに召喚された人間達の諜報活動はデミウルゴスに委任する』

 

 ギラリ、とナグモの眼に力が籠る。そこには召喚された勇者達の一人ではなく、ナザリック地下大墳墓の階層守護者としての意識に切り替えられていた。

 胸の騒めきは———もう、無い。

 

『………くだらない人間ゴッコも、これで終わりだ』




 カルマ値プラスならば、セバスの様に助ける事にあまり躊躇はしなかった。
 カルマ値マイナスならば、利用し尽くしてやろうと相手を骨の髄までしゃぶり尽くしていた。

 ではカルマ値ゼロなら? それなりに義理堅い性格の持ち主だったなら?

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