ありふれてないオーバーロードで世界征服   作:sahala

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第百六十七話「生きる意志」

 月明かりに照らされる森の中。ノイントはナグモと対峙する。ナグモが不機嫌さを感じさせる仏頂面なのに対して、ノイントは裁判官の前に連れて来られた罪人の様に緊張した面持ちだ。

 

「……約束通りに来ました。だから、どうか私がいた修道院には………」

「お前の潜伏先にいた人間など興味は無い。まさか、アンカジの戦場から逃げ出した個体がこんな場所で隠れていたとはな」

 

 ナグモの視線にノイントはギュッと身体を縮こませる。相手をただの石ころの様な物としか見てない目。かつては自分が人間達に向けていただろう目で自分が見られている事が恐ろしかった。

 

 ノイントがフューレンの上空で行われた戦いを見ていた時。聞き覚えのある呪歌、そして淫靡な格好をさせられて竜騎士に斬り伏せられる()()()()()()()を見て、すぐに事の真相を知った。それでも恐怖で震える事しか出来なかったノイントへ、かつては姉妹達と連絡を取り合っていた超音波と同じ周波数で脳内へ語りかける声が来たのだ。

 

『今から指定する場所と時間に来い―――魔導国の者だ、と言えば用件は分かるな?』

 

 ………自分の逃避行は終わってしまった。それを悟ったノイントは、抵抗する事なく声が告げてきた場所へ行く事を決めていた。だが、それでも最後に愛という感情を知りたかった。自分を必要だと言ってくれた少年。彼からの愛情が欲しくて、ノイントは最後に彼の元へ訪れたのだ。

 

「お前が逃げ出した際に、僕の部下が一人消失した。強さは然程でも無いけどな。だが、損失である事には違いない」

 

 苛立たしげにナグモは冷たく言い放つ。ナザリックの一般モンスターは、一定時間が経てばリポップする。しかし、第四階層の場合はナザリック技術研究所として見ると事情が異なってくるのだ。

 ノイントが逃亡する際に殺したエビルメイガスは普通の一般モンスターだ。しかし、普通のモンスターを研究員として使える様にするには教育を行わなくてはならず、その分の手間や時間は当然かかった。たとえ研究員の一人の雑魚モンスターという位置付けであっても、ノイントがした事は技術研究所の所長であるナグモからすれば許しがたい損失を与えていたのだ。

 

「この損失はお前がその身体で支払って貰うしかない。喜べ、木偶人形。お前の献身は僕が役立て、そしてアインズ様の偉業の礎となれる様にしてやる」

 

 その献身がどういう意味を示すか。それは改造されて邪悪に歪められた姉妹達を見れば一目瞭然だろう。だが、それでもノイントは震える声でナグモを睨んだ。

 

「あなたが……私の姉妹達をあんな姿にしたというのですか?」

「何だその目は? エヒトルジュエが使っていた木偶人形共を有効的に再利用しただけだ。むしろ感謝すべきだろう。愚神の木偶人形が至高の御方の為に働けたのだから」

 

 ギリっとノイントを思わず奥歯を食いしばる。ナグモが言っている事は間違っていない。自分達は“真の神の使徒”という名前の駒としてエヒトルジュエに造られたのだ。自由意思など最初からなく、鹵獲された人形(姉妹)達がどう扱われようが持ち主の勝手とは言える。だが………。

 

「……私を人形と呼ばないで下さい」

「驚いたな。木偶人形風情が一丁前に人格を語るか。あるいは人間共に対して擬態する為にそんな機能があるのか………」

 

 以前のノイントならば、自分を人形扱いされても何も思わなかっただろう。だが、感情を知った今の彼女からすれば、自分や姉妹達を使い捨ての道具の様に言われるのは深く心が傷ついた。

 ノイントの心からの言葉だったが、ナグモはまるで変わった行動を取る実験動物でも見る様な目になっていた。ナグモからすれば、“真の神の使徒”達は研究所で散々と調べ尽くした人形だ。研究サンプルにした個体はどれも自我と呼べる程の物は無く、だからこそ彼の中で自動人形と大差ない物ぐらいにしかノイントを見ていなかった。

 

「他の個体には見られなかった反応だが………まあ、いい。それもついでに調べておくか。抵抗はするな。大人しく従えば、実験動物として丁重に扱ってやろう」

 

 ズイ、とナグモは一歩踏み出す。女性に対する遠慮や他人に対しての礼儀など考えていない、落ちている人形を拾う様な無遠慮さでノイントに近付き―――その足が止まった。

 

「………何の真似だ?」

 

 ナグモが不機嫌な声を出す。ノイントは魔力を編み上げて剣を実体化させ、ナグモに向かって突き付けていた。

 

「一応聞くが………僕に勝てる、と認知が狂っているわけではないな?」

「………ええ。あなたは私より遥かに強いのでしょう」

「当然だ」

 

 ノイントの指摘にナグモは即答する。そしてそれは事実だ。ナザリックの階層守護者代理として至高の四十一人の一人に創造され、この世界に来てから神代魔法を取得してレベルが上がったナグモのステータスはノイントなど及ばない。それはノイントも魔力を感知して理解している。だが………。

 

「でも、抗います。一人の人間として、何もせずに生を諦めたくないのです」

 

 自分を人間と言い張るノイントに、ナグモの眉がピクリと動く。

 現実は物語の様に甘くはない。どんなに虚勢を張ろうが、ナグモとの戦力差が埋まる事など有り得ない。必死に戦ったとしても、抗い様のない未来が待つだけだろう。

 だが、それでもノイントは強大な力(ナグモ)に為すがままに身を委ねる事をよしとしなかった。

 それは―――生き抜くという意志の力。

 ただ神の命令を遂行する人形としてではなく、一個の生命として喜びを、怒りを、嘆きを全力で謳う。その為に障害に抗うという意志。自分の為に身体を張り、それを目覚めさせてくれた人間がいた。その背中から、ノイントの中で“生き抜く”為に試練を突破するという意志が生まれていた。

 

「一人の人間として? 愚神の木偶人形の分際で随分と虫の良い話をするものだ。その人間共を愚神の為に殺し回っていたのはお前自身だろう?」

「………ええ、自分でも虫の良い事を言っているとは思います。でも―――覚悟の上です」

 

 犯した罪は消えない。たとえ生みの親(エヒト)からそれ以外の生き方を教わらなかったとしても、自分が積み上げていた人間達の死体が無かった事にはならない。かつての所業は罪の炎となって、人間の心に目覚めたノイントを永遠に苛むだろう。

 だが、その事を悲観して自らの命を絶つ事などもうしたくない。こんな自分を愛して、その為に身体を張ってくれた彼の為にも。

 ノイントはナグモに屈する為にこの場に来たのではない。彼女は自らの生を掴み取る為にここに来たのだ。

 

「私は………もう自分で自分を投げ捨てたりなんかしない!」

 

 相手は自分に恐怖という感情を呼び覚まさせた魔導王の配下。あの時の恐怖で震えそうになる。だが、ノイントは息を吐いて自らの心を落ち着かせた。

 魔力を実体化させ、捨て去った鎧を纏う。それはかつて“真の神の使徒”と呼ばれていた時の姿。“魅了”や“分解”の補助に使っていた超音波器官はもうノイントの身体には無く、魔力で再現した剣や鎧も形だけの偽物だ。

 だが、その目はかつてにない強い意志を込めた瞳をしていた。

 

 

「私は生きる! その為にあなたをここで倒します!」

 

 銀色の魔力―――“限界突破”を纏いながら、ノイントはナグモに向かって宣言する。その姿は他の“真の神の使徒”にはない気力に満ちていた。吹き上がる銀色の魔力は背中から大きく放出され、失った筈の銀翼にも見える姿はまさに真の戦乙女(ヴァルキリー)の様だった。それを見たナグモは、ノイントをじっと見つめた。

 

「………お前、名前は?」

「え?」

「名前だ。個体名ぐらい、お前にもあるだろう」

「………ノイントです」

「そうか。覚えておこう………あとで標本のラベルを付ける為にもな」

 

 ガシャン! と黒傘“シュラーク”をナグモは構える。それを合図に、ノイントは“限界突破”の魔力を纏いながらナグモに斬りかかった。

 

「はあああああああっ!!」

 

 ***

 

 これが物語であれば、きっと勝利の女神はノイントに微笑んでいただろう。

 人形だった少女が生きる意志に目覚め、あるいはそれが引き金となって眠っていた力を引き起こす展開もあっただろう。

 だが―――現実はどこまでも非情だった。

 

「―――五分二十四秒。よくもった方だ」

「うう、っ………!」

 

 地に倒れ伏したノイントから銀色の魔力が霧散していく。それと同時に剣や鎧を実体化させていた魔力も途切れて消えていく。

 事実、ノイントはよくもった。たとえ“限界突破”を使ってもナグモとのステータス差は歴然としたものであり、超音波器官を失った今では“真の神の使徒”としての能力も半減しているに等しかった。

 そんな彼女に力を与えたのは生きる為の意志の力に他ならず、それがノイントを最後まで諦めさせなかったのだ。

 

「………本当によくもった。予想ではもっと早くに無力化できると思っていたんだがな」

 

 ナグモは淡々と地面に這いつくばるノイントを見ながら言う。それはかなり遠回しであるものの、予想を上回る力を見せたノイントに対して驚きと僅かながらの敬意を表している様でもあった。

 

「まだ……私は………!」

 

 血反吐を吐く様な声でノイントは消えかけそうな剣を無理やり実体化させる。剣はまるで明滅するかの様に不確かな存在になりながらも、それを支えにノイントは立ち上ろうとしていた。

 

「………………」

「ああああっ!?」

 

 パンッ、パンッ、パンッ、パンッと黒傘“シュラーク”の銃撃が鳴る。神速で放たれた四つの銃声はほぼ一つの銃声となり、ノイントの両手足を撃ち抜く。手足を動かす為の神経や骨を物理的に砕かれ、ノイントは顔から地面へ崩れ落ちた。

 

「もういい、よくやった。最初からこの結果は分かり切っていただろう。これ以上は手間をかけさせるな」

 

 ナグモは完全に手足が動かなくなったノイントに歩み寄り、首根っこを掴んで無理やり引き起こそうとした。しかし、その手に僅かな違和感を感じた。

 

「んうううっ……!」

 

 地面に埋まっている石。先端が少し地表に飛び出て容易には動かせないそれに、ノイントは文字通り齧りついていた。それによってナグモはすぐに引き上げられなかったのだ。

 

(生きたいっ……生きたいっ……!)

 

 端正な顔を泥で汚し、涙でぐちゃぐちゃになりながらもノイントの目は生の執着を諦めていなかった。

 スッとナグモは目を細める。そしてさらに力を込めてノイントの頭を持ち上げた。

 

「あぐっ―――!」

 

 無理やり引き剥がされて歯が折れたのかもしれない。口の中を切って出血するノイントの頭を掴み、ナグモは地面に叩きつけようと力を込めて―――。

 

 ヒュン、ヒュン!

 

 突然、ノイントの頭を掴んで持ち上がっていたナグモの腕に投擲用のダガーが迫る。だが、“飛び道具無効化”の装備をしているナグモの腕に当たる事なく、ダガーは勝手に軌道が逸れた。

 

「ノイントさん!」

 

 ダガーが当たらなかった事を受けてか、その人物は大声で叫びながら出て来た。

 

「コー……スケ……」

 

 それはノイントが一番会いたくて、そしてこの場にいて欲しくなかった人物だ。息も絶え絶えのノイントの頭を掴んだまま、ナグモは浩介の方を振り向いた。

 

「………南雲? お前、南雲なのか!?」

「………久しぶりだな。遠藤浩介」

 

 月明りに照らされて見えた顔に浩介は幽霊でも見た様な顔になる。オルクス大迷宮で身投げした筈のクラスメイトを見て愕然となる浩介に対して、ナグモは無機質な声を出した。

 

「お前……生きてて……! いや、そんな事よりノイントさんに何をしているんだよ!?」

 

 一瞬だけ浩介の目元が安堵する様に緩む。だが、ナグモが片手で掴んでいる傷だらけのノイントを見て厳しい声を上げた。

 

「こいつは始末する必要がある女だ。人間達にとって、これは害悪にしかならん」

「何を言ってやがるんだ!? なんでノイントさんが害悪なんだよ!!」

 

 自分の愛した女を害悪呼ばわりされ、浩介は怒りに吼える。相手が元・クラスメイトでなければ、既に殴りかかっていただろう。だが、そんな浩介を見てもナグモは能面の様な無表情を崩さなかった。

 

「簡単に言ってやろう。お前や他のクラスメイト共をトータスへ召喚した者がいて、この女はその元凶の手下だ。奴は神を名乗り、多くの人間達を操って戦争を繰り返させていた」

「か、神……? おい、適当な事を言ってるんじゃねえ! そんなのがいるわけないだろ!」

「だが、異世界からお前達を召喚した存在がいるのは事実。それは召喚された直後、大司教達が説明していただろう」

「仮にそうだとして、ノイントさんがそんな悪い奴の手下だなんてあるか! そうだよな、ノイントさん?」

 

 同意を求める様に視線を向けるが―――ノイントは辛そうな表情になって浩介から目を背けた。

 

「ノイントさん……? 嘘、だよな? そんな……南雲が与太話を言っているだけだよな?」

「どうやら、その様子だとお前は何も知らされていなかったみたいだな。当然か………潜伏先で自分の素性を正直に語る馬鹿などいない」

 

 一縷の望みに縋ろうとする浩介をバッサリと切り捨てる様にナグモは言い放つ。そしてショックを受けた様に立ち尽くす浩介を余所に、ナグモはノイントを冷たく見下ろした。

 

「人間を篭絡すれば絶好の隠れ蓑になるとでも思ったか? ああ、()()()()()()でお前達は人間共を操ってきたわけか………フン、やはり木偶人形だな。手段が創造主に似て下劣そのものだ」

「ちがっ……私は……!」

 

 泣きそうな表情でノイントは弱々しく喋る。だが、そんな姿を見てもナグモは極寒の視線で見ていた。まるで何か期待を裏切られて失望したかの様に、声に苛立たしさが混じっていた。

 

「やはり愚神も、その眷族も生かしておく価値など無いな。こんな毒虫共が蔓延っていては、トータスの人間共もいつまでも安心など出来な―――」

「止めろ」

 

 低い声が響く。ナグモが煩わしそうな視線を向ける中、浩介は目付きを鋭くしながら睨んでいた。

 

「ノイントさんを………俺が好きな女をそんな風に言うな」

「………驚いた。そこまで愚かだったのか? この人形がお前に見せていた好意など見せかけだけの物だ。自分の追跡を逃れようと利用しただけのものだ。それを知って、尚もこの人形を擁護するのか?」

「人形なんて呼ぶな! 俺は……ノイントさんを愛しているんだ! この気持ちは嘘なんかじゃない!」

 

 浩介が愛用の短剣を構える。もう相手がかつてのクラスメイトでも関係なかった。自分が愛した女性を泣かせる人間は、誰であっても許せはしない。

 そんな浩介をナグモは詰まらない物でも見るかの様な目付きになり―――魔力を解放した。

 

「うっ……!?」

「一度しか言わないぞ、低能。僕はこの木偶人形を始末する。邪魔をするな」

 

 絶対零度の視線でナグモは言い放つ。対して浩介はまるで謎の圧力が掛かった様に息を荒くさせた。

 ハルモニアとの戦いで開花した電磁波(気配)を見る眼力。その眼をもってしても、ナグモの身体からハルモニアなど比べ物にならない巨大な電磁波を発しているのが見え、自分が戦ったどんな相手よりも規格外だと知るには十分だった。

 それは人間が途方もなく巨大な怪獣にする様なものだ。怪獣に睨まれただけで、生存本能が警鐘を鳴らして脳が麻痺して動けなくなる。それが当然の反応であり、脳の働きとして正常のものだ。

 

「お、俺は………否。我は―――」

 

 だが―――ここに例外が存在する。正常にはない脳の働きをする者。それこそ、脳の回路(サーキット)を組み換え、戦う為の意識と肉体に変革できる者。それが行える者は、恐怖による重圧など打ち破れた。

 

「我は恐れぬ! 愛した女を守る! どうしても彼女を殺めるならば―――今日が別れの日だ! かつての学友よ!!」

 

 深淵卿モードを発動させ、芝居がかった台詞ながらも浩介はナグモに向かってまっすぐに短剣を突き付けた。その手には怯えなど微塵も感じられない。

 

「―――いいだろう」

 

 ナグモは手に持っていたノイントを投げ捨てる。十メートルほど飛び、地面に叩きつけられて痛みに喘ぐが、ノイントは生きていた。だが、浩介はノイントの元へすぐに駆け寄る事はできなかった。ナグモから放たれる殺気。それが今、自分に向けられている状況でコンマ一秒の隙も許されない。

 

「そこまで言うなら相手をしてやる………最期に自らの愚かしさを自省しながら逝け、人間っ!!」

 

 ガシャン! とナグモの手に黒傘“シュラーク”が再び握られる。

 そうして、かつてのクラスメイト同士の戦いが幕を開けた。




ちょっと補足。ナグモが「エヒトの眷族を生かしていたらトータスの人間達は安心できない」と言っていますが、はっきり言うとミュウ達の為です。ミュウが平和に暮らせる為にも、戦争を引き起こす“真の神の使徒”は●す精神です。因みにノイントは人形から脱却した精神を見せて見直しかけたけど、遠藤にハニトラしてたんじゃね? という疑惑で、やっぱ生かす価値ないわと思っております。


>次回、ナグモVS浩介

なんというか………ここまで主人公に勝って欲しくない戦いは珍しいんじゃないかな。
参考までにそういう戦いに心当たりがある方は教えて欲しいです。そして見守ってあげてください。


深淵卿の最後の戦いを。
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