皆で話し合って決めた。よって、何も不正な選択はされなかった。
フューレンの騒動から二日後。モットーを含めた街の合議会のメンバー達は会議場に集まっていた。“天使”の襲撃によって破壊された建物は少なくないが、この建物は無事に残っていた。
既に日が暮れた遅い時間帯なのだが、その事に不満を言い出す者などいなかった。まず、あの夜から事態の沈静化の為に各々が駆けずり回っていた為に、ようやく落ち着いて集会を開ける時間が今となってしまったという事が一点。そしてもう一つ―――。
「さて………それでは始めましょうか」
モットーの宣言にフューレンの要職や大商人であるメンバー達は頷く。だが、彼等の顔色は優れなかった。
「まず、昨夜は皆さんお疲れ様でした。“天使”の襲撃という予想外の出来事はありましたが、居合わせてくれた冒険者モモン殿のお陰で被害が最小限に収められた事を喜びましょう。次に、あの“天使”達に関してですが………あの後、保安署でフリートホーフの本拠地を調べた所、関与が疑われるマジックアイテムが出て来たそうです」
何だって? 本当なのか? と合議会のメンバー達がざわつく中、保安署を代表して出席したスタンフォードが立ち上がる。
「我々、保安署がフリートホーフの本拠地と睨んでいた館へ捜索を行いました所、館は既にもぬけの殻でした。しかし、そこの保管庫に“千剣"のフーガの遺体と共に禁制のマジックアイテムやアーティファクトが残されておりました」
そこで一旦、スタンフォードは言葉を切る。この報告はこの国で生きてきた者として―――聖教教会の信徒として衝撃が大き過ぎる。そう覚悟して口を開く。
「その中に………まるで悪魔を象った様な像のアーティファクトがありました。専門家達の調査結果によると、どうやら異界の魔物を召喚する効果があるそうです」
「異界の魔物……?」
「はい。そして、その召喚された魔物ですが………フューレンに現れた“天使”の可能性が高いと見られています」
「バカなっ! まさか、あの“天使”様達は魔物だったと言うのか!?」
合議会のメンバーの一人が思わず立ち上がりながら叫ぶ。幼少期から聖教教会の教えが根付いたハイリヒ王国において、“天使”の正体が魔物だったというのは受け入れ難い話だった。
「しかし、館に残された帳簿を詳しく調べた結果、フリートホーフの保管庫にあったアーティファクトの大半は聖教教会から横流しされていた物だと判明しています」
「………教会の関係者達は何と?」
「その………フューレンに駐在していたバルクス司教を含め、主だった教会の方々はあの夜から行方が分からなくなっております」
スタンフォードの報告に合議会のメンバー達は顔を顰める。中には露骨な舌打ちをする者までいた。フューレンを教区とするバルクス司教は、聖職に就いているとは思えない程に堕落した司教だったのだ。フューレンが最大の商業都市であるのを良い事に、何かと理由を付けては商人達から寄付を徴収して自らの私腹を肥やしていたのだ。それこそフリートホーフとの黒い繋がりも疑われていて、彼がフリートホーフの専横に目を瞑っていなければ、多くの商人達が苦しい思いをしなかった筈だった。
「他にも
「どう考えても黒だろう、そいつらは」
一人の商人が嫌悪感も顕に断言した。
「その署長も“天使”……いや、
「だが、あの“天使”はフリートホーフの者達も殺して回っていたぞ?」
「それなのですが、鑑定を行った専門家によるとあのアーティファクトはとても高度な魔法が込められている様で、起動させた後も緻密な制御が必要になる可能性が高いという所見が報告されています。もしかすると、フリートホーフ達は制御を怠って暴走させたのではないか? というのが彼等の意見です」
「なら決まりだ! 大体、そのアーティファクトはフリートホーフの者の死体の近くで発見されたのだろう? 奴等は我々に対抗する為に魔物天使を召喚したが、制御できずに返り討ちにされたのだ!」
鼻息荒く商人の一人がそう結論付ける。他の者達は“天使”=魔物という図式に信じられない様子だったが、彼の主張を反論するだけの根拠も無いので黙り込んでしまっていた。
「あれが………あれがエヒト神様の“天使”だったというのか?」
合議会のメンバーの一人がポツリとそう呟く。
「あんな邪悪な、喜々として人間を殺して回る様な存在を我々は信仰していたのか? 先のアンカジ公国の戦では魔人族達に“天使”様方がついていたと噂に聞くし、私にはもう何が何だか分からない………」
「だ、だが、王都にいる勇者様は“魔人族に味方している天使は真っ赤な偽物だ”と演説されていたそうだぞ。だからあの“天使”も本物とは限らないのでは………」
「……その勇者“サマ”の言ってる事が信用できるのかね?」
うっ、と“天使”を擁護しようとした彼は黙り込んでしまう。ハイリヒ王国の勇者達こと“神の使徒”達が権力を笠に着て横暴の限りを尽くしている事実を彼等は知っていた。何なら、彼等が結成した“光の戦士団”がフリートホーフと懇意にしていた事も彼等は知っている。もはやエヒト神が選んだ“神の使徒”という肩書きさえ疑わしい彼等を信用する者はこの場にいなかった。
「……この話は一旦、置いておきましょう。今日の会議の本題からズレていってます」
司会進行を行っているモットーが溜息を吐きながら声を上げる。
「あの“天使”が本物であったのか、そしてそんな“天使”を崇める様に言っていた聖教教会をどこまで信用していいのか……それらも知りたい事ではありますが、我々にはもっと重要で、差し迫った事があります。まず、スタンフォードさん。例のアーティファクトはどうされているので?」
「厳重に保管しています。異界の魔物を召喚する代物だと分かった以上、下手には触れられませんよ。とはいえ、正直我々にも手に余る物なので何処か、いっそ誰の手にも触れられない様に封印してくれる相手を探したい所ですが」
「そうですか。そこはあなた方にお任せするしかないでしょう。それなら―――我々、フューレンの商人としての本題に入りましょう」
モットーの一言に、合議会のメンバーである商人達は硬い表情になる。彼等にとって今から議題にする事は、それこそ信仰心など二の次にしてしまえるくらい切羽詰まっていた。
「先程、保安署の署長や聖教教会の司教達が逃げ出した件に関係しますが、彼等はその際に街の馬や馬車を奪っていきました。我々が街の市民達の避難を優先させている間、火事場泥棒をされた様ですな。そのお陰で、今やフューレンから商品を運び出す事は出来ぬ状態に陥ったわけです」
「そればかりではない! あの“魔物天使”のせいで倉庫にあった品物を瓦礫の山に変えられた商店も多いのだぞ!」
商人の一人が付け足した内容に何人かの商人も顔を青くさせながら頷いた。
今の所はフリートホーフ以外に
しかし、合議会の商人達を深刻にさせたのは、むしろ建物の被害の方なのだ。
“天使達”は民家や商業施設を破壊したばかりか、倉庫街の方にも被害を出していたのだ。フューレンは商業都市だけあって倉庫街の方には交易の為に保管された様々な食糧や物品があり、それを一緒に破壊された事で商人達が被った損害はもはや計算するのも恐ろしくなる程だった。
「どうか落ち着いて下さい。かく言う私も、店の商品を保管していた倉庫が一つ潰れてしまったのです」
激昂している商人にモットーは語りかける。
「幸いな事に倒壊していない倉庫もあります。全て無償でとはいきませんが、他の商人の方々にも融通しましょう。こういう時の為に我々は合議会を組んでいるのではないですか?」
この合議会にはもう一つの側面がある。それはフューレンの商人同士で結託して、お互いの利益の為に取引や協定を結んでいるのだ。地球で例えるならカルテルの形態に近いが、フューレンを商人達の都市として特権を維持する為には必要な形だった。
「しかし、そこで先程の問題にぶつかるわけです。いま残っている物資でやり繰りするとしても、我々には大量の商品を運び出す手段が無くなってしまいました」
そこで、再び保安署の署長達が逃げる際に持って行ってしまった馬の問題に行き当たってしまう。物資があってもそれを運び出せないのでは意味が無い。今のフューレンは在庫を抱えたまま、それを流通させる手段がゼロとなってしまったのだ。馬車を主な輸送手段としている彼等にとって、これは死活問題となっていた。
「どうする? 近隣の都市や村まで出向き、馬をいくらか譲って貰う様に働きかけるか?」
「それに応えてくれる者がどれ程いるやら………平時ならともかく、王国のあちらこちらで内乱が起こっているのにそんな余裕があると思うか?」
「ならばいっそ帝国に………」
「いや、それはもっと難しいだろう。何せ勇者がガハルド先帝を誅殺したのだぞ? 一応は王国に属するフューレンの要望を彼等が二つ返事で引き受けるとは思えない」
「………アンカジ公国は」
「いや、どう考えても無理でしょう。戦が終わったばかりで物資も乏しく、さらに王国との関係も断ってしまった国へどう頼むのです?」
「………本っ当に教会や勇者達は余計な事をしてくれたものですな」
集まっている合議会のメンバーは各々が自分の考えを述べ出す。だが、中々良い案を出せる者がいない。フューレンの周りにもう頼れる国など無い様な気がしていた。
「あの………一つ、提案なのですが」
そんな中―――合議会の一員として出席しているイルワ・チャングが怖ず怖ずと手を上げる。
「魔導国に今回の事で援助をお願いするのは如何でしょうか?」
魔導国? と商人達がザワつく。
「とある理由があって、私は魔導王陛下にお目にかかる機会がありました。ですが、聖教教会が流布させている噂とは程遠く、理知的でとても話の分かる方でしたよ」
「それは………イルワさん個人としてですかな? それとも冒険者ギルドとして?」
「………ご想像にお任せします」
王国の冒険者ギルド長が、魔物が率いる邪悪な国家と教会に喧伝されている魔導国の王に会っていたなど、異端の誹りは免れない発言だ。だが、商人達はそんな事より魔導国の存在の方が気になる様だった。
「最近、アンカジ公国に救援を送って魔人族達を撃退したという、噂の国ですか………」
「かの国の勢いは今や飛ぶ鳥を落とす程と噂されていますな」
「それに魔人族をも倒した国と何とか友好関係を結べれば、また“魔物天使”が現れても安心できるのではないですか? 事実、アンカジ公国で倒しているのですから」
「しかし、そうなるともはや王国や教会とは完全に袂を別つ事になるのでは?」
「それこそ今更でしょう。もはや彼らと付き合っていた所で、一ルタの得になりませんよ」
合議会の面々は口々に魔導国について語り出す。だが、その流れはもはや魔導国と取引しようという方向に傾いていた。彼らは商人だ。聖教教会の教義や王国に対する帰属心より、実利的な面を選ぶ者がほとんどだった。
「しかしですな、仮にそうするとしてどうやって魔導国と交渉するのです? 魔導国と直接交渉が行える者がこのフューレンにいるかどうか……」
「………いえ、いますよ。この都市でただ一人、魔導国と繋がりのある方が」
え? と商人の一人はモットーを見る。だが、モットーだけでなく何人かの商人達も納得する様に頷いていた。しばらく考え込む仕草をしていたモットーだが、やがて覚悟を決めた様に顔を上げた。
「皆さん、一つ私から提案があるのですが―――」
***
「私をフューレンの市長に……ですか?」
翌日。合議会に呼び出されたセバスは、驚いた様に言われた内容を呟いた。
モットー達はセバスに向かって頷く。
「ええ。フューレンの保安署の署長に、教会の司教殿、その他にも要職に就かれていた方々は逃げ出したか、フリートホーフとの関わりから逮捕されましたからね。そこで新しいリーダーを立てようという話になったのですよ」
「セバス殿は街に来てから年月は浅いですが、それだけにフリートホーフとは何の関わりも無いと断言できる方だ。市民達も納得してくれるでしょう」
「何より、あの晩に奥方共々に見事な采配で避難誘導をして下さった。リーダーシップも抜群と我々は思っているのですよ」
合議会の面々は口々にセバスを市長へ推挙する理由を述べていく。どこか煽てている様な内容だが、どうしたものかとセバスは内心で首を傾げていた。
「その代わりとは言ってはなんですがね、セバス殿………少し、我々一同でお願いしたい事がありまして」
「何でしょうか?」
おそらく、こちらが本題なのだろう。市長の話は謂わば、飴と鞭の飴だろう。セバスが居住まいを正すと、一同を代表してモットーが伝えた。
「まず、以前に貴方は魔導国と取引をされていると言われていましたよね? 貴方の伝手で、我々にも魔導国から物資を卸せる様にお話を通して頂けませんかな?」
そのくらいはお安いご用だ。普通の商人なら“チャン・クラルス”商会で独占していたルートを余所にも通すのは嫌がるだろうが、セバスの役目は魔導国への資金提供だ。それが商人達が直接魔導国から商品を買う様になるなら、結局のところ魔導国へ金銭が流れ込む事に変わらなかった。
「分かりました。向こうの担当者に話をしてみましょう」
「おお、それはありがたい! 感謝しますぞ! それと、もう一点あるのですが………」
ここで更に要求を上乗せするとは、モットー達も中々に豪胆な様だ。あるいはそれを厚かましいと遠慮しないからこそ、彼等は名うての商人なのだろう。そんな風にセバスは考えていた。
「セバス殿。貴方の奥方や従業員の方々は竜人族でいらっしゃるのでしょう?」
「全員がそうではありませんが、多くの竜人族がいますね」
自分は厳密には違うのだが、そこは伏せておく。そもそも彼等にはあまり関係ないだろう。
「成る程、成る程……その、竜人族というのはあの晩に見せてくれた様に、巨大な飛竜に変身できるのでしょうか? それも避難する時に馬車ごと持ち上げてくれた様な、強力な力を持った竜に」
「と、言いますと?」
「セバス殿ももう御存じだと思いますが、今のフューレンでは馬が一頭もいないので物資や商品を運搬する手段が無くなってしまったのですよ。ですが、ここで竜人族の皆様にお力添え頂ければ我々は飢えずに済みます。我々の荷を竜人族の皆様方でお運び頂けませんか?」
つまり、竜人族による空輸便を行いたいとモットーは言ってきていた。確かに竜人族達は“竜化”の固有魔法が使え、空を飛ぶこともできるし、馬車を易々と運ぶ程の怪力も発揮できる。竜人族は聖教教会ではエヒト神に反逆した邪悪な種族とされているのに、それを運送に使おうと考える彼等は大胆不敵と言うべきか、不信心にも程があると言うべきか。
「今回の事で、フューレンは教会、ひいてはハイリヒ王国とは完全に手を切る事になるでしょうな」
セバスの思いを察したのか、モットーはそう言った。
「ですが、それで構わないというのが我々の総意です。少なくとも我々を苦しめたフリートホーフを陰ながら援助し、あまつさえ街を襲った“天使”を信仰の対象とする教会などもはや銅貨一枚の信用も出来ません。そんな相手より、街の為に尽力してくれた竜人族の皆様方を信用致しますとも」
モットーの言葉にフューレン合議会の全員が頷く。彼等の中で、王国や教会よりセバスを信用して魔導国に頼る事は決定事項の様だ。
(まさか、アインズ様はこの展開を最初から見越していらしたのか………)
これでハイリヒ王国一の商業都市であるフューレンは魔導国の手に落ちたも同然だ。さらには
(まさにあの御方は、至高の四十一人の頂点に立たれた偉大な御方なのでしょう)
ティオ達が怪我を負ったと聞いた時、不敬ながらアインズのやる事に疑問を抱いてしまった。しかし、終わってみればその時に成す事を最善の選択で行い、そして最上の結果を掴み取ったのだ。そして結局、ティオ達の命も犠牲にしなかった。
なんと慈悲深く、そして頭脳明晰な支配者なのだろう。
そんな主人を持てた幸運を改めて噛み締めながら、セバスはモットー達に頷いた。
「分かりました。市長の件も含めて、謹んで受けさせて頂きます」
ユエ「―――と、おそらくそういう事になっていると思うんです」
アインズ「………………(沈静化&フリーズ中)」
“皆”で、セバスをフューレンの市長にしようと選んだんだよね? じゃあ、何も不正な事は無かったよね? その後にティオが社長を務める竜人族運送業を含めてフューレンの流通網が掌握される結果になるわけだけど、別に構わないよね? “皆”で決めた事なんだからさあ?
因みに火事場泥棒で馬を盗んで逃走したフューレンの要職の皆々様ですけど、これは本当。ただし、彼等の足取りはフューレンから離れた街道でぱったりと途絶えています。きっと王国で急増している野盗達にでも襲われたのでしょう。でも御安心下さい。彼等は安全な場所に避難できたので。
エヒトルジュエさえ手出し出来ない、ナザリック地下大墳墓というシェルターに。