(全く………なんで僕がこんな事に従事しなくてはならないんだ)
食器棚の皿を全部下ろしながらナグモは一人愚痴る。
ナグモはレミアの家で引っ越しの準備を手伝っていた。手伝ってくれているナグモにレミアが声をかける。
「ごめんなさいね、私達家族は男手がいないから本当に助かります。ほら、ミュウ。あなたもお兄ちゃんを手伝ってあげて」
「はいなの!」
ミュウはナグモが下ろした皿や食器を丁寧に別の箱へ詰めていく。自分より小さな女の子であるミュウが文句一つ言わずに働いているのを見ると、自分がグチグチ言うのは格好悪い気がしてナグモは黙って働く事にした。
「わ、お兄ちゃん力持ちなの!」
「……良いから下がってろ。これは外に出しておけば良いか?」
「ええ、お願いします」
普通なら大人二人で運ぶ様な大きさの食器棚だが、超人的なステータスを持つナグモからすれば小石ほどにも重さを感じない。ナグモは食器棚を軽々と家の外に出すと、表に停めてある荷車に載せた。見回せば、他にも家財道具を家から持ち出している海人族達の姿があった。
海人族達はエリセンから移住する決断をしていた。新しい領主は自分達を奴隷の様に扱い、あまつさえ秘密裏に子供や友人達を売り捌く様な相手と分かった以上、もうこの地で暮らしていけないと判断したのだ。
本来なら住民が街を捨てるなど簡単に出来る話ではない。移住先の問題、新しい仕事の確保、そして移動する道中で魔物や野盗に襲われる危険性………様々な問題が足枷となる筈だった。
ところが今回、その全てが解決してしまった。まず移住先についてだが、フューレンの新しい市長となったセバスの支援で新しく海沿いに街を作る事になった。その土地の持ち主である貴族は
その土地での仕事もフューレン、そして表向きは
最後に住民達の移動の問題だが、それはティオ達によって解決できた。竜人族達は新しくフューレンの市長となったセバスの指示で、竜の身体による力強さと飛翔能力を活かして運送会社を始めたのだ。徒歩や馬がせいぜいの輸送手段であるトータスにおいて、一度に運べる量も速度も段違いな空輸が可能な竜人族達がどれだけ有益かは言うまでもない。
以上の様に諸々の問題が全て解決され、海人族達はエリセンを捨てて新天地を目指す決断を下していた。
(これでこの世界の漁業の中心となる海人族達も魔導国の支配下に置けるのは理解できるが………)
そうして急遽、海人族達の街ぐるみでの引っ越しが決まったわけだが、そこで居合わせていたナグモ達も引っ越し作業を手伝う流れになった。ナグモだけでなく
ナザリックでは頭脳労働の頂点ともいえる研究所の所長である自分が、なんでこんな力仕事に従事させられているのか。
「うんしょ、うんしょ………」
「………貸せ。見ていて危なかっしい」
「ありがとう、お兄ちゃん!」
「フン。で、次は? さっさと終わらせるぞ」
「ふふふ………すみませんね、今度はこちらのタンスをお願いできますか?」
ミュウがえっちらおっちらと運んできた荷物をナグモは受け取り、代わりに荷台に置く。レミアにその様子を微笑ましく見られながら、結局ナグモは最後まで働いていた。
***
エリセンから海人族達と彼等の家財道具を持った竜人族達が飛び立っていく。ティオがフューレンから呼んだ応援も加わり、多くの竜が空を飛び交う光景はちょっとした壮観だった。途中で領主補佐の男が出て行く海人族達に怒鳴り込もうとしたが、腕を折ったナグモが一睨みした途端に腰が引け、更には“竜化”した大勢の竜達を見て、魔物の群れが襲いに来たと勘違いした彼は一目散に逃げ出していた。
「本当に何から何までありがとうございました」
竜人族の運送便を待つ間、レミアはナグモ達へ頭を下げた。
「私どころかミュウまでお世話になって、本当にどうお礼をしたらいいか……」
「気にしないで欲しい。君達親子が無事に再会できて、本当に良かった」
一行を代表してモモンが頷く。
「それで、君達も新しい街に移るのかね?」
「それなんですけど……先程、ティオさんともお話しして、フューレンに戻る事に決めました」
おや、とモモンは少し驚く。レミアはむしろフューレンに良い思い出など無いだろうから、このまま海人族達と新しい街に移り住むだろうと思っていた。
「セバス様やティオさんがご支援してくれると言っても、しばらくは海人族達も信用が置けるか不安になる方もいるでしょう。私がフューレンと新しい街を行き来してセバス様のお仕事を手伝う事で、セバス様は海人族にも誠実に対応する方だという証明になると思いますから」
本来なら二日、三日は掛かる道のりでも竜人族達がいれば一時間も掛からない。レミアが足繁くフューレンに行き来する事でセバスへの海人族の信頼性は大きな物になるし、竜人族が出入りする事で不心得者が海人族達へちょっかいを出す事も出来なくなるだろう。
「そうか……セバス
「ええ。いつか、あの方の
ん? と何やら妙な言い方にモモンは首を傾げる。それに対してユエと香織は恋する女の顔になっているレミアを見て全てを察した。
「あのさ、セバス様って一応はティオさんと婚約しているんだよね?」
「まあ……竜人族は一夫多妻制らしいから、正妻のティオが問題ないと言えばそれで構わないと思う……多分」
何やらハーレム系主人公になりそうなナザリックの執事について二人がヒソヒソと話していると、レミアはミュウを前に出していた。
「ほら、ミュウ。モモンさん達にちゃんとありがとうは?」
間も無くレミア達が運ばれる番になる。それは短い期間ではあったが、ナグモ達との旅の終わりを意味していた。ミュウもそれを理解しており、寂しそうな、しかし懸命に涙を堪える様な目でナグモを見る。
「お兄ちゃんは………一緒に行かないの?」
そう言われて、それまで後ろで控えていたナグモはフードの奥で言葉に詰まる。何故かミュウの目を見られずに咄嗟に目を逸らそうとするが、その肩をモモンに小突かれて観念した様に正面から向き合った。
「………僕には、やらねばならない事がある」
どうにかそれだけ絞り出す様に言った。エリセンは“メルジーネ海底遺跡”が近くにあり、ナグモ達はそこへ神代魔法を取得しに行かなければならない。エヒトルジュエを倒す為にまだまだ神代魔法を手に入れる旅は続くし、況してやナグモの本当の姿はナザリックの技術研究所の所長なのだ。そんな彼が再びミュウに会いに行く事などもう無いだろう。
「……お兄ちゃんは、ずっとミュウのお兄ちゃんでいてくれる?」
ナグモが黙っていると、ミュウは質問を変えた。
自分は人間なんて嫌いだ。だからお前ともこれっきりだ。
だが―――ナグモ自身の心は、別の回答を口にしていた。
「そう思いたいなら………そう思ってても良い」
小さく、しかしはっきりと答えると、ミュウは涙を堪えながらにっこりと笑った。
「だったら、ミュウはいってらっしゃいって言うの。ミュウは、お兄ちゃんの妹なの。だから………寂しくなんてないよ」
「ミュウ………」
懸命に別れを悲しまない様にする出来た娘を、レミアは優しく頭を撫でた。ナグモはそれを見ながら、フードの奥から声を出す。それは“人間嫌いな科学者”という
「その………まあ、お前も母親と再会できて良かったな」
かつて、魔人族によって無惨に殺された人間の母子。その姿を思い出す。あの時とは違った結末になったという事が、何故かナグモの心に安堵を齎した。
「………親の事はきちんと大切にしろ。いつまでも側にいるのが、当たり前というわけでは無いんだからな」
「うん。ママの事、ちゃんと大切にするの」
兄の言う事を聞く妹の様に、ミュウは頷く。
ナグモが寂寥感を僅かに滲ませた姿をモモン―――アインズは、忘れない様にしっかりと心に刻んだ。
「ねえ、お兄ちゃん。ちょっと屈んで欲しいの」
「ん? こうか」
「もっと! もっと屈んで!」
唐突にミュウがそう言ってきて、ナグモは仕方なくミュウの目線に合う様に屈んだ。ミュウは同じ高さとなったナグモにトテトテと近寄り、そして―――。
「ちゅっ♡」
瞬間――――――世界が静止した。
「なっ………ななななな、ななナグ、ヴェルヌくんんんんっ!?」
「………わぉ」
「お、おおぅ……」
「まあ………この子ってば♪」
外野が色々と騒ぐ中、ナグモはフリーズした様に動きが止まっていた。ミュウはナグモの唇から離れた後、ニパッと笑った。
「ミュウ、大きくなったらお兄ちゃんのお嫁さんになるの! その時になったら、素敵な大人になってるからね!」
「おや………何やら取り込み中かのう?」
え、あ……とナグモがぎこちないロボットの様になっていると、ティオがレミアを呼びに来た。どうやら時間らしい。
「ううん、大丈夫なの。ティオお姉ちゃん」
「ふふ、そうか。それと妾の事はもう一人の母と思って良いからの。もしかしたら、本当にそうなるやるも知れぬし」
「も、もうティオさん!」
「じゃあ、お兄ちゃん! モモンおじちゃん、ユエお姉ちゃん! それと………ブランお姉ちゃん! またね!」
そうして最後まで涙を見せず、ミュウはレミアと一緒に去っていった。その後ろ姿を見送り、ようやくアインズはナグモに声を掛けた。
「……行ったな」
「……行きましたね」
「良かったじゃない、“お兄ちゃん”?」
「やかましい」
「ね、ねえ、ナグモくん? ナグモくんが望むなら、小さな子の姿にも変身できるから、ね? ね?」
「………君、まさか本気で言ってないだろうな?」
少し頭痛を耐える様にしながらナグモはジトッと香織を見る。アインズは場の雰囲気を変える為に、一回咳払いした。
「まあ、何はともあれ………今回の事はよくやった。無事にミュウを母親の元まで送り届けられて、ご苦労だったぞナグモ」
「いえ、此度の事はアインズ様に色々として頂いたからこそです。むしろお手を煩わせてしまい、申し訳ありませんでした」
「何を言う。ミュウを助けたいとお前自身が望んだからこそ、私は少しだけ手を貸したのだ。お前が最初に動かなければ、あの少女が再び母親と会う事はなかっただろう」
だからそれを誇って良いとアインズは諭した。
「そうだな……きっと、じゅーるさんもお前が“成長した”と喜んでくれただろうな」
「成長……ですか?」
「ああ。“人間嫌い”だったお前が、先入観に惑わされずに人助けを行ったこと。それは確かな成長だと私は思う」
おおよそ、“死の支配者”らしくない事を言っているなとアインズ自身も思う。だが、そんな
「………そう、ですね。アインズ様にそう言って頂けるなら」
生まれて初めて―――自分は良い事をしたのだ。そう実感を持って言える気がした。
「……先を急ぎましょう。いつまでもこうしてもいられません、エヒトルジュエは何としてでも排除しなくてはなりませんから」
「ああ、そうだな」
アインズは頷く。そうして“メルジーネ海底遺跡”を探す為の準備に取り掛かるナグモを見ながら、アインズの中である考えが芽生える。
今まで成り行きで行っていた魔導国。だが、ナグモやミュウの様な子供達が平和に暮らせるなら―――そんな国を作ってみたい。お飾りの王としてでなく、それを実現できる本当の王として。
***
ナザリック地下大墳墓の第四階層で、ミキュルニラは今日も都市開発の計画を練っていた。魔導国の評判も上がり、それに伴って訪れる
「………うん、
必要な物、不必要な物。それらを頭の中で振り分け、実際に魔導国の都市を歩き回りながらチェックした内容を模型の都市と照らし合わせながら考えていく。そうして頭の中で何度かシミュレートを行い、作りたい物が実現可能になるかを計算する。
「ふう………」
そうしてある程度まで進めたところで、少しだけ疲れた様に息を吐いてしまう。本来、ナザリックのNPC達は大半が疲労無効化のアイテムを身に付けており、疲労感とは無縁に働いていられる。それに今やっている仕事はミキュルニラにとって楽しい物の筈だった。しかし……それでもどこか徒労の様に思えてしまう感覚がしてしまっていた。
「所長は………新しい案をどう思ってくれるでしょうか」
ミキュルニラの上司であり、彼女が一番に仕事を褒めて欲しい相手。だが、そんなナグモから都市開発についての意見をミキュルニラはまだ貰った事がなかった。それはナグモが神代魔法を取得する任務や研究所の所長としての業務に忙しいからであり、それはミキュルニラも重々承知していた。あるいは………そもそも“人間嫌い”の彼は、人間が住む街作りなど興味も無いからか。
「………」
ミキュルニラは寂しさを紛らわせる様に、模型の都市の中に置いた人形を弄る。小さな男の子の人形をメインストリートから歩かせ、魔導国の
「! ……お帰りなさいです~、しょちょ~」
間延びした口調に戻し、久しぶりにナザリックに帰ってきたナグモを出迎える。久しぶりにミキュルニラに会ったナグモだが、「ああ」と短く返答だけして自分の用件から入った。
「今回、新たに神代魔法の“変成魔法”と“再生魔法”を手に入れた。構造式を打ち出すから解析班に回せ」
「……は~い、了解しました~」
今のところ、神代魔法を使えるのは迷宮を突破して習得しているナグモ達だけだが、これをナザリックの位階魔法でも再現できないか、あるいは位階魔法と併用した場合にどう作用するかなどを調べるのも技術研究所の重要な役目だ。副所長としてその重要性を理解しているし、アインズの不倶戴天の敵であるエヒトルジュエを倒す為にも最優先にすべき事項だとも理解している。
(やっぱり………所長は私のやっている事に興味はないのでしょうか)
先程までセンチメンタルな気分になっていたからか、頭の片隅でついそんな事を考えてしまう。魔導国の都市計画が始まってから、ミキュルニラはこうして魔導国の模型都市がある部屋にいる事が多いのだが、ナグモはミキュルニラが作っている模型都市を見ても何も言わず、用件だけ伝えるとすぐに行ってしまうのだ。
そしてミキュルニラが都市計画の仕事が忙しくなるにつれ、必然的にオルクス大迷宮にある屋敷に寄る機会も減っていた。その為に香織がいる屋敷の方で寝泊まりしているナグモと会話する機会も減っており、その事に同じ創造主に作られた兄妹の様な存在として寂しさを感じずにはいられない。
(いえ……所長が楽しく過ごせるなら、それが第一なのです。だって私は、
だから、たとえ自分に興味を持たなくなっても問題ない。今のナグモは香織という愛する存在も作れて、じゅーるが望んだ以上の日々を過ごせているのだから。
そう思いながら、自分の端末に実験に必要な諸々の準備をしていたミキュルニラだが、ふと顔を上げてようやく気付いた。いつもはナグモは既に用件を言い終わったから退室している筈なのに、何故か今日はまだそこにいた。ナグモはミキュルニラが先程まで弄っていた模型都市を見て何かを考え込んでいる様だった。
「しょちょ~?」
「……なあ、こういう街を魔導国以外にも作れないか?」
え、とミキュルニラは思わず声が出てしまった。ナグモはまるで柄にもない事を口にした様に気まずそうにしながら話し出した。
「今回、アインズ様の支配下に新たに海人族達が加わったのだが、新しく街を一から作るという話になっていてな………その時に海人族達の街をこちらで作れないか、と思ったまでだ」
「しょちょ~が……海人族達の街を……」
「勘違いするなよ、これはあくまで魔導国の威光を広める為だ。アインズ様に恭順すれば、王国や帝国より文明的な暮らしが出来るというモデルケースにするだけだ」
目を丸くしながら呟くミキュルニラに、ナグモは何故か早口で捲し立てた。
「とにかく、まだ海人族達も移住したばかりだから案はこれからゆっくり練ってくれれば……」
「案ならもうあります!」
思わず普段の口調を忘れたミキュルニラはそう言うと、端末からいくつかの設計図を出していく。
「時間が空いた時に浮かんだアイデアを書き留めたものですけど、いつかこんな街を作ってみたいと思って!」
「わ、分かった……見せてみろ」
興奮した様に設計図を出してくるミキュルニラに若干気圧されながら、ナグモはいくつかの設計図を見ていく。
「……まあ、この中ではこれが妥当か」
ナグモはその中にある港町をモチーフにした設計図を手に取る。
「そのまま全く同じとはいかないが、これを叩き台にして取り掛かれ。必要な資材や資金は僕からアインズ様にお願いする」
「私に……任せて頂けるんですか?」
「こういうのはお前の方が得意だ。今までの仕事ぶりを見ても、それは明確だろ」
いつも通りの無愛想さ。しかし確かな信頼を寄せて、ナグモはそう言った。
「………もう、仕方ないですね~。しょちょ~は、本当に」
ほんの少しだけ涙が出そうになったが、ミキュルニラはいつも通りに笑って誤魔化した。
「でも私も魔導国都市の方で忙しいですから~。しょちょ~にもお手伝いして貰わないと~」
「むう……仕方ないな、まあいいだろう。やる以上は最高の出来にするぞ」
「はい~!」
ミキュルニラはグッと握り拳を作る。その姿は今まで以上にやる気に満ち溢れていた。
「よ~し! 魔導国シーの完成を目指して、頑張りますよ~!」
「その名前だけは絶対に却下だ」
サラッと流しましたが、メルジーネ海底遺跡は無事クリアしました。そもそもアインズ様がいるのに悪霊蠢くダンジョンとか、ヌルゲー化にも程があると思ったので。
>快く海人族達に新しい土地を提供してくれた貴族の皆さん
いや~、世の中には気前の良い人達がいるもんですね。なんかその人達は食事も満足に食べれないくらい痩せこけていて、虫の羽音や足音に過敏に反応する上に蛸を見ると吐き出すくらい情緒不安定になってるみたいだけど、何も可笑しな事は無いね!
>ミキュルニラ案の新しい港町
うん、自分でもどうかと思う……きっと千葉県浦安市で見たことある感じになるんじゃないかな(笑) こう、入り口にでっかい地球のモニュメントが置かれるとか。
>きちんと魔導王を目指そうと思うアインズ様
自発的に取り組む理由が出来た分、なんとなくでやっている原作よりは意欲が高くなるかも? その為にも……王様の仕事について詳しい吸血鬼に色々と教わらないとね?