ありふれてないオーバーロードで世界征服   作:sahala

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前回の恋愛描写は頭の血管が切れるくらい苦労したのに、こういう展開ならスラスラ書けるのな………自分に愛とか平和とか、そういう物が書けないと思い知らされた(泣)


第百七十八話「地獄に神」

 ナグモ達の働きにより、海人族達は暴虐な領主から救われた。彼らは新天地でアインズ・ウール・ゴウン魔導国とその息がかかったセバスが治めるフューレンの支援の下、今度こそ平和な日常を送れるだろう。

 だが、それだけでは済まない者達もいた。そもそも海人族達がいたエリセンは北大陸の海産物の七割以上を水揚げしており、そんな食糧生産の重要拠点だからこそ、ハイリヒ王国は海人族達は亜人族とは例外という扱いにしていたのだ。

 ところがそのエリセンから海人族達が出て行ってしまい、ハイリヒ王国への海産物の供給がストップしてしまったのだ。海人族の海産物自体はフューレンや魔導国やその属国となった国に行けば購入できるものの、後ろ盾である聖教教会が異端と罵る魔導国は言うに及ばず、先帝ガハルドを誅殺して国交を断ったヘルシャー帝国や散々後ろ足で砂をかける真似をしたアンカジ公国から買い取るなど不可能であった。残る希望は商人達が自治する観点から中立を謳う都市・フューレンだが、フューレンの新しい市長は『内乱が起きて治安が悪化し、商人達や流通する品物の安全が保証されていない』という理由から王国との取引を断る様になってしまった。

 そうして周辺国家から見捨てられ、食糧の供給も滞る様になってしまった王国は――――――地上の地獄と化していた。

 

 ***

 

 ガシャァァンッ!! とガラスが割れる音が鳴り響く。教会の入り口に飾られていたステンドグラスは、投石によって次々と割られていた。

 

『開けろっ!! ここにある食糧を明け渡せっ!!』

 

 ドンッ! ドンッ! とドアが叩かれる音と共に怒号が混じる。それも一人ではない。複数の人間が怒り叫ぶ声が聞こえていた。ドアは重厚な造りで閂もされているのだが、外にいる人間達の怒りの圧力で破られそうな勢いだった。

 

「……エマ。貴方はどこかに隠れてなさい」

「嫌です! ニルス神父、貴方も一緒に……!」

 

 ドアが乱暴に叩かれる礼拝堂の奥。そこに二人の人間がいた。二人はこの教会に勤める神父とシスターだ。着古して継ぎが目立つ神父服を着たニルスは、皺だらけの手で震えるエマの手を優しく握った。

 

「私はここに残ります。村の人達は……少し興奮しているだけなのでしょう。この村の教会を預る者として、私は彼等に説明する義務があります。でも見習いの君にそんな義務はありません。彼等との話し合いが済むまで、地下室で待っていて下さい」

「そんな……嫌です! ニルス様が一緒でなければ、私は行きたくないです!」

「エマ………」

 

 駄々をこねる様に首を縦に振らないエマに、ニルスは困った顔になる。だが、それも無理からぬ話だった。教会の前で捨てられていた赤子だったエマを自分の教会で引き取り、見習いとして働かせながら育てていたニルスはエマにとって父親も同然なのだ。

 そして教会の外から聞こえる怒号を聞く限り、彼等が冷静な話し合いに応じてくれるとは思えない。ここで別れれば、それがニルスとの今生の別れとなるだろうとエマは予想していた。

 

「どうして……? どうしてこんな事に……!」

 

 ほんの少し前まで自分達は穏やかな生活を送っていた。一日の始まりにエヒト神に感謝の祈りをして、昼には村人達の野良仕事を手伝い、日が暮れたら聖書を読みながら一日の終わりを再びエヒト神に感謝した後に就寝する。清貧な暮らしをエマは不満に思った事などなかった。

 ところがエヒト神が異世界から“神の使徒”を召喚した、という噂を聞くようになってから、徐々にエマを取り巻く環境が変わっていった。王国に魔人族の脅威が迫っていると言われても辺境にあるこの村では実感が湧かなかったが、食糧や日用品の値段がある時期からタガが外れた様に上がり続け、件の“神の使徒”達も悪い噂が目立つ様になってしまった。さらには中央の教会が“聖戦遠征軍"の発足を宣言した事で、村人達に大きな負担がのし掛かったのだ。教会本部からの命令で、ニルスと共に村人達へ少しでも“遠征軍"に協力する様に頭を下げて回ったのをエマも覚えている。

 

 だが、その“聖戦遠征軍”は―――失敗した。

 何が理由で失敗したのか、エマには分からない。エヒト神の天使が魔人族側についたとか、その天使達を巨大な魔物が喰い殺したとか色々な噂が流れたものの、人伝てでしか情報が流れて来ない様な辺境の村では真相を知れなかったのだ。

 その時から段々と村人達の見る目が変わったのをエマは感じていた。今まで道ですれ違えば普通に挨拶をしてくれていたのに、段々とエマ達に対して冷たい態度を取る様になっていたのだ。まるで親の仇であるかの様に睨み、「私達は生活が苦しいのに寄附金を集めて教会の人間だけ贅沢をしている」など根も葉もない噂を立てられた。集めた寄附金は中央に送って二人の手元には一銭も残っていないのだが、村人達にとってもはや聖教教会に所属しているというだけで村八分にするのに十分な理由だった様だ。

 

 そしてつい先日―――とうとう村の食糧が尽きてしまった。

 村に定期的に寄ってくれていた商人はもう何ヶ月も姿を見せていない。もっとも、仮にやって来たとしても天井知らずに高騰する食料品の値段ではパン一つもまともに買えなかっただろう。村の畑や食料庫にあった作物も底をついてしまい、精神が荒んでしまった村人達はいま“諸悪の根源”である教会に襲撃をかけてきたのだ。

 

 ドォンッ!!

 

 突然響いた大きな音にニルスとエマが飛び上がりそうになる。

 

 ドォンッ!! ドォンッ!!

 

 ドアから何度も重い物を打ちつける音が響く。それと同時にドアが段々とひしゃげてきていた。

 

 ドォォォオオンッ!!

 

 とうとうドアの閂が外から加わった力に負けてへし折れてしまう。そしてドアが開け放たれ、村人達はドアを破るのに使った丸太を投げ捨て、農作業で使っていた鉈や斧などを手に次々と礼拝堂へ入ってきた。

 

「さあ! もう逃げられねえぞ!」

「食い物を出せ! 神父!!」

 

 彼等は一斉に血走った目をしながらニルス達を取り囲んだ。彼等の目と同じくらい手にした刃物がギラリと剣呑な光を帯びる。以前は優しかった村人達の常軌を逸した姿にエマが怯える中、ニルスは彼女を背中に庇いながら努めて冷静な声で話し掛けた。

 

「申し訳ありません。一体どうしてその様な話になっているか分りませんが、ここに食料はありません。我々も最近は日々の糧を満足に摂れていないのです」

「嘘だ! 騙されないぞ!」

「あれだけ寄附金とか言って俺達から巻き上げたんだ! お前達だけ金や食糧を貯め込んでるんだろ!!」

 

 どうやら村人達の中で教会は金や食糧を貯め込んでいるというデマが流れているらしい。だが、ニルス達が金銭的に余裕のない清貧な暮らしをしているなど、長年村で見てきた彼の生活ぶりやいつも古着の僧服を着ている姿を見れば分かる筈だ。しかし、限界に達した村人達の頭の中からはそんな理性的な考えは完全に抜け落ちていた。それでもニルスは今まで村人達に寄り添ってきた神父として冷静に彼等に呼び掛けようとする。

 

「どうか落ち着いて下さい。お疑いならば、教会の倉庫を隅々まで調べて頂いて構いません。ですから武器を置いて話し合いをしましょう。我々は同じ、エヒト神から光を授かった兄弟同士ですから―――」

「うるせぇっ!」

 

 だが、彼の懸命な呼び掛けは届かなかった。空腹の限界に達していた村人の一人が手にしたナイフをニルスの腹に突き刺した。

 

「ガハッ……!」

「ニルス様!?」

「なにがエヒト神の兄弟だ!!」

「俺達が苦しい時に助けてくれない神も教会もいらねぇ!!」

「このペテン師が! 死ねっ! 死ねっ!」

 

 一人が行動に移れば、あとは群集心理が働いて暴力の輪が燃え広がった。村人達は地面に倒れたニルスへ次々と手にしていた刃物を振るっていた。エマはニルスに庇う為に駆け寄ろうとしたが、非力な彼女はあっという間に男達に押さえつけられてしまった。

 

「やめてっ! 離してっ! ニルス様がっ……ニルス様がっ!!」

「うるせえんだよこの(アマ)! てめえ達のせいで俺達はっ……!」

「な、なあ……どうせこの女も教会の手先だしよ? 俺等が()()()()()良いよな?」

 

 憎い仇である様に押さえつけたエマを見ていた男達だが、その中の一人が欲望をたぎらせた目で言ったのを契機に他の男達も目の色が変わった。

 

「ああ……そうだよな」

「俺達にさんざん泥水を啜らせたんだから、ちょっとぐらい良い思いをしてもバチは当たらないよなぁ?」

「ひっ……や、やめて下さいっ! お願い、アントンさん!! ダレスさん!!」

 

 男達が何をしようとしているか気付いたエマは、彼等に思い止まる様に呼び掛ける。

 畑仕事を手伝った時、お礼に収穫物を少しだけお裾分けしてくれた農夫のアントン。村の雑貨屋を営み、買い物に来たエマにいつも笑いかけてくれたダレス。少し前まで親戚の様に付き合っていた隣人達なのに、今は目を血走らせて自分を辱めようとしているのが悲しくて涙がこぼれた。エマは助けを求めようと他の村人達にも目を向けた。だが………。

 

「よこせ、ババア! こいつは俺の物だ!」

「アタシが先に取ったんだよ! アンタこそ、その手を離しな!!」

「売れそうな物は何でも良いから全部持って行け! 早い者勝ちだ!!」

 

 男達に組み伏せられたエマには目もくれず、村人達は教会の中を漁っていた。細工の施された聖具、燭台、窓のカーテン……とにかく目に付いた物に片っ端から手を付け、自分の懐へ仕舞いこもうとする。ともすれば、強奪した物品をめぐって村人同士で殺し合いを始めかねない程だった。

 男も女も関係なく、欲望のままに奪い、憎み、争い合う。

 それはまさしく――――――餓鬼地獄そのものだった。

 

「いや………いやああああああああっ!!」

 

 服を力任せに破かれる音と共に、エマの悲鳴が響き渡った。

 

 ***

 

「お、おい………これからどうするんだよ?」

 

 あれから数十分後―――村の教会を荒らし、ありとあらゆる物を奪った村人達は村の広場に集まっていた。先程まで暴力に酔いしれていたというのに、今は一様に顔を青ざめさせていた。その中でエマに欲望の限りを尽くしていたアントンは震えた声で周りを見た。

 

「なあ、おい………結局、教会に食料なんて無かったじゃねえか。それなのにニルス神父を殺しちまって………どうするかって聞いてんだよ!!」

「し、知らねえよ! だ、誰だよ! 教会になら食料も金もある筈だ、って言った奴は!?」

「ア、アタシは知らないよ! 大体、アンタ達だって誰も止めなかっただろ!?」

 

 暴力のままに教会から強奪を行い、時間が経って冷静になった彼等はようやく自分達がケダモノ同然の行いをしたと自覚していた。手にした()()()を誰も手放そうとしないが、口々に彼等はあの襲撃は自分の責任ではないと言い合っていたのだ。

 

「マズいぞ……教会に襲撃を掛けたなんて知られたら、俺達は全員縛り首だ……!」

「そんな………! いや、待て! そうだ、この事は黙ってれば良いんだ!」

「そ、そうだな……どうせお上も教会本部も、こんな辺境の村まで気に掛けるわけが無え!」

 

 そうだそうだ、と彼等は自分達を納得させる様に頷き合う。言うまでもなく、教会を攻撃するのはハイリヒ王国では大罪だ。だが、風の噂では王国の各地で反乱が起きてると聞いていた。王国の騎士や勇者達はこんな場所まで来る暇は無いだろう。そして何とも都合の良い事に、自分達の領主はフューレンに行ったきり戻ってきていないと聞く。村人全員で口をつぐめば、こんな辺鄙な村で起きた事など誰にもバレやしない筈だ。

 

「と、とりあえずよ。ニルス神父の死体は何処かに埋めて、それから………何だ?」

 

 悪魔の様な計画を立てていた村人達だったが、ふと聞こえてきた音に不安そうに辺りを見渡した。

 

“グルルル………!”

 

 その低い音が最初、何か唸っている様な声だとはすぐに思い当たらなかった。何故なら平和な村の中では聞く筈のなかった声であり、ただの村人に過ぎない彼等には縁の無かったものだったからだ。

 そして―――気付いた時には既に手遅れとなっていた。

 

『グルアアァァッ!!』

「へ? ひっ、ぎゃああああああっ!?」

 

 虎の様に大きな狼の魔物が突然、群れを率いて村の中に現れた。彼等はハンターの様にゆっくり忍び寄り、いま大勢いる獲物へと襲いかかったのだ。

 

「な、なんで村の中に魔物が! こんな事、一度だって………ひぃぃぃぃぃいいいっ!?」

 

 村人達が恐慌状態に陥る中、アントンも半狂乱になりながら教会を襲う時に使った鉈を振り回す。だが、農作業しかしてこなかった彼がへっぴり腰で振るう武器など、狼の魔物は何も恐れていない様だった。

 アントンは知らない。ハイリヒ王国の冒険者ギルドは度重なる仕打ちに王国そのものに愛想を尽かして、魔導国へと拠点を移した事を。その結果として、冒険者達のほとんども王国を捨てて―――今まで彼等によって退治されていた魔物が、人里へ下りて来られる様になった事を。

 

『ガアアアァァァアアッ!!』

「ひっ、ぎっ、ぎゃああああああっ……!!」

 

 振り回すだけの武器を掻い潜って腕に噛みついた魔物に、アントンは痛みのあまり大声を上げた。だが、その声も地面に押し倒されると同時に喉笛を食い千切られてすぐに止んだ。

 

 そうしてしばらくして――――――村の中は墓場の様に静かになった。

 

 ***

 

 村人達が略奪して荒れ果てた教会―――そこでエマは、服を破かれた姿のまま嗚咽を漏らしていた。彼女の胸には変わり果てたニルスの遺体があり、何もかもを奪われた彼女は立つ気力も無く絶望に打ちひしがれていた。

 

「どう、して………っ。どうして、この様な酷い仕打ちを、されるのですか……?」

 

 ポロポロと涙を零し、物言わぬ養父を抱き締めながらエマは虚空を見上げた。

 そこには村人達が持って行くには重いからと略奪を免れて残った物―――エヒト神を象った聖像が置かれていた。

 

「お答え下さい……エヒト様っ……。どうして、こんな酷い仕打ちを見逃されているのですか………!」

 

 嗚咽と共に恨み言に近い問い掛けが、教会のシスターだった少女から向けられる。

 エヒト神の像は絶望に沈んだ彼女を無表情に見下ろしていた――――――。

 

 ***

 

「お願いです! どうか俺の話を聞いて下さいっ!!」

 

 同時刻。エマ達の村から遠く離れた地で、ハイリヒ王国の勇者にして、“光の戦士団”・団長の光輝は後ろに兵達を控えさせながら必死に呼び掛けていた。彼がいる場所はハイリヒ王国の中でも有数の城塞都市であり、しかしその門は固く閉ざされていて光輝達を拒んでいた。門の上の物見台から、この都市の責任者である貴族が敵意の籠もった目を光輝に向けていた。

 

「貴様等の事などもはや信用できるものか! 私はこの地を代々治める領主として、王国や教会と袂を別つ!!」

「どうしてですか!? 俺達は同じ王国の人間じゃないですか! なのに何故同じ人間同士で争わなければいけないんですか!?」

「貴様っ……! 誰のせいで、こんな事になったと……!」

 

 光輝は悪意などなく善意で訴えかけているのだが、領主の男はむしろ光輝の言動に顔を赤くして剣呑な表情となる。彼の領地もまた光輝達が遠征した折に出した被害や“聖戦遠征軍”による重税で苦しめられ、彼は自分の領地を守る為にも王国に反乱を起こしたのだ。領主の男からすれば、この事態の元凶である光輝の態度は神経を逆撫でするのに十分だった。

 

「俺達はこんな事をしている場合じゃない筈なんです! どうかこの門を開けて、話をさせて下さい! きっと分かってくれる筈です!!」

「ふざけるなよ……この愚か者がぁあああっ!!」

「なあ……天之河よぉ、この遣り取りをいつまで続けるんだよ?」

 

 激昂する領主の男に必死に“正しい事”を説こうとする光輝だが、その後ろで一緒に出陣していた檜山が欠伸とともに退屈そうな声を出した。

 

「あの領主はよぉ、こっちの降伏勧告を無視してんだろ? じゃあもう敵じゃん、ぶっ殺せばいいだろ?」

「檜山、君は何を言って―――」

「檜山殿の言う通りですな」

 

 檜山に同調する様に神殿騎士達に担がせた輿に乗ったイシュタルが頷く。

 

「イシュタルさんまで! いったいどうして!?」

「勇者殿がこんなに必死で呼び掛けているというのに、あの男は説得に応じる素振りすら見せません。もはや反逆の意思は明白であり、残念ですが力によって解決する他ないでしょう」

 

 そうだそうだ、と檜山の他にも出陣していた“神の使徒”達から声が上がる。光輝とは違って力を振るうのに抵抗が無くなっている彼等からすれば、この反乱の鎮圧もいつもと同じ退屈な作業なのだ。さっさと済ませて王都でまた贅沢な生活に戻りたいと思っている者がほとんどだった。

 

「待って下さい! 彼はきっと何かを誤解してるだけんです! 俺が絶対に説得してみせますから!」

「………あと十分だけ待ちましょう。兵達も長時間待たされて疲労してきております故、それ以上は待てませんな」

 

 イシュタルがそう言うと、光輝は再び領主の男を説得する為に呼び掛けた。それを面倒そうに見ている檜山達を見ながら、イシュタル―――ナザリックのドッペルゲンガーも溜息を吐きたい気持ちを懸命に収めた。

 

(やれやれ………この道化勇者は、あと何度()()を繰り返せば気が済むのやら?)

 

 ナザリックの目論見通り、ハイリヒ王国の秩序は崩壊した。“神の使徒”達への不信感から始まった一連の流れはもはや止める手立てはなく、各地で起こった反乱は燃え広がって治安は最底辺まで落ち込んでいた。一時期はフリートホーフが専横する事で阿漕ながらも回っていた商品の流通も、フューレンでナザリックがフリートホーフを潰した事で庶民達には食料品や商品が出回らなくなってきていた。そうした事でまだ王国で力のあった貴族達も自らの領地を守る為に王家や教会への反逆の意思を顕わにして、もはや王家や教会の威信は地に堕ちたも同然となった。

 

(さすがは至高の御方である。こうなる事を全て予測した上でフリートホーフの件に手を出されていたのだろうな。そしてここに来て、この道化勇者も大きな役目を果たしているわけだが………)

 

 現在、エリヒド王は躍起になって反乱を起こした貴族達の鎮圧を命じていた。しかし、その鎮圧で出撃を命じられているのが大抵は光輝なのだ。確かに彼の実力ならもはやハイリヒ王国で敵はいないものの、当の光輝が先程の様に相手の都合を全く考えていない説得をしようとする為に、却って貴族達の反発を強く買っている有様だった。最近は“勇者”の威光や正当性を強く誇示する為に聖教教会・大司教である自分も鎮圧の遠征に加わっているものの、そうやって教会の権力を前面に押し出している事が更なる反発を呼んでいる事に光輝は気付いていない様だった。

 

(もうそろそろ、この道化は切り時であろうな………)

 

 未だに無意味な説得を続けようとする光輝を見ながら、イシュタル・ドッペルゲンガーはそう思った。もはや“勇者”の肩書きも、“神の使徒”という看板も意味を為さなくっている。“神の使徒”達を擁護し続けるエリヒド王や聖教教会も国民達からすれば悪政と暴虐を尽くす害悪だ。この状態で何らかの形で魔導国が手を差し伸べれば、国民達は喜んで新たな支配者を迎えようとするだろう。

 

(それが全て至高の御方の手の内だとは知らずにな………っと、そろそろか)

 

 十分が経った事に気付き、イシュタル・ドッペルゲンガーは光輝の説得を止める様に言おうとした。こんな茶番にダラダラと長時間掛けたくもなかった。

 だが、ここで彼にも予想外の事が起きた。

 

「な……なんだ?」

 

 最初に気付いたのは光輝だった。それまで曇り空だった空から急に光が差し、明るい光が自分をスポットライトの様に照らした。光輝が戸惑いながら空を見上げると、分厚い雲がまるで脇にどけられるかの様に次々と風に流されていく。

 そして―――雲の隙間から強い光が辺りを照らした。

 

『うっ……!?』

 

 目を焼く様な、しかし太陽の様に暖かい光に光輝のみならずイシュタル・ドッペルゲンガーも、敵対している領主の男も思わず目を庇ってしまう。それでも光の正体を探ろうとどうにか目を凝らして―――彼等は見た。

 モーセの海割りの様に真っ二つに割れた雲海から、神々しい光を纏って現れた空に浮かぶ人影を。

 人影の正体は男だった。太ってもおらず、痩せ過ぎてもおらず。そして少年の様に若くもなく、しかし歳をとり過ぎてもいない中肉中背の男。華美な装飾などない純白のローブを着ているだけの特徴の無い男でありながら、誰もが彼から目を離せずにいた。男から感じる圧力、そして後光を照らしながらゆっくりと地に降りてくる姿に誰がポツリと言った。

 

「エヒト神様………?」

 

 エヒト様だ、あれが神なのか? とざわめきが大きくなっていく。そうして狼狽える地上の人間達に向かって、男———エヒトルジュエは後光を強くした。背中から六枚の光り輝く翼が現れ、神々しい光と共に低い音を奏で始めた。

 

『あ……………』

 

 翼から出る音を聞いた途端、その場にいた人間は心を奪われていた。その音はまさに天上の調べの様に人間達の脳に心地よく響き、それこそ魂が抜け出る様な旋律は自分達はおろか都市全体に届きそうだった。

 

(い、いかんっ………!)

 

 この中で唯一、精神攻撃の耐性が高いイシュタル・ドッペルゲンガーは事態に顔面を蒼白にさせた。そんな彼をもってしても、気を抜けば精神を支配されそうだったのだ。まだ身体の自由が利く内に、何とかデミウルゴスへ緊急の通信をしようと試みた。

 唐突に、エヒトルジュエがスッとイシュタル・ドッペルゲンガーを指差した。信仰に篤い画家がいれば、その光景に“神の宣告"とでも名付けて必死にキャンバスに残していただろう。

 次の瞬間———イシュタル・ドッペルゲンガーの身体は聖なる焔に包まれていた。

 

「ぐおおおおおあああああっ!?」

「イシュタルさん!?」

 

 この世界に来てから自分に色々としてくれた大司教が火だるまになった姿を見て、光輝は悲鳴に近い声を上げる。だが、その驚きもすぐに別の物に変わった。

 

「ああああっ、アアアアッ!?」

「な………何だ!?」

 

 大司教として威厳ある老人の姿が、炎に焼かれながら変わっていく。まるで化けの皮が剥がれていく様に光輝の知る大司教の姿が、枯れ木の様な身体の魔物に変わっていくのを見た。やがて浄化の炎が激しく燃え盛り、イシュタル・ドッペルゲンガーが灰になる姿を全員が目撃した。

 

「今のは一体……? イシュタルさんは……あれは、魔物だったのか?」

『———そうだ。あれは大司教の姿を騙る邪悪な魔物である』

 

 光輝が呆然と呟く中、頭上から声が降ってきた。

 それは聞く者の脳を揺さぶる様な不思議な声であり、自然と畏敬の念が湧いてくる程に神々しいものだった。

 光輝が見上げると、自分の頭上に空から降りてきた男がいた。

 

『我はエヒトルジュエ………人間達にエヒト神と呼ばれる神なり。我を崇めよ、我が神体に拝謁した機会に感謝せよ』

 

 その姿はまさしく教会のステンドグラスや聖書などで幾度となく見た姿そのものだった。トータスの人間達に深く崇められている神の降臨に、光輝のみならずその場にいる誰もが自然と跪いていた。平伏した人間達を見下ろしながら、エヒトルジュエは威厳のある声を響かせた。

 

『今や地上はかつてないほど荒れ果て、人間達は苦しめられている………我はその様を見過ごせずに天より舞い降りた。人間達が苦しむ原因………それこそが先程の大司教の偽者の様に人間達を惑わせる魔物達、そして奴等の邪悪なる王の仕業なり』

「魔物達の邪悪な王……? それって、まさかアインズ・ウール・ゴウン魔導国ですか!?」

 

 エヒトルジュエの言葉に光輝は思わずそう叫んでいた。彼からすれば魔導国は魔物が人間達を支配する地獄だと教わっており、さらに自分達の()()をする様な事をしている為にエヒトルジュエの言葉はすんなりと信じられたのだ。

 光輝を見下ろしながら、エヒトルジュエは大仰に頷いた。

 

『然り。かの者、魔導王を自称せしアインズ・ウール・ゴウンなるアンデッドは、人間達を苦しめ支配せんが為に其方達に不和を齎した』

「くっ………やっぱり、そうだったのか! 許せないっ!」

『我は人々の救済の為に、そして邪悪なる魔導王の魔の手より守る為に来た………人間達よ、争いを止めよ。闇に囚われず目を覚まし、今こそ団結して対抗するのだ』

 

 スッとエヒトルジュエは光輝を、そして“神の使徒"と呼ばれる異世界の若者達を指差した。

 

『―――我が使徒の下に』

「お……おおおおっ!」

 

 その場にいるトータスの現地人達は一斉にエヒトルジュエに、そして光輝達に向かって平伏した。今まで教会から“神の使徒"と喧伝されていただけの彼等が、神から直々に選ばれた存在だという事が証明されたのだ。聖教教会の教義に篤いハイリヒ王国の人間達からすれば、神と聖人が一堂に会している尊きの光景だった。そして―――。

 

「わ………私が、間違っておりました」

 

 唐突に今まで光輝達に敵意を向けていた筈の領主がそう言った。彼は地面に額を擦り付け、エヒトルジュエに―――そして光輝に許しを請うていた。

 

「勇者様こそ真に神に選ばれた御方………そんな御方の言葉を信じず、刃を向けようとした大罪をお赦し下さいっ……!」

「領主さん……! 分かってくれたんですね! 貴方は悪くありません、悪いのは俺達を分断しようとした魔導王なんです! だから顔を上げて下さい!」

「ああっ……ありがとうございますっ……ありがとうございますぅぅっ!!」

 

 光輝の寛容な言葉に領主は土下座しながら涙を流して感激していた。

 実に感動的な場面であり———だからこそ、光輝は気付いていなかった。

 先程まで生気に溢れていた領主の目が、どんよりと濁っている事に。

 

『聞け、人間達よ! そなたらの敵は邪悪なるアンデッドの王、アインズ・ウール・ゴウンなり!!』

 

 全てを見下ろし、エヒトルジュエが声を響かせる。それは人間達の頭の中に響き、そして精神(こころ)にも響いた。

 

『かのアンデッドは生きとし生ける者の全ての敵! そなたらを冥府へと誘う悪魔なり! 人間達よ! 我を信じよ、我を崇めよ! さすればそなたらは救済されるだろう! 集え! 勇者の下に!』

 

 ワアアアアアッ! と歓声が湧く。

 神が降臨し、自分達に神がついている。

 一人残らず狂信者と化した人間達は皆で揃って彼等を讃えた。

 

「「「エヒトルジュエ様バンザイ! 勇者様バンザイ! エヒトルジュエ様バンザイ! 勇者様ばんざあああああああいっ!!」」」




>王国の現在

本当はね、これを「魔導国の暮らし」の後に書きたかったんですよ。シア達が平和に暮らしてる外では、こんな地獄が展開されてますよという対比になったと思うので。

>エヒトルジュエ降臨

そんなわけでついに来ました原作ラスボス。絶望に沈む王国に、ついに舞い降りた救世の神。彼は自ら祝福を与えた勇者達に味方し、いま悪の魔導国に立ち向かう! 果たして人類に平和は訪れるか……!?

今更何しに来たの? とは言わない様に。それなりに考えはあるので。
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