ありふれてないオーバーロードで世界征服   作:sahala

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 どうにか連休中に書けたという安堵感と、とうとうこの時が来たのかという諦観。そんな気持ちが混ざってる。


第百八十二話「キラキラとした思い出は、輝かしくて―――」

 それからナグモは香織と一緒に建国記念祭で色々な場所を回った。

 

 商店街では建国記念祭に来た客へ商品を売り込もうと各店が張り切っており、またアンカジ公国やヘルシャー帝国、更にはフューレンから来た商人達が露店を出して様々な品を売っていた。国外から来た商人達はナザリックによって技術革新された魔導国のマジックアイテム類には太刀打ち出来ないと分かっているのか、必然と仕入れてる商品は特産品となる食料品や地域の名産となる工芸品といった類いになっていた。しかし、却ってそれが魔導国内では手に入らない異国情緒のあるバザールとして客を呼び込んでいた。

 

「どう? ナグモくん」

「ふむ………まあ、悪くない」

 

 アンカジ公国の地元名物である生姜や蜂蜜、シナモンを入れたアイスチャイを飲みながら香織と共にバザールを見て回る。

 正直な所、ナザリックの料理長シホウツ・トキツやピッキーの愛称で親しまれている副料理長に頼めば、もっと極上の味のドリンクを提供してくれるだろう。だが、熱気に包まれた建国祭の雰囲気の中で、何より香織が隣にいる事でこれはこれで悪くはない味だとナグモは思えていた。異国情緒のある軽食を食べ歩きしながら、ナグモは香織と楽しんだ。

 

「ふふふ……デス・ナイト達も嬉しそうだね」

「あいつらに喜ぶという感情があるのか疑問なのだが……」

 

 通りがかった公園ではセレモニーが開催されていた。魔導国の国民達は自分達の暮らしがあるのは魔導王陛下と彼の臣下の皆様のお陰であるとスピーチを行い、自分達の安全を身近で守ってくれるデス・ナイト達へ感謝の言葉を送っていた。子供たちがドライフラワーで作った花冠をデス・ナイト達に被せ、その度に観衆から大きな拍手が鳴り響く。恐ろしげな見た目の死の騎士が綺麗な花冠で飾られている、というミスマッチな光景にナグモはなんとも言えない表情で見ながらも香織と楽しんだ。

 

「すごい、すごい! やっぱりナグモくん、すごい!」

「ふふん、当然だ。このくらい目を瞑っていても簡単だ。なんなら目隠ししながらでも全部当ててみせられるぞ?」

「ちょっ……もう勘弁して下さい!」

 

 ゲームの屋台があったのでそれにも参加してみた。ボールを投げて、積み上げたボトルを倒した数で景品が貰えるゲームだ。横で歓声を上げる香織に、ついつい張り切ってナグモが次々とボトルの山を倒していたら店主が半泣きになりながら頭を下げてきた。結局、一等賞の景品を貰った上に参加料をタダにする事で手打ちとなった。香織の喜ぶ顔が見れて、ナグモは楽しかった。

 

「あ、ダンスホールだって! ナグモくん、一緒に踊ってみようよ!」

「いや、僕はダンスなんてやった事は………」

「良いから、良いから」

 

 広場では多くの参加者が踊っているダンスホールが開かれていた。と言っても社交ダンスの様に堅苦しいものではなく、公共魔導ラジオから軽快な音楽に合わせて皆が躍る大衆的なものだ。香織に手を引かれるまま、ナグモはダンスの輪の中に入った。このダンスは男女のペアでやる為に出会いイベントも兼ねており、周りの男女がそうしてる様に香織の手を握って腰を抱き寄せ合う様に躍った。見様見真似の不格好なステップだったが、お祭り騒ぎでそれを指摘する野暮な者はおらず、何より自分と一緒に香織が躍る姿に胸が高鳴って楽しかった。

 

 ナグモは………香織と一緒に過ごす時間が、とても楽しかったのだ。

 

 ***

 

 そうして建国祭で色々な場所を回っている内に夜になった。ナグモ達は魔導国で新設されたビルの屋上に来ていた。周りには二人以外に誰もいない。建国祭中は警備上の観点からこの建物は立ち入り禁止となっているが、魔導国の重鎮であるナグモは入る事が出来た。

 

「今日は楽しかったね〜。お祭りなんて久々だったよ」

 

 香織が笑顔で話し掛けてくる。眼下には急速に発展を遂げた魔導国都市が見え、電灯でライトアップされた建造物達は百万ドルの夜景と読んで遜色ない程に輝いていた。

 

「ねえ、ここで何をするの? もしかしてこの夜景を見せたかったのかな?」

「ああ、いや……予定なら、あともう少しで――――」

 

 ナグモがそう言うと同時に、街の電灯がフッと最低限の灯りを残して消えた。そして―――。

 

「わぁっ………!」

 

 ひゅるるるるる………ドン! ドン! パチパチッ……!

 空に花火が次々と上がる。色取り取りの大輪の花が弾ける様に、次々と夜空を飾った。

 

「ミキュルニラめ……ここまでくると演出過多だ」

 

 呆れた様な口振りだが、ナグモの表情はどこか柔らかい。建国祭のフィナーレの演出は是非とも自分に任せて欲しい、とミキュルニラが言ってきた為に任せ、そのミキュルニラにこの場所が一番よく見えるスポットですよ、と言われたからナグモは香織を連れてここに来ていた。

 

「綺麗………」

「………そうだな」

 

 最初は偉大なる魔導王(アインズ)の即位一周年を祝う日なのだから、建国記念祭をもっと厳かな式典にすべきだと思っていた。だが、今日実際に見て回ってミキュルニラの演出の方が良かったのだろうとナグモは思い直した。この素晴らしい一日は建国記念祭へ訪れた者の心に刻まれ、来年もまた心待ちにしてくれる事だろう。綺麗で楽しい思い出が出来たからこそ、来年も再来年も、今日と同じ日が来ます様にと魔導国の更なる発展を祈ってくれるだろう。

 

「本当に………綺麗なものだな」

 

 ナグモは花火を見上げながらポツリと呟いた。

 

「ただの火薬と金属の炎色反応に過ぎない物なのにな……。花火がこんなに綺麗に見えるなんて、今まで知らなかった」

「そうなの? 地球にいた頃、花火大会とか行かなかったの?」

「その頃の僕は周りが低脳な人間達ばかりな事に毎日辟易していたからな……人間達の祭りや催し物も、参加する意義すら理解できなかった」

 

 いや、正しくは―――理解する気も無かったのだ。ナグモはそう思った。

 自分は至高の御方(じゅーる)に作られた完璧な人間だから他とは違う、じゅーるに『人間嫌い』として作られたから低脳な人間達と関わるのは間違いだと自分に言い聞かせていたのだ。

 そうやって自分に余分な物は必要ないと排除していたのは、決して完璧などではない。ただ欠落を知らずにいただけだ。

 

「君のお陰だ、香織」

 

 ナグモは思うままの事を口にした。

 

「僕は……今まで多くの事を知ろうともせずに取りこぼしていたのかもしれない。その事に気付けたのは香織を……人間を好きになって、人間の感情を知る切っ掛けが出来たからだ」

「もう……そんな急に照れる様な事を言わないでよ」

 

 唐突なナグモの告白に、身に余る賛辞を受けた様に香織ははにかんだ。

 

「今日の様に祭りが楽しいと思えたのも、きっと君のお陰だな……」

「じゃあさ、来年もまた一緒に行こうね。それにどうせなら地球のお祭りの屋台も再現して貰える様にミキュルニラさんに頼んでみようよ。金魚掬いとか、ヨーヨー釣りとか」

「金魚掬い? ヨーヨー釣り? 何だそれは」

「ナグモくん、本当に地球のお祭りに行った事が無かったんだね……まずね、金魚掬いというのは―――」

 

 香織が地球の祭りでよく見た屋台の説明を始める。それを興味深く聞いていたナグモだったが………。

 

「それでね! 射的の屋台にあったぬいぐるみがどうしても欲しいって言ったら、お父さんが張り切っちゃって………それで………」

「香織? どうかしたのか?」

「あ……ううん、大丈夫だよ。ただ、懐かしいなぁって」

 

 ナグモに説明する為に自分の体験談を交えて話していた香織だが、ふと寂しそうな顔になった。

 

「こっちの世界に来て一年……ううん、もっと経ったんだよね。お父さんとお母さん、どうしてるかなぁって……」

 

 きっと昼間に会った親子の事を思い出したのだろう。さらにナグモと話す内に地球での日々を思い出し、そして一周年という記念日で年月を尚更に実感してしまったのだろう。香織の顔には寂寥感と、帰れない故郷(地球)への望郷の念が浮かんでいた。

 

「やっぱり向こうから見たら、突然いなくなった事になるんだろうなぁ………きっとお父さんもお母さんも、必死で私の事を探してるのかな……」

「香織………」

「あ、ごめんね。変な空気にしちゃって。でも、全然大丈夫だよ! だってナグモくんがいるからね! それに今の私は……()()()()()()()()()()()()()()()()()!」

 

 それは――――ナグモを心配させない為に言ったのだろう。寂しそうな顔から一転して、香織は笑顔を見せる。こんな身体になってしまったが、愛する人が一緒にいるから何も問題は無い。そう言ってナグモを安心させようとする――――プログラム(命令)の様に。

 

「………………」

 

 ナグモは唇を噛みながら俯いた。かつて、自分の鏡像が問いてきた。

 いつまで、目を逸らすつもりだ?、と。

 ハルツィナ大迷宮で夢を通して自分の願望を自覚してしまったナグモは、もはや気付かない()()をする事は出来なくなっていた。

 

「香織」

 

 ナグモは顔を上げる。そして香織と真っ直ぐ向き合った。

 

「もしも………人間に戻れる方法があると言ったら、どうする?」

「え………」

 

 驚き絶句する香織に、さらに言葉を重ねる。

 

「先日、アインズ様の人間の身体を作成する『至高の玉体』計画が完成したんだ。とんでもないコストは掛かったが、これでアンデッドに生者の肉体を得る方法が確立した」

「それって……でも、前に私の肉体を別の物に移し替えても、魂も一緒に変質するから無理だった、って……」

「それが覆されたんだ。『至高の玉体』は謂わばワールドアイテム級の奇跡の発明だ。これまでの常識がひっくり返ってしまう程にな」

 

 ユグドラシルにおいてゲームバランスを崩壊させかねない規格外の奇跡。それを異世界の技術も用いたとはいえ、ナザリック技術研究所は成功させた。『至高の玉体』とは、それ程の発明であったのだ。

 

「加えてミレディから聞いたが……僕達が残す最後の神代魔法。それは魂魄魔法と言って、魂に関する魔法だったそうだ。これも加えれば、今回の『至高の玉体』の完成度をさらに引き上げると思う」

 

 むしろ魂魄魔法を用いられなかったからこそ、大量の神結晶が必要になったと言うべきだろう。ナグモはそう考えていた。

 

(もう一つ、全ての神代魔法を束ねる事で概念魔法が生まれるとの事だが………これは不確か過ぎてアテにするのは難しいだろうな)

 

 そもそも“極限の意志”と言われても、今まで精神(こころ)について無頓着だったナグモには掴み所が無かった話だった。科学者としての思考はそういった精神論ではなく、現実的な技術に頼るべきだと判断していた。

 

「今は魂魄魔法が眠る神山はエヒトルジュエが根城にしているが………もはや時間の問題だろう。『至高の玉体』も完成した以上、遠くない未来にエヒトルジュエはアインズ様によって駆逐される。その暁には香織を人間に戻す事も……そして地球へ帰す事だって、可能になるんだ」

 

 香織が息を呑む。それは香織自身、もはや夢物語だと諦めていた可能性だった。だが、ナグモはナザリックの研究者として、それが夢ではないと断言できた。オスカーが遺した研究成果から示される分析として、ナザリックによって人間達の信仰心を削がれた今のエヒトルジュエはかつてより大幅に弱体化しており、客観的に評価してもアインズに勝つ可能性は限りなく低い。そしてハルツィナ大迷宮で手に入れた〝導越の羅針盤〟。これによって香織の故郷である地球への道しるべも出来た。

 

「で、でも……私はナグモくんのアンデッドだから……私は、ナグモくんから離れたらいけなくて……」

「それは違う……違うんだっ……!」

 

 言いたくない。ナグモの心にそんな声が聞こえる。

 ここでこの話は終わりにしよう、そしてもう今日は帰ろう。香織と一緒に、オルクス大迷宮の屋敷に帰るのだ。

 そうすれば、香織はずっと自分の隣にいてくれる。明日も、明後日も、ずっと、ずっと。

 香織だって、自分といたいと言ってくれてる。だから――――!

 

「っ……キメラアンデッド、は………」

 

 そうして―――香織の親族役をマネキン人形にさていた結婚式を思い出していた。

 

「僕が……僕が、研究室で作るモンスター達はっ……基本的に、僕に服従する様に創られているんだ……!」

「え………」

 

 香織が言葉を失う。だが、ナグモは血を吐く様に、あるいは罪を告解する様に言葉を続けた。

 

「これはキメラやアンデッドに限った話じゃない……造物主によって創られた使い魔やゴーレムなどは、作成段階で造物主の命令通りに動く様にプログラムされている」

 

 当然と言えば当然だ。プログラムミスでも無い限り、自分の創り出した物に反逆されるなど笑い話にもならない。いつもの無表情を保つ事もなく、ナグモは辛そうな表情で続ける。

 

「香織の身体を改造した時、精神面に関しては弄った記憶はないが……でも、もしかしたら僕は無意識に他のキメラ達と同じ様に創ってしまった可能性がゼロじゃない」

「そんな……そんな事ない! 私は……私は本当にナグモくんの事が好きだよ? この気持ちは植え付けられた物なんかじゃない!」

 

 香織は自分の身体を抱き締めながら叫んだ。そうしなければ自分という存在を保っていられない様な必死さだった。

 

「ねえ、もうこの話は止めよう? 私はナグモくんのキメラアンデッドだよ? それでいいの。これからもずっとナグモくんの側にいたい。そう思ってるの……だから……」

 

 香織が笑顔を浮かべる。だが、それはもはや創造主に命じられている(プログラミング)から浮かべた不自然な表情になっていた。

 

「僕が改造した日から………君は以前とは変わってしまったと思う」

 

 そんな風に無理に笑わせている恋人を前に、ナグモは爪が食い込む程に拳を握りしめた。

 

「以前の君なら、相手が魔人族や裏稼業の人間とはいえ大量に殺した事を咎めていたと思う。それなのに、最近は僕に都合の良い意見しか言わなくなった。人間だった時の君には誰であっても平等に接する優しさがあったから、それこそ他人に冷淡な態度をとり続けた僕にも優しさを向けてくれる様な相手だから、僕も心惹かれたんだ」

「でも……それは、アインズ様に歯向かった人達だから……」

「………それを君の両親は喜んでくれると思うか?」

「それは……でも……」

 

 無理だ。それだけは香織でも理解できた。自分の娘が生きていた事を喜んではくれても、今の自分を見てどんな目になるか。かつてオルクス大迷宮で歪な魔物だった時に抱いた恐怖心が蘇り、香織は何も言えなくなっていた。

 

「だが、まだ君には人間としての精神が残っている」

 

 俯いてしまった香織に、ナグモははっきりと言った。

 

「まだ人間の両親を……それと故郷の事を忘れていない。それこそがまだ君が、ギリギリではあるけど人間である事の証拠なんだ。結局、僕の改造は不完全だったという証明になるんだろうな」

 

 これのどこが完璧だ、とナグモは技術者としての自分を自嘲した。

 ―――ナグモの言っている事は正確ではない。彼は香織の精神が変貌した理由を造物主と使い魔の関係になってるからと考えているが、正しくはギルド(A.O.G)内でプレイヤーへと昇格した者と、そのプレイヤーが作成したNPCとなっている為だ。ナグモ(プレイヤー)が意図せずにNPC化してしまった香織は、それこそ他のNPC達の様にギルドのプレイヤー達に対して絶対の忠誠を誓っているのだ。

 だが、香織だけは少しだけ他のNPCとは事情が違った。他のNPC達の様にユグドラシルで―――つまりゲームの中では作られず、元となった生身の存在がある。電気信号でゼロから作られたのではなく、元は人間であったからこそ、人間の時の感情や記憶も残した、半NPCと呼ぶべき存在だった。

 

「まだ人間の世界に未練が残されているなら、君は家に帰った方が良い」

 

 ナグモはいつになく優しい口調で言った。

 

「こんな僕でも、親と会えなくなった辛さは知っている。香織と一緒にいられて、とても楽しい日々だったけど………君が家族の事を恋しいと思えているなら、君の居場所はここじゃないんだ」

 

 香織は俯いたまま何も言わない。NPCとしての精神(命令)がナグモの側に居続ける事を選べ、と囁くが、人間としての精神(こころ)が両親の元へ帰りたいと囁いていた。

 

「………話は今すぐじゃない。君の親友の事……それと一応、一緒に召喚されたクラスメイト達も。それらについての扱いもあるから、少し時間は掛かるだろうが………その時まで考えておいてくれ」

 

 ナグモはそれだけ言って、香織から背を向けた。そのまま屋上の出口へと歩いて行く。

 “天職”の実験として解剖した生徒達も、今となっては少し気の毒な事をしたとは思う。彼等全員を蘇生するのは大変な作業になるが、それでもせめてもの謝罪で生きて地球に帰れる様にすべきだとナグモは思っていた。

 そう考える程に………人間としての良識(こころ)が目覚めていた。

 

「ねえ、待って」

 

 ふいに香織から声が掛かる。ナグモは振り向かず、その場で立ち止まった。

 

「もしも……もしも私が地球に帰っちゃったら、ナグモくんはどうする? ナグモくんも一緒に地球に来てくれる……?」

 

 それは縋る様に聞かれた言葉だった。そしてナグモにとって、答え難い問いでもあった。

 技術的な事を言えば、地球とトータスを行き来するのは難しくはないだろう。だが、そうなった場合に様々な問題が生じるのは容易に想像ができた。

 例えば異世界間で国交を開いた場合、今はナザリックがほぼ独占しているトータスの豊富な資源を見て、各国は“自然保護”などを名目に自分達にも分け前を寄越せと迫ってくるだろう。

 では秘密裏に行った場合はどうか。最初に帰還した高校生達に根掘り葉掘り聞いてくるだろうマスコミは力尽くで黙らせるとしても、その後も地球とトータスとの繋がりを維持するのは結局余計な火種にしかならない。

 地球にいた時、ナグモは自国だけでなく海外のニュースも全てチェックしていた。連日の様に流れる紛争のニュース、平等化の名の下に自分達の利権を声高に主張する者達、そして視聴率の為ならプライバシーの侵害どころか平気で偏向報道を行う者達……残念ながら地球の人間達は、ナザリックにとって良き隣人とはならないとナグモは判断していた。

 

「………僕は、至高の御方であるじゅーる・うぇるず様に生み出された、ナザリックの第四階層守護者代理だ」

 

 様々な可能性を考慮して、ナグモは出来る限り淡々と答える。

 

「僕の居場所は………居るべき所はナザリックにしか……無い」

 

 ナグモはそのまま振り返らず、屋上のドアへと歩いて行く。

 一方の香織は、ナグモの言葉にショックを受けた様に立ち尽くしていた。頭の中をグルグルと色々な考えが回る。

 ナグモから言われた事、この愛情は偽物ではないと言いたい事、でもそれを否定できる材料が見つからない事、そして――――地球に帰れる可能性があること。

 

「お母さん………」

 

 優しかった母親の事を思い出す。起こると夜叉のオーラが見える時もあったが、普段は優しくて家に帰ったら温かいご飯を作って待ってくれていた。

 

「お父さん………」

 

 優しかった父親の事を思い出す。自分にすごく過保護で、それが時々鬱陶しくもあったが、いつも夕飯の時に香織が話す事を一緒に喜び、また心配もしてくれた。

 

「お母さん……お父さん……! 私……私……!」

 

 今も家で帰りを待っているであろう両親を思い出して、香織は膝を抱えて蹲る。抑えようと思っても、涙が目から次々と零れ落ちる。寂しくて、寂しくて、寂しくて。

 気が付けば―――花火の時間は終わっていた。

 

 ***

 

 カツン、カツン、とナグモは屋上の出口から階段を下りていく。一人残された香織が泣いているのは聞こえていた。だが、ナグモは駆け寄って慰めるという事は出来なかった。暗く沈んだ足取りで階段を下りていた。

 

「ミキュルニラ………いるのだろう?」

「………はいです」

 

 途中で立ち止まり、ナグモは暗がりに声を掛けた。そこには創造主(じゅーる)が自分に与えてくれた副所長がいつの間にか控えていた。

 

「その……しょちょ~と香織ちゃんの事が、どうしても気になって見に来たのですけど……」

「別に良い。この場所を薦めてくれたのはお前だ。そんな所で話をしていた僕に落ち度がある」

「………所長は、これで良かったのですか?」

 

 盗み聞きを咎めなかったナグモに対して、ミキュルニラはいつになく真剣な表情で聞いていた。

 

「香織ちゃんと一緒にいたいというのは、紛れもない所長の本心ですよね」

「………ああ、そうだな」

 

 ナグモは力無く答えた。

 

「香織に会えて……一緒にいて……僕は楽しかったんだ。こんな感情は今まで知らなかった。それが酷く勿体なかったと思えるくらいに」

 

 それは、とても光り輝く日々だった。かつてのじゅーるの設定通りに第四階層にいたままでは、きっと手に入らなかっただろう。香織と出会った事でナグモの世界は大きく広がったのだ。

 

「でも……だからこそ、香織の意思を捻じ曲げてまで僕の側に置かせるなんて事は……したくないんだ」

「……愛して、いたのですね」

「ああ……そうだな」

 

 愛とは、想い、想われる物。相手の意思を曲げ、自分の手元から離したがらないのは愛とは呼べない。

 それを理解出来るくらいに、かつて『人間嫌い』だった少年は心を育んでいた。

 

「この事は……アインズ様にもお話しする」

 

 ナグモは静かにそう言った。

 

「全ての事が済んだら、香織や他の高校生達も地球に帰れる様にお願いしようと思う……仮にそれでアインズ様のご不興を買ったら、お前にも迷惑をかけるかもしれないが……」

「いいえ。私は迷惑だなんて思いません」

 

 ミキュルニラはいつもの様に間延びした口調ではなく、きっぱりと言った。

 

「私は、ナザリック技術研究所の副所長です。所長の補佐をする存在としてじゅーる様に創られた存在です。所長がする事をお手伝いするのが、私にとっての存在意義なんです」

「……そうか。ありがとう」

 

 思えば、この副所長に対して礼を言った事も数える程度にしかなかった。今まで自分の補佐なのだから当然と思っていたが、初めてナグモはじゅーるが自分に与えてくれたこの少女に感謝していた。

 

「香織ちゃんの方は、もう少ししたら私がお迎えに行きます。だから、今夜は所長もゆっくりお休み下さい」

「ああ………頼む」

 

 ナグモはミキュルニラとすれ違い、そのまま階段を下りようとした。だが、またしても途中で立ち止まった。

 

「どうして………」

 

 距離としてはミキュルニラから完全に離れておらず、かといってすぐには呼び止められない位置。まるで返答は期待してないが聞いて欲しい、というナグモの心境を表している様な距離だった。

 

「どうして、じゅーる様は僕をガルガンチュアみたいなゴーレムに作らなかったんだろうな………そうすれば、こんなに心の事で悩む事なんて無かったのに」

 

 それは今はいない創造主に対して、抗議をしてる様な響きだった。そしてやはりミキュルニラの返答を期待しておらず、そのままナグモは姿を消した。

 

「………それはきっと、じゅーる様が貴方を愛していたからですよ」

 

 一人残されたミキュルニラは静かに呟いた。

 

「亡くなった息子の模造品としてではなく、ナグモ所長という一人の存在として……それは、私も同じなんです」

 

 誰に聞かせる事もなく、じゅーるの亡き息子が大好きだったマスコットキャラクターを模したNPCはそっと目を閉じた。

 

 閉園の時間は………近い。




>半NPC

 キメラアンデッドの香織はゼロから作られたNPCとは違い、人間だった香織をベースとして作られた存在。なので創造主の設計に忠実なNPCとは違い、設計に意図してない人間だった頃の記憶の感情に左右される事がある。

>ナグモ

 様々な経験を経て、人間として感情に彼は目覚めていった。オルクス大迷宮で死んだクラスメイト達の事も、ここまでやる事は無かったんじゃないか? と良心的な考え方はするくらいには。それが良いことかどうかは、この場では語らない。いずれにせよ、自分の愛した少女を操り人形のままにしたいとは思えなくなった。
 
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