それならば、本望だと言っておきます。私も書いてて最悪な気分になった甲斐があったものです。
「さあさ、紳士の皆様お待ちかね! 我らが魅惑の看板ダンサー、スティラちゃんの登場だ!」
司会者の男の声と共に、ステージの幕が上がる。マジックアイテムのライトでいやらしい雰囲気に照らされているホールの中。ステージに立つ際どい衣装を着た踊り子に男達は一斉に歓声を上げ、口笛を鳴らした。
(ふふ……今日もお金持ちそうなおじ様がいっ~ぱい♡)
観客の男達に誘うような目線を送りながら、源氏名で呼ばれた雫はステージの上で踊る。着ている衣装は胸の谷間や艶めかしい腰のくびれも丸見えな破廉恥な衣装だが、雫はむしろ男達に自分の肢体を見せつける様にいやらしくアピールしていた。お尻を突き出してフリフリと振ると、観客の男達の鼻息は荒くなって前のめりにステージの縁にかぶりついた。
(あは♡ あの人、
客席の一角で樽の様に太った男が支配人に、自分を指差しながら金貨の袋を渡しているのが見えた。彼は王国でそれなりの地位を持った常連の貴族であり、雫の事をいたく気に入っている様だった。チップを弾んでくれる上客の指名に雫の胸は興奮と共に火照っていた。
………ここは王都にある違法な娼館だ。本来の雫なら、こんな場所で男達に身体を売る真似など絶対にしない。しかし、清水の闇魔法によって認識を改竄させられ、今の雫は娼館で働く風俗嬢へと変えられていた。金銭を払った男達の欲望に応えて夜の相手をして、稼いだ金銭を清水に貢いで彼の気が向いた時にも股を開くふしだらな売女そのものだが、それを疑問に思う事などない。
(またチップをい~っぱい搾り取って、幸利くんに抱いて貰おう♡ なんか気分が良くなってきたし………ご新規さんにもサービスしちゃおうかしら♡)
雫はいやらしく踊りながら衣装のブラジャーへと手を付ける。観客から一際大きな歓声が上がり、おひねりの金貨がステージに投げ込まれる。
パサリ、と下着が投げ捨てられ、雫の豊満な胸が露わになった。
闇魔法で何処までも清水に都合の良い
***
ハイリヒ王国は一時は各地で反乱が頻発していたが、エヒトルジュエが降臨してから大きな反乱は起きなくなっていた。光輝が各地に赴き、エヒトルジュエから授かった宝玉を掲げて説得する事で反乱を起こした人々は従順になるのだ。実態はエヒトルジュエが異世界へ逃げる為の下準備として、光輝を騙して人々を洗脳させているだけだが王国各地の反乱が収まってきているのは事実だった。
だが、それで治安が回復しているかというと答えは否だ。何故なら、かつてデミウルゴスの策謀の一環として腐敗させた王国の貴族や“光の戦士団“達がそのままだったからだ。彼等は相変わらず庶民達に重税を強いているし、“光の戦士団”を通して聖教教会と癒着関係を築いた裏組織も解体されていなかった。
大元のフリートホーフ本部はアインズによって壊滅させられたものの、王国各地に散らばっている末端組織までは手が及んでいない。むしろ、本部が無くなった事でタガが外れた彼等は暴走し、原因不明ながら壊滅したフリートホーフに代わって次の裏社会の覇者にならんと堅気の相手にも商売を展開し始めたのだ。
その為に各地の反乱は収まりつつあるというのに治安は一向に回復する兆しはなく、エヒトルジュエも王国の人間達はもはや自分が異世界に逃げる時に使う燃料ぐらいにしか見てない為に、この問題については最初から解決する気すら無かった。
それは王都も例外ではない。本部に納める上納金のノルマから解放された元・フリートホーフの末端組織は大ぴっらに大通りでも違法薬物の売買や娼館の経営に手を染め、賄賂を受け取った貴族や役人達は彼等の行いに知らん振りを決め込んだ。
かつてはトータスで一番美しい街だった王都も、今や裏社会の組織が幅を利かせる薄汚い犯罪都市に変わっていた………。
***
「聞いた? 八重樫の奴さ~、男に身体売ってるらしいよ?」
王宮のサロンで瑠璃溝達はくだを巻いていた。テーブルには蒸留酒のビンやキセル管が置かれており、未成年の彼女達が飲酒や喫煙をしているのは明らかだった。最初は躊躇っていたものの、いつからかクラスメイト達の中で飲酒や喫煙は当たり前となっていたので、瑠璃溝達も手を出す様になったのだ。特にこのタバコは吸うと頭の中で爽快感や多幸感で溢れ、どうしてもっと早くにこの味を知れなかったのかと後悔した程だ。今では暇さえあれば吸いたくなるくらい病みつきになり、その量も彼女達が知らず知らずの内に増えていた。
「………お酒のお代わりをお持ち致しました」
王宮のメイドであるニアはテーブルの空き瓶を片付け、新たな酒瓶を置く。本当なら横暴に振る舞う“光の戦士団”の瑠璃溝達の顔すらも見たくないし、拡張高い王宮のサロンをまるで自宅の様に我が物顔で使っている彼女達に不快感しか無いのだが、これも仕事だと自分に言い聞かせて出来る限り顔を出さない様にしていた。もっとも瑠璃溝達にとってメイドのニアの事など眼中にすらない様だ。自動で働く配膳ロボットの様に無視しながら瑠璃溝達はお喋りに興じていた。
「え〜、マジ〜? 八重樫ってそんなアバズレだったわけ?」
「マジマジ! この前の夜さ〜、街の見回りに行くとか言って夜中に出てたじゃん? でもさ、そこでなんかハゲデブなオヤジと一緒にいるラブホに入る所を見た奴がいるんだよね〜!」
「はぁ、マジ? どんだけ男に飢えてるんだしぃ!」
ゲラゲラと品の無い声で三人は笑う。元の世界では学校の中で素行不良な女子達として教師や親達から目の敵にされてた瑠璃溝達からすれば、大人達が「お前はあの子を見習え」と比較対象にしていた優等生の雫が援助交際をしてるというのは格好のネタだった。
「ていうかさぁ、八重樫の奴は王宮にいても夜になるとよく男子達の宿舎に行ってるんだよねぇ。一部の男子達も変に八重樫を庇うしさぁ、男子達にも色目を使ってるんじゃないの?」
「うわ、ありそう………あいつの親友だった白崎も、”私は良い子ちゃんなの~”って感じで周りに媚びててウザかったもんね〜」
「実は死んだ白崎もヤリマンだったんじゃないの? ヤリマン同士、仲良しだったんだし〜?」
ギャハハ、マジキモ〜いっ! と莇野の冗談に三人は笑い合う。それをニアは震える手で酒をグラスに注ぎながら我慢していた。ニアは“光の戦士団”である瑠璃溝達達に取り入ろうと貴族の子弟達が言い寄っているのを知っている。それで良い気になって男を取っ替え引っ替えしている様な瑠璃溝達が、雫ばかりか死んだ香織の事すらも侮辱するなど聞いていて不愉快だった。
だが………雫の振る舞いについては、何も言い返す事など出来なかった。
「ってかさ、天之河も馬鹿だよね~。いつも八重樫の事を庇うけどさ、裏でヤリマンやってるとか知ったらどう思うんだか……」
「良いじゃん、別に。天之河にエヒトルジュエとかいう神様がついたからあたし達は美味しい汁が啜れるんだしぃ~? 最近は遠征やらであまり帰って来ないし、天之河にはもっと働いて貰えば良いんだし~!」
「あははは、天之河くんカワイソ~! でも別に良いよね? あたし達は異世界召喚なんてワケの分からない事に巻き込まれた被害者なんだしさ? あいつらが勝手に戦争参加を決めた迷惑料と思えば、これくらい当然の権利だよね!」
「それに天之河も、もしかしたらヤリマンの八重樫が慰めてくれるんじゃない? なんか八重樫の実家の道場だかやってて、天之河も通ってるらしいけどさあ………どうせ八重樫が男達にパコパコ腰を振ってる道場なんだしぃ!」
「ギャハハ! 無いわー! アイツの家、八重樫道場じゃなくてヤリマン道場でしょ!!」
「……っ!!」
もう我慢の限界だった。空き瓶をトレーに乗せた二アは、奥歯を噛み砕きそうになるくらい歯を食い縛りながらその場から退室した。駆け足気味でやった為に途中で運んでいる食器がガチャガチャと音を立てる。メイドとしては落第点な所作だったが、バカ笑いする瑠璃溝達は最後までニアの事など、自分達の世話をするのが当然のロボットの様に無視していた。
「雫様………」
一人、廊下で空き瓶を載せたトレーを持ちながら二アは顔を俯かせる。その表情は哀しみで溢れていた。
そして夜の外出に行かない時も、『光輝の代わりに彼等の悩みを聞いて上げる』という名目で頻繁に男子生徒のいる部屋へ行っていた。さすがにメイドという立場上、無断で部屋を覗き見るなど出来ないが、雫が『お悩み相談』をした男子生徒達の挙動不審な態度から何がしていたかは薄々と察しがついてしまった。
思い悩んだ末、雫本人に言葉を濁しながらも真相を聞き出そうとした事もまる。だが、その時はまるで身に覚えがないかの様に怪訝な顔をしていた。二アはそれを信じたかったが、それでも最近の雫の様子はおかし過ぎた。かつては“ソウル・シスターズ”として雫のファンだったメイド仲間達も、一部は幻滅した様に雫を軽蔑した目で見ていた。
「きっと……きっと何か、事情があるのです……雫様は、こんな事をする御方じゃないです……!」
雫付きのメイドである彼女は、あくまで雫の事を信じようとしていた。二アにとっては雫は上司からの命令でお付きになったという関係以上に、実家が剣道場をやっているという事から意気投合して友情を感じてる相手だ。“神の使徒”として召喚されて有頂天になってる少年少女の中で、雫は自分の様な平民にも分け隔てなく優しく接してくれたのだ。それどころか、「同い年なんだから敬語なんて使わないで良いわよ」とフランクに言ってくれた事もあった。そんな雫の実態がふしだらな少女だったというのは、ニアには信じられなかったのだ。
ふう、と二アは大きく深呼吸をする。もう見ないフリなど出来ない。
今夜、雫が部屋から抜け出す様な事があったら後をつけよう。そして、何があろうと真実と向き合うのだ。もしも雫が噂通りの事をしているというなら、止める様に説得すべきだ。二アは静かにそう決心した。
そして―――その決断が、彼女の運命を決定付けてしまった。
***
その日の深夜。同僚に無理を言って夜勤を代わって貰い、雫の部屋のドアを少し離れた場所から二アは見張っていた。すると、やはり雫は部屋から出て来ていた。まるで人目を忍ぶ様にこっそりと歩く雫をここで呼び止めたくなる衝動を抑え、二アもまた足音を立てない様に後をつけた。進んでいる方向から察するに、今夜は外出ではなく男子生徒達の宿舎に向かっている様だ。
雫を追って宿舎に入った二アだが、意外な事に人の気配があまり無い事に気付いた。これは檜山達の様に“光の戦士団”の権力で持ち主から取り上げた屋敷などで羽目を外したい生徒達がいるからだ。彼等は自由に夜遊びができる居住空間が出来た為、こちらに残っている者は少数派だった。しかし、今の二アにとってはその事がありがたかった。雫が廊下に並ぶ部屋の内の一室に入ったのを見て、二アもあまり人気の無い廊下を早足で歩く。そして雫が入った部屋のドアを音が立たない様にゆっくりと開け、細い隙間から部屋の中を覗き込んだ。
「はい。これが昨日の分の売り上げね」
雫の声が部屋の中からする。細いドアの隙間からは雫の特徴的なポニーテールの後ろ姿が見え、そして部屋の奥にある椅子にふんぞり返る様に座った少年の姿が見えた。
「あれは………」
その少年に見覚えがあった。確か、シミズとかいう名前だった気がする。香織がオルクス大迷宮で死んだ後、戦いを恐れて引き籠もっていた為に他の“神の使徒”達からイジメられていたが、その後に昏睡から目覚めた雫がよく庇う様になった少年だ。
「へえ………結構稼いだじゃん。どんだけ抱かれてきたんだよ?」
ジャラジャラ、と硬貨を数える様な音と共に清水の声がねっとりと響く。それは雫を自分の下に見ている事を隠してもいない不愉快な声音だった。
「
「ぶっ、ははははっ! 雫、お前マジで淫乱だな! 脂ぎってるオヤジと寝たのがそんなに嬉しいのかよ?」
「もう……意地悪な事を言わないでよ。私は幸利くんの為に我慢して男達の相手をしたのよ?」
だが、そんな幸利に対して雫は怒るどころか甘える様な声を出していた。まるで飼い主の従順なペットの様で、二アはショックの余りに声が出そうになる口を必死で抑えた。
「頑張って稼いだきたのだから………ねえ、ご褒美が欲しいわ♡」
「ひひ、仕方ねえなあ。攻略済みのヒロインを可愛がるのも、主人公の役目だしな……おら、舐めろ」
座ったままの清水が横柄に足を差し出すと、雫はその足を恭しく持つ様に跪いた。
「んぅ……ぴちゃ、ぴちゃ……♡」
「雫様……!」
雫は奴隷の様に清水の足を舐めていた。それだというのに聞こえてくる声は完全に恍惚としており、二アはあまりに酷い光景に涙が出そうになった。
だが………そんな二アに耳を疑う様な内容が飛び込んだ。
「くひ、ひひっ! クラスでも“二大女神”とか言われていた雫を俺の思い通りにできるなんてなぁ………俺、天職が闇術師で本当良かったぜ」
雫に奉仕させながら、清水は上機嫌に独りごちた。そして跪いている雫の頭を掴み―――その手から黒い魔力のオーラが滲み出た。
「あ、ああっ……♡」
『聞こえるか? 雫。お前は俺のヒロインだ』
「私は……幸利くんのヒロイン……」
『ヒロインは主人公に尽くすもんだろ? だからお前は俺に尽くすのが当然で、それが役目だ』
「幸利くんに尽くすのは当然……幸利くんに尽くすのが私の役目……」
『俺の命令を聞いていると幸せになる。なにせ俺はヒロインであるお前を愛してやれる主人公だけだもんなぁ?』
「幸利くんの命令を聞くと幸せ……私を愛してくれるのは、幸利くんだけ……幸利くん……幸利、くぅん……♡♡」
清水に頭を鷲掴みにされた雫は、魔力の込められた清水の言葉を復唱する。まるで夢見心地になっているかの様にボーッとした声になっており、熱に浮かされたかの様にハァハァと息が荒くなっていった。
「―――雫様に何をしているのですか!!」
「へっ、なあ!?」
もはや黙って見ている事など出来なかった。ドアをパッと開け、二アは清水の部屋に踏み込んだ。そこには突然入ってきた二アに滑稽なくらい驚いた顔を見せる清水と、清水の前で虚ろな目で跪いている雫の姿があった。
「お、おおおお、お前、い、いい、いつからそこに?」
「おかしいと思いました………そういえば、あなたは闇術師でしたね? 雫様の最近のおかしな行動は、あなたが原因だったのですね!」
狼狽える清水に対して、二アは力強くキッと睨む。人を洗脳する程の闇魔法など聞いた事は無いが、“神の使徒”である清水ならばそういう事も可能だったのだろう。雫の様子を見て、そう結論づけた二アは咄嗟に踵を返そうとした。
「この事は皆にお伝えします! あなたの悪事は白日の下にさらします!」
「なあ!? お、おい雫! その女を捕まえろォ!」
「………分かったわ、幸利くん」
清水に命令され、雫の身体がバネ仕掛けの様に動いた。逃げ出そうとしていた二アだが、悲しい事ながら“神の使徒”として召喚された雫の方がステータスは圧倒的に勝っていた。部屋の出口にあと一歩という所でたどり着けず、あっという間に雫に組み伏せられてしまった。
「くっ……離して下さい、雫様! 目をお覚まし下さい!」
「は、はは……いけねえなあ、メイドさん。勝手に他人の部屋を覗くなって教わらなかったのか?」
組み伏せられた二アを見て余裕を取り戻したのか、部屋のドアを閉めながら清水はニヤニヤと笑いながら話し掛ける。
「教育のなってないメイドはちゃんと躾けないとなあ? 俺がご主人様になってやるよ」
「ふざけないでっ……! 誰があなたなんかに……!」
「お~恐い恐い……これをくらっても同じ事が言えるのか?」
幸利は笑いながら闇魔法が込められた手を二アに翳した。その途端、二アの目が焦点が定まらない様に濁った。
『俺はお前のご主人様だ。メイドはご主人様の言うことを聞くものだろう?』
清水の声が二アの脳に直接響く。その声は心地良く聞こえ、二アは雫に押さえつけられながらも清水の声を聞く事に幸福感を感じていた。
『ほら………言ってみな? 誰がお前のご主人様だ?』
「わ、私、は………」
二アが焦点の定まらない目のまま、口にしようとする言葉を清水を唇を吊り上げて待った。その顔は予期しなかったが、新しい奴隷が手に入る悦びで醜く歪んでいた。
「私、は――――――あなたの、ものなんかに、ならないっ……!」
「………あ?」
瞬間。清水は聞き違いかと思って目を凝らす。そこには先程までボンヤリとした表情だった二アが、自分を穢らわしい物を見る様な目で睨んでいた。
「あなたの様な、下賎の人に……私は屈しない……! 雫様を……女の子を、自分の操り人形にしようとする、最低な人なんかにっ……!」
「なっ……てめえ、まだ抵抗するのかよ!?」
清水は苛立った様に闇魔法の出力を上げる。さらに強化された闇魔法に二アの顔が再びボンヤリとしかけたが、目は清水を憎しみを込めて睨んでいた。
「本当に……最っ低……! 女の子を操り人形にして、自分のヒロインだとか寝言をほざくなんて……最低で、気持ちの悪い人……!」
「う、うるせぇ! 黙れよ!」
「一時期は他の“使徒”様にリンチされてて、可哀想とも思ったけど……本性がこんな性根なら、周りから仲間とも思われなくて当然ですっ……!」
「うるせぇって言ってんだろ!!」
雫に地面にねじ伏せられ、闇魔法で意識が混濁しそうになりながらも侮蔑した目を向けてくる二アに、清水は苛立った様に声を荒げる。それはワガママな子供が自分の思い通りにならない事に駄々をこねている様でもあった。
ここにきて、清水は一つ失念していた。
この世界の人間より上なステータスを持つ清水の闇魔法は確かに強力だ。だが、そんな清水をもってしても人間の洗脳を行うのは簡単な話ではない。雫の時は彼女が心神喪失状態であった事や、長時間魔法を掛けた事で可能だったのだ。それは本来なら清水も把握している事だが、悪事がバレてしまったという事態に気が動転して頭が回らなかった。
「おまけに自分を主人公だとか……頭がおかしいです……!」
苦し紛れに吐かれる二アの言葉。だが、清水の精神にドリルの様にねじ込まれていた。
キモい。最低。頭おかしい。虐められて当然。
かつて清水が学校で虐められていた時に言われた言葉がフラッシュバックし、さらにこの世界に来てからも虐められて誰にも助けて貰えなかった記憶も清水を苛む。
闇魔法で雫を洗脳してから色々と思い通りに出来た為に、清水はこんな風に自分が責められた時の対処法を知らなかった。
結局の所―――彼の精神は虐められていた中学の時代から変わっていなかった。自分の世界に引き籠もり、漫画やゲームのヒロインが自分と付き合う妄想に耽った頃から、何一つ成長などしていなかったのだ。
「女の子を操り人形にして、独り善がりな空想に耽る愚か者……! それがあなたの正体です……!」
「黙れえええええぇぇぇっ!!」
二アの言葉に清水は激昂する。図星をつかれ、自分の精神の最も弱い部分を触れられた故に、清水の精神は簡単に凶暴さへ振り切った。
「雫ぅぅぅぅ! そいつを―――殺せえええっ!! 二度と不快な口が利けない様にしろおおおおっ!!」
「………分かったわ。幸利くん」
(誰、か………誰か、雫様を助けて……!)
息が吸えなくて、視界がチカチカとする。そんな中で見た雫の顔は、相変わらず恍惚としたままだ。下賎な男の意のままに動く人形として尊厳を穢されているのに、彼女はその事実を認識できないまま慰みものにされ続けているのだ。
(助けてっ……神様でも、悪魔でもいいからっ……! どうか、雫様を、)
ボキンッ。
自分の頸椎が折れる音と共に、二アの意識は闇に閉ざされた――――――。
***
「よいしょ、と………こんな物で良いわよね?」
雫は王宮の中にある庭園の端で、シャベルを片手に自分が掘った穴を見て独りごちた。
その傍らには―――ベッドのシーツに包まれた二アの死体があった。
かつては手入れが行き届いて美しさを誇った庭園も、庭師がちょっとした事で“光の戦士団”の一人の不興を買って投獄された事で今は荒れ放題となっていた。“光の戦士団”の横暴さから後任も中々決まらず、雑草が伸び放題となったこの場所なら、清水の命令通りに死体を隠せると雫は判断していた。
「ごめんね、二ア。あなたはお友達だったけど、私は幸利くんのヒロインだから………」
雫はこの世界に来てから出来た友人に一言謝ると、掘った穴に死体を入れる。普通の人間なら人間一人を埋める程の深さを掘るのも、そしてその穴を埋めるのも時間が掛かるだろう。ところが、雫は“神の使徒”としてのステータスがあるために穴を掘るのも、それほど時間は掛からなかった。夜が明ける前に埋め直せるだろう。雫は二アの死体をくるんだ包みに土をかけ始め――――――ポタリ、と水滴が落ちた。
「あれ? 何かしら……え? あ、あれ?」
最初は雨かと思った。だが、すぐにそれが雨などではなく――――――自分が涙を流している、と気付いてしまった。雫は慌てて目を拭うが、涙は次から次へと目を溢れていた。
「お、おかしいわね……どうして、こんな……」
何故だが、凄く悲しい気持ちになって胸が張り裂けそうな気がする。
二アが死んだのは確かに残念だ。でも―――
そうして―――――雫はどうして自分が泣いているのか理解できないまま、異世界の友人の死体を埋め始めた。
***
「へえ………面白い事になってるじゃん♪」
泣きながら死体を埋める雫を庭園の陰から覗く者がいた。
恵里は雫を見ながら邪悪な笑みを浮かべる。
「あのメイドが八重樫をつけてるのを見て、何かあるなと思ったけど……まさか殺人事件を起こすとはねえ?」
恵里本人は雫の比にならないぐらい手を血で汚しているのだが、そういう事を棚に上げて雫の状況を嘲笑う。
「エヒトルジュエが出て来てヤルダバオトと連絡が取れなくなったから焦ったけど………ボクにも運が向いてきたぞぉ♪」
ヤルダバオトの存在を知ってる恵里は、王国に降臨したエヒトルジュエの勝利など最初から信じていなかった。あの悪魔は全く底が知れないのだ。それならば、エヒトルジュエが倒されてもヤルダバオトに情けを掛けて貰える様に動くべきだ。
「この事を上手く使って、八重樫をヤルダバオトに献上すれば………その時こそ、もうボクに邪魔者なんていない! 愛しの光輝くんと二人きりで、いつまでも幸せに暮らせる!」
もうすぐだ。もうすぐ自分の願いは叶う。
長年、灰被りの様に冴えなかった自分とはもうサヨナラだ。王子様を誑かせる悪い魔女達はいなくなり、王子様と一緒にいつまでもいつまでも幸せに暮らしましたとさ。
恵里は彼女の中のハッピーエンドを夢見て、踊り出したい気分だった。
そうして夢見心地な気分だからこそ――――足下の亀裂に気付いてなどいなかった。
今夜は新月。月が隠れ、一切の光明が差さない夜闇。
闇に囚われた少女達の先行きは――――全く見えない。
遅すぎた………。彼は、人の心に目覚めるのが遅すぎた。
彼が人としての心に早く目覚めていたならば、あるいは強硬策に乗り出していたならば。こんな悲劇は起こらなかったでしょうね。
そして聡明な読者の皆様は既に御存知でしょう。
清水の闇魔法に操られた時の記憶が、どうなってるかなんて。