でもそれはそれとして……自分も雫を聖○棒にしたり、香織の首を
「ささ、ランデル殿下。この書類にもサインを」
「う、うむ………」
ハイリヒ王国の王宮。執務室で王子であるランデルが書類と向き合っていた。王子といえど彼はまだ六歳であり、実質的な政務は側近達が行ってランデルは実行の許可を出すだけなのだが、目の前に差し出された書類を気乗りしなさそうに見ていた。
「な、なあ、ムタロ。これは本当に民の為になる政策なのか? 最近、何やら民の生活は苦しくなってると噂で聞くが、これで本当に民の暮らしぶりは良くなるのか?」
「もちろんその通りでございますとも!」
どこか疑わしそうに書類を見ているランデルに対して、ムタロはでっぷりとした腹を揺らしながら答えた。この男は“光の戦士団”の財政管理役という立場から、いつの間にやら国政に口出しを出来る地位に就いていた。“光の戦士団"の運営費として庶民達から巻き上げた金で各方面へ賄賂を送り、更に“神の使徒"達の教官を務めている威名を笠にして今の地位を築き上げていたのだ。
「我々は幼き殿下を補佐し、国を守る忠臣達です。殿下は我々に信じてどっしりと構えて下され!」
「その通りですとも。エヒトルジュエ様が降臨し、我が国の繁栄は約束されたも同然です。現に勇者殿によって内乱は徐々に治りつつあるではありませんか」
「勇者様にこそ全ての正義があり、勇者様がいるからこそ下民達も安心して暮らせるのです。最近、
ムタロに追従する様に官僚の貴族達は尤もらしく頷く。だが、彼等の目は生気が無い様に虚ろだった。
彼等はかつて恵里が
「ささ、早くこの書類にサインを。後の事は全て私がやりますので! 陛下も貴方様が未来の王として成長される様にご判断を任されたのですぞ!」
「わ、分かった………良きに計らえ」
ムタロの圧力に負け、ランデルは渋々といった様子で書類に許可のサインを書く。その書類を受け取ると、ムタロはニンマリと笑った。
「はい、ありがとうございます。ではこの法案をすぐに実行に移させますので私はこれで………」
正式な許可を貰った以上、もう用はないと言う様にムタロ達はさっさと退出する。王子である自分に敬意など欠片もなく、権力の道具ぐらいにしか見てない事は幼いランデルにも理解できた。一人、部屋に残されたランデルは椅子に座ったまま項垂れる。
「どうして……どうして父上はあんな者達を側に置いているのだ? 聡明だった父上は何処に行ってしまわれたのだ?」
一時期から聖教教会にのめり込んでいたエリヒド王だが、エヒトルジュエが降臨してからは更に悪化していた。ランデルはそのエヒトルジュエとは直接会った事は無いが、もはやエリヒドは政務すら投げ出し、教会の者達と共にエヒトルジュエを讃える祈祷を連日行っていた。その為にランデルが父に代わって政務を行わなくてはならなかったのだ。
だが、王族と言えどランデルはまだ六歳の少年だ。彼一人では何も出来ず、自分が権力の道具とされていると薄々悟りながらも、ムタロの様な信用の置けない大人達を頼るしかなかった。
ムタロ達は「国民達は勇者様の活躍で安心して暮らせています」、「ランデル殿下の采配のお陰で平和に暮らしています」と言ってきているが、それが本当なのか城下町に下りた事も無いランデルには確かめる術が無い。先程の書類の内容も、王族の教育を受けてるとはいえまだ六歳の彼に理解させる気も無いかの様に難しく書かれていて、自分が許可した内容が本当に国の為になっているのか自信が無かった。
「母上………姉上………」
一人で執務室に残されたランデルは、寂寥感を滲ませた声で呟く。ある日、ルルアリアは突然の病で亡くなったと言われた。そして、その事でリリアーナも心を病んで遠方へ療養に行ったと聞かされた。ランデルはそんな説明では納得など出来なかったが、エリヒドは今まで見た事のない恐ろしい顔で話は終わりだと打ち切ってしまった。もしもランデルが尚も抗議していれば、実の息子である自分でも殺しかねないと思った程だ。
「会いたいです……母上……姉上……!」
父王は乱心し、母親は亡くなり、姉は行方知らず。
頼れる者は誰もおらず、もはや自分を閉じ込める豪華なだけの牢獄でしかなくなった王宮で、ランデルは一人泣き続けていた。
***
ハイリヒ王国の刑務所は大抵は周りに人里のない辺境に作られていた。これは囚人の刑務作業として行う林業や鉱山労働を行う場所に近いというのが理由の一つだが、大きな理由としては囚人が自分達の街や村の近くにいる事を誰もが嫌がった為だった。そうして刑務所には囚人と刑務官として派遣されている兵士ぐらいしかいないのだが………。
「なあ………これで良いのかよ?」
刑務所の入り口。そこで門番をしている兵士は隣に立つ同僚に声を掛けた。時刻は深夜であり、壁に立て掛けられた松明以外に灯りは無い。こんな暗い夜にこそ囚人の脱獄などを警戒すべきであり、職務中の私語など言語道断だ。しかし、声を掛けられた兵士はその事を注意する気力も無いかの様に疲れた声で応えた。
「………何がだ」
「だからよ、俺達がやってるのは………正しい事なのかよ、という話だよ」
本来なら、彼の発言は非常に問題があると指摘されるだろう。無辜の人々が安心して暮らせる為、凶悪な犯罪者達を塀の中に閉じ込めておくのが彼の仕事だ。
ただし―――相手が凶悪な犯罪者ならば、だ。
それを分かっているからか、同僚の兵士はかなり投げ遣りな態度で応えた。
「知らねえよ………上からの命令で、俺達はここに入れられた奴を見張ってるんだろ? 正しいとか、正しくないとか俺等みたいな下っ端が言った所でどうにもならねえよ」
「そりゃそうだけど………」
納得のいってない顔で兵士の男は尚も何か言いたそうにしていた。面倒そうに溜息を吐くが、その気持ちは同僚の男にも理解出来ていた。
今まで王国の法を犯した犯罪者達を収監していたが、ここ最近になって少し事情が異なってきていた。
ある者は、“聖戦遠征軍”への従軍を拒んで収監された―――彼には介護が必要な母親がいた。
ある者は、聖教教会へのお布施を払わなかった為に収監された―――彼の家は酷く貧しかった。
ある者は、“光の戦士団”が命じた為に収監された―――気に障ったというのが理由だった。
今やここに収監された者のほとんどが教会や勇者達に従わなかったというだけで収監されており、大した罪も犯してない彼等に王国は国家反逆罪として裁いたのだ。収監される彼等の恨みの籠った目や悲しい顔を向けられる度に兵士達の良心は苛まれており、自分達が圧政者の走狗になった様に思えて仕事を辞める者まで出始めたていた。
「そりゃ俺だってやりたくてやってるわけじゃねえよ。でもなあ、このご時世で仕事を辞めたら俺らがおまんまの食い上げに………何だ?」
侭ならない現実に重苦しい溜息を吐いていた兵士だったが、ふと夜の闇の中で動く者がいた様な気配を感じた。目を凝らしてよく見ようとした兵士だったが………。
ヒュンッ!
「ぐおっ!?」
「なっ!? おい、どうし……がっ!?」
何かを投擲する様な音と共に兵士の男が倒れる。苦悶の声を上げた同僚に駆け寄ろうとしたが、再び投擲音が響く。男の顔にベチャッと液状の物がぶつけられ、咄嗟に振り払おうとしたが急激に身体が痺れて動けなくなった。
「よし……門番は無力化したわ。皆、行くわよ」
「おう」
闇に潜んでいた襲撃者―――園部優花は後ろにいた仲間たちに声を掛ける。そこにはかつて“愛ちゃん親衛隊”と呼ばれていた相川達やデビット達がいた。“投擲師”の優花が痺れ薬を投げて門番達を無力化したのを見て、刑務所の中へと潜入していく。
「鍵が見つかったら片っ端から開けていって! 一人でも多くの人を逃がすの!」
「いたぞ! 侵入者だ!」
「チッ、やはり見つかったか……! ここは俺が引き受ける! お前達は牢屋の開放を急げ!」
「分かりました! 貴方達も急いで!」
優花達が牢屋に捕まっている人間達を逃がしていると、異変に気付いた兵士達が集まってきた。即座にデビット達が兵士と斬り結び、その間にも優花は牢屋の鍵を次々と開けていく。最初は優花達が何者か分からなくて戸惑っていた囚人達だったが、優香の声に押される様にして次々と牢屋から出た。
「ま、待て! 逃がすか、うおおおおおおっ!!」
刑務官の兵士が焦った声を出す。ここで脱獄者を出せば、それこそ彼等が教会から裁かれるかもしれないのだ。吶喊しながら、一人の兵士が優花へと斬りかかる。
「くっ、ユウカ!」
デビットが救援に向かおうとするが、別の兵士の相手をしていてそれどころではなかった。
「っ……!」
襲い掛かる兵士に優花は一瞬だけ目を見開き―――覚悟を決めた様に唇を噛み締めるとダガーを兵士の目に投擲した。
「ぎゃああああああっ!?」
「……ごめんなさいっ」
眼球に刺さったダガーを抜こうと身悶えする兵士に、優花は痛みを堪える様な顔でダガーを再び投擲する。そのダガーは―――兵士の喉に突き刺さった。
「ゴ、ボォ……!?」
喉に突き刺さったダガーで呼吸ができず、兵士は血反吐を吐く。そして彼の残った眼球が裏返り―――絶命した。
「っ………!」
苦悶に満ちた兵士の最期の顔を見て、優花は胸のあたりをギュッと抑えた。やはり、人の命を奪うのは
「てめええええっ、よくも俺の弟をおおおおおっ!!」
ハッと優花は顔を上げる。絶命した兵士を見て、別の兵士が優香に向かって怒り狂った形相で剣を振りかぶっていた。自分が殺した兵士の事を思って気を取られていた優花は、咄嗟には動けずに自分に斬りかかる剣を見つめて―――。
「そりゃっ」
「がっ!?」
突然、横合いからもの凄い力で殴られて兵士の視界がブレる。そして地面に転んだ兵士が咄嗟に起き上がろうとした所へ、頭にクロス・スタッフが振り下ろされた。
グチャッ!
気持ち悪くなる様な音と共に、兵士の身体がビクンと跳ねた後に動かなくなる。
「油断大敵っすよ、優花っち。駄目じゃないっすか、戦いの最中にボーってしてたら」
兵士の頭を潰したルプスレギナが朗らかに笑う。いつもの快活な態度のままに人を殺した彼女に一瞬だけ寒気がはしったが、自分が情けない姿を見せたからこうなった事を思い出して優花は頭を下げた。
「ごめんなさい。あの場合はどうしようもなかったと分かってるけど、やっぱり人を殺すと嫌な気分がして………」
「こんなの慣れっすよ、慣れ。それにあの王女サマに協力するって決めた時から、犠牲者ゼロとか無理って分かってたんじゃないっすか?」
「それは……、いえ、ルプスレギナさんの言う通りです」
ふうっ、と大きく深呼吸する。それで少しではあるが人殺しをしたという動揺が収まってくれた。それこそルプスレギナがいつもと変わらない調子で話しかけてくれるのがありがたく、少しずつ落ち着きを取り戻してきた。
「こんな所で立ち止まるわけには……今度こそ、逃げるわけにはいかない。たとえ………相手が元・クラスメイトであっても」
自分に言い聞かせる様に優花は言う。この刑務所に入れられた人達は、元・クラスメイト達が作った“光の戦士団”の犠牲者達だ。もはや王国を荒らす害悪となってしまった元・クラスメイト達の事に、地球出身者としてトータスの人々に申し訳ない気持ちになっていた。あの時、自分が逃げなければ何か変わったかもしれない。そう思ったら居ても立っても居られず、優花達は今度こそ戦う決意を固めたのだ。
たとえ………それが両手を血で汚す事になっても。
「ふうん……まあ、いいっすけどね。とりあえず、死なない様に頑張れば良いんじゃないっすか?」
「はい。ルプスレギナさんも、ありがとうございます。こんな所まで付き合って貰って……」
「ああ、気にする事ないっす。私は
カラカラと笑いながら答えるルプスレギナ。何か妙なニュアンスを感じた気がしたが、その違和感を感じる前に相川が話しかけてきた。その後ろには牢屋から解放した囚人らしき人間が数人いた。
「園部。警備兵は全員倒せたみたいだ。増援を呼ばれる前に、皆を連れて早く逃げるぞ」
「分かったわ」
「な、なあ……あんた達は一体………?」
囚人にされてた男が怪訝そうに優花達を見る。今のハイリヒ王国において、聖教教会や“光の戦士団”から罪人の烙印を押された自分達を助けようとする者がいるとは思わなかった様だ。
「私達は、リリアーナ王女の下で結成された“ハイリヒ解放軍”の者です。それで助けたお礼になんて言うのも難ですけど………よかったら、皆さんの力も貸してくれませんか?」
>ムタロ
例えるなら、霊帝に取り入る十常侍。そんな感じで幼いランデルを自分の権力の道具にしてると思って下さい。やっと登場したランデルだけど、マジでこのままだと最期は旧王政の象徴として処刑エンドが………。
>優花っち
こちらもお久しぶりな優花さん。原作では最終決戦まで戦線離脱してましたが、元・クラスメイト達が荒廃させた王国に対して責任感を感じた様です。自分の手を血に染めてでも、何とかしようと頑張ってます。
>ルプー
まあ、ナザリックには筒抜けなわけですが(笑)。
望まぬ人殺しをした優花にいつも通りの態度で接して元気付けようとするなんて、きっと心の優しい娘なんだろうなー(棒)