ありふれてないオーバーロードで世界征服   作:sahala

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すいません、全国のアインズファンの皆様……解釈違いにも程があるかもです。

愛子先生、昨晩は何をしてたの? というお話し。


第百九十話「酒は人間を映し出す鏡である」

 時間は昨夜に遡る。

 夜更けにアインズは個室で溜息を吐いていた。宿の主人に無理を言って四人分の個室を急に取らせた為、全員の部屋が隣同士とはならず、バラバラの部屋に泊まる事となった。それが今のナグモ達の心の距離を示している様で気が重くなっていた。

 

(こうして一人だけで部屋にいるのも、随分と久しぶりかもな……)

 

 思えば冒険者モモンとして旅をしている間はナグモと香織が同室になる関係上でユエがアインズと共におり、ナザリックや魔導国にいる時はアルベドや一般メイド達などが誰かしらついて回っていた。アインズが純粋に部屋で一人過ごすのは随分と久々に感じていた。鈴木悟(人間)だった時は独身生活だから特に何とも思わなかったが、今は部屋で一人でいる事が―――隣に金髪の吸血鬼がいない事が、何故か寂しく感じていた。

 

(でも、考えないといけない事は山ほどある。ナグモの事、香織の事、ユエの事、ルプスレギナの事に、解放軍の事……ああ、もうどれから手を付ければいいやら。こうなったら……)

 

 今日一日で起きた事を整理しようとするも、色々な事が起こり過ぎて頭の中がごちゃごちゃしてしまう。軽く頭痛すら感じて、アインズは“至高の玉体”を解除した。瞬間的にイケメンフェイスのモモンの身体が元の死の支配者(オーバーロード)の身体に代わり、アインズが感じていたストレスが沈静化されていった。

 

「本当に便利だな、このアイテム……切り換えの必要があるとはいえ、人間と異形種の良い所取りか」

 

 アンデッドの身体となった事で起きた精神沈静化で一先ずは落ち着く事ができ、アインズは“至高の玉体”を収めた指輪を見ながら独りごちた。幾分か精神に余裕ができ、改めて今日の出来事を振り返った。

 

(まず、ナグモと香織の事。あの二人のすれ違いは残念だけど、一朝一夕でどうにかなる物じゃないな……。何より、香織のあの言動……あれはまさしく、NPC達にそっくりだ)

 

 おそらくナグモがプレイヤー化した上で肉体改造を行った事で、今の香織はナグモが作り出したNPCの様になってるのではないか。NPC達はナザリックへの絶対的な帰属心と創造主への忠誠を持っている姿を見て、香織の状況をアインズは正確に把握していた。

 

(そうなるとナグモが荒れるのは無理もない。恋人を自分に従順に従う人形に変えてしまった様なものだからな。でもナグモの記憶を見た限り、人間の時から香織はナグモが好きだったと思うけど………)

 

 かつてナグモの記憶から香織の事を探ろうとした内容から、香織のナグモへの想いは根本から歪めらてなどいないとアインズは考えていた。

 

(でも、それを伝えても効果は無かったな。ナグモは香織を地球の家族の元へ帰すの一点張りだし、香織は“ナザリックのシモベ”としても離れるわけにいかないと言い出したからな……)

 

 あの後、個別でナグモと香織と話してみたものの、それで解決する程に二人の問題は単純ではなかった。ナグモは香織を家族の所へ帰すの一点張りであり、香織はナグモと一緒にいたいから地球に帰らなくても良いと主張していた。二人が冷静な状態ならば、アインズも彼等の意思を尊重できた。だが、今の二人はとても冷静には見えず、これが正常な状態ではないのはアインズにも分かった。

 

(香織を人間に戻すのは最悪、流れ星の指輪(シューティングスター)でどうにか出来るかもしれないけど………いや、どうだろうな。アンデッドを人間に種族変更するのはワールドアイテム級の手段じゃなければ駄目だった筈だ。指輪に込められた〈星に願いを(ウィッシュ・アポン・ア・スター)〉では届かない)

 

 アインズがユグドラシル時代にボーナスを使い果たしてまで手に入れた課金アイテムの事が思い浮かんだが、すぐにその可能性を打ち消した。超位魔法である〈星に願いを(ウィッシュ・アポン・ア・スター)〉は強力であるものの、それでもワールドアイテム級の奇蹟には届かない。そしてエヒトルジュエとの決戦が控えている今、ナザリックの支配者として流れ星の指輪(シューティングスター)をここで使ってしまう事も出来なかった。

 

(それだけにこの“至高の玉体”がどんなにすごいかという話だけど……でも、精神性とかどうなんだろうな? まだ使ってから日は短いけど、人間に対する感情は元の身体とそんなに変わらない気がする)

 

 “至高の玉体”によって人間の身体を装備感覚で着脱できる様になったアインズだが、あくまで変わったのは肉体の感覚であり、アンデッドの精神は変わらずにある気がしていた。“至高の玉体”はアンデッドになって久しく感じていなかった食欲や高揚感などを感じさせてはくれている。だが、人間に対して別の生物として見ている感覚までも薄れたかというと、そうではないのだ。先程、状況が特殊だったとはいえ王女から自分の身体を好きにしていいと言われても、アインズの中で美少女から誘われた事への高揚感や性欲など全く起きなかったのだ。

 

(結局……ナグモと香織の事をどうにかしたいと思っても、少なくともエヒトルジュエを討つまでは何も手出しは出来ない、か……)

 

 香織を人間に戻したいというナグモの願いは理解できる。だが、本人も理解しているだろうが手持ちの手段では確実性は薄く、“至高の玉体”の完全な完成―――最後の神代魔法を手に入れてアップグレードさせるしかないのだろう。そしてまだエヒトルジュエという最大の障害がいる今、特殊な形とはいえレベル100代にいる香織を戦力から外す事も出来ない。ナザリックの長としてそう判断せざるを得ず、現状では何も出来ない事にアインズは歯噛みするしかなかった。

 

(次に解放軍の事だけど、これは形を変えて支援する事自体は決定事項だな。ルプスレギナには報告を怠らない様にきちんと言っておかないと……まあ、いくらルプスレギナでも自分の愉しみを優先させて報告をしないとかやらないと思うけど)

 

 どうにもルプスレギナは人間達を玩具ぐらいにしか思ってない節があり、そこがアインズにとって懸念事項だった。王国側にこれ以上、エヒトルジュエの勢力を増やしたくはないし、そういう意味なら個人的にナグモの元クラスメイト達が気に入らなくても解放軍を支援するメリットはあった。そこをきちんと言い含めなくてはならない。

 

(最後に……ユエの事、だけど………)

 

 ここ最近でアインズの中で存在が大きくなっている金髪の吸血鬼の事を思い浮かべる。本来ならば、“至高の玉体”を得た今夜にアインズは彼女に想いを伝えるつもりだった。以前の告白は嬉しくなかったわけではない。あれはアンデッドの精神沈静化のせいだ。しかし、この街に着いてから起きた状況が状況だけに、そんな話をしてる場合じゃないだろうとアインズの中でブレーキが掛かってしまっていた。

 何より―――いざ準備は整った状態となり、アインズは尻込みしてしまっていた。

 

(こ、こっちはまた後日にしよう……今はナグモ達が大変なんだし……)

 

 頭の中でこのヘタレ、甲斐性なしと金色仮面を被ったバードマンやピンク色のスライム達が詰った気がしたが、アインズは丁重に頭の隅に追いやった。

 諸々の問題の一応の方針が立ち、アインズは大きく息を吐きながら立ち上がる。疲労とは無縁のアンデッドの身体とはいえ、やはり気疲れはしてくるものだ。ふと窓の外を見ると、繁華街はまだ灯りが点っていた。

 

「そうだな……せっかくだし、気晴らしに夜の散歩でもしてみるか」

 

 アインズは再び“至高の玉体”をその身に纏うと、宿屋を後にした。

 

 ***

 

 まだ時間は午前0時を回っておらず、繁華街は夜の賑わいを見せていた。王国の内乱でいくつかの街や村は滅んだが、帝国や商業都市と繋がりの深いウィーンダムはその心配とは無用の様だ。酒の席で内乱についてあれこれと噂話はするものの、夜の憩いを住民達は普通に楽しんでいた。

 

「しかし、本当に暢気な連中だな……仮に王国が滅んでもお構いなしか?」

 

 人間ボディで繁華街を歩きながら、アインズは思わずそう呟く。帝国やフューレンと繋がりが深いこの街からすれば、本当に危なくなったらどちらかに逃げれば良いと思っているのだろう。だからこそ、まだ直接的な被害を被ってない彼等にとって王国の内乱も対岸の火事なのだ。

 “至高の玉体”による二枚目な顔により、先程からアインズは露出の多い服を纏った街娼と思しき女性達から何度も声を掛けられた。だが、そんな煽情的な女性達を見てもアインズは高揚感などが湧き上がらず、やはり“至高の玉体”でもアンデッドの精神性は変わらないんじゃないか? とアインズの推察を深める羽目になった。

 

「なあ、嬢ちゃん……さすがに飲み過ぎじゃないか?」

「うう、ヒック………嬢ちゃんなんて歳じゃありません……それに良いんです、私なんてどうでも………」

 

 もはや数える気にもなれなくなった街娼の誘いに、いい加減鬱陶しさを感じていたアインズだったが、ふと聞き覚えのある声がした様な気がしてそちらに目を向けた。

 そこは路上からも見える位置にカウンター席を出してる酒場。地球で喩えるなら赤提灯を出してる様な居酒屋(アインズは資料でしか見た事は無いが)に、店主に困った様な顔をされながら一人の女性が酒を飲んでいた。その女性は見た目は少女と呼んでもおかしくない小柄な体型であり、彼女の席にある幾つかの空のグラスやボトルを見れば、なるほど店主も心配したくなる様な自棄飲みだった。

 

「ん? あの女は確か………」

 

 先程の会見の時に姿を見せていた、地球でのナグモ達の教師――愛子の姿にアインズは眉を顰める。ナグモ達があんな荒れ姿を見せたのに酒に溺れてるなんて、と批難したい気持ちが出たが、以前にデミウルゴスから渡された資料には彼女が“作農師”というレア天職と書かれていた事を思い出した。

 

「んえ………?」

 

 アインズの呟きが聞こえたのか、愛子の目がぐりんとこちらを向く。酒に酔って顔が真っ赤なのもそうだが、それ以上に目の周りは泣き腫らした様に真っ赤だった。

 

「あなたは……モモンさん……」

「そこの立派な騎士さん、もしかしてこの嬢ちゃんの保護者かい? ちょうど良かった。ウチはそろそろ店仕舞いしたいからさ、引き取ってくれないか?」

「ああ、いや……私は………」

「ほら、嬢ちゃん。お迎えが来たぞ、明日は二日酔いで地獄だろうがちゃんと帰って寝ろよ?」

「だから、嬢ちゃんじゃないですってばぁ……」

 

 アインズは咄嗟に否定しようとしたが、店主は泥酔した愛子の扱いに困っていたのだろう。愛子を席から立たせ、アインズに押し付ける様にしてさっさと店のドアを閉めてしまった。

 

「おいおい……あー、確か君は解放軍と一緒にいた教師だったな? こんな所で酔い潰れる程に飲んでいるなんて、教師としての自覚が足りないんじゃないか?」

 

 押しつけられたアインズは店主に文句を言いたいものの、仕方なく愛子にそう話し掛ける。ナグモの事もあり、少しだけ内容が刺々しい物になってしまっていた。すると――――。

 

「ひぐっ……うう、うわあああああんっ!!」

「は……えぇ?」

「私は……私はどうせ駄目な教師なんです! いえ、教師なんて名乗る事すら烏滸がましい、最低な人間なんですよおおおっ!!」

 

 愛子はその場でわんわんと泣き出した。見た目からして少女にしか見えない愛子が泣き崩れている姿は中々痛ましい物があり、通行人も何事だとアインズ達を注目しだしていた。

 

「……ど、どうすればいいんだよこれ?」

 

 ***

 

「だからぁ、私も精一杯やろうとしたんです! でも、私の話なんて誰も聞いてくれなくて……!」

「ああ、うん……貴方もとても大変だったんだな………」

 

 あの後、アインズと愛子の姿は別の大衆酒場にあった。愛子を自分達の宿に連れて行くなど出来ず、かと言ってあの場でそのまま放置する事も出来なかったアインズが選んだ選択肢が「とりあえず二軒目どう?」という手段だった。サラリーマン時代にアインズも上司や取引先によく連れ回されたものだが、そこで愛子の話を聞くと内容は流石のアインズも同情する物だった。

 

「異世界召喚なんて意味不明な事態に巻き込まれて……でも、私は先生だからしっかりしなくちゃって思って、頑張ったのに……それでも、私は全然駄目で……!」

「いや、貴方はよくやった。担任でもないのに、よくやってる方だ」

 

 ストレスを限界まで貯め込んでいた事もあったのだろう、初対面であるアインズに対して、酔った愛子は自分の事をペラペラと喋っていた。だが、愛子の身の上話を聞いていく内に、『ナグモを虐めていたクラスメイト達の教師』と思っていたアインズの敵意は薄れていた。突然の異世界召喚にも関わらず生徒達の為に奔走したというのに、行く先々では勇者達の不始末で頭を下げて回り、そして勇者達から『自分では戦えないお荷物』としていびられる様になってしまったなど同情しか湧き上がらない。

 

(俺も最初にナザリックの皆が従う素振りを見せてくれなかったら、こうなったのかもしれないな………俺じゃ愚痴を聞いてあげることしかできないけど、この場にやまいこさんがいてくれたら同じ教師の目線を立ってもっと上手く慰めたりすることができたんだろうな。というか、この先生がここまで追い詰められたのって半分はデミウルゴスのせいじゃないか?)

 

 確かデミウルゴスに説明させた王国の裏工作の内容で、愛子の話と一致してる箇所があった気がする。それに気付くともはやアインズは、ナグモの事で愛子を恨むなど出来なくなった。自分が深く考えず適当にデミウルゴスに許可を出してしまった為に勇者を始めとする暴走した生徒達の行いのせいで精神的にボロボロになってしまった愛子に、できることならこの場で頭を下げて謝罪したい程の罪悪感が湧いていたがそれが出来ない以上、せめてもの詫びとして愛子の酒の席に付き合っていた。そういう意味でもギルメン達がこの世界にもいてくれたらと……悔やまれてならない。

 

(うう……いかん……この先生のペースに合わせて飲んでたら、酔いが回ってきたかも………)

 

 “至高の玉体”を手に入れ、アインズ(鈴木悟)にとってはトータスに転移してから実に一年以上ぶりとなる飲食。ナグモが作り出した“至高の玉体”はアインズに忘れかけた味覚を思い出させてくれ、さらに環境汚染された自分の地球とは違って新鮮な食材や飲料がある。その事もあってアインズもついつい愛子に連れる様に飲んでしまい、久々の酩酊感にアインズは頭がフラフラとし出していた。アンデッドの身体に戻ればスッキリとするだろうが、さすがに人前でそれをやるわけにいかない。

 

「私が……私がもっと完璧な教師なら、南雲くんや白崎さんもあんなに怒らなかった筈なんです……」

 

 酒に酔った頭でどうにかアインズが考えていると、愛子はグラスを両手で握りながらポツリと漏らしていた。

 

「私がちゃんと生徒達の側にいてあげれば、白崎さんが奈落に落ちる事も、南雲くんが天之河くん達に責められる事も無かった筈なんです……」

「いや、それはさすがに貴方のせいではないだろう。貴方は王国の“作農師”として自分の仕事を果たしていたのだから。悪いのは周りを煽った勇者だ。それにナグモも“人間嫌い”であるから、周りの人間と協調するのは難しかったと思うが……」

「いいえ。きっと南雲くんは見捨てたらいけなかったんです……あの子はずっと、寂しそうにしてましたから」

「……寂しい? ナグモが?」

 

 自虐する愛子を慰める様に言ったアインズだったが、愛子の言葉に思わず聞き返していた。愛子は酔った顔のまま、地球で見ていたナグモの印象を語り出した。

 

「私は今の学級になってから初めて南雲くんの受け持ちになりましたけど……南雲くんはいつも教室の隅で本を読んでいる様な大人しい子だったんです。すごく頭が良くて、職員室でも噂になっていたんです……でも頭が良過ぎて、教師達以上の知識を授業中でも披露する事があって、段々と教師達は手に負えない生徒として触れない様になっていったんです……」

「……まあ、容易に想像はつくな」

 

 愛子から明かされる地球の学校でのナグモの様子に、アインズは納得した様に頷いた。なにせナグモはナザリック技術研究所のトップとしてじゅーるに生み出されたのだ。地球で普通の学生生活をやらせるなど、ティラノサウルスを犬小屋で飼おうとするくらい窮屈だっただろう。

 

「私は生徒は皆平等に接してあげるべきだと訴えたのですけど、先輩から“新米が余計な事はしなくていい”って怒られちゃって……でも、教室で見た時の南雲くんはどこか寂しそうに感じたんです」

 

 浴びるほどの飲酒でいい加減、意識が混濁してきてるのだろう。愛子はうつらうつらとしながら話し続けた。

 

「南雲くんはその……親のいない子だって聞いたんですけど、その事もあってか他の人達に全く気を許してる様子は無かったんです……だからせめて、私くらいは南雲くんの先生として味方だよ、って伝えたいと思って……でも、やっぱり私が未熟な先生だから、南雲くんに全く信頼なんてされなくて………」

 

 この教師は孤独な生徒の味方になろうとしていたのだ。アインズは知らないが、かつて自分の恩師がそうしてくれた様に、ナグモが周りを敵だと思っていても自分だけは味方だと伝えようとしていた。

 

「だから、きっと……南雲くんの手は離したらいけなかったんです……きっとあの子は……“独りぼっちでいる事が好きなフリをしてるだけ”の、寂しい子だったのだから……」

 

 それ自体は根拠もなく、ただの愛子の所感だ。しかし酔いで理性のない愛子は、思ったままの事を口にしていた。ふと愛子は眠そうな目のまま、モモンの姿をしたアインズを見た。

 

「でも……私は嫌われちゃったけど……あなたや白崎さんが南雲くんの味方でいてくれて良かった……」

 

 眠気が限界なのか、愛子は机に突っ伏しながら呟いた。

 

「やっとあの子も会えたんですね……自分を曝け出せる人達に………」

 

 カタンと愛子の手からグラスが滑り落ちる。床に落ちる前にアインズがキャッチしていると、愛子は真っ赤な顔のまま、すぅすぅと寝息を立てていた。

 

「やれやれ、寝てしまったか………ルプー」

「はいっす!」

 

 アインズが呼ぶと、どこからともなくルプスレギナが現れた。おそらく愛子の監視の為にずっと見張っていたのだろう。アインズもルプスレギナの気配が近くにいる事を察知していた為に、二人きりで愛子の話を聞くことを選んだのだ。既に深夜の遅い時間帯となり、周りに人がいなくなってきている事を確認してアインズは呼び寄せていた。あえて冒険者としての偽名で呼んだり、ルプスレギナが砕けた口調を使っているのは一応の演技だ。誰かに見られていたとしても、モモンとルプスレギナは冒険者として顔見知りだったとでも言えば説明はつく。

 

「この教師を彼女の宿屋まで送ってやれ。丁重にだぞ」

「了解っす、モモンさん!」

 

 ルプスレギナは敬礼しながら応える。愛子を背に担ぎながら、彼女は少し見下した様な目を向けていた。

 

「それにしてもこの人間も馬鹿っすよね。ナグモ様に勝手な幻想を抱いて勘違いしてるなんて。香織ちゃん以外は眼中に無さそうなナグモ様が本当は寂しがり屋とか、そんなわけないのに」

「……本当にそう思うか?」

「ええと、何か間違ってたっすか? だって、ナグモ様は()()()()()()()()()()()っすよね?」

 

 暗に至高の御方によってそう作られたから、そうであると述べているルプスレギナの顔は不思議そうに尋ねていた。彼女の考え方は――――ナザリックのNPCとして、おそらく正しいのだろう。

 

「いや……ここで言う事でも無いだろう。ルプー、その教師が危険な目にあったら必ず守ってやれ」

「はい、もちろんっす。貴重な天職の持ち主と聞いているので!」

 

 そういう事を言いたいわけではないのだが、最後までルプスレギナには伝わらなかった様だ。こういう時にやまいこさんがいてくれたら……と痛感するのと同時に、後で理由も含めてちゃんと説明をした方が良いだろうと思いながらも、いい加減に酔いが回ってきたアインズはルプスレギナに後を任せてその場を立ち去る事にした。

 

(いかん……本気で酔いが回ってきたかも………)

 

 千鳥足気味ながらどうにか宿屋に帰ってきたアインズだが、部屋へ戻る廊下を歩いていると本格的にアルコールが身体に回っていた。あまりに久々の飲酒であった為に、知らず知らずの内に飲み過ぎていたらしい。

 

(どうにか部屋に戻って、そこで一端“至高の玉体”を解かないと……うう、でも頭がフワフワするぅ……)

 

 酒を飲んだ時の独特の足下が定まらない感じに、アインズの中の無事な理性が警鐘を鳴らすが、どうにかこの場で酔いを覚ます為にアンデッドの身体に戻るという愚は避けていた。誰が見てるかも分からない場所でアンデッドに戻るなど、大騒ぎどころの話ではない。

 

「サト……モモンさん?」

 

 フラフラと廊下を歩いていると、ふと声を掛けられた。ユエが部屋のドアの前に立っていた。どうやら気が付かない内にユエの部屋の前に来ていたらしい。

 

「一体、どうされて……って、もしかしてお酒を飲んでるんですか?」

「う~ん……まあ……」

 

 アインズから酒臭い息を感じて、ユエが少しだけ眉根を寄せながら言った。それに気不味さを感じながらも、アルコールで酩酊していたアインズは曖昧な返事をした。

 

「まったく! お水を差し上げますから部屋に入って下さい!」

 

 ユエはぷりぷりと怒りながら、アインズの手を引いて自分の部屋に入れた。ドアが閉まり、ユエは部屋に備え付けの水差しを置いたテーブルに向かった。

 

「サトル様も色々あってお酒に逃げたくなる気持ちも分かりますけど、そんな風になるまで飲む事はないじゃないですかっ。まったく、やきもきしていた私が馬鹿みたい……」

 

 後半はボソッと呟いただけだが、ユエの格好は寝間着というには少し扇情的な―――誰かに見せる事を目的とした様なネグリジェ姿だった。何故、ユエがそんな格好で不機嫌になっているかと考える前に―――アインズの中でドクンと血の巡りが早くなった感覚がした。

 重ねて言うが―――現在の“至高の玉体”ではアンデッドの精神性までは変えられない。元・人間のアインズであっても別の生物の様にしか見えていないし、そんな人間達に求愛されてもアンデッドの心は動かせない。この“玉体”はあくまでアンデッドに人間の肉体を与えているに過ぎないのだ。

 ただし―――元から愛情のある相手ならば、その限りではない。

 

「ユエ………」

「え……きゃっ!?」

 

 コップに水を注ごうとしたユエだが、唐突にアインズはユエを後ろから抱き締めた。アルコールで正常に頭が回らない今、いつもの慎重過ぎる理性より、鈴木悟(人間)としての本能が優先されていた。

 

「ユエ……好きだぞ……嘘じゃない、本当なんだ……」

「サ、サトル様? あ、あの、突然言われても、まだ心の準備が……!」

 

 ユエは慌てた様に言うが、抱き締めてきたアインズを振り解く事はしなかった。ステータス差があるとはいえ、彼女なら今の酔ったアインズから簡単に逃げられるにも関わらずだ。

 

「準備なら出来てるさ……俺にはもうちゃんとした身体があるから」

「サトル……様………」

 

 酔った顔のまま、アインズはユエの顔を引き寄せる。自分にこんな大胆な事ができたのかとアインズは他人事の様に考えていた。そしてアインズは———ユエの唇を奪った。

 

「んぅ……!」

 

 せめて酒臭い息はどうにかしたかった。そう思ったものの、もうアインズの中で一度アンデッドに戻って酔いを覚ますという選択肢は無かった。アンデッドの身体では、この柔らかくて天に昇る様な気持ちの感触を味わえないからだ。

 

「ぷはっ……はぁ、はぁ……サトル様………」

 

 一端、唇を離すとユエが潤んだ瞳でアインズを見た。リリアーナが誘惑しようとしたのを見て、対抗心からつい着てしまったネグリジェがユエの小柄ながらも均整の取れた肢体を包んでいた。

 

「その………優しくお願いします」

 

 瞬間。アインズの理性は振り切れた。

 

 ***

 

 朝日を目に感じて、アインズは目を覚ました。眠る事自体、すごく久しぶりだったのだが、寝起きは最悪な頭痛に見舞われた。

 

「イタタタ……ああ、そうだった。確か昨日は飲み過ぎて、それでか……」

 

 二日酔いという異世界転移してから全く味わなかった痛みに耐えかね、アインズは“至高の玉体”を解除した。瞬間、アインズの身体はアンデッドに戻り、頭痛や吐き気が即座に消えた。

 

「あ……おはようございます。サトル様♡」

「ユエ? 何で俺の部屋に………あ」

 

 起き上がるアインズに、隣から声が掛けられる。

 そして———思い出した。

 ユエが一糸纏わぬ姿で、アインズの隣で寝ていた理由を。

 

「………すんませんしたああああっ!!」

 

 瞬間。ノータイムで死の支配者は金髪の吸血鬼に土下座した。




やっちゃった……酒の勢いでやっちゃった……。

>“至高の玉体”

作中でも書きましたが、実はアンデッドの人間化には不完全な物。確か人間の肉体を与える事が出来るものの、未だに魂魄魔法を手に入れてないナグモが作った物なので人間の精神までは与えられない。仮に今の香織に“至高の玉体”を与えても、変質してしまった精神までは治せない。

>愛子先生

まあ、この人については個人的に色々と思うことはある。とはいえ、教師としての情熱は本物だとは思う。教師達が匙を投げたナグモにも実は手を差し伸べようとしていた。あるいは、ある意味で一番の問題児であるナグモに愛子が付きっきりでいれば、愛子の意思を汲んで何かが変わったかもしれない。

>ユエの初夜

あのさあ……(自分で呆れ)。もうちょっと、ロマンのある展開にならない? とはいえ、奥手であろうアインズが手を出すとしたら、こういう強引な展開にする必要があったというか……。

しかし、夜の生活でも“至高の玉体”が有用と分かったので、今回の事を耳にしたらきっと魔導国宰相閣下もお喜び頂けるでしょう。
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