内容が全く目出度くはないですが、今年も拙作をよろしくお願いします。
『予定通り、上手く解放軍に入れたぜ。しかも王女様と先生はもう少しこの街にいるんだとよ』
念話用のマジックアイテムから清水の声が響く。エヒトルジュエから渡されたアイテムを通して、ウィーンダムから離れた土地に身を隠しているカトレアが返事をした。
「ああ、よくやってくれたねえ。じゃあ、予定通りに事を進めるとしようか」
カトレアが嗜虐的な笑みを浮かべる。今、ハイリヒ解放軍の要であるリリアーナと愛子はいつもより無防備な状態だ。ここにはお忍びの会見で来ている為に護衛は少なく、ここで二人が揃って死ねば解放軍は瓦解するだろう。それを考え、カトレアは胸の中にある黒い感情を抑えきれずに笑っていた。
『おい、
恩師や顔見知りの人間達が死ぬというのに、清水にとっては些細な問題な様だ。まるでプレゼントを強請るかの様に聞いてくる清水に、カトレアは念話の中で頷いた。
「ああ。事が上手く運べば、あんたが本当の勇者だ。今の勇者の醜態は見て分かるだろう? あんなのが勇者に選ばれたばかりに、トータスは荒れに荒れた。魔導王という奴が裏から手を回して、あの甘ったれたガキを祭り上げられる様にしたせいさ」
カトレアは語る。天之河光輝は正しい勇者ではない。彼が勇者になれたのは手下の魔物と教皇を入れ替わらせ、教会全体で光輝を過剰に持ち上げる様に指示した魔導王のせいなのだと。
「周りから持ち上げられただけのクソガキじゃ、今や魔導王に支配されつつあるトータスを救うなんて無理に決まってるからねえ。この世界を救う為にも、“本物の勇者”に立ち上がって貰わなきゃ困ると神様は仰せだよ」
『俺が……本物の勇者……』
カトレアの言葉に清水の心は妖しく揺さぶられる。異世界に来て、チート能力を貰ったというのに物語の主人公みたいに自分が認められなかった理不尽。あまつさえ、
(そうだ……やっぱり、天之河の奴が勇者なのは間違いだったんだ。俺が……俺こそが本当の
そう考えれば、今までの自分の立場の悪さも納得がいった。これは異世界ファンタジーでよくある展開だ。最初は冴えない能力で勇者パーティーから冷遇された挙げ句に追放され、その後に真の能力に目覚めて主人公が大活躍する。地球にいた時に何度も読んだライトノベルと同じ様な展開に、清水の心は激しく揺さぶられた。
「その為にもまずはハイリヒ王国内の混乱を収めなきゃならない。民衆を煽って反乱を起こしてるお姫様や、あんたの教師を殺して、反乱軍を解体する必要があると神様は仰せだよ」
『そう、なのか……? でも……』
「何を迷っているんだい? あんたは神様に選ばれた“勇者”だ。あんたの行いは神様が保証してくれるんだから、自信を持ちなよ」
『へ、へへ……そうだよな。主人公の活躍の為には、仕方のない犠牲だもんな……』
少し考えればおかしいと思う様な指示であっても、今の清水には疑うという発想は無かった。異世界に来てから
「既に反乱軍の懐に入れた上に、あんたには自分の言う通りに動く“お人形”がいるんだろ? 後はタイミングを見計らって、上手くやれば―――」
『なあ、ちょっと待てよ。王女様と愛子先生だけどさ……殺さなきゃ駄目か?』
「あん?」
『いや、だからさ……要は反乱軍を解体すれば良いんだろ? 俺の力で
一瞬、この期に及んで日和ったかと思ったカトレアだったが、清水の提案はそれよりも最低な物だった。あの二人は容姿は良いので、洗脳して自分の奴隷にしたいという事なのだろう。そんな下衆な考えが見え透いていたが、カトレアは頷く事にした。
「……まあ、そうだね。とはいえ、第一の目的は反乱軍の要の二人を消す事だ。あんたの個人的な目的に固執してしくじるんじゃないよ」
そう言って、カトレアは念話を切った。そして、今まで吐き気を我慢していた様な不快な顔になる。
「………フン、誰が見てもあんたが勇者の器なわけないだろ」
ここにはいない清水に対して、今まで我慢していた汚泥の様な思いを吐き出していた。女の子を洗脳して自分の人形にしてる様な奴が、どうして自分こそが勇者に相応しいと思っているのだろう。そして恩師や仲間達を騙し討ちしようとしてるのに、それが勇者の行いだとどうして思えるのだろう。権力を笠に着て国を荒らしまくっている今の勇者もそうだが、こんな人間達を一時は魔人族の脅威として警戒していた事に情けなくなる思いだ。
(でも、それでいい。あの魔導王に一矢報いれるなら、クソみたいな野郎だって利用してやる……!)
裏切ったシスティーナによって祖国ガーランドが陥落してから、カトレアはただひたすらにトータス中を彷徨っていた。恋人は死に、祖国を守る事も出来なかった彼女にもはや生きる希望など無かった。それでも自殺せずに今まで生きていたのは、このまま恋人の仇を討てないままに死ねないという怨念の様な想いがあってこそだ。そうして宛もなく彷徨うカトレアに、ある日、天啓の様に語りかける声が聞こえた。
『お前から全てを奪った魔導王に復讐したくないか? 神であるエヒトルジュエが、特別にお前に力を貸そう』
既にカトレアに疑うという考えは無かった。あるのは自分から全てを奪った相手への復讐心だけ。その後にエヒトルジュエから全ては魔導王の策略だったと聞かされたが、事の真偽すらも考える気になれなかった。
(ミハイルを……私の恋人を奪った相手に一矢報いれるなら、相手が悪魔でも構わない! だから……絶対に復讐してやるっ!!)
そうして復讐の炎に身を焦がすカトレアは、エヒトルジュエから力を貰って元のステータスから大幅に強化された。だが、それで魔導王に勝てるとは思っていない。それこそ魔王アルブヘイトですら魔導王に敵わなかったのだから。だが、そんな事は関係なかった。もはやカトレアの頭にあるのは、自分から全てを奪った相手に一矢報いるという事のみ。
エヒトルジュエから指示されたリリアーナや愛子の暗殺も、これがどういう結果を呼び起こすかなども知らない。だが、自分は恋人も祖国も奪われたというのに、人間族達だけが不幸な目に遭わないなど不公平な話だ。
(どいつもこいつも、不幸になればいいんだ……みんな、みんな……!)
もはや自分に失う物など無い。仮に自分が死んでも、ミハイルの待つ天国に逝くだけだ。今のカトレアにとって、魔導王すら恐くなかった。
「ふ、ふふ、ふふふ……! あははは、あははははははっ!!」
誰もいない丘の上。カトレアは恋人の遺品のペンダントを握りながら、狂った様に一人で笑い続けていた。
***
「残念ながら……今日も色よい返事は頂けませんでした」
朝食の折り、リリアーナから齎された報告に解放軍の一同は沈痛な面持ちになる。リリアーナが滞在してから数日、コーネリウス伯爵と何度も交渉をしているものの、今日も解放軍への協力を取り付ける事は出来なかった。雫と清水が加わってくれたと言っても、コーネリウス伯爵からすればたかが二人の少年少女だ。“漆黒の英雄”モモンの様に影響力がある人間でもなければ、この日和見主義筆頭の領主は決断する気配がなかった。
「いかが致しましょう、リリアーナ王女殿下。正直な所、これ以上の滞在は時間の無駄の様に思えておりますが………」
「そう、ですね………」
デビット共々、リリアーナは少し草臥れた顔になっていた。条件を出来る限り譲歩し、誠心誠意で訴えても、日和見主義であるコーネリウス伯爵は決断する事が出来ず、周りの部下達に意見を求めて判断を先延ばしにするのだ。その部下達もお互いの出身地を贔屓目で見ている余り正しい分析をしてるとは言えず、これでは誰が一番コーネリウスという赤ん坊をあやすのが得意か競ってる様なものだ。この状況にさすがのリリアーナも疲れてきてしまっていた。
「ま……待ってくれよ、王女様」
どうしたものかと考え込むリリアーナに、最近解放軍に入ったばかりの清水が声を上げた。
「せ、せっかくここまで来たんだろ? 領主の奴も迷ってるってだけでノーとは言ってないんだし、もう少し続けてみて良いんじゃないか?」
「清水さん、ですが………」
「そ、それによ! こうしてる間にも、天之河の奴が王国を荒らしてるんだろ? 解放軍本部に「何の成果も得られませんでした!」とか言うよりさ、時間を掛けてでもどうにか味方を増やした方が良いって思うぜ……?」
「……ならば、今度は貴様が王女殿下と一緒に会合に行ってみるか? そこまで言うからには、我々が思いつかなかった画期的な説得方法があるんだろうな?」
「え? いや、おれは……そういうの得意じゃないというか……」
デビッド、とリリアーナが窘めた為に彼もそれ以上は言わなかった。だが、清水に対して少し棘のある目付きのまま睨んでいた。デビッドはどうにも、清水の事が気に入らなかった。最初は勇者達から冷遇されて愛子を頼るしかなかったという境遇に同情はした。しかし、リリアーナやデビッドが領主達との会合に臨んでいる時、他の愛子の生徒達は街中で情報収集をしたり、解放軍に必要な物資の買い付けなどを行っているというのに清水は積極的に手伝っているという話を聞かないのだ。彼はフラッといなくなっては、少ししたらまた姿を現し、暇なら手伝えと声を掛けると、不貞腐れた顔になりながら渋々と作業をするという有様だったのだ。そして面倒な作業をやらせようとすると、今の様にゴニョゴニョと言い訳して逃げる始末だ。
もう一人の新たな生徒―――雫はそんな事はなく、むしろ清水がやってない作業を率先して行ってくれている。そんな事があってデビッドの目には、清水が恋人である雫を働かせ、自分では何もしないヒモ男の様に見えてきていた。愛子の生徒で、こんな状況でも無ければデビッドは軽蔑した目付きを隠す気にもなれなかっただろう。
「八重樫さん……結構食べる方なんだねえ」
デビッドが清水を険しい顔で見ている中、食卓の一角では優香達が女子グループで固まってお喋りに興じていた。
「あむっ……そうかしら? 普通くらいだと思うけど」
「いやあ、そのトーストも三枚目でしょ? 普通に多いって。それにさっきからグレープフルーツを何回もお代わりしてるけど、ひょっとして八重樫さんの好物なの?」
「う~ん、地球にいた時はそうでも無かったのだけど……ただ、最近どういうわけか酸っぱい食べ物を身体が欲しがるのよね」
「ふうん? でも、余計なお世話かもしれないけど少しダイエットした方が良いかもよ?」
「そうそう。八重樫さん、元のスタイルがとても良いんだから。それに………はっきり言うけど、前に会った時よりちょっとお腹が出てきてるかも」
「うっ!? ……す、少し自重しようかしら」
「ん? コラ! そこの男子! 乙女の話を盗み聞きするなー!」
雫が手にしていたグレープフルーツを籠に戻す中、相川達は慌てて明後日の方向を見て口笛を吹く真似をした。
一部、不穏な所はあったものの、平和な朝だった。ウィーンダムは内乱とは関係ない土地であり、交渉の為に来ているとはいえ、リリアーナ達も久方ぶりに平穏な朝を過ごせているのは確かだ。今日もまた、この芸術の街は静かな朝を迎えるのだろう――――――この時までは。
「? なんでしょう、随分と街が騒がしくなってきた様な……」
愛子がふと顔を上げる。それに釣られてリリアーナ達も同じ様に辺りを見渡した。つい先程まで朝の静寂にあった街中が急に、多くの人間のどよめき声で埋め尽くされた。それも徐々に、徐々に大きくなっていく。
「失礼するっすよー」
挨拶のノックもそこそこに、ルプスレギナがリリアーナ達のいる部屋に入ってきた。
「ルプスレギナさん。一体、何があったのですか?」
「う~ん、これは私も予想外の展開っていうか……」
リリアーナの質問に、いつもは快活な笑みを見せるルプスレギナが困惑した様な顔を見せる。それだけに愛子達は徒ならぬ事態が起きたと身を固くした。
「なんか地平を埋め尽くす程の魔物の大群がこっちに来てるみたいなんすよね。このままじゃ、この街はそのまま滅んじゃうっす」
>無敵の人・カトレア
こういうのが一番恐いタイプなんじゃないかな、と思う。自分の命とか未来の展望とかそういうのを度外視して、ただアインズ達に復讐するの一心でやってくるのだから。仮に上手くいかなくても、カトレア的にはミハイルの待つ場所に行けるというご褒美です。
人間の底力を知りたまえ、ゼロ歳児くん。
それと後半のとある部分。自分は伏線を仕込むのが下手なので、この際読者にはバレてる前提で書こうと思いますが……まあ、きっとあの子は成長期なんですよとだけ。ぽっこり膨らむくらい。