年始に胃腸炎になってから、体調が回復するまで時間が掛かってしまいました。やはり三十代も半ばを過ぎると、体力も回復力もめっきり落ち込むものだなあ、としみじみ思っております。
執筆も休日くらいしかやる気になれず、以前よりも更新頻度は落ちるかもしれませんが、どうにか完結までは突っ切りたいという所存です。
どうか最後まで、この作品とお付き合いお願い致します。
ウィーンダムの街は大混乱に陥っていた。昨日まではいつもと同じ日常が続くと住民達は疑っていなかった。だが、城壁の上で見張りをしていた兵士からの報告にその日常は脆く崩れ去った。見張りが望遠鏡を覗いた先には地平線の彼方を埋め尽くす程の魔物の群れが現れたのだ。その数も千や二千どころではなく、桁が一つ追加されるレベルだ。
まだ距離はあるから街に到着するまで時間の余裕はあるものの、泡を食った見張りの兵士から齎された報告に街の住民は騒然となった。
避難するのか、防衛を行うのか。住民達は領主の指示を待っていたが……領主のコーネリウスはこの期に及んでも決められなかった。
「断固防衛すべきだ!」
ドンッと拳を机に叩き付ける音と共にヘルシャー帝国出身の官僚が声を荒げる。力を第一と重んじるヘルシャー帝国らしい、勇ましい意見を彼は展開させていた。
「魔物の群れなぞ何するものぞ! ここは我らの土地だ! 我らで守り抜くのだ!」
そうだ、そうだ! と彼の部下達が声を荒げる。だが、ここで待ったと声を上げる者がいた。
「いや、ここは避難を最優先にすべきだ! 街を捨て、フューレンに保護を頼むのだ!」
フューレン出身の商人の官僚から上がった声に、彼の部下達はそうだ、そうだ! と声を上げた。
「怖じ気づいたか! 魔物と戦う事もせずに街を捨てるだと? 恥を知れ!」
「貴様こそ兵からの報告を聞いてないのか! 万を超える魔物の大群だぞ? そんな大群をどうにか出来る兵力など我々には無い! 時間と資金の無駄だ!」
「女も子供も武器を持てる者は全て防衛兵にして戦わせれば良い! そうして時間を稼ぎつつ、帝国に救援を要請するのだ! 貴様こそ街の住民全てをフューレンが受け入れてくれると思っているのか!」
片や元軍人らしい敢然たる主張をするヘルシャー出身の官僚、片や元商人らしい損得勘定を第一にした意見を主張をするフューレン出身の官僚。こんな時でも彼等は水と油の様に意見を違わせていた。
二人の主張はどちらも間違ってはいない。ウィーンダムの街は堅固な城壁がある為に防衛に徹すれば、そう簡単に陥落はしない。だが、あくまで芸術の街であって軍事基地ではないので、街の守備兵だけで万を超える魔物の大群相手に防衛戦を行うには心許なさ過ぎた。
一方で街を捨てて住民全員で避難するというのも難しい話だ。ウィーンダムの住民達の数はそれこそ二万人はおり、その数を一度に避難させた所で受け入れ先などそうないだろうというのが実情だ。元商人の男が例に挙げたフューレンにしたって、そんな数の難民が来た所で受け入れを拒否する可能性は大きい。
住民を総動員させて徹底抗戦を行うか、逃げ出して一掴みの人数以外は難民となる事を容認するか。その岐路に彼等は立たされていた。お互いの意見が平行線となった二人の重臣は裁定を仰ぐ為にコーネリウスに目を向けた。
「コーネリウス伯爵! どうか決断を! 今こそこの土地を守るべく戦う時です!」
「いいえ! ここは住民を一人でも多く生き残らせる為に、賢い選択をすべきです!」
「う、うむ……いや、しかし……」
防衛にせよ避難にせよ、本来ならここで領主であるコーネリウスが毅然とした態度で決めるべきだろう。しかし、ここまで来てもこの優柔不断な伯爵はやはり決断が出来なかった。今までそれぞれの派閥と出来る限り波風を立てず、事なかれ主義で領主をやってきたのだ。こんな大きな問題に直面した事などなく、この局面に至っても不安そうに官僚達の顔色を伺う有様だった。そんなコーネリウスを見て、失望の色を顔に僅かに浮かべながらも再び官僚達は平行線な議論を始める。
船頭多くして船山に登る。今のウィーンダムの首脳陣達はまさにその状況に陥っていた。
バンッ!
机を叩く音にウィーンダムの首脳陣はようやく議論を止めた。
「……あなた方はいつまで益体のない話を続けられるのでしょうか?」
会議に参加していたリリアーナは冷たい声を出した。
「魔物の脅威がこの街に迫っているのですよ? それなのにお互いの派閥を第一とした意見を主張してばかり。それが民を治める者の姿ですか?」
「リリアーナ
「ええ、ならば部外者である私から質問しますが………帝国から援軍を確実に約束させる、と確信あっての発言でしょうか? ランドール
その一言にリリアーナに噛み付いていた帝国派閥の代表———ランドールは、うぐっ、と言葉を詰まらせた。
「そ、それは、無論です! 本国ではまだ私の若い頃の勇名を知ってる者もおりますし………」
「あら? それでは私の記憶違いでしょうね。貴方が派閥争いに負け、帝国での出世が望めなくなった為にウィーンダムに移り住んだと思っていましたが」
「い、いや、それは……その……」
「そしてフェルナンドさん。フューレンに保護を求めると頻りに主張していますが、貴方以外の住民にも当然保護して頂けるのでしょうか? 貴方も以前、フューレンで事業が失敗したから移住する事になったと記憶していますが」
「そ、それはもちろん………」
リリアーナの指摘にそう言うものの、フューレン派閥の代表であるフェルナンドも目が泳いでいた。
つまるところ、彼等はそれぞれの故郷で立場を失った事情がある為にウィーンダムに来た者達だったのだ。ウィーンダムは帝国やフューレンからも資金援助などを受けている為、官僚達もこうした天下り人事が珍しくない。彼等が二人がしきりにそれぞれの故郷に頼る様な案を出しているのも、これを機にウィーンダムを売り渡して再び権力に返り咲こうという思惑があっての事であり、自分だけならともかく住民全員を魔物の脅威から守る具体案など無かった。
そんな官僚達を見限り、リリアーナは本来ならウィーンダムの決定権を持つコーネリウスをまっすぐ見た。
「コーネリウス伯爵。彼等の言う事も間違ってはいません。貴方はこの地の領主として、住民の安全を守る義務があります」
「し、しかしですな。こんな事態、私には想定外なのです! わ、私はただ父の跡を継いだだけなのに! なんで私の代でこんな大事件が起きるというのだ!」
今まで周りに流されるままに決めていたコーネリウスは、恥も外聞もなく今の状況を嘆いていた。そんな情けない姿の領主にリリアーナは静かに頷く。
「ええ。貴方が決めるには重すぎる問題でしょう。ならば、私が命令致します。ハイリヒ王国の第一王女として」
リリアーナの言葉に周りがザワつく。その中でランドールやフェルナンドが慌てて意見した。
「しかし、リリアーナ様! この街の問題は我らが解決すべき事で、部外者である貴方に意見される謂れは……」
「ウィーンダムは曲がりなりにもハイリヒ王国の領土。この国の王族として領土の危機に対応するのは当然ではなくて?」
「ぐっ……そ、それにですな! 失礼ながら今の貴方は王女ですらないでしょう!」
「あら? まだ父王から廃嫡されたわけではありませんわ。お疑いなら城に問い合わせて構いませんわよ?」
「そ、それは……その………」
王城から見れば失踪扱いになってるリリアーナだが、王位継承権まではまだ取り上げられていなかった。さすがに王族から王位継承権の剥奪を行うとなると大々的な発表を行う必要があり、国民からの人気が高いリリアーナを廃嫡すれば、唯でさえ国民の大半から不信感を持たれているエリヒド王の地位に決定的な亀裂を入れる事になる。その為にエリヒド王やその側近達は失踪したリリアーナに対して王位継承権の剥奪という手段は取れていなかった。
「領主であるあなた方が具体的な案を出せないというなら、この国の貴族の長である王族の私の責任の下に命を下します。異論はありませんわね?」
「そ、それはいい! 王女殿下の御命令に従います!」
リリアーナの宣言にコーネリウスは真っ先に頷いた。それはリリアーナの言葉に感銘を受けたというより、自分以外で責任を負ってくれる誰かが現れた事に安堵したものだった。領主が決めてしまった以上、自分達の思惑が外れた官僚達もガックリと項垂れながらも従った。
***
「街の防衛ですか……」
「ええ。申し訳ありません、皆に話さずに勝手に決めてしまって」
ハイリヒ王国解放軍の面々にリリアーナは頭を下げた。
「ですが、放って置けばこの街は領主達がロクに指示を出さず、魔物の大群に蹂躙されるでしょう。国民の命の危機にあるというのにむざむざ見捨てる事など出来ません。それに解放軍として得がないわけではありません。これで私達はコーネリウス伯爵に対して大きな貸しを作った事になりますわ」
「まあ、確かに。ですが……」
頭では理解できるものの、デビッドは難しい顔になった。それを見ながらもリリアーナは細かい指示を出し始めた。
「既にヘルシャー帝国やフューレンに対して、私の名前で救援を要請しました。正直なところ、無視される可能性が高いでしょうが、本国で失脚したランドールやフェルナンドが行うよりはマシでしょう。そこで………」
リリアーナは愛子達を見た。
「愛子。それに異世界の皆さん。あなた方はウルへ戻り、解放軍からも救援を要請する様にお願いします。それと同時に避難民をウルへ連れて行って下さい。私の名前を出せば、クデタ伯爵も応じるでしょう」
「でも、そうしたらリリアーナ王女は………」
「私はこの街に残ります。言い出した以上、私まで逃げてしまうのは街の士気に関わるでしょう。だから、あなた方だけでも……」
愛子に対して、リリアーナは伏し目がちにそう言う。万を超える魔物の大群に対して、この街で防衛戦を行うのはとても難しい話だ。帝国やフューレンに救援を要請するにしたって、彼等に酷い仕打ちをしてきたハイリヒ王国の人間を助ける義理などないだろう。それでもリリアーナは王族としてウィーンダムを見捨てる事など出来なかった。
だが、愛子達は別だ。元々は異世界から勝手に召喚して、今や彼等には無関係な王国の内乱にまで戦って貰っているのだ。こんな絶望的な戦いにまで彼等に付き合って貰う道理はない。
そう思っていたが、ここでスッと手を上げる者がいた。
「私、残ります」
リリアーナが驚く中、雫は宣言した。
「リリィの事が心配だし、解放軍の本拠地に私は馴染みがないもの。それならリリィの護衛に回った方が良いと思うの」
「雫………」
「それなら私も残るわ!」
雫に続き、優花が手を上げた。これには愛子が一番驚いた。オルクス大迷宮での訓練で心が折れ、戦いを拒否していた姿を知ってるだけに優花がそんな事を言い出すのが意外だった。
「私だって、今はハイリヒ解放軍の一員よ! リリィを……友達を見捨てるなんて出来ない!」
「優花っちが残るなら私も!」
「俺だって! もう友達を見捨てるなんて嫌だ!」
奈々や相川、その他の高校生達からも次々と声が上がる。かつては戦いを恐れて逃げ出した彼等だが、解放軍として戦う日々で精神的な成長を遂げていた。それと同時に数日前に起きたナグモとの出来事が彼等の心に変化を齎しいた。
かつての自分達は級友に全ての責任を押し付けて逃げ出した。幸いな事に彼等は生きていたが、その結果として大きなしこりを残す事になった。もはや彼等との関係の修復は不可能だろう。
だから、今度は間違えない。逃げ出さず、友達の為に戦うのだと息巻いていたのだ。
「あなた達……でも、危ないですよ!」
「大丈夫だって、愛ちゃん! これでも私達だって強くなったんだから!」
「愛ちゃん先生は避難民と一緒にウルに戻っててくれよ!」
「お前達……すまない」
この国の為に戦う意思を見せてくれる少年達にデビッドは思わず顔を伏せる。かつて自分達はこんな少年少女を魔人族と戦う為の駒にしようとしたのだ。そして今も、ステータス的には彼等の方が強い為にウルへ真っ先に避難しろと言えずにいる。なんと情けない話だろう。
「ん~……ちょっといいっすかね?」
唐突にルプスレギナが声を上げた。いつもは快活な雇われ冒険者は、さすがに魔物の大群が迫ってるという事態にどこか困ってる様な顔をしたままだった。
「出来るなら王女サマも一緒に避難して欲しいんスけど。愛ちゃんと王女サマ、どっちかが欠けても困るんスよねえ」
ルプスレギナの言う事も尤もだ。ハイリヒ解放軍にとってリリアーナはエリヒド王に対する抵抗の象徴と正当の為にて不可欠であり、また愛子も段々と膨れ上がりつつある人員の食糧問題を解決する為に不可欠な存在だった。
「ええ。分かっています。だからこそ、愛子には避難して貰わなくてはなりません。仮に私に万が一の事があっても、愛子がいれば解放軍はまだ戦えますから」
「そんな! それならリリアーナ王女こそ避難すべきです! 私なんかより!」
「先程も言った通り、ウィーンダムに発破を掛けてしまった以上、私が真っ先に逃げ出すわけにいかないんですよ。大丈夫です、貴方達がウルから援軍を連れてくるまで持ちこたえてみせましょう」
「いや、そういう意味じゃなくってッスね………」
リリアーナの決意の固さに何故かルプスレギナは更に困った顔になる。
「な、なあ……だったらよ、俺が愛子先生の護衛に付こうか?」
清水が唐突にそう言った。
「お、俺の闇魔法は大軍相手には活かせないからよ。俺は愛子先生の護衛に回った方が良いと思うんだ。そうしたら、愛子先生は無事にウルまで送り届けられるし」
「清水くん………」
「お、俺は勇者との戦いに逃げ出した臆病者だけどよ! せめて愛子先生だけは確実に守りたいんだ! お願いします!」
深く頭を下げる清水に愛子は感極まった様に涙ぐむ。
だからこそ―――誰も気付けなかった。頭を下げた清水の顔はそんな殊勝な台詞とはかけ離れていた事に。
「ん~……じゃあ、仕方ないッス。愛ちゃんの護衛には私も付くッス」
「え? い、いや俺だけで大丈夫……」
「オタク、ウルの人達と顔見知りでもないでしょう? それに引きこもりしてた奴に任せるくらいなら、私も一緒に行った方がマシッス」
引きこもりと言われた事に清水は顔を真っ赤にさせるが、ルプスレギナは歯牙にもかけない様子でそう言った。
「コホン。ともかく……さすがにウィーンダムの民の避難を二人だけに任せるわけにいきません。よってチームを二つに分けましょう」
リリアーナの采配によって、以下の様に決まった。
残留組:リリアーナ、雫、デビッド、クリス、相川、仁村、玉井。
避難組:愛子、清水、チェイス、ジェイド、優花、奈々、妙子、ルプスレギナ
「ルプスレギナさん。どうか愛子の事をお願いします」
「まあ、王女サマ直々の頼みなら仕方ないッスね」
リリアーナの決定にルプスレギナは頷いた。
「私も
***
時刻はあっという間に夜になった。城壁の上にかがり火が置かれ、ウィーンダムの兵士達が緊張した面持ちで歩哨に立つ中、相川とデビッドは話していた。
「どうだ? 魔物の大群はこちらに近付いているか?」
「……見えませんよ。さすがにこんなに暗くなったら」
望遠鏡から目を離し、相川は溜息を吐いた。
「そうだな。我々人間は夜闇を見渡せないが、魔物達の中には夜行性のものもいる。こういう時は奴等の方が有利だな」
「そもそも何だってこんなに魔物が湧いて出たんでしょうね?」
「うむ……私も噂でしか聞いただけだが、どうも冒険者ギルドは王国に見切りをつけた様だな。その為に今まで彼等が退治していた魔物達は数を増やし、人里にまで下りてくる様になったのかもしれん。まあ、冒険者ギルドからすれば“聖戦遠征軍”やら何やらで予算を削られて苦しかったそうだからな。金の切れ目が縁の切れ目と判断しただけだろうが」
「また天之河か………」
相川は深い溜息を吐く。これまでも光輝のせいで散々と不利益を被ってきたが、巡り巡ってこんな形でまで迷惑を掛けられるとは思わなかった。こんな疫病神みたいな男を自分も一時期は妄信していたと思うと、穴があったら入りたい気持ちになるくらいだ。
「……スマンな。お前達に苦労を背負わせてしまって」
「デビッドさん?」
唐突にデビッドがそう言った。頭を下げた彼に相川は戸惑った声を出したが、
「本来なら異世界出身のお前達にはこの国の危機や内乱など関係の無い話だというのに、未だに頼ってしまって……情けない限りだ」
ウィーンダムは古くからある城塞都市の為、門を固く閉ざせば籠城に徹する事ができる。しかし、現在の領主であるコーネリウスが芸術などにうつつを抜かしたせいで、堅牢な城壁に対して実力も経験も不足した兵士しかいないのが現状だった。その為に解放軍での戦いを通して実戦経験豊富なデビッド達が駆り出されたわけだが、デビッドは昼間の事もあり、相川達に対して申し訳ない気持ちが勝ってる様だ。
「お前達を最初は教会の命令で戦争の駒にしようと思っていたが……今となると、なんて浅はかな事を考えていたんだろうな。神殿騎士だった私よりも、よほどこの国の為に戦ってくれるというのに」
「デビッドさん……」
デビッドの告白に相川は何とも言えない顔になる。最初は相川もデビッド達の事が気に入らなかった。庇護欲のそそられる自分達の小さな教師に色目を使う相手だと思い、愛子は自分達が
「頭を上げてください、デビッドさん。俺はデビッドさんの事を情けないだなんて思っていません。それに元はといえば、俺達が考えなしに天之河の奴の口車に乗ったのが原因でもあるんです。その事までデビッドさんのせいだなんて、誰も思っていませんよ」
「そうか………」
「それに悪い事ばかりじゃないですよね? 考えてた形とは違うけど、これでこの街の領主は王女様に協力してくれる様になるから、解放軍も有利になりますよね」
「ああ、そうだな。そういう意味ではこの戦いが終われば大殊勲な働きをした事になるな。はは、ここが王都だったら、俺の行きつけの旨い店を奢ってやるくらいはしたんだが……」
「じゃあ、天之河の奴も何とかして王女様が王都に帰れる様になった時は奢って下さいよ。もち、仁村達や園部達、あと愛ちゃん先生も一緒で」
「おいおい、俺は神殿騎士を辞めてから無収入なんだぞ? 少しは手心を加えてくれ」
そう言って二人は少しだけ笑い合った。この世界に来た時はお互いの立場から仲の良い関係を築けなかったが、今ではこうして笑い合える様になったのだ。
「それはそうと………遅いな、クリスの奴。そろそろ交代の時間だというのに」
デビッドがふと気付いた様に、この街に残ったもう一人の元・神殿騎士について呟いた。日の出の時刻までずっと見張りをしているというのは体力も精神も保たないので、交代で見張りを行う様に決めたのだが彼の姿が見当たらなかった。
「そういえば仁村や玉井も見ないな……ちょっと俺、探してきますね」
クリスと同じく、級友達の姿を見てない事を相川は思い出し、デビッドに断りを入れてから城壁の上を後にした。
「あいつら何処に行ったんだ? ただでさえ人手が足りないというのに………。あ、八重樫さん」
ブツブツと文句を言いながら階段を下りていた相川だが、途中で雫に会って声を掛けた。
「仁村や玉井を知らないか? あいつら、交代の時間なのに全然来なくて」
「……こっちに来てくれる?」
唐突に雫が歩き出した。仁村達に何かあったのだろうか? と相川が訝しみながら後をついて行くと、やがて雫はおそらく長い間、使われてなさそうな空き部屋に入った。
「ええと……八重樫さん? なあ、この部屋がどうしたんだ? 仁村達がここにいる……わけじゃないよな?」
雫に言われるがままについて来たものの、何もない埃の積もった空き部屋に相川が戸惑いの声を上げると――――雫は急に相川に抱きついた。
「なあっ!?」
「相川くん、私……恐いの。さっきはリリィの為とか言っちゃったけど、本当は恐くて震えそうなの。ねえ……ここ、すごくドキドキしてるでしょう?」
相川が素っ頓狂な声を上げる中、雫は相川の手を握り――――自分の左胸にむにゅう、と押し付けた。
「ちょっ、ちょっと冗談はよしてくれよ!? そ、そんな事をしてる場合じゃ……!」
「私だって……女の子だもの。男の人に寄りかかりたい時だってあるわ。特に……逞しい男の人に、ね?」
「え、あ……ああ……?」
クスッと雫が微笑む。それは地球にいた頃、教室では見た事のない蠱惑的な笑みだった。最近太り気味だとかで以前の様な引き締まったスタイルが崩れた様に感じるが、それでも香織と並んで『学園の二大女神』と呼ばれている雫の美貌は損なわれてなかった。むしろ以前よりも肉感的になった様に感じて、軽装な服から見える胸の谷間やジーンズに覆われたムッチリした太腿をスリスリと寄せられて相川の脳を麻痺させた。
「ねえ。明日の朝日も拝めないかもしれないなら……最後に思い出作りしない?」
「お、おおお、思い出って、何の……?」
「もう、女の子の口から言わせないでよ……き・た・い♡ しちゃってるくせに」
「ひあうッ……!?」
カリカリ、と雫の指が相川の敏感な所をズボンの上から優しく引っ掻いた。相川が情けない声を上げる中、雫は相川が着ていた鎧に手を掛けた。
パチン、パチン、パチン―――――。
鎧の留め金が外され、腰に帯びていた剣も外され、相川はあっという間に薄着一枚まで脱がされていた。頭の中でこんな事をしてる場合じゃない、と理性が押し止める声が響いたが、それも雫という美少女がしなだれながら服を脱がしてくるという状況を前に、真っ当な青少年である相川の脳を蕩けさせるには十分過ぎた。
「はぁむ♡ んっ、ちゅっ、ちゅぱっ♡」
「んんぅ!?」
雫の唇が相川の口を塞いだ。雫の舌はまるで何度もキスをした事があるかの様に巧みで、ガチガチに固くなっている相川の舌を蹂躙する様にディープキスをしていく。学園で一、二を争う美少女にいまキスをされているのだという事実に相川は頭の中がホワイトアウトするかの様な快感に酔い痴れ――――胸に激痛が奔った。
「………あ?」
雫の唇が離れ、相川の口から間の抜けた声が漏れる。そして自分の胸を見る。
そこには短剣が深々と刺さっており、その切っ先が自分の肋骨の隙間を縫って心臓を突き破ったのだと――――そして、その短剣を雫が刺したのだと理解するまでに一秒くらい掛かった。
そしてそれを理解した瞬間――――機能が破壊された心臓が脳への血流を止め、相川は目をグリンと裏返らせて床に倒れた。
「ふふ……あっけないわね。男って本当に単純」
短剣は胸に突き刺したままの為、相川の返り血を浴びる事は無かった。そうして冷たく動かなくなったクラスメイトを雫は嘲笑する様に見下ろした。
「これで残る邪魔者はデビッドとかいう奴だけね。まあ、同じ様な手口でいけるでしょ。そうしたら最後にリリィを始末すれば、幸利くんからの命令は完了よ」
そうして最後に――――自分は自害する。
それが
「見ててね、幸利くん。貴方のヒロインは最期までちゃんと役立ってみせるから♡」
以前より少し膨らんだ腹を気にする事もなく、相川の死体の前で恋する乙女の様にウットリと微笑んでいた………。
>ウィーンダムの官僚達
要するに、王国や帝国、フューレンの天下り先になってるわけなんですよ。本当に優秀なら本国でバリバリ働いてるよね? という話で、事なかれ主義なコーネリウスはもちろん、彼等に突然の緊急事態に対応する力などありませんでした。
>相川死亡(ついでに愛ちゃん護衛隊の男子達も)
いや、その……予定ではもうちょっとマシな退場の仕方になった筈というか(苦笑)。
なんか思うままに書いていたら、あれよあれよという内に洗脳された雫にハニトラされて死亡という形になったんです、はい。
で、雫も最後は死ぬ予定。清水にとっては、もう用済みのヒロインなので。これからエヒトルジュエに勇者として迎え入れられる(予定)清水からすれば、次のヒロインなんて簡単に出来ると思ってるわけです。
本っっっ当に、なんでこんな展開なら筆がノるんだろうね???