相川達が街の防衛に残った一方で、優花達は避難民達を連れて街道を進んでいた。とはいえ、ウィーンダムの住民全員ではない。自分の故郷を離れる事に消極的な者、病気や怪我で動けない者など、街を出て行く事に了承した者だけを連れてウルを目指していた。魔物の大群が迫ってるとはいえ、堅牢な城壁があるから大丈夫だと楽観視してる住民も多かったのだ。
「優花っち、お疲れ様」
夜も更けた為、暗闇の中で強行軍は出来ず、避難民達の為に野宿のテントを張り終えた後に奈々はコーヒーを淹れたカップを優花に手渡した。
「やっと一息つけるね~」
「ええ。この分だと、三日後にはウルまでたどり着けるかしら?」
「ここまで本当に苦労したよねえ……」
優花達は焚き火の前でここに来るまでの苦労をお互いに労った。
「ウィーンダムの兵士達も夜通しで見張りをしてくれると言ってるから、私達も交代で夜の見張りをしましょう」
「そうだね。それにしても……」
「どうしたのよ? 妙子」
「うん。ほんの少し前まで魔物と戦うのが恐くて訓練から逃げ出したくらいなのに、と思ってね」
「……そうね」
妙子の呟きに同意する様に優花や奈々も頷く。
「こっちに来て、もう一年以上経ったんだよねえ……なんだか今でも、夢を見てるんじゃないかと思う時があるの。目が覚めたら、自分の部屋のベッドにいて、学校に行って、優花達に変な夢を見たんだーって、たわいのないお喋りをして……そんな風にありふれた毎日を過ごしてるの」
「うん……分かるよ」
どこか寂しそうに笑う妙子に優花も奈々も神妙な顔で頷く。
あの日―――昼休みの教室で魔法陣が現れて、この世界に転移されてから随分と時が経った。時間にすれば一年間が過ぎた程度だというのに、地球で平和な学生生活を送っていた事がもうずっと昔の事の様に感じる。それまで料理をする時ぐらいしか刃物を握った事などないというのに、今では命のやり取りをするのが当たり前となってしまった。そう思うと、本当に遠いところに来てしまったのだと実感してしまうのだ。
「本当に……夢だったら良いのにね。異世界で魔物と戦って、挙げ句に王国を救う為に人間とも戦うなんて、漫画とかアニメの世界の話だと思っていたのに」
「……妙子っちは、解放軍に入った事を後悔してるの?」
「あ、ううん。そんな事ないよ! ただ……どうしてクラスメイト同士で戦わなくちゃいけなくなったのかな、って時々思ったりしちゃうの。天之河くん達が悪い事をしてると言っても、地球だと同じ学校に通っていたのに」
その言葉に奈々は何とも言えない顔になる。光輝達の“光の戦士団”が人々にやってきた事は、決して許される事ではない。しかし、少し前まではクラスメイトであり、トータスに来なければ今でも同じクラスの仲間として学校に通っていたはずだと思うと少し寂しい気持ちになるのだ。
(そういう意味だと……南雲や白崎さんもそうだったんだよね)
つい先日、喧嘩別れする形になった二人を優花は思い出していた。
有名人で周りへの人当たりが良かった香織はともかく、優花はナグモの事は好きではない。学年一の成績の秀才ではあったが、いつも周りを見下した様な目で見ていたナグモを好きになれないのは当然といえば当然の話だ。
だが、それでも彼はオルクス大迷宮の最初の訓練でクラスメイト達を守る為に戦ってくれたのだ。檜山の不注意で転移した先、ベヒモスや大勢の魔物に囲まれて周りがパニックに陥る中、唯一冷静に戦って退路を切り拓いてくれた。
それを自分達は光輝に唆されるままに濡れ衣を着せて、彼を糾弾したのだ。そして生きていてくれたからといって、昔の事は水に流して仲間になってくれ、などナグモが怒るのも無理はないだろう。
(結局、状況が状況だけにあの時のお礼も言えなかったのよね………)
優花は最初のオルクス大迷宮の試練で、ベヒモス達に囲まれた時に足が竦んでしまった生徒だった。それまで異世界召喚という事態にどこか浮ついた気持ちでいただけに、急激に訪れた命の危機に恐怖で何も考えられなくなった。周りもパニックに陥る中、優花を助ける者などナグモ以外誰もいなかった。それだというのに、自分はなんて恩知らずな事をしたのだろう。
これが自己満足に過ぎないというのは優花も分かっている。だが、優花はナグモに会って謝りたかったし、同時にあの時の事をきちんと礼を言うべきだと思っていた。
「おーい、みんな揃ってるッスかね?」
ふいに優花達に声が掛けられた。振り向くと避難民の見回りをしていたルプスレギナと愛子達がこちらに来ていた。
「歩いてる途中で足を挫いたとか、そのくらいで大きな怪我人は出てないッス。そっちはどうッスか?」
「こっちも野営の支度は終わりました。みんな不安がっているけど、愛ちゃん先生がいるから、とりあえず避難先で食糧の心配はしなくて良いというのが大きいみたい」
これからウルへ避難する者達の一番の心配といえば、やはり避難先の衣食住の確保だろう。住居の問題はともかく、食糧についてはここに来て“作農師”である愛子の存在が大きく関わっていた。なにせ、本来ならば一人いるだけで国の食糧事情が改善されると言われているレア天職なのだ。突然の避難に応じたウィーンダムの住民も、愛子がいれば少なくとも避難先で飢える心配は無いと安心できたのが大きい。だが、自分を卑下する様になった愛子は首を横に振った。
「私なんかの力なんて大した事はありませんよ。全部、リリアーナ王女様が的確に指示を出してくれたお陰です」
「そんな事ないよ。愛ちゃん先生がいなかったら、ここにいる人達は着いて来てくれなかったよ」
「いいえ、私なんて役立たずなんです。だから南雲くんも、白崎さんにも愛想を尽かされたんです」
「愛ちゃん先生……」
「ふふ、まだ私を先生と呼んでくれるんですね。生徒達を纏める事もできなかった最低な大人だったのに」
自嘲する様に卑屈な笑みを浮かべる愛子に、優花達は痛ましい物を見る様な目を向ける。地球にいた頃は小っちゃい体ながらちょこまかと一生懸命に動く様子が可愛らしく、授業も分かりやすく教えようとやる気に溢れた教師だった。だが、異世界に来て次々と起こった辛い出来事に愛子の精神は打ちのめされていた。かつて小さな身体ながらやる気に溢れていた自分達の教師が、今や生徒達を導けなかった事に対する贖罪の様にひたすら働く姿は見ていれなかった。
「だったらさ……今度はちゃんとあの二人に謝ろうよ」
え、と愛子や奈々達が声を上げる。気が付いたら、優花はその言葉が口に出ていた。
「私達……ううん。私はあの時、南雲に助けて貰ったのに、恩知らずな事をしちゃった。南雲だけじゃない、白崎さんもこの世界に来た時は不安にしてた皆に声を掛けてくれてたのに、お礼も何も言ってない。このままじゃ、きっと駄目だよ」
過去に犯した罪は消えない。被害者側からすれば、加害者達が過去を忘れたかの様に水に流そうなど、許せる話ではない。
だが、それでも……もう一度、やり直そうと思う事くらいは自分にも許される筈だ。たとえ相手が許さなくても、知らん振りして間違えたままにするよりはマシだ。
「愛ちゃんはもしかしたら、上手くやれなかったのかもしれない。でも、それはきっと私達も同じだよ。もっと、異世界で戦争に参加しろと言われた事に真剣に考えていたら。愛ちゃんの負担を考えていたら。戦いが怖くなって引き籠もるんじゃなくて、天之河達を引っ叩いてでも止めていたら。そんな風に後悔してばかりだよ。でもさ、後悔ばかりしてたって、過去に戻れるわけじゃないじゃん。だったらせめて今度は後悔しない様に頑張ろうよ」
「園部さん……」
「うん……そうだね、優花っちの言う通りだよ」
「私も色々と後悔してるけど……でも、そうだね。後ろを向いてばかりいたら、前に進めないもんね。この戦いが終わったら、南雲と白崎さんにもう一度謝りに行こう。それで、皆で一緒に地球に帰ろうよ」
優花の言葉に同調する様に奈々や妙子も頷く。そこでようやく、愛子は涙を浮かべながらも卑屈さの無い笑顔を浮かべた。
「ありがとうございます……ふふ、生徒に慰められるなんて、やっぱり私は教師失格ですね」
「もう、またそういう事言うんだから……」
元の世界では、ただの教師と生徒という関係で終わっていただろう四人。だが、この世界に来てからは数々の出来事を経て固い絆で結ばれていた。それはまさしく、青春ドラマの一場面の様に感動的な光景だった。
もっとも―――ルプスレギナはそれを退屈そうに見ていたが。
「あー、とりあえずお話は終わりッスかね? それじゃ、ちょっと聞きたいんスけど、あのヒッキーだった坊やを知らないッスか?」
「あ……そうでした。皆さん、清水くんを見てませんか?」
会話に流されかけた愛子も思い出した様に聞くが、優花達はお互いに顔を見合わせるだけだった。
「清水? こっちでは見てないです」
「大方、何処かでサボってんじゃない? こっちに来てから八重樫さんに仕事をやらせてばかりで、自分から動こうとしない奴だったし。八重樫さんもなんであんなのを好きになったのかな……」
「よしなよ、奈々。でも私達の所に来てないのは確かです。愛ちゃんやルプスレギナさんと一緒だったんじゃないんですか?」
「いや、見てないッスね」
「私達もてっきり園部さんの所にいると思っていたのですけど……何処に行っちゃったんでしょう?」
愛子は純粋に心配して、優花達は「愛ちゃんに心配をかけるなんて」と少し不満ながらも姿の見えない清水を案じる。本人の頼みで自分達と合流した清水だが、時々フラッといなくなったり、普通にサボっていたり、そして頼まれた仕事を雫にやらせていた姿を何度も見た優花達は清水の態度に少なからず不満を抱いていた。雫は笑いながら「私が好きでやってる事だから」と言っていたが、いくら彼氏でも清水を甘やかせ過ぎではないかと釈然としない物を感じた程だ。その彼は今、避難民の手伝いや手当もほっぽり出して何処にいるのだろうか?
「ううん、もしかたら私が気が付かなっただけかもしれません。ちょっと、もう一回探してきま――――」
愛子がそう言った瞬間だった。避難民達の間から大きな悲鳴があがった。
「な、なにっ!?」
「魔物だっ! 魔物が出たぞぉぉっ!!」
避難民の誰かがそう叫ぶ。愛子達は聞き間違いかと一瞬、自分の耳を疑った。だが……。
『グォオオオオオッ!!』
「ひっ……ぎゃあああああっ!?」
悲鳴が聞こえた方向から咆吼と共に断末魔の叫び声が上がる。バッと視線を向ければ、ワイバーンの様な魔物が避難民の一人を食い千切っていた。それも一匹や二匹ではない。何かに引火したのか、テントが燃えて照らされた灯りには多種多様な大勢の魔物が次々と避難民達に襲い掛かっていく。
「そんな……どうしてこんなに魔物が!?」
「おかしいッスね。さっきの見回りでは魔物の姿は全然見なかったのに……。ここまでの数がいれば、さすがに近付かれた時点で気が付きそうなものッスけど」
「そんな事を言ってる場合じゃないよ! 早く助けないと!!」
ルプスレギナが場違いな程にのんきに首を傾げてる間に、優花達は動き出す。各々が武器を持って、襲われてる避難民達を守ろうと走り出していた。
***
「ひっ、ひひっ……殺せ! 殺せ!」
ウィーンダムの避難民が魔物達に襲われる中、優花達からこっそりと離れ、魔物達の群れの後ろに隠れた清水は粘つく様な暗い笑い声を出した。その手にはかつてフリードがフェアベルゲン大迷宮の攻略に使っていた魔法の筒があり、多数の魔物を収容できた。これを清水はカトレアから譲り受けて魔物の群れを持ち歩いていたのだ。
突然魔物の群れに襲われ、避難民達が次々と死んでいく。ある者は鋭い牙で食い千切られ、ある者は魔物が吐いた炎のブレスで黒焦げになる。だが、その光景に清水は罪悪感を抱かなかった。
「へへっ……感謝しろよ、お前等? 俺は勇者になる人間なんだ! 勇者になるべく異世界に召喚された俺は選ばれた特別な人間なんだ……特別な人間は何をしても許される筈だし、お前等の犠牲は無駄にしないで世界を救ってやるからよぉ!」
王都にいる光輝達を思い出す。奴等は自分達が特別な人間だからと横暴に振る舞い、何をしても許されていた。それこそ自分はそいつらからリンチされていたというのに、“勇者とその仲間”というだけで周りは文句を言わなかったのだ。“偽の勇者”である光輝達が許されたのだから、エヒトルジュエに選ばれた“真の勇者”である自分の行いは全て許される筈だ。
これは仕方のない犠牲だ。“真の勇者”の自分が世界を救う為に、やらなくてはならない事なのだ。物語の主人公だって、時に手を血を染める覚悟をしなければならない。それが愛子諸共に避難民達を殺す事とどう繋がるかは知らないが、自分が“真の勇者”として認められるのに必要な事だとカトレアは言っていたのだ。あの女の言う通りにしただけだから、自分は悪くない。清水はそう思い込む事で無辜の人々に魔物をけしかけている罪悪感を頭から消し去っていた。
***
「う、うわあああっ!!」
「駄目だ、もう保たない……!」
「弱音を吐かないで! 貴方達はウィーンダムの兵士なのでしょう!? 一人でも多くの人を救うの!」
優花は及び腰になってる兵士達に発破を掛ける。突然の襲撃に避難民はもちろん、護衛として派遣された兵士達も完全に混乱に陥っていた。そもそも避難民の護衛についたウィーンダムの兵士の数自体がそんなに多くない。避難民達は魔物の大群を避けて隠密的にウルを目指す計画だった為に、魔物の大群が迫ったウィーンダムの方に人数を割り振った為だ。おまけに魔物達は身体に赤黒い線が入っており、それが通常の魔物より強力で“神の使徒”である優花達でも苦戦していた。
「し、しかし……ぎゃあああああっ!?」
「くっ!? このぉ!!」
隙を見せた一人の兵士が狼の様な魔物に喉を食い破られて絶命する。優花は歯噛みしながらアーティファクトの投げナイフを狼の眉間に命中させた。その隙をつかれて別の魔物に手を噛み付かれたが、手元に戻ってきたナイフで喉笛を切り裂く。
こうしてる間にも被害が広がっていく。混乱の最中に奈々達とも逸れてしまった。それでも一人でも多くの人間を救おうと優花は魔物達と戦い続けていた。
「園部さん!」
ふいに知っている声が耳に響いた。振り向くと愛子がこちらに向かって走っており、その後ろにはルプスレギナの姿もあった。
「愛ちゃん……! 良かった、無事だったんだ……」
「園部さん、もう駄目です! 逃げましょう!」
「駄目だよ、まだ避難してる人達が……あれ……?」
ふと自分の身体がいつもより重い感覚に優花は違和感を覚える。そこでようやく、自分の身体の状態に気が付いた。
優花の身体は……いつの間にやら傷だらけになっていた。魔物の爪や牙によって身体の至る所に裂傷ができており、血が止めどなく流れていた。避難民達を守ろうと必死で戦うあまり、今まで自分の重傷に気付けなかった様だ。
「あらら、こりゃ危ないッスね」
こんな時でもルプスレギナはいつも通りに飄々としていた。その声を聞きながら、優花は荒い呼吸を繰り返す。
「そんじゃ回復ポーションを使うから動いちゃ駄目ッスよ」
「ま、待って……」
唐突に優花はルプスレギナを制止した。
「ルプスレギナさん……そのポーション、あと何本ある?」
「ん? 道中で他の怪我してる奴等にも使ったりしたッスからねえ。これで最後ッスよ」
「そう……じゃあ、それは愛ちゃんが怪我したら使ってあげて」
うん? とルプスレギナが声を意外そうな声を上げる。だが、そんな事に構っていられず、愛子は泣き顔になりながら優花に怒鳴った。
「何を言っているんですか! 私なんかより、今は園部さんの身体の事が大事でしょう!」
「解放軍で愛ちゃんが死んじゃったら、元も子もないの! 最悪でも愛ちゃんだけでも無事にウルまで送り届けないといけないの!」
血を流しながらも鬼気迫る顔で怒鳴り返す優花の気迫に圧され、愛子は思わず黙ってしまった。
状況はもはや壊滅的だ。魔物の奇襲に不意をつかれた形となり、避難民達は逃げ惑いながらも命を落としていき、彼等を守ろうと戦う兵士達も数の暴力に圧されて徐々に減っていく。もはや事態は一刻の猶予も許されなかった。
「お願い、ルプスレギナさん……!」
これまで自分達の頼れる姉貴分の冒険者に、優花は必死に訴えかける。その顔をじっと見つめる。
「ん~……まあ、それが頼みなら仕方ないッスね。そんじゃ私は愛ちゃんを連れて離脱するッス」
「!? 駄目です! ルプスレギナさん! 生徒を置いて行くくらいなら、私も一緒に残ります!」
「それじゃ意味ないっての。よいしょ、っと」
「ちょっ、やだ! 離して! 離して下さい!」
ルプスレギナは愛子のをひょいと肩に担ぎ上げる。暴れる愛子をものともせず、最後に優花の方を振り向いた。
「なんというか……こういうお別れになるとは、正直予想外ッス。まあ、短い付き合いだったけど悪くはなかったッスよ」
「こちらこそ、ルプスレギナさんにはお世話になりました。どうか愛ちゃんの事をよろしくお願いします」
「まあ、
「なんでそのネタを知ってるんですか……」
「天……いや、“至高の存在”からの知恵というやつッス。そんじゃ、バイナラ~」
「待って! ルプスレギナさん、待って! 園部さぁぁぁぁんっっ!!」
ルプスレギナはいつもの調子で軽く答えて、悲痛に叫ぶ愛子を抱えたまま走り去った。それを少しだけ名残惜しそうに見送った後、優花は魔物の大群と向き合った。
「はは……なんで私、かっこつけちゃったんだろうな」
かつて魔物との戦いが恐くて訓練から逃げ出した事を思い出し、優花は自嘲気味に呟く。だが、それでも戦う意志は変わらなかった。愛子を……自分達の恩師を逃がす為、今度こそ逃げ出さないと決意を固めていた。
眼前には大量の魔物。今度はあの強いクラスメイトの手助けは無い。
それでも、優花は一歩も引く気は無かった。
「さあ……来い! 私が相手だ!」
『グギャオオオオオッ!!』
そして―――無数の魔物の雄叫びに向かって、優花は走り出した。
***
優花は善戦した。逃げ惑う避難民を一人でも多く助ける為、そして愛子が逃げる時間を稼ぐ為。それこそ“限界突破”を使ったのではないかと思う程に、多くの魔物を倒して大立ち回りをしたのだ。
だが、残念ながら魔物達はその程度で全滅する程に弱くはなかった。この魔物達は魔人族の英雄であったフリードが存命の頃に作り出した魔物であり、普通の魔物より強力な個体だった。大迷宮の攻略用に作られた魔物の群れに対して、優花もそれなりに善戦したが……それも終わりが近付いていた。
「ハァ、ハァ、ハァ……!」
全身を自身の血や返り血で汚し、優花は肩で息をする。もう何度投げナイフを投げたか覚えてない。王宮から持ち出したアーティファクトのナイフだから手元に戻ってくるとはいえ、もう握る力も残されていなかった。
『グルルルルルッ……!』
優花を狼の魔物達が取り囲む。相手が既に瀕死だと分かっているが、これまで何体もの同胞が殺されており、手負いの獣ほど恐ろしいと彼等は野生の本能で理解していた。だからこそ、息を合わせて一斉に飛びかかろうと隙を伺っていた。
「ハァ、ハァ……え……?」
もはや体力も魔力も尽きる寸前ながら、それでも周りの魔物達を射殺さんばかりに見つめていた優花だが、そこでふと足下にあるものに気付いてしまった。これまで必死で戦うあまり、全く気が付いていなかった。
それは………奈々の死体だった。自分の様に魔物と最期まで戦ったのか、身体中に無数の傷跡があった。それ以外は、眠ってるかの様に安らかな死に顔だった。
そうして注意深く見れば、少し離れた所に妙子の死体もあった。こちらも身体中を傷や泥で汚し、二度と光を宿さない虚ろな目で空を見ていた。
「奈々……妙子……こんな所にいたの?」
さっきまで自分と和気藹々としゃべり、地球でも仲が良かった友人達が死体になって転がっている。それを事実として認識した瞬間―――優花を今まで奮い立たせていたものが途切れてしまった。
「あ………」
ストンとその場で腰が抜けてしまう。足に力が入らず、手から投げナイフも滑り落ちてしまった。
『グルルルルッ!!』
獲物が弱ったのを本能的に悟ったのか、取り囲んでいる狼の魔物達の唸り声が高くなる。だが、もはや優花には立ち上がる気力すらなく、縮こまる様に自分の肩を抱き締めた。
「恐い……恐いよ……」
それはオルクス大迷宮以来、久方ぶりに味わう自分の死が垣間見える感覚。これまでの戦いの日々の中で、優花も精神的に成長したつもりでいた。
だが、それは間違いだった。心のどこかで、愛子や友人達と一緒に地球に帰る未来を信じていた。
だが、その未来はもう訪れない。友人達の死を見た途端、自分はやはりこの世界で無惨に死ぬのだという恐怖が蘇ってしまったのだ。
「お父さん……お母さん……!」
『グルアアアァァッ!!』
よすがである様に地球にいる両親の事を想う。家業の洋食屋が好きで、いつかは店を継ぐ夢を見ていた。それがもう叶わなくる事に申し訳なさと、絶望感が優花の心を侵食する。狼の魔物達が一斉に襲い掛かる中、優花はギュッと目を瞑った。
「―――――“錬成”」
バチィッ! と地面に魔力が迸る。それと同時に地面の土が一斉に動き、鋭い槍となって狼の魔物達を全て串刺しにした。
「…………え?」
優花は恐る恐る目を開ける。一秒後には死の運命が訪れると覚悟した瞬間はいつまで経っても訪れず、優花にとっての死神である狼の魔物達の串刺し死体が目の前に転がっていた。
そして―――優花は見た。
あの時と同じ様に、まるでつまらない作業だとその目で語る最強のクラスメイトの姿を。
「……南雲?」
「フン………」
優花の呼び掛けに、ナグモは面白く無さそうに鼻を鳴らした。
>魔法の筒
「デルパ」、「イルイル」でモンスターの出し入れが出来るやつ(笑)。
まあ、今作のフリードは空間魔法の応用でこんな奴を作って魔物を持ち運びできたという事で一つ。赤黒い線が入ってるのはフリードが変成魔法で作っていた魔物で、カトレアが今まで取って置いたやつです。