ありふれてないオーバーロードで世界征服   作:sahala

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 さて……ナグモと香織には今まで甘い体験をさせてきました。
 なので、そろそろ絶望させようと思います。


第十三話「オルクス迷宮へ」

「本当に大丈夫? やっぱりメルドさんに言って、今日は休んでいた方が良いんじゃ———」

「ううん、大丈夫だよ。雫ちゃんと南雲くんも行くんだもの。私だけ休んでなんかいられないよ」

 

 翌日、香織はオルクス迷宮の入り口にいた。まるで博物館の入り口の様に整備された受付で、メルドが迷宮での注意事項を話しているのを聞きながら生徒達の後ろでこっそりと雫が話し掛けていた。

 

「でも………」

「本当に大丈夫だって。雫ちゃんや南雲くんみたいな強い人がいれば、怖いもの無しだよ」

 

 心配そうな雫に香織はいつもの様な無理をした笑顔ではなく、相手を信頼した本当の笑顔で微笑む。

 結局、香織はオルクス迷宮に行く事にした。皆が頑張る中で自分だけ休むのは気が引けた、というのもある。だが、一番の理由は自分が大好きな二人が自分の預かり知らない所で怪我をしたら嫌だからだ。

 

「———よし、俺からの話は以上だ! お前ら、気を引き締めていけよ!」

「ほら、行こう、雫ちゃん」

「ええ………」

 

 メルドの話が終わり、生徒達はあらかじめ決められたパーティに従って隊列を組み始める。未だに気乗りしない様子の雫と共に、香織も決められた隊列へ向かう。

 

「あ、南雲くん♪」

 

 一人だけ周りのパーティから距離を置いたナグモを見つけ、香織は笑顔で近寄った。彼は戦場へ向かうとは思えない様な軽装で、王宮の宝物庫から支給された銀色に輝くメイスを腰から吊り下げていた。

 

「今日はよろしくね! 私、頑張るから!」

「………ああ」

 

 昨日の弱気な姿を払拭させようと、香織は空元気と自覚しながらも力強く笑った。それに対し、ナグモはいつも以上に硬い無表情で短く返事をする。その姿に香織に少し緊張がはしる。

 

「その………やっぱり、怒って———」

「香織! 雫! 南雲はほっといて、早く行こう!」

 

 昨日の忠告を無視した形になって怒っているのか、と聞こうとした香織だが、前方から光輝の不機嫌な声が響いた。

 クラスの中でもナグモを除けばトップクラスのステータスと天職の香織達は、勇者の光輝と共に最前列のパーティに配属されていた。それに対して、ステータスは高いが誰からも敬遠されていたナグモは遊撃要員として状況を見ながら前衛や後衛を行ったり来たりする様に指示されていたのだ。

 

「………ごめんね。もうちょっとお話ししたいけど、また後でね」

 

 正直、もう光輝と一緒にいるのは嫌だが、これから命懸けの訓練をするのにそんな我儘は言ってられない。香織はナグモに軽く頭を下げると、雫を連れて光輝と龍太郎の所へ向かった。

 

「………忠告はしたぞ」

「え………?」

 

 無機質な声に香織は振り向くが、ナグモは振り返る事なく後方へと歩いて行っていた。

 

 ***

 

 ハイリヒ王国の騎士団長であり、神の使徒達の戦闘教官を任されたメルド・ロギンスは生徒達の様子を見て何度目になるか分からない重い溜息を吐いた。

 とはいえ、それは彼等が弱過ぎるからという理由ではない。実際のところ、生徒達は自由時間にも自主練をしているというだけあって、ステータスは既にメルドに迫る者が多い。道中の魔物も彼等には全く歯が立たず、オーバーキルな火力で魔石ごと魔物を灰にしてしまった以外は戦闘面で文句は無い。彼の溜息の原因は別にある。

 

(何だ……この空気の緩さは?)

 

 今は倒した魔物から魔石を取り出す為の解体のやり方を騎士団員達が各パーティに付いてレクチャーしていた。しかし、生徒達はまるで遊びか何かの様にワーワーキャーキャーと騒ぎながら解体作業をしていた。魔物とはいえ命を奪った、という事実に真剣さはほとんどの生徒に見られず、ともすれば解体した魔物の腸を見せびらかす様に引き摺り出している者までいる始末だ。気持ち悪そうな顔で魔物の死体を触ろうともしない生徒の方がまだマシに見える。

 

(愛子から彼等は戦争とは無縁な国で生まれ育ったと聞いたが、これ程とは………)

 

 トータスでは戦士階級に生まれなくても、ある程度の戦闘訓練は子供の内に行われる。これは長く魔人族との戦争が続き、辺境であっても魔物の脅威に晒され続けている故に自衛をする為に必要だからだ。農民であっても、鉈や斧で害獣や魔物を捌く事で殺し方を学びながら育つ。その為、メルドも無意識のうちに戦争とは無縁と言ってもそのくらいはやれるだろうと考えてしまった。

 

(これではまるで甘やかされて育った貴族の子弟……いや、それ以下ではないか)

 

 然もありなん、彼等の内の大半は異世界に来るまで喧嘩の仕方すら知らないし、ともすれば料理の為に包丁すら持った事も無い者までいる始末だ。そんな彼等が突然、チートパワーを得たのだ。これまでの戦闘が楽勝だったという事もあって、全員に弛緩した空気が流れていた。

 

(一応、雫や香織、重吾や浩介みたいに真剣に取り組んでいる者もいるが………こうなると、今後はどう指導したものかな?)

 

 メルドの教育方針は褒めて伸ばす、だ。褒められて自信を持って貰った方が訓練に前向きになるだろうし、そうすれば指導する側もやり易くなる。しかし、今回は悪い結果になりそうだ。先日、自分が見てない所で勝手な模擬戦をやった光輝といい、生徒達にはもう少し厳しくすべきだったかもしれないとメルドは後悔し始めた。

 

(そういえば、ハジメの方は———)

 

 最初は無能と蔑まれながらも、今や神の使徒の中で最強のステータスの錬成師の様子を見ると、既に割り当てられた魔物の解体を終えていた。綺麗に腑分けされた魔物の死体を余所に、何やら迷宮の壁を調べる様に手を当てていた。

 

(こ、こいつ、本当にあれこれと能力が高いな! 道中も戦闘に全く動じてなかったが………)

 

 後はコミュニケーション能力皆無な性格さえ、どうにかなればなぁと思いつつ、メルドはナグモに話し掛ける。

 

「ハジメ、何をやっているんだ?」

「………ロギンス騎士団長、聞きたい事がある」

 

 生徒達が「メルドさん」と慕う中、唯一人、馴れ合う気は無いと言わんばかりのいつもの態度でナグモは振り向いた。

 

「この迷宮には鉱石や貴金属を始めとしたいくつもの鉱脈がある。何故それを国は掘り返さない?」

「お前、そんな事が分かるのか?」

「僕は錬成師。鉱物については触れていれば分かる」

 

 そうなのか? と思いつつも、そういえばありふれた生産職でも神の使徒だったな、と思い直す。彼には普通の錬成師では無理な芸当も可能なのだろう。

 

「………確かに、以前から地質学者の天職を持った連中が、オルクス迷宮には掘り起こしてない鉱脈がある、とは指摘はしていた。でもな、ハジメ。それを採掘するには、コストが見合わないと結論が出たんだ」

 

 何せ場所は魔物が蔓延る迷宮の中。普通の人間では餌食になり、鉱夫の護衛として冒険者や兵士をつければこれまた莫大な人件費がかかる。そうでなくとも、迷宮にはごく稀に悪辣なトラップが出て来るのだ。そうなると鉱夫達を雇うには「命の危険など惜しく無い!」と言わせる額を提示しなくてはならず、結果的にそこまで人件費をかけてまでやる必要は無し、と結論付けられたのだ。

 

「他にも、オルクス迷宮には数年に一度、大災厄と呼ばれる現象が起きるしな」

「大災厄とは?」

「魔物が大量発生する現象だ。しかも浅い階層でも普段より強力な魔物が出るとまで来た。学者連中に言わせれば、古い血を瀉血する様に迷宮が魔物を排出してるんじゃないか? と議論されてるが、詳しい事は分からずじまいだ。そうなると金ランクの冒険者を雇ってどうにかして貰うしかないしな」

 

 まあ、最後の大災厄は一年少し前だったから、お前達が遭遇する事は無いだろう。そう締め括ってメルドは他の生徒の様子を見に、ナグモから離れていった。

 

「………成る程。実に、有益な情報だ」

 

 ポツリと漏らしたナグモの独白は、誰にも聞かれていなかった。

 

 ***

 

「万翔羽ばたき、天へと至れ――〝天翔閃〟!」

 

 光輝の聖剣が強烈な光が放出され、袈裟斬りに振った剣から光の斬撃が放たれた。斬撃はロックマウントと呼ばれた魔物を斬り裂くに留まらず、貫通して奥の壁に深い亀裂を生じさせた。

 

「ふぅ、みんな、もう大丈、へぶぅ!?」

「この馬鹿者が! こんな狭いところで使う技じゃないだろうが! 崩落でもしたらどうすんだ!」

 

 香織達を怯えさせた(と光輝には見えていた)魔物を倒して、爽やかな笑みを向けようとした光輝だが、その頭にメルドの拳骨が落とされた。そんな光輝をドンマイ、と龍太郎が慰める中、香織はそれに気付いた。

 

「……あれ、何かな? キラキラしてる……」

 

 その言葉に、全員が香織の指差す方へ目を向けた。

 光輝が切り崩した岩盤の上方。そこには青白く発光する鉱物が花咲くように壁から生えていた。今までテレビでしか見た事の無い様な綺麗な宝石に香織を含め女子達は夢見るように、うっとりした表情になった。

 

「ほぉ~、あれはグランツ鉱石だな。大きさも中々だ。こんな浅い階層に珍しいな」

 

 その涼やかな色合いは貴族の令嬢や貴婦人に人気で、加工された装飾品は贈り物として大変喜ばれるのだとか。そんなメルドの説明を聞きながら、あれを南雲くんに贈って貰えたら……なんて、香織は乙女チックな想像に浸っていた。

 

「だったら俺達で回収しようぜ!」

 

 唐突に檜山が動き出す。彼は軽戦士としての身軽さを駆使して崩れた壁をヒョイ、ヒョイと登っていく。

 

「おい、勝手な事はするな! すぐに戻れ!」

チッ、うるせえな……ダイジョーブっすよ、俺こういうの得意なんで!」

「そういう問題じゃない! 安全確認もしてないんだぞ!」

 

 メルドの鋭い叱責を聞こえないふりをしながら、檜山はグランツ鉱石へと手を伸ばした。その直前、罠を見破るマジックアイテムでグランツ鉱石を確認していた騎士団員の焦った声が響く。

 

「団長! あれはトラップです!」

 

 遅かった。メルドが撤退の指示を出す前に、鉱石に触れた檜山を中心に転移の魔法陣が展開される。あっという間に騎士団員達と生徒達は光に包まれ、別の場所へと転移させられた。

 転移した場所は、巨大な石造りの橋の上だった。ざっと百メートルはありそうだ。天井も高く二十メートルはあるだろう。橋の下は川などなく、全く何も見えない深淵の如き闇が広がっていた。まさに落ちれば奈落の底といった様子だ。不幸中の幸いか、メルド達の後ろ側には上の階層への階段が見えた。

 

「お前達! 直ぐに立ち上がって、あの階段の場所まで行け! 急げ!」

 

 未だに尻餅をついたままの生徒達に発破をかけ、撤退を開始する。しかし、すぐにその場に立ち止まる事になった。迷宮の奥側の橋から魔法陣が現れ、巨大な魔力と共に一体の魔物が姿を現す。その姿を見た途端、メルドの口から絶望の呟きが漏れた。

 

「まさか……ベヒモス……なのか……」

 

 さらに追い討ちをかける様に、階段側からも魔法陣が現れ、続々と骸骨姿の魔物が姿を見せた。

 

「こっちはトラウムソルジャーか!? いや……あれは……!」

 

 それはメルドの知る骸骨剣士の魔物とは姿が異なっていた。体長は二メートルは超えており、着ている鎧は悪魔の様な角や棘が装飾に施さられていた。傷口を無惨に引き裂く為の波打つ大剣と、全身をすっぽりと覆い隠せる様なタワーシールドを身に付け、腐り落ちた人間の顔からは生者への憎しみで赤々とした光が眼窩から燃えていた。

 

「オオオァァァアアアアアア――!!」

 

 死の騎士と呼ぶに相応しい魔物達が吠える。

 その姿を見て、ナグモはゆっくりとメイスを構えた。

 

 

 


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