「これで……!」
ユエのエネルギーブレードが振るわれる。ナザリックで捕らえた“使徒”の“分解”の魔法を再現した斬撃は、“使徒”化したカトレアの翼を切り裂いた。
「あ………」
背中の翼が無くなり、一瞬の浮遊感でカトレアは小さく声を上げる。既に満身創痍の状態だ。もはや翼を再生させる力も、これ以上戦う力も残されてなかった。
「ミハイル……今、そっちに逝くよ……」
最後にそう呟き、カトレアは地面へと落下していった。だが、その呟きは落下地点で蠢いている魔物達の鳴き声の中に消え、死体も魔物達に踏みつけられていき、やがて見えなくなった。
「一体、何だったの……?」
ユエは荒い息で戦闘の昂ぶりを静めようとする。ユエのパワードスーツは今まで手に入れた神代魔法や“真の神の使徒”を始めとした魔物達の研究によって、以前よりバージョンアップしていた。
しかし、そのパワードスーツをもってしても“
ステータスが他の“使徒”より高かったからか? 否、そういう事ではない。何がなんでもこちらを滅ぼそうとする悪意———それにユエは気圧されたのだ。
(今のは魔人族?
怨念をまき散らしながら戦っていた相手の事が気になったが、すぐにユエは思考を打ち切る。大分、時間が掛かってしまった。香織の事が心配だった。
『香織。そっちはどうなってるの?』
『ユエ……ユエ……!』
“
『落ち着いて! 一体、何があったの? 王女は保護できたの?』
『助けて、ユエ! すぐにナグモくんを呼んで! 雫ちゃんが……!』
出来る限り冷静に呼びかけてみるが、香織は言葉は要領を得ない。
異常な事態を感じ取ったユエはバイザーに香織の位置情報を映し出し、一直線に飛んでいった。そして———。
「雫ちゃん……雫ちゃん……!」
入り組んだ路地裏。そこで香織は泣きながらポニーテールの少女を介抱していた。だが、少し腹が膨らんだその少女は光を宿してない目で虚空を見つめていた……。
***
「お願いです! どうかここを開けて下さい! 話し合いましょう!」
光輝はハイリヒ王国の軍隊を引き連れ、固く閉ざされたウルの城壁門の前で解放軍に呼び掛けていた。
リリアーナから伝書鳩でウィーンダムの避難民の受け入れと救援を要請されていた解放軍だが、まるでそれを邪魔するかの様に光輝が引き連れた兵士達がウルの街の前に突然現れたのだ。
「貴方達は魔導王に操られているんです! 俺達は同じ人間です! だから一緒に魔導王と戦いましょう! 俺がエヒトルジュエ様に皆さんを許して貰える様に取り計らいます!」
固く閉ざされた門の前で光輝が積極的に熱弁しているが、兵達と門の上の物見櫓から見ているシモンは背筋に冷たいものが奔っていた。
(これが……噂の勇者だというのか。リリアーナ様がいない時に……!)
熱意ばかりが空回りしてる様な言動はまだ良い。あの年頃の若者ならそういう時期もあるだろう。
だが、光輝の背後に控えている兵士達。彼等は全て虚ろな目をしており、熱弁している光輝に対して人形の様に微動だにせず黙って聞いてる姿が恐ろしかった。
「後ろにいる人達も以前は反乱を起こしていた人達です! でも、俺の説得に応じて仲間に加わってくれました。俺達は話し合えば分かり合えるはずです!」
「そうです。我々は勇者様のお陰で更生致しました」
「勇者様は間違っていた私達に正しい道を示してくれました」
抑揚のない声で
もはや出来の悪い演劇を見せられている様だ。配役通りに動く人形達に囲まれ、自分こそが正義の味方だと演説する。
一周回って喜劇かもしれないが、それを現実にさせられるとホラー以外の何物でもない。それはシモンの隣にいる解放軍の兵士達も同じ感想の様で、人形達を控えさせている光輝を理解できない物を見る様な目で見ていた。
「……残念ながら、我々の気持ちは変わりません」
シモンは出来る限り冷静に、しかしはっきりとした声で光輝に向かって語りかける。
「今の聖教教会、ひいてはエリヒド王を……況してや神を自称して降臨したというエヒトルジュエを信用する事など出来ません。どうかお引き取り願いたい」
「どうしてですか!? こんなに俺は必死で話し合おうとしているのに! どうして聞く耳を持たないんですか!」
光輝がショックを受けた様に叫ぶ。彼にとっては“正しい”自分の言う事に賛同できない相手が理解できないらしい。噂には聞いていたが、実物を目の当たりにするとあの若者はダメだ、とシモンは改めて思った。
「ふざけるな! そう言って我々を洗脳するつもりだろう!」
「騙されんぞ!」
横にいる解放軍の兵士達も光輝に向かって怒りの声を上げる。それを受けて、光輝は悲しそうな顔になった。
ただし―――それは何度言っても親の言う事を聞かない、我が儘な子供を前にした様な悲しみだ。
「あなた達も魔導王に深く洗脳されているんですね。でも大丈夫です! 俺があなた達に掛けられた洗脳を解きます!」
「っ! 皆の者、気を強く持つのじゃ!」
光輝が懐から取り出したオーブを見て、シモンは鋭い声で周りに伝えながら杖を構えた。そして――。
「皆の洗脳を解いてくれ、エヒトルジュエ様のオーブよ!」
光輝がオーブを天へと掲げると同時に、オーブから強い光が発せられた。その光を見た途端、シモンは視界が揺れる様な感覚に襲われた。
「ぐ、ぬうううっ……!」
だが、シモンは周りに闇魔法に対抗する保護魔法を掛けながら耐えていた。周りの兵士達も膝から崩れ落ちそうになりながらも歯を食い縛っていた。
(やはり……! こうやって周りの者達を洗脳して信者にしていたのか……! だが、なんと強力な……!)
以前、リリアーナに話した自分の推論は当っていた。各地で反乱が起きていたのを光輝は住民達を洗脳する事で鎮圧していたのだ。そして、その光輝に祝福を与えたというエヒトルジュエの邪悪さもこれで証明されてしまった。
それを予期してたからこそ、シモンは闇魔法に対する防御魔法を構築し、魔法が使えない一般の兵士達には対闇魔法のマジックアイテムを身につけさせる事で対抗しようとしたが、思った以上にオーブから発せられる魔力は強大だった。
「くっ、まだ洗脳が解けないのか! オーブよ、俺に力を!」
「う、むっ……くっ……!」
シモン達が魔導王の洗脳魔法の影響下にあると思い込んでいる光輝は、エヒトルジュエから貰ったオーブに更に魔力を込める。それによってオーブの力は増大し、精神防御を行っているシモンも意識が持っていかれそうになった。
「うう……エヒトルジュエ様は、正しい……いや、しかし……!」
「ゆ、勇者様に従うのがハイリヒの民の務め……? だ、駄目だ……!」
シモンの側にいる兵士達が苦悶した表情でうわ言の様に呟き始める。いかに精神防御の魔法やアイテムで対抗しようと、邪神の魔法が込められたオーブに抗うには荷が勝ちすぎていた。シモンは精神防御の魔法に更に力を込めるべく、自分の唇を嚙み切って耐えようとする。だが、その痛みすらも深い微睡みの中に流されそうになっていた。
(リリアーナ……様……申し訳ありませぬ……!)
唇から血を垂らしながらも、シモンの意識が洗脳魔法に屈しかけたその時だった。
『ウォォォオオオオオッ!!』
「な、何だ!?」
光輝が驚いて声を上げる。城壁の前に展開していた光輝の軍。その背後に突然、別の軍が現れたのだ。
「―――いましたわ。やはり、魔導王陛下の読み通りでしたわね」
その軍の先頭。光輝の姿を見つけた金髪の縦ロールの人物は、ヘルシャー帝国の国旗と魔導国の国旗を背に高らかに言い放つ。
「我はヘルシャー帝国の皇帝、トレイシー・D・ヘルシャー! 魔導王陛下の要請に従い、ハイリヒ解放軍に助太刀しますわ!」
「な、何だって!?」
光輝が驚く中、トレイシーに率いられたヘルシャー帝国軍は光輝達に矢を射かけてきた。矢はまだ距離が遠く、光輝達にこそ当たりはしなかったものの、突然の闖入者に光輝は浮き足立つ。
「どうしてこんな所に帝国軍が!? いや、それよりもあの人達も魔導王に洗脳されているのか!」
卑劣な奴だ、とまだ見ぬ魔導王に怒りを覚える。きっと自分が各地で人々の目を覚まさせているのが気に入らなくて、洗脳した帝国軍を使って人間同士で殺し合いをさせようという腹づもりに違いない。
「哀れな人達……貴方達の洗脳も解けろ!」
光輝はオーブを今度は帝国軍に向かって掲げる。オーブから出た強い光が帝国の兵達に降り注ぐ。
「ベスタ、今ですわ!」
「はっ! 技術兵、魔導国の兵器を起動させるのだ!」
トレイシーと副官のベスタの号令の下、軍の後方にいた兵達が動き出す。
それは形としてはチャリオットに近かった。二輪で馬車を馬に轢かせ、御者台にいる兵士が馬の手綱を握っている。だが、普通のチャリオットとは違い、広めに作られた御者台には剣や弓矢の代わりに魔法士風の兵士と幌を被せた大型の荷物が置かれていた。
魔法士達が荷物に被さった幌を取り外す。するとそこにはトータスでは見慣れない箱型の機械――大型のスピーカーが出てきた。
キュイイイィィィイイインッ!!
スピーカーから音が鳴り響く。その音は歯医者のドリルの様に耳につんざく様な音で、スピーカーを起動させる様に命じたトレイシー本人達も顔を顰めてしまう程だった。だが、その効果は劇的に表れた。
「これは……?」
先程まで洗脳魔法で意識が飛びそうだったシモンは目を瞬かせる。頭の中にかかっていた靄が晴れていき、思考がはっきりとしてきた。それは隣にいる兵士達も同じ様で、彼等は立っているのも儘ならない状態から回復して戸惑いながらもお互いに顔を見合わせた。
そして―――それは解放軍だけではなかった。
「え……あ……?」
「俺達は何を……?」
光輝が引き連れていた王国の兵士達。彼等もまた虚ろだった目に正気の光が戻り、戸惑う様に周りを見回していた。
トレイシー達が起動させたのはナザリックで作られたジャミング装置だ。“真の神の使徒”を解剖し、キメラ・アンデッドの香織によって完成された“堕天の魔歌“。エヒトルジュエ達が“魅了”や“洗脳”で人間達を操ると知ったアインズは、“堕天の魔歌”の様な対洗脳魔法対策を一般人でも使える様な手段をナザリック技術研究所に研究させていた。
そうして出来たのが、この特殊な音波を出すスピーカーだ。魔導国では魔導ラジオを通じて国民達に音波を刷り込ませているが、国外の人間に対してはもっと直接的にエヒトルジュエの洗脳魔法の打ち消す機能を持たせた結果、この様な形となったのであった。
「み、みんな……? どうしたんだ? 惑わされたら駄目だ! エヒトルジュエ様の為に戦うんだ!」
突然、様子がおかしくなった自分の兵士達に光輝は焦った顔になりながら再びエヒトルジュエの魔法が封じられたオーブをかざした。だが、帝国軍からジャミング音波が出されている以上、もう洗脳魔法の効果はなかった。それどころか―――。
「おい……“勇者”。これはどういう事だ?」
先程まで光輝に従順だった王国兵士が剣呑な声を出す。彼の周りの兵士達も、まるで信じがたい現実を目の前にしたかの様に顔色を青くさせながら眉間に皺を寄せていた。
「さっきまでのは何だったんだ? その玉を見た途端、夢を見てる様な感覚になってたんだよ。なあ、おい!」
「う、嘘ですよね……? まさか、エヒトルジュエ様が我々に闇魔法を掛けていたなんて事は……」
「お前っ……俺達に何をしたんだよ!」
事態を把握して怒りに震え出す者、信仰心があった故に事実を受け入れがたい者。反応は様々ではあったが、彼等は一様に操られていた時の記憶がちゃんと残っていた。何より、ここにいるほとんどの者が元は王国や教会に対して反乱を起こした者達だ。それなのに光輝が持つオーブを見た瞬間、『光輝に従うのが正しい』と思い込まされていた。
「み、皆さん。落ち着いて! これは魔導王の卑劣な罠だ!」
さっきまで
「ふっざけんじゃねえぞっ!! 勇者ァァァッ!!」
「もうてめえなんかに騙されてたまるかっ!!」
「どうやら……今が好機の様ですわね」
算を乱した王国軍を見てトレイシーは自分の軍に号令を発する。
「皆の者、勇者を捕えなさい!!」
『はっ!!』
「なっ!? 皆、すぐに帝国軍を……うわっ!?」
「うるせえ! テメエの言う事なんざ聞けるか!!」
帝国軍を迎え討とうとした光輝だが、洗脳が解けた王国軍は怒り狂いながら光輝の背中から斬りつけてきた。あっという間に孤軍奮闘となった光輝だが、そこは然る者。仮にも“勇者”として召喚された彼のステータスは雑兵が束になっても難なく耐え凌いでいた。
「くっ……こんな事になるなんて。魔導王めっ!」
ほんの少し前まで味方だった人達の
「俺は諦めないぞ! 必ず貴方達を魔導王の洗脳から救い出してみせる!」
「なっ……テメエ、待ちやがれ!!」
光輝の身体が光に包まれる。王国や帝国の兵士達が慌てて手を伸ばすが、それより早くオーブに籠められた転移魔法が光輝を転移させてしまった。
「これは……助かった、のでしょうか?」
「うむ………」
勇者が消え、洗脳から解けた事に怒りと混乱で統率が取れなくなった王国軍。もはや敵意のない彼等を見ながら、シモンは解放軍の兵士に頷いた。
すると帝国の軍勢から、トレイシーが進み出た。
「私はヘルシャー帝国の皇帝、トレイシー・D・ヘルシャー! 魔導王陛下の要請により、この場に馳せ参じましたわ! ハイリヒ王国の解放軍の代表は前に出なさい! というか、あの腹黒娘……リリアーナはここにいないのかしら!?」
魔導王の要請と聞き、シモンは部下達と顔を見合わせる。だが、先程に勇者の洗脳から危うく掛かりそうだった所を助けて貰った以上、礼は尽くさねばならない。
「生憎とリリアーナ様は別件でこの場におりませぬが、このシモン・リベラールが伺いましょう。ヘルシャー帝国の皇帝陛下がどの様なご用件でしょうか?」
「あら? 久しぶりにあの腹黒娘の顔を見れると思ったのに、入れ違いになりましたの? せっかく魔導王陛下の使者の方に転移魔法まで使って頂きましたのに……」
「腹黒……」
少し残念そうな顔になるトレイシーに対して、自分達の主を腹黒呼ばわりされてシモンはなんとも言えない顔になる。リリアーナの話ではそれなりに親しかったそうだが、いくらなんでもあんまりな言い草じゃないだろうか?
「用件は先程、貴方達が経験した通りですわ。勇者が各地で人々を洗脳して回っています。その事に対して魔導王陛下は大変憂慮なさり———対王国、ひいては対エヒトルジュエ連合を発足しようと呼び掛けております。
因みにトレイシー達が突然ウルに現れたのはシャルティアの仕業。なんで人間相手にそこまでやらなきゃいけないの? と思いつつも、アインズ様の頼みで渋々と転移ゲートをやってくれました。
>対洗脳スピーカー
エヒトルジュエの洗脳に対して妨害音波を出す魔導スピーカー。“真の神の使徒”の魅了はエヒトルジュエと同質……というより、エヒトルジュエが自分の能力の下位互換として“使徒”達に身に付けさせたので、“使徒”を余す事なく解剖して調べたナザリック技術研究所は対抗手段を作る事が出来た。
因みに魔導国では魔導ラジオという形で妨害音波が流されてるので、魔導国の国民達には最初からエヒトルジュエの洗脳は効かない。