ありふれてないオーバーロードで世界征服   作:sahala

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第百九十九話「チェックメイト」

 ハイリヒ王国のとある平原を亜人族の一団が進んでいた。皆が粗末ながらも旅装に身を包んでおり、そして僅かばかりの家財道具を持っている者もいた。

 彼等はとある隠れ里に済んでいた亜人族だ。トータスの亜人族のほとんどはフェアベルゲンに住んでいるが、そのフェアベルゲンから追放処分を受けた者やその子孫、あるいは奴隷として人間に捕まりながらも逃げ出した者は各地で集落を作ってひっそりと暮らしていたのだ。

 人間族から差別を受ける為に王国や帝国の街や村には住めず、小規模な集落の中で自給自足の生活を送り、それでも足りない物は亜人族相手でも商売を行う奇特な行商人と物々交換をする。そんなつつましい暮らしをしていた彼等だが、最近になって事情が変わってきてしまった。

 

 集落の中にも魔物が入ってくる様になり、自分達が食べるだけで精一杯の畑も荒らされる様になった。今まで来てくれていた行商人も何ヵ月も姿を見せなくなった。それらは全て光輝達によって王国の治安が悪化させた事から起因するものだが、そんな事より彼等からすれば生活が徐々に立ち行かなくなるのが問題だ。

 そうして困り果てていた隠れ里の亜人族達だが、正体を隠しながら街にまで食糧の調達に行った者がある噂を耳にしたのだ。

 

 曰く、フェアベルゲンは魔導国という強国に生まれ変わった。

 曰く、そこは魔導王という者が治めて亜人族を含めた様々な種族が豊かに暮らしている土地らしい。

 

 聖教教会が魔導国に対して誹謗中傷を流しているが、嘘は後からバレていくもの。

 教会の流した噂を疑った者達がまだ王国に来る冒険者や商人から噂を聞き、魔導国の方が今の王国より暮らしやすいのではないかと噂し合っていたのだ。

 それを聞いた隠れ里の亜人族達は最初は信じられなかったものの、日に日に苦しくなっていく生活にとうとう一縷の望みを賭けて今までの住処を捨て、魔導国へ移住しようと決意したのだ。

 

「皆の者、もう少しで王国の国境じゃ!」

 

 隠れ里の里長であった狐人族の老爺が声を張り上げる。それを聞いた亜人族達は長旅で足が棒になりながらも、なんとか気持ちを奮い立たせた。

 

「ねえ、お父さん。マドー国って、どんな所なのかな?」

「さあね。きっと、良い国だと思うよ」

 

 その中で森人族の幼い娘に父親が安心させる様に答えた。

 

「お外でいっぱい遊べる様になる? お腹いっぱいご飯を食べられるかな?」

「……うん、きっとそうだね」

 

 興味津々に聞いてくる娘に父親は一瞬だけ顔を歪めそうになったが、なんとか隠し通した。

 娘が願っている物は本来なら大した物ではない筈だ。だが、人間族から差別される故に里の外に出す事も出来ず、最近の食糧事情から空腹を満たす事もできない。一人の親として、娘に肩身の狭い思いをさせている事を心苦しく思っているのだ。

 正直の所、彼も魔導国が本当に噂通りの国なのか分からない。外の情報が中々入ってこない隠れ里では、噂の真偽を確かめる術などないからだ。だが、それでも娘が豊かな生活を送れる様にならば、と今回の移住に賛成したのだった。

 隠れ里の亜人族達は一抹の不安を抱えながらも、皆が魔導国を目指して進んでいく。誰もが魔導国に行けば、今の苦しい生活からきっと救われる筈だと信じていた。

 そうして新天地に救いを求めていた彼等の歩みは――――報われる事なく終わった。

 

「もう少しじゃ! 皆、離れてはならん――――ぐおっ!?」

 

 突然、先頭を歩いていた狐人族の里長が苦悶の声を上げる。彼の胸に深々と矢が刺さっていた。

 それを驚いて亜人族達が見ると同時に―――矢の雨が次々と亜人族達に降り注いだ。

 

「ぎゃあっ!?」

「いやああああああっ!!」

 

 亜人族達が悲鳴を上げる。矢は雨あられと襲い、里長の様に急所に当って即死した者もいれば、せめて家族を守ろうと自らが盾になった者もいた。そうして矢の雨が止んだ頃、亜人族達で息がある者は僅かになっていた。

 

「お父、さん……? お父さん! お父さんっ!!」

 

 森人族の幼い娘が必死に父親の身体を揺する。だが、娘を庇った父親は既に事切れていた。

 そうして泣きながら父親の遺体に縋り付いていた娘だが、不意に彼女の頭上に影が差した。

 

「ひっ……に、人間?」

「―――おい、生き残りがいたぞ!」

 

 見上げた先に鎧を着た人間族の男が立っていた。だが、その人間は森人族の娘を無視して周りの男達に声を掛けた。そうしてようやく彼女は気付いた。自分達は鎧を着た人間達に囲まれていたのだ。

 

「ほら、立て!」

「痛い、痛い、痛い!」

「うるさいんだよ、ケダモノ共がっ!」

「離して! 離してぇっ!!」

 

 鎧の男達が生き残りの亜人族達を次々と掴まえていく。だが、それはどう見ても治療する為ではない。嫌がる亜人族達の腕や髪を掴み、無理やり立たせていた。そうして生き残りの亜人族には首輪と手錠が填められ、鉄格子の檻を乗せた馬車に無理やり入れられた。

 

「隊長。これで生き残りの亜人族共は全員の様です」

「フン、思ったよりも人数が多いな。まあいい」

 

 一際立派な鎧を着た男が部下の報告に鼻を鳴らしながら頷いた。そして鉄格子の中で怯える亜人族達を汚物を見る様な目で見ながら呟いた。

 

「穢らわしい亜人族共が……我らのエヒトルジュエ様の為にその命を役立てる事を精々ありがたく思え」

 

 そう言って鎧の集団―――ハイリヒ王国の神殿騎士達は捕まえた亜人族達を檻に入れた馬車を引きながら立ち去っていた。

 辺りには彼等によって殺された亜人族達の死体だけが残されていた――――――。

 

***

 

 ウィーンダムが魔物の襲撃に遭ってから数日後、リリアーナは解放軍本部のウルに戻っていた。

 ()()()()()によりウィーンダムを襲っていた魔物達が倒れ、戻ったリリアーナの指揮でどうにか防衛に成功したものの、被害は甚大だった。雫の裏切りによって殺されたデビッド達や相川達の死体が見つかり、さらに追い打ちをかける様にウルに避難させようとした避難民達が魔物の大群と遭遇した折りに優花達も死亡が確認された。

 その事実だけでもリリアーナの精神を打ちのめすのに十分だったが、畳み掛ける様にウルからの伝書鳩で光輝がウルの街に現れた事が知らされたのだ。自分を慕ってくれた優花やデビッド達の死や雫の裏切りに悲しむ間もなく、リリアーナは急いでウルへ戻ってきたが―――そこに予想外の珍客がいた。

 

「遅かったですわね、リリィ」

 

 リリアーナは一瞬、呆気に取られる。ハイリヒ解放軍の総司令部となったクデタ伯爵の屋敷。その応接間にヘルシャー帝国の新皇帝となったトレイシーが優雅に紅茶を飲みながら待ち構えていた。

 

「トレイシー……何故、ここに?」

「留守中にお邪魔させて貰ってますわよ。私がここにいる理由ですけど、勇者に洗脳されそうだった解放軍を救出しに来たからですわ」

 

 トレイシーの言葉にリリアーナはその場で控えていたシモンに目配せする。するとシモンはおごそかに頷いた。

 

「事実です。トレイシー皇女……ではなく、皇帝陛下が駆けつけてくれなければ我々は勇者の傀儡とされていたでしょう」

「そうでしたか……」

 

 どうやら自分がいない間に解放軍は崩壊の危機にあったらしい。リリアーナは安堵の溜息を吐きかけるも、すぐに厳粛な顔を作る。

 個人的にトレイシーとは父王が先帝ガハルドに無体な仕打ちをした件で顔を合わせづらい。それでも解放軍の長として、そして王国の王女として言葉にしなくてはならない事がある。

 

「トレイシー・D・ヘルシャー皇帝陛下。この度は私が不在の折りに解放軍の危機を救って頂き、ありがとうございました。それと……貴方の御父上にした事を王国の王女として謝罪いたしま―――」

「それに関しては貴方に謝って頂かなくて結構ですわ」

 

 頭を下げようとしたリリアーナに先んじてトレイシーはキッパリと言った。

 

「先帝を(しい)したのは勇者。そしてその死に不名誉を被せたのは現国王エリヒド。貴方には関係ありませんわ」

「トレイシー……ですが……」

「大方、貴方はエリヒド王にその事に真っ向から意見をしようとしたのではなくて? だからこうして城を追われて解放軍を作ってるのでしょう?」

 

 もしもリリアーナがエリヒド王と同じく、ガハルドの死は勇者による正義の執行だと主張していたならば、今も城で暮らせていた筈だろう。そして勇者の行いがエヒト神の神意だと主張できる様な性格ならば、こうして解放軍など組織していないだろう。トレイシーは長年の付き合いも併せて、リリアーナがガハルドを最後まで庇おうとしていたのだと知っていた。

 

「私がキッチリと借りを返すべき相手は他にいますわ。その相手の娘や関係者だったからと恨む理由などありませんわね」

「……ありがとうございます、トレイシー」

「ほら、シャンと顔を上げなさい! 貴方にしおらしい顔なんて似合いませんわ。いつもみたいに腹の中で利益簒奪を企んでる豪胆さでいなさいな」

「それは……慰めて頂いているのでしょうか?」

 

 幼い頃から変わらないストレートな物言いに思わず苦笑する。自分を慕ってくれた優花達の死に打ちのめされかけていたリリアーナにとって、いつもと変わらずに接してくれるトレイシーの存在がありがたかった。

 

「それに……エリヒド王の事ですが、もしかすると勇者に洗脳されて豹変した疑惑もありますわ」

「なんですって?」

 

 思わぬ情報にリリアーナは目を見開く。だが、横で控えていたシモンは「やはり……」と小さく呟いていた。

 

「その事で私は魔導王陛下から要請を受けましたの。私だけでなく、各国の代表も同じ要請を受けていましてよ。既に彼等は集まっておりますので、会議に参加して貰いますわ」

 

 ***

 

 リリアーナが別室に行くと、そこにはトレイシーの言う通りに二人の人間が席についていた。

 一人はリリアーナも見覚えのある人物だ。アンカジ公国の領主の息子であるビィズ・フォウワード・ゼンゲン。数年前、王国で式典を行った時にリリアーナは彼と会った事があり、おそらくはランズィ公の代理でこの場に来たのだろう。

 もう一人はリリアーナには見覚えの無い人物だ。黒いスーツを着こなし、口髭をたっぷりと蓄えた初老の男性でありながら背筋を曲がってはおらず、むしろマナーのお手本の様にピンと伸びていた。

 

「アンカジ公国のビィズ・フォウワード・ゼンゲン殿は貴方も知ってますわよね。こちらはフューレンのセバス・チャン市長。以前の市長に代わり、最近にフューレンの合議会で新たに選任された方ですわ」

 

 トレイシーの説明を受けてリリアーナは得心がいった様に頷いた。

 

「貴方が……お噂はかねがね伺っております。人道に基づいた市政を行う名士の方とお聞きしています」

「こちらこそ、リリアーナ・S・B・ハイリヒ王女殿下にお会いでき、光栄に思います。それと過大な評価ですよ。私は自分に出来る範囲で、困っている方に手を差し伸べているだけですから」

 

 リリアーナに対してセバスは謙遜しながら柔和な笑みを浮かべる。

 フューレンの“天使騒動”の直後に新しく就任した市長についてはリリアーナも知っていた。フリートホーフとの黒い繋がりが噂されていた前任の市長とは違って公明正大であり、竜人族の妻が営む運送業で莫大な利益を上げながらも“天使騒動”で被害にあった街の修繕や海人族の為に新たな街作りに資金援助するなど、人道的で慈悲深い市長という話だが噂にたがわぬ人物の様だ。

 この場にはリリアーナ自身を含め、魔導国以外のトータスの各国の代表が集まっていた。そしてリリアーナに同席する形でシモン、クデタ伯爵と続いて。そして、もう一人―――。

 

「愛子……」

 

 リリアーナは沈痛な面持ちで呟く。愛子は死んだ様な表情でその場に座っていた。

 突然、異世界から召喚されて、生徒達を守る為に東走西奔してきた。だが、その結果が自分を慕ってくれた優花達の死という残酷な結末を突きつけられ、もはや泣きはらした目で座っている事しか出来なかった。

 

「愛子、貴方は別室で休んでいた方が……」

「いいえ。私も解放軍の糧食担当だからちゃんと聞きます。もう、それしか私は役目がないんです……もう、それしか……生徒達を見捨てて、八重樫さんの様子も気付かずにデビッドさん達も守れなかった私にはそれしか価値がないんです……」

 

 生徒達全員を守る理想の教師像を捨て、そしてその先でも自分を慕っていた生徒達や騎士達の死という事実に愛子の心はもう折れる寸前だった。最後に残された“作農師”という役目以外、もはや愛子を支えるものなど無くなっていたのだ。

 

「……話を始めましょう。今回の犠牲になった者達の為にも、我々は勇者に対して建設的な対策を取らなくてはなりませんわ」

 

 そんな愛子に周りの人間が痛ましい物を見る様な目になる中、トレイシーは凜とした声で宣言した。

 教え子達を喪った愛子の心情を思うなら席を外させるのも選択の一つであるが、これから話すのも愛子の元生徒である勇者への対処なのだ。後から聞かされるよりは心の準備がしやすいだろうと判断していた。

 

「まず、確認の為に聞きますわ。今回、リリアーナ達はウィーンダムに赴き、そこで魔物の大群が迫っていた為に住民を連れて避難しようとしていた。ですが、その途中で避難民達にも魔物の襲撃があり、またウィーンダムに残ったリリアーナには“神の使徒”の一人が裏切って殺されかけた。その事実に相違はなくて?」

「……ええ、間違いありません」

 

 リリアーナはギュッと膝の上で拳の握り絞めながら頷いた。

 突発的な事態でありながら、リリアーナは最善の選択をしたつもりだった。だが、避難させた筈の集団にも魔物の襲撃があった事や、雫の裏切りにデビッド達を喪うなど散々たる結果だった。あの時、何故かあの場にいた香織がいなければリリアーナ自身もどうなっていたか……。

 

「そういえば……香織はどちらにいらっしゃるのでしょうか? それに避難民達の方にもモモン殿が救援に駆けつけてくれたとお聞きしましたわ。改めてお礼を言いたいのですけど……」

「モモン一行は魔導国に行かれたそうですよ。なんでも、リリアーナ様方の救援をする様に依頼されたのが魔導王陛下だそうです」

「魔導王……」

 

 ビィズの言葉にリリアーナは複雑そうな顔になる。目下の所、トータスで最大の国力を持ちながらも光輝やエヒトルジュエと裏で繋がっているのではないかと疑って素直に救援を頼めなかった相手。その魔導王から何故向こうから救いの手を差し伸べる真似をしてくれたのか分からなかった。

 

「その事についてですけど、魔導王陛下はあの勇者を危険視しているそうですわ。あの勇者が各地で人々を洗脳しているのは貴方達もよく御存知でしょう?」

「ええ、まあ……」

 

 トレイシーの言葉にシモンとクデタ伯爵は苦い顔になる。二人ともあと一歩で光輝によって洗脳される所だったのだ。もしもトレイシー達が駆けつけてくれなければ、今頃は光輝の傀儡となっていた事だろう。

 

「そして今回、リリアーナの命が狙われた事や避難民達の魔物の襲撃ですが、魔導王陛下はその直前に来た“神の使徒”二人が勇者の洗脳によって傀儡にされた可能性を疑っておりますわ」

「そんな……まさか……!」

「そうなれば辻褄が合うのではなくて? そもそもウィーンダムが魔物に襲われたのもその二人が来てからでしょう?」

 

 リリアーナは信じられない顔で口元を抑える。しかし、確かに言われてみればその通りなのだ。今まで平和だったウィーンダムに突如として魔物の大群が押し寄せたのも、雫が突然心変わりした様にデビッド達を殺して自分を亡き者にしようとしたのも。不可解すぎる出来事の連続だが、それが全て光輝が洗脳したからという理由で説明できてしまうのだ。そして光輝にその力があるとシモン達も身を以て体験してしまった。

 

「これは私の予想ですけど、勇者はあなた方が相当邪魔に思えていたのでしょう。だから洗脳した手駒を潜らせ、そして魔物を使ってリリアーナとそこの“作農師”を消そうとし、自分は更なる手駒を増やすためにウルへ赴いたのではなくて?」

「そんな……天之河くんは、そこまで……」

 

 愛子がショックを隠しきれない顔で呆然と呟いた。昔の愛子ならば、生徒の悪事を疑うなど考えもしなかっただろう。だが、光輝達によって被害を齎された土地や人を多く見てきた。もう愛子には光輝が善良であると信じる事も出来なくなっていた。

 リリアーナもまた、光輝の事を信じる気持ちは皆無だ。そもそも光輝が来てからハイリヒ王国はおかしくなり、リリアーナ自身に至っては母親を失う事に繋がったのだ。自分の幼馴染みである雫まで洗脳して駒にしたのは驚きだが、元から光輝に良い印象は無かった為にあの男はそこまで堕ちていたのかとリリアーナは考えていた。

 

(まさか、お父様もあの男に洗脳されて……!)

 

 教会の勢力に頭が上がらないながらも、王としての責務を忘れなかったエリヒドがある日を境に豹変してしまった。その理由に納得のいく説明を見せられた様で、リリアーナは怒りに拳を振るわせた。

 

「な、なら…・・・八重樫さんと清水くんはどうしていますか?」

「両名ともモモン殿一行に取り押さえられ、魔導国に送られたそうですわ。安心なさい、魔導王陛下ならば洗脳を解く方法を御存知でしょう。今回、私達が持ってきた対洗脳魔導装置も魔導国から送られたものですから。とはいえ、勇者の側に長くいた分、洗脳が深く掛かっているそうなので治療に時間が掛かるそうですが」

 

 愛子の不安そうな声にトレイシーは安心させる様に頷いた。光輝の洗脳手段を打ち消す装置の効果はこれまたシモン達で実践済みだ。二人の身柄が魔導国に委ねられたという点が気掛かりだが、リリアーナ達には洗脳を解く手段がない以上、魔導国の治療に一縷の望みを託すしかなかった。

 

「もはや、あの勇者、並びに彼を擁するエヒトルジュエなる者が危険である事は説明の必要がありませんわ。今はハイリヒ王国内に留まっていても、いずれは帝国や他国にも被害を拡散させる可能性が大きいでしょう。それを予見して魔導王陛下はとうとう、勇者とエヒトルジュエ、並びにその一味の討伐を目的とし、ハイリヒ王国へ大々的な攻勢を仕掛けると宣言されました」

 

 魔導国によるハイリヒ王国への攻撃―――それに息を呑むクデタ伯爵だが、リリアーナはそれを表情を変えずに受け止めた。

 いつかはそうなるという予感はあった。光輝が人々を洗脳している以上、それがハイリヒ王国だけの問題に済む保証がない。だからこそ王国内のみの問題としてリリアーナは対処したかったが、時間切れとなったという事だ。

 

「我々、ヘルシャー帝国は魔導国の要請に従い、勇者並びにその一味の討伐に参加致します」

 

 トレイシーは凜とした声で宣言した。

 

「もはやあの勇者を放置しておく事は、この世界に危機を招くのと同じ。そして、その勇者を擁護する教会や神、そして王国も看過できぬ悪と断じますわ」

「我々、アンカジ公国も同じ思いです」

 

 ビィズもまた、トレイシーに続いて頷いた。

 

「元より、私達はハイリヒ王国とは袂を分かった身です。魔導国と共に世界を狂わせる勇者を討ちたいと存じ上げます。これは父も同じ意見です」

 

 リリアーナに少し気の毒そうな目を向けながらも、ビィズははっきりと宣言した。

 元より、両名は王国から無体な仕打ちを受けて被害にあった国だ。魔導国と共にハイリヒ王国に進軍する事に反対意見などないだろう。

 そうして残った一人。国土こそ持たないものの、その経済力は魔導国以外では随一であるフューレン。その市長であるセバスに目が向けられるが、彼は目を閉じたままに徐に頷く。

 

「私どもは商人の街である為、個人の商いまで制限は致しませんが……やはり、フューレンを預かる立場として勇者率いる王国へ援助はできないと申し上げる他ありません」

 

 これで、発起人である魔導国は元より、人間族の国でハイリヒ王国は完全に孤立した。それをリリアーナは厳粛に受け止めるしかなかった。

 

「ついてはあなた方、ハイリヒ解放軍にも我々の同盟に加わって貰いたいですわ。勇者が洗脳してるとはいえ、全ての兵がそうであるとは限りません。王女であるリリアーナがいれば、剣を収める者もいるでしょうから」

 

 それはトレイシーの言う通りではあるだろう。諸事情からまだ廃嫡はされておらず、王国の正当な後継者であるリリアーナがいれば、まだ洗脳されてない兵達の中から離反者が生まれ、犠牲も最小限に済む筈だ。

 そして同時に―――魔導国が王国に攻め入る大義名分を与える事になる。

 

「リリアーナ様……」

 

 シモンやクデタ伯爵が沈痛な表情で見てくる。

 もはや、この要請をリリアーナが断るという選択肢など最初から無かった。光輝が各地で与えている被害は甚大であり、それを危険視した各国の行動をリリアーナが止める権利などあるわけがない。何より光輝が各地で洗脳をして人間を集めているのも、教会が“聖戦遠征軍”をもう一度結成させようとしているという噂もある。魔人族の脅威が無くなった以上、教会が次に標的するのは魔導国やそれに与した国となるだろう。この流れは早いか遅いかの違いでしかなかったのだ。

 

(詰み、ですわね……)

 

 リリアーナは静かに自分の状況に選択肢がない事を悟った。腹黒などと他人に言われる事もあるが、そうやって頭の中で様々な思索を巡らせられるからこそ、今の状況は投了の決まったチェス盤の様に感じられた。

 これで王国は魔導国の属国となり、その歴史に終止符を打つ事になるだろう。勇者や背後にいる神が魔導国の連合に勝つ可能性もあるが、そんな可能性など芥子粒に等しいとリリアーナは感じていた。なにより、億に一つの可能性で王国が勝ったところで、勇者達が好き放題にやって国民を苦しめる今の状況が続くだけだ。仮にも国の王族として民の安寧を第一に考えなくてはならないリリアーナとしては―――王家の最期をマシな形で引導を渡す他なかった。

 

(これが全て魔導王の計算通りであったとしたら……いえ、もうそんな事を考える意味すら無いのでしょうね)

 

 今回の事で光輝と魔導王が裏で繋がっている可能性は低くなっただろう。ここまで光輝が各国の反感を買っている以上、魔導王にとっても光輝の存在は邪魔にしかならない。仮にそれも全て織り込み済みで光輝を利用していたのだとしたら、一体何手先を読んでいた策略家なのだろう。自分は警戒して魔導王への接触を控えていたが、相手はそんな事などお見通しだと言わんばかりに強制的に駒を動かざる得ない状況に―――それもおそらく魔導王が描いた通りに持っていかれたのだ。王として、そして策略家としての格が違うとリリアーナはまだ見ぬ魔導王に思い知らされていた。

 

「……どうか、魔導王()()にお伝え下さい」

 

 ややあって、リリアーナは少し疲れた声で―――しかし、せめてもの虚勢で胸を張って言った。

 

「ハイリヒ王国の混乱は、ひとえに勇者をこの国に召喚すると決めた我々の責任です。その事に深くお詫びを申し上げると同時に……どうか、その咎をランデルや罪なき貴族達に向ける事のない様に。罪を背負うべきは、国民を正しく導けなかった王と私だけに糾弾されます様にお願い致します」

「リリアーナ様っ……!」

 

 クデタ伯爵は慚愧に堪えず、拳を握りしめる。ここに至って尚、彼女は国の為に国民や部下達を守ろうとしていた。きっと、リリアーナが成人してこの国を導けば良い国となっていたであろう。

 

(これ程の主君でありながら、我々はどこで間違ってしまったのか……)

 

 あの勇者さえ来なければ、この国は平和でいられた。クデタ伯爵はそう思わずにはいられなかった。シモンも同じ想いの様に苦渋に満ちた顔で俯いていた。

 

「魔導王陛下にあなたの言を確かにお伝えしましょう」

 

 おそらくはハイリヒ王国の最後の王族となるリリアーナに向けて、トレイシーは厳粛に頷いた。

 

「そして……聞き届けて頂けるか分かりませんが、私から魔導王陛下にリリアーナ王女の助命嘆願を致しますわ。ハイリヒ王国が魔導国に吸収されるとしても、その土地を管理する者が必要でしょう。国民の信頼の高いリリアーナならば、魔導王としても生かしておく価値がある筈です」

「トレイシー……」

「私からも魔導王陛下にお頼み申し上げてみます。王国と袂を分かったとはいえ、リリアーナ様がアンカジに色々として頂いた事を忘れたわけではありません」

「では私もアイ……いえ、魔導王陛下に進言致しましょう」

 

 ビィズ、そして僅かに咳払いしたセバスもそれに同調した。そしてトレイシーは愛子へと目を向ける。

 

「そこの者は“作農師”なのでしょう。ならば、今後は彼女に魔導国の作物の収穫などを手伝わせる約束をすれば、あなたやランデルの助命も可能な筈ですわ。それだけの価値が“作農師”にはあるのですから」

「いえ、さすがにそれは……そもそも愛子は我が国とは無関係の異世界の人間ですから―――」

「いえ、どうか私の身柄を交渉に使って下さい」

 

 気が咎めたリリアーナが断ろうとするが、愛子は首を横に振った。

 

「私なんかがお役に立てれば……天之河くん達の償いをさせて頂けるなら、どうぞ魔導国の交渉に使って下さい。もう、それ以外の価値はないのですから……」

 

 自分を慕ってくれた優花達は死に、光輝達はもはやトータス全ての国にとって害でしかない存在になっている。もはやどうしようもなく心が折れてしまった愛子は、せめてもの償いでリリアーナの為に魔導国に引き渡されても仕方ないと思ってしまっていた。

 

「……詳しい条件は魔導王陛下と交渉してからにしましょう」

 

 痛ましい様子の愛子を気の毒に思いながらも、トレイシーは纏める様にそう宣言した。

 

「あとは魔導王陛下にご報告して、お返事を待つだけですわ。きっと魔導王陛下ならば、慈悲のある判断を下して頂けるでしょう」

 

 ***

 

「……すまない、無理だ」

 

 ナグモは目の前に香織にそう言った。

 場所はナザリックの第九階層。香織から事情を聞いたアインズの計らいにより、運び込まれた雫の為に特別にロイヤルスイートルームの一室で治療を行う事が許されていた。そうして雫の容態を見る為にしばらく部屋で診察していたナグモだが……。

 

「……え? ね、ねえ、ナグモくん? 嘘、だよね? 冗談だよね? 嫌だな、こんな時に冗談なんて言わないでよ」

 

 雫の居る部屋から出て来たナグモに、香織は引き攣った笑顔を浮かべながらそう言った。いま聞いた内容が悪質な冗談だ、と思いたいばかりに。

 

「……………」

 

 だが、ナグモはそんな香織と目を合わせずに俯いていた。

 かつては人間に対して見下す以外の感情を向けていなかった無表情しか浮かべなかった顔。

 そのナグモの顔は沈痛なまでに歪んでおり、覇気なく項垂れていた。

 

「ナグモくん。何か言ってよ? 雫ちゃんは治せるんだよね? だって、ナグモくんはナザリックで一番のお医者さんなんだから。ねえ……ねえ、ってば!」

「香織、落ち着いて」

「うむ、あまりナグモを責め立てるな。まずはナグモの話を聞こう」

 

 黙っているばかりのナグモに香織は我慢ならない様に掴み掛かりかけ、それを横で見ていたユエとアインズが止めた。アインズに至っては“至高の玉体”を解除していなかった。彼等はウィーンダムの戦いの後に即座に転移魔法でナザリックに戻り、泣きながら狼狽する香織から詳しい事情を聞いた。相手が香織の親友という事もあり、最上級の治療をする様にナグモに命じたのだが……。

 

「ナグモ……いまお前が言った事は、冗談ではないんだな?」

「……申し訳ありません、アインズ様」

 

 出来る限り冷静にアインズはナグモに尋ねた。だが、ナグモは沈痛な表情を崩す事はなかった。

 

「八重樫雫は……もうこれ以上、手の施しようがありません」




>亜人族の隠れ里

存在そのものは書籍版の7巻から。魔人族にフェアベルゲンを攻め込まれたアルフレリックが避難場所として住民を逃がそうとした場所です。フェアベルゲン以外にも各地にひっそりと亜人族が暮らす隠れ里みたいなものがあるのだと思います。
彼等はひっそりと自給自足の生活を送っていましたが、光輝達が教会のプロパガンダの為に後先を考えない魔物退治を行った結果、魔物の生態系のバランスが崩れて被害を受ける様になりました。そうして噂の魔導国に移住しようとしましたが、残念な結果に終わった様です。
なんで教会騎士が攫ったか? そりゃあね……もういっそ、とことんやってやると思って(ニコリ)

>対ハイリヒ王国討伐連合

要するに、「悪のハイリヒ王国を皆でやっつけよう!」というお話しなのです。あれもこれも全部光輝のせいにされてるけど、そんな風に周りが見える様に仕組んだヤルダバオトがいるというか……しかも丁度良く、光輝は解放軍を洗脳しようとしていましたし。いや本当もう擁護不可能(笑)

リリアーナはこんな風に他国に攻め込まれない様にどうにか魔導国に頼らずに自分達で解決しようとしたけど、残念ながら魔導王陛下は彼女の頭脳を上回る策略家だった様です。どう動こうが詰みな状況に全てを進めていた魔導王陛下は、まさしく端倪すべからざる頭脳の持ち主なのでしょう。




だから―――――最後のナグモの台詞も、あなたの計算通りなんですよね? ねえ、アインズ様?
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