今回、いつもより長いので分割投稿します。最新話を追ってくれる方は注意してお読み下さい。
ふと清水は目を覚ました。
最初に目に入ったのは石造りの天井。白色光を放つ物がそこに埋め込まれており、ボンヤリと目を開けた清水は眩しさを感じた。
思わず目を覆おうとして、腕が動かない事に気付く。いや、腕だけではない。頭も、足も、胴体も。何かに縛られて、清水の身体は拘束されていた。さらにただの拘束ではないのか、魔法も使えなくなっていた。
(な、何だこれ? 俺、一体なにがあって―――!)
自分の状況が理解できず、清水は意識を失う前の記憶を辿ろうとした。
そして、思い出してしまった。
『まずは宣言通りに手足からいくッスよー!』
自分が出会った中で雫に並ぶ程で、
『おやおや、この程度でもうギャン泣きッスか? 先はまだまだ長いのに』
褐色の悪魔は快活な笑顔を浮かべたまま、自分の身体に容赦なく鈍器を振り下ろす。その度に清水の耳に骨が折れる嫌な音が響いた。
『肋骨って二十本以上あるんスよね? じゃあ余裕で木琴が出来るじゃないスか! ド、レ、ミ、ファ、ソ、ラ、シ、ド~♪』
痛い。やめてくれ。許して欲しい。
必死に懇願しているというのに、悪魔は獲物を弄ぶ猫の様に嬉々として自分を痛めつけた。
『あ、やべぇッス。肺に突き刺さったらさすがに死んじゃうッスかね? でも大丈夫! ちゃんと治癒魔法はかけてあげるッスよ!』
そうして絶え間ない痛みが続く中、清水が思ったのは何故、という疑問だった。
何故、自分がこんな目に遭っているのか。自分はこの世界の主人公の筈だ。目の前の美少女も
『もうちょい遊びたいけど、残念ながら時間切れッスね。続きはナザリックで楽しみましょうね〜♪』
そうしていつしか清水は気絶していたらしい。最後に褐色の悪魔のニヤニヤと見下した顔を思い出し、清水は恐怖と同時にドロドロとした怒りが込み上げてきた。
(あのアマァァァッ!! よくも俺をあんな目にっ! クソ、動け! 動けよ!)
主人公である自分に酷い仕打ちをした女に仕返ししてやると思って清水はもがくが、身体を拘束している物はびくともしない。それどころか口にも猿轡の様な物が嵌められており、清水は口からくぐもった声を出すのが精一杯だった。
「あらぁん? やっと目が覚めたのねん」
不意に清水の耳に男とも女とも判別しづらい濁声が聞こえた。頭が動かない為に目だけで声のした方向を見て―――清水は猿轡の下で悲鳴を上げた。
目に映ったのは膨れ上がった溺死体に蛸の頭部が張り付いた様な醜悪な人型。咄嗟に清水はゲームで見たクトゥルフ神話の化け物を思い出していた。
「うふふ。ルプスレギナちゃんが少し
「ハァハァハァ」
醜悪な異形―――ニューロニストが艶めかしい仕草で清水の頬に触れてくる。相手が美女ならば妖艶に見えただろうが、やっているのは深海生物と人間を合体させた様な魔物だ。頬から伝わるべちょりとした生温い感触に、清水は吐き気すら覚えていた。そもそもこの化け物から何故ルプスレギナの名前が出てくるのか、という疑問すら気持ち悪さの前では些細な事だった。
「さてさてぇん? 私はナザリックの特別情報収集官だから、本来なら相手から色々と聞いたりするんだけど……別段、貴方から聞き出したい事はないのよねえん」
ナザリックという言葉の意味は分からないが、清水は自分がどこかに監禁された事を状況も相まって理解した。その上でニューロニストの言葉に何故? という疑問が湧いてくる。
「ただねえん……貴方が連れ回していた女の子がいるじゃない? あれ、私の後輩の親友だったみたいなのよねん」
それが雫の事を示しているのはさすがに清水も気付いた。だが、ますます謎は深まるばかりだ。雫が目の前の化け物と何の関係があったのだろう?
「あなた、その子に色々と酷い事をやったそうじゃない。記憶を見たアインズ様が、すっっっっごく怒ってらしたわん。アインズ様も優しい方ねえん、人間の子相手にあそこまで心を痛めるなんて」
クネクネとニューロニストは“心優しい意中の殿方”を想って恍惚する。アインズ様、というのが誰なのか分からない清水は益々と混乱するしかなかった。
「まあ、そんなわけで――――貴方の事は“決して許すな”とアインズ様が言われたのよねん。ああ、でも心配しないで。“
とりあえず、命の危機は無さそうだ……などと、安堵する気持ちなど清水にはない。その予感を裏付けるかの様に、「なにより……」とニューロニストも先程よりも冷えた声色を出した。
「私も可愛い後輩を泣かせた子に優しくする気はないわねん。たっぷり、自分のしてきた事を後悔させてあ・げ・る♪」
その声と同時に今まで部屋の片隅で待機していた者達が姿を表わす。
体にぴったりとした革の前掛け、顔にはこれもぴったりと顔に張り付いた革マスク。
“
ハンマー、ノコギリ、ペンチ……地球でもホームセンターに行けば、簡単に手に入る大工道具の数々。だが、それらは拭き取っても尚も拭いきれない赤黒い液体の跡がついており―――それが何の為に使われている道具か、清水はすぐに察した。
「んううううっ!! むぐぅぅぅううっ!!」
「無駄無駄、貴方程度のステータスじゃビクともしないわよん。大丈夫、彼等は治癒魔法の使い手だからねん。私がやり過ぎてもちゃんと治してくれるわん♪」
力の限り暴れる清水だが、やはり体の拘束はビクともしない。そんな清水を見ながらニューロニストは何処からか道具を取り出した。細い棒の様な形状で、先端部分に五ミリ程の小さなトゲが生えた部分がある。
「私を作り出された方が尿路結石という奴で苦しんだっていう話でねん。その方に敬意を表して最初はこれから始めるのん。さあ、覚悟は良い? お姉さんが、い~っぱい♡ 弄ってあげるからねえん」
ニューロニストのヌルヌルとした手が清水の股間に触れた。
少し前まで雫に欲望の
(お……俺はこの
絶体絶命の状況の中、清水の頭はそんな事を考えていた。
自分は地球で何度も見た異世界召喚物語の主人公。一緒に召喚された
かつて学校のイジメから逃げて自分の部屋に引き篭もり、漫画やゲームをやる内に主人公の活躍を自分自身に重ねる。そんな妄想に耽ていた少年は、この状況も主人公が乗り越えるピンチなのだと
(きっと俺には秘められた真の力があるんだ! 俺こそが“真の勇者”だって魔人族の女も言っていただろう? ピンチになったら火事場のクソ力みたいなのを発揮して、この化け物達をブッ殺して、それから……それ……から………!)
きっとここから脱出した先で新しいヒロインが自分を待っているだろう。異世界なのだから金髪のエルフ少女とか定番だが良いかもしれない。逃げる途中でもしも雫を見かけたら、また自分のヒロインに戻してやっても良い。異世界ものの主人公がハーレムを作るのはよくある事だ。自分を虐めたクラスメイトの連中も土下座して謝るなら主人公らしく寛大に許してやっても良い。
ああ、だから早く。早く、早く、早く……悪夢なら目覚めてくれ!
そうして―――股間に激烈な痛みが奔るまで、清水は自分に都合の良い
***
ナザリック第九階層のスイートルーム。そこのベッドに雫は横たわっていた。
身籠って膨らんでいた下腹部もトータスに来る前と同じ大きさに戻り、縫合の痕すらなく傷ついた身体も綺麗に治されていた。それはまさしく、名実共にナザリックで最高の名医であるナグモの腕前が発揮されたと言えるだろう。
だが……そんな風に体が完治してるというのに、雫はベッドから起き上がる気配はなかった。
口には酸素マスクが取り付けられ、鼻の穴からはチューブが挿入されて栄養液を流し込まれている。腕にも点滴が刺されており、見た目はそれこそ重病の患者そのもの。そして何より―――雫の目は開いてこそいるものの、その目付きは死人のそれと同じで天井にただ向けられているだけだった。
「いわゆる植物人間状態です」
雫のベッドの前でナグモはアインズ達に説明していた。
「細かい外傷はもちろん、死産になった胎児の摘出も含めて全ての肉体的損傷は治療しました。ですが、こちらの呼び掛けに一切の反応はなく、食事はおろか呼吸すらも自分で行わない有様です」
「……何故、彼女はそんな状態に」
「それは………」
アインズの問い掛けにナグモはチラッと香織の方を見る。植物人間となった親友の姿に香織はショックを受けて立ち尽くしていた。そんな彼女の前で言うのは躊躇われたが、何も知らないままにしておく方が難しいとナグモは判断した。
「恐らくですが、洗脳が解除された事で認識した今までの記憶と身籠っていた胎児が死んだ精神的ショック。その両方によって……もう生きる気力が雫自身に無いのだと思います」
かつてのナグモならば、そんな精神的な原因に理解を示せなかっただろう。だが、心が芽生え始めた元・NPCは雫が自分で呼吸すらしなくなった理由を的確に言い当てられた。
「私の……私のせいなの? 私が雫ちゃんを助けようとしたから? 私が雫ちゃんの赤ちゃんを殺したから?」
「違う、香織のせいなんかじゃない! 君は最善の行動をしたまでだ! 胎児が死んだのだって事故だったんだ!」
茫然自失と呟く香織にナグモは叫んだ。それを見たユエは居たたまれない様子でナグモに頭を下げた。
「……ごめんなさい。私がもっと早く香織の元に救援に向かえば、こんな事にならなかったかもしれない」
「……いや、お前のせいでもない。これは……ここにいる誰が悪い、という話じゃないんだ」
ユエの謝罪にナグモは力無く首を振る。文字通りユエに責任は無いし、そして彼女に八つ当たりをしたところでどうにかなる問題じゃないとナグモも気付いていた。そんな意気消沈した部下達を見て、アインズは堪らず口を挟んだ。
「その少女が起きないのは精神的な事が原因なのだろう? ならば、〈
「いえ、アインズ様。それは……残念ながら難しいです」
ナグモは暗い表情のまま首を横に振った。
「八重樫雫の脳は闇魔法で精神操作を何度も受けた痕跡があります。あの男……清水幸利はほぼ毎日の様に精神操作を行った様です」
それを言われてアインズは黙り込む。雫がナザリックに運び込まれる際、香織が懇願してきたとはいえ最初はアインズは警戒していた。これがエヒトルジュエや勇者が仕掛けたトロイの木馬という可能性も捨てきれなかったからだ。
その為に意識の無い雫の記憶を魔法で読み取ったのだが……それは軽はずみに見るものではなかったとアインズも後悔するものだった。一人の少女にするものとは思えない数々の陵辱的な仕打ちを見て、アインズは主犯である清水へ相応しい地獄を見せる様、ニューロニストに命じた程だ。そしてそれは、診察の為に雫の脳を調べたナグモも知る事となった。
「精神操作は何度も重ね掛けを行うと、元の記憶やそれ以前に操作された記憶との齟齬によってコンフリクトが大きくなっていく危険性があります。あの男はそれを気にせず、あるいは気付かずに彼女の精神を弄っていたのでしょう。既に八重樫雫の基幹精神はボロボロの状態です。治療の為とはいえ、これ以上の偽の記憶を重ねるのは彼女が精神崩壊を起こすリスクが高いと存じ上げます」
ナグモは間違いなくナザリックで一番の名医だ。そのナグモが自分の思いつく程度の内容くらい、考えてない筈がない。アインズは軽はずみな思い付きを口にした事を恥じた。
「……その子のお腹にいた赤ちゃんは?」
「残念だが……こちらも手の施しようがない。蘇生魔法も考えたが……どう手を尽くしても、胎児が魔法に耐えられる可能性がない」
一度は死亡したシアを復活させた“ユグドラシル”の蘇生魔法。だが、これは蘇る相手の経験値を消費する魔法だ。蘇生魔法に必要な経験値が相手に無い場合、死体は灰となって崩れる。そもそもレベル1の経験値すら無い胎児にかける事など出来ないとナグモはユエに伝えた。
「じゃ、じゃあ……その赤ちゃんのクローンを作れば良いんだよ! そうすれば、雫ちゃんも赤ちゃんが戻って元気になる筈だよ!」
「香織、それは………」
雫の回復を願うあまりに口走った香織に、ユエはつい咎める口調になる。確かにナグモの技術なら死体からDNAを採取する事も、そのDNAを基にクローン人間を作る事は可能だろう。だが、それでも生命を冒涜する様な内容を是とすべきではない。そう思っているユエだが、異形種化した事で人間としての倫理観が狂ってしまった香織は親友の為ならばと躊躇いはなかった。
しかし―――ナグモはやはり暗い表情のまま首を横に振った。
「それは止めた方が良いと思う」
「どうして? だって、ナグモくんならそのくらいに簡単にできるでしょう? 清水くんとの赤ちゃんなんて本当は気に入らないけど、雫ちゃんが元気になるなら―――」
「……あれは、あの男との子供じゃない」
え? と香織は声を上げる。それに対して、ナグモは口を重く開いた。
「死亡した胎児のDNAは調べた。その結果、清水幸利のDNAとは一致しなかった。父親は……残念ながら不明だ。そんな子供を渡されたところで、八重樫が回復するかどうかは……」
「そん、な………」
ペタンと、とうとう香織は立っていられなくなり膝から崩れ落ちる。
雫は清水によって、多くの男との性交を強要された。赤ん坊の父親にあたる人物はその内の一人なのだろうが、それを特定する事は難しい話だ。もっとも、それを特定したところで雫からすれば望まない妊娠をさせられた事に変わりは無い。況してや赤ん坊の
「もう魔法的な手段で八重樫の精神を回復させる事は不可能だ。呼吸は酸素吸入機で、食事は栄養液を嚥下させれば可能だ。現状は………いずれ回復する事を期待して、延命措置を施すしか方法がない。それが何日先か、あるいは何年先か……分からない」
絶望の宣告がナグモから為される。ナグモの医療技術は地球とは比べ物にならないくらいであり、たとえ寝たきりであっても雫の生命活動を寿命が尽きるまで維持する事は出来るだろう。
だが、それだけだ。大きすぎる精神ショックで生きる意思すら無くなってしまった雫に対して、それを治療する手段がない。
それはつまり―――雫は残る一生を廃人の様な状態で過ごすかもしれない、という事を示していた。
「そんな……いやだ。そんなの、あんまりだよっ!」
床に座り込んだまま、香織はナグモに縋り付いた。
「お願い、雫ちゃんを治して! 雫ちゃんを元通りにして! だって、ナグモくんは凄いお医者さんなんでしょう!?」
「っ………!」
足元に縋り付く香織にナグモは唇を噛み締めた。創造主から最高の頭脳と医術を設定されて作られたナグモ。だが、雫の肉体は治療できても生きる気力すら無くなった心までは治せなかった。かつて香織をカウンセリングした様に教科書通りの精神療法を行えば良いという話ではないのだ。ナザリック最高のドクターとして作られた筈の
俯いて黙ってるだけのナグモからアインズへと香織は視線を移した。そして床に額を擦り付けて土下座した。
「お願いします、アインズ様! どうか雫ちゃんを治して下さい! 私の命でもなんでもお支払いしますからっ!!」
「いや……だが………」
涙ながらに訴えてくる少女にアインズは歯切れの悪い返事をする。そこに絶対的な威厳を持つ支配者の演技など欠片も存在しなかった。
〈
(すまない、香織。俺はナザリックや魔導国を守らなければいけない立場として、ものの試しでアレを無駄遣いは出来ないんだ……!)
まだエヒトルジュエが倒されてない以上、アインズは虎の子であるアイテムをここで使うわけにいかない。ナザリックの頂点として君臨してる筈の“死の支配者”は、
「香織。辛いのは分かるけど、アインズ様やナグモを困らせるのは………」
「だって……だって……! 雫ちゃんが……うぅ、あああっ……!!」
見かねたユエが諌めようとするが、香織は床に蹲ったまま幼子の様に泣き出してしまった。その姿にユエもそれ以上は何も言えなくなる。
香織にとってはナグモに改造されるより前、
「ナグモ。本当に彼女の精神を治す方法はないのか?」
泣き叫ぶ香織に居た堪れず、アインズはそう聞いていた。
「何もないのか? 最低でも、その少女が寝たきりのままにならずに済む方法とか」
自分には何も思い付かないが、頭の良いナグモなら何とか出来ないか。そう縋る様に。
図らずも――それはかつて、フューレンでデミウルゴスに尋ねた時と同じニュアンスとなっていた。
アインズに聞かれ、ナグモはしばらくしてからようやく顔を上げた。
「根本的な治療手段とは言えませんが………」
>清水
これにて彼の出番は終了。最後はニューロニスト送りになりました。なあに、チン○を弄ってくれる相手が雫からニューロニストに変わっただけだ。大した差はあるまい?
そしてこんな事をしても、なあんにもならないわけですけどね。
>雫の精神
一部の人がアインズに記憶操作して貰えば、と言ってくれましたが、オーバーロード本編で実験の為に記憶を弄り続けたロバーデイクの様に、記憶操作をやり続けた事で廃人状態になってしまったという風にしました。もうアインズでもこれ以上弄れば、雫は完全な廃人となります。