ありふれてないオーバーロードで世界征服   作:sahala

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 この話は同日に連続投稿されたものです。199話まで追ってくれた方は、この話の前回からお読み下さい。


第二百一話「斯くして―――無知なピノキオは罪を知る 後編」

 そして―――その少女はベッドの上でぼんやりと目を開けた。点滴や酸素マスクは取り外され、身を縛る物がない彼女はパチパチと目を瞬かせた。

 

「雫ちゃん……よかった、起きたんだね!」

 

 すぐ側で香織が歓声を上げた。ベッドの横に置かれた椅子、そこに長時間座って看病していたのだろう。

 それを少女は戸惑った様子で見つめた。

 

「大丈夫? 気持ち悪いとかそういうのはない? それから―――」

「あの……すみません。()()()()()()()()()()()()()?」

 

 少女―――雫は香織を見ながら、不思議そうに聞いてきた。それは長年の親友に対するものではなく、全くの初対面の相手に対して聞いていた。

 

「ここは……何処ですか? どうして私はベッドに寝て……私? 私は……()()()()?」

 

 自分の状況を思い出そうとしたのか、雫は自分に何の記憶もない事に戸惑っていた。かつて同世代から凛とした剣道少女として知られていた姿はそこになく、まるで知らない土地で迷子になってしまった幼児の様に恐々と辺りを伺っていた。

 

「……………」

 

 自分はおろか、名前すら忘れてしまった雫を見てしばらく香織は俯いていた。そして————まるで子供にする様に、そっと雫を抱き締める。

 

「貴方はね……雫ちゃん、ってお名前なの」

「しず、く……? それが……私の名前?」

「うん。そうだよ」

 

 戸惑う様な雫に、香織は安心させる様に優しく頭を撫でる。

 ようやく出会えた親友。しかし、何もかも忘れてしまった少女に涙を見せない様にしながら。

 

「貴方は……私の大切なお友達だよ」

 

 ***

 

「……その子をよろしく頼む」

 

 ナザリックの第五階層。氷結牢獄の一室でナグモは一人のNPCに頭を下げていた。アルベドの姉として創造主に作られた顔の皮が無い女性―――ニグレドはナグモの頼みを快く引き受けた。

 

「ええ、任せておいて。私がちゃんと面倒見るわ」

 

 彼女はナグモが妹と不仲というのは問題にしてないらしい。ニグレドの腕には赤ん坊の異形種―――“腐肉赤子(キャリオンベイビー)”が抱かれていた。そして同じ赤ん坊の異形種達がニグレドの周りにも浮かんでいた。

 ニグレドに抱かれている“腐肉赤子(キャリオンベイビー)”は雫が死産した赤ん坊から作られたものだ。最初はナグモも死亡した赤ん坊を火葬か土葬する事を考えた。

 だが、墓を作ったところで誰が弔うのだろうか。父親は不明で、母親の雫はもう何も覚えていない。望まれてこの世に生まれる事も出来なかった死産児にナグモは悩んだ末、赤ん坊の異形種としてニグレドの元に預ける事にしたのだ。

 ニグレドは2歳児以上の子供は始末すべき肉塊としか見ないが、相手が永遠に赤ん坊の異形種ならば愛情を持って接する。誕生すら祝福されなかった赤ん坊も誰にも弔われずに朽ちていくより、歪ではあるが愛情を与える相手や同じ仲間がいる方が寂しくはない筈だ。

 かつてなら、ナグモはそんな事を考えもせずに赤ん坊の死体をエントマか恐怖公の眷属達に差し出して処分していただろう。だが、それを良しとしないくらいナグモには人間らしい心が芽生えていた―――芽生えて、しまっていた。

 

(そろそろ、八重樫が目覚めている頃合いだろうな……)

 

 氷結牢獄から転移したナグモは雫の寝室の前で立ち尽くしていた。今、部屋には雫と香織の二人きりだ。室内の気配から雫が目覚めた事は分かっていた。だが、香織の心情を考えるなら、しばらくは自分が立ち入らない方が良いだろう。

 

(これしかなかった……僕は医師として、最善を尽くしたんだ……)

 

 ナグモは力なく壁に寄り掛かりながら、床に視線を落としていた。

 雫の記憶を消したのはナグモの仕業だ。それもただの記憶の消去ではない。雫のこれまでの人生、自分の家族のこと。あらゆる記憶を消去して、雫を生まれたばかりの赤子の様な無垢な状態にしていた。

 

(八重樫の精神は崩壊しかけていた……もはや一部の記憶の改竄だけでは、残った記憶との矛盾でいずれは元の木阿弥になる。だから、もうこうするしか……)

 

 それはウイルスに完全に侵されたパソコンの様なものだ。一部の記憶(メモリ)を書き換えるだけではシステムの復旧は望めず、最後の手段としてシステム全体の初期化を行う。そうして記憶を全て消した事で、雫の精神はようやく再起動できたのだ。

 

(だから、これは妥当な判断だ……僕のした事は間違いなんかじゃない……)

 

 しかし、ナグモは雫が起き上がれる様になった事を喜ぶ気になれなかった。こんなものは治療とは呼べない。雫に全てを忘れさせ、精神の傷を自覚できない様にしただけだ。人間の凡百な医者の様に、場当たり的な応急処置でどうにか生命を繋ぎ止めただけ。創造主(じゅーる)からナザリック最高のドクターとして作られた彼は、いま初めて医師として敗北感を覚えていた。

 

(でも……これで香織の精神も安定する筈だ。だから、これは妥当な判断とするしかない)

 

 取り乱した香織の姿を思い出しながら、ナグモは自分にそう言い聞かせる。方法は最悪ではあるが、かつて香織が願った通りに雫をナザリックに回収できた。

 まるで最悪の状況の中で良かった探しをする様に自分に言い聞かせているのだが、ナグモはそれを自覚せずに部屋のドアに手を掛けた。

 

「入るぞ」

 

 香織から了承の返事を得て、ナグモは部屋に入る。

 ベッドの上には香織が腰掛けており、雫はその膝の上で寝息を立てていた。

 

「起きた時は不安そうだったけどね、ここは危険な所じゃないから安心して良いよ、って伝えたらまた眠くなちゃったみたい」

「……そうか」

 

 記憶が無くなったとはいえ、雫はようやく安息の場を得られたのだ。恐らく、洗脳下にあった状態では無意識に強いストレスを感じていて、まだ寝足りないのだろう。

 こうして香織が膝枕をして眠らせているのを見ると、親友同士というより母親と子供の様だ。そう思うナグモだが、その直感は間違ってないだろう。記憶を無くした雫は無垢な子供と変わらない状態になってしまったのだから。ナグモは改めて自分が治せなかった雫を見て暗い気持ちになる。

 

「すまない、香織」

 

 ナグモは暗い表情のまま、そう呟いた。

 

「八重樫を……君の親友をこんな状態にしてしまって」

「ううん。ナグモくんが謝る事じゃないよ。それに望んだ形じゃないけど、雫ちゃんにようやく会えたのだもの」

 

 香織は穏やかな声でそう言ってくるが、ナグモの気分は晴れなかった。その香織の言動はナグモが望んだ形に歪められたものかもしれないからだ。思えば、後ろめたさを理由に今まで避けていたから久々に香織と会話をしてる気がする。だが、香織をそれを気にしてないかの様に「話は変わるけど」と前置きをした。

 

「それでね、ナグモくん。雫ちゃんの今後についてなんだけど……」

「ああ、そうだな。とりあえず今後は経過観察をしながら八重樫をオルクス迷宮の屋敷に住まわそう」

「うん、そうだね。アインズ様はここのお部屋をお貸ししてくれてるけど、元は至高の御方達のお部屋だからいつまでもいたら申し訳ないよね」

「それでエヒトルジュエを倒して、地球に戻る方法が確立できたら君と一緒に八重樫を家に帰そう。正直、君達の家族にどう説明すべきか分からないが……」

「え? 何を言ってるの、ナグモくん。雫ちゃんも私も、()()()()()()()()()()()()()()

「………え?」

 

 今度はナグモが疑問の声を上げていた。だが、香織はナグモのその態度こそ意外だと言う様に穏やかな顔を崩さなかった。

 

「何を、言って……だって、君は両親の元へ帰りたがって………」

「ああ、うん。()()()()()()()()()()()()。そんな事より、やらなきゃいけない事が出来たから」

 

 香織の言ってる意味が分からなかった。だが、ナグモの混乱を余所に香織は穏やかな―――だが、仮面を貼り付けた様な笑顔のまま言った。

 

「ねえ、ナグモくん。雫ちゃんを孕ませた人って、結局誰だったのかな?」

「それは……」

「答えて」

 

 言いよどむナグモを香織は即座に言葉を被せた。眠った雫を膝に乗せ、穏やかな笑顔を浮かべた姿。

 まるで宗教画の聖母を彷彿させる光景で、自分の愛してる恋人だというのに―――怖い、とナグモは直感的に思ってしまった。

 

「わ、分からない……分からないんだ」

 

 口の中がカラカラに乾くのを感じる。香織から感じるプレッシャーに耐えきれず、ナグモは事実をそのまま話し出していた。

 

「消去する前の八重樫の記憶は見た。でも、清水幸利は自分の小遣い稼ぎに八重樫を、その……色々な男と売春させていたんだ。それこそ、クラスメイト達相手にも―――」

「ああ、()()()()。あのクズな人間達が、雫ちゃんを壊したんだね」

「かお、り……?」

 

 予想通りだという様に頷く香織に対して、ナグモはかつてない戸惑いを顔に浮かべていた。確かに香織はクラスメイト達を嫌う様になった。だが、ここまで……まるで仇であるかの様にまで言う事はなかった筈だ。

 かつて―――ナグモが愛した、心優しい人間だった頃の香織ならば。

 

「人間という時点で皆等しく低脳なクズだよ。あ、もちろんナグモくんと雫ちゃんは別だからね? 今まで誰も雫ちゃんに優しくしなかった人間(クズ)達の中より、アインズ様の様な素晴らしい御方の保護下にいさせてあげるべきだと思うの」

 

 そして―――ナグモは悟る。自分が異形種に改造した事で変質してしまった香織の精神。だが、まだギリギリで人間だった頃の面影を残してたものが、無惨に変わってしまった親友を見て最後の一線が壊れた事を。

 

「だから―――雫ちゃんも私と同じ様に改造して、永遠にナグモくんの側に置かせてね。それでずっと、ずっと、ず~っと、魔導国の為に低脳な人間(クズ)達を間引くの。三人で一緒に、アインズ様の支配の為に殺そうね♪」

 

 取り返しのつかない事態に気付いたナグモの前で、身も精神も完全な異形種(怪物)へと変わり果てた少女は笑顔で未来を語っていた。

 

 ***

 

 アインズは第九階層の廊下を歩いていた。供回りを断り、姿も“至高の玉体”を解除してなかった。

 ナザリックに戻ったので元のアンデッドの姿に戻っても問題ないのだが、アインズはある考えでまだ人間状態を維持していようと考えたのだ。

 

(ナグモは……大丈夫なんだろうか?)

 

 つい先程、ナグモが雫から摘出した胎児の死体を“腐肉赤子(キャリオンベイビー)”にして欲しいと言った時はアインズも驚いた。しかし、彼の真意を聞いた時、アインズも少し迷ったが了承した。

 

(まさか、あのナグモがあんな風に考えられる様になったなんてな……それだけに、あの雫という子の事がすごく心配だ)

 

 雫の記憶を消すというのはアインズもさすがに躊躇いが生じた。だが、ナグモはそれ以上の手を思い付かない様であり、植物人間となった親友を前に泣き崩れる香織を見て、結局はアインズも同意するしかなかった。これでどうにか雫の生命は助かったのだろうが、苦渋の選択を強いられて苦悩していたナグモの姿ははっきりと覚えている。

 

(とりあえず、雫という子はナザリックで保護するのは確定だけど……まずはナグモ達を労うべきだよな。今回の事はナグモ達だって辛かった筈だ。一緒に食事でもしながら、今後の事でも話し合おう)

 

 サラリーマン時代、取引先との商談が上手くいかなかった時や上司から罵倒された時、親切にしてくれた先輩社員が気晴らしに食事を奢ってくれた事があった。そういった経験から、食事でもしながら相談した方が気も紛れるだろうとアインズは飲食が可能な“至高の玉体”を解除していなかったのだ。

 時折、すれ違うメイドが今のアインズの姿を見て驚くものの、すぐに相手が至高の御方だと察知して敬服した姿勢でアインズを見送る。この世界に転移してからもはや当たり前となった光景を横目で見つつも、アインズは前方から目的の人物の一人が歩いてくるのを見た。

 

「ナグモ。ちょうど良かった、いまお前と香織のところに向かおうと思っていたのだ。今回は大変………ナグモ?」

 

 歩み寄りながら労いの言葉をかけようとしたアインズだったが、言葉の途中で戸惑いに変わっていた。

 ナザリックにいる者達はアインズが近くに来たならば、先程のメイド達の様に敬服した姿勢を見せるのが普通だ。それは「自分がナザリックの支配者になる」と口にするエクレアでも例外ではない。

 だが、ナグモはアインズが近くに寄っても何の反応も見せなかった。文字通り話しかける程の距離に近寄ったというのに、まるでナグモは聞こえてないかの様にアインズに返事をしなかった。

 

「どうした? 何か……あったのか?」

 

 ナグモの様子がおかしいと気付き、咄嗟に雫の事で何かあったのかと思ったアインズは心配そうに話し掛ける。

 そして……ナグモはようやく振り向いた。

 まるでいまアインズに話し掛けられた事に気付いた様子で、その顔は―――かつてない程に表情が抜け落ちたものだった。

 

「アインズ……様……」

 

 もともと感情が豊かな方ではなかったが、香織と過ごす内に様々な表情を見せる様になった元NPC。

 しかし……今やその目は、何を見てるかも怪しい程に虚ろなものだった。

 

「ど、どうした? いったい、何があって――――」

「僕が……僕が、今までしてきた事は――――()()()()()()()()()?」

 

 え、とアインズは言葉に詰まってしまった。一瞬、ナグモの言った意味が分からなかったのだ。

 そして―――“至高の玉体”を纏っている為、いつもの骸骨のポーカーフェイスは通用しなかったのだろう。驚いたアインズの顔を見たナグモは、項垂れる様に頭を下げた。

 

「申し訳、ありません……シモベ風情がアインズ様が御命令されてきた事まで疑問に思うなど………失礼致します」

 

 自分が最低の罵り文句を言ってしまったかの様に、ナグモは深く恥じ入った顔で謝罪した。アインズの返事を聞く事もなく、逃げる様にアインズの横を通り過ぎた。近くにいたメイドが、「御方になんて不敬な事を!」と言わんばかりにナグモに批難の目を向けたが、それすらもナグモは目に入ってない様に足早に逃げる様に立ち去った。

 そして―――アインズもまた、それらが目に入らないくらいショックで立ち尽くしていた。

 

「……………」

 

 何があったのかは分からない。だが、ナグモは強く打ちのめされている事くらいアインズにもすぐに理解できた。

 そして言われた言葉の意味を考える。何か、ナグモは今までの自信も何もかも吹き飛んでしまう様な事が起きてしまったのだろう。それが何か、など言うまでもない。雫の記憶を消した事で不測の事態が起きたのだろう。

 そしてそれをやる様に了承したのは………アインズだった。

 

「………っ!!」

 

 ダンッとアインズは壁を殴りつけていた。突然の奇行に近くにいたメイドが悲鳴を上げる。どんな時も冷静で泰然とした支配者(アインズ)からは考えられない姿だ。だが、“至高の玉体”を纏っている為に―――いつものアンデッドの精神沈静化が起こらない鈴木悟(アインズ)の胸の中に激しい後悔が渦巻いていた。

 

「俺はっ……友人の息子になにやらせてんだっ!!」

 

 預かっている大切な子供を傷つけた。その事に“死の支配者”となった彼は慚愧の念に堪えなかった。

 

 ***

 

 アインズから逃げる様に立ち去った後、ナグモはあてもなくフラフラと第九階層の廊下を歩いていた。

 その足取りは力無く、あと一押しもすれば倒れてしまうのではないかと思わせるくらい弱々しかった。

 

「やあ、ナグモ。どうしたんだい?」

 

 ふいに親しげな声を掛けられた。ナグモが振り向くとデミウルゴスがそこに立っていた。

 

「ふむ、顔色が悪い様だね? 医者である君に言うのも猿に木登りを教える様なものだが、自分の健康チェックは入念に行いたまえ。我々の全ては至高の御方の物であり、その為に十全に動けなくてはならないのだから」

「デミウルゴス………悪いが、あまり話す気分じゃないんだ。失礼する」

 

 橙色のスーツを着た悪魔は、彼なりに仲間であるナグモを気遣ったのだろう。だが、ナグモはそれに応える余裕など無かった。デミウルゴスの横を通り過ぎようとナグモはフラフラと歩き出す。

 

「はて? 何やら気落ちしている様だが、どうしてそこまで落ち込んでいるのか理解できないな。八重樫雫、と言ったかな? あの人間を()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ピタッとナグモは足を止める。

 

「望み通り、だと……?」

「ああ。だってそうだろう? 君は香織の為にあの人間を手に入れたかった様だからね。その為に私も手を尽くしたのだよ?」

 

 忘れたかい? とデミウルゴスは大仰に肩をすくめた。

 

「いやいや、どうするべきかと私も悩んだものだよ? そもそもの話、その人間は寝たきりになっていたからね。誘拐すること自体は容易いものの、そんな露骨なやり方では愚神(エヒト)に我々のことを感づかれる危険もあったわけだし。まあ、そこで私の子飼いにしてる人間が闇術師をそそのかし、彼女を操り人形に変えてくれたのは嬉しい誤算ではあったがね」

 

 やめろ、それ以上は聞きたくない。そう思ったものの、ナグモはデミウルゴスの言葉に耳を塞ぐ気になれなかった。そしてデミウルゴスはナグモの様子に気付く事なく、仕事の苦労話をする様に悪意なく語っていた。

 

「報告は聞いた時はよくもまあ、そこまで()()()になるものだと呆れたくなったものだが……まあ、これはこれで君が八重樫雫を教育しやすくなるだろうと放置しておいたのだよ。人間共の所にいた時の環境が悲惨であればあるほど、アインズ様が慈悲を与えて下さった時に依存しやすくなる―――」

「それ以上……それ以上、何も言うなっ!!」

 

 とうとう堪えきれず、ナグモはデミウルゴスに怒鳴っていた。そしてデミウルゴスが何か言うより先に、“リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン”で転移して逃げ出していた。

 

「む………しまったな、何やら彼の気に障ってしまっただろうか?」

 

 一人残されたデミウルゴスは、突然消えたナグモのいた空間を見て難しい顔になった。彼は仲間想いの悪魔だ。ナグモの言動に気分を害する事はせず、自分が仲間を傷つけてしまったのだろうと反省した。

 

「しかし……分からないな。どうして彼はあそこまで怒ってしまったのだろう?」

 

 ふむ、とひとり首を傾げる。八重樫雫の回収状態が気に入らなかったのだろうか? だが、かつて彼自身が了承した事の筈だ。()()()()()()()()()()、と。

 デミウルゴスは確かに、仲間想いの悪魔だ。悪魔らしい残忍さと冷酷さを持ちつつも、それらを決して仲間に向ける事はしない。

 ただし―――身内ではない相手には例外だった。

 かつて、ナグモはプルチネッラの趣味嗜好を前に「悪魔とは相容れない」と考えていた。

 ならばこそ――――その逆もまた、然りと考えるべきだった。

 

「ふうむ、どうにも理解できないな。人間というものは………」

 

 身内とはいえナグモの心情をさっぱり理解できず、デミウルゴスは頭を捻っていた。

 

 ***

 

 デミウルゴスの前から逃げ出したナグモは、第四階層にある自分の部屋――――研究所長室に転移していた。

 何故ここに転移したのかナグモ自身にも分からない。とにかく目の前から逃げ出したくて、無意識下に駆け込もうとしたのが創造主(じゅーる)が与えてくれた部屋だったのかもしれない。

 フラフラとした足取りでナグモは部屋を歩き、部屋の最奥にある机――――所長デスクに辿り着いた。

 

(僕は……僕は、八重樫をあんな状態にしたいと望んだわけじゃ……)

 

 先程までのデミウルゴスの会話を思い出し、ナグモは蒼白な顔のまま自分に言い訳する様に心の中で呟いていた。

 だが、“ナザリック技術研究所の所長”として頭脳明晰に作られた彼には分かっていた。雫をどんな方法でも良いから連れて来させたいとデミウルゴスに頼んだのは自分だ。方法は任せる、とも。デミウルゴスはそれを悪魔()なりに解釈して手を回したに過ぎないのだ。その方法がどんな方法になるかなど、デミウルゴスの精神を理解していれば自明の理だ。

 いや、それ以前に―――香織がいなくなった後、雫をクラスメイト達のところに置いたままだとどうなるかなど、彼等の性質を理解していれば分かる話だった。

 そして―――そんな風に周りから扱われてきた雫を見て、香織がどう思うかも。

 

「ちが、う……僕、は……っ!」

 

 足下が揺らぐ。もはやナグモは立っていられなくなり、所長デスクにもたれかかっていた。

 創造主(じゅーる)に与えられた頭脳があれば、自分は何でも出来ると考えていた。絶対的な知能。それこそがナグモの心の拠り所だった。その知能があったからこそ、“歪な魔物”となった香織の体も、死産した胎児を胎盤に入れた雫の体も治せた。

 だが、“人間嫌い”であったが故に、人の精神(こころ)を軽んじていた。その結果として雫の精神は崩壊して、記憶を全て消去する羽目になった。

 そして―――自分の愛する少女は、身も心も完全な化け物へと成り果てた。

 

 創造主(じゅーる)から与えられた、最高の頭脳。

 しかし、人間に対して無理解過ぎた精神が導き出したのは―――最悪の結末。

 

「うっ……ああっ……ああああああ、ああああああああっ!!!」

 

 ナザリック技術研究所の所長デスク。ナザリックの知の頂点の結晶。

 敬愛するじゅーる(父親)から与えられたその机で、ナグモは無力な少年の様に一人むせび泣く。

 それをじゅーるが与えた鉄人形―――ガルガンチュアは、物言わずに見下ろしていた……。




>雫の記憶、全消去。

 そんなわけで―――雫は何もかも忘れて、どうにか廃人状態から抜け出しました。陵辱の記憶も、地球の事も、家族の事も、香織の事も全て忘れて……。

>ナグモ

 そして、とうとう……彼に罰が下る時がしました。
 無惨な状態になった雫を見て、香織の最後の一線が越えてしまった形です。

 彼は可哀想かもしれません。ですが、思い出して欲しい事があります。
 まず、『第九十話「祝宴の裏で」』の時にデミウルゴスに何と言ったか。

>「しかし、当初より些か手荒な手段になる事は承諾してくれ給えよ? なにせここに来て、神の木偶人形が活発に動き始めたそうだからね。愚神や木偶人形にも不審に思われない形で王宮から姿を消させるとなると、一手間は必要になりそうだからね」
>「ああ、構わない。手段は任せる」

 そして、『第百七十九話「神殺しの準備」』で彼は悪魔のプルチネッラを見ながら何と考えていたか。

>だが、プルチネッラにそれを言っても通じないだろう。彼は自分なりの美学―――人間には理解できない悪魔の理屈で、本気で歪な肉塊に幸福を感じさせようとしているのだ。むしろ堕落や退廃、破壊や絶望を悦と感じる悪魔達の中で彼が異質な方なのだろう。いずれにせよ、同じナザリックの仲間とはいえ異形種の悪魔との視点はナグモには共有できそうになかった。

 全てはナグモが自分の頭脳を過信した結果、そして心に対して無理解に過ぎた幼稚さが招いた事なのです。その結果として普段なら精神沈静化で落ち着いていられるアインズの心にも深い傷痕を残す事にも繋がったのですから。

>人間を憎悪する異形種―――白崎香織

 それではご覧下さい!(某ディスカバリー風)
 ナザリックが誇る天才科学者、ナグモが生み出した最高傑作!
 『白崎香織』の姿を!!
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