はっきり言うと、自分が見てきたクラス纏めての転移モノで一番酷いんじゃないか? と思ってたりします。(そういう作風で、そういう書かれ方をしたからと言われれば、否定はできませんけど)
その事を御了承の上で、お読み下さい。
「それでね。雫ちゃんってば、本当は可愛い物が好きなのに自分に似合わないからって結局レジに持っていかなかったの」
「ふむ。彼女とて年頃の女子だ、そういった物に興味があるのはごく自然の事だと思う」
「だよね! 雫ちゃんも剣道をやってる様な無骨な自分には似合わないなんて、そんな事ないのにね〜」
いつもの資料室。笑顔で話す香織に、ナグモは時々相槌を打っていた。
午後の訓練が終わってから日没までの僅かな自由時間。その時間帯にナグモは毎日、香織と資料室でカウンセリングするのが日課となっていた。とはいえ、最近は悩みの相談を受けるというよりも香織のおしゃべりに付き合っている様な具合だった。
現に、資料室の机には紅茶とお茶請けの簡単な菓子が置かれている。本来なら図書館に飲食物の持ち込みは厳禁だが、そこは神の使徒の中で一段と王宮の覚えがめでたくなったナグモ、特例でこうした扱いをしょっちゅう受ける様になった。
むしろ図書館の女性司書が何やらワクワクした顔で毎日来るナグモと香織に、「あ、いつもの資料室ですね。大丈夫、分かってますから! 他の方には黙っておきますので! 特別にお紅茶とお菓子も用意しました! 内緒ですよ?」と興奮気味に言ってきたが、あれは何だったのだろうか?
(まあ、教会の監視が付けられた今はモモンガ様から頂いたマジックアイテムも迂闊には使えないから、資料室にいる事を黙って貰えるのはありがたいが………)
それにしても、いま香織から聞いている内容はナザリックの役に立つのだろうか? とナグモは心の中で首を傾げた。今も香織は笑顔で地球にいた時の日常であった事を話している。ナグモが常に纏っている鉄面皮も、いつもの事だとして気にしてない様だ。
ここ数日で香織の趣味嗜好やら親友の八重樫雫についてやらに否応なく詳しくなったが、それがモモンガ様へどう役立つというのか?
(とはいえ、白崎のストレス軽減に務めると言ったのは僕だ。白崎には借りがある以上は、この雑談に付き合って然るべきだろう)
受けた恩と借りはしっかりと返す。
これは創造主であるじゅーる・うぇるずが口癖の様に言っていた言葉だ。その為か、ナグモにも相手が誰であろうと借りがある以上は何らかの形で返すべきという、ある種の義理堅さが根底にあった。
(まあ、ナザリックへの明確な不利益とならない限りは白崎の雑談に付き合うのは構わない筈だ)
そう頭の中で結論付けて、香織の話に再び意識を向けた。
「あ、そうだ。私ね、最近新しい魔法を覚えたんだよ?」
「ほう? それは興味深いな。どんな魔法だ?」
「うん、見て見て!」
ようやく実りのある話になりそうだ、と香織が差し出したステータスプレートを覗き込む。ふわっとよく手入れされた香織の髪の毛の匂いがしたが、ナグモは気にせずに近寄った。
そこには香織の技能欄の回復魔法の派生として、新たに[+身体強化付与]と書かれていた。
「強化魔法か。治療師の君が治療魔法以外の魔法を覚えるのは珍しい例だな」
「う、うん。メルドさんも流石は神の使徒だな! と褒めてくれたよ」
ナグモとの距離が近くなって、香織は顔を赤らめながら答えた。
「この魔法、自分にもかけられるみたいだから、後衛で魔法を使うだけの今より戦術の幅が広がるかもしれないって、言って貰えたの」
「それは良かったな。前衛が倒れた場合も想定して近接戦闘の技術を磨くのも良いだろう」
「なら、南雲くんが教えてくれる?」
「馬鹿を言うな、僕は錬成師だ。そもそも非戦闘員の筈の僕を戦わせようというのが間違えている」
「でも、いまクラスで一番強いのは南雲くんだよ。模擬戦でも光輝くんに何度も勝ってるくらいだもん」
香織の指摘した通りだった。ナグモが偽装したステータスを見せてからというものの、戦闘訓練の時間になると何かと光輝が絡んでくるのだ。やれあのステータスは何かの間違いだの、やれ読書しかしてないお前なんかには負けないだのとしつこく、ナグモは仕方なく光輝との模擬戦を何度もする羽目になっていた。
最初はわざと負けようかとは思ったものの、ステータスが三倍も差があるのに負けるのはかえって不自然だと考えて、今のところナグモは光輝相手に全戦全勝していた。
(お陰で最初は違和感しかなかったメイスの扱いがそれなりに手に馴染む様になったのは喜ぶべきか、悲しむべきか………)
何が悲しくてナザリック技術研究所所長として創造された自分が近接戦闘の技術を上げているのか? そもそもガンナースタイルだった自分がそれでいいのか? 等と心中複雑なナグモとは裏腹に、勇者よりも強い錬成師として王宮の評価は高くなっていた。
「光輝くん、南雲くんに負けてから自由時間にも必死で訓練する様になったの」
光輝の事で思い出したのか、香織がポツリと漏らす。それだけ聞けば殊勝な話なのだが、何故か香織の表情は優れなかった。
「でも、それで香織も俺と一緒に訓練しよう、とか、南雲なんかに構うより有意義な時間になるとかしつこくて………。オマケに他の人達も自主練に誘ってるみたいだけど、もともと戦争に乗り気じゃない人には迷惑がられてるの」
「……で、その苦情は君や八重樫雫の所へ来てるわけか」
沈んだ顔になった香織を見て、ナグモは深い溜息を吐いた。また香織達は光輝の火消しに奔走しているというわけだ。そして当の本人は香織や雫が忠告してもいつも通り聞き流しているのだろう。
「白崎。いい加減、君は断る事を覚えるべきだ。明らかにそれは君の仕事ではないし、そんな下らない事に労力を割かれる事こそ無意義な時間だ」
「でも……その人達も戦争の不安があって、イライラしてるのかもしれないし……」
「だとしても、それを君にぶつけるのは合理的ではない」
言い淀む香織にナグモはピシャリと返す。
「大方、戦争参加を表明した手前、体面上は訓練に積極的なフリをしなくてはならないし、クラスのリーダーである天乃河光輝に意見するのは気が引けるから君や八重樫雫に文句を言っているのだろうが、それこそ八つ当たり以外の何物でもない」
「ん……そう、かもしれないけど…」
「前々から思っているが、クラスの人間達は考え無しな者が多過ぎる。幼稚な正義感で戦争参加を表明した天乃河光輝は言うに及ばず、それに流される様に戦争参加を宣言した他の人間もまた然り。君や八重樫雫の様な例外はいるが、ほとんどが脳をどこに置き忘れた? と聞きたくなる連中しかいない」
「あ、相変わらず凄い毒舌だね……」
スラスラとナグモが光輝やクラスメイト達を貶すが、今となっては香織も強く否定できなかった。慣れない生活や戦争の事で強いストレスを感じているのは香織も同じだ。そこへさらに悩みの種を作られては、香織の中でも彼等に対しての見方が変化してきた。あるいはクラスメイト達と一線を引いたナグモと多く話す事で影響され始めたと言ってもいい。
「とにかく、これ以上のタスクは負わないようにする事だ。でなければ、本当に君は潰れると言っておく」
***
「白崎さん、ちょっといい?」
それは午前中の座学の時間が終わり、昼食へ向かおうとした時だった。香織は三人の女子グループに声をかけられた。声音といい、睨んでる様な顔つきといい、あまり良い話じゃないだろうなと思いつつも香織は普段から教室で見せている笑顔で対応する。
「えっと、何かな?」
「相談したい事があるの。ちょっと来てくれる?」
有無を言わせない雰囲気に香織は萎縮する。良からぬ雰囲気を察して雫が横から入ろうとした。
「香織に何か用かしら? 良ければ私も、」
「香織、雫! 今から俺と食堂に行かないか?」
話を聞くわと雫が言う前に、折り合い悪く光輝が香織達に話しかけに来た。場の空気などまるで読んでる様子はなく、「ん? 君達は……」と先にいた女子グループに声をかける。
「私達ぃ、白崎さんに今の授業で教えて貰いたい所があるの」
光輝に目を向けられた途端、女子達は一瞬にして人の良さそうな笑顔になった。「そうそう」、「白崎さん、頭良いもんねえ〜」と残り二人も追従する。先程までの雰囲気を上手く隠し通す姿に、同性ながら女の子って恐いなと香織は場違いな感想を抱いた。
「それで、白崎さんをちょっと借りたいんだけど……良いかな、天乃河君?」
「そっか、香織は優しいからな。そういう事なら俺達は先に行ってるよ」
「ちょっと、光輝!」
あっさりと承諾する光輝に雫は抗議の声を上げる。
「この人達は香織から勉強を教わりたいだけだろ? 俺達が邪魔するのは失礼な話じゃないか」
「だから、それなら私が———!」
「ええ〜、でも天乃河くん達の邪魔するのも悪いし〜」
食い下がろうとする雫を女子達は「だよね〜」とわざとらしく同調しながら拒否する。だが、光輝はそんな女子達の影のやりとりに全く気が付いていなかった。
「ほら、雫。この人達だって香織と話がしたいのだろうし、俺達には言えない事だってあるかもしれないだろ。我が儘を言って困らせたらいけないよ」
「光輝、アンタ———!」
「大丈夫だよ、雫ちゃん」
いつも香織が南雲と話していると不機嫌な顔で止めさせようとしてる癖に、どうしてこういう時だけ察しが悪いのか? そんな意味も含めて雫が怒声をあげかけるが、その前に香織が止めた。
「香織……? でも———」
「うん、大丈夫。ちょっとだけお話しするだけだから」
あのままでは周りに迷惑をかけると思って香織は雫を安心させる様に微笑んだ。その顔に雫は何かを言いたそうに逡巡したが、やがて溜息をつきながら頷いた。
「分かったわ。その、先に行って待ってるから」
「ああ、俺も香織も待ってるからな。ああ、そうだ。昼食後の自由時間で自主練をするけど、君達もどうだい? クラスの皆と一緒にやる予定なんだ」
「え? ええと、私達はちょっと………」
「南雲みたいな奴がステータスが高いというだけで大きな顔をしてるのは間違いだと俺は思う。今だって王宮の人達がチヤホヤするから南雲の奴は増長しているんだ。だったら俺達は南雲なんかより更に強くなって、あいつの横暴ぶりを止めないといけない。そう思うだろ?」
「う、うん……ちょっと用事を済ませたら、行けたら行くね?」
「ああ、待っているよ」
傍から見ても乗り気じゃなさそうな女子達の様子を気にする事なく、光輝は満面の笑顔で頷いた。彼女達も自主練に必ず来ると疑いすらしてない様だ。そんな光輝を連れて、雫は後ろ髪を引かれる様に何度も香織を振り返りながら去っていった。
***
「それで、話って何かな?」
香織が女子グループに連れられたのは今日は使われなかった講義室だった。塵一つも落ちてない床を見るに、メイド達が清掃したばかりなのだろう。周りには自分達以外、誰の気配もしなかった。女子達は先程まで光輝に見せていた笑顔から一転して香織を睨みつけた。
「白崎さん、天乃河君の事だけどさ。いい加減、自主練に皆を巻き込むの止めさせてくれない?」
「お陰で私達、迷惑してるんだよねー。なんか自主練に参加しないと後で文句言ってくるしさー」
「ウチらだって暇じゃないんですけどぉ?」
口々に言われる文句に、やっぱりと香織は閉口した。彼女達はせっかくの自由時間にまで光輝主催の自主練に参加したくないのだろう。ナグモに連敗続きとはいえ、光輝はここ百年はいなかったという勇者の天職持ち。彼が戦闘の特訓に意欲的になっているのを、教会や王宮の貴族達はさすがはエヒト神に選ばれた勇者だと褒め称え、他の生徒達が自主練に参加してない姿を見ると「勇者様があんなに努力なさっているのに……」とこれ見よがしに目の前でヒソヒソ話をしたり、熱心な教会の信者は魔人族がいかに邪悪で許し難い存在であるかを説教するなどしてくるのだ。
何より光輝自身が自主練をやらない生徒に対して、「そんなやる気のない姿を見せたら、俺達を頼って召喚してくれた皆に申し訳ないと思わないのか? 南雲みたいにステータスが高い事に胡座をかいて怠けてる様な奴になりたくないだろ?」と発破をかけにくる。結果として、生徒達の大半は光輝や王国の人達に睨まれたくない為に自由時間も訓練する羽目になっていた。
「南雲が強くなったとか知らないけどさ、天乃河君が勝てないから特訓したいだけでしょ? じゃあ一人でやって、って言ってよ」
「うん、光輝くんにはちゃんと言っておくから、」
「はあ? この前も同じ事言ったじゃん。それなのに天乃河君、何も変わってないんだけど?」
「そうそう」、「白崎さん幼馴染なんでしょー?」と他の二人も口々に文句を言う。香織は直接的に面識は無いが、彼女達は地球にいた時も学業に熱心ではなく、放課後になると「今日どこ行く?」、「カラオケ行こうよ、男に奢らせてさ!」と繁華街へ繰り出していく様な女子グループだった。そんな彼女達にとってこの世界は大した娯楽もなく、そして自由時間までも拘束されるのは我慢ならない事だった。様々なストレスが溜まり、それを今、香織へとぶつけていた。
(そんなの、光輝くんに直接言ってよ………!)
しかしそれは香織だって同じだ。突然の異世界転移、慣れない生活、本当に家に帰れるのかという不安。そして、皆で必死に目を逸らしているが———戦争に参加するという現実味の無い恐怖。ナグモのカウンセリングで大分緩和されたとはいえ、日毎に増していくストレスは香織の中で蓄積されて限界が近かった。
そこへ光輝のやった事でまた文句を言われるのだ。「知った話じゃない!」と怒鳴りたいくらいだが、自分がイライラしてる感情を他人に八つ当たりの様にぶつけるのは間違いだ。香織の中の良心が最後の一線を保っていた。
「———アンタさ、前から思ってたけど調子乗ってない?」
俯いてしまった香織に対して、リーダー格の女子が低い声を出した。その顔は、まるで気に入らない物を見る様に冷ややかだ。
「え? 何のこと? 私は調子に乗ってなんて、」
「はあ? その態度がムカつくんですけど。なに良い子ちゃんぶってるわけ? 天乃河君の幼馴染だからって調子乗ってるの?」
「だから、私はそんな———!」
「そうそう! 大体さあ、魔人族の戦争だって白崎さん達が勝手に決めたんじゃん!」
香織が声を上げて否定するのを被せる様に取り巻きの一人がキンキンとした大声を出す。
「なんでウチらに相談しなかったわけ? ウチらの行動を勝手に決めないで欲しいんですけどー?」
「ていうかさ、そんなに戦争がしたいなら勝手にやってれば? って感じ。クラスでもいろんな人に良い顔してるけど、何? 異世界の人にも良い子ちゃんぶりたいわけ?」
「な、んで………?」
香織は呆然と呟く。女子達は、やれ香織がクラスの纏め役を気取っているのが気に入らないだの、天乃河光輝の幼馴染という立場を使ってお高くとまっているだの、好き勝手言っていたが、香織はもう聞いていなかった。頭の中ではぐるぐると「なんで?」という言葉が回っていた。
(なんで………なんでそんな事言うの? 私だって、好きでやってるんじゃないんだよ? 私だって、いっぱいいっぱいなんだよ? 光輝くんの幼馴染になったのも、偶々なんだよ? なのに、なんで私が責められなきゃいけないの? なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで———!?)
自分の行動が全部正しかったなんて言わない。それでも精一杯の事はやってきたつもりだ。魔人族達との戦争参加を表明したのだって、今となっては早計だったかもしれないとは思っている。でも、あの場では誰も反対しなかったじゃないか。それなのに、何故今になって責められなくてはならないのか?
「うっ………!」
もはや自分を責める女子達の声が人間の声には聞こえなくなっていた。ブンブンブンブンと耳障りで、まるで群がる羽虫の音の様。気持ち悪さに香織は強い吐き気を覚える。気持ち悪い、気持ち悪い、キモチワルイ———!
あまりの気持ち悪さに強い目眩を覚える。もう立ってる感覚すら無くなってきた。耳障りな音を消す為に、喉から叫び声が上がりそうになり———。
「———なんとも。聞きしに勝る、ド低脳ぶりだな」
瞬間。人を人と思ってない様な冷たい声が、福音の様に香織の耳に響いた。
はい、そんなわけで今回はナザリック勢が出て来ない話でした。ナザリック勢が本格的に関わって来るのは、今のプロットだとオルクス迷宮に行ってからですかね。
>ナグモ、実は義理堅い
創造主のじゅーるが「受けた恩や貸しはキチンと返すのはマナーですよ?」と言う人だった為、NPCであるナグモにもその性質は受け継がれました。ちなみに事ある毎に言っていた為、アインズ様も「恩には恩を、仇には仇を返すべし」と影響を受けているという設定です。
>光輝、自主練強制
本人は自覚してないけど、もちろんナグモが自分より上のステータスだという事を危惧してです。周りの人達を誘っているのは「一緒にどう?」という善意と、勇者達を戦争の駒にしか見てない様な貴族達に煽てられた結果です。クラスメイトの大半は「何も自由時間まで……」と思ってはいるものの、まだ自分達が苦戦する戦いはしてない為に上がっていくステータスを見るのが楽しい、あるいは参加しないと光輝や貴族達に文句を言われるから仕方なしに参加という理由でやっています。ついでに言うと中世なトータスにはインターネットやゲームみたいな娯楽が無いし、部屋に籠ると元いた世界の事とかで不安で押し潰されそうになるから身体を動かした方がマシという理由もあります。
>香織に文句を言う女子グループ
はっきり言うと女版檜山。原作では男女問わず人気な白崎さんですが、自分が思ったのは「この子の性格は同性受けするのか?」という事。「清楚で大人しく、学校から二大女神と言われる程に美少女」という設定ですが、悪く言うと男受けを狙った様なキャラだと思いました。雫も光輝の幼馴染という理由で女子からイジメを受けていた時期があったので、香織にもそういう見方をする女子がいてもおかしくないのでは? と思って登場させました。