ありふれてないオーバーロードで世界征服   作:sahala

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 この展開を……この展開をずっと書きたかった!(やり切った顔)


第十四話「奈落へと落ちる」

(どういう事だ………?)

 

 目の前の骸骨騎士と打ち合いながら、ナグモは思考する。周りではクラスメイト達が我先にと逃げ出そうとしたり、滅茶苦茶に武器を振り回したりと大混乱になっていたが、ナグモは全く気にせずに思考を巡らした。

 

(モモンガ様の御計画では、二十階層からの帰り道で襲撃が行われる筈だ。転移トラップなど聞いてなかったが………)

 

 そもそもトラップとして仕掛けられたグランツ鉱石自体が、光輝が偶然攻撃したから出てきたものだ。この時点で疑問に思うべきだったが、それでも作戦の一環なのかと思って大人しく転移されてみた。するとデス・ナイトに酷似した魔物が大量に出てきたので、ナグモはこれこそがモモンガの派遣したシモベかと思ったが、すぐに疑念に変わっていた。

 

(………弱い。弱過ぎる。召喚されるデス・ナイトのレベルは三十五の筈だ。いくらなんでも、ここまで非力な筈がない)

 

 ナグモの目から見ればゆっくりと振り下ろされる剣を受けてみれば、あまりにも貧弱な力がメイスを通して感じられた。ユグドラシルのレベル換算では二十にも満たないだろう。

 

(とすれば、これはこの世界の魔物か)

 

 ナグモには目の前の魔物に心当たりがあった。

 トラウムナイト。

 トラウムソルジャーの上位個体であり、オルクス迷宮では四十階層から出現する。ナグモは今回の作戦の為に、現在まで判明しているオルクス迷宮のマップや出現する魔物を徹底的に調べ上げ、ナザリックのシモベと近似した魔物をリストアップしてモモンガに渡していた。勇者達を襲うシモベが、ナザリックの存在だとバレない様にする偽装工作の一環だ。

 

(トラウムナイトも見た目はデス・ナイトによく似てるから丁度良いと思って候補にあげたが……)

 

 手加減を止めて、目の前の魔物の頭をカチ割る。デス・ナイトならば致命的な一撃を受けても一度は耐えられる筈だが、目の前の魔物はあっさりと動かなくなった。

 

(やはりこれはナザリックのシモベではないな。あのベヒモスという魔物に至ってはリストに上げた覚えもない………しまったな、無駄足を食ってるわけか)

 

 ここにきて、ようやくナグモは自分の見当違いに気付いた。至急、迎えに寄越された筈のナザリックの者と連絡を取りたいが、教会からの監視に警戒せよと厳命されたナグモは万が一の為に<伝言>の遣り取りすら聞かれない様に、来ているナザリックの者が誰なのかすら聞かない様にしていた。それが完全に裏目に出てしまった様だ。

 

(となれば………もはやコイツらには用はない。さっさと倒して、本来の合流ポイントに行かなくては)

 

 ナグモは手加減を止めて———ただし、あくまで召喚された神の使徒の範疇で———魔力を解放させてデス・ナイトモドキ達の掃討に掛かった。

 

 ***

 

 

「ええい、くそ! もうもたんぞ! 光輝、早く撤退しろ! お前達も早く行け!」

「嫌です! メルドさん達を置いていくわけには行きません! 絶対、皆で生き残るんです!」

「くっ、こんな時にわがままを……!」

 

 メルドは騎士達が張った障壁をギシギシと嫌な音を立てるのを聞きながら歯噛みする。相手はかつてこの国最強と言われた冒険者達でも歯が立たなかったベヒモスだ。いかに神の使徒といっても、今の光輝達には荷が重過ぎる。だからこそ自分達が殿をしている間に撤退して貰おうと思っているのだが、勇者として見捨てるわけにいかない! と正義感を暴走させていた。その結果、使用時間に制限のある巻物(スクロール)で稼いだ貴重な時間を無駄な言い争いで過ごしていた。

 

「へっ、光輝の無茶は今に始まったことじゃねぇだろ? 付き合うぜ、光輝!」

「龍太郎……ありがとな」

 

 しかも親友である龍太郎までもが同調してしまい、光輝は尚更に不退転の決意を固めてしまっていた。状況を全く見ようともしない二人に雫は怒鳴り声を上げる。

 

「状況に酔ってんじゃないわよ! この馬鹿ども!」

「大丈夫だ、雫! 皆で力を合わせれば、あんなモンスターくらい———」

 

 パンッ!

 

 いつもの様に爽やかな笑みを浮かべていた光輝だが、その頬が突然張り倒される。香織は平手を大きく振りかぶったまま、光輝へ怒鳴った。

 

「いい加減にして! 光輝くんの我儘のせいで、メルドさん達に迷惑をかけてるのが分からないの!?」

「か、香織……何を言っているんだ、俺はメルドさんを助けようと、」

「助けになんてなってない!」

 

 清楚で大人しかった()()の幼馴染の姿に光輝は呆然とするも、香織は怒りの表情で骸骨騎士の大群に入り乱れて戦っているクラスメイト達を指刺した。

 

「あれを見て! 皆が大変なんだよ! 皆のリーダーだって言い張るなら、ちゃんと後ろを見て! どうして光輝くんはいつも自分の事ばかりで周りを見ないの!? 皆が迷惑しても知らん顔してるの!?」

「香織………」

 

 香織の光輝に対する我慢は今ので限界を迎えてしまった。雫はそんな状況じゃないと知りながらも胸を痛めた。そして未だに呆然としている光輝に説得する様に言い放った。

 

「光輝、ここはメルドさん達に任せて皆の所に向かいましょう。骸骨騎士達を倒した方が、皆の撤退もスムーズに……え、何?」

 

 雫が困惑した声を上げる。雫達が見ている中で、後ろの戦場で骸骨騎士達が次々と倒されていく。ある者は流星の様に煌めくメイスで砕かれ、ある者は地面が隆起して奈落の底へと押し出されていく。はたまた触れると同時に骨がボロリと崩れ落ち、体勢を崩した所へメイスが振るわれ、頭蓋骨を兜ごと砕いていた。あっという間に骸骨騎士達はその数を半分に減らしていく。そして、その中心にいるのが———。

 

「南雲くん……?」

 

 いつもの鉄面皮で、まるでつまらない作業をしていると言わんばかりに骸骨騎士達を次々と打ち倒していく。その圧倒的な姿に、香織は思わずうっとりとした声を出した。

 

「やっぱり……南雲くんは凄いや………」

 

 だが、その声は光輝にしっかりと聞かれており、彼の嫉妬心を煽ってしまった。

 

「あいつが……あいつが何だって言うんだ!」

 

 歯を剥き出しにした顔で、光輝はベヒモスに向かって構えた。

 

「あいつがやれるなら、俺にだって! “限界突破”!」

「光輝! 駄目っ!」

 

 雫の制止を聞く事なく、光輝は奥の手を使った。

 ナグモに模擬戦で負けた事に嫉妬して自主練を必死にやり始めた光輝だが、その努力は確かに身を結んでいた。以前よりもステータスは上昇し、この短期間で派生技能である“限界突破"も身に付けていた。一時的にステータスが三倍化し、光輝は自身の最高の必殺技を詠唱し出す。

 

「神意よ! 全ての邪悪を滅ぼし光をもたらしたまえ! 神の息吹よ! 全ての暗雲を吹き払い、この世を聖浄で満たしたまえ!」

「くっ……こうなったら仕方ない、合図をしたら下がれ、お前達!」

「は、はいっ!」

 

 もはや光輝を止める事は不可能と悟ったメルドは、崩れ落ちそうな障壁を何とか維持している騎士達に命令を出す。ベヒモスはそんな彼等を押し潰さんと突進を繰り返していた。

 

「神の慈悲よ! この一撃を以て全ての罪科を許したまえ!――〝神威〟!」

 

 詠唱と共にまっすぐ突き出した聖剣から極光が迸る。全てを浄化する光は、メルドの合図で飛びのいた騎士達を避けてベヒモスへ真っ直ぐと突き刺さった。光が辺りを満たし白く塗りつぶす。激震する橋に大きく亀裂が入っていく。

 

「ハァ……ハァ……や、やったか?」

 

 “限界突破"による反動、そして全魔力を振り絞っての疲労から光輝は膝をついた。

 あれほどの一撃だ。いかにベヒモスといえど、生きてはいまい……。

 そんな風に思った一同を嘲笑う様に、舞う埃の中から胸に小さな傷口を作ったベヒモスが現れた。

 

「そ、そんな———!?」

「………もういい。下がってろ」

 

 絶望に顔が歪む光輝の後ろで、無機質な声が響く。光輝が振り向くより先に、人影がベヒモスへと飛び出した。突進してきたベヒモスに対して、流星の様に残像を残しながらメイスが振るわれる。

 

 ドンッ、と空気が押し出された様な衝撃が辺りに響く。

 

 たたらを踏み、後方へと押し出されたベヒモスにナグモは片手を突き出した。

 

「———“錬成"」

 

 地面から鎖が生えて、ベヒモスを拘束した。鎖は十重二重に現れ、あっという間にベヒモスを雁字搦めにした。

 

「おい、そこのウドの大木。その無能を連れて、さっさと下がれ」

「な、なんだとテメエ!」

「龍太郎! 今は言い争っている場合じゃないわ! ごめん、南雲くん! 先に行ってるわ!」

 

 こんな時にもナチュラルに毒を吐くナグモに龍太郎は激昂するが、雫が諫める。二人で動けなくなった光輝を肩から担ぎ、その場を後にした。

 

「南雲くん……!」

「白崎。君も下がれ。騎士達の治療に専念しろ」

 

 こちらを振り返る事なくベヒモスを拘束し続けるナグモに、香織は心配そうな表情になる。だが、すぐに決心した様に頷いた。

 

「分かった。絶対、南雲くんも来てね。絶対だからね!」

 

 そうして香織は魔力を使い果たして動けなくなった騎士達に手を貸しながら、メルドと共に撤退した。

 

「これは……全部、ハジメがやったのか?」

 

 香織達が出口のある対岸に着くと、そこには骸骨騎士達がバラバラにされて地面へ転がっていた。驚くメルドに、未だにまごまごとしている生徒達に付いていた騎士が答える。

 

「は、はい! 生徒達も何体か倒していましたが、ほとんどは錬成師の少年が———」

「そ、そうか……さすがだな」

 

 あまりの規格外ぶりにメルドは乾いた笑いを漏らし———すぐに顔を青ざめさせた。

 

「いやいや、ちょっと待て! ここまでの戦闘を繰り広げたなら、いくらハジメのステータスが規格外と言っても、もう残存魔力に余裕は無い筈だぞ!」

 

 ハッ、と全員がナグモを見た。ナグモはその場から一歩も動かず、ベヒモスに片手を突き出したまま止まっていた。ギシギシと悲鳴を上げる鎖の音が、こちらにまで聞こえてくる。その姿はまるで渾身の力で締め殺そうとするも、ギリギリの均衡を何とか保っている様にも見えた。

 

「香織!? 駄目っ!」

 

 その姿を見た途端、香織は走り出していた。雫の制止を背中に感じながら、来た道を引き返してナグモの元へ向かって行った。

 

 ***

 

(さて、どうしたものか………)

 

 メルド達の心配を他所に、ナグモはのんびりと考え込んでいた。ナザリックの守護者として創られたナグモにとっては今までの戦闘も残存魔力の一割すら使っておらず、目の前のベヒモスもその気になれば片手で殺せる様な雑魚だ。しかし、それが出来ない理由がナグモにはあった。

 

(天乃河光輝が“限界突破"してでも、手傷を負わせるのがやっとの相手を殺してしまっては流石に不自然だろうし……)

 

 ベヒモスが拘束を破ろうと鎖を引き千切ろうとする。その前にナグモはこっそりと位階魔法を使って、ベヒモスにデバフをかけた。鎖は千切れる事なく、再びベヒモスは地面へ縫い付けられる。

 

 ナグモが考えているのは、どうやって不自然に見えない様にこの場を切り抜けるか、という事だ。対外的には光輝が“限界突破"した場合のステータスは、今のナグモ以上となる事になっている。そうなるとナグモがベヒモスを倒した場合、光輝では無理だったのに何故……?と周りに違和感を覚えさせてしまう。今日で彼等とは永久に会わなくなるだろうとはいえ、不自然な点を残したままではナザリックへの露見に繋がるかもしれなかった。

 

(どうにか良いタイミングは無いものか………)

 

 再び鎖を引き千切ろうとしたベヒモスにデバフを掛けながら、考えるナグモ。すると———。

 

「天恵よ、神秘をここに! “譲天”!」

 

 ナグモの背から聞き覚えのある少女の声と、魔力によるブーストがかけられる。同時に、ナグモの魔力からすればプールにコップ一杯の水を足した程度の魔力の回復を感じた。

 

「白崎……? 下がれと言った筈だっ」

「南雲くん、本当はもう魔力に余裕が無いんだよね? だったら、私が魔力をあげれば———!」

 

 香織の勘違いに舌打ちしたくなる気持ちを抑えながら、ナグモは自分が時間をかけ過ぎた事を理解した。同時に先程の戦闘が大立ち回り過ぎた事も理解する。ナザリックの者と早く合流する為に手早く片付けたが、普通の人間からすればやり過ぎなレベルだった。

 

「ハジメ、香織! 今から魔法でベヒモスを攻撃する! 合図に合わせて、こっちに向かって走れ!」

「———聞いたな、白崎。行くぞ」

「う、うん!」

 

 メルドの指示でようやく離脱できそうだ、とナグモは安堵する。後は香織を連れてここから去るだけだ。

 

「———今だ! 走れ!」

 

 メルドの合図と共にナグモは錬成とデバフを解除する。鎖はまだ絡まったままだから、暫くの猶予は出来た筈だ。

 香織の背を見ながら、ナグモは人間レベルの速度でゆっくりと走り出す。対岸には魔法の詠唱を終えたクラスメイト達が、各々の魔法を次々と放っていた。

 

(………ん?)

 

 と———ナグモは放たれた魔法弾の一つに目を留める。次々と背後のベヒモスに着弾していく中、一つだけ構築式がおかしい物がある事に気付いた。ナグモの予想では、このままなら自分に直撃するだろう。なんとなく発射地点に目を向けると———そこには檜山大介が下卑た笑みを浮かべていた。

 

(あのド低脳……やっぱり殺しておけばよかったか)

 

 一体、何が理由でこの場で凶行に及んだか? ナグモの合理的な思考では理解出来なかったが、ナグモの目からすればゆっくりと来る炎弾を見ながら思考する。

 

(こんな物、避けて……ああ、いや待て。いっそワザと喰らって、奈落へ落ちた様に見せかけるのはアリか? 僕の魔力抵抗力からすればこんな魔法程度ならノーダメージだし、人間達から見えなくなる距離で〈飛行(フライ)〉を使えば良い話だ。ナザリックの者とは後で〈上位転移(グレーター・テレポーテーション)〉で合流すれば良い)

 

 こんなクズ相手に死亡する事になるのは本当はプライドが許さないのだが……などと、悠長に考えていたが故に気付かなかった。

 

 香織が自分を庇う様に、手を広げて前に出た事に。

 

 ナグモの目の前で爆発音が起きる。

 

「………………は?」

 

 ナグモは最初、その間抜けた声が自分の物だとは分からなかった。至高の御方から与えられた最高峰の頭脳はこの瞬間、意味を為さず。しかし高いステータスによる動体視力がスローモーションの様に目の前の光景を眺めていた。

 香織の身体が爆発に煽られて、橋の外へと落下していく。

 

「………………!」

 

 その瞬間、ようやくナグモの脳が再起動を果たした。ナグモはこの瞬間、神の使徒という仮初めの役柄を忘れて素早く落ちていく香織の手を掴もうとする。

 

「グオオオオオォォォォッ!」

 

 だが、間の悪い事にベヒモスが苦し紛れの一撃を繰り出していた。灼熱の頭突きが床に叩き付けられた事で橋が崩落し、瓦礫が散弾銃の様に香織に向かった。

 

「っ!」

 

 ナグモは急いで錬成を使い、いくつもの鎖を崩れかけた橋から飛び出させて香織に向かう瓦礫を受け止めた。だが………それは致命的なミスだった。

 振り向いた先で香織の身体はもうナグモの手の届かない所まで落ちていた。

 

「あ……………」

 

 ナグモの口から再び、人智を超えた頭脳の持ち主として相応しくない間抜けな声が出る。

 

 ナグモの目は奈落へと落ちていく香織をしっかりと捉えていた。

 

 落ちていく香織の顔は———心底安堵したものだった。

 まるで、ナグモが無事で良かった。そう言う様に。




 題名に嘘は無いよ? 誰が、落ちるとは言ってないもんっ。

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