「―――だから、本当の私は………いや、俺はお前達が思うほど立派な人間じゃないんだ」
長い独白の末、アインズはそう締め括った。
ナザリックの玉座の間。そこにはかつてエヒトルジュエを打倒する宣言をした時と同じ様に全てのNPCが集められていた。ただし、この場にアルベドの姿はない。また、前回の様にアインズの言葉に熱狂する雰囲気も無かった。
そこにあるのは沈黙。アインズの言った内容を自分の聞き間違えではないかと疑ったり、理解が追い付かないかの様に戸惑った空気が流れていた。
アルベドが狂乱した事をアウラから伝えられた時、アインズはまずエヒトルジュエの精神支配を疑った。いくらアルベドがナグモと反目してるとはいえ、仲間に危害をくわえる程になっているとは信じられなかったのだ。まだメルジーネ海底迷宮の幻像にあった人間達の様に、エヒトルジュエに洗脳されて裏切ったと言われた方が納得できるくらいだ。
事実、慌ててナザリックのNPC一覧の項目を開くと、アルベドの名前が離反を示す赤色に変わっていた。“ユグドラシル”ではNPCが精神支配を受けてもこんな表記になる。
そして彼女から狙われているナグモや香織にも連絡がつかない事を確認した時、アインズは決断を迫られた。
すなわち、今すぐに単身でもアルベドを探しに行くか、ナザリックの防衛を最優先にするか。
ナグモや香織、そしてアルベドはもちろん大事だ。しかし、アルベドがユエも標的にしていると聞かされた時、アインズの頭に過ってしまったのだ。
エヒトルジュエはユエの肉体を狙っていた。今やユエは“神子”の器という価値に加えて、その血を引く子供もお腹に宿している。
これは陽動であり、自分が不在となった隙にエヒトルジュエがユエと子供を―――自分の妻子を奪い取りに来るのではないか?
ある意味において、ここでアインズの慎重過ぎる性格が仇となってしまった。しかも今回危険なのは自分ではなく、自分の愛した女性とその結晶というのが尚更にアインズの高すぎる警戒心を呼び起こしてしまった。
結局、悩んだ末にアインズはナザリックの防衛を完全に固めてからアルベドへの追撃部隊を派遣する選択をした。離反したアルベドは守護者統括としてナザリックの防衛機能を知り尽くしており、ユエや子供だけでなく他のNPC達にも危害が及ぶ可能性も考えるなら、この決断は妥当なものだったと言える。
そしてアインズがやっとの思いでナザリックの防衛を固め直し、アルベドへの追撃部隊を編成している間に………全てが終わっていた。
ボロボロの身体で戻ってきたナグモから事の顛末を聞かされ、自分が慎重を期すあまりに行動が遅過ぎたのだと知った。
そして―――転移前に自分が軽率にアルベドの設定を弄ったせいで、アルベドを苦しませたどころかミキュルニラの消失にも繋がったという事にも。
「俺は元は人間だ。“
だからこそ、アインズはNPC達に全て告白する事にしたのだ。
自分は元はただの人間であり、NPC達が思う様な完璧な支配者などではないという事を。
今まで頭の良いのフリをしてただけの一般人だという事を。
そして―――“ユグドラシル”とは本来はネットゲームであり、“至高の四十一人”とはただのゲームプレイヤーでしかない事も。
「すまなかった」
アインズはNPC達に頭を下げる。それはNPC達の信じていた“支配者”とはかけ離れていて、アインズの姿が小さく見えていた。
「本当ならば、この世界に来た時に真っ先に告白すべきだった。でも、出来なかったんだ。皆が俺に抱いてる“支配者”としての姿を壊したくなかったから………いや、この言い方は卑怯だな」
頭を上げ、玉座の間の壇上からゆっくりと見回す。
かつてのギルドメンバー達が趣味嗜好を凝らした者、特別な思い入れからその造形になった者。
多種多様な姿はギルドメンバー達の想いがそこに詰め込まれていた。
「皆の姿がかつての仲間達に重なって見えたんだ………また、かつての様な賑わいが帰ってきた。そう思ったからこそ、この新しいナザリックを壊したくなかったんだ」
“ユグドラシル”のサービス終了となったあの日。
あそこで
「突然こんな事を言われても、お前達も整理がつかないだろう」
壇上にいるアインズからはNPC達の様子がよく見えた。
驚愕、戸惑い、混乱。
NPC達は絶対の支配者と仰いだ人物の正体がただの人間だったと知り、全員が様々な表情を浮かべていた。
「お飾りとはいえ、俺は魔導国の王となった。今更全てを投げ出すなんて無責任だとは思っている。だが、ナザリックの主としては別だ。お前達に嘘をついていたのだから、リーダーとしての責任は問われなくてはならない」
「アインズ様、それは………!」
デミウルゴスが声を上げようとしたものの、アインズは手で制した。
デミウルゴスの顔にもまた迷いがあった。ある意味において、彼こそが一番アインズに対して幻想を抱いていたのだ。いつもは饒舌な筈の悪魔もそれ以上の二の句を繋げられず、口を閉ざしてしまった。
「時間を置こう」
デミウルゴス達を見ながらアインズは静かに言った。
「お前達同士で私がナザリックの主に相応しいか、話し合って欲しい。不甲斐ない主であるばかりに、ミキュルニラやアルベドを死なせた俺を許せるか………俺は一時間後にまたここに戻る。それまでに決めて欲しい」
そう言ってアインズは玉座の間から転移した。残されたNPC達は狼狽えた様にどよめく。
今の話は本当なのか。これからどうすべきかなのか。混乱の収まらない彼等は口々にそれを言い合いだした。
だが、そんな中で―――ナグモだけは、最初から決心してる様な静かな表情を見せていた。
***
「そう………彼等に全てを話したんですね」
「ああ」
玉座の間から転移したアインズはユエのいる寝室に来ていた。ナグモの処置のお陰でユエの体調は良く、小柄な身体に不釣り合いな大きさのお腹を抱えながらアインズの話を聞いていた。
ユエにも全てを話した。自分が元々はしがないサラリーマンで、“ユグドラシル”での出来事も全部ゲームの中の出来事であった事を。
「すまない。今までユエにも嘘をついていた事になる」
頭を下げるアインズに対して、ユエはベッドの上で静かに首を横に振った。
「いいんです。サトル様が話してくれたのは“至高の御方達”との思い出です。そこに嘘は無かったのでしょう? だから良いんです」
「そうか………でも、もしかしたらこれから苦労をかけるかもしれない。真実を話した以上、俺が今後もナザリックにいられるかも分からないからな」
なにせNPC達には嘘をついて彼等を従えていたのだ。普通の企業なら社長は糾弾されて然るべきであり、社員達から辞任要求をされたって文句は言えない。その結果、ナザリックを追い出される事になってもアインズは受け止める心構えでいた。
「エヒトルジュエは必ず倒す。あいつが生きている限り、ユエもお腹の子もずっと付け狙ってくるだろう。でも、その後はどうするかな………支配者をクビになったら今みたいにナザリックの部屋を借りるわけにいかないし、外で住み込みの仕事でも探さないとな」
「それはまたシュールな光景になりそうですね………」
一瞬、焼き鳥屋みたいな屋台で働き、客に愛想を振りまく
「そもそも………そこまで心配しなくて大丈夫だと思いますよ。ナザリックの方々はサトル様を責めたいと思ってる人はいないでしょうから」
「いや、しかし………」
「少なくとも―――
言い淀むアインズに、ユエは確信を持った目で語る。
すると、そこに部屋のドアをノックする音が響いた。
『ナグモです。入室してよろしいでしょうか』
***
「その………ありがとうな。ユエの容態を診てくれて」
「いえ。彼女が出産するまでサポートするとお約束しましたから」
ユエを診察した後、ナグモは別室にアインズと共にいた。いつもと変わらぬ様子で淡々と話すナグモに対して、アインズはどこか気まずそうだった。
それは当然だろう。ある意味においてアインズはミキュルニラの消滅に繋がった元凶なのだ。心境としては加害者と被害者遺族の面談の様でなんとも落ち着かない。
「その………香織の方はどうだ? アルベドに酷く痛めつけられたと聞いたが」
「身体そのものの修復は可能ですが………残念ながら時間が掛かりそうです。神結晶のコアも神水が出なくなるまでダメージを負ったので、元通りになるまで一月は掛かるでしょう」
話題探しの為に香織について聞いてみたものの、あまり芳しくは無いらしい。ナグモは小さく首を横に振った。
いかに香織の身体がキメラ・アンデッドとはいえ、再生不可能になるまで痛めつけられた上に
これでユエに続き、七つ全てでは無いが神代魔法を修得していた香織までも長期の戦線離脱を余儀なくされたわけだが、今はその事を詳しく言及する気にはなれなかった。
話題が途切れてしまったアインズだが、いつまでもマゴマゴとしていられなかった。骨の身体ではあるが、表情を引き締めるとアインズは頭を下げた。
「すまなかった」
背中を45度曲げた最敬礼。サラリーマン時代では上司を怒らせた時などに何度も行った礼だが、見せかけだけでなく心からアインズはナグモに頭を下げていた。
「ミキュルニラが死んだのは俺のせいだ。蘇生も行えなくて本当にすまない」
ワールドアイテムは同じ格であるワールドアイテムでなければ、その効果を打ち消せない。
レプリカとはいえ“ロンギヌス”の代償を受けたミキュルニラのデータは完全に消滅してしまい、アインズがどう手を尽くそうとも復活は不可能となっていた。
「支配者のフリをして謀っていたばかりか、お前の妹にあたる存在を奪ってしまった。謝って許される事ではないと分かっているが………どうか謝罪させて欲しい」
年若い少年の部下に頭を下げている。
周りに対して威厳ある支配者としての姿を常に見せようとしていた、かつてのアインズからは考えられない姿だ。頭を下げているから分からないが、きっとナグモは自分に怒りの表情を見せているのだろうか。そんな風に考えていたが………。
「頭を上げて下さい。アインズ様」
頭を下げたアインズの頭上からナグモの声が聞こえた。アインズは殴られる事も想定しながらゆっくりと頭を上げると―――そこにナグモの静かな表情があった。
「アインズ様………僕は貴方の事を恨んでなどいません。それこそ恨むなど筋違いだと思っています」
「だが………」
「それにアインズ様のお話を聞いて、ようやく腑に落ちた事もあります」
何? とアインズが訝しむものの、ナグモの表情はどこまでも静かだ。まるで憑き物が落ちた様に晴れやかさすら感じさせていた。
「アインズ様………少しの間、お聞き下さい。僕の創造主、じゅーる・うぇるず様が何故ナザリックを去ったのか………その理由を」
そうして―――ナグモは話し始めた。今まで誰にも話さずにいた、ナグモだけが知る真実。
じゅーるがナザリックを訪れた最後の日。本当は病気が悪化してナザリックを去っていった事を。
「そん、な………。病気だなんて、じゅーるさんはそれまで一言も………」
「………あの方はアインズ様に心配を掛けたくない、と言っておられました。だからこそ、最後まで話さなかったのだと思います」
「なんて……事だ………」
アインズは骨の手で自らの顔を覆う。“至高の玉体”を解除しているのでアンデッドの身体だが、もしも肉体があれば悲痛に歪んだ表情を浮かべていただろう。
「じゅーるさんは……そんなギリギリまでナザリックにいようとしてくれたのに………。皆、簡単にナザリックを捨てたなんて……俺はなんて事を………!」
“ユグドラシル”の最終日、すなわちトータスに転移してくる直前。
たった一人でギルドでサービス終了を迎える事になり、その時にアインズが抱いたギルドメンバー達への苛立ち。それは悪意と呼ぶにはほんの小さな感情ではあったが、あの時、確かにアインズは“ユグドラシル”を辞めたギルドメンバー達を恨んでいたのだ。
だが、それは彼らの事情を知らなかっただけだ。じゅーるの様にやむを得ずに辞めた人間だっていた筈だ。そんな可能性すら考えずに勝手に恨んでいた事に、アインズは激しく後悔していた。
「どうかお顔をお上げ下さい。そんな風に後悔される事をじゅーる様は望んでいません」
そんな事……とアインズは反論しようとして―――そして息を止めた。
(じゅーる、さん……?)
ふと、ナグモの姿がじゅーるに重なって見えた気がした。“人間嫌い”という設定だった為に、常に他人を寄せ付けない雰囲気を纏っていたナグモ。だが、いま静かに話し掛ける彼は、少なくとも
「あの方は御自身が作られた
だからこそ、じゅーるは最後まで自分の病気を告白しなかったのだ。友人達と作った楽しい場所だからこそ、友人達に悲しい思いをさせたくなくて、黙って立ち去ったのだ。
(そして分かった………どうして最高レベルのドクターとして作られた僕にも病気を診せてくれなかったのかも)
なにせ自分は元は
自分は至高の存在が作った超人ではなく、ゲームのキャラクターでしかなかった。それはある意味、ナグモの根幹を揺るがす衝撃の事実ではあった。だが―――ナグモにアインズを恨む気持ちなど皆無だった。
「確かにまだ色々と受け止めきれてはいないです。アインズ様が元は人間であった事も、僕を含めたナザリックの仲間達がゲームのキャラクターだった事も。ですが………あなたはじゅーる様が大好きだったナザリックをずっと守っていてくれました」
ナグモはユグドラシルのNPCの時からアインズを見ていた。
かつてのギルドメンバー達が去り、それでもナザリックを維持する為に毎日金策に走る姿を。
そして異世界に渡り、自分達の為に“魔導王”という不自由な立場になってくれた姿を。
それこそ―――ミキュルニラがナグモの為に全てを尽くしてくれた様に、アインズはナザリックの為に尽くしていたのだ。ミキュルニラという命を賭した実例を見せられた以上、それが理解できないなどナグモは言うつもりはなかった。
それをもっと早く―――ミキュルニラが消失する前に理解できていれば、もっと違った結末もあったかもしれない。
「なあ、ナグモ」
アインズは静かに聞いた。かつてミュウを保護した時、外見よりも子供っぽいと思っていた少年。だが、いつの間にか精神的に大きく成長していた人間に対して。
「もう一度聞きたいが、お前は俺を恨まないのか? 何もかもに嘘を吐いていた、この俺を」
「それこそ愚問ですよ、アインズ様」
自分は
だが―――じゅーるが自分に与えてくれた愛情は嘘ではない。
言葉で真実を告げられなくても、行動で示した感情に嘘はつけない。それをミキュルニラが最後に教えてくれたのだ。
ならば、自分がアインズへと示すべき
「貴方は
かつてのじゅーるが大事にしていた信条。それを自らの言葉として、かつて“人間嫌い”だったNPCは語っていた。
それを受けて、アインズはしばし瞑目する。それから何秒経ったか………そこには無理をして被っていた“支配者”の仮面を外し、
「その………なんだ。いつの間にか、大きく成長していたんだな」
「そう思って頂けるなら何よりです。………それに至るまで、多くの物を失ってしまいましたが」
自分の頭脳への絶対的な自信、そして親が自分の為に生み出した
それらを失い、それでも残ったのがじゅーるの基本理念である“恩には恩を”という考え方だった。だからこそ、ナグモにはアインズを恨むなどという選択などあり得なかった。
「それと………僕と同じを持つ者は他にもいます」
「え?」
ついて来て下さい、とナグモは不思議がるアインズを促した。
***
アインズが連れてこられた場所は玉座の間だった。以前は何の躊躇いも無かったが、支配者としての自分に疑問を持った今では、ここに自分が入って良いのか? と躊躇してしまう。
「どうぞ」
だが、ナグモはアインズの迷いなど些細な事だというように、平然と玉座の間のドアを開けた。
そこには――――NPC達がいた。先程の宣言から誰一人欠ける事なく、全員がアインズを待っていたかの様に玉座の間に集まっていた。
「お前達……何故……?」
「アインズ様」
スッとデミウルゴスが進み出る。
「これが我々の気持ちです。例え貴方様の正体が人間であろうと、我々の忠誠に変わりなどありません」
「コノ身ハ至高の御方ニ捧ゲル為ニ作ラレタ故ニ」
デミウルゴスの宣言にコキュートスが続く。
「例エ我々ガ“ゲーム”デ作ラレタトシテモ、我ガ剣ハアインズ様ノ為ニ捧ゲタク」
「私も同じです! アインズ様が元は人間だったとしても、私はアインズ様の事が大好きだから一緒にいたいんです!」
「ボ、ボクもお姉ちゃんと一緒です! ボクもアインズ様が人間でも、アインズ様の事を嫌いになったりなんかしません!」
「我が君………例え妾が“げーむのきゃらくたー”であろうと、妾がアインズ様やペロロンチーノ様を愛する気持ちに嘘などありんせん。それは確かな気持ちでありんす!」
アウラとマーレ、シャルティアもまたアインズに訴えかけた。そして、セバスもいつもの様に襟を正して語りかけた。
「アインズ様。私達が作られたのには深い意味は無く、至高の御方達の遊戯の一環として生み出された事は理解しました。ですが、その上で貴方様はそんな私達をお見捨てになる事なく、私達の為に支配者たらんと今まで統率して下さったのです。それならば、今度は私達が貴方に恩を返す番です」
そう、とセバスは微笑む。かつての創造主の様に。
「“困っている人がいるならば、助けるのは当たり前”なのですから」
「まあ、どうしてもと言うならばアインズ様に代わって、このエクレア・エクレール・エイクレアーが玉座についても、アイタッ!?」
「エクレア。時と場合を選びなさい………あ、ワン」
調子に乗りかけたエクレアの頭を叩いたペストーニャは、いつもの調子で慌てて語尾を付け足した。
彼等だけではない。プレアデス、ヴィクティム、料理長や副料理長、恐怖公、ニューロニスト、そして全ての一般メイドに至るまで。
全員がアインズを批難する様子など無く、アインズの為に再び仕えたいと目で物語っていた。その姿にアインズは目頭が熱くなる想いがした。
「何を………何を迷っていたんだろうなあ。俺は………」
彼等が自分に絶大な信頼を寄せて忠誠を誓ってくれている事。それはこの世界に来た当初で確信していた筈だ。
そして、それはアインズの正体が人間だと知ったところで壊れる様な物ではなかったのだ。
かつてのギルメンの面影がある彼等を疑ってしまったのは、ナザリックはおろかギルメン達と築いていた“アインズ・ウール・ゴウン”すらも疑っていた様で恥ずかしくなった。
「お前達………ありがとう」
「って、お待ち下さいアインズ様っ! 私には!? 私にはお聞きになられないのでしょうか!」
「いや、お前は聞かなくても分かるし」
「
「父上呼ぶな!」
パンドラズ・アクターへアインズが鋭いツッコミを返し、その瞬間、空気が和らいだ。
そうして―――アインズは初めて、NPC達と共に心から笑い合う事が出来たのだ。
***
「では………やるぞ」
NPC達に望まれ、再び玉座の壇上へと上がったアインズは左手を掲げる。その指には三つの流れ星が刻み込まれた指輪が填められていた。
「さあ、指輪よ。
強く、願いを込めてアインズは叫ぶ。本来、こんな詠唱がなくてもこの指輪は発動できる。しかし、今のアインズは万感の思いを込めて指輪の効果を発動させようとしていた。
次の瞬間、アインズに強大な力が流れ込んでくる感覚がした。そして確信する。これならば、いま自分がやろうとしている事は叶えられると。“ユグドラシル”において、このアイテムはリスクがゼロとはいえ、得られる効果はランダムではあった。
だが、トータスに転移してアイテムに込められた魔法―――〈
「NPC達に………本当の命を!」
“ユグドラシル”では滅多に手に入らないレアアイテムであり、かつてアインズがボーナスの大半をつぎ込んだそれを惜しげ無く使う。指輪に刻まれた三つの流れ星の内、一つが輝きが失った。
それと同時に―――NPC達が光に包まれた。
その光はかつて、ナグモがオルクス迷宮で香織に掛けられた決死の魔法とよく似ていた。
アインズが願った内容―――それはNPC達をナグモの様にプレイヤーへと昇華させる事だった。
NPCという軛があったからこそ、アルベドは自分の
だからこそ彼等には自分に従うだけの
NPC達を包む光は大きく広がり、恐らくはナザリック全体へと広がっただろう。やがて光が収まり、NPC―――否、
「これで我々はナグモの様に、真の意味で生命体となったわけですか」
いち早く自分の状況を確かめ終わらせたデミウルゴスは感慨深そうに呟いた。
「とはいえ………あまり変わった様子は無いですね」
「当然と言えば当然だろう」
唯一、アインズの〈
「変わるのは無機生命体―――NPCから昇格するというだけで、性格などは変わらない」
「ああ、確かに。ナグモは一足早くに“ぷれいやー”になってたけど、相変わらず“人間嫌い”だったよねえ」
「ふん。僕が“ごく少数の例外”以外の人間が嫌いなのは、頭の回転が鈍いくせに改善しようともしないからだ。馬鹿な奴はやっぱり嫌いだ」
「うむ、まさしく“三つ子の魂は百万まで”というやつでありんすねえ」
「ええと……数が多すぎる様な………?」
マーレがやんわりと訂正しようとするが、シャルティアはいつもの様に自分の間違いに気付かずにウンウンと頷いていた。
その他の者達も自分の身体を調べたり、お互いの身体を見合ったりなどしているが、特段と変わった様子など無い様だった。
「どうやら上手くいった様だな」
壇上から見下ろし、アインズは安堵しながらそう言った。
「これは俺なりのケジメだ。きっとNPCと無くなった事で、自由にやりたいと思う者もいるからもしれない。そうしたら俺も笑って見送ろうと思う」
かつて誰も来なくなったギルドで、仲間達へささやかな恨み言を述べていた“
だが、新しく前を向いた彼は仲間達が残していった子供達の為、皆を守る王となろうという決意に満ち溢れていた。
「改めて言うけど、本当の俺はただの人間だ。きっとこれからも何回も判断ミスをするかもしれない。それでも………俺はお前達に恥じない王様になりたいと思う。お前達がそう勘違いしてるからじゃなくて、お前達の未来を守れる様な王様としてやっていきたい」
スッとアインズは頭を下げる。こんな風に国民のトップは簡単に頭を下げるべきじゃない、とユエから習った。しかし、臣下であると同時に大事な仲間の子供達として、アインズは筋を通したかった。
「だから………これからよろしく頼む、みんな」
「「「「「アインズ・ウール・ゴウン様、万歳!」」」」」
新たな命を授かった元NPC達から唱和がされる。以前よりも、その唱和は力強く感じた。
彼等の姿や性格は変わってなどいない。強いて言うなら変わったのは気配だろう。今まで“そう設定されたから行動する”と、どこか人形じみた気配のあった彼等は、今は一個の生命として“アインズの為に役立ちたい”と自分の意志で行う様になったのだ。その心の持ち様が、彼等に以前よりも活気を与えていた。
そうして―――新生・ナザリックとして、彼等は新しい一歩を刻み始めた。
***
ナザリック地下大墳墓 第五階層 氷結牢獄
コキュートスの守護領域である第五階層は全体的に氷山や雪原で覆われた極寒のフィールドとなっているが、そこは更に寒々しい印象を与える場所だった。
その建物の外観は端的に表すなら、“荒れ果て凍りついたメルヘン風の屋敷”だろう。この建物こそが“氷結牢獄”であり、ナザリックに敵対した者や捕虜を収容する場所だ。
その一室に、彼女はいた。その部屋には最低限の家具はあり、“氷結牢獄”の中でも比較的過ごしやすい独房だ。唯一、室温がマイナスに突破しているので人間ならば冷凍庫の中に放り込まれたのと変わらないものの、“人間ではない”彼女からすれば外気温など問題にならない。枷や鎖で拘束されているわけでもないので、独房に軟禁されているといった方が正しいだろう。
だが、手足を封じられてもいないのに彼女は部屋の中を動こうとはしなかった。彼女が元いた部屋からすれば粗末な椅子や固いマットレスのベッドも使わず、部屋の隅で膝を抱えてじっと蹲っていたのだ。呼吸で上がる白い息が無ければ、そのまま凍死したのだと思われていただろう。
ガチャリ、と部屋のドアが開く。だが、彼女は開いたドアに興味を見せる様子も無く、部屋の隅に蹲ったままだ。まるで外の世界へ出る事を完全に諦めた囚人の様に無気力な彼女だったが、部屋に入ってきた人物の気配に初めて反応した。
「………ハッ、何? 無様な私の姿を
相手を挑発する様な言い方だが、そこには自嘲の色が多く混ざっていた。
「………アインズ様に許可を得て、ここに来た。考えてみれば、今までロクに会話した事すら無かったな」
虜囚となった彼女の姿に憐れむ事も、嘲りを浮かべる事もなく。
ナグモは静かに話しかけていた。そうする事で、自分自身へ区切りをつける為に。
そうして初めて彼女の名前を呼んだ。
「話をしよう。守護者統括………いや、アルベド。今ならお互いに会話が成り立つだろう」
長らくお待たせしました。そして、やっとこのシーンを書く事が出来ました。
NPC達がアインズの正体を知っても、アインズを見捨てないというのは既定路線でした。それこそ原作でも「たとえアインズがLv.1の弱者だったとしても忠誠を尽くす」と言っていた為、今更中身がただの人間だと知ったところでアインズを見捨てるとは考えられませんでした。
それを踏まえた上で主人公のナグモはどうするか。彼にとっての原初の心は何だったのか………それを自覚させる為に、今までの展開を書いてきたと言っても過言ではありません。自分が創造主から“最高の頭脳を持たされた特別な人間”という驕りも、自分の事をひたすら肯定してくれる存在も失い、それでも残ったのが父親である創造主との思い出と“創造主の心”という事が書きたかったんです。そうする事で電子の人形である彼が、本当の意味で“人間”になったのかもしれません。
さて、次回は仲間であるにも関わらず、今まで“嫌いだから”と無視をし続けた彼女との対面です。更新は相変わらず不定期ですが、どうぞ最後までお付き合い下さい。