平原を“光の戦士団”の軍勢が進む。王都から途中までの距離をエヒトルジュエの空間魔法で短縮できたとはいえ、彼等は既に長時間歩き続けている。それにも関わらず、彼等の足取りに疲労の色はほとんど見られなかった。
縦長に伸びた隊列が、街道を規則正しい足取りで進んでいく。遠目に見れば、それは大地そのものが動いているかの様に錯覚する巨大な蛇に見えただろう。エヒト神を深く信仰してる者がいれば「これこそ神の威光を示した軍隊だ」と感動したかもしれない。
―――もっとも、それを間近で見れば異様さに気付いてしまうだろう。
まず、目に付くのは歩兵達の統一感の無さだ。
男もいる。女もいる。十代になったばかりの若者もいれば、顔に深い皺のある老人もいる。鎧を身につけている者は少なく、鍬や農業用のフォークを手にした者まで混じっていた。
正規軍というより、戦える者を手当たり次第に集めた集団。あるいは、戦火から逃げるために集まった避難民の列とでも言った方が、まだ納得できる姿だった。
しかし、その足取りだけは異様なほどに揃っていた。
誰一人として列を乱さない。誰一人として、疲労を訴えない。痩せこけ、血色を失った顔で歩いている者さえ、ただ前を向き、命じられた通りに足を動かしている。
そこには、遠征に伴う愚痴も、故郷を離れた不安も、これから始まる戦いへの恐怖もなかった。
あるのは、命令に従って歩くという行為だけだった。
彼等はエヒトルジュエの力を借りた光輝が洗脳し、様々な街や村から連れて来られた者達だ。自らの意思なき彼等の行進は、もはや感情の無い蟻の行列を思わせていた。
一方で行軍を指揮している貴族達、そして彼等に仕える騎士達は兵士達とは対照的だった。武器も鎧も、寄せ集めの兵士達とは比べものにならない。食料も優先的に配給されているらしく、肌の色艶も良い。中には、己を乗せた馬が苦しそうに首を垂れるほど肥えた者までいる。だが、そんな彼等の顔にも、余裕はなかった。兵士達の異常に気付いているのだ。
あの足取り。あの無表情。あれが単なる訓練の成果ではないことくらい、彼等にも分かる。
しかし、だからといって逃げ出すことはできなかった。
彼等はこれまで、“光の戦士団”の権威を盾にしてきた。庶民から税を搾り取り、贅沢を享受し、時には自分達の罪さえもその権限で揉み消してきた。もしここで“光の戦士団”が敗れれば、彼等を待つのは地位の喪失だけではない。財産の没収、投獄、そして場合によっては死刑。
だからこそ、彼等は異常な兵士達を見て見ぬふりをしながら、同じ軍勢の中に留まっていた。ある意味ではこの軍勢の中で純粋にエヒトルジュエの勝利を願っている集団でもあった。
そして行軍の中央後方。そこには“光の戦士団”の要とも言えるエヒトルジュエがいた。彼は本来なら王族や聖教教会の大司教しか載る事が許されない豪華な輿に乗り、聖なる神獣―――という名目で崩壊寸前だった神域より連れてきた魔物に輿を担がせていた。彼の周囲には同じく今の身体を作る際に余った神域の魔物達が護衛として付き従っていた。空を飛ぶもの、地上を歩くもの。その姿は、まるで一柱の神を守るために集められた眷属の群れだった。
今回の遠征では“ハイリヒ王家の正当なる威信を示す”という名目でランデルも連れて来られているのだが、怯えた顔のランデルが乗せられた輿はエヒトルジュエの物より小さく、護衛兵の数も少なかった。エヒトルジュエの添え物としてこの場に連れて来られただけというのが明白だった。そして――――。
「今度こそ俺達の手でトータスを救うんだ!」
エヒトルジュエ達と同じく、中央後方の部隊に配置された光輝は声を張り上げる。王宮の宝物庫より持ち出されたアーティファクトの金色の鎧、腰に
その姿はまさに絵に描いたような聖なる騎士の姿であり、神の軍勢に加わる“勇者”としてこれ以上なく相応しく見えた。
「俺達の手で魔導王をやっつけて、フェアベルゲンの人達を救うんだ! 頑張ろう皆!」
「あー、はいはい。分かったから大声でがなるんじゃねえよ」
「なんだよ、檜山! これはトータスを魔導王の支配から救えるかどうかの瀬戸際の戦いなんだぞ! もっとやる気を出せよ!」
「うるっせーな………いまアタマ痛いんだよ。ちょっと静かにしてろよ」
同じく立派に飾り立てられた馬に跨った檜山は、光輝の熱意とは対称的に側頭部を押さえながらイライラとした様子で答えた。よくよく見れば檜山だけでなく、近藤や中野、斎藤。さらには瑠璃溝や小田牧、薊野といった女子達もどこか体調が悪そうだった。
彼等は以前、フリートホーフが金ヅルにする為に酒や煙草に麻薬を混入されていた連中だ。そのフリートホーフが壊滅してから商品は手に入らなくなり、必然的に麻薬の摂取量が減った彼等は慢性的な頭痛や不眠症といった軽度の依存症状が出始めていたのだ。もっとも、麻薬を混入されていたと知らない当人達は「さすがに酒を飲み過ぎたか?」くらいにしか考えてないのだが。
(まあ、天之河の正義バカはともかく………新しく金や奴隷を手に入れるチャンスだよなぁ?)
頭の奥で血管が脈打つ様な鈍痛に顔を顰めながら、檜山は暗い欲望に塗れた笑みを心の中で浮かべる。正直なところ、もはや檜山達にトータスの平和など興味ない。
だが、最近はハイリヒ王国も内乱によって流通が滞っていた。檜山達は“光の戦士団”の幹部である為に食料や金を庶民達から巻き上げられるが、品物そのものが無いのではどうしようもない。お陰で以前より贅沢な暮らしは出来なくなっていた。
だからこそ、魔導国へ侵攻するこの遠征に加わったのだ。
王国で搾り取れなくなったのなら他所の国から奪うまで。何より自分達にはエヒトルジュエが後ろ盾にいるのだ。魔導王を名乗ってるアンデッドがいようが恐れる必要はない。それは檜山達以外、それこそ神殿騎士団長のムタロや貴族達も同じ様な見解であり、彼等はイナゴの群れが次の畑を食い尽くしに行く様に、新たな領地や奴隷を手に入れる為にエヒトルジュエに付き添っていた。
(今こそ、俺がこの世界で“勇者”として果たすべき最後の戦いだ!)
“神の使徒”という肩書きとは程遠い欲望を秘めた檜山達と違い、光輝は義俠心に溢れていた。その目は使命感に燃え、これから自分達が赴くのは悪を挫く正義の戦いだと微塵も疑っていなかった。
(魔導王はアンカジの戦争の後、きっと弱まっている筈だ! 今こそが奴を倒す絶好のチャンスだ!)
アンカジの戦争の折、魔導王が魔人族達を強力な魔法で全滅させた事は光輝も聞き及んでいる。それこそ、魔導王は魔人族達を残虐に殺す為だけに山羊の怪物を召喚したと聞いていた。
だが、そんな魔法がありながら魔導王はそれから魔法を使ったという話は一度も聞かない。
トータスの魔法の法則として、強力な魔法ほど撃った後の消耗が激しくなる。
ならば、答えは一つだ。魔導王はアンカジの戦争で魔力を大きく消費して、もう一度あれ程の魔法が使う余力が無いのだろう。
いや、絶対にその筈だ。何故なら、
(エヒトルジュエ様も“これがトータスでの最後の戦いになる”と言っていたし、魔導王を倒せば全て終わるんだ! そうしたら香織を救い出して、あとは清水が攫った雫も見つけ出して、皆で地球に帰れるんだ!)
魔導国で囚われているだろう香織、そして卑怯者の清水と共に王都より姿を消した雫。
そのどちらも魔導王を倒せば自分の元に戻ると光輝は考えていた。それこそ清水も裏切り者の南雲とグルで魔導国に行ったのかもしれない。
魔導王を倒せば、その時こそ死んだ龍太郎達も生き返らせてくれる、とエヒトルジュエは出陣前に約束してくれた。だからこそ、光輝はこの戦いがトータスの“勇者”として最後の戦いになると決戦に臨む気でいた。
魔導王を倒す。
香織を救い出す。
雫を連れ戻す。
死んだ仲間達を蘇らせる。
そして、皆で地球へ帰る。
光輝の中では、それらは別々の願いではなかった。正義を果たした勇者に与えられる、当然の結末だった。
(待っててくれ。香織、雫、龍太郎! 皆で地球に帰ろう!)
自らが“正義の勇者”だと疑わず、そして物事を自分の都合の良い様にしか見れない彼は、自らが破滅の道を突き進んでいるとは微塵も思わなかった。
だからこそ―――彼は気付いていない。
「くそっ、なんで出ないんだよ………!」
一つは自分の仲間である恵里が、出発前から何やらコソコソとしている事。
周りに気付かれない様にやっているものの、まるで目当ての相手に電話が繋がらなくて苛立っている様な仕草だ。それは魔導国の国境へ皆と進んでいく程、焦りの色が強くなっていた。
それともう一つ―――それは光輝達より前方の隊列についてだ。
通常、こういう遠征軍は前方に斥候隊、前衛隊……と続いていき、行軍の妨げになる大荷物は後方の輜重隊に回されるのがセオリーだ。
しかし輜重隊とは別に、何やら天幕で覆われた大型の荷馬車が前方の隊列に組み込まれていた。
数はそれ程多くはない。しかし、その荷馬車の為に本来なら斥候隊が使う馬まで回されている。索敵を担う騎兵を減らしてまで、何故そんな大荷物を前方で運んでいるのか。戦争に詳しくない光輝は、何か秘密兵器でも運んでいるのだろうと楽観的に考えていたのだ。
その時だった。
前方の荷馬車の一台から、ガタン、と何かがぶつかるような音がした。
荷馬車を牽く“光の戦士団”の神殿騎士が、わずかに眉を動かしながら一瞥する。だが、天幕が大きく崩れたりはしてないと見ると舌打ちを一つして向き直った。手綱を握り直し、何事もなかったかのように歩みを進めていく。
***
魔導国の会議室には各国の代表が集まっていた。
対エヒトルジュエ連合―――その名前を“魔導連合”と正式に改めていた。
盟主である魔導王アインズ・ウール・ゴウン。
ヘルシャー帝国の皇帝トレイシー・D・ヘルシャー。
老齢の父に代わって参戦したアンカジ公国の領主代理ビィズ・フォウワード・ゼンゲン。
そして、ハイリヒ解放軍総長としてリリアーナ・S・B・ハイリヒが末席に加わっていた。
その他、各陣営の部下達も会議室にいたが、ここにセバスの姿は無い。セバスは人間達の前ではあくまで商人の町・フューレンの代表である為、竜人族達から義勇兵を募った以外は“魔導連合”の資金援助に徹する事にしたのだ。
『伝令! ハイリヒ王国軍は転移魔法による移動後、魔導国の国境を越境!』
会議室に置かれた通信機から斥候として送られた竜人族の報告が響く。
“真の神の使徒”の能力を解明して作られた通信機は伝令がいちいち早馬で伝える時間を短縮させ、また竜人族によって空から監視が行えた。さらに言うなら竜人族達は人間よりも視力に優れており、遠方への索敵に関してトータスの戦争の常識は書き換えられただろう。
『敵軍は総数約三十万! また見た事無い魔物も多数確認されます! 敵の索敵範囲外からの監視の為、視認は難しいですが魔物達の中心にエヒトルジュエがいるものと思われます!』
「さ、三十万だと!?」
「馬鹿な、今の王国からどうやってそんな数を………」
ビィズやヘルシャー帝国の軍人達が悲鳴に近い声や掠れた声を出す。
それは過去の“聖戦遠征軍”でも類を見ない兵の動員であり、また今の腐敗した王国にまだこれだけの求心力があるのかという驚きだった。だが、トレイシーは自分の部下達に対して冷静に答えた。
「別に驚く事は無いですわ。エヒトルジュエや“勇者”は、洗脳魔法を使って街の者達を勧誘していたのです。それこそ大人も子供も、全て戦場に引っ張り出したのでしょう」
「まさか……本当にエヒト神がそんな事を……」
ビィズ達は呆然と呟く。魔導国に降った事で聖教教会とは縁を切ったが、それでもトータスの人間ならば子供の頃からエヒト神の信仰を教えられるのだ。その神が人々を洗脳して従わせる様な邪悪な存在だったなど、実物を聞かされても信じられない気持ちが大きいのだろう。
それと同時に戦慄する。相手は意にそぐわない人間を洗脳する事も厭わない、慈悲深い神とは程遠い悪魔なのだと。
「ですが、我々が恐れる必要はないですわ。我々には魔導王陛下がいらっしゃるのです」
恐怖と混乱の坩堝に陥りかけたビィズ達だが、トレイシーの言葉で落ち着きを取り戻した。
そうだ、こちらには魔王すらも倒した魔導王陛下がいる。三十万の敵だろうと恐れる事はない。
「魔導王陛下はアンカジの戦争において十五万の魔人族軍を一網打尽にしましたわ。三十万の敵だろうと魔導王陛下の前では肉の壁にすらならないでしょう」
「おお、確かに」「その通りですな!」とヘルシャー帝国の軍人達は喜ぶ。彼等もアンカジの戦争での魔導国軍の活躍は知っている。三十万の敵と聞いて絶望的だと思っていたが、噂の通りなら自分達は全く不利な状況ではない。それこそ当事者であったアンカジ公国の軍人達はその時の光景を思い出して少し青ざめていたが、あの魔法が自分達には向けられないと知ってあからさまにホッとした顔をする者もいた。しかし―――。
「………っ」
皆が歓喜や安堵の表情を浮べる中でリリアーナ達、ハイリヒ解放軍は素直に喜べないでいた。
確かに魔導王がいれば三十万の敵も問題にならず、トータスを危機に陥れたエヒトルジュエや“勇者”達の横暴も止められるだろう。
だが、三十万の兵士とはハイリヒ王国の国民なのだ。ただ洗脳されただけの国民達がむざむざと死ぬというのは王女として看過できないが、その発言をする権利など今のリリアーナには無い。それこそ自分達はトレイシーの恩情で“魔導連合”に入れて貰えたのだ。ここで言葉を荒げて反対しようものなら、トレイシーの顔を潰す事にもなる。
「その事についてだが、少し良いだろうか」
苦渋の表情をリリアーナが浮べる中、魔導王―――アインズの声が静かに響いた。
「その三十万の敵だが………私は出来る限り殺さない方針でいこうと思う」
リリアーナは一瞬、耳を疑った。しかし、それはトレイシー達も同じらしく会議室は途端にざわめき出した。
「どういう事でしょうか、魔導王陛下。相手は貴国の領土を侵そうとしているのですよ? 洗脳されてるとはいえ………いえ、洗脳されてるからこそ交渉の余地など期待できない相手ですわ」
「別段、戦わずに話し合いがしたいと言っているわけではない。問題なのは何故そんな数を差し向けてきたか、だ」
皆を代表して疑問を口にしたトレイシーに対して、アインズは説明した。
「実は私がアンカジの戦争で魔王アルブヘイト………エヒトルジュエの眷族と戦った際、奴は魔人族達の命を生贄にして強力な魔法を使おうとしたのだ」
周囲が再びざわめく。事前に魔王がエヒトルジュエの手先であった事はアインズから伝えられていたが、改めて聞くと相手はトータスの全ての人間を操ろうとしていたのだと実感していた。
「その魔法は結果的に不発する事が出来たが、そうなると親玉のエヒトルジュエにも同じ事が出来るんじゃないか? むしろ出来ないと思う方が不自然だろう」
「で、では、魔導王陛下。まさか、エヒト神……いえ、エヒトルジュエはその……自分の魔法の燃料にする為に三十万の人間を連れていると?」
「何の魔法を使うつもりか、というのはまだ分からないが………可能性的には高いと私は思う。そうでなければ兵士として役立たない様な女子供まで連れてくる意味がない」
アインズの返答にビィズ達は息を飲み込んだ。人間達を洗脳したばかりか、それも自分の為の薪にしか思っていない。その邪悪な所業に心の中で僅かばかりに残っていた信仰心すら砕けてしまっていた。
「なんて……事を……!」
中でもリリアーナの反応が顕著だ。エヒトルジュエに対する怒りの余り、握りしめた拳の内側から血が滴り落ちていた。
「皆、落ち着いて欲しい。まだ止める手立てはあるだろう」
騒然としかけた会議室にアインズは静かに声を張り上げた。
「エヒトルジュエが三十万の人間を魔法の燃料にする為に連れて来たとして、何故わざわざ魔導国と戦争するという方法をとったか? その三十万の人間だけで十分なら、奴はハイリヒ王国内でこっそりとやれば良かった筈だ」
「それは………魔導王陛下から賜った洗脳解除装置によって、手駒の“勇者”による洗脳が難しくなったから………!」
ハッと、トレイシーは驚きの顔になる。
「まさか、魔導王陛下はこの事を最初から読んでいらしたのですか!?」
「………うむ、そうだな!」
一瞬、妙な間があった気がするがアインズは大仰に頷いた。それを見たアンカジ公国の人間達やヘルシャー帝国の人間達は、「おお、さすがは魔導王陛下」と称賛の呟きを漏らしていた。
(敵わない、ですわね………)
リリアーナは思わず心の中で自嘲してしまう。トータス最大の王国に生まれた王女として、自分は神算鬼謀とは行かないまでも頭脳を鍛えてきたつもりだ。しかし、魔導王は常に先の先を見据えて全て準備をしていた。それに比べれば改めて格の違いを思い知らされていたのだ。
リリアーナを余所に周囲が魔導王への賛辞に湧く中、アインズは咳払いを一つした。
「ンンッ! まあ、ともかくだ。敵兵を倒せば倒す程、エヒトルジュエに有利に働く可能性もあるから皆殺しにするのは却下だ。出来る限り、三十万の人間達は生かす様にはしたい」
そこで、とアインズはリリアーナに目を向けた。
「リリアーナ王女。あなたに頼みたい事がる」
アインズの言葉に皆がリリアーナの方を向いた。当のリリアーナも呼ばれるとは思っていなかったのか、少し驚いた顔になる。
「なんでしょうか?」
「洗脳された三十万の人間に対して、洗脳解除装置を使う。その際にあなたが王国の人間達に向かって降伏を呼び掛けて貰いたいのだ。洗脳して連れて来られた以上、正気に戻ればエヒトルジュエに協力しようとは思わなくなるだろう。だが、我らが全軍で包囲していた場合、その人間達は『事情はどうあれ既に自分達はこの世界の敵となった。もはやエヒトルジュエに協力するしか道はない』と自暴自棄になるやもしれん」
それこそ追い込まれた獣の様になってな、とアインズは言葉を切る。
「だからこそ、あなたの声を届けて欲しいのだ。そうすれば犠牲者ゼロとまではいかんが、かなりの数の人間を無傷で抑える事が可能な筈だ。それこそ君の弟君も戦列に加わっているのだろう? 投降後の彼の命を保障すれば、多くの人間の戦意を挫く事も可能な筈だ」
「魔導王陛下はそこまで考えておられて………」
「もちろん、失敗した時の為に我々も軍は率いる。だが、エヒトルジュエの利にさせない為にも、これ以上の血は流さなくて良いだろう。そして問題のエヒトルジュエそのものは私が相手をする。狂った神の支配は、魔導王の名においてここで終わりにすると誓おう」
アインズの言葉に会議室にいる人間達は感銘を受ける。かつて敵国の人間相手にこれ程まで慈悲を見せた王がいただろうか。魔法の燃料にされる可能性があるからとはいえ、アインズは自分の国に侵攻してきた人間達など気に掛ける必要はない筈だ。だが、それでも出来る限り血の流れない方法を選び、単身で敵の大将を討つと約束したのだ。
まさに神の如き慈悲深さ。人間を洗脳して使い潰そうとする神より、この場にいる人間はアンデッドの王の方が神と呼ぶに相応しいと思い始めていた。
「魔導王陛下……お聞かせ下さい。あなたはどうして、そこまで人間に慈悲を見せてくれるのでしょうか」
リリアーナは思わず、そんな事を聞いていた。それこそ神が如き力の持ち主であり、人間の事など塵芥にしか思わなくてもおかしくなさそうなアンデッドが、何故ここまで人間に歩み寄ってくれるのか。それがリリアーナには不思議だった。
ふむ、とアインズは何かを考える仕草をする。それがどこか人間らしく、アンデッドの見た目とは不釣り合いに見えてリリアーナは少しだけ微笑ましく思った。
「そうだな………今の私の目標を少し話すなら」
骸骨の顔の眼窩にある赤い光がリリアーナや人間達を見据える。だが、それを恐ろしく思う者は皆無だった。
「“子供達の未来の為”、といったところだな」
「魔導王陛下………!」
感極まった様にリリアーナは思わず目元を抑える。それはリリアーナだけでなく、トレイシーやビィズ、他の人間達も胸を打たれた様に厳粛な面持ちとなり、感動のあまりに泣き出す者まで出る始末だった。
会議室はいま、魔導王の偉大なる慈愛に包まれて人間達は感動していた………その魔導王本人から「え、ここ泣くところ?」と小声で呟かれた声が聞こえなかったくらい。
「魔導王陛下! どうかご協力させて下さい! 陛下のお心が全ての未来の子供達の為にあるならば、リリアーナは喜んで貴方に膝を折りましょう!」
「え………ああ、うむ! もちろん、トータスの全ての子供達の為にな! これからは友人となる可能性だってあるから、種族の垣根など関係ないな!」
「ええ、ええ! その通りです!」
リリアーナだけでなく、彼女に付き従っていた者達までアインズに向かって跪拝した。一時期は魔導王がエヒトルジュエと手を組んで王国を陥れたのだと疑っていたが、なんと不敬な事を考えていたのだろうか。彼はトータスの未来を第一に考えている賢王なのだ。その事が分かった今、リリアーナの中で燻っていた迷いは消えた。
「魔導王陛下万歳! アインズ・ウール・ゴウン魔導国万歳!」
人間達の中からアインズを讃える唱和がされる。あっと言う間にトレイシーも、ビィズも、リリアーナも、全ての人間がその万歳三唱に加わった。
『魔導王陛下万歳! アインズ・ウール・ゴウン魔導国万歳!』
彼等は今、偉大なる王の下に心を一つにしていた。トータスの未来の為、そしてこれから生まれる子供達の為。
“魔導連合”は魔導王の下、トータスの未来を取り戻すのだと人間達の士気がどこまでも高くなっていく。
今ここに――――自分達は狂った神の支配を終わらせる“解放者”となるのだ。それを彼等は誓っていた。
「………なんか、めっちゃ勘違いされてる気がする」
なお、当の魔導王の呟きは誰も聞いていなかった。
久しぶりに書いた、周りに勘違いされるアインズ様(笑)
やっぱりこういうシーンを書いていた方がオーバーロードは楽しいや。最近の話が重かっただけに、久々に筆がノリましたとも。
あとエヒトルジュエの企みなんざ、アインズは見抜いてましたよと。だってアルブヘイトが実例を先に見せちゃったわけだし……。