今更エヒトルジュエがラスボスとかイージーに思える? じゃあ別のラスボスを作ろうか!
ナザリック地下大墳墓第四階層 キメラ生産エリア
キメラの培養ポッドの中で香織は眠りについていた。体に様々なコードや電極を取り付けられ、培養液に満たされたポッドの中で胎児の様に蹲っている姿に、かつて香織をキメラ・アンデッドに改造した日をナグモは思い出していた。
“光の戦士団”………エヒトルジュエ軍は魔導国の国境付近に転移した後、そのまま歩いて進軍している。空間転移にかかる魔力を節約したいのか、あるいは三十万という大人数を
(残念だが………香織の修復は間に合いそうにないな)
アルベドとの戦闘で負傷したダメージは甚大であり、特に神水が枯渇するまで酷使された
「でも………香織には悪いが、これで良かったのかもな」
誰に聞かせるでもなく、彼は一人呟いた。ナグモが香織を最終決戦から離脱させた理由は、修復が間に合わないという理由以外にもう一つあった。
アインズの〈
彼等はもう創造主から与えられた設定に従うだけの人形ではない。元の性格など色々な要素が絡んでくるが、それでも自分の意思で考え、行動する様にはなれた。
それは恐らく、半NPC化していた香織も同じな筈だ。玉座の間にはいなかったものの、アインズはナザリック全体に魔法が掛かる様にしていたから。
しかし………それでもナグモは一抹の不安を拭い切れなかった。
確かにアインズの〈
だが、そういったNPC化とは抜きに香織を“光の戦士団”と戦わせる事に………光輝達と対面させる事は危険だと感じていたのだ。
ナグモ自身はもう光輝達の事はどうでも良いと思っている。香織や雫へのマスコミ対策でついでに地球へ帰してもいいが、それ以降は二度と関わりたくなどない。理屈ならNPC化した香織も
だが、香織が記憶を失った雫を前にして見せた表情。雫の精神が壊れたのは彼女を救おうともしなかったクラスメイト達が原因だと知った時に見せた、あの
「いや………今はもう考えるべきじゃないな」
溜息を一つ吐き、思考を打ち切る。どのみち、香織が次の戦いに出る事はない。だからナグモが今してる心配も杞憂に終わるだろう。
(まあ、問題は地球に帰した後でどうやって天之河光輝達が香織や雫に二度と関われない様にするかだが………こちらはいくらでもやり様はあるか)
光輝達はデミウルゴスの策に巻き込まれたという点に関しては気の毒だが、この世界で本人がやらかしてる事を考えれば一方的な被害者面は出来ないだろう。その点を指摘して本人達を直接脅すか、あるいは別の方法を使って圧力を掛けていくか。どういう形にせよ、二度と二人に付き纏わない様にと釘は刺すつもりだ。
「すまない、香織。あいつらは生かして地球に帰す事になった」
休眠モードにさせている香織には聞こえないだろう。しかし、せめてもの誠意としてナグモは香織に話しかけていた。
「マスコミ対策の為、全員生還の方が日本政府への要求が通りやすくなるなど色々と理由はあるが………僕も正直、もうあいつらを殺す気になれない」
ナグモはクラスメイト達の事など嫌いだ。光輝の無責任な発言に皆で乗っかり、責任に関しては香織や雫に押し付ける者達を好きになりようがない。
しかし、だからといって殺したいか、と言われるとはっきり答えられなかった。自分達(主にデミウルゴス)の奸計に利用した負い目を感じなくもないが………。
「まあ………あんな奴等にも家族はいる事だしな」
少し前に死んだ優花達を含めて、この世界で死亡したクラスメイト達も死体の保存はしてあるので全員の蘇生は可能だ。
清水に関しては………まあ、もう少し地獄を見てもらうが。
「全員を生還させれば日本政府との交渉も比較的纏まりやすいだろう。ともかく、トータスに来た君達は全員地球に帰すと決まったんだ。次に君が目覚める時は………きっと、別れの言葉を言う時かもしれないな」
香織が地球に帰れば、自分との恋人生活は終わりを告げる。ミキュルニラが死んだ今、ナグモは尚更に研究所を離れられなくなってしまったのだから。
その日の事を思うと………胸が張り裂けそうに辛いが。
「………必ず君を人間に戻して、地球へ帰す。だから、待っていてくれ」
未練を断ち切る様にナグモは香織が眠るポッドから背を向ける。これ以上いると、このまま冷凍保存してでも香織を傍に置いておきたいと思ってしまうだろう。そのぐらいナグモの心は揺れていた。
全ては決戦の日。そこで自分を含めて今後の未来が決まるだろう。
そうしてナグモが部屋から出ていく瞬間―――ゴポッ、と大きくポッドの中が泡立った。
***
その後、ナグモは魔導国都市の中央公園に来ていた。出撃の準備は終わった為、後は英気を養ってナザリック内の自室で休むという選択肢もあった。だが、何故かナグモの足は自然と魔導国都市を見て回っていたのだ。
夜の公園には流石に人影は無く、日中は賑わいを見せているこの場所も今は静寂に満ちていた。
「………ふん。魔導国の中心に位置するなら、もっと威厳のある雰囲気でも良かったろうに」
アンデッドの巡回兵にゴミ拾いも兼ねさせているのか。道は常に綺麗に掃き清められており、小石一つもなくて歩きやすく整備されていた。“錬成”を常に発生させる魔法装置も置かれ、定期的に整地される地面は平坦でバリアフリーにも対応されているのだろう。公園の街路樹は全ての季節で花が咲くような植生になっており、ナグモがいま座っているベンチも小さな子供でも怪我をしない様に一つ一つ丁寧に角が取られ、実用性とデザイン性を両立させた街灯は公園内を照らしつつも眩しくなり過ぎない様に等間隔で配置されていた。
この公園は誰にとっても過ごしやすく作られており、国民からの評判もすごく良い。それは全てミキュルニラが時には市井に混じって現場の声を聞きながら作り出したものだ。
「数日後、エヒトルジュエは消える。その後はこんな街を各地に作って、魔導国こそトータスの新たな主要国だと名乗り上げる機会が来るだろう。お前の出番は、むしろそこからだったのにな………」
ナグモはこの場にいないミキュルニラに話しかける様に独り言を呟く。だが、もうあの間延びした返事が返ってくる事はない。それがとても寂しくて、気がついたらナグモは研究所ではなくミキュルニラの意思が存分に感じられる公園に来ていたのだ。
「ナグモ様……?」
不意にベンチに座っていたナグモは声を掛けられた。夜中の誰もいない筈の公園。そう思っていたが、どうやら他にも来客がいたらしい。ナグモが目を向けると、そこには見覚えのあるウサギ耳の少女———シアがいた。
「お前か………ここで何をしてる?」
「は、はいっ。その、夜の散歩をしていて………」
そう言うシアの手には買い物袋があった。それこそ買い物帰りに公園に寄って、偶然ナグモと出くわしたのだろう。
「えっと、その………」
ナグモに話し掛けたシアだが、どこか気まずそうな様子だった。もっとも、シアからすれば相手は魔導国の重鎮であるし、おまけに“人間嫌い”で雑談が通用しなそうな相手の為に、話し掛けたはいいが何を話せばいいか分からないという有様だった。
「………別にかしこまらなくていい、この場は公的な場ではない。こちらもただ黄昏れていただけだ」
「へ? は、はいっ!」
緊張してるシアを見てナグモが楽にする様に声を掛けた。だが、その言葉こそ意外だった様にシアは一瞬、狐につままれたような顔になった。いつものナグモなら「用がないなら話し掛けるな」などと、相手との会話を打ち切っていた筈だった。
(なんだか、いつもと様子が違う様な………)
このまま立ち去っても良かったのだが、シアはついつい立ち止まってナグモを観察してしまう。以前は他人を見下して近寄りがたいオーラを出していたナグモだが、今はなんというか角が取れた様に刺々しい雰囲気が無くなっていた。それが不思議で、何よりナグモはどこか元気無さそうに見えた為に少し話してみようとシアは思っていた。
「ニュースで聞きました。数日後、邪神エヒトルジュエの軍勢と戦う事になるって」
ああ、とナグモは短く答える。魔導国の住民にもエヒトルジュエが攻めてくる事は伝えられていた。もっとも、その内容はナザリックが都合の良い様に偏向報道したものではあるが。
「きっと大変な戦いになりますよね。でも、今こそアインズ様やナグモ様に受けた恩をお返しする機会です! 私も微力ながらお力添えするですよ!」
「ふん、僕より弱いお前に言われてもな」
「うっ………すいません」
シュンとウサミミを萎れさせるシア。それを見たナグモは溜息を吐きながら、少し口調を和らげた。
「余計な心配はしなくていい。こちらも邪神を倒す手立てが無いわけじゃない。お前達は今まで通り、アインズ様を信じて戦えば良い」
「はい! これはアインズ様がトータスに平和をもたらす聖戦ですよね! エヒトルジュエや邪教徒達なんかに負けませんよ!」
威勢良く返事するシアだが、その言葉にナグモは少しだけ眉を顰めた。
現在、魔導国の国民はアインズに対して絶大な忠誠を誓う様に教育されている。その方が都合が良いとナグモも思い、ラジオ放送に混ぜて深層意識に働きかける音波を流していた。
だが、そのせいで国民はアインズに対して狂信的な信仰を捧げている言動が見えてきていた。以前ならば、それで良いとナグモも問題に思わなかったのだろう。しかし、アインズの真意を知った今、これはアインズ―――ましてやじゅーるを含めた至高の御方達が望んでいた国と言えるのだろうか。こんなエヒトルジュエのやり方を真似た様な国など、アインズを含めて誰が喜ぶというのか。
「………全く以て見当違いな事をしていたわけか」
「何です?」
「別に。勝った後でもやる事が山積みだと再認識しただけだ」
首を傾げるシアに適当な返事をしながらナグモは再度溜め息を吐く。それこそデミウルゴスの事を全く責められない。ナグモも、そしてナザリックの全員がアインズの真意を確かめる事もせずに今の状況を作り出したのだから。
「帰る。考えてみたら黄昏れてる場合じゃなかった」
唐突に話を打ち切ってナグモは立ち上がる。
戦後処理、魔導国の国民意識の再改革、ミキュルニラが残した都市計画の引き継ぎ………今度こそアインズやじゅーる、そして逝ってしまったミキュルニラに胸を張って見せられる様な国にする為、ナグモがやる事は山の様にあった。
そうして立ち去ろうとするナグモに「あ、あの!」と声が掛けられた。
「その………またミキュルニラ様とお店をやって下さいです! 私は買いに行きますから!」
瞬間、ナグモは立ち止まった。シアの言葉に深い意味は無いだろう。いつかのポップコーンの屋台の時の事を思い出して、そう言っただけだろう。あるいは元気が無さそうなナグモを少しでも気遣おうと彼女なりに気を利かせたのか。
「ミキュルニラは………」
ナグモはシアに振り向かず、ゆっくりと口を開く。
「ミキュルニラは………少し、遠くに行った。今後、僕が店の売り子をやるかは不明だ」
ミキュルニラの死はまだ魔導国で公式発表されていない。アルベドが乱心して殺したという真相を国民達に知られるわけにいかないし、ましてや今はエヒトルジュエとの戦いを控えているのだ。魔導国軍の士気にも関わる為、仮にミキュルニラの葬儀をやるとしても全てが終わった後になるだろう。
「そう、ですか………」
言葉を濁したナグモだが、それでもシアは何かを察した様だ。それ以上はナグモに何も聞かなかった。
「ナグモ様」
それでも、せめてナグモの背中に声を掛ける。自分を取り巻く環境を変えてくれた恩人を元気づけたくて。
「元気出して下さいね!」
ナグモは答えず、肩越しに手を上げただけに留まった。だが、シアの気持ちを確かに受け取った姿は以前の“人間嫌い”からは考えられなかった。
そうしてナグモが立ち去り、シアは思う。きっとミキュルニラとはもう会う事はないのだろう。その事をナグモは悲しんでいたのだ。
(あの人にはミキュルニラさんがいなくなった分も幸せになって欲しいですぅ……でも………)
かつて見た未来を思い出してシアは暗い気持ちになる。
それは多くの人間を殺して笑う香織を見てナグモが泣き崩れるという
(せめて……せめて、ナグモ様に幸せな未来を………!)
だからこそ、シアは縋る様に再び“未来視”を行った。
かつてナグモの悲惨な未来を見て以来、以前の様に興味本位で使うのを止めた力。
それでも今この瞬間、せめて彼に幸せな未来が見えます様にと祈る様に。
そして―――その祈りは、あっさりと無駄となった。
「あ、ああ……そん、な………っ!」
クラッとシアは倒れそうになる。手から買い物袋が滑り落ち、地面に転がったが気に掛ける余裕など無かった。
未来は変わっていた。かつての様に、知らない少年少女の死体の中心で微笑む香織の映像は無い。
その代わり――――視えたのは更に絶望的な未来。
あれは……香織なのだろうか? そう思ったのは、香織の面影を一応は判別できる姿だったからだ。
だが、“未来視”の映像で見えたその姿は、シアには女性の上半身を乗っけたクジラの怪物の様も見えていた。
そして―――“未来視”の中で、ナグモは
「ナグモ様っ………!」
前にシアが“未来視”をした時の展開は、実は伏線とか深く考えずに書いて後で直したくなりました。そんなわけで香織が血塗れダンスを楽しみにしていた方は申し訳ないけど変更させて貰いました。
ほら、ナグモはピノキオがモチーフだし? それならクジラに食われておかないと(2525)