いやほんと、何で仕事に専念しないといけない時ほど筆が進むんだろうね?(現実逃避)
「———面を上げよ」
『はっ!』
ナザリック地下大墳墓・第十階層。玉座の間でモモンガは階層守護者達を集めていた。一糸乱れぬ姿で整列し、跪拝する守護者達にモモンガは頼もしさと同時に、もっと気楽にして良いんだけどなあ、と栓のない事を考えていた。
「さて、ナグモよ」
「はっ」
居並ぶ異形達の中で唯一の人間NPC———ナグモがモモンガの前に進み出た。彼の顔は彫刻で出来ているかの様に表情が無く、目には何の感情も浮かんでいない。
(……何か前より表情が硬くなった様な? いや、前からこうだっけ? 俺が言えた義理じゃないけど、無表情だからさっぱり分からないや……)
骸骨顔の自分よりはマシなんだろうけど、とモモンガは思いつつも支配者としての威厳を取り繕いながら目の前のNPCに話し掛ける。
「ナグモよ。まずは長期の任務、御苦労だった」
「……身に余る光栄です」
「うむ。それで、シャルティアから聞いたが、人間達の前から姿を消す時に予定外の事が起きたらしいな」
「………………」
あ、あれ? 何か聞かれたくない事だった? と内心で焦るモモンガに代わり、横に控えていたアルベドがナグモに向かって目線を少し鋭くした。
「ナグモ? 至高なるモモンガ様がお聞きしているのよ? 素直に答えなさい」
「……承知致しました」
ナグモが顔を上げる。相変わらず、その表情は微動だにしない。
「お話し致します。あの日、何があったのか———」
***
「———という次第でありまして、人間達へナザリックの存在が露見する可能性を考慮し、また奈落へ身を投げた様に見せかけた為に死亡偽装は十分と判断。ナザリックへの撤退を決断致しました」
ナグモはあの日にあった事を話した。
勇者一味の一人の迂闊な行動で転移トラップが発動したこと。
転移した先にナザリックのシモベに酷似したモンスターがいたので、それがモモンガの仕掛けた物だと勘違いしたこと。
やむを得ず、戦闘を開始したこと。
———その結果、勇者一味の一人が死亡したこと。そして、その責任はナグモにあるとして、更には勇者達から魔人族の裏切り者という汚名を着せられて糾弾されたこと。
その後、自分は責任を感じて自害した様に見せかけ、シャルティアと合流したら連れていたシモベが予定とは違ったので撤退を優先した。
その様に話した。
「シャルティア、あんたって奴は………」
ダークエルフの少女、アウラが呆れた様にシャルティアを睨む。
「に、人間達にはバレてないからセーフ! セーフでありんす!」
「いや、ナグモがフォローしたからどうにかなっただけで、完全にアウトでしょ。というか、モモンガ様の御話をちゃんと聞いてなかったわけ?」
「うっ……も、もちろんちゃんと聞いていたでありんす! これはそう……ちょっとしたケアレスミスでありんす!」
そうは言うものの、守護者達の目線は冷たい。彼等とてシャルティアの性格は知っているが、それとこれと話は別だ。至高の御方の御言葉を聞き違えるなんて……と非難の目線がシャルティアに突き刺さる。
「静かになさい、シャルティア! 至高の御方の御前である!」
カン! と手にした“真なる無"で床に突き、守護者統括のアルベドが一喝する。
「御方の御言葉を聞き違えるなど、言語道断! ナザリックの守護者にあるまじき失態としれ!」
「うっ………」
「それとナグモ、お前もモモンガ様の御立案された作戦から外れた行動、目に余ると知りなさい!」
「……返す言葉も無い」
ナザリックの者には淑女然とした姿を見せるアルベドだが、この時ばかりは厳しい。最高支配者であるモモンガの思惑から外れた行動を取った二人をどう処断すべきか問おうと振り向き———そこでモモンガが小刻みに震えている事に気付いた。
「モモンガ様?」
アルベドが不審に思って問いかけるが、モモンガは答えない。
モモンガはゆっくり深呼吸する。精神が沈静化される。深呼吸する。沈静化される。深呼吸して———限界だった。
「———クズ共があああああぁぁぁあああっ!!」
激昂と共にモモンガから黒いオーラが吹き出す。黒いオーラは嵐となって周囲に吹き荒れて、居並ぶ守護者達は主の怒りを恐れて一斉に平身低頭した。
「も、申し訳ありません!」
いつもの廓言葉を捨て、シャルティアが恐怖に震えながらモモンガに願い出た。
「至高の御身の御機嫌を損ねたのは私の不徳の致すところ! すぐに自害してお詫び申し上げます故、どうか怒りをお沈め下さいませ!」
ガタガタと死人の如き真っ白な肌を更に血の気を無くしながら、シャルティアは必死にモモンガへ詫びる。
「ああ、違う。違うんだ、シャルティア。お前達に怒ったんじゃない」
そんな姿を見て、モモンガはようやく精神の沈静化が追い付いていた。
「ナグモを糾弾した人間達があまりに身勝手過ぎて、腹を立てただけだ。怖がらせてしまってすまない」
「モモンガ様、僭越ながら申し上げます。御命令さえ頂ければ、至高なる御身の御気分を害した下等生物共を誅殺して参りますが」
スッとナグモに代わってハイリヒ王国の情報収集担当となったデミウルゴスが申し出る。
「………………」
だが、モモンガは少し考える素振りを見せると手を横に振った。
「いや———デミウルゴスはあくまで情報収集に留めよ。勇者には直接手を出さなくて良い」
「? しかし、」
「勇者には私自らが赴く」
ざわっ、と守護者達が色めき立つ。至高なる御身が直々に手を汚すくらいなら、自分達が代わりにやる。そういう感情が込められた騒めきだったが———。
「……なるほど。そういう事でございますか」
「? う、うむ! 理解したな、デミウルゴスよ!」
デミウルゴスが眼鏡をクイっと上げながら頷くのを見て、モモンガは慌てて支配者ムーブで頷く。詳しい理由を聞かれない内に、ここは押し切る所だと判断した。
「とにかく、勇者には私自らが対峙すると決めた。異論は許さん」
「畏まりました、モモンガ様。至高なる御自らの手にかかって死ぬなど、下等生物には過ぎた恩寵だと思いますが」
デミウルゴスが下がったのにホッと胸を撫で下ろしながら、モモンガはナグモへと目を向ける。
「ハァ……ハァ……ハァ……!」
「あー……ナグモよ。私はお前にも怒ってないぞ? だから落ち着いて息を整えていいぞ?」
「申し……訳、ありま……せん……お見苦しい、所を…お見せ、して……」
モモンガの怒りを勘違いしたのか、ナグモは顔を土気色にして息を荒げて平伏していた。その姿は死刑を目前にした罪人の様で、モモンガは今更ながらさっきのは大人気ない態度だったと後悔する。
そして、それはそれとして言わなくてはならない事があった。
「ナグモよ」
いまだに呼吸を必死に整えているナグモに———モモンガは頭を下げた。
「……すまなかった」
「え…………?」
「な! モモンガ様!?」
『お、お顔をお上げ下さい!』
モモンガを頭を下げた事で、場が騒然とする。アルベドは驚きのあまり杖を取り落としそうになり、デミウルゴスはモモンガ相手には効果が無いと理解しながらも“支配の呪言"を使って止めさせ様とした。
しかし、モモンガはナグモに頭を下げたまま話し出す。
「今回の調査任務、ナザリックで唯一自由に動ける人間であるお前が適任と考えて送り出したが、まさか勇者と呼ばれる人間達がここまで性根の悪い連中だったとは予想外だった。ただひたすらお前を苦しめるだけの任務となった事を謝罪させて欲しい」
「何を仰いますか! 至高なる御身が頭を下げる事など、何一つありません!」
「そうです! 悪いのはモモンガ様を不快にさせた人間達です!」
「ぼ、ぼくもお姉ちゃんと同意見です!」
アルベドの言葉にアウラとマーレが追従するが、モモンガは頭を上げない。アルベドはキッと目を見開いて固まっているナグモを睨む。
「ナグモ! 貴方からも言いなさい! モモンガ様が謝罪される事など、何一つ無いと!」
その言葉にナグモはようやく動き出した。いつもの無表情のまま、静かに話し出す。
「頭をお上げください、至高の御方。貴方が僕に謝られる事など、何もありません」
「むぅ………しかし、」
「それに———人間達から言われた事など、何一つ気にしてはおりません」
うん? とモモンガはようやく顔を上げてナグモを見た。ナグモは石膏で固められたかの様な表情のまま、とつとつと語り出す。
「僕は人間が嫌いです。同族ではありますが、じゅーる・うぇるず様に御創りして貰った僕と彼等は違う生き物………そう認識しております」
吐き捨てる様にナグモはそれは口にした。
「有象無象の人間など、大嫌いです。関わりたくないし、関わって欲しくもない。彼等から離れられて、清々としました」
***
「最悪だ………」
玉座の間を後にしたモモンガは、自室でベッドに倒れ込んでいた。何故かフローラルな香りがしたが、今はそんな事を気にしてはいられなかった。
「最悪だよ、本当………」
重い溜息と共に枕に頭を押し付ける。最悪最悪と尚もぶつぶつと呟く。ナグモを糾弾した人間達に———ではない。
「最悪のクソ上司じゃん、俺………」
先程の謁見を思い出して、深い溜息をついた。
「ナグモが人間嫌いという設定は知ってたけどさ、まさかあそこまで毛嫌いするレベルだったのか……こんなの嫌な仕事を押し付けただけじゃん。ナグモのあの顔……絶対、内心でキレてるかも」
モモンガの脳裏に鈴木悟だった頃の思い出が甦る。嫌な仕事を全部部下に押し付け、挙句の果てに自分の思った通りの結果にならないと部下へ当たり散らす最悪な上司が別部署にいた。それを見る度に、仮に自分が出世してもああはなるまいと心に決めていたが、いまモモンガがやった事はそれと何も変わらない気がして自己嫌悪に陥っていた。
「こんなのクレームが来ると分かり切った現場に放り込んだ様なもんじゃん……いや、じゅーるさんを馬鹿にした高校生がいた時点でさ、ナグモにとっては罰ゲームみたいな現場だとは思ったよ? でもここまでアレな連中の集まりだとは思わなかったんだってば……というか何なの奴等? コウコウセイ、という名前のDQNギルドだったの?」
あー、うー、と唸りながら足をバタバタさせるDQNギルドの纏め役(ユグドラシル掲示板調べ)。そんな風に際限ない自己嫌悪に陥っていると、ようやく精神の沈静化が働いて冷静になった。
「それにしても勇者の……天之河光輝だっけ? 何でナグモを裏切り者だと見抜けたんだ?」
玉座の間で聞いた時から疑問に思っていた事を口にする。
「魔人族の、というのが唯一間違っているけど、そんな突飛な発想が急に出てくるわけないよな? まさか……最初からナグモを疑っていたのか?」
有り得そうな話だ。聞けば、光輝は負け続きにも関わらず、何度もナグモに模擬戦を申し出たそうだ。普通に考えて、負けると分かる試合を繰り返すだろうか?
「何度も模擬戦をやったのは……ナグモの実力を測るため……?」
アインズ・ウール・ゴウンの諸葛孔明ことぷにっと萌えが、わざと何度も負ける事で敵を油断させ、手の内を調べ尽くしてから反撃するという戦術があると言っていた気がする。ナグモは知らず知らずのうちに光輝に手の内を晒されて、彼が自分達の仲間ではないと見破られたのではないだろうか? そして信頼できる仲間達と結託して、ナグモが孤立無援となる様に仕向けたのではないか?
「もしそうなら、危険だな。頭が回り、しかもいざとなったら仲間を切り捨てて、その罪をナグモに被せる。冷酷で優秀な策略家だな」
モモンガは敵を過小評価などしない。自分こそが強者だと驕った結果、敗れたプレイヤーを何人も見てきた。彼の中で光輝はぷにっと萌え並に優れた軍略家だと情報が更新される。
「そうなるとナグモが送ってくれた勇者達のステータス情報も当てにならないかもな。疑っている相手に素直にステータスがバレる様な真似は避けるだろうし……そもそもステータスプレートは<虚偽情報>で簡単に書き換えられるんだ。勇者達も同じ事が出来ない、なんて考えるのは愚かだな」
何より、相手は世界を救う勇者として異世界の神に召喚された人間。そんな人間が並の強さなわけがない。増してやここはユグドラシルの常識が通用しない異世界なのだ。そうなれば勇者達の実力も、もしかしたらモモンガどころかワールドチャンピオンだったたっち・みーをも上回るかもしれない。その推測にモモンガは背筋を凍らせた。
「油断は禁物だ……俺が絶対の強者なんて考えは捨てろ。勇者と戦う時が来たら、NPC達には任せられない。俺が直接相手しないと駄目だ」
彼等とてモモンガと同じレベル100。だがその事実はユグドラシルの常識が通用しないトータスでは些か頼りなかった。かつての仲間達が残してくれた大事な
「もう同じ地球出身だから、なんて甘い事は言ってられない。勇者は、絶対に勝てると確信が出来たら、俺が直接相手する」
それと同時に、再び脳裏に彼等に汚名を着せられた少年のNPCを思い出して申し訳ない気持ちになる。
「ナグモには本当に可哀想な事をしたな……むしろそんな相手に怪しまれながら、よく帰って来てくれたよ。あいつ……怒ってないよね? よくもこんな案件押し付けやがって、クソ上司が! なんて内心思ってたら、どうしよう……」
あの無表情ではモモンガには胸中など推し量る術などなかった。ましてやナグモには人間嫌いの設定があったのだ。彼にとって、この一ヶ月は実にストレスが溜まるものだったんじゃないか? とモモンガは考える。
「もしナグモが何か欲しいとか言ってきたら、可能な限り聞いてあげよ……」
副題は「思い込み勇者、勘違い魔王にロックオンされる」。
というわけで、光輝達はしばらくは生き長らえる事になりました。
良かったですね。
モモンガ様のガチ対策が出来たら、直々に相手をする事になりました。
ヨカッタデスネ!(満面の笑み)