「聞きましたか? あの錬成師、実は魔人族の裏切り者だったらしいですぞ!」
「なんと、それは本当ですかな? いや、子爵殿をお疑いするわけでは無いのですが……」
「いやいや、男爵殿。これが事実なのですよ! イシュタル教皇にエヒト神の御告げが下ったそうなのです。神の使徒達の中に裏切り者の影あり、とね」
「ほう、教会から……だとすれば、それは絶対の事実というわけですなぁ。王国で聖教教会の言葉を疑うのは愚か者のする所業ですからな」
「はは、全くもってその通り。私は最初から怪しいと思っていたのですよ。あの人を人と思わぬ目つき……野蛮な魔人族に与してなければ、あんな目で人を見ませぬぞ!」
「なんと……いやはや子爵殿の慧眼には頭が下がりますよ。私も仮にも神の使徒という事で、挨拶しようとしましたが、あの錬成師は事もあろうにこの私を無視して素通りしたのです!」
「なんと無礼な! まあ、そんな無礼な裏切り者も勇者様が糾弾してオルクス迷宮で身投げした様ですがな。まったく、人族を裏切った者には相応しい末路と言えましょうな」
「ええ、まさに勇者様はエヒト神に選ばれた真の神の使徒ですな」
オルクス大迷宮の悲劇から数日後。ハイリヒ王国の王宮ではナグモが魔人族に寝返っていたという話で持ち切りだった。同時に、人類の裏切り者を糾弾して死に追いやった勇者・光輝を貴族達や教会の関係者は讃えていた。
あの日、迷宮上層への転移ゲートの前で待機していた生徒達は、いつまでも来ないメルドがようやく来て、やっと帰れると全員が安堵した。
『ハジメは……南雲ハジメは、迷宮の奈落に身投げした』
一斉に彼等の顔が凍り付いた。そんな生徒達をメルドは幽鬼の様な顔で見回した。
『お前達……これで満足したか? 皆で根拠のない妄言で責め立てて……戦友を自殺させて、これで満足か!?』
悲痛なまでに義憤したメルドの声に、生徒達は皆、顔を伏せるしかなかった。
………だが、メルドの叫びは届かなかった。
事の次第が王宮に伝わると、王室は蜂の巣をつついた様な騒ぎになった。
今回の迷宮での演習は浅い階層までしか行かないから、そんなに危険ではないだろうと誰もが高を括っていた。それが蓋を開けてみれば、迷宮のトラップに嵌った末に、味方からの誤射で一人が死亡。そして内輪揉めの末にもう一人が自殺するという、とてもエヒト神の使徒として相応しくない結果に終わった。
この事態をどう収束するか? どうすれば、神の使徒という威光を傷付けずに済むか? と悩むハイリヒ王や貴族達。そこへまさに天啓の様に教皇イシュタルから次の様に告げられた。
曰く、神の使徒達の中に裏切り者の影があり。その裏切り者は非戦闘職でありながら、他を隔絶した力を持つ者なり。かの者は魔人族と密約を交わし、魔の力で勇者達を害そうとしていた、と。
驚く王室の面々を前に、イシュタルはいつもの様にエヒト神へ祈りを捧げていたら、エヒト神からの御告げがあったと告げた。その御告げがあった日から教会は独自に神の使徒の裏切り者———南雲ハジメを調べ、彼がいつも図書館の一室に篭って出てこない事や、皆が寝静まった深夜にも活動するなど不審な行動があった事に目を付けていた。
そしてオルクス迷宮へと演習に行った隙に調べた南雲ハジメの部屋や図書館の一室から、魔人族とのやり取りを記した
今の状況で、この出来過ぎた話に違和感を覚えた者はいたが、このハイリヒ王国において聖教教会の言う事は絶対だった。下手に異議を唱えれば今度は自分が異端審問にかけられる事、そして事態の早急的な解決を望んでいた事から次の様に王室は決定した。
召喚された神の使徒の一人、南雲ハジメは自らのステータスの低さから他の神の使徒達に嫉妬して魔人族に寝返った。見返りとして邪神アルヴの力で強大な力を持ち、ある日から突然ステータスが跳ね上がった。
そしてオルクス迷宮で
この
同時に神の使徒達の中で最強
兄貴分であったメルドが居なくなってしまった事に生徒達はショックを受けたものの、大半の者——ナグモを糾弾した生徒達は安堵していた。
見ろ、やっぱり奴は裏切り者だった。白崎さんが死んだのはあの裏切り者のせいだ。あの時、皆で責めたのは間違いじゃなかったんだ。それで奴は勝手に飛び降りた。自分達はそんな事をしろとは一言も言ってない。そうだ、だから自分達は悪くない………。
そう思い込む事で、彼等は自分達の誤射で香織を殺してしまったかもしれないという事実と、嫌われ者とはいえクラスメイトだったナグモを自分達が自殺に追い込んでしまったかもしれないという事実から目を逸らす事が出来た。
***
「う、ん………」
「雫様!? 良かった、目をお覚ましになられたのですね!」
雫がボンヤリと目を開けると、そこは見慣れた王宮の自室だった。すぐ側には王宮から雫付きの
「ニア……? ここは……王宮?」
「はい! 雫様は五日間も御眠りになっていたのです!」
「五日間? どうしてそんな……」
そこまで言い掛けて、雫は思い出してしまった。自分が意識を失う前に何を見てしまったか。
「ニア、香織は……? 香織は何処にいるの?」
ニアは即座に沈痛そうな表情になった。その顔に雫は現実を認めたくなくて、次々と喋り出す。
「……嘘、よね? 私が気絶している間に香織も助かったのよね? 香織は? 香織は何処? きっと南雲君の所よね? あの子ってば、最近は南雲君の話しかしないんだもの。惚気話に付き合わされるこっちの身にもなりなさいよ、って一度ガツンと言わなくちゃ」
ナグモの名が出た途端、ニアの顔がさらに引き攣る。どう言うべきか躊躇してしまい、その隙に雫はベッドからパッと起き上がって部屋から出てしまった。
「雫様!? お待ち下さい!」
後ろでニアが叫んだが、雫は脇目も振らずに走り出していた。
(きっと二人は一緒にいる筈よ。香織は最近、南雲君にべったりだったんだからっ)
五日間も飲食を取らずに動かさせなかった体は悲鳴を上げたものの、雫はその悲鳴を無視してフラつきながら王宮図書館を目指す。
(前に香織は言っていたわ、南雲君とは図書館の秘密の場所で会ってるって。香織ってば、私が寝ている間もイチャイチャするなんて……会ったら絶対に文句を言ってやるんだからっ)
鬼気迫る顔で駆けていく雫にすれ違った使用人達は怯えた様に後退りしながら道を譲る。そして雫は図書館に着いた。乱暴にドアを開け、それに対して図書館の職員が文句を言ってきたが、それらすら耳に入らず、雫は目的の小部屋に向かって一直線に走っていく。
(絶対に……絶対に、会って文句を言ってやるんだから……!)
ああ、だから、香織は絶対にあの部屋にいる筈だ。きっと突然入ってきた自分を香織は驚いた顔で見つめ、その隣にはあの他人嫌いな男子がいつもの様な無表情で煩わしそうにジトッとした目で見てくるのだろう。そうしたら自分の親友に言ってやろう、見舞いにも来ないで意中の人とデートとか良い度胸じゃないか、と。ああ、だから、だから、だから———!
そして、目的の部屋のドアをパッと開け———誰も居ない空間が雫を出迎えた。
「あ……あ、ああ………!」
茫然自失となる雫。しばらくすると、その後ろから複数の足音が聞こえてきた。
「雫! 良かった、目を覚ましたんだな!」
「光、輝………?」
そこには自分の幼馴染
「ニアさんから聞いて、驚いたよ。でも駄目じゃないか、病み上がりなんだから急に動き出すなんて。さあ、俺が部屋まで送るから一緒に」
「光輝……香織は……南雲君は何処?」
ペラペラと喋り出す光輝の言葉を遮る様に雫は低い声を出した。その鬼気迫る様子に他の面子が気圧される中、光輝は雫の様子に気付かずに顔を顰めた。
「なんで雫まで、あんな裏切り者なんかを……。まあ、いいや。雫、落ち着いて聞いてくれ。南雲は魔人族の裏切り者だったんだ」
「南雲君が裏切り者……? 何を、何を言っているの?」
「信じられないかもしれないけど、事実なんだ。イシュタルさんがそう言っていたんだ」
雫はぐるりと他のクラスメイト達を見回したが、皆気不味そうに目を逸らすだけだった。そんな中、光輝は何故か得意げに語る。
「でも安心してくれ! 南雲はもう俺達で追い払ったんだ! 奴は奈落へ飛び降りて逃げ出した! だから雫も身体が治ったら———安心して香織を助けに行こう!」
瞬間。頭を強く殴られた様な衝撃を雫は感じた。
「なに………言って、るの?」
「香織はきっと迷宮の底で生きてる! 俺はそう信じてるから雫も諦めたら駄目だ! いや……もしかしたら南雲の奴も飛び降りたと見せかけて、本当は香織を攫う為にしぶとく生きてるのかもしれないな。うん、きっとそうだ! 何せ魔人族なんかに与してステータスを不正に上げていたんだ、それくらいはやってくるかもしれない。でも大丈夫だ! 俺が必ず香織を救ってみせる! だから雫も安心して———」
プツン、と雫の中で何かが切れた。
「ふざけるなああああぁぁぁああっ!!」
未だに根拠のない妄想をベラベラと喋り出す光輝を雫は押し倒し、その喉を渾身の力で締め付ける。
「ぐっ、げ……じ、ず、ぐ……?」
「お前があああああっ! お前のせいで香織があああああっ!」
「お、おい、何してんだよ! 雫!」
「シズシズ、止めて!」
龍太郎や鈴などその場にいたクラスメイト達が慌てて光輝の首を絞める雫を引き剥がす。
「離せ! 私に触るな! 離せ、離せえええええっ!!」
彼等に取り押さえられながらも尚も雫は暴れる。何が起きたのか分からず、呆然と尻餅をつく光輝を他所に何事かと見ていた図書館の職員達は慌てて騎士達を呼びに出て行った。
———そして彼等は気付かなかった。本棚の陰で、シャドーデーモンが人間達の醜態を嘲笑う様に身をくねらせていた事に。
***
オルクス迷宮の奈落の底。
ここに、一匹の魔物がいた。この魔物を仮に二又狼と呼ぼう。二又狼はこの奈落の中では最弱クラスに位置する魔物だった。そんな二又狼達が生きているのは、彼等には“纏雷"という固有魔法がある事、そして集団で狩りを行う習性がある為だ。
しかし、迷宮で一匹でいるのは群れの中では落ちこぼれに分類される個体だった。彼はいつもボス達が仕留めた魔物を腹一杯喰らい付いた後に、ようやく残飯にありつける有り様だった。その日、空腹感から二又狼は危険と承知しながら単独で狩りに出た。自分が獲物を仕留めれば、腹一杯に喰えると信じて。
「グルルル……?」
ふと、二又狼の鼻に僅かに鼻につく臭いがした。
これは肉の臭い……しかし、腐り始めているか?
フンフン、と地面に伏せて臭いの元を探そうとした。もう空腹感も限界だった、この際、死体でも僅かに喰える所があればそれでいいと二又狼は辺りに漂う腐臭に鼻が詰まる思いをしながら探し出した。
その時———突然、背後で音がした。
素早く振り向いた二又狼の目に、彼の生涯で見た事の無い魔物が襲い掛かって来るのが見えた。この一辺のボスである
「ああああああっ!!」
グシャ。二又狼の頭に今まで感じた事の無い痛みが奔る。それが持った石で殴られた痛みだと、自分の爪や牙以外の道具を使った事の無い彼には分からなかった。未知の鈍痛に怯む彼に対して、襲ってきた魔物は強い力で首を絞めてきて、尖った石を何度も何度も頭に向かって振り下ろす。
「グ、グルアアアアァァアッ!!」
頭から血を流しながら朦朧とした意識で二又狼は振り解く為に“纏雷"の固有魔法を使った。身体に電流が流れ、彼の経験則ならば相手は倒れるとは言わずとも怯んで離れる筈だった。
「………っ!」
だが、その魔物は手を離さず、また石を振り下ろす手も止めなかった。まるで
「うう、ああああああああっ!!」
一際大きく振り被って降ろされた石の尖った部分が、とうとう二又狼の眉間を貫いた。脳天を貫かれ、二又狼はビクンと痙攣してそれきり動かなくなった。
「ハァ、ハァ……勝った……」
魔物———香織は、荒い息で溜息をついた。返り血で水色を基調とした法衣と両手はべっとりと汚れたが、そんな事は気にしていられなかった。
「食べ、ないと……」
香織は
二又狼を仕留めた場所から十分に離れ、周りに他の魔物がいない事を確認した香織は———そのまま二又狼の死体に齧り付いた。
バリ、ボリ。迷宮に香織の咀嚼音だけが響く。
火を焚く事は出来なかった。焚き火が原因で、別の魔物を誘き寄せてしまったから。だから香織は仕留めた死体を生のまま、そして別の魔物達に気付かれない内に素早く食べるしか無かった。それでも問題は無い。何故なら———こうして食べていても、何の味もしないのだから。
「っ……う、ううっ……」
だが、香織の精神は別問題だ。食器も使わず、獣の様に魔物を貪っていると、自分が人間でなくなった事を尚更に自覚する羽目になり、香織は泣きたくなる程に惨めな気持ちになった。
そして、そんな香織をさらに追い詰める出来事が起きる。
「あ、あ、あ……っ」
メキメキ、と音を立てながら香織の肉体が変化し出す。元から身体に走っていた赤黒い線が脈打ちながらさらに広がっていく。同時に腐敗して剥がれ落ちそうだった皮膚が真新しい皮膚へと置き換わっていく。
ただし……皮膚の色は生者の物とは思えないほど青白く、赤黒い線に覆われていたが。
「良かった……これで、また少し保っていられるよね……?」
新しく生えた皮膚を見ながら、香織は両手を抱きしめる。
爪熊に切り落とされた筈の腕は———毛むくじゃらで、狼の手を無理やり人間の形にした様に歪だった。
香織がそれに気付いたのは、自分が恐ろしいアンデッドに変貌した事に絶望した次の日だった。眠る事も出来ず、岩場の物陰でひたすら泣くしかなかった香織が足に違和感を感じてふと見ると、そこには蛆が湧いていた。半狂乱になりながら足を掻きむしると、まるで腐った桃の様にズルリと足の皮膚が剥がれ落ちたのだ。
そして香織は自覚してしまった。自分の身体は、時間が経つ毎に崩れ落ちていくのだと。
(嫌だ……嫌だ! 死にたくない……消えたく、ないよぉ……!)
絶望に震えながら、それだけを強く思うしかなかった。だが、身体を治すのに回復魔法は使えない。もはや自分の身体が回復魔法を受け付けない事を香織は本能的に悟っていた。そうして半狂乱になった香織の脳に、ある考えが本能的に浮かんだ。
自分の身体は魔力が足りなくなって、崩れ落ちそうなのだ。だから、自分の身体を保ちたいなら魔力を外部から取り入れなければならない。例えば———魔石ごと魔物を喰らう様な方法で。
……もはや、絶望で香織には正常な思考は残されていなかった。あるいは身体が
最初の内は魔物に返り討ちに遭っていた。しかし、香織の腐敗した身体は魔物達には魅力的に映らなかったのか、倒した獲物を見ても臭いを嗅ぐと魔物達はそっぽを向いて立ち去った。そうやって何度かのトライ&エラーを繰り返し、香織はどうにか魔物を仕留める事が出来る様になっていた。
そして魔物の肉を喰らい、はたして香織の望み通りに身体の崩壊は止まった。そしてそれは………香織の身体がさらに人外へと変貌する事を意味した。最初に肉を喰らった時、ドクン! と動かなくなった心臓が再び動いた様な気配と共に身体の変貌が始まった。メキメキと自分の身体が軋む感覚に吐き気を覚えていると、失った筈の腕が生え始めた。ただしそれは、喰らった魔物の肉体の様で歪な形だった。
……それでも肉体は再生出来た。その事実に縋って、香織は狩りを続けるしかなかった。さらには喰らった魔物の強さを取り込んでいるのか、魔物を喰らう毎に狩りに苦労する事が無くなって来ていた。
「う、うう……」
……段々と化け物じみていく身体と引き換えに。
「あ、ああ、ああああああっ!」
再生し、爬虫類の様に虹彩が縦長くなった左目から涙が溢れる。唯一、人間らしい名残りがある右半分の顔も悲痛に歪んだ。
(どうして? どうして私がこんな目に遭わないといけないの?)
自分が考えなしに戦争に参加するなんて言ったせいだろうか? それとも雫やナグモの忠告を聞かずに迷宮に行ったせいだろうか? 香織の中で、何故、何故、という思いがグルグルと回る。
ステータスプレートは怖くなって捨ててしまった。もしも自分の天職に「魔物」なんて書かれていたら、本当に人間で無くなってしまった事を認めなくてはならない気がしたのだ。
「帰りたい……地球に、家に帰りたい……! お父さん……お母さん……!」
優しかった両親の姿が思い浮かぶ。だが、自分の新しく生えた左腕を見て香織の顔が更に歪んだ。
(駄目……帰れない……! こんな……こんな化け物みたいな身体で、どうやって地球に帰れば良いの?)
もはや両親ですらも、自分が実の娘だなんて気付いてくれないかもしれない。それを想像して、香織の心が絶望一色に染まる。
(私が……私が悪かったの……? ナグモくんや雫ちゃんの忠告を聞かなかったから? 皆を戦争に巻き込んじゃったから?)
クラスメイト達の姿を思い浮かべる。
……ナグモに向かって、悪意のある魔法を放った誰かの姿が頭に浮かんだ。
(でも……私がこんな目に遭う理由なんて無い! そもそも南雲くんを殺そうとする人がいなければ、私は奈落に落ちなかった!)
誰かは分からない。だが、クラスの大多数が光輝がナグモを懲らしめると言った時に歓声を上げていた。その事を思い出し、香織の中で怒りが荒れ狂う。
(光輝くんが……天乃河くんがメルドさんの指示に従っていれば、こんな事にならなかった! 坂上くんが煽らなければ、こんな事にならなかった! 檜山くんが不用意にトラップを発動させなければ、こんな事にならなかった! あの人達が———あの
かつての香織なら、こんな八つ当たりじみた思考などしなかっただろう。だが、クラスメイト達から常日頃から受けていたストレス、誰もいない奈落で日々化け物へ変わっていくというストレスが、二大女神の片割れなどと呼ばれていた少女の心をドス黒く染め上げていく。
その姿はまさしく、生者を呪う亡者の様だった。
だが………。
「雫、ちゃん………」
自分の親友の姿が思い浮かぶ。苦楽を共にし、自分の理解者だった彼女は光輝達に苦しめられて無いだろうか? こんな化け物みたいな自分を、彼女は気付いてくれるだろうか?
そして………。
「南雲、くん………」
いつも無愛想で、無表情な男の子の姿が思い浮かぶ。他人が嫌いという態度を隠さなくて、自分の相談相手になってくれて、虐められていたら普段の姿からは想像出来ないくらい怒って自分を助けてくれた。似合わない熱弁までして、自分を抱き締めてくれた彼を思い出して、香織は涙を流した。こんな風になってしまった自分でも、彼は変わらずに抱き締めてくれるだろうか?
「会いたいよ……会いたいよ……南雲くん……南雲、くん……!」
まだ赤黒い線に覆われていない顔の右半分から涙を流して、香織はさめざめと泣いた。
その泣き声は———まるで墓地に寂しく吹く風の音の様だった。
***
「えっと……これが、今回採取できた薬草です……」
「……そうか。なら、これとこれは僕の方で調べる。残りはお前の指導の下、スタッフ達に調合配分を変えながらポーションを作る様に指示しろ」
「は、はい……あの、しょちょ〜?」
「……何だ?」
「しょちょ〜は……その薬草で作ったポーションを、ちゃんと動物実験に使ってますよね……? ご自身で、実験に使っていたり……しないですよね……?」
「……当然だ。もういいか? お前も、即座に仕事に取り掛かれ」
心配そうな顔をするミキュルニラに背を向けて、ナグモは所長室の個人実験室へと入る。薬草を擦り合わせ、目当てのポーションをすぐに作り上げた。
(何も……問題無い……)
自分の錬金術師としてのスキル———創作者であるじゅーるによって、デザインされたスキルに何の不備も無い事を確認しながら、ナグモはポーションを注射器に入れていく。
(問題など無い……僕は、じゅーる様に創られた通りに動いている。だから……問題など、有り得ない)
そして、注射器を自身の腕に刺す。ポーションの効能が静脈を駆け巡り、即座に全身へと行き渡っていくのを感じた。
同時に、心が冷えて思考は冴え渡り———胸の痛みが収まっていく。頭に浮かんでいた人間の女の顔が、薄れていく。
(そうだ……僕はナグモ……栄えあるナザリック地下大墳墓の第四階層守護代理にして、ナザリック技術研究所の所長……人間を嫌い、人間に対して同族意識も同情も……何の感情も持たない人間)
ポーションの効果や作用するまでの時間などをデータに纏める。
(だから……自分には、何も問題ない)
そう言い聞かせて、ナグモは纏めていたデータファイルを閉じた。
……ドクターとしてのスキルが、投与した量も頻度も常軌を逸脱していると告げている事に目を背けながら。
>ハイリヒ王国
聖教教会の傀儡なので、かなり内面は腐ってます。
……ところで王国滅亡とかにならなければ、軟化したと言えるよね?
>メルドさん、クビ
そりゃあね。原作みたいに落ちたのは無能だから、まあいいやとはならないです。再登場させるかは未定です。見方を変えれば、この時期に王都から離れられて幸運と言えるでしょう(笑)
>光輝
書いてみると本気で難しいキャラです。最初は正義を盲信して自己中な言動をさせれば良いかと思っていましたが、「いや、御都合主義でもこんな風に考えられる?」と思う様な言動を考える必要があるので。とある作家さんの考察は大変参考になりました。
>この時のモモンガ様
デミ「……という様に、ナグモの死亡は処理されたそうです。いやはや、下等生物達の愚かさは私の予想を上回りましたよ」
モモンガ(王国にワールドアイテム級の反撃手段がある可能性、勇者対策がまだ万全じゃない事などを思い浮かべて、キレたいのを我慢して沈静化が連続している)
デミ「自称勇者の持論など笑えましたよ」
モモンガ(!? ナグモの偽装死も見抜いているのか? やはり……危険な奴!)
こんな遣り取りがあるとか無いとか。
>香織の現状
簡単に言うとアンデッド・キメラ状態。既に死亡しているので魔物肉を喰らって身体が崩壊する事は無かったですが、神結晶による再生が無いので喰らえば喰らうほど、魔物の能力やステータスと一緒に外見まで取り込んでるみたいな感じです(この設定は後で変えるかも)
強いて良かった探しをするなら……ユグドラシルにこんなモンスター、多分いない。
>ナグモ
ヤク中状態です、はっきり言って。何でそこまで認めたがらないかは、後々書いていきます。
次回はナザリックで珍しくカルマ値プラスなあの人が登場予定です。