ありふれてないオーバーロードで世界征服   作:sahala

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 さて、そろそろ救済パートに入ります。これは前準備的な感じです。


第二十一話「在り方が崩壊する時」

「………」

「しょちょ〜?」

「………」

「しょちょ〜!」

「………」

「しょちょ〜ってば!」

「………何だ? 騒がしい」

「もう! さっきから呼んでたじゃないですか〜!」

 

 ミキュルニラの声に、ようやくナグモはガルガンチュアのメンテナンスパネルから顔を上げて振り向いた。

 

「シズちゃんが来ましたよ、って。今日はシズちゃんの定期メンテナンスの日ですよ〜」

「……ああ、そうだったな」

 

 頭の中でスケジュールを確認すると、確かにその通りだった。その事を失念していた自分に対してナグモは溜息を吐きながら、コメカミをトントンと叩く。

 

「あの……しょちょ〜? お身体の調子が良くないんじゃないですか? シズちゃんには、また今度来て下さいってお伝えした方が」

「いや、不要だ。すぐに行く」

「でも………」

 

 まだ何か言いたそうなミキュルニラの目線から逃れる様にナグモは歩き出した。

 

(……大丈夫だ、問題ない)

 

 じゅーるによって人智を超えた錬金術師であり、科学者として設定されたナグモ。その手腕は異世界(トータス)であっても遺憾無く発揮されていた。頭の中で何万通りの試算(シミュレート)を行い、それを実証する為の実験を幾度と行なった結果、この世界の薬草———ユグドラシルから見れば、初心者向けの最下級アイテムに分類される———から、どうにか下級(マイナー)ポーションに匹敵する薬品を作り出す事が出来ていた。

 

(そうだ………何も問題ない)

 

 特に精神系のポーションは()()()()()()()()から効果の実証は折り紙付きだ。

 ………あれは必要な実験だった。ナグモはそう思い込んでいた。

 ポーションの過剰摂取(オーバードーズ)によって頭痛に悩まされて睡眠時間が明らかに減り、必要最低限は摂取していた食事の量も見るからに減っていても、自分には維持する腕輪(リング・オブ・サステナンス)があるから大丈夫だと自分に言い聞かせていた。

 

(何も、何の問題などない……僕はじゅーる様に御創造して頂いた通りに動いている)

 

 ……もはや、創造主に設定された(望まれた)通りに機能するという事しか、ナグモの頭には無かった。そして、彼は個人研究室のドアを開け、先に来ていた人物へ声を掛けた。

 

「久しぶりだな。CZ2128・Δ」

「……ん。久しぶり、です」

 

 ストロベリーブランドの髪をした自動人形(オート・マトン)の少女が答えた。

 ———設定として、ナザリックのNPC達との接点が少ないナグモではあるが、例外として数少ない友好関係があるNPCがこのCZ2128・Δこと、シズ・デルタだった。もっとも、ナザリックの機械関係はナグモの管轄という設定が反映されたに過ぎないが。

 

「……でも、その名前で呼ばないで欲しい、です」

「? 名称は正しく呼称すべきだろう。君以外にもCZシリーズはいるのだから」

 

 格納庫の一室に保管された姉妹機達を思い浮かべていると、シズは少しムッとした顔になった。

 

「……その呼び方は、可愛くないから嫌です。……シズと呼んで欲しい、です。……博士には、そう呼んで貰っていたので」

「博士……ああ、ガーネット様か。確かに、配慮が欠けた呼び方だったな。謝罪しよう」

 

 スッと頭を下げたナグモにシズは「……ん」とだけ頷いた。その姿を見て、ナグモは改めてこの自動人形の少女の精巧さを思い知る。構造的にはともかく、ここまで自我の発達した自動人形は自分では製作が難しいと思っていた。

 

(そもそも、自動人形には命令に従う程度のAIプログラムがあれば、自我など不要だと思うのだが………いや、それを簡単に行えるからこそ、至高の御方なのだろう)

 

 あるいはそこが自分と至高の御方の歴然とした差なのだろう。人智を超えた頭脳として設定された(創られた)ナグモも、至高の御方相手には一生足元に及ばない気がしていた。

 

「では改めて、シズ・デルタ。以前のメンテナンスから変わった事は?」

 

 メンテナンス用のデータを立体画像として呼び出し———ナグモの手が止まった。

 

(……以前? 以前は……いつに行っていた?)

 

 いや、そもそも———自分はシズのメンテナンスを今まで行なった事があったのだろうか?

 

「……銃器類は特に問題ない、です。大きな不調は確認されてない、です……ナグモ様?」

「……あ、ああ、そうか。特に問題無い様で何よりだ」

 

 不思議そうに見てくるシズにナグモは頭の中に浮かんだ疑問を即座に打ち消す。いま行っているのは至高の御方によって定められた(設定された)仕事だ。余計な事を考えて、万が一にもミスを起こすなどあってはならない。

 

「……でも、右腕の反応が少し遅れてるかもしれない、です。……あとコアパーツの出力ももう少し上げたい、です」

「なるほど……一度、フルメンテナンスをした方が良いかもしれないな。すぐに始めるが、時間は大丈夫か?」

「……ん。問題無い、です」

 

 シズの報告を受けて、ナグモはメンテナンス用の工具を取り出そうと備え付けの棚へ向かった。すると、後ろから衣擦れの音が聞こえて………。

 

「……待て。何をしている?」

「……? メンテナンスを行うなら、服を脱ごうかと」

「待て。少し、待て……一つ聞くが、以前のメンテナンスもそうだったか?」

「……? はい。時間が惜しいから、早く脱いで横になれと言っていた、と思います」

 

 何で今更? と不思議そうに聞いてくるシズにナグモは頭痛を耐える様にコメカミに手を当てた。至高の御方に定められたなら、そうするべきだろう。しかし、これは、さすがに………。

 ナグモは棚からある物を取り出すと、棚の方を向いたまま肩越しにシズへ投げ渡した。

 

「着ろ」

「……? これは……?」

「検査着。いいから、それを着ろ。着替え終わったら呼べ」

「……分かり、ました」

 

 再びの衣擦れの音を努めて聞かない様にしながら、ナグモはズキズキと痛む頭を抑えた。

 本当に———以前のメンテナンスはどう行っていたのだろうか?

 

 ***

 

「———では、モモンガ様にご報告をお願いする」

「ええ、キチンと伝えておくわ」

 

 パタン、とアルベドの執務室からナグモは退室した。第四階層の収支報告書を提出し終えたところだ。

 

(しかし……あまり芳しくは無いな)

 

 視界の隅で第九階層にいるメイド達がナグモを見て一礼するのを通り過ぎながら、ナグモは先程の報告書について考えていた。

 

(このままではいずれ第四階層の防備が下がるな……いっそシャルティア配下のエルダーリッチを何人か研究所の職員という名目で引き抜くか? しかし、一定以上の頭脳が無ければこっちも雇う気になれないな……)

 

 第四階層以外にも魔法詠唱者のシモベは出現(POP)するのだが、ナグモはそれら全てを自分の階層(技術研究所)に招こうとは思わなかった。あそこはじゅーるが手塩に掛けて作り上げ、また至高の御方達の為に研究やアイテム製作などを行うナザリックの知の粋を集めた場所なのだ。魔法詠唱者なら誰でもいい、と考える気は毛頭無い。

 

(やはり、例の計画を細部までつめて、モモンガ様に提唱すべきか……)

 

 ナザリックに帰還する前、まだナグモがハイリヒ王国の神の使徒として活動していた時に考えついた事を検討していた。

 

(それに……この計画なら、あの人間を大手を振って探しに———)

 

 ——ズキッ。

 

(っ、何を考えている! あの人間は死んだ! 今更探しに行って何になる!)

 

 頭に浮かんだ非合理な考えを振り払う様にナグモは胸を抑えた。もはや自身に害が出るレベルで精神系ポーションを服用している筈なのに、胸の痛みはあの日以来収まる気配が無い。それどころか、日を追う毎に痛みが酷くなってきている気がする。

 

(あの人間……白崎は奈落に落ちた! 生きている筈がない! 第一、『人間嫌い』と定められた僕が、何故あの人間を気にかけている!)

 

 そう自分に言い聞かせているというのに、ズキン、ズキンと心臓をもがれた様な痛みは治らない。それどころか、ポーションの過剰摂取で併発した頭痛もしてくる。

 

(っ……! いい加減に……!)

 

 全く思い通りにならない自分の身体に苛立ち、ナグモは咄嗟に最近服用している精神系ポーションの入った瓶を懐から取り出そうとした。

 

「……ナグモ様?」

 

 声をかけられて振り向く。そこにはナザリックの執事にして、家令(ハウス・スチュワード)のセバス・チャンが立っていた。

 

「っ、セバス・チャンか。久しぶりだな」

「はい。ナザリックがこの地へ転移して以来かと」

「そうか……」

 

 先程までの動揺を悟られたくなくて、ナグモは口少なく返事するだけに留めていた。

 

「前にも言ったとは思うが……敬称は不要だ。御方に仕えるシモベに上下など無いし、役職で語るなら、一応君と僕は同格となるからな」

「では、ナグモ。この場では敢えてそう呼ばせて頂きます」

 

 スッと洗練された礼をするセバスに、ナグモは何となく居心地の悪さを感じていた。セバスは言わば第九階層の守護者であり、ある意味ではナグモの同僚と呼べる存在なのだが、ナグモはセバスとは()()()()()()()()()()()()()。その為、早く会話を切り上げようとナグモは思っていた。

 

「ところでナグモ。お身体の調子がよろしく無い様ですが……」

「気のせいだろう。すまないが、僕は第四階層に戻るからこれで失礼する」

 

 そう言って、ナグモは立ち去ろうとした。

 

「———ナグモ。貴方の不調の原因ですが、ひょっとしてシラサキカオリなる人物が関係されているのでは?」

 

 瞬間。ナグモの胸がドクン、と跳ね上がった。

 

「………………何の話だ?」

「申し訳ありません。貴方がナザリックに帰還された日、第九階層の廊下でその名を呟いていたのを盗み聞きしてしまいました」

 

 あの時か、とナグモは内心で痛烈な舌打ちをした。あの醜態を目の前の執事に見られていたという事実に顔を歪めたい気分だったが、ナグモはいつもの———()()()()()()()()()()()()の無表情で応えた。

 

「あれは僕が至高の御方の御指示で潜入活動をしていた時に利用していた人間だ。それ以上の価値などない」

 

 ズキン。

 

「少し話相手になっただけで、勇者達の情報をペラペラと喋る様な愚かな女だ。全くもって、低脳な人間らしい浅はかさだ」

 

 ズキン、ズキン。

 

「最期は僕を………至高の御方にナザリックの守護者として創られた僕を助けようなどと、勝手な勘違いをして奈落の底へと転落した。もはや、何の思考もかける価値など、無い」

 

 ズキン、ズキン、ズキン!

 

 何かが。ナグモの中で何かが狂い出していた。まるで歯車がズレてしまった様な感覚と共に、ナグモの胸が酷く痛み出す。だがナグモはそれを表面に出す事なく、いつも(設定)通りの無機質な表情と平坦な声で応えていく。

 そうだ、これでいい。自分は『人間嫌い』なのだ。キチンと創造主(じゅーる)に望まれた通りに行動している。そう、ナグモは自分に言い聞かせ、

 

「ナグモ………貴方は何故、ご自分に嘘をつき続けておられるのですか?」

 

 瞬間。何かが罅割れる様な音がナグモの胸の中で響いた。

 

「嘘、だと………? 僕の……僕の言葉に何処が嘘だと言うのだ?」

「……私には貴方が本心で仰っている様には思えないのです。かつて貴方をお見かけした時、貴方は先程の人間の名を酷く悲しそうな様子で呟かれていました」

 

 セバスは見ていた。まるで表情を変えまいと必死な様子で、苦しみに満ちた声で香織の名を呼んでいた彼を。

 

「それにこうして話してる今も、貴方の言葉と本心は乖離している。そう思えてならないのです」

 

 ガイキ・マスターやナイキ・マスターといった氣の使い手としての職業スキルを持つ彼には、相手が嘘をついているかどうかも察知できた。本来なら高レベルの相手には通用しないのだが、目の前の相手はそれを上手く隠し通す事が出来ないくらい動揺しているのだ、と判断していた。

 

「その上で言わせて頂きたいのですが………貴方はその人間に対して何か特別な感情を抱いていたのでは無いのですか?」

 

 ナグモは咄嗟に胸を押さえた。それは胸ポケットに仕舞っていたポーションを取り出そうとしていたのだが、まさしくセバスが見ている目の前で服用など出来ない事にようやく思考が追い付いていた。

 

 ズキン、ズキン、ズキン、ズキン! ———ピシッ!

 

「以前はその人間が死んだ事に悲しまれているのだと思いましたが、先ほど貴方は奈落に転落した、と仰ておりました。ひょっとして、貴方は心の底ではその人間がまだ生きているとご期待されているのではないですか?」

「………さ、い」

「貴方はその人間を助けに行きたいとお思いなのではないですか? それでお気を病まれているのではないですか?」

「……る、さいっ」

「モモンガ様にご相談されてみては如何でしょう。私もご一緒致します。モモンガ様なら、ナグモ様のお話を無碍には———」

「……うるさいと、言ってるだろ! セバス!」

 

 ナグモは周囲を憚る事なく、セバスに怒鳴った。

 

「この僕が! じゅーる様に『人間嫌い』とお創りして頂いた僕が! 人間相手に気を病むだと!? 有り得ない! 僕はあんな人間の女なんか………白崎の事なんて、何とも思ってなんかいない!」

 

 まるで血を吐く様な苦しみに満ちた声で、ナグモは吠えた。

 ———そこに、無表情で冷酷な守護者の姿は無く。まるで見た目相応の少年の様に癇癪を爆発させる人間がいた。

 

「ナグモ……貴方は………」

 

 セバスは驚愕に目を見開いた。普段の姿とはかけ離れたナグモの姿に。そして———嘘に塗れた言葉に込められた、彼の本心を察して。

 

「あ……………」

 

 バッとナグモは言ってはならない事を言ってしまった、という様に自分の口を押さえた。同時に、今の自分の姿を自覚してしまった。感情的になって逆上する———()()()()()()()()()()()()()()()姿()()

 

「す……すま、ない。僕とした事が、つい、感情的になってしまった」

 

 ナグモは慌てて表情を消して、いつもの様な平坦な声で喋ろうとした。だが、それは誰の目から見ても違和感が浮き彫りになっていた。まるで無理やり演じているか(ロールプレイング)の様な不自然さが、はっきりと出ていた。

 それは———至高の御方に定められた(設定された)在り方とはあまりにかけ離れた姿。

 ナザリックの一部のシモベ達が見れば、粛正を声高に叫ぶだろう姿に、セバスは———。

 

「………いえ、私の方こそ申し訳ありません」

 

 何も言わず、スッと頭を下げた。

 

「出過ぎた真似をして、貴方を御不快にさせた事をお詫び申し上げます」

 

 貴方の心に土足で踏み込んでしまって申し訳ない。それが伝わる心からの謝罪だった。

 

「………っ!」

 

 だがナグモは、それに何も答える事なく背を向けた。

 ここは至高の御方の住まいであり、神域と呼べる第九階層。故にこの場では厳粛な態度で歩くべきである。

 それを頭で理解していながらも、ナグモはまるで逃げる様にその場を足早に立ち去った。

 

 ***

 

 暗い奈落の底。その魔物は下層へと降りていく。

 

「アイタイ………」

 

 ———それは酷く歪な姿をした魔物だった。肌の色は血の気が全く感じられない程に青白く、赤黒い罅の様な紋様が至る所に奔っていた。足は爬虫類の様な鉤爪が靴を突き破り、下腿は兎の様な体毛に覆われていた。左腕は獣の様に毛深く、右腕は魚の様な鱗から羽毛を生やし、両手から鎌の様な爪が伸びていた。腰まで伸びた髪の毛は白く染まり、艶を失って振り乱した髪は老婆の様だ。顔の左半分は虹彩が縦長になり、濁った黄色に変色した瞳と捻れた角が目立っていた。唯一、顔の右半分は人間の少女の様に見えるが……血の様に赤く染まった目から涙の跡の様に赤黒い線が頬に奔っていた。

 

「アイタイ……アイタイノ……」

 

 ———望郷の念はもはや枯れ果てた。身勝手な()()()への憎悪は泥の様に堆積して、本当に憎むべきは誰だったか正常に判断する事も難しい。もはや生きてる者全てがその魔物にとって憎悪の対象になりつつあった。強大な力と引き換えに、異形へと変じていく自分の姿にもはや何の感慨すら浮かばなくなってしまった。孤独と絶望が、人間らしい思考を擦り減らしていた。

 

「アイタイヨ……シ■■、チャン……■■モ、クン……」

 

 ………大切な筈だった人の顔と名前も、はっきりと思い出せなくなってきてしまった。

 もしかして魔物の肉を食べる度に、人間としての記憶すら消えているんじゃないか? 

 残された思考で、そんな思いがふと過った。ああ、でも、この身体を……自分の存在を、維持する為には……。もう一度、あの人達に会うまでに生き続ける為には……。

 

「タベ、ナクチャ……モット、モット強イ魔物ヲ……タベナクチャ……」

 

 腐臭を漂わせながら、その魔物は虚な目でただひたすら下層へと降りて行った。

 

 ———途中、大きな石造りの扉があったが、それすらももはや興味を抱かなかった。

 

 ***




>シズ

 機械関係ということで、例外的にナグモとの交友がありました。とはいえ、以前のナグモは彼女を機械人形の一つとしてしか見てませんでしたが。

>セバス・チャン

 我らがカルマ値極善の執事さんです。ナグモをかつて見かけた伏線をここで回収しました。

>ナグモ

 本心に嘘をつき続けた結果、とうとう後生大事にしていたキャラ設定も崩壊しました。一応、こうなった理由は後々の展開で書いていきます。ヤク中になったり、逆ギレしたりメンタル面が弱いのも理由はあります。

>奈落の魔物

 そりゃあ、ね。不眠不休でゾンビアタックを繰り返せば50階層ぐらい行きますって。強い魔物を食べる事しか興味が無くなってきているので、あの子とはエンカウントしませんでした。あと作者的にそろそろ自重しないと、真面目にラミアとかアラクネみたいなモン娘形態を考えるかも。

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