ありふれてないオーバーロードで世界征服   作:sahala

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 原作ならもう少しリスクとリターンを考えると思いますが、この作品のモモンガ様は割とNPCには甘めです。


第二十五話『出陣』

「———御存知の通り、今のナザリックには外貨を得る手段がありません」

「都市や国を攻め落として掠奪するのは我々ならば簡単に出来ると思いますが、今までナザリックを目立たせない様に細心の注意を払ったモモンガ様の御意向に添わないと愚考致します」

「そこで……僕はこの“オルクス迷宮採掘計画"を提唱致します」

「潜入調査の際に知り得た情報ですが、あの迷宮には手付かずの鉱脈がいくつもありました。人間達には魔物がいる為に採掘不可能だそうですが、現地の魔物の強さを見る限りはナザリックのシモベ達を使えば問題にならないと判断しました」

「また、人間達が今後オルクス迷宮に入って来れない様に、大災厄と呼ばれるスタンピード現象に見せかけたナザリックのシモベ達による警備プランも計画しています。現地の魔物と類似したシモベの一覧は以前、お渡しした資料と併せてご確認下さい」

 

 第四階層の所長室。本来ならナグモが座るデスクチェアに腰掛けながら、モモンガはナグモによるプレゼンを聞いていた。目の前には電話帳くらい分厚い資料が置かれ、ページにはグラフやら魔物の一覧やらが細かく記載されていた。

 はっきり言って、ただのサラリーマンだったモモンガにはこの学術論文じみた資料を読むのはとても難解なのだが、ナザリックの支配者という偶像を壊すわけにいかないので、「ああ、うむ」、「なるほど」と尤もらしい相槌を打つしかなかった。

 

「初期費用が掛かりますが、この計画を実行した場合、現在判明しているだけの鉱脈でも簡単に費用は回収でき———」

「あー………ナグモよ」

 

 まさかこの説明を全ページに渡ってやる気か? とゲンナリしてきたモモンガは、ずっと気になっていた事を聞く事にした。

 

「何か御不明な点でもありましたか? モモンガ様」

「いやまあ、計画の大筋は分かったが………お前はこの計画に乗じて、奈落に落ちた人間を探したいのではないか?」

 

 ナグモは目を見開き、固まった。

 

「な……ぜ……?」

 

 いや、だって………これ、じゅーるさんの手口だし。

 

 モモンガは心の中でそう指摘した。かつてのギルドメンバーであるじゅーる・うぇるずは第四階層を改築する際に、必要なデータクリスタルと共にコンセプトアートなどの資料を大量に書いてきてモモンガ達にプレゼンしたのだった。他にも本当に行きたいクエストとかがあると、「そのクエストに行けば、ギルドにどんな得があるか?」を調べて資料を作って説明に来たりしたものだ。

 

(あの人が口数が多い時は、絶対にやりたい、っていう理由がある時だもんなぁ……。そんな事しなくても、仲間なんだから「お願いします」の一言で良いのに)

 

 あるいはその律儀さがじゅーるらしいと言うべきだろうか? 今のナグモの姿はじゅーるそっくりで、懐かしさからモモンガはしばらく観察してしまっていた。

 

「それで………どうなのだ? ナグモよ。そもそも、お前はその人間の事をどう思っているのだ?」

 

 「人間嫌い」という設定があるはずのNPCが、そこまでして興味を持つ相手への純粋な好奇心から聞いてみる。ナグモはしばらく固まっていたが、おもむろに口を開いた。

 

「……その人間は、白崎香織といって……僕が勇者達の情報を探る時に、話し相手になっていた人間の女です」

「ほう………で、お前はその白崎という者をどう思っているのだ?」

「………分かりません」

「何?」

 

 モモンガは内心で首を傾げながら、ナグモを見る。その顔は今までの様な無表情———ではなく、何かに葛藤する様に苦悩していた。

 

「分からない………分からないのです、モモンガ様。僕は……僕は人間の事など嫌いです。その様にじゅーる様に定められました。なのに……なのに、何故か白崎だけは他の人間とは違う。そんな風に考えている自分がいる。こんな……こんな感情は、じゅーる様に与えられてなどない……!」

「お、おい。ナグモ……?」

「忘れようとしました……! この感情など不要だと、薬で抑えようとしました……! なのに、なのに、白崎の事を忘れる事が出来ない……! もう生きてる可能性など奇跡的な確率でしかないっ! それを承知している筈なのに……探しに行きたいだなんて、思って、」

「ナグモ!」

「っ、申し訳ありません! モモンガ様!」

 

 まるで感情が振り切れたかの様に語り出し、モモンガに声をかけられてようやく自分の状態に気付いた様だった。バッとナグモは頭を下げる。今まで見た事の無い様な表情で苦悩するNPCを見て、モモンガは無い目を瞬かせた。

 

「……もはや、僕はじゅーる様に創られた姿から完全に破綻したのだと思います」

 

 頭を下げたまま、ナグモは静かに語り出した。

 

「……じゅーる様の定めた在り方から外れ、あまつさえモモンガ様を謀ろうとしたのはシモベとして、決して許されない事です。いかなる罰も、進んで受けます」

 

 そしてナグモはモモンガに向かって土下座した。

 その姿は、処刑人に首を差し出す死刑囚そのものだった。

 

「ですが………無理を承知で、お願い申し上げます。どうか、白崎を探しに行く許可を頂けないでしょうか? その後ならば、恐怖公達の餌にでも、ニューロニストの拷問の実験体にでもして頂いて構いません」

 

 そこに、じゅーるの設定した「冷酷な悪の科学者」の姿は無く。ただ一人のちっぽけな人間がモモンガの目の前にいた。

 

「何とぞ……何とぞお願いします。モモンガ様。少なくとも、白崎には命を救われた借りがある。その借りだけは、返したいのです」

 

 その姿に、モモンガはしばし考え込んだ。

 

(『人間嫌い』設定のナグモがここまで入れ込むなんて……一体、どんな相手なんだ? その白崎香織って。NPCを設定レベルから変える様なスキル持ちなのか?)

 

 あるいは目の前のNPCに何か変化を齎したのかもしれない。そう考えると、興味が湧いてきた。

 

「ナグモよ。私はその人間がどんな者か知りたい。今からお前の記憶を覗くが……構わないな?」

 

 ナグモは土下座したまま、了承する。その頭に手を翳して、モモンガは<記憶操作(コントロール・アムネジア)>の魔法を使って、ナグモの記憶を覗き込んだ。通常なら魔力を多大に消費するが、ナグモが潜入調査に行っていたのは一ヶ月くらい前だ。それならさほどの消費にならないだろう、と皮算用しながら。

 

(さて、いったいどんな人間か………)

 

 最初に見えたのは、図書館みたいな場所。美少女といっても過言ではない人間の少女を手を引いていた。少女は嫌がる素振りも見せず、紅潮した顔で付いてくる。

 

(………ん?)

 

 次に見えたのは書庫の様な個室。目の前で輝く様な笑顔で、何かを話し掛けている少女がいた。

 

(………んん?)

 

 そして次に見えたのは何処か豪華な部屋。ベッドの上に座りながら、目を赤くした少女を優しく抱き締めていた。

 

(………んんん!?)

 

 さらに見えてきたのは、安っぽい宿屋みたいな部屋。潤んだ瞳で少女はこちらに何かを伝えようとしていた。

 

(え、ちょっ、これ………)

 

 そして、最後に迫り来る魔法弾を少女が身を挺して庇った光景を見て、モモンガは魔法を解いた。

 

「……如何でしたか、モモンガ様」

「い、いや、もうお腹いっぱい……ではなく、十分だ、うん」

 

 ナグモになんとか支配者らしい演技をしながら、モモンガはそう返した。

 もっとも、内心は動揺しまくりだが。

 

(いや、お前、これ………好きなんじゃん! というかメッチャ好かれてるじゃん! 何が、どう思っているかよく分からないだっ!? というか人間嫌い設定何処いったああぁぁぁっ!?)

 

 え? NPCも恋するの? とか、とうとうあの呪われたマスクを被る時が来たの? とか一頻り混乱した後、ようやく精神の沈静化が追い付いた。

 とりあえず、もしもじゅーると再会したら、真っ先に報告する事が出来た。貴方のNPC(子供)、ガールフレンドが出来ましたよ、と。

 

(誰だよ、特殊なスキル持ちとか考えてた奴……。というか、そりゃ目の前で奈落に落ちたら、動揺するだろこれ。あと薬に頼るレベルで思い悩むくらいなら、まず相談してくれぇ………)

 

 過去の自分を棚に上げながら、モモンガはナグモの最近の不可解な行動に納得した。

 とりあえずゴホン、と咳払いしながらナグモに問い掛ける。

 

「あー、ナグモよ。一つ聞いておきたいが……この採掘計画は、適当にでっち上げた物ではないな?」

「それは……もはや信じては頂けないでしょうが、真面目に考えました。その情報に偽りはありません」

 

 正直、それは疑う気は無い。詳しい事はアルベドあたりに精査させるべきだろうが、ナグモの本心を知ったら絶対に粛正を進言してくるだろう。

 

(何せナグモが休日制度を導入すると進言しただけで、あれだったもんなぁ………よし、それなら)

 

 アンデッドの身体になってから、モモンガには人間に対する親近感は極端に低くなった。

 ただし……仲間が遺した子供(NPC)であるナグモは別だ。そして、そのナグモを好いて、命を張って助けようとした人間も。

 

「……恩には恩を。仇には仇を」

 

 ピクンとナグモの肩が震えた。

 

「じゅーるさんがいつも言っていた言葉だ。あの人はどんな相手でも常に礼儀を尽くす事を忘れなかった。そして……ナザリックのギミックによる福音書にはこんな言葉もある。『人、その友の為に自分の命を捨てる事。これよりも大いなる愛は無し』」

 

 ポン、とモモンガは平伏したままのナグモの肩に手を置く。

 

「お前はその人間に大きな借りと愛を受けた。ならば、お前はそれに応えるべきだろう。恩知らずなど、それこそじゅーるさんは許さないだろうからな」

「愛……? これが、愛……?」

「許す。ナグモよ、お前はこれよりオルクス迷宮に行き、採掘計画の下準備として迷宮を調査せよ! そして、人間がいたならば必ず連れて帰るのだ!」

「ありがとう……ありがとうございます!」

 

 涙を流して平伏するナグモにモモンガは心の中でホッと胸を撫で下ろす。

 

(とりあえず、これで良しっと。何かそれっぽい言葉を並べたけど、支配者らしく見えたよな? まあ、ナザリックの維持の為に資金源は必要だもんな。それにしても鉱山占拠か……カロリックストーンを作った時を思い出すなぁ)

 

 しみじみと昔を思い出していたモモンガだが、ああ、そうだと立ち上がったナグモへ声を掛ける。

 

「そのオルクス迷宮の探索だが、メンバーはどうするつもりだ?」

「もちろん不肖ながら僕が行こうと思います。後は現在警備に使ってないマシンゴーレムやサーチャー達の動員を御許可頂ければ、」

「私も行こう」

 

 ナグモの目が大きく見開かれる。

 

「お、お待ち下さい! 至高の御方が直接行かれる様な案件では、」

「場所は未知なる迷宮。ならば、私自身が出向いて調べるのも悪くはない」

「し、しかし、」

「……私では不満か?」

「いえ、その様な事はありません!」

「ならば決まりだ。出立の準備を整えよ。第四階層の機械化したシモベ(マシンモンスター)達は……うむ、ナザリックの警備に支障が出ないレベルでの動員を許す」

「分かりました! 即座に準備致します!」

「ああ、それと他の人員は私の方で考えておく。一時間後、ナザリックの地表部まで来る様に……一時間で足りるか?」

「お任せ下さい! 40秒で支度してみせます!」

「いや、準備は時間の許す限りしっかりと整えよ。良いな?」

「はっ!」

 

 ナグモが深々と礼をしたのを尻目に、モモンガは頭の中でリストアップを開始した。

 

(ナグモと俺は中衛や後衛職。そうなると前衛が欲しいよな。ただ未知のダンジョンだから念には念を入れて、レベル100(最大戦力)にすべきだ。やる事がやる事だけに、アルベドは却下。というかアルベドがいないとナザリックは誰が指揮とるよ? 探索(シーカー)にアウラを連れて行きたいけど……駄目だな、確かダークエルフの見た目が魔人族に似てるんだっけ? 人間も出入りしているダンジョンで目立ち過ぎるよなあ)

 

 自分に関しては仮面と籠手で骨の部分を隠せば良いよね? とモモンガは考える。結局のところ、モモンガもユグドラシルに無い新たなダンジョンに行きたいというワクワクした気持ちを抑えられないだけだが。

 

(そうなると……見た目が人間で、レベル100の前衛職。ついでに人間を助けるのを嫌がりそうにない奴というと………)

 

 ***

 

 その魔物は最強だった。鬱蒼とした樹海の中に潜み、胞子で他の魔物を問答無用で操る事が出来た。これにより、この魔物———仮にエセアルラウネと呼ぶが。彼女はこの階層の女王として君臨していた。

 その魔物が、現れるまでは。

 

『シィィィィイイイッ!』

 

 エセアルラウネの口から苛立ち様な声が漏れる。残ったラプトル型の魔物を全員特攻させた。傀儡になった証に頭に花を咲かせたラプトル達は、自分の意思とは関係なく女王の敵へと駆けていく。

 酷く歪な姿をした魔物は鋭い爪を振り上げ———一閃。

 それだけでラプトル達は鎌鼬で全員バラバラに裂かれた。

 

『ガアァァァアアアッ………』

 

 傀儡達を全て失ったエセアルラウネが後退りする中、彼女はその魔物と目が合った。生者を憎む血の様な紅い目。牙が生え揃った口から唸り声が漏れる。

 

『キシャアアアァァアッ!!』

 

 生存への本能からエセアルラウネが叫び声を上げる。持てる魔力全てを振り絞り、胞子を全て飛ばした。緑のピンポン玉の様な胞子は歪な魔物を包み込み———その胞子の中から、宙を蹴ってエセアルラウネが飛び掛かった。

 

『グギッ!?』

 

 一撃で喉笛を噛み千切られ、次の一撃で心臓を爪で貫かれてエセアルラウネは絶命した。

 今際の際、薄れていく意識の中でエセアルラウネは自分を食べる魔物の姿を見た。

 

『グルルル……ウッ、ウウッ……』

 

 弱肉強食が全ての魔物の社会で、食糧となった自分を泣きながら食べる、歪な魔物の姿を。

 

 

 




 モモンガ様出陣! モモンガ様出陣! 読者(下等生物)の皆様、『平伏せよっ!』(五身投地)

やっと書けました! これよりモモンガ様によるオルクス迷宮攻略が始まります! 死の支配者であるモモンガ様の前では、どんな魔物でも恐るるに足りません!

>理性を失くした歪な魔物

 ………どんな魔物でも、ね(ニヤニヤ)

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