ありふれてないオーバーロードで世界征服   作:sahala

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 ああ、頭茹っているな。自分。
 それでは皆様、良いお年をお迎えください。


第三十三話「人間が嫌いで———」

「南雲くん……」

「香織、元気出して。アインズ様がついているから、絶対に大丈夫」

 

 屋敷の客間で、香織とユエは待機していた。二人の傷はしっかりと癒えており、体力も魔力も満タンだった。これも全て、アインズが二人に渡したポーションに依るものである。ただ———香織の身体は、歪な魔物のままだった。

 

「……魔力、いる?」

「ううん、大丈夫。アインズ様がくれた装備品のおかげで、その……お腹は空いてないから」

 

 魔力(MP)の受け渡しが出来る指輪をしたユエに対して、香織は首を横に振った。香織の身体には複雑な紋様が描かれたゆったりとしたローブが着せられており、歪な形になった手には腕輪や指輪がつけられていた。

 これも全て、アインズに依るものである。ナグモの右手をポーションを振りかけてあっという間に治したのを見た時には香織は安堵の溜息を漏らしたが、すぐに気付いてしまったのだ。

 自分の身体の問題は何も解決していない。時間が経てば、またナグモを襲ってしまうかもしれない。それを訴えて涙を堪えながらその場から離れようとした香織だが、アインズが引き止めた。

 

『ああ、待て。見た目が随分と異なるが、今の君はキメラ……みたいなものか? そこにグールの種族デメリットが加わっているといった所か? ふむ……とすれば、常時MP回復に、空腹無効、あと腐敗ダメージ無効に———』

 

 まるで自分の知識と擦り合わせる様に確認しながら、虚空から次々とマジックアイテムや装備品を取り出した。今の香織には分かる。これら全てが、かつて王宮で見たマジックアイテムが石ころに見える様な逸品揃いであり、まさに一つ一つが国宝の様なアイテムなのだと。

 

『こ、こんな凄い品々を受け取れません!』

『いや、是非とも君には受け取って欲しい。そしてナグモが目を覚ましたら、真っ先に君の所へ向かわせよう。その為にも、ここで立ち去られては困るのだよ』

 

 優しい声で提案するアインズに香織は戸惑いを隠せなかった。まるで悪の大魔王みたいな見た目に反して、何処となく親しみの持てる世話好きなおじさんに思えてしまうくらい気さくに接してくれたのだ。

 

『どうして私にそこまで……』

『ナグモは君にどうしても会いたがっていたからな。だが、自分の都合で私から任された仕事を放り出すわけにいかないと、ずっと我慢していたのだ。だから、これはナグモの為でもあるのだ』

『南雲くん……』

『なに、落ち着いたら君の身体の事もどうにかしよう。アンデッドの種族変更は限られてはいるが……もしくはナグモと相談しても良いだろう。必要な物があるならば言うと良い。大抵の物は用意しよう』

 

 ———実のところ、大事なギルメンのNPC(子供)であるナグモの精神安定の為にも、ガールフレンド(アインズ視点)の香織には死蔵されていたアイテムの大盤振る舞いぐらいしても良いだろう、という意図がアインズにはあった。

 

『アインズ様……ありがとうございます!』

 

 しかし、それを知る由も無い香織にはアインズが慈悲深い存在に見えていた。特に、クラスメイト達の身勝手さに精神を擦り減らし、筆舌にし難い日々を奈落で過ごした香織にとってはまさに地獄に仏という存在だった。

 かくして、「え? なんでこの子も様付け?」と混乱するアインズを他所に、香織は薦めに従って貸してくれたアイテム(500円ガチャのハズレ品)を身に付けてナグモが起きるまで待つ事にしたのであった。

 

(本当に優しい人だったな。魔物なのに……ううん、魔物と言ったら失礼だよね。きっと、大昔の魔法の王様なのかも)

 

 自分の身体にあれほど的確な判断をして、湯水の様に大切なマジックアイテムを貸してくれたのだ。深い魔法の研究の果てに不死の肉体になった偉大な魔法使いなのかもしれない。突拍子もない考えだが、そう言われても香織は信じられる気がした。立ち振る舞いも、教皇へペコペコとしていたハイリヒ国王よりもすごく堂々としている様に見えて、まさにあれこそが理想の王様なんじゃないか、と香織にも感じさせられていた。

 

「ユエ……アインズ様は凄い人だよね」

「ん。私はナザリックの新米だけど、アインズ様の配下になれて凄く良かったと思ってる」

 

 ユエもまた、「お前がナグモと共に戦ってくれたお陰だな」とアインズから直々にお褒めの言葉を貰っていた。アインズの中で自分の株が上昇したのを感じ取り、ユエは上機嫌だった。

 

「そう、だよね……。そんなアインズ様が気に掛けるくらいだから、南雲くんも本当は凄い人だったんだよね……」

 

 しかし、香織はどこか暗い顔だった。その不安を感じ取り、ユエは小首を傾げた。

 

「香織……?」

「だって、ユエやセバスさんの話を聞いてるだけでも凄いと思うの。ナザリック? って、要するにアインズ様のお城だよね? そこで研究所の所長さんをやっているなんて……そんな人と私なんかじゃ、釣り合わないよ」

 

 香織は歪な見た目になってしまった自分の身体を見ながら目を伏せる。

 学園の二大女神なんて噂された容姿を自慢に思っていたわけではない。だが、こんな化け物の混ぜ損ないみたいになってしまった自分よりも、目の前の吸血鬼の少女みたいにナグモにはもっと相応しい相手がいるんじゃないか? そんな卑屈な思いが香織の中に巣食ってしまったのだ。

 自虐的な思いに囚われている香織にユエは何か言おうとしたが、それより先に規則正しいノックの音が響いた。

 

『セバスです。ナグモ様をお連れ致しました。お部屋に入っても宜しいですかな?』

「どうぞお入り下さい、セバス様」

 

 ユエはかつて吸血鬼の王国で仕込まれた礼儀作法に則った丁寧な御辞儀をしてセバスを迎え入れた。ユエのかつての地位を考えるならば、執事相手に頭を下げるのは変な話かもしれない。しかし、吸血鬼の女王としてではなくアインズの臣下として生きていく事を決めたユエは躊躇いなく上位者であるセバスに礼儀を尽くしていた。

 香織もそれを見て、真似する様に慌てて御辞儀する。

 そして———香織がずっと会いたいと願っていた人物が、部屋に入ってきた。

 

「南雲、くん……」

「……その、元気そうで何よりだ」

 

 大柄な執事に連れて来られた少年は、いつもと何故か違って見えた。今まで表情が全く無いと思っていた顔は「どういう顔をすべきが分からない」と言う様にぎこちなく見えた。

 

「ユエ。もう少しナザリックについて教えておきたい事があります。別室へ一緒に来て頂けませんかな?」

「かしこまりました、セバス様」

 

 そう言って退出する前に、ユエは香織の耳元に口を寄せた。

 

「……頑張って。ナグモもずっと、貴方に会いたがっていたから」

 

 え? と聞き返すより先に、ユエはセバスと共に退出してしまった。ドアがパタンと閉められ、部屋には香織とナグモの二人だけにされる。

 二人の間に沈黙が下りてしまう。聞きたい事は山ほどあった筈なのに、いざこうして向かい合ってみると何から話せば良いのか分からないのだ。それでも意を決して、香織は声を掛ける。

 

「あの」

「先に、まずは謝罪する事がある」

 

 スッとナグモが香織へ頭を下げた。香織の知る姿からかけ離れた姿に思わず唖然としてしまった。

 

「……君がそんな姿になってしまったのは、僕の責任だ。君には僕を糾弾する権利がある」

「責めるなんて、そんな……」

「僕はじゅーる様によって創られたクローン人間だ」

 

 続く一言に香織は息を呑んだ。ナグモは目を伏せがちに語り出した。

 

「ナザリックをお創りになられた至高の四十一人……その御一人であるじゅーる・うぇるず様が、とある古代人を基にデザインして僕を創った。並の人間よりも優れた知能と……ナザリックの守護者として、人間を嫌う感情と共に」

 

 ナグモは肩を震わせていた。これから言おうとする事に、緊張する様に。

 

「僕はナザリックの……アインズ様の為に、王宮で白崎に下心をもって近寄った。情報収集には打ってつけだ、とそんな風に考えて」

「………私とは、お仕事で嫌だったけど話していたの?」

「それは違う!!」

 

 香織が驚いてしまう様な大声でバッとナグモは顔を上げた。

 

「違う、違うんだ……! あの時……じゅーる様の事を褒めて貰えて、僕は生まれて初めて嬉しいと感じたんだ。その時から白崎の事が気になり始めて、気が付いたら白崎と話す時間が悪くない様に思えてきて、天乃河光輝や他の低脳達が無意識に白崎を蔑ろにしているのが腹が立って、それから———」

「な、南雲くん? ちょっと落ち着いて。ね?」

「っ! すまない……」

 

 急に必死な顔で喋り出したと思ったら、慌てて口元を隠してしまった。まるで今までの感情を抑えられなくなった様なその姿は、香織が見た事がないくらいに感情的だった。

 

(なんか……ちょっと可愛いかも)

 

 そんな場違いな感想を香織は抱いてしまう。こういうのをギャップ萌えというのかな? と、香織の動かない筈の心臓がドキドキとしている様に思えた。

 

「でも僕は……そんな君を見捨てた」

 

 ナグモの顔に暗い影がさす。

 

「人間を嫌う様に作られた。だから、人間を好きになる筈がない。そう思い込んで、身体を張って庇ってくれた君を、助けに行かなかった」

 

 懺悔する様にナグモは目を伏せた。それを香織は静かに見つめる。

 

「……君の身体は、僕が必ず治す。僕に許された権限を全て使う。必要なら、アインズ様にもお願いする。だから、身体が治ったら君は……」

 

 その提案は、今の———人の「心」を得てしまったナグモにとっては辛いと思えるものだった。再び、香織と別れる事になるから。

 それでも、ナグモは知っていた。

 あの図書館の個室。ナグモにとっては情報収集と銘打った会話の中で、香織がどれだけ地球へ帰りたがっていたか。両親の元へ、帰りたがっていたのか。

 ナザリックこそが帰る家であるナグモと、地球への帰還を願っている香織とでは、目指す先は違う。それをナグモは理解できていた。何よりも———。

 

『―――じゃあな、ナグモ。“アインズ・ウール・ゴウン"を……モモンガさんを、よろしくな』

 

 親と会えなくなるのは、とても悲しい事だから……。

 

「君は……帰還の目処がついたら、あの人間達と」

「それは嫌」

 

 ナグモが言い切る前に、香織はきっぱりと切り捨てた。

 

「南雲くんなりに考えた答えなのかもしれないけど……私はもうあんな人達の所に戻ろうとは思わないよ。もう関わりたくないし、関わって欲しくもないもの」

 

 それに、と香織は続ける。怒りのあまり、肩が震えそうになった。

 

「アインズ様から聞いたよ。光輝く……ううん。()()()()()()()は、皆で私が落ちたのは南雲くんのせいだと責め立てた、って」

 

 奈落の日々の中で、精神をすっかり擦り減らしてしまった香織はかつての様なクラスの相談役としてクラスの人間達を擁護しようなんて気はさらさら無かった。もはやかつてのクラスメイト達には憎しみしか湧かない。むしろ、そこで今でも身勝手な人間(天乃河光輝)の尻拭いをやらされているだろう幼馴染が気の毒に思えるくらいだ。

 

「……うん、決めた。南雲くんに相応しいとか、もう関係ないよね」

 

 一人頷き、香織は歪になってしまった手でナグモの手を握った。

 

「南雲くん。私は、貴方と一緒にいたい。こんな姿になっちゃったけど……貴方の事が、好きです」

 

 ナグモは驚いた顔で、香織を見つめた。

 魔物と化した左半分の目。

 人間のままでいる右半分の目。

 その二つにまっすぐに見つめられ、ナグモの中でかつて香織といた時に何度も感じていた胸の騒めきが———身体が熱くなる様な鼓動が、湧き起こる。

 ナグモは無意識のうちに、香織を抱き締めていた。香織は驚いた顔になったが、すぐに目を閉じてされるがままになった。ナグモの胸に擦り寄せる様に顔を埋める。

 

「……僕で、良いのか? 人間が嫌いで、至高の御方の為なら平気で君を見捨てる様な人間なのに?」

「そう言ってる割には全然平気そうには見えないけど……そういう所も含めて、もっと南雲くんの事を知っていきたいと思うの」

 

 姿形は歪で、学園の二大女神と言われた美貌はもはや無い。

 かつて抱きしめた時の体温の温もりは無くなり、冷たい感触しか伝わってこない。

 それでも———ナグモには目の前の()()が、何よりも愛おしく見えていた。

 

「………ナグモ」

「え?」

「南雲ではなく、僕の名前はナグモだ。じゅーる・うぇるず様に創られた、ナザリック地下大墳墓の第四階層守護者代理だ」

 

 かつて偽りの姿で接していた少年は、創造主に定められた自分の本当の姿を告げる。

 そして、彼は愛しき少女へと宣言した。新しい自分の在り方を。

 

「人間が嫌いで———貴女(キミ)を好きになった人間だよ」

 

 その顔は———今までにない、穏やかな笑顔だった。

 




>香織の中で、アインズ様神格化

イメージ的には古代エジプトのファラオのミイラとかそんな感じ。なんか偉い人のアンデッドと思われてます。アインズ様だから是非も無いよね!

>ナグモ、香織を人間達の元へ帰すか悩む

これは今後もついて回る問題です。アンデッドになっちゃったから、香織と永遠にイチャラブできるぞー! は、流石に幼稚か……と思ったので。親との離別を経験した彼は、密かに香織を地球へ帰す方法を探すかもね。

>人間が嫌いで、香織の事が好きな人間

ま、彼なりに認識が変化したという事で。

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