ナグモの戦闘は……守護者としてあるまじき戦い方だった。
「っ、<
向かってくる歪な魔物に時間魔法を使用する。それは戦う為というより、まるで目の前の事態から逃れようとした使い方だった。時間の流れがナグモを中心に遅くなり、ナグモの無くなった右手を治そうとしていたユエは動きを止めていた。
しかし———。
「あ、ああっ、何故だ何故だ!?」
狼狽した言葉がナグモの口から漏れる。歪な魔物は極限まで加速した時間の中でも速度を変える事なく動いていた。ナグモは残った左手で魔導銃シュラークを撃つ。狙いも何もあったものではない撃ち方だったが、乱射した銃弾のいくつかは歪な魔物へと当たる———前に、勝手に逸れる様に見当違いな方向へ行った。
「何故!?」
叫ぶナグモに歪な魔物の爪が振るわれる。ナグモは寸前で地面へと転がりながら、マシン・ゴーレム達を壁代わりに召喚した。だが、歪な魔物の爪がマシン・ゴーレム達を次々と切り裂いていく。
———もしもナグモが冷静に思考していれば、目の前の相手が時間停止も飛び道具も効かない理由が思い付いただろう。
ナグモの右手と共に喰われた魔導銃ドンナー。
これには装備者に時間停止対策や飛び道具対策などの効果が得る様に施されていた。それが今、右手ごと喰らった歪な魔物にも効果を発揮してしまっていたのだ。
だが、そんな事すらも今のナグモには思い当たらない。
「サ、<
マシン・ゴーレムが駄目ならばと、配下の
瞬間、ナグモは歪な魔物の右半分の———唯一、人間らしい面影が残った顔がドロドロに溶けてしまう姿を想像してしまった。
「や、やめろ! 撃つな! 撃つな!」
召喚主の命令に困惑する様にキメラは溶解液を慌てて飲み込んだ。そして、その隙を歪な魔物は見逃さなかった。
『■■■■■■■■ッ!!』
奇声と共に飛び掛かり、キメラの喉笛を噛み千切る。白目を剥きかけたキメラの頭を歪な魔物は両手で握り潰して絶命させた。
「あ、ああっ、何を……何をしている!?」
ナグモが自分の失態に悔いるが、そんな暇も歪な魔物は与えてくれない。もはや場当たり的としか言えない使い方でナグモはマシンやキメラを召喚しては、歪な魔物に全て返り討ちにされていた。
———実のところ、ナグモと歪な魔物とのレベル差はそれ程離れていない。ナグモのマジックアイテムはあくまでユグドラシルのルールに則ったもので、
第一に、ナグモのステータスはレベル100として見るとそれほど高くはない。
そもそも彼は、攻城ゴーレム・ガルガンチュアと併用しての戦闘を前提に作られたサポーター型の階層守護者。よってナグモ単体でのステータスは特殊な役割のあるヴィクティムを除けば、ナグモが作られる前では階層守護者達中で最もステータスの低かったデミウルゴスよりも低位に位置していた。
第二に、ナグモには
こことは異なる世界で、アインズは守護者達に告げた。力を使えるのと経験するのではまるで違う、と。与えられた役割から生まれた時からナザリックから出て戦闘をした事がなく、かつて1500人という圧倒的な人数差で敗れた経験しかない。言わばこれは、ナグモにとって初めての
そして、第三に———。
(何を……何をしている!? こんな、守護者としてあるまじき姿を……失態を拭う為には早く
創作者達によって設定されたマルチタスクが告げる。至高の御方の栄光を汚すな。ナザリックの威を示し、目の前の
それをやりたくないという胸の騒めきが、思考の邪魔をしていた。
「何だ……何なんだ!? これは、これはぁっ!?」
焦燥、恐怖、苦悩。
もはやじゅーるに設定された無表情の顔すら作れず、ナグモはどうすればいいか分からないという様に叫んでいた。
じゅーるによって「人間嫌い」と作られて、地球でも他人と関わりを持とうとしなかったナグモ。だからこそ、彼には自分の心を初めて動かした相手に感じる胸の騒めき———感情をどう処理すれば良いのか、それが分からない。これはアインズにも正しく理解は出来ていなかっただろう。ただ冷酷な守護者として作られたNPCは、人間との生活で———本人は必死に否定していたが、香織に愛情を抱いた事で———「心」という物が生まれていたのだ。NPCとして、今まで
ドンッとナグモの身体が押し倒される。両手が鋭い鉤爪となった歪な魔物に拘束される様に掴まれて、ナグモが正面から歪な魔物の顔を見た。左半分が捻れた角を持った魔物と化し、右半分は罅割れた赤い血管が涙の跡の様に走る、香織の顔を。
「白、崎………」
絶望。その二文字がナグモの心に占めていた。歪な魔物はそんなナグモの喉笛に牙が生え揃った口をゆっくりと開く。
「———“緋槍"!」
円錐状の炎が歪な魔物に突き刺さる。ナグモは気がついていなかったが、<自己時間加速>の発動時間は終わっていた。ナグモを喰べる為に隙を晒していた歪な魔物は直撃した炎に押し出され、ナグモから離れた。その隙をユエは見逃さない。
「“凍柩"!」
足元から凍り付き、たちまち歪な魔物は氷の檻の中に閉じ込められる。全魔力を使った魔法だが、時間稼ぎにしかならないだろうとユエは判断していた。
呆然としているナグモを抱え上げると、ユエはその場から急いで離れた。
***
最初に転移した場所まで戻り、ユエはナグモを迷宮の壁に寄りかからせた。すぐにアインズから貰ったポーションの瓶を開けて、ナグモへ振り掛ける。ようやくナグモの右手が再生された。
「肉体まで再生できるポーションなんて、聞いた事ない……」
自分の知識を軽く凌駕したアイテムにユエが呆然と呟くが、すぐに気を取り直す。ナグモを見ると、頭を抱えて蹲っていた。
「何故……何故……白崎が……何故……」
ブツブツとユエに目もくれず、只管に自問するナグモ。まるで先程のような対応だが、その意味ははっきりと変化していた。その姿を見て、やっとユエにも思い至った。
あのアンデッドの魔物こそが、ナグモが探していた人間だったのだと。
(なんて、残酷………)
この世界を創り賜うたというエヒト神には血も涙も無いのだろうか? もはや信心など欠片も無いが、心の中で神を呪った。気に入らない相手とはいえ、さすがのユエもナグモに同情してしまう。常に相手を見下していた目に力は無く、予想外の事態に怯える事しか出来ない人間がそこにいた。
だが、いつまでもそうしてはいられない。
「至高の御方を謀って調査しようとしたから……? じゅーる様の信条を破って、見捨てたから……? あの時、即座に助けに行かなかっ——」
「しっかりして、ナグモ!」
ナグモの肩をユエは激しく揺さぶった。もはや相手がアインズの側近だという事も、ユエの頭には無かった。
「おま、え……?」
「あなたはどうしても
焦点の合わない目で見てきたナグモに、いつもより力強い口調でユエは訴える。
「私にはアインズ様以外に助けようとしてくれた人なんていなかった……! でも、あの人には貴方がいる……! それなのに……貴方が手を伸ばさなかったら、誰があの人を助けるの……!」
封印された当初は、ユエも自分を救ってくれる誰かを夢見ていた。暗い闇の中から光を齎し、物語の英雄の様に手を差し伸べる誰かを。だが三百年間、そんな都合の良い救世主など現れてくれなかった。いつしか絶望感すら枯れ果てかけたユエに、ようやく伸ばされた救いの手は思い描いていたものとは大分違ったが、それでもあの瞬間、天にも昇る気持ちだったのだ。それこそ
「貴方はあのアインズ様の臣下なのでしょう……! なら……あの人を助けるぐらい、やれて当然……!」
「……お前の口から、至高の御方を語るな。吸血鬼」
ナグモの目に力が戻る。新入りのくせに生意気だ、と視線を込めながら。じゅーるに設定された無表情は作れなかったが、それでも覚悟を決められた。
「……無力化だ。あの魔物……白崎を無力化する。手伝え、吸血鬼」
「ん……ナザリックの新米としては、ここで側近の貴方に借りを作るのは、悪くない」
スッとユエの手が差し出される。
「それと……キチンと名前で呼んで欲しい。アインズ様から頂いた、私の大切な名前」
グッとナグモは握り返し、立ち上がる。
「……フン。ならば、せめてガルガンチュアの十分の一くらいは役に立ってみせろ。
***
パキンと音を立てて、歪な魔物は氷の牢獄から解放された。
ナグモの右手を喰らった事で彼のステータスとスキルを獲得した魔物には、並みのモンスターなら即死する様な魔法も足止めにしかならかった。
魔力感知で逃げた獲物を探す。あの右手は美味しかった。今までの魔物達の中ではダントツに魔力があり、自分の身体が今までで一番崩壊から遠ざかった気がした。もしかしたら、あれに■■為に今まで生きていたのかもしれない。
(ア……レ……? ア、レ、ハ……ナンダッ、ケ……?)
絶望と孤独で退化して、まともな思考すら難しくなってしまった頭で歪な魔物は考えようとする。
そうだ、自分は確か、もう一度■■たい人達がいて、その為に今日まで生きていた筈だ。ああ、でも、この身体を———時間が経てば朽ちていく身体を維持する為には———。
(■■、タイ……アノ人ヲ、タベ、タイ……?)
何か違う気がする。それでも、アンデッドの———
やがて魔力感知が探していた相手を捉えた。その相手は、こちらを待ち構えていた。周りには、
(アア………)
歪な魔物の口角が吊り上がる。牙を剥き出しにして、
(ズット、イッショ……ハナレ、ナイデ……)
その為には周りにいる機械達が邪魔だった。歪な魔物は爪を振り上げる。今までの様に、一振りで機械達はバラバラに———-。
「<
ガキンッ! と歪な魔物の爪が弾かれる。先程よりも強靭さが増した機械達に歪な魔物の本能が警戒心が刺激された。四肢をバネの様に跳ねさせ、まるで猫の様に飛び退く魔物。
だが、飛び退いた先に、上空から雷撃が降ってきた。
バチバチという音と共に、歪な魔物の身体に電流が奔る。バッと上を見上げると、そこには———。
「……すごい。着ているだけで、本当に魔法の威力が強化されている」
「調子に乗るな。お前の力じゃない。これを創られた、じゅーる様の力だ」
ナグモが気に入らなそうな声をかけた、その先に。
真紅の
例によって適当に書いた設定なので、あまり本気にはしないで下さい。とりあえず書いてみたかった。
モンスターデータ
白崎香織(アンデッド): Lv.102
称号:奈落の底の歪な魔物
職業レベル
クレリック:Lv.7
種族レベル
動死体:Lv.15
屍食鬼:Lv.10
キメラ:Lv.15
???:Lv.?(その他、複数の種族レベルが確認出来るが、ユグドラシルで該当する種族は無し)
アンデッドとなった香織が腐敗が進む自分の身体を保つ為に魔物肉を喰らい続けた姿。さらにナグモの右手を喰らう事でレベルを急激に上昇させた。その見た目は人型ではあるものの、今まで喰らった魔物を混ぜ合わせた様な見るも歪な姿となっている。唯一、顔の右半分だけが人間だった頃の名残りがある。
もはや名前も顔も思い出せなくなってしまった誰かに会いたいという一心で自分の存在を保つ為により強い魔力の籠った肉を求めて彷徨う歪な造形の魔物。正真正銘、オルクス迷宮で最強の存在。